つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

残火

2018年07月29日 13時14分43秒 | Review

西村 健/講談社文庫
 「 残火」は「ザンカ」ではなく「ノコリビ」と読みが付いている。この場合「残り火」ではないらしい。著者の作品は初めて読むが、どうも時代小説を読んでいるような気分になってしまう。使われている「セリフ」が古めかしいからか。花田、矢村、久能などの性格付けも何とも古めかしい。それもそのはず、背景場面は昭和の任侠映画がモデルらしい。登場人物が高倉健、菅原文太、原田芳雄であり藤純子なのだ。こうなると、単にモデルを、「カッコイイ」を並べただけの作家の趣味ということになってしまうが、実際それほどひどくはない。

 退職しても尚、黒い疑惑を追い続ける久能元刑事、警察にも現代ヤクザにも捨てられ、忘れ去られたような花田が放つ一矢、そういえば、矢村と「姐さん」の関係も、花田のかたくなな生き様、意地、開き直りの任侠人生も、あの頃の映画ではよく見かけるスタイルだった。

 合理主義、経済優先の金満主義に押され続ける世の中に一石を投じる花田の生き方は現代の人間に共感を与えることができるだろうか。右翼の大物、大場泰明の行動は、右翼政治家(岸 信介)や闇のフィクサー(児玉誉士夫)を思い出させる。

 実は、Reviewを書くようになってからこの作品でちょど記念すべき500冊目になる。読書家にとって500冊はまだまだ序の口であろうと思うが、ほぼ読まない人にとっては、とんでもない時間の浪費で「500冊もよくまあ!」ということになるかもしれない。そして多くを読めばよいというものでもなく、少なくても良書に出会う可能性はある。ただ、確率として多くを読めば出会いの確率も高くなるはず。例えそれが「ミステリー & サスペンス」中心であっても。
 しかし、目指す目的、目標もなく全くランダムに読み進めるのはいかがなものか、と思わないでもない。本当に、その日その日に出会うが如く、一期一会の読書であることは確かだ。作家との出会い、作品との出会い、唯々新しい「出会い」だけを求めて読んでいる。


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逃走

2018年07月16日 10時16分58秒 | Review

薬丸 岳/講談社文庫

 2014年7月14日初版。著者の作品は初めて読む。典型的サスペンスだった。いかにもサスペンスらしいサスペンス、これぞサスペンスである。最初の単行本と比べると、文庫本は相当に加筆修正されて様子が異なるようだが、おそらく完成度が高いのだろうと思う。特段のトリックやミステリーという訳ではないが、黙々と真相に近づく緊張感はこの作品ならではの盛り上がり、久々に一気読みしてしまった。

 三人の登場人物「弓削正一、識名文恵、小沢大輔」の修正し難い人生の選択が悲しい。和歌山県南紀白浜の三段壁で、家族の再起を誓ったものの、ちぎり絵のようにはいかなかった。若い世代にその遺恨を継がないようにと思うのは、親の気持ちかもしれないが、いつか「真実に向き合わなければならない」ときがやってくる。真実に向き合い乗り越えてこその再起なのだと著者は言いたいのかもしれない。

 これは余談だが、度々出てくる「貼り絵」「切り絵」或いは「ちぎり絵」だが、挿絵として1page入れるというのはどうだろうか。できれば三段壁の落日を是非見てみたいと思うのは私だけではないだろう。小説に挿絵を使うのは本旨に反するのかもしれないが、読者としてはより楽しく読めるように思う。最近の文庫本は挿絵が皆無に等しく、とても寂しく思うが本の価値を高めるためにもご一考願いたいものだ。


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警視庁から来た男

2018年07月14日 10時21分42秒 | Review

佐々木 譲/ハルキ文庫

 2008年5月18日初版。すっかり定番になった「道警シリーズ」の2番目の作品。最初の作品は「うたう警官(笑う警官)」だが、その経緯はこの作品でも度々紹介されている。それはともかく、この作品の次には4年前に読んだ「警官の紋章」が続く。「捜査の休日」「密売人」「人質」と続いて3年前に読んだ「憂いなき街」へ。この後、久々に新作が出たようだ。
 「道警シリーズ」の主な登場人物は佐伯宏一(警部補)、津久井 卓(巡査部長)、水島百合(巡査)、新宮昌樹(巡査)の四人。この四人の背景や勤務場所、職務内容、経歴をうまく使って物語を構成する。今回のスペシャルゲストは警察庁長官官房監察官室から来た藤川春也(警視正)だ。毎回、何かしら問題(事件)が持ち上がり、主要メンバー四人の活躍で解決に至り完結するという、いささか古めかしいスタイルを基本とする。
 警察モノはあまたあるが、多くは東京、大阪が舞台になっている。そこに北韓道が割り込む訳だから何かしら特徴が無ければならないが、そこが難しい。ヒントになったのが現実の「稲葉事件」や「道警本部の裏金事件」。(警察の)組織悪、(ヤクザ等)社会悪、そして正義、この3点こそ「道警シリーズ」の中核であろう。更に周囲の環境(対ロシア、対本土)、中心都市の札幌、そして「冬」という季節を交えることで、ググっと「らしく」なってくる。

 中核の3点セットは、いずれも一筋縄ではいかない問題で、だからこそ著者が「シリーズ」になるのでは、と目を付けたのもわかるような気がする。不条理に立ち向かう物語は確かに面白い。


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雪月夜

2018年07月07日 00時53分10秒 | Review

馳 星周/角川文庫

 2006年10月25日初版、2006年11月30日再販。主人公は内林幸司。子供の頃から世を恨み、その世界からどうしても脱出することが出来なかった。最後には周りの憎しみをすべて引きずり込んで、先の無い老人に狂気の笑い顔を向けながら撃たれて死んでしまうという自滅型ヒーロー。かなり強烈なインパクトがある作品だった。ミステリー&サスペンス的に始まった物語は、遂に派手なバイオレンスアクションに達して終わる。

 登場人物の構成は「疫病神シリーズ」とよく似ている。内林、山口というコンビは二宮、桑原コンビである。表面上の二人の力関係もそっくりである。しかし、人間関係は全く異なる。この作品の二人は「憎悪」という一点でのみつながっている。
「周りの憎しみの対象を、自分も含めてすべて引き込んで、消し去る」というのは最初から描いた結末だったのだろうか。いずれ幸司は、裕司を何らかの形で遠ざける(振り切る)だろうと思っていた。しかし、加藤、太田、恩田、加代子、ナターシャ、木村、武まで、、、。

 主人公が自分の心の中にもあれほど嫌った「猜疑心の権化のような裕司」が居ることに気付き、愕然とし、恐れをなし、絶望した。自分に愛想が尽き、すべてを終わりにしたかった。金はそのトリガーに過ぎなかった。裕司の徐々に膨らむ凶暴性、三人の憎悪の関係、凍てついた北辺の町、冷たく凍り付いた憎しみが、遂に粉々に砕け散るというエンターテイメントだった。北辺の町の厳しい冬の描写もよくできている。それを知っている人の書き方だと思う。「憎しみ」が殺人的な冷気のように浸みてくるという仕掛けが面白い。


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プリズムの夏

2018年07月01日 11時29分58秒 | Review

関口 尚/集英社文庫

 2005年7月25日初版、2007年6月6日第六刷。著者の作品は6年も前になるが「シグナル」でお目にかかっている。ストーリーはほんの僅か覚えているが、当時のReviewを読んで、作風は大きくは変わっていないと感じた。「シグナル」でもそうだったが、高校生の主人公とその友人、十代後半の若者の心理描写が上手い。泥臭い現実の中にも清々しい風が吹くというのは結構好きな設定でもあるし悪くないと思う。

「救えてよかった」
 現実は少しも美しくなく、本当はドロドロで毒々しいだけかもしれないが、そんな中だからこそ極めつけの光がある。泥沼に咲く蓮の花ではないが、いかにも現代版青春ドラマだ。
 痛々しい傷つきやすい青春が語られる。他人を押しのけ、しゃしゃり出なければ気のすまない人間、勝ち負けで言えば全戦全勝でなければ満足できない人間、他人の痛みなど気にもせず勝ちを求め続ける一方、人の痛み、弱さを知って初めて強く、優しくなれる、大人になれる。

 どちらかといえば、苦痛や困難が予想されるものは避けて通るのが大人の行動。己の身に降りかかる火の粉、危機、汚物は誰でも避ける。しかし、青春真只中の若者はそんなことは考えない。いや、考えはするのだが抗しきれず、諦め切れず、心の叫びに忠実に生きる姿がある。
 若者にとっては勇気を与えてくれるし、壮年にとっては、いつの間にかやり過ごし、忘れていたかつての自分を思い起させてくれる。

 今井の言葉にはたくさんの観念的リアリティ、含蓄がある。
「生きなくちゃ死がわからない」
「本当のことは悲しみに属している」等々。


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