つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

不思議な羅針盤

2017年05月31日 21時07分38秒 | Review

 梨木香歩/新潮文庫

 2015年10月1日初版。著者の作品は初めて読む。小説かと思って読み進むとエッセイ集だった。子供の頃の思い出が多い。しかもかなり鮮明に。著者は「自分の個人的な顔や個人情報を表に出さないタイプの作家の一人」なので、公表されている「人と成り」はほとんど判らない。藤本英二さんの藤本通信(Web版)「隠し部屋2号室」の「梨木香歩の世界」を拝見して、なるほど、ただ者ではないなと納得した。もって産まれた感性というか才能というか、大地(土)が放つオーラを信頼し、生物一般に対する生命への愛情、在るべくして在る中に存在の意味を見出す。

 見るもの聞くもの触るもの、全てが新鮮で興味深い。そんな赤ん坊を見ていると「この世に生まれたての頃の気分」が甦ってくるという。これは女性ならではの感覚なのかもしれない。また、「生に対する執着が薄まっている」「世界に新鮮味が感じられなくなる」「発見するものが少ない」生命の変容の次のステージを迎えるための自然な変化であり、無理に気持ちを若く持つ必要もないのではないか。・・と思いつつ「世界を新鮮に感じる」ことの大切さは必要。そこで、手っ取り早く「生まれたて」気分になるには「引越し」なんだとか。

 そして著者から見た「人間というものはそもそもこの暗闇というものを抱え、暗闇に翻弄され、右往左往するように産まれついているものなのかも知れない」。ただ、この「暗闇をどう処理するのかという問題は大きい」。そのくらい「暗闇」の存在は大きく、そして力がある。まともに対応したのではなかなか立ち行かない。そこで「逃げ足の速さは生きる力」だと言い放って止まない。ありとあらゆる「存在」に対する幸せさがし、まことにもって不思議な方だと思う。いかなる条件も制約も附帯もない、全くの自由人だと思う。



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六本木捜査官

2017年05月25日 23時16分47秒 | Review

 島田一男/光文社文庫

 1995年3月20日初版。著者の作品は初めて読む。先ず、女ばかりがバタバタと絞殺される。犯人は元ヤクザの男なのだが、どうも話の流れに緊迫感がない。話しとしてはサスペンス、コカインがらみの殺人事件なのだが、今ひとつ乗れない。この手のストーリーでよく使われるのが兄弟、姉妹の関係。今回は一卵性双生児の姉妹ということで、これまたかなり使い古したネタである。

 話しの仕組み、トリック的な部分などで特に斬新さも無かったように思う。針金絞殺と言いながらグロテスクに迫るわけでもなし、凶悪な連続殺人事件でありながら、バイオレンス・シーンが登場するわけでもない。最悪なのは元ヤクザの犯人が(しかも、自分の車に証拠品を残して)自首してしまったことである。針金絞殺という猟奇的手法に対してこの結果は、あまりにも期待に外れるものがあると思うのだが、いかがなものか。

 背景となっているのは六本木、やたら「~坂」の名が付く地名や江戸時代からの名残、その片鱗、形跡が面白い。思わず事件のことを忘れてしまった。著者には26冊の「捜査官シリーズ」という作品集があるようだが、何とかもう少し話を盛り上げて欲しい。



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色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年

2017年05月19日 21時46分02秒 | Review

 村上春樹/文藝春秋社

 2013年4月15日初版、2013年4月」22日第三刷。著者の作品はたぶん読んだことは無いと思う。ノーベル賞候補になったり、作品でも何かと話題の多い著名な作家ではあるのだが。どうした訳か、今までお目にかかる機会がなかったし、縁もなかった。今回の作品が他の作品と比べて、その作風がどのくらい同じで、どのくらい違うのか、それも判らないけれども、以外に読みやすくて情緒豊か。主人公(多崎つくる)の心模様が自然描写とよくマッチしているように思う。さり気なくミステリアスでもあり、スリリングでもある。最も、中心に描かれているのは主人公であれ他の四人であれ、青春時代の不安定な精神状態であり、葛藤であり傷だらけになりながらも成長する人間性ということになるのだろうか。

 生き残った人間の責務として
「いろいろなことが不完全にしかできないとしても」「出来るだけこのまましっかりここに生き残り続けること」があり、読み手に重くのしかかってくる。サラサラと書きながら実に重い、今時を反映した青春時代小説である。今更変えることのできない歴史に、妥当性、必然性を与えながらも、決して納得していない自分を抱えながら生きねばならない、この矛盾に満ちた人生を純粋に新鮮に描くことのできる巧さが著者の真骨頂なのか。



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標的はひとり

2017年05月17日 19時21分20秒 | Review

 大沢在昌/角川文庫

 2016年9月25日初版。著者の作品は「烙印の森」から始まって「新宿鮫シリーズ・毒猿」まで10作品、今回の作品で11冊目。主人公「加瀬 崇」の心理描写がたくましい。ひとつ気になった所は、標的「成毛泰男」とのラストシーン(対面)。最初から長々と引っ張ってきた割にアッサリとカタがついてしまったこと。決して派手なドンパチを期待しているわけではないが、何かしら寂しい風景で、この辺に物足りなさがあるのかもしれない。

 解説者が書いているように、日本の風景には「殺し屋」というものが馴染まないのかもしれない。小説に書くとしても、生い立ち、境遇から考えて、罪の意識、心理描写無しに「キラーマシン」を書く事はとても難しいことなのかもしれない。「成毛泰男」の心理描写を完全に無くすことで「キラーマシン」的雰囲気をかもし出してはいるものの、いわゆる動機というものを語らないことで「マシン」を読者に創造させるという今回のこの試み、企ては果たして成功したのだろうか。ともかく、それは著者の作家としての新しい挑戦であったようにも思う。



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神鳥

2017年05月03日 23時23分02秒 | Review

 ―イビス―
 篠田節子/集英社文庫

 1996年10月25日初版。著者の作品は初めて読む。読んでみて、女性でこのホラー、サスペンスかと驚嘆する。なかなかワイルドで荒々しくダイナミックだと思う。ホラーを書く女性作家は他にも居るが、この力強い描写は何なのか。その想像力はかなりリアルで詳細に見えているに違いない。篠田ワールドである。

 遠目で見て、空を滑空する姿、自然界でのんびり餌を探して歩いている姿、その背景に溶け込むような姿は確かに美しい。しかし、近くでよくよくその顔を見ると、まるで無表情、冷酷で貪欲。思わず後ずさってしまう。鳥の眼にはそんな恐ろしさがある。そして、多くの鳥は肉食である。先を争ってあの長いクチバシを突き立て、頭を突っ込み、腸を引きずり出すシーンはさすがに冷える。

 富沢集落のクライマックスを読んでいて思い出すのは、やはりA. J. Hitchcockの「鳥」であろう。映画の方は1963年発表で、「神鳥」より30年も以前の作品だが、著者はこれを参考にしたのだろうか。方や映像、方や文章では比較にならないが、映画「鳥」に負けず劣らずそのグロテスクな恐怖と迫力は凄まじいものがある。



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