サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

手を振り過ぎたらちぎれるんか?

2015-04-30 00:00:19 | 日記
ポニョ:以前紹介したゴパール君って人が良さそうやな。

ヨシオ:だから、今まで人に利用されて来たんや。

ポニョ:おいらのクラスメイトにも、そんな奴がいてたな。金を悪ガキから巻き上げられるんや。

ヨシオ:ババはゴパール君に、お前がもっとシャキッとしないから、人に利用されるんや。時には人に対して厳しい態度を取らないといかん。と言ってたしなめられたんや。

ポニョ:まあええわ。とか言ってたら、いつまで経ってもハイエナみたいに、しつこくひっつき回る奴がおるもんな。

ヨシオ:ババは、そういう輩のカルマはお前のせいで作ってるんや。お前がしっかりすれば奴らも来ないやろ。と言われたんで、それ以来シャキッとするようになったんや。

ポニョ:シャキッか。被害者のせいでカルマを作るって、なんか腑に落ちないけどな。でも、そういうことがあるんやろな。

ヨシオ:いくらカルマを作っても神の恩寵で取り消しになる場合もあるしな。例えば、その人がそのカルマを支払うのに、とても大変で耐えきれない時には、神さんが介入されて苦痛を軽減してくれるんや。神さんだけやろなそんな権限を持っているのは。

皆さんは、神の恩寵を得るにふさわしくなるために、正しい行いをして、功徳を積まねばなりません。
生まれ出たるとき、皆さんは首もとに何の花輪もかけてはいません。
しかし、良かれ悪しかれ、すべての過去の行為の結果 という目に見えない花輪をかけているのです。
そのカルマ(行為の結果)の首輪なしにこの世に生まれ出る者は一人としてありません。
しかし、人はこの真実を忘れ、常に快楽と富を追い求めます。
世俗的な喜びがどれほど長く続き得るでしょうか?
若者たちは、自らの若さや富を誇りに感じます。
しかし、それらは一時的なものなのです。
この真理を悟り、私たちは、神の恩寵という富を蓄えなければなりません。6/5/03
皆さんは、カルマの結果から逃れる方法はあるのだろうかと思っているかもしれません。
方法はあります。
神の恩寵を得た人々には可能です。
ひとたび神の恩寵の受取人になれば、カルマ・パラの影響を受けることはなくなります。
ですから、神の恩寵が得られるよう努力すべきです。
カルマから逃れるのは不可能だ、と学者は言います。
学者の言っていることもある程度は真実です。
けれども、ひとたび神の恩寵を得たならば、たとえカルマの結果を被らなければならないとしても、もはやその痛みを感じなくなるのです。
薬が入ったビンを例にあげましょう。
ビンには薬の有効期限が記してあります。
有効期限を過ぎれば、薬の効き目はなくなります。
それと同じように、神の恩寵はカルマ・パラを「期限切れ」にします。
つまり、神の恩寵はカルマの結果 を無効にするのです。
ですから、カルマの結果から逃れることは可能なのです。
人間は神の恩寵を受けるに値することができるように、必要な強さと意志の力を培うべきです。
ひとたび神の恩寵を得たならば、カルマの足かせから解放されるのです。21/7/05

ポニョ:コダイカナルの帽子売りの子供も、そんな感じかな。ババが学生たちに帽子を買いに行かすまでの二週間の間、一個も売れなかったんやろ。それにあの子、孤児やったんやな。知らんかったぜよ。

ヨシオ:ババは学生たちにお金を渡す時に、絶対に帽子を値切って買ってはいけないと言われたんやけど、その子は、夏のシーズンも終わりやからと言って、大幅な値引きしてくれたんやけど正価で買ったんや。それである学生が、君サイババって聞いたことある?て聞いたら、大事そうに古新聞の切り抜きを財布の間から取り出して来て学生に見せたんや。それはババの写真で、その子はいつもババに礼拝していますって言ったんや。

ポニョ:ババは、自分に帰依するものを決して見捨てられないんやな。この話はつい最近聞いたばかりやけど、いつ聴いてもええよな。心にジンと来るぜよ。おいらの家にはババの写真がたくさんあるので、一枚持って行ってあげようかな。

ヨシオ:もう、学生があげてるやろ。そんな事心配せんでも。コダイカナルでは、学生たちとババがいつも一緒やから、いろんなエピソードが伝えられているな。ババのお住まいであるサイシュルティでは、一週間に一度、奉仕の日というのがあって貧しい人たちにサリーやドーティという服などを配布するんやけど、その日はたくさん毛布が残ったんや。ババは、ここに来た人たち全員が受け取ったかどうか、もう一度チェックしなさいと言われたので、チェックしたんやけど、皆もらっているようなので、ババに報告すると、ババは何も言われずに部屋に戻られたんや。しばらくして、ホールに出て来られたんやけど、とても機嫌の悪い顔をされていて、近くにいた学生に喉が渇いたと言われたんや。それで、その学生がコップに水を入れて持って行くと、横によけて飲まれなかったんや。その学生も含めて、一体どうしたものかと、気をもんでババを見ていたら、ババは運転手を呼ばれて何かを言われ、そしてそのまま車に乗られて何処かへ行かれたんや。小一時間ほどで帰って来られたんやけど、どういうわけか満面に笑みを浮かべてられてたんや。みんなは、一体何があったのか運転手に聞いたところ、ババは残りの毛布を全部車に乗せて、あちこちの家を回られて毛布を配られていたんや。

ポニョ:それってすごいよな。ババが自ら毛布を配りに行かれるって。もらった人は驚いたやろな。突然ババが、あの~毛布を持って来たんですよ。よかったら使ってね。君たち、私のダルシャンに来たくても交通の便が悪くて来れなかったでしょう。だから私がこうして来たんですよ。ここは標高が高くて夜は冷えるからね。しっかり毛布にくるまって寝なさいよ。と言って配られたんやろな。

ヨシオ:ポニョの言ったとおり、人々はババがコダイカナルに来られているのは知っているんやけど、交通の便が悪くて来れない人が多いんや。学生たちはババのそういう行為を見て、奉仕というのは、助けを求めに来て人だけにするものではなくて、助けを必要としている人のところにも出かけなくてはならないのだ、という事を学んだんや。その後、ババが戻られてから、ババは一息でコップの水を飲み干されたんや。

カルマを支払い、奉仕や霊性修行を行う上で、あなたは様々な困難に出合います。
しかし、それはあなたが生きているこの世界では自然なことです。
この世界には善と悪、喜びと悲しみ、光と影といったように二面性を持っています。
それらのことにあまり重きを置かないようにしなさい。
あなたに降りかかるものを、あなたの義務として神への祈りと共に受け入れることです。
そしてその結果については神の御手にゆだねなさい。SS11/1996

今日教育を受けたものは皆、利己的な欲望の追及にのみ関心を持っています。
他人への奉仕をしようと思わず、国益も念頭にありません。
卒業しないうちから就職を心配します。
教育と就職のつながりを、きっぱりと断ち切りなさい。
教育は人生のためであり、食べるためではありません。21/5/92


ポニョ:喉が渇いたと言われた意味は、帰依者がババのことを心から呼んでいる。という意味だったんやな。ババに会いたくても会えない苦しさを、喉が渇いたと表現されたんやろうな。それより、あの孤児のところにも行かれたんやろな。

ヨシオ:ポニョがさっきから孤児の事ばっかり心配してどうするんや。その帽子屋の子供は両親を亡くしたけど、本当の両親であるババが面倒見てくれるので心配ないんや。それとも養子にでもするか?

ポニョ:そこまでは考えたことないな。そんなたたみかけるような喋り方をしなくてもええやろ。
ヨシオ:帽子屋の孤児にこだわり過ぎや。不毛の惑星の東半球に、一人で住んでいる奴のことをもっと心配したれや。

ポニョ:分かったってその話は。今度、一緒にコーヒーでも飲もうって約束したんや。でも、いつババの話を聴いてもババは優しいなって思うよな。本当に子供のような純真な心を持っておられるもんな。

ヨシオ:子供で思い出したんやけど、ババは子供達にテトラパックというジュースを配っておられたんや。そのジュースを飲んだ後、空になったビニールの中に、もう一度ストローを突っ込み息を吹き込むと風船みたいに膨らむんや。それを手で割ると大きなパーンという音がして、周りの人を驚かせることが出来るんや。それで、その日はもちろんババがおられるし、そういう音を立ててはいけないので、みんな、飲んだ後のテトラパックをゴミ箱に捨てていたんやけど、誰かが大きなパーンという音をさせてテトラパックを破裂させたんや。みんなはこんな大きい音をさせたんやったらサイババさんにも聞こえたかもしれん。もしそうだったら後で怒られると思って、恐る恐るサイババさんを見ると、こちらを何気無く見られていたんや。ほら、スワミにも聞こえたやんか。これは絶対後で怒られると思っていたけど、先生も誰も何も言ってこないし、ババも普通にされていたので、良かったと言ってみんなで安心して教室に戻ろうとしたら、誰かがまた、大きなパーンという音をさせてテトラパックを破裂させたんや。うわ!今度は絶対に怒られるぞ。二回もババの前でそんな音を立てたらと思って、誰が破裂させたんやと思って周りを見回すと、ババがテトラパックの破れたビニール袋を持って、やんちゃ坊主のような顔をして笑いながら子供達を見ておられたんや。

ポニョ:ほんまに子供やな。ババは。子供がパーンと大きな音を立ててジュースの袋を割ったのを見て、自分もやりたくなったんやろな。人を驚かすのが大好きやからなババは。へえ~。このジュースのパックはこんな音を出すことも出来るんや。面白い。私もやって見よかな。子供たちも驚くやろな。ワン、ツー、スリー 行くぜ!パーンという感じやろな。おいらもっと早くババとお友達になってたら良かったな。おいらと一緒に自然の中でいろんな事をして遊べたのにな。

ヨシオ:今からでも遅くないやんか。ポニョのイメージの世界の中で、俺みたいにババと遊べるで。昨日の瞑想で、俺はババと組み体操して遊んだな。ババはいつも上の方ばかり行きたがって俺はいつも支える側や。もう面白くなくなって途中でやめたった。でも、学生さんに頼んで一番格好がええところをカメラで撮ったけどな。

ポニョ:普通の人が聞いたらあんたの事、頭がパーになってるって思うやろな。

ヨシオ:自分でもそう思うわ。でも他の人のことは何にも気にしてないんや。俺とババだけの秘密の、お遊戯の時間や。以前、ウーティのサイババ小学校の話をしたやろ。ババがそこの学校に行かれる時は、子供達と一緒に寄宿舎の一室で寝られるんや。子供達も、とても喜んでババがおられる間とても興奮するんや。でもいつかは別れの時が来るやろ。それまでクリスマスと正月が一緒に来たみたいに、ペンやらお菓子やらペンダントやらノートブックやら物質化してプレゼントされるやろ。それに小さい学校やから、一人ひとりに神の無限の愛情を注がれるので、子供達はババをとても愛していて、ババが帰って行く時を恐れているんや。だから、ババは普通、早朝四時に、みんなが寝ている頃に、そっと音を立てないようにして車で帰られるんや。でも、ある日ババは子供達と一緒に朝食をすませた後、そっと音も立てずに出発されたんや。でも子供達はそれに気づいていて、二階にあるガラスの部屋と呼ばれている、景色がよく見える部屋に競って駆け上がって行ったんや。ウーティの学校は丘の一番上にあるので、遠くの方までよく見えるんや。それで、子供達は泣きながら、ババの名前を呼んで手がちぎれそうになるまで振ったんや。ババの車がだんだん小さくなって、見えなくなるまで10分ぐらいかかるんやけど、その間、みんなの目はババの車に釘付けになってたんや。ババももちろん子供達が自分に手を振っているのを知っておられるので、その十分間の間、車中の誰とも話をされず、よそ見もせず、リアウインドウからずっと子供達を見ながら手を振り返されていたんや。分かるやろ。俺、自分の長男をウーティの学校に行かしたかった理由が。


苦行とは自分が神と別れてしまっていると感じるときの辛い気持ちのことです。
神と別れているという苦しみがあれば、何時どこにいてもそれは苦行をしているのです。
苦しみを感じながら神を熱烈に求めていけば、三つのグナの魔力に捕らわれなくなります。
その時、三つのグナは融け合って一つになります。
~それが出来れば、言葉に尽くしがたい大いなる悦びがやってきます。SGc11
ハヌマーンは「私はラーマ様の僕だ」という一途な気持ちによって大きな悦びを味わっていました。
ただその気持ちはいつまで続くでしょうか。
それは神の恵みを受け、神の近くにいるときだけです。
神と別れてしまったら大変苦しむことになるはずです。
「私は神」の段階になれば苦しみの問題は全く起こりません。
高度な段階になれば、いつも神と一つなのですから、神と別れたり苦しんだりすることはありません。
「神の僕」の段階では、神と僕が別れてしまう事もあるが「私は神」の段階では悦びが途切れることはありません。
二つに分かれることは決して無いからです。SGc9
神を忘れるのは人間です。神は決して信者から離れていることはありません。
信者が神から離れているだけです。
あなたは神があなたから離れていると思っています。
しかし全くそうではありません。
あなたは神を忘れ、神があなたを忘れたと宣言していますが、実はあなた自身の感情があなたに反映されているだけなのです。14/1/96
現代人はすべての物事に関して疑います。このような猜疑心は、自分が神から離れた存在だと思うことから生じるのです。23/2/06

地上の天国って何処にあるの?

2015-04-29 00:00:56 | 日記
ポニョ:昨日は毒蛇に噛まれそうで、肝っ玉がビビリマン トラックの話を聞かせてもらったけれど、今度チャンスがあれば、おいらもゆっくりと走破する気になったぜよ。

ヨシオ:ビブルマン トラックやって言ってるやろ。

ポニョ:まあ、あんたら夫婦も五人の子供を育て上げたし、お袋さんの介護をして最後まで看取ったし、あとは神様だけを見て余生を過ごして行くだけやもんな。なんか全ての人生での義務を果たし終えて余裕があるよな。

ヨシオ:でも時々、もっとお袋にこうしてあげたら良かったなと思うこともあるんや。俺が子供の頃、お袋は、毎晩俺が寝付くまで子守唄を歌いながら、俺の手を握りしめてくれていたんや。俺は今でもその時のお袋の手の温もりが忘れられずにいて、お袋が末期の認知症になった時に、その恩を返そうと毎晩お袋が寝付くまで手を握ってあげてたんや。その頃はもう俺のことを誰か分からないぐらい認知症が進んでいて、介護の兄ちゃんと思っていたんや。それで、寝付くまでの間、俺に自分の息子や娘の自慢話を始めるんや。いつも同じ話やったけれど、目がその時はキラキラと輝いていて、とても幸せそうに話してくれるんや。俺は介護の兄ちゃんになったつもりで、相槌を打ちながら話を聞いてあげるんや。でも、最後にいつもこう言うんや。あのね、お兄さん一つだけ頼みがあるんやけれど聞いてくれますか?うちの息子はとても優しい子やから、私がこんな風に人様に世話になっているって聞くと、一目散にやって来て私の面倒を見に来てくれるから、それだけはして欲しくないのです。だから絶対私があなたに世話になっているってあの子には秘密にしておいてくださいね。私がこんなにガタガタになっているって知ったら、あの子はとても悲しみますから。どうかお願いしますね。二人だけの秘密にしておいてねって言うんや。その時、俺は、お袋にこれ程愛されていたのかって思い知らされて、泣いてしまったこともあったな。そのうちにお袋は話疲れて来て、とても幸せな顔をしながら、俺の方を優しい目で見ながら、静かに目を閉じて眠るんや。俺は一瞬やけれど、そのお袋の幸せそうな表情を見るのが毎日楽しみやったんや。でも時々藪用などで手を握ってやれなかった事があって、今でもそれを時々思い返すと、後悔の念が湧いて来るんや。だって、こんなにも早く、いきなり逝ってしまうと思ってなかったからな。
お袋とサイババさん

ポニョ:おいらは、あんたはもっとクールやと思っていたけれど意外と感情的やねんな。

ヨシオ:俺は、子供の時にお袋にとても世話になったので介護を通じてそれを返しているつもりになっていたんやけれど、お袋の話を聞いて分かったんは、お袋の俺に対する山のような愛情と比較すると、俺がお袋にお返ししているつもりの愛情は砂粒より小さいって事や。俺はまだまだ人や生きとし生けるものを、もっともっと愛していかなければならないって思ったな。

至福を体験するためには、もっともっと愛を培うことです。
愛を育てれば育てるほど、あなたはますます至福を体験するようになります。
至福(アーナンダ)は、愛がなければ得られません。
実際、至福という形をとっているのは、愛に他ならないのです。 28/7/99


ポニョ:母の愛は偉大なりやぜよ。

人は自分の母親の愛を勝ち取るために一生を捧げるべきです。
母の愛にはつねに私心がありません。
私たちはそのような愛を育めるようにならなければなりません。
どこに行こうとも、何を見ようとも、母の愛という祝福があってこそ繁栄を得ることができます。
母の愛を勝ち取れないまま神の恩寵を勝ち取ることを望むことなどできますか? そんなことは出来ません。
ですから、まず第一に、自分の母親の愛を勝ち取れるよう努力しなければなりません。6/5/05

ヨシオ:俺はババの教え通り、夫として、父親として、息子として、男としての義務を果たそうとしているんやけれど、やはり人間やからいろいろと間違いも犯してしまう。もっとお袋にいろいろやってあげれる事があったなと反省しているんや。

ポニョ:肉体をまとった人間である以上、誰でも間違いの一つや二つは犯すぜよ。それが普通やないか。

多くの人は、恩寵と、愛と、信愛と、謙虚さを熱望しています。
これらはすべてアートマ(神我)の姿です。神と信仰は異なるものではありません。
信仰と神は同一です。
愛は神です。
信愛は神であり、それぞれ異なる存在ではありません。
信愛とは何を意味するのでしょう?
信愛とは、信者の内なる視覚の中で、未顕現の神聖原理が自らを顕現できるようにするものです。
そうなったとき、その信者にとって神以外何も存在しなくなります。
その段階に達するためには絶えず心に永遠の存在を保ちながら自分の義務を果たさなくてはなりません。
皆さんは、小さな舟の助けを借りて俗世という広大で深い海を渡り、実体である無限の神性を享受することができます。その舟とは神の御名です。30/3/87


ヨシオ:最近、お袋の家に行って少し片付け物をしてたんや。すると久しぶりにお袋とコンタクトが取れたんや。俺はポニョが言ったように、もう俺の今生での義務は終わったし、あとは神様の事だけを思い、自分自身の事をしっかり考えて生きていかないかんなと思っていたら、お袋が突然、俺の思考の合間に入ってきてこう言ったんや。「世潮、あんたの嫁さんは、私の事を本当に身を粉にして介護してくれたんやで。食べ物からしもの世話まで嫌な顔を一つしないで良く世話をしてくれたんや。あの子があんたと一緒になってから、大学で薬剤師になるための勉強をしながら家の商売も手伝い、大学を卒業したと思ったら次から次へと五人も子供を産み、ずっと今まで子育てで忙しかったんや。その間一言も文句を言わずに、私のような潔癖症で気難しい姑に仕えてくれた。お前は自分の事を考える前に、もう少し嫁さんの事を考えておやり。もっともっと、大事にして愛しておやり。」と言われたんや。その話を聞いた時、俺はそう言えば嫁さんの幸せって何かな?どんな時に嫁さんは幸せって感じているんやろか?と考えたんや。でも、俺の嫁さんはいつもニコニコしているから、いつ嫁さんが本当に幸せを感じるのかが分からんかったんや。俺は自分の嫁さんの事をよく知っていたつもりやったけれど、本当は知らないことの方が多いんじゃないかな、まだまだ嫁さんの事をしっかりと理解していないんじゃないかなって思い始めたんや。

結婚前は彼も、彼女も半身でした。
女性は左半分で、男性は右半分です。
今、結婚して一つの身体になりました。
これからは、夫の悩みは妻の悩みとなり、妻の悩みも夫のものとなります。
身体の一部が麻痺したら、他の部分もそれを感じられるのと同じことです。
ですから、それぞれの痛みをお互い感じ合わなければなりません。
二つの痛みはスワミによって取り除かれるでしょう。
二人のどちらにもスワミがいます。
夫は妻を、妻は夫を助けなければなりません。
時に、怒りやエゴ、短気や緊張が生まれるのは自然なことです。
夫婦は譲り合い、理解し合わねばなりません。
まず、理解し合うことです。
それから、解決することです。
九割の夫婦はまず問題を解決しようとすますが、順序が逆です。まず、お互いをよく理解しあうことが大切なのです。Divine Memories of Bhagavan Sri Sathya Sai Baba

ポニョ:あんたらが知り合ったんは、ずっと昔やろ。何年前やねん。

ヨシオ:俺が始めて嫁さんと出会ったのは16か17歳の頃やったな。だからかれこれ45年前やな

ポニョ:それだけ長い間一緒に居てるのに、まだ分かり合えてない部分があるって面白いよな。

ヨシオ:お袋にそういうことを言われて俺は嫁さんに聞いたんや。どんな時に一番幸せだって感じるかって。そうすると嫁さんは、毎日の単純で平凡な生活の繰り返しの中で、時々胸の奥深いところから、幸せな気持ちが湧いてくる時があるって言ってたな。

ポニョ:以前、あんたの従兄弟さんが幼い二人の子供を残して癌で亡くなられる前に、台所で食器を洗うという平凡な主婦の暮らしがどれほど幸せに満ちたものであるか気が付いたと言われた話を記事にしたよな。

ヨシオ:そんな話もあったよな。俺たちは夕陽が地平線に沈む時に、毎日二人で太陽に手を合わせてガヤトリを唱えながら拝むんや。「今日も一日、この身体を使ってあなたに奉仕する機会をいただいてありがとうございました」って。その時が一番幸せって言ってたな。神様を身近に感じるって。
嫁さんとサイババさん


ポニョ:毎日の単純な暮らしの中に幸せを感じるか。別に贅沢もせず、何処か海外旅行に行ったり、パーティや宴会やショッピングや映画に行ったりしなくても、日々の何気ない暮らしの中に幸せを見つけられたらええよな。おいらが、あんたの家に一緒にいた時も、あんたの嫁さんは一度もあんたに言い返したりしなかったな。しっかりとあんたの事を信じてついて行っているなってよく分かったぜよ。

ヨシオ:嫁さんや子供に信じてもらってしっかりとついて来てもらうには、夫が夫としての義務をしっかり果たさないといけないんや。ネットのアダルトサイトを見ていたり、嫁さんに何か隠し事をしていたり、子供達から見ても正しく理想的な親にならないと、嫁さんからも子供からも信用されないんや。そのためには、自分というものを毎日の生活の中で一番最後に持ってくるんや。それが、家族が幸せになれる秘密なんや。

ポニョ:自分のやりたい事を後回しにして他の人のために時間やエネルギーを使えって事やな。ババも、人が至福を体験するためには、毎日の生活を送る上で、まず神様の事を優先し、そして社会や家族、そして最後に自分の事をしなさいと言ってられるな。でもおいらの周りは、自分中心の利己主義人間ばかりやぜよ。

自分のパティ<夫>を自分の命と考えて、ひたすら夫をよりどころとするものが、パティヴァラター(貞女)です。
夫に言い返さないものがパティヴァラターです。
そのような女性には、ほんの小さな欠点さえ無くなるでしょう。
パティヴァラターは、自分本位な望みは何も持っていません。
パティヴァラターがすることは全て夫のためです。
パティヴァラターは、自分の夫以外の男性の顔を見ることすらありませんでした。
こうした女性だけが真のパティバラターと呼べるのです。
ところが現代の女性達は、自分の夫に従いません。
夫の言うことを聞きません。
妻が夫に従い、夫が妻に従い、夫と妻が調和を持って生活を送るなら、国全体が平安と繁栄を得るでしょう。
夫と妻の不和と家庭内の分裂の為に、国は次から次へと困難に見舞われるのです。
夫と妻は互いを理解し合い、共に相手に合わすべきです。
夫の言うことを厳格に守るパティヴァラターには何でも出来ます。
もしパティヴァラターが塩辛い海の水を使って夫の為に料理をこしらえたとしても、その水は真水に変わるでしょう。
もし妻が夫の言うことを守り、夫が妻の望みをかなえるなら、その家庭の将来は安全で確かなものとなるでしょう。
もしそれとは反対なら、その家庭は大きな困難に陥るでしょう。
~妻が夫に従い、夫が妻に従う時その家庭には大いなる幸福があります。
自分の家庭がそのような一体性と調和を得るように努めなさい。
そうすればあなたの一生は何の心配事もない幸せで平安に満ちたものになるでしょう。
あなたの心配事は全てあなた自身が作っているのです。
心配事は神から与えられたものではありません。
神は、離れた場所にいるのではありません。
神はあなたの内にいます。
この真実へのゆるぎない信念を持ちなさい。
そうすれば、個人だけではなく、社会にも幸福が訪れるでしょう。
純粋な心は神の社です。
ですから、あなたの心に愛を育てなさい。
そうすれば、人生で何事でも成し遂げることが出来るでしょう。
夫と妻が同じ見解を分かち合っていたら、家庭に平安と幸せが訪れるでしょう。22/11/2010

ヨシオ:嫁さんは俺と一緒になった頃、味噌汁も作れなかったんや。でも今では俺が一切外食をしないということもあるんやけど、食事を作るのがとても上手なんや。その特技を生かして人に奉仕をしたいなって言ってたな。自分が作った料理を、子供達が美味しそうに食べている顔を見てる時の嫁さんが一番幸せそうやな。俺はお袋に言われたように、自分の事は後回しにしてもっと嫁さんを大事にして生きて行こうと思っているんや。だから人混みが嫌いな俺やけれど、我慢して嫁さんがショッピングに行く時は出来るだけ一緒に付いて行って買い物袋を持ってあげたり、車の運転をしたりするようにしてるんや。最近、嫁さんも少し老けてきたしな。俺たち二人の年を合わせると、もうすぐ120歳になるんや。お互い老けるはずや。今まで、文句一つ言わずに俺を信じてここまでついて来てくれて、本当に心から感謝している。世界一素晴らしいお袋と嫁さん。そして子供達に囲まれて、毎日が天国にいるような気持ちになるな。俺はそのような素晴らしい愛に満ち溢れた家庭を与えて下さった神様に、毎日ありがとうと言っても言い尽くせないほど心から感謝しているんや。

ポニョ:珍しいやないの。あんたがこれ程嫁さんの事を褒めるのは。

ヨシオ:実は今日、嫁さんの誕生日なんや。

ポニョ、ヨシオ:ハッピーバースデー!!

献身的で信仰心の篤い従順な妻は、夫を神への道と神聖な徳の実践に導くことが出来ます。
一方妻や夫が、それぞれのパートナーを神への道から引き離し、霊性から感覚のレベルに引きずり降ろすなら、それは家庭と呼ぶことは出来ない、亡霊や悪霊が大騒ぎしている地獄です。
夫と妻が偉大な理想のもとに、生涯を送る家庭、共に神の御名の栄光を歌い、良き行為に時間を使い、真理と平安と愛が行き渡っていて、毎日欠かさず神聖な書物が読まれ、感覚を支配し、あらゆる生き物は基本的に一つであるということを認識して、万物を平等に扱う家庭は、地上の天国です。DVJp34

コメント (2)

世界一長い素敵な散歩道

2015-04-28 00:00:42 | 日記
ポニョ:昨日は少し興奮して堅い話題に終始したので今日は軽く行こか。おいらはもうすぐしたら、ネパールや世界一幸せな国、ブータンも覗いてこようと計画してるんや。

ヨシオ:ネパールってあんた地震があったばかりで大変なんと違うんか?

ポニョ:だから行って何かお手伝いできることがあればやろうと思っているんでやんす。それに情勢が落ち着いたらトレッキングにも行きたいな。面白いのは地震の数日前にベンガル虎や大型の野生動物が森から逃げ出してきたのでツアーガイドが驚いたって言ってたぜよ。

ヨシオ:動物にはそういう予知能力があるもんな。ところでそれらの大型動物の中には雪男も混じっていたんか?

ポニョ:おるわけがないやろ。

ヨシオ:じゃあ、雪男には予知能力が無かったんや。

ポニョ:あのね君。雪男の悪口を言わんとってくれますか。でも、森からモッサモッサと出て来たら面白いよな。ちょっとお邪魔しますね。私が世間を騒がしています雪男です。地震が終息すれば帰って行きますのでタバコの一本ぐらいくれますか?なんて言うんやろうか。


ヨシオ:アホ。言うわけないやろ。でもポニョがお手伝いに行って人々の足手まといになれへんかったらええけどな。ポニョのお手伝いがいるかもね。

ポニョ:要らないって。それにしても世界中の火山が噴火しているぜよ。昨日一日だけでも19の火山が今現在噴火しているんやぜよ。これって過去百年間の平均年間噴火数より多いんやぜよ。

ヨシオ:それは多いよな。地殻変動が活発化しているんやろ。地球の女神さんがそろそろ目覚められたな。くわばら、くわばら。それよりブータンって一日滞在する毎に$100税金を取られるって聞いたけど、そんな金があるんか?貧乏旅行やったんと違うんか。

ポニョ:いや、おいらが聞いたのは、全てはツアー代金に含まれているって言ってたな。その代わり自分で自由にあちこち行けないけどな。だから、少しの期間だけ行こうと思っている。

ヨシオ:俺もインド以外で一番興味を持っている国はブータンやったんや。どういうわけか、小学生の頃から行って見たいなと思っていたんや。だって名前が面白いやろ。俺の従兄弟がブータンというあだ名を持っていて、その従兄弟に会う度にブータンに行ってみたいなと思ったな。

ポニョ:名前で決めてどうするんや。ブータンはとても小さい国やけれど、自分の国や文化にとても誇りを持っているんやぜよ。人々は小さな事にも満足して、都会で見られるような高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞には縁が無い様な生活をしているって聞いたぜよ。それに顔や風習なんかも日本ととても似ているし、着物なんかもそっくりやぜよ。おいらがその国に興味を持ったのは、自然を大切にし遺伝子操作の食物を拒否し、豊富な降雨量を利用して、小さな規模の水力発電所を作って電力を輸出したり、マッタケを日本に輸出したり、高山にしか育成していない珍しい植物を使った国立の薬草治療院があり、昔、日本人が大根やらいろんな日本の野菜を紹介したので、マーケットに行くととてもたくさんのおいら達が見慣れた野菜が並んでいるらしい。その日本人はブータンでは国王から英雄扱いされて銅像も立っているって聞いたな。それに国土の七割を自然林として保護するって国の法律で決められているんやぜよ。

ヨシオ:それってすごいよな。

ポニョ:おいらが特に面白いと思ったのは、FIFAの順位決定戦で最下位か、それともビリケツから二番目かを決める試合にブータンが出場したんや。その試合の応援にブータン中が国を挙げて応援してたな。めちゃレベルの低い試合やったけれど観客は大喜びやったぜよ。

小さな子供でさえ眼鏡をかけ、若い人々が毛を染め、多くの人々が入れ歯をするというこれらの理由は、現代における家庭の雰囲気が、虚偽に満ちていて真理から程遠く、心配事やねたみ心がいっぱいで、人々は何事にも満足できず、高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞に満ちているためである。
このような腐敗した環境の中で育った者は病気になってあたりまえである。
もし人々が満ち足りた平安の香ばしい香りのする家庭で育ったならば、そこに住んでいる人は幸せで健康であるはずです。
そういう意味で、年長者は次世代者のために大きな責任を負っているのです。SSvol6p89

ヨシオ:ポニョは何でもよく知っているな。それってブータンらしいよな。なんでも一番になることが幸せになれる事ではないんや。我唯、足るを知るの世界やな。俺も、そういうところに惹かれたんや。それで人々が助け合って平和に暮らしているって聞いたんやけれど、俺の持っているもので何かその国に役立つものがあれば、しばらくブータンに行ってシルバーボランティアでもしようかなって思った時があったんや。

ポニョ:あんたは変なガラの悪い大阪弁とか教えれる特技を持っているもんな。われ!何ぬかしてるんや。いてまうで。とか。

ヨシオ:うるさい、ほっとけ人の事は。耳から指突っ込んで喉ちんこをコロコロ言わしたろか。それでそういう事を計画していた時期は、ちょうど、ババのことを知り始めた頃やったんやけれど、ある日ババが夢に出て来られてこんな事を俺に言われたんや。お前のこの生での仕事はそこではない。どうしてそんな遠いところまで足を伸ばして行くんや。そこはお前がカルマを支払う場所ではない。もし、お前がどうしても行きたいって言うんだったら新しいカルマを作る事になるので、また生まれ変わらなければならない。やめとけって言われたな。

ポニョ:そうか、あんたもブータンにそんなに興味があったなんて知らなかったな。まあ、おいら達夫婦が行って、君の代わりにしっかり見聞きして土産話でも聞かせてあげるからそれで満足しておきなさい。羨ましいやろ。

ヨシオ:なんでやねん。ところで、ネパールにトラッキングって、この前大雨かなんかで犠牲者が出たって言ってたけれど大丈夫なんか?

ポニョ:心配御無用。もしそこに行って何かおいら達で役立つ事があったら炊き出しでも何でもやるぜよ。それにおいらは、都会のコンクリートジャングルで育ったあんたと違って、自然の中で育っているから、山のことなら任せなさい。しっかり歩いてくるぜよ。

ヨシオ:そういや最近、嫁さんと家の近くにあるビブルマントラックというハイキングコースの一部を散歩に行ってきたんや。

ポニョ:何ですかそのビビリマントラックって。毒蛇がたくさんいてビビリまくる散歩コースですか?

ヨシオ:ビブルマンや、ビビリマンと違うっちゅうに。アボリジニの言葉でこちらのアボリジニのヌンガー族の別名なんや。その道を使って何万年もアボリジニたちは移動をしていたんや。それをハイキングコースに整備して人々が安全に道を迷わずに歩けるようにしてあるんや。

ポニョ:そういえば名前は聞いたことがあるな。あんたのところにいてる時に大きな看板っていうか木のサインを見たぜよ。

ヨシオ:俺は、ずっとお袋の介護を嫁さんとしていたので、この十年以上ただの一日でさえも家を空けて何処かに行く機会なんてなかったんや。それで、久しぶりに嫁さんと二人でハイキングに出かけたんや。すると、このビブルマントラックは全長1000キロもあって二ヶ月間かけて走破するんやて。俺たちはその一部を歩いただけなんやけれど、とても整備された道で歩きやすかったな。

ポニョ:なに~!そんな1000キロもの長いハイキング道が近くにあったんか?行ったら良かったな。知らんかった。ネパールをやめてまたそっちに帰ろうかな。1000キロを二ヶ月かけて歩くっておいらにはとても魅力やぜよ。で、泊まるところはテントか?

ヨシオ:全行程を60ぐらいのセクションに分けていて、一つのセクションが十五から二十キロとかあるんやけれど、それぞれのセクションの終わりに小屋があって、そこで寝泊まり出来るんや。
もちろんトイレやテントを張れるところも整備されているし、水タンクもあるし、道を迷わないようにサインがしっかりつけてある。嫁さんはそのサインを見た時に、ここは蛇が多いところやななんて怖がっていたけれど、それはただのサインや。でも、人はその蛇の絵が付いた道標を探しながら歩くのでいつも頭の中は蛇のイメージでいっぱいなんや。だからビブルマントラックを歩く人は、自分の想像力の力で蛇を呼び寄せて必ず蛇に遭遇すると言われているんや。

ポニョ:それって恐ろしいよな。自分で嫌な蛇さんを呼び寄せるって。

ヨシオ:あるお父さんはテントを張って寝ていたら、夜中に娘の上を三メートル以上もある長い蛇が這っているに気づいたんや。それでびっくらこいてパニックになりその蛇を力いっぱい払いのけようとしたんや。それで蛇も驚いてその娘のほっぺたっを大きな口で噛んだという事もあったな。

ポニョ:蛇さんはウロウロするのが仕事やからほっておいたら何も悪いことはしないぜよ。パニックになってお父さんが暴れるから子供のほっぺを噛んだんやろな。ほっペに大きな歯型が付いたやろな。めちゃ危ないぜよ。

ヨシオ:その後、慌てて病院へ連れて行ったんやけれど、幸いな事に毒蛇ではなかったんや。

ポニョ:おいらはさっと見ただけで毒蛇かどうか分かるぜよ。そのお父さんは知らなかったんやな。でも、1000キロのハイキングコースって聞いたことがないな。それだけきちんと整備されたコースって世界中探しても無いと思うで。世界最長と違うやろか?

ヨシオ:俺が、そこで知り合った人は俺より一つ年下やけど、一人で全行程を走破しようとされていたな。それで、最初いろんな物をバックパックに詰め過ぎたので三十kgにもなって、喘ぎながら歩いていて、途中でへばってしまったんや。すると何人かの人が余計なものをバックパックから取り出して、それらを好意で終着点まで運んでくれたんやて。だから今は二十kgしか無いので楽に歩けるって喜んでおられたな。

ポニョ:どこにでも、良い人っているよな。嬉しくなって来たぜよそんな話を聞くと。

ヨシオ:面白かったのは、自動靴磨き機があってそこに靴を入れると機械がきれいにしてくれるんや。俺はなんでこんなところに靴磨き機があるんかなと思っていたら、靴にくっついている木や雑草の種を取るためやったんや。

ポニョ:つまりそういう種が、人の靴にくっ付いてあちこち広まらないようにするためか?それって面白いよな。確かに1000キロも人が行ったり来たりしてたら、植物分布に影響を与えるのは間違いないぜよ。ところで、そのハイキング道はトレイルバイクとか、マウンテンバイクでも走破出来るんか。としたらちょっとうるさいし、危ないぜよ。

ヨシオ:全行程でバイク通行禁止なんや。馬でさえそのトラックを通れないんや。だから歩きの人だけが通れる安全なハイキングコースなんや。それに、わざと小さな町の近くを通るようにコースを作ってあるので、食料の仕入れや、時々気に入った町や村があれば、そこにあるホテルや宿泊所で何泊かゆっくりと出来るし、そこで風呂に浸かって垢を落とせるんや。残念ながらコースに温泉は湧いていないけどな。

ポニョ:でもそれってええよな。二ヶ月間休みなしで自然の中を歩くって。自然を大満喫出来るよな。

ヨシオ:その人の話によると、一人で歩くのがお勧めやって言ってたな。だって一日中歩いても余り人と合わないし、二ヶ月間誰とも話さず、毎日自然の中で自然とだけ話しながら自然に浸かり切って一日を過ごすので、本当の自分を取り戻すことが出来るって言ってたな。そういう体験を言葉で言い表すのは難しいとも言ってた。

学生諸君は自然の中の神聖な音響を聴かなくてはなりません。
良心は心を超越します。
それは生命の波動です。
言葉は心から発します。
しかし、それは舌まで来ると異なる状況のもとで異なる発音へと変わります。
言葉は心を超える時には真理そのものとなります。
ヴェーダではこの真理をプールと称します。
それは放射です。
人の霊が、物質化された身体に入ると、この真理は身体中にあまねく満ちわたり、良心という名で真理の波動となります。
それゆえ放射から波動が生じ、波動から物質化が生じるのです。SS10/93

ポニョ:確かにそうやぜよ。おいらも毎週のように六甲山や京都の北山に一人で行っていたけれど、一人になって誰とも話さず自然と一日中向き合えば、本当の自分が見えてくる気がして来るぜよ。ババも沈黙をすれば霊力をためれるって言っておられるぜよ。それに、自然自体から人は多くの事を学ぶことが出来るぜよ。

ヨシオ:そうやな。ババも霊的には自然の方が人よりも一段高い所にいるって言っておられるもんな。

自然は人間よりも一段上のレベルにあり、その自然を保護するために自然の開発には限度を設けなければなりません。
人間が無思慮に自然に干渉するならば、自然は人間に逆らい問題が生じます。
自然を守るために欲望に限度をもうけねばなりません。
自然が人間に対して不利益をもたらさぬように十分に配慮しなさい。
この点に関して、科学者達は彼らの発明が社会にもたらす有害な影響については全く無関心です。21/1/93

ポニョ:それなのに、人は自分がこの地球の主人のように振舞って地下資源を無分別に収奪しているんや。そのうち大きなしっぺ返しが来るぜよ。

多くの自然災害は人為的なものなのです。
地震、火山の噴火、戦争、洪水、飢饉や他の災害は厳重な自然の乱れの結果です。
それらの乱れは人の行為の帰結なのです。
人は、未だに人と自然の関係を完全に理解していないのです。SSvol25chap37
人は生まれてから死ぬまで、明け方から夜まで、人は自然を収奪し、略奪し、その神聖さを汚すことによって束の間の喜びを追い求めます。
そして、自然は創造主である神の財産であり、それに対してなされる如何なる損害も厳罰に値するほどの神への冒涜であるという真理を無視しています。PD12

ヨシオ:そうなると全ての人類が影響を受けるやろな。何れにしても、近い将来俺たち夫婦でゆっくりと無理をせず、全行程を走破してみようかなと話していたんや。出発点はパースの東24キロほどにあるカラマンダという町で、到着地点はアルバニーという町なんや。そこから毎日バスが出てるから出発点に帰ることができる。もちろん逆向きに歩くとこも出来る。十一月から三月は暑いし、五月から七月は雨が少し降って風も強くて寒いし、八月から九月のワイルドフラワーが咲く頃に走破しようかなと思っているんや。

ポニョ:おいらは、ニュージーランドのミルフォードサウンドにあるトラックやその周辺の幾つかのトラックを走破したことがあるけれど、いつ行ってもあの辺りは雨量が多いから歩き辛かったぜよ。その点オーストラリアは乾燥大陸やから、暑い時期だけ外せば気持ち良く歩けるもんな。でも、ニュージーランドは蛇がいないけれどオーストラリアは蛇がおるもんな。それも、チョー毒蛇が。

ヨシオ:でも、まだそのトラックを歩いている人で蛇に噛まれて死んだ人がいないから大丈夫なんと違うか?ニュージーランドもいっぱいブヨがいるって聞いたで。噛まれたら酷い目に遭うって。

ポニョ:そうやったぜよ。おいらも足が真っ赤に腫れたぜよ。しかも一ヶ月経ってもまだ痒いんや。

ヨシオ:最初の半分の行程は、山の中にある国立公園の中を歩いたり、開けた牧場の周りを歩いたりするけれど、後半は海岸沿いを歩くので暑くなればいつでも泳げるし、野生のイルカやクジラも見られる。それに海岸沿いの景色も変化に飛んでいるので楽しめるやろな。途中で野生のカンガルーは毎日のように見られるしな。洗練された都会人でも、二ヶ月間もこんな大自然の中で過ごせば、タフな野人になってしまうやろな。

ポニョ:途中にお好み焼き屋さんがあればもっとええのにな。お風呂屋さんとか、湯豆腐屋さんもあればそらもう言うこと無しや。オーストラリアは夜店とか出店とか無いもんな。誰か始めないかな?マサラドーセの出店を、絶対流行ると思うで。

ヨシオ:ポニョはお腹が空いているんやろ。なんか食べて来いや。
アルバニー側の到着、出発点です。御苦労さんでした。


人は自然を分析し理解して学ばねばならない。
それはまるで、お母さんの膝の上で生き方を学ぶ子供のようなものである。
自然はまた、人にどのようにして平安を得ることが出来るのかをも教えてくれます。
もしあなたが自然の掟を破ると、彼女はあなたを平手打ちにし、彼女の命令に従って警告に耳を貸す様にあなたを導き、あなたが不滅の遺産を継ぐに値する様に導くでしょう。
それ故に神をあなたの導き手、守り手とし、ダルマの法に従いなさい、と言われ続けているのです。SSSvol2p164

肉体と自然界に繋がっている行為と、人間の内面に繋がっている感情、神に繋がっている悦び、この三つが一つになるとき人間と自然と神が一つに出会うのです。この世界、自然は行為をする場所だと言っていいでしょう。自然は人間に、行為を聖なるものにすることによって最高の目標に達する機会を与えてくれます。 ~皆さんは良いことをするという目的のためにこの身体を授かったのです。SGc31

人生の目的は、ただ食べる為に生きたり、役立たずで地球の重荷になる事や、獣の様に感覚の奴隷になることではありません。
きつい仕事を避け、脂肪で身体を膨らし、巨大な身体を持て余している怠け者の群れに加わる事によっては、何の恩恵も得ることはできません。
~自然は、「これは、私のものだ。あれもそうだ。それも私の身内のものだ。」などと言いながら自然を喰い物にする者共を罰します。
自然は、自然界の掟を破るものたちを厳しく罰します。GVc12

神の御言葉は全て実現するんだってばよ

2015-04-27 00:00:00 | 日記

ゴールデンエイジになれば、世界中が調和で満たされどこかしこも愛であふれるでしょう。今日、どこを見ても混乱、争い、騙しあい、悪徳,などのネガティブな状況が優位を占めているので、あなた達はそのようなすばらしい世界を想像出来ないでしょう。しかし、最終的に変化はやってくるのです。~あなた達の中にある神聖さを輝かせ、ビーコンのひとつとなって世界に明かりを灯し、ゴールデンエイジを少しでも早くこの世界にもたらそうではありませんか。今日、幾人かのすでに啓発された、神を悟ったステージに達している魂たちが、来たるべき新しい時代を導いていくことでしょう。P41 Sai Vandana


ポニョ:おいらが最初にインドに来た時よりますます空気が悪くなっているぜよ。pm2.5なんかニューデリーでは北京の倍の汚染度を記録されたぜよ。バンガロールでも空気が悪くて喉が痛くなるぜよ。

ヨシオ:俺の最後のインド旅行はもう二十年以上も前やったけれど、その時でさえマドラスやバンガロールは夜は視界が悪くなるほど空気汚染が酷かったな。

ポニョ:二十年前と今とは比べものにならないぜよ。車の数がめちゃ増えていて渋滞もひどいし都会には行きたくないぜよ。ニューデリーだけでもあんたが来た頃は百万台ぐらいやったのが、今では八百万台を超えているからな。すごいぜよ。プッタパルティもたくさんビルが建っているし、昔と様変わりしていて、昔の若かりし頃のスワミの思い出を辿りにいろいろ回ろうかなという気がしないぜよ。

ヨシオ:そうなんや。それほど車が増えているんか。俺も、子供達を連れて奇跡の木やらオールドマンディールを見に行こうと思ったんやけれど、ババがアシュラムから外に出てはいけないと言われたので見に行ったことがないんや。

ポニョ:チットラヴァティ川も行ったことがないんか?それは気の毒やな。おいら達夫婦はここで知り合いになったイギリスから来たご婦人が招待してくれたので、家まで遊びに行ったんやけれど、タクタクで二十分ぐらいのとこやったな。そこは意外と静かやったな。裏庭で自家栽培の野菜も作っておられたな。おいらはその人にアクアポニックスの紹介をしたんや。するととても興味深そうに聞いておられたんやけれど、年に半年ほど、ここが暑くなってきたらイギリスに戻られるので無理やね。誰か魚やシステムの保持点検をしなくてはならないし、一番の問題はここは停電が多いので、ポンプが止まった時のバックアップが無かったらおしまいやぜよ。

ヨシオ:でも、以前紹介したオーストラリア人の若夫婦が子供を連れてアクアポニックスをインドの過疎地でその村の孤児院のために作りにいっていたけれど、手押しポンプでシステムを動かしていたで。

ポニョ:この方は七十才近い方で、1人で住んでおられるから無理やぜよ。それで、おいらとお茶を飲みながら話していたんやけれど、ババが近々霊体を肉体化して戻って来られるよ。という話をしたら、私はもう自分の中にババを持っているので、そんな事はどちらでも良いなんてあんたが言いそうなことを言っておられたぜよ。

ヨシオ:俺もババが恋しくて、ババのお姿が見たいからもう一度ババが戻って来られるよと言っているわけでは無いんや。それは何度も言ってるよな。このブログを立ち上げてからたくさんの人が、俺にあなたはババのお姿に執着し過ぎてるなんて批判されてきたけれど、その批判は当たらない。そういう風に俺を批判した人の霊的レベルがすぐ分かる。批判した人の思いが反映しているんや。もし俺がそう思っているんであれば、この二十五年間の間、何回も肉体のババに会いに行っているはずやろ。そうではなくて、俺たちが言っているのは、もっとしっかりババが言っておられることを読んで下さいね。ババは世界中に何千もの体をとって現れますよ。空を歩かれますよ。山脈を持ち上げられますよ。世界が愛で満たされ全ての憎しみや苦しみが一掃され素晴らしい愛の世界を作るって言っておられますよ。私は、2022年まで肉体を取ってこの世界で仕事をしますよ。と言っておられますよということを、講話やインタビュールームで言われたことを知らない人が多いから発信しているんや。また、ポニョがいつも言っているけれど、俺はこの世界でこれ以上、口を聞けない生き物たちが殺されるのを黙って見たくないんや。だからずっと昔からその事を神様にお願いして来たんや。俺もポニョも、神様にそういうお祈りをずっとして来たから、ババが俺たちの祈りに応えてやって来てくれたと強く信じているんや。

以前、ゴヴァルダナギリの丘が小さな少年によって高く持ち上げられた時、牛飼いの少年少女たちはクリシュナが神だと気づきました。
今日、ゴヴァルダナギリのような丘ではなく、山脈全体を私が持ち上げるのをあなた方は目にすることでしょう。
その時が来るまで我慢強く私を信じて待つのです。P 22cap5SSS,Vol3
私は96才までこの身体をとって生き、インド全国に18の重要な教育施設を次の46年間に創設する。(1976+46=2022)BBC SatyaSaipart2p85、6/76 at Kodai
私はこの人間の身体を2020年以降も存続させます。
Life of Bhagavan Sri Sathya Sai p235 1971
アヴァターが歩むどの一歩も、その足跡もすでに決定されているのです。23/11/68

ポニョ:その通りやぜよ。おいらもババがまた肉体の制限を取り払って霊体を自由に可視化したり物質化したりして、おいら達の祈りに応えて来られるって信じているんやぜよ。別にババが霊体を可視化したり肉体化したりしされなくてもそれは可能だ、ババはいつもおいらたちの心の中におられるし、全てを神だと見るようになれば、ババがこの世に戻って来られるなんて必要もない話やと、おばあちゃんは言っておられたけれど、でもババがこの世界を正しに来られるっていう事を今までの講話やインタビューの中で何度も言っておられるぜよ。計画変更なんてあり得ないぜよ。

ヨシオ:そのおばあちゃんのように、自分が神様のところへ行きたいとか、神と同じレベルに達したいとか考えている人は、俺たちの気持ちは分からないやろな。

ポニョ:小乗仏教と大乗仏教の違いやぜよ。全ての人や生き物が幸せにならない限り本当の個人の幸せって無いぜよ。宮沢賢治も"世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。"って言っているぜよ。個人の幸せって世界と深く繋がっているんだってばよ。自分が神様のところに行くことばかり考えてババがもう一度降臨されることによって世界、人類、生き物達がどれくらい益を得ることが分からないってちゃんちゃら可笑しいぜよ。って喉まで言葉が出て来たけれど、飲み込んでしまった。大体、全てを神さんだと見れる人がどうして、口も聞けない動物たちが殺されているのを黙って見過ごすことが出来るのか理解出来ないぜよ。その生き物の中におられる神さんは、おいら達がその生き物達が殺されるのを知っているのに無視したりするのを、どのような気持ちで見ておられるんやろうか。ちょっと考えたら子供でも分ることやぜよ。

ヨシオ:このブログで、ババが若かりし頃の話をシリーズでしたけれど、子供だったババが、村人が調理しようと持っていた鳥を走って行ってその人から奪い取り、自分の胸の中で愛おしそうに抱きしめられていたエピソードがあったよな。愛の神様は決して、今こうして話しているこの瞬間でさえ殺されつつある生き物のことを見捨てられているわけではない。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/2233d33ce3a4f091da5db978494f325e
ポニョ:それどころか、とても傷ついておられるやろな。星やんは、神さんはもちろんどんな状態でもいつもハッピーやけれど、本当はとても悲しんでおられるんやなんて言ってたな。神様はダルマに反する行為などを見過ごしているわけではない。神様は生きとし生けるものの幸せを願っておられるのに、どうして人が自分が食するために口を聞けない生き物の命を奪うのを許されるのか。決してそうではないぜよ。

ヨシオ:全知、全在、全能の愛そのものである神さんが、人の体をとって来られた。今は少し身を隠しておられるけれど、またそのお姿を使って仕事に来られる。それに対して俺たちは肉体を取って来ないで下さい。どうしてそんな牢獄のような肉体に戻られるのですか、何て言える立場じゃないやろ。それは神さんの問題や。ババは忍耐強く待ちなさいと言っておられるから、俺たちはただそのお言葉を信じて待つだけでええんや。俺も、もし世界が今のように弱い生き物たちが殺されるような世界じゃなかったら、俺自身はそのばあちゃんのように、ババが俺の中にいつもいるって分かっているし、毎日ババを感じて生きているので、ババがもう一度現れようが現れないかはどっちでもええんや。そうじゃなくて俺はこの世界の隅々から生き物たちが殺されているうめき声が聞こえてくるんや。俺は毎日、残酷な写真や記事が載っている新聞にも目を通せないし、ニュースも見られないほど傷ついているんや。星やんも俺と全く一緒の気持ちやった。今、この地球がどれほど病んでいるか本当に分かっている人は少ない。

ポニョ:地球の女神さんはとても悲しんでおられるやろな。おいらも、こうしてあんたと話している瞬間に、同じ地球に住んでいる生き物や弱い立場の人々が苦しめられ殺されているのを平気のへの座で見られないぜよ。おいらがババの帰依者になった一番大きな理由は、ババがこの世界を根本からひっくり返して素晴らしい黄金の時代を人類にプレゼントしてくれるっておいら達に約束してくれたからなんや。だから、それ以来おいらもババの手足になっておいらの全てを捧げてきたんやぜよ。自分を神様の近くに行かせて欲しいとか、神と同じレベルにまで昇らせて欲しい何て願った事は無いぜよ。それはババが言われた通りの事をして、正しい事をしていたら後から付いて来るもんやぜよ。

ヨシオ:それが恩寵やもんな。

すべての人類が兄弟愛で満ち、神を父と呼ぶ日が、輝き美しさを増しながら、すぐ近くまで来ているのだ。SSSvol3chap18
私は、皆さんの前で宣言します。全世界はこれから18年以内に一つの家族のようになるでしょう。近いうちに、バーラタは世界の霊性のリーダーとして高名を博し、バーラタの文化と霊性は世界の隅々まで広がるでしょう。14/2/09
全世界は今日、心配事や恐れで苦しんでいる。しかしすぐにその黒い雲は追い払われ、幸せな時代が全世界に訪れるのを、あなたが見届けられることを私は保証します。SSvol11chap28
もし変化があるとすれば、それは宇宙的規模の変化であって、地域的な変化ではない。それはあらゆるところで起こるのだ。MBAIp189
あなた方は、これからすぐ間もなくスワミが今まで明らかにしてこなかった栄光を見ることになるであろう。そうなれば、ここは多くの人々がやってきて立錐の余地もないぐらいになるであろう。16/3/03

ヨシオ:俺もそうや。だからポニョも俺も世俗的な事から足を洗い、毎日の生活を聖化して神様だけを思って生きてきたんや。だから、ババが直接俺たちに今やっているような仕事をくれたんや。

ポニョ:最近も、ババがあんたの夢に出て来てお金を明日入金するからノンハイブッドのタネを沢山買いなさい、と言われたんやろ。それで翌朝銀行の口座を見たら日本円に換算すると、七百万円以上も入金してあったんや。おいらはそれを聞いておったまげたぜよ。どれだけの種を買えるんやって思ったぜよ。

ヨシオ:具体的な数字は言うなよ。買う種が多過ぎて困っタネ。俺は一旦ババに全てを捧げたら、ババは俺の人生だけではなく、俺の家族の人生も面倒見てくれるんやということを、このような体験から知っているんや。そんな事は、これだけではなく今までいろいろあるんや。

ポニョ:神様と一緒に歩む人生やな。それって素晴らしいよな。でも、ババが再び身体を取って現れたら凄い事やぜよ。そういう、ババが再び現れられることを必要としているレベルの人たちもたくさんいるって言うか、そういう人がほとんどやもんな。それにババが現れられたら、世界中がババ一色になって、全ての人々が「ああ、神様てやっぱりいたんだ。自分たちは今までどれだけ人生を無駄にして来たんだ。これからは神様の方に向かって歩んで行くんだ。」って思う人がたくさんいるやろな。そういう意味でババの再降臨は大きな意味を持っているんやぜよ。でないと、どのようにして世界の主要な国々でプッタパルティが重要な場所としてマークされるんや。

アメリカだけではなくプッタパルティの名は、日本、ドイツ、イタリア、フランス等のすべての先進国の間に知れ渡るでしょう。すべての世界地図にプッタパルティは重要な場所として記しづけられるでしょう。19/10/99
ゴールデンエイジのサインは、サイの栄光が全世界に広まり、何千もの信者が増えることです。SS12/1993
ごく近い将来にあなたたちは神の栄光が日に日に増し、あなたに喜びと祝福が授けられるのを知ることになるでしょう。すべての不穏さはこの地上から消え去るでしょう。16/3/03
やがて、日がたてば今スワミの真実に気づいていない者でさえも、私を体験し、後悔の涙を流しながら私のもとへ戻ってくるでしょう。非常に近い将来こういうことが起こるのだ。スワミは現在こういうことを起こるのを制止しているが、しかし一旦それが起こることを私が許せば、全世界がプラシャンティニラヤムになるであろう。vol15Chap55
何百万人もの人々が、アヴァターの降臨から恩恵を受ける日が近づいてきています。私はあなた方に、多くの人々がやって来る前に私から恩寵や祝福を得て、あなたの宝物殿にしまっておくように忠告しておきます。SSSvol11chap41
全世界がサイオーガニゼーションとなり、サティアサイがすべての人のハートに宿るようになります。SS1/99p20
非常に近い将来プタパルティは大きな変化を遂げるでしょう。私は未だそれらが起こることを抑えています。このホールは小さすぎます。私はもっと大きなのを建てるつもりです。しかしそれさえも十分だとは言えなくなるのです。人々を収容する倉庫は、大空ぐらいの大きさのが必要になるでしょう。その時が来れば私は、車や飛行機を使って移動するでしょう。
それからのちは、私自分自身が自ら空を飛び、大空を駆け抜けるでしょう。すべての人はそのことを同時に見ることでしょう。誰も、何ものをも私について来られないでしょう。誰も私を裏切りだますことは出来ないでしょう。もし誰かがそんなことを企めば、そのもの達は自らの頭をぶつけて死ぬであろう。すべては私のものである。あなたがたは、召使いが間違いを犯しても謝ればすむように、間違いを犯しても良いと思っている。私はその時が来るまで警告を与え続けるが、その後に及んでは、後悔しても遅いのだ。というのもそのとき私は警告を発しないからだ。OTYRTNp276

ヨシオ:俺たちはババの言われたことが全て実現すると信じているんや。一言一句、全てが真理なんや。なのに、私はババが言われたこの部分を信じるけれどこれは、多分計画変更されたんでしょう。とか、この部分は少し受け入れられないとか言ってはならないんや。全ては真理なんや。例え冗談のように聞こえても、それは全て実現するんや。

ポニョ:ババの言われたことを一言一句信じて生きて行くものだけが、ババの恩寵を得ることが出来るんやぜよ。もうすぐしたら、ババが本当に空に現れられる。そうすればおいら達が言って来たことが正しいって分かるんだってばよ。時は近いぜ。正義は勝つ。

多くの人々は、私の言葉を重視せず軽く取っています。
これは正しいことではありません。
私が話すことは、例え私が軽い調子で話し、冗談として話したとしても、全て真理であり真理のみなのです。
しかし、人々はそのことに気付いていません。
肉体的にスワミの近くにいる人でさえも、このことを正確には理解していません。
その結果しばしばスワミの言うことを無視しています。
私の言葉を真剣には受け取らず、スワミは軽い調子で話をしたのだと思っています。
そして、私の言葉が真理である事を後でそれが現実となった時にようやく気付くのです。
人は未来のことを何も知らないので、私の言葉を軽く受け取ります。
けれども、私の言うことが全て本当だということが将来判明するでしょう。
そうして初めて、人は私の言葉を理解することが出来るのです。
眼の前で、私が歩き、話しているのを見、起こっている事を全て目撃しているのにもかかわらず、人々は私の言葉を理解することも、私の神聖さを認識することも出来ずにいます。
人々の多くは、私の言葉を冗談でかたづけます。8/08
私は今日あなたに約束します。パキスタン、中国、ドイツ、ロシア等の全世界の国々の人々が一つになります。バラタの善が、この全一性を導くでしょう。SS9/02

コメント (3)

自分の良心に向かい合う時

2015-04-25 00:00:15 | 日記
ポニョ:裏社会の連中も忙しいよな。陰でなんか悪い事をするってめちゃ疲れるやろな。

ヨシオ:表に出てお天道さんを拝みながら正々堂々とやることに比べれば、疲れ具合は格段の差があるやろな。

ポニョ:いつも、日陰にいるんで脚気にもなるしな。ビタミンBが足りなくなるぜよ。想像してみ。奴らグローバル企業がいない世の中を。先ず武器商人がいなくなるから戦争が無くなるやろ。モンサントも無くなるからどこに行っても有機肥料の野菜を食べれるやろ。遺伝子操作の食物が消えてしまうから安心して野菜を食べれる。病院も薬屋が金儲けで無くなるから癒着が無くなって患者主体の治療が出来るようになるやろ。ガンの三大治療法も奴らと繋がっているから自然療法に取って代わるやろ。オイルの時代が終わってオルタネイティブのパワーを使った発電機が出来たり、無公害の車も出来るかもしれんな。学校も、もっとモラルがあり、考える事がしっかり出来る生徒を生み出すようになるやろな。ネットで出回っているひどい画像や動画も裏で人の社会を堕落さそうとしてるから、それも取り締まれる事になるやろな。金かねカネの世界は終わりや。軍事基地も無くなるやろうし、今米国に貢いで米国債に化けてる金も、少しは戻って来るかもしれんな。全額戻って来たとしたら、日本人一人当たり七百万円近くになるんやで。

ヨシオ:それは大きい額やな。赤ちゃんも含めて一人当たりそれだけの金を国民一人ひとりがもらったら、景気がめちゃ良くなるやろな。返してもらおうぜ。

ポニョ:消費税とは全く逆やな。それだけの金を盗まれているんや。ほんまにあいつらは人類や地球のお荷物や。

ヨシオ: ババはそういうどうしようもない輩を、嫌いになるんではなくて、自分のやんちゃな放蕩息子やと思いなさい。と言っておられる。

ポニョ:なんであいつらがおいらの息子にならないかんねん。もし自分の息子やったら勘当や。

ヨシオ:神様の辞書には勘当って言葉が無いんや。だって神様が見離せば誰がそれらの人々を神に導いて行けるんや。やっぱり、最後は神さんしかいてないやろ。

ポニョ:そらそうやな。まあ嫌やけど、出来の悪い息子にしといたるわ。それにしても、悪いやっちゃ。ムカつくな。

ヨシオ:もう分かったって。そういう人は自分でカルマを自分で支払うんや。以前記事にしたやろ。死んだら閻魔さんが来て自分が犯した罪を裁いてくれるんやけど、実はその閻魔さんは自分の良心やったって話。

ポニョ:ああ覚えているぜよ。それって強烈やったな。自分が自分を裁かないかんって。

ヨシオ:俺たちが自分と思ってる肉体を持っている自分は、本当の自分ではなく、それを横でいつも小さな声で、それは間違っているよ。こうしなさい。ああ、今回は良い事をしたね。その調子だよ。頑張ってね。とか言って囁いてくれている自分が本当の自分なんや。


想念はあなたの都合によって湧き起こる場合が良くあります。
一方、直感は、心と知性の両方を超越しています。
直感は真理の直接認識です。
ですから、直感は真理に基づく確信を意味します。
つまり言葉を換えれば直感とは、人知の及ばない英知の発現ということが出来るでしょう。
想念は、正しいことも間違っていることもあるでしょうが、直感の促しは真理以外の何ものでもありません。
想念はほとんどの場合、感覚的で世俗的な性質を持っています。
一方、直感は内なる声、つまり良心のささやきであり、神聖なるものです。
理性により時折あなたは、人を疑ったり、怒ったりすることもあるかもしれませんが、良心つまり直感は、あなたの内なる純粋意識を呼び起こすのです。STPSp280


ポニョ:良心が横でいつも囁いて見守っていてくれてるんか。何で大きな声で言ってくれないんや。

ヨシオ:それは、その人によるんや。もし肉体の自分が自分だと思い込んでいたら、つまりそれはエゴやけど、その場合は、もう一人の自分がいくら大きな声で叫んでも聞こえないんや。でもその小さく囁いている声を一人で静かなところにいる時に深く心に沈潜すれば聞こえて来るんや。その良心の囁きは、深く深く自分の中に入って行けば行くほど大きな声になってはっきりと聞こえて来るんや。

ポニョ:でも、死んだら肉体意識が無くなってその良心の声がめちゃ大きいスピーカーの音ぐらいになって聞こえるって以前言っていたよな。それって、怖い話やな。本当の自分の声が聞こえないために間違いを犯し、自分が自分を裁くって。

ヨシオ:良心の心の痛みってやつやな。人が死んだ時に、人は自分が本当の自分に向き合うんや。そして、人生のいろんな場面を見せられてその時々で間違った判断をしたり、罪を犯したりしたことを周りに集まっている当時の関係者や守護霊たちと一緒に見るんや。そして、自分がどれ程馬鹿げた事をしたのか思い知らされるんや。

ポニョ:それって本当に怖い話やな。そして、そんな間違いを犯したことを心底反省して、次の人生は人として生きて行く価値がない。獣になって人々の足だけを見て四つ足で歩きながら、悪うござんした。私のせいで多くの人様に迷惑をおかけしました。と言って謝りながら犬ころの生を送るんやな。そんな事を以前言ったって思い出したぜよ。



ヨシオ:だから、奴らは自分たちで自分を裁くという苦しみが待っているんや。可哀想な奴らや。俺たちは、この地球に住んでいる、生きとし生けるもの全てを愛して行くのが神さんから授かった義務なんや。だから、誰も嫌いになったらいかん。例えばポニョが宇宙船に乗っていて何処かの生命の痕跡さえない惑星に不時着し、そこで、死ぬまで一人で孤独に過ごさなければならないとする。そんな時に一匹のゴキブリが這っているのを見つけたら、鬼の首を取ったように喜ぶやろ。そのゴキブリを自分ペットにして大事に友達のように話しかけながら育てるやろ。俺がウジ虫をペットにしてたみたいに。

ポニョ:それはどうかな?多分ペットにはしないと思うけど。ああゴキちゃんがいてるな。で終わるやろな。

ヨシオ:…まあええわ。ポニョらしいわ。それでは久しぶりにサイの学生の話に戻るけど、今日は全てを愛する方法を教えてもらったゴパール君の話をしようかな。俺の宇宙船不時着ゴキちゃんストーリーがポニョに通じなかったからな。

ポニョ:せっかく例を出して説明してくれたんやけど、ピンと来なかったんや。おいらやったらウジ虫やゴキブリをどんな状況下でもペットにはしないと思うぜよ。悪かったな。

ヨシオ:謝らんでもええやんか。俺の例えが悪かったんや。今度はポニョの好きな何か食べ物の話を考えとくわ。そうや!今の話の続きやけど、その不時着した惑星にポニョが一人で十年以上住んでいたんや。すると、ある日、地平線の彼方に一人の男が歩いているのが見えたんや。それでポニョは喜んで、ちょっとそこのお兄さんいやお爺さん何処へ歩いて行かれるんですか。おいらは一人でここに不時着して十年以上も住んでるんやけど、ちょっと一緒にお茶でも飲んで話でもして行きませせんか?と言って走って行ったら、なんとその人はポニョが地球にいる特に一番嫌ってた人やったんや。でも、ポニョはこの大きな不毛の惑星にたった一人で住んでいたから、人恋しくてその嫌いだった男とお茶でも飲むやろ。

ポニョ:う~む。考えるな。おいらやったら、なんやお前か?ここに一人で住んでいるんか。おいらもそうやねん。なんか要るもんでもあったらまたちょっと寄れや。あっそうそう。おいらはここを分岐点として西半球に住むから、お前は東半球をやるわ。そうしたら、お前も二度と俺の顔を見なくても済むやろ。それじゃな。って言うやろな。

ヨシオ:救いようが無いぐらい頑固な一面を持ってるんやな、ポニョは。知らんかった。それって鈍性の性質やで。良くないな。これがポニョが生まれ変わった一番の原因と違うか。

霊性修行における第一段階は貪性の資質を無くすることです。
それは、分別なく頑固で、知性を欠き、意味のない問いや議論に浸りこむ傾向があります。
激性の人は自分が望むものを手にした時に幸せを感じます。
それによってエゴは増していきます。
欲望が満たされない時には、憎しみが募ります。
それゆえ、望みが満たされても、されなくても、結果は良くないものとなります。
激性の人は怒りと苦々しさに溢れ、激しやすく、短気です。
また浄性でさえもが、束縛となります。
純粋で価値ある行為がすべて神への捧げ物としてなされる時に、浄性はその束縛を乗り越えることが出来るのです。
この世のすべての人々は、これら三つの属性のうちの一つ、もしくは幾つかを合わせ持っているのです。PSDp28

男性は、男は女よりも強くて力があると考えて、女性に対して横柄な態度を取るべきではありません。
本当のことを言うなら、女性は男性よりも力があるのです。
聖典は、男は三つの力を持っているだけなのに対して、女は五つの力を持っていると述べています。
女性は夫のためなら自分の命さえ犠牲にする覚悟があります。
サーヴィトリーは夫のために自分の命を投げ出す覚悟でした。
しかし、男性にそれほどの犠牲の精神が見られるでしょうか?
妻が死ぬと、男は再婚する気でいます。
けれども、女性はそんなことはありません。
女性は、敬意、品位、犠牲、満足、繁栄という五つの徳の詰まった宝箱です。
その一方で、男性は、怒り、頑固さ、愚かさという悪に陥る傾向にあります。
女性は徳と高潔さの化身です。11-8-2000