つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

暗礁(上、下)

2018年05月30日 12時42分39秒 | Review

黒川博行/幻冬舎文庫

 2007年10月10日初版、(上)2018年3月30日第17刷、(下)2018年3月30日第18刷。
シリーズとしては、「疫病神」「国境」に次ぐ第三弾。相変わらず黒川作品は面白い。話に勢いがある。今回は沖縄編とでも言おうか、例によって二宮、桑原コンビが獲物をトコトン追っかけて行く。上下二冊のかなりの長編なのだが全く気にならない。
 例によってイケイケの桑原はめっぽう強いのだが今回はかなりやられる。頭突きをくらい、腕を刺される。二宮も懲りずに相変わらずひどい目に合っている。これじゃ人生、定年になる前にガタガタになってしまうのでは、と心配してしまう(そこは小説なんだけれども)。

 元・美術教師には結び付き難いイメージなのだが、解説者によれば著者は「勧善懲悪」な間抜けな夢物語は書かない。「強きが威張り腐り、弱きこそが小突き回される不条理に満ちた世界」を執拗に書く反権力作家なのだとか。
 主人公(二宮、桑原)のキャラ付けは大阪文化特有のボケとツッコミなのだろうか。話の内容はかなり暴力的なのだが、小気味よく爽快で陰湿さが感じられない。二宮君には悪いが、今しばらく桑原に付き合ってやってほしい、と思う。


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うめ婆行状記

2018年05月20日 11時48分57秒 | Review

江佐真理/朝日文庫

 2017年10月30日、初版。大店の苦労知らずの一人娘が不浄役人の妻になった主人公を中心にした家族の、一筋縄ではいかない人間関係の描写(人情の機微)が読みどころ。
主人公(うめ)自身の心の変遷、年齢に伴う変化もあって、昔見えなかったものが見えてきたり、打ち明けることで思いもよらぬ話が出てきたり、著者の得意とする滑らかな繋ぎの流れが続く。

 実際、いろいろな家の問題、家族の問題があまたあるのだが、それも何とか解決する。並行してそれを上回るように急な弔いや目出度い祝言の話しが次々連なる。この作品は珍しく「死」というものを、かなり意識しているように思う。夫の死、徳三の妻(つた)との突然の別れ、何より主人公自身の事。「死は新しい生を生み出すプロセスの一つ。そこには恐れることも、悲しむこともない」というのが著者の従来からの考え方であり、「不生不滅 不垢不浄 不増不減」である。そんなこともあってか「平常心」を座右の銘としている。

 著者にとっては最後の作品であり、しかも「未完」である。主人公の「うめ」は、この後どのように人生を送ったのであろうか。著者はどんな構想を持っていたのだろうか。今となっては聞くこともかなわず、知るよしもない。「ありふれた日常の中から人情の機微を掬い取るようにして小説を紡ぐ」と同業の諸田玲子さんが解説しているが、作品の中で、主人公は家事雑用をこなす「女の毎日をつまらないと思うことがあったが、それが実は生きている張りでもあった」とも書いている。

 著者は未完の本作品を除けば66歳で亡くなるまでに66冊の作品を残したことになる。作品の中で、一貫して持ち続けたテーマは「人にとって幸福とは何か」であった。そして、「心から自分のしたいことをする喜びこそが人生の至福なのだ」という普遍の真実を改めて確認するのである。この辺に「うめ」の完結編があるのかもしれない。


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ぼくは明日、昨日のきみとデートする

2018年05月18日 23時13分57秒 | Review

七月隆文/宝島社文庫

 2014820日初版。2015117日第15刷。鴨川、三条の河原町、京都らしい風景描写とともに語られる話は、行ったこともないのに何故か懐かしい。最近読んだ「鴨川ホルモー」の影響だろうか。読みやすい。スイスイ進んでしまう。多少、少女漫画的青春ドラマか、いやこのままではあまりにもありふれている、と思いながら中ほどまで読み進んだところで177p遂に出た。愛美の「現実離れした話」が。どうやらこれが作品の本旨らしい。

 ファンタスティックで純粋で、何とも悲しい物語。確かに時間軸が逆回りというのは現実離れした話であり、フィクションそのものだが、この物語の中には「竹取物語」や七夕の「織姫と彦星」が隠されているように思える。それでなくても世の中は共に生きてきた人と別れるのは、常々あることなのだから。色々なことがあるかもしれないが、まだこれから先があると思えば、避けられない突然の別れほど悲しいことはない。-あると分っていても、とても納得できるものではない-  そんなことを感じさせる作品だった。


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かすてぃら

2018年05月13日 10時26分42秒 | Review

―僕と親父の一番長い日―
さだまさし/小学館文庫

 2013年6月11日初版。著者の幼少の頃から父(雅人)が亡くなるまでの話し。この本は、すべて実名で書かれているようで、ドキュメンタリー風、自伝的物語である。あくまでも著者の目から見て、気持ちで受け止めての話しであるが、単なる時系列の列記でなく人生の哀歓を豊かに含んだ物語になっているところが印象深い。

 誇張でなく真に波乱万丈の人生。この頃の人達は皆大なり小なりそうなのかもしれない。一番大きなエポックはやはり戦争、特に長崎は原爆の被災地でもあったから、それだけでも人生、左右された人は多かったに違いない。この話は映画(TVドラマ)にもなっていると思う。以前に見たその映画の場面が本を読みながら次々浮かんでくるから困った。本の方が面白いのだが、それでも映像場面の印象は決して弱いものではない。

 「精霊流し」の裏には、父の友人で戦友でもあった伯父の岡本 忠さんとその妹(叔母)登美子さんへの思いがある。理屈抜きに人はそんな運命を誰も避けることはできない。向き合わなければならない必然を理解した時の思いが唄と共に伝わってくるようだ。


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スマホを落としただけなのに

2018年05月06日 21時10分24秒 | Review

志駕 晃/宝島社文庫

 2017年4月20日初版。著者は現在53歳(1963年生まれ)現役のニッポン放送エンタメ開発局長ということだが、口だけじゃなく実力で示した格好。久々の一気読みをしてしまった。解説ではベタ褒めだったが、確かに面白い。ミステリアスで充分サスペンスでもある。読み物の面白さのツボを押さえたような作品なのかもしれない。話としては下着フェチでPCオタクの連続殺人犯の話しなのだが、そのリアルさは現実に極めて近い背景描写、人間関係、若者の傾向分析にあるのかもしれない。また作品に持ち込まれた通信機器、ソフトウエアとネットワーク関係の所が実に今時らしくリアルだった。この辺が適当だと、どうしても非現実的になってしまうのだが、うまくストーリーに織り込んで「読者を脅迫」しているように思う。
 また、一見無関係なBig Dataの中から徐々に個人の情報が収集され、相関関係が浮かび上がってくる下りは何ともスリリングである。そしてスマホを破棄せずに生かしておくことで、本人があたかも存命するかのように装い、家族、関係者、警察を欺く手口は新しい。

 最後の「稲葉麻美」の秘密、この辺は従来のサスペンスによくある暴露型ラストシーンではあるが、ストンと腑に落ちた。謎の「男」も大方は語っているけれども、最後の最後まで謎のままである。いかにもサイバー空間上で生きてきた人間らしい。これもまた在りかと思う。
 最近で言えば、似たような事件に「座間アパート9人殺害事件」がある。現実はもっとグロテスクなのだが、著者はあまりグロテスクなのはお好みではないらしい。


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宰相A

2018年05月04日 12時38分27秒 | Review

田中慎弥/新潮文庫

 2017年12月10日初版。気色悪い宰相Aはアドルフ・ヒトラー、安倍晋三首相がモデルらしい。社会的、政治的、作家自身も含めての皮肉か。きわめて端的な現在日本の二面性が映し出されている。「紙と鉛筆」を欲しがるTは著者自身に違いない。Jの再来として期待されてしまうTだが最後まで「母の墓参りと小説を書く」という個人的な理由にこだわるも、結局わけのわからない理由によって国家管理下の御用作家になってしまう。

 戦後、出来るだけ戦争に関わらないことでやってきた日本ではあるが、その立ち位置は極めて軟弱でアメリカという好戦的な国に常に引きずられて今日までやってきた。確かにこの先、何の保証もない。いつの間にか、中身がアメリカの日本になってしまうかも知れない。

作品は端的にわかり易く現状を並べて見せることであって、何等将来を示唆するものではない。それはこれからの日本人が考えるべきことだから。しかし、フィクションでありながら考え方によっては、最後の拷問シーン同様にゾッとする話だ。

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