サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

世界中が早く平和になればいいのにな

2015-03-31 00:00:36 | 日記
ポニョ:この前の記事の中で、誰でも人はミルクみたいなもので、世俗の悪い水と混じれば薄くなって飲めないけれど、ミルクをかき混ぜてバターになったら水と混じらなくなる。という例えがわかりやすいけれど、おいらには難しい教えやったな。だって、学生と違ってもういろんな習慣が身についているし、変えるのって難しいぜよ。

ヨシオ:年を取ってきたら、誰でも長年染み付いた習慣などを変えるのは本当に難しいよな。それに、誰でも世俗の誘惑に負けて人生の道を大なり小なり外してしまうのが普通や。そして、罪を犯して、新しいカルマを作り、また生まれ変わる要因を作ってしまうんや。

ポニョ:おいら達もババのことを知らなかった頃、結構無茶苦茶してたよな。特にあんたは。ババにほっぺたを、ぺっちんされたぐらいやもんな。

ヨシオ:ババは天使でさえ、この世の誘惑に負けて道を踏み外す事さえある。と言ってられる。ババの事を知らない時はいろんな過ちを犯しても、それはそれで仕方が無いことや、と言って済ませるかもしれないけれど、一旦、ババを神の化身と認めてその教えにも触れたなら、それを命に代えてでも守り切るのが帰依者の義務なんや。

ポニョ:ということは、あんたは天使やったと言いたいんか?何処にそんないかつい顔をした天使がいるんや。あんたは天神橋筋四丁目に住んでたから、天使ではなく天四の人間や。

ヨシオ:言ってくれるやないの。最近ポニョは冴えてるな。やはり、俺のような人間といつも一緒にいるから影響を受けるんやな。

ポニョ:そういや、最近柄が悪くなってきたと思うぜよ。

ヨシオ:ババは、良い仲間を持つのがとても大切や。特に若いときは、まだいろんな悪い影響を受けるから仲間を選ぶのが大切や。と言われてるな。普段、ババが学生たちと一緒に旅をされるときは、ご自分の車に乗られるんやけど、途中で車から降りて学生たちが乗っているバスに乗り込んで来られることもある。すると、あちこちの町や村を通る時に、人々がババの車を見つけると、その車にババが乗っておられると思って、両手を合わせて挨拶をしたり、走って追いかけたりするんや。それを見てババは、ご覧、あの車はいつも私と一緒にいるおかげ、で人々から羨望の眼差しを受け、人々が両手を合わせて挨拶をされている。だから、良い人と混じるのはとても大事なことなのだ。と言われたんや。

ポニョ:それにひきかえ、学生たちの乗ったバスは誰も振り向きもしない。ババが乗ってるのにな。面白いやんか。

ヨシオ:ババは彼の時間の75%を学生達のために使い、残りを帰依者のために使うって言われたことがあるんや。

ポニョ:なんや、ちょっと不公平やんか。せっかく帰依者が遠いとこから来てるのに。

ヨシオ:学生は、まだ俺たちのように世俗の垢に染まっていないし、真っ直ぐな心を持っている。だから、若いうちにしっかりと鍛えておけば、将来の世界を導いていける指導者になるんや。

ポニョ:鉄は熱い間に打てって言うもんな。もう、おいらのように還暦を過ぎた帰依者なんて、どう叩いても変わり様がないほど、自分というエゴが固まってゴリゴリになっているもんな。

ヨシオ:という訳でもないんやけど、さっきも言ったけど、ババは将来を見据えておられるんや。学生を鍛えて、あちらこちらに派遣されて、ゴールデンエイジを迎えた暁には、その学生たちを使って世界を導いて行かれるんや。

ポニョ:ババは。もう頭の中で誰をどこに使うかマスタープランが出来てるんやな。そういや、ババのカレッジを卒業し、そのあと九州に来て、その後、名古屋や石川で研究活動をしていた学生が言ってたけど、同級生だったバレーボールの選手だった学生と偶然、ヴェーダを学ぶ九州の会で会って、その同級生は、僕はわざわざ日本の反対側からここ、九州まで来てるから、君が九州地区を担当してくれないかと頼まれたんや。そして、気が付くともう一人の、知り合いの学生も北日本にいたので、三人でちょうど日本を三つに手分けしてヴェーダ普及の仕事をしたって言ってたな。

ヨシオ:それらの三人の学生たちは、ババからの日本のヴェーダ履修者への贈り物やな。

ポニョ:彼は福島の原発の事故の後も、日本での奉仕をするためにヴィザを延長して滞在したって言ってたな。仙台の方へセヴァに行く時に、放射能で汚染されている地区を通ったけど、一晩中恐れを無くすマントラを唱え続けけたと言ってた。でも、日本に来てもほとんどの食べ物に魚や肉の出汁が入っているし、食うもんに困ったと言ってたな。

ヨシオ:いつ食いもんの話が出るかなと待ってたら、やっと出て来たな。

ポニョ:それに一般の人はババに対するネガティブキャンペーンに、洗脳されているから驚いたと言ってたな。以前も記事にしたけど、日本という国は独立国のように見えるだけで、実は政治経済、そして教育やマスゴミに至るまで、全て占領政策の延長上にあるんや。特に、政治面では、何処かの国の軍事基地が日本中にあるし、経済面では新帝国循環といって、日本の富がアメリカの国債を買わされ、その金でハゲタカヘッジファンドが、日本の優良企業の株を買い占め、乗っ取ろうとしてるんや。だから、どんなに一生懸命勤勉な日本人が働いても、ワーキングプアのままで、日本の官僚を操っている裏社会の一部の悪党共に、全てを吸い上げられているんや。それに気付いて、真に独立した日本を取り戻そうとした心ある政治家は、消されたり失脚させられたりするし、日本は世界の一部の裏社会人間が操っているポチの国なんや。

ヨシオ:ここオーストラリアはもっとひどいけどな。昨日もテロ対策やなんて言って、ネットを裏から合法的に見れる法案が可決したしな。

ポニョ:でも、だんだん裏社会の連中も追い詰められて来ているから、あからさまに人々を強権で支配しようとしてるな。今、どこを見ても全てが裏社会の連中にとって、想定外の出来事が起こっているやろ。沖縄の翁長知事が中国を訪問することが決まったけれど、習近平なんかと会えば政府の顔が丸潰れやぜよ。

ヨシオ:海外でも香港の騒乱やエボラ、ウクライナはもちろんの事、イスラム国を使って騒動を作り出そうとしてる試みは全て失敗に終わってるもんな。

ポニョ:それに最近ドイツの飛行機が落ちたけれどこれも大きな疑問がいっぱいあるぜよ。例えば、操縦室のドアはオートロックされても、五分後には外からコードを使って開けれるんや。フランスのテレビ番組でそう言っていたぜよ。それにその飛行機は大きくコースを外れて飛んでたって事は誰も報じていないしな。そのままのコースを取ると軍の核施設を含めた原発があるんや。

ヨシオ:そうなんや。また何か企んでいたかもしれんな。

ポニョ:その飛行機は外からリモートコントロール出来るんや。だから、裏社会の連中が原発に突っ込んだ飛行機はロシアによってコントロールされていたと報じてフランスを一気に嫌ロシアに持って行き戦争をさせようとしていたっていう情報もある。でもそれを見抜いたフランスが空軍機によって破壊したっていう説もあるぜよ。その空軍機は人々に目撃されているんやけれど、全て削除されて今は見れない。また、別の情報ではアメリカのレーザー秘密兵器で誤って撃ち落とされたってのもある。

ヨシオ:何れにしても、たくさんの人が犠牲になったよな。今回も。それってまるで反戦論が強かった世論を真珠湾攻撃を利用してアメリカを戦争に導いて行ったやり方と一緒やないか。日本でもプーチンは完全に悪もんやもんな。なんでも、核戦争の準備をしていたとか言っていたとかメディアが言っているけれど。

ポニョ:プーチンは、『ロシアはクリミア情勢が思わしくない方向に推移した場合に備えており、核戦力に臨戦体制を取らせることも検討していた。しかし、それは起こらないだろう、とは考えていた。』とロシアのメディアが報じただけなんやぜよ。頭に来るよな。本当に日本の洗脳メディアは。

ヨシオ:もうやめておけって。そういう話は。このブログに合わないやないか。前から言っているやろ。食べ物とかワクチンとかに気を付けていたら、そういう裏社会の事は知らない方が良いって。だって、ポニョの創り出す霊界にそういう連中が出て来るんやで。全てが神様だって分かれば、それはそれでええかもしれんけれど、そうじゃなかったら、そういう事は知らない方がええんや。そういう連中は何れ遅かれ早かれ自ら作ったカルマを支払う時がやって来るんや。神様は全てを平等に扱われ、決して誰も不公平に扱ったりされない。愛で持ってこの世界を総べられているんや。でも、こんな田舎でもポニョのアドバイスのおかげで、無線を使ってネットが見れるようになって良かったな。言われるまで知らんかった。

ポニョ:ネットはあんたにとってええか悪いか分からんけどな。でも、世界の最新情報は入って来るし、記事もアップ出来る。

ヨシオ:テレビやラジオのニュースは全て洗脳手段やからネットだけが頼りやもんな。まあでも、裏社会の連中なんてどっちみちすぐに歴史から消え去ってしまうから、あまり関わりたくないよな。でも、いろんなことをポニョは暴いてくれたおかげで、食べもんにはとても気を付けるようになったな。例のヒマラヤの海塩を摂るようになって、血圧が下がったな。今は68/108やから下がり過ぎかな。

ポニョ:あんたは元々低かったんと違うんか?六十才超えてるのにちょっと低すぎるんと違うか?さっきの話に戻るけど、裏社会の連中は、嘘と非真、不正義と不道徳の価値観を押し付けて世界を支配しようとしてるから、ババと全く正反対なんや。だから、反サイババキャンペーンをしてババを攻撃するんや。

ヨシオ:俺たちのブログもいろいろと嫌がらせが来たよな。

ポニョ:今まで出した記事の保全の為に裏ブログを始めたんやけれど、そういう暴露記事を乗せた途端、テーマに不正がありますという連絡が来てフリーズされたぜよ。

ヨシオ:あゝそれでもう一つのブログに記事を載せるのをやめたんか。

ポニョ:そういうところで働いている人たちは金をもらっておいら達のような、社会のカラクリを知って目覚めたブログを攻撃するんや。でもすごいカルマを作っているぜよ。金のために良心を売り渡して神であるサイババを批判するなんて。

ヨシオ:彼らの将来に、そんなにひどいカルマが返って来ないように、祈ってあげることしか俺たちには出来ることが無いけどな。そんなあなたも救ってあげたいって山本太郎が言ってたな。

ポニョ:ええ言葉やぜよ。太郎ちゃんの実家はおいらの家の直ぐ近くやぜよ。愛がいっぱい箕面のお猿。

ヨシオ:なんで箕面のお猿が愛がいっぱいやねん。

ポニョ:早く、世界の全ての人々が幸せに暮らせるような世界が来ればええのにな。

ヨシオ:ババは、学生たちに同じような質問をされたことがあるんや。君たちに聞きたいんだけど、どのようにすれば世界中の一人ひとりの人たちを幸せにする事が出来るでしょうか?って。

ポニョ:うーん。それはとても難しい質問やな。自分の周りの人を少しはハッピーに出来るかもしれないけれど、世界中の人たちとなると想像もつかんな。ババのような神さんだけが、そんな壮大な質問を考えて、答える事が出来るんやろな。それで、その答えは何やねん。

ヨシオ:学生たちは誰一人、その質問に誰も答えることが出来なかったんや。それでババは、次のような分かりやすい例をあげて説明された。この世の全ての人は、水道の蛇口のようなもので、それがトイレットにあったり、台所にあったり、風呂場にもある。でも、そこから出てくる水は同じや。それは高いところにある水タンクから来ている。そのタンクの水が神様で、一人ひとりと繋がっている。そして、人が神さんを幸せにすれば、神様であるタンクの水も幸せになって、そのタンクに繋がっている全ての蛇口から出てくる水も幸せになると言われたんや。

ポニョ:つまり、神さんをハッピーにすれば、全てがハッピーになるって事か?でも、神さんって元々ハッピーなんと違うのんか。

ヨシオ:もちろんそうや。でも、一人ひとりの人々が神を愛し、自分の周りの人の中にその神を見て、その人の中におられる神様をハッピーにすれば、その神聖な思いは神である元の水タンクを経て全ての人々に伝わって行くんや。

ポニョ:ということは、一人ひとりの神への思いは、神を通じて全ての人と共有出来るって事か?

ヨシオ:その通りや。だってこの世にあるものは全てが神で、全部が実は、元で繋がっているんや。

ポニョ:それってすごい発想やな。裏社会の連中ともおいらが繋がってるって考えたら、少し気分が悪いけどな。でも、ババの教えを深読みすれば、確かにそう言えるぜよ。

ヨシオ:だから、ババは数人の、神を心底から愛する者がいるだけで、世界を変えて行けることが出来るって言われたんや。

ポニョ:だから、いつも神の事を思って生きて行きなさい、と言われてるんやな。そうか、自分の周りの人たちの中にババを見て、そのババをハッピーになってもらうようにすればええんやな。分かったぜよ。これやったら、おいらでも出来そうや。そうする事によって全ての人たちを少しでもハッピーに出来るんやったら、喜んでやるぜよ。そんな事で全世界の人々を幸せに出来るって分かったら、なんか嬉しくなってきたぜよ。

(スワミは、インドの地図とサンスクリット語が描いてある直径10センチメートルほどの銀のメダルを物質化された後、講話を始められた。)
 このメダルには、これから将来にわたってインド各州に設立されるであろう大学や記念塔などが描いてあります。この身体はあと46年間生き続けます。(2022年)そしてその間、インドで何が起こるかが、このメダルに示してあります。このメダルにはまた、インド各州のリーダーになるであろうサイ大学の学生達の名前も書いてあります。
~近い将来、インドの霊的遺産を、ここにいる若者達が世界中に広めるであろう。学生達を出来るだけ簡素に保っておけば、私が彼らを世界のリーダーに育て上げるであろう。このメダルには未来における世界のリーダーの資質や、性格、赴き先などが書き記してあります。ここにいる若者達は、自分にどのような未来が待っているのか案じているが、私はこのメダルに、将来においての各自の指針を書いておいたので、これらの指針に注意深く従い、他の者の模範となって欲しいと思っています。
近い将来、あなた方はスワミが様々な姿を取ってあなた方の前に現れるのを見るであろう。このような素晴らしい機会を逸しないように、努力して私の教えに従いなさい。神の計画を世界に顕す為に、私はこのような教育機関を設立したのです。
ごく近い将来、あなたは私がマンディールにいる同じ時に、別の私をあなたのクラスルームで見るでしょう。そして私がクラスルームにいる間に、人々は別の私が講堂にいるのを見るでしょう。私が講堂で講話をしているときに信者達は、私がマンディールでアラティを受けているのを見るでしょう。あなた達はそのような体験を近い将来するのです。あなたはこのような体験をし、その体験によって得た至福を世界中に広めるでしょう。これが、この教育機関を設立した主な目的です。私はインドの伝統的な文化、古代からの叡知を現代に甦らすでしょう。こういうことがもうすぐ起こるのです。甦ったバラタの古代の叡知はこれからずっと続き、あなたがたは世界中にダルマを教え広めるという機会が与えられるのです。勝利はどんどん近づいてきており、あなた方は必ずその使命を成し遂げるでしょう。
未来については、あなた方にはよく分からないかもしれませんが、私には私の意図した計画が、実現するのがはっきりと見えています。今、私の神聖さを無視している連中も、私の元にひれ伏すようになるでしょう。間もなく、私の神聖さはすべてに知れ渡るようになるのです。私は意図的に私の神聖さが世界に広まるのを遅らせています。しかし、一度、私が私の真の姿を顕現すれば、すべての世界がプラシャンティニラヤムになることでしょう。

バターになりたいな

2015-03-30 00:00:55 | 日記
ポニョ:ババによる、奇跡のレッスンが面白かったな。ババが奇跡のやり方を、懇切丁寧に教えても誰も真似出来ないよな。

ヨシオ:それを、分かってて教えてられるんや。大体、アヴァターの持っている十六の能力の中で、無から物を物質化さすことが出来る十六番目の力は、アヴァターしか持っていないんや。それ以外の力は、霊性修行で獲得することが出来るけど。だから、ポニョがどんなに逆立ちしても無からの物質化は出来ないんや。

ポニョ:なんや、そうやったんか。でも、食べ物を物質化したり、花や色んなものを物質化してるヨギの話を聞いたことがあるぜよ。

ヨシオ:それは、ババが言った三つの物質化の方法の二番目やろうけど、無から物質化してるわけではないんや。どこからか出来合いの物を、物質移動してるか、成分を変化させてるんや。

ポニョ:物質移動か。そうかもしれんな。そうか、無から物質化は出来ないんや。でも、神様のように心で思った事と、話していること、そして行為が一つになれば、かなり高い霊的レベルに到達出来るやろな。

ヨシオ:そうやろな。だから、それを培うための一つの手段として、バジャンをサイババさんは勧めておられるんや。

バジャンは、神を満足させたいという願いを持って全身全霊を込めて歌わねばなりません。
神は才能の優れた音楽家と乞食を区別しません。
信愛と真剣さがあればよいのです。バジャンに魂を溶け込ませなさい。
バジャンを霊化させなさい。
そうすればあなたは真の至福を体験します。6/3/97


ポニョ:バジャン会に出て 歌を歌うことと、思いと言葉と行為が一つになることって何の関係があるんや。

ヨシオ:バジャンって神を讃えたり、思ったりする歌が多いやろ。だから、神を思い、それを声に出して歌い、手を叩くという行為もついでにするやろ。

ポニョ:そうやな。思い、言葉と行為の三拍子がセットになってるな。おいらは黙って聞いているのが好きやから、手を叩いたりしないんやけど…。

ヨシオ:ババはそれはダメだ。神を思って大きな声で歌い、手拍子もしっかりしなさいと言っておられるんや。でないと、三拍子揃わないやんか。ババは、この三つが揃った時に、人は神と融合することが出来るって言われたんや。

ポニョ:そうなんや。今度から、大きな声で歌って、手拍子も叩くようにするぜよ。

ヨシオ:ババは、一人でいる時は、心の中でいつも歌を歌ってたり、小さな声で歌ってられるんや。ある時、何か一人でブツブツ言ってらるなと思って顔を近づけると、なんかの面白いメロディーの歌の一節を繰り返して歌っておられた時もある。

ポニョ:クリシュナみたいやな。クリシュナもいつも戦場で幸せそうに歌っていたぜよ。

ヨシオ:ババは、私は子供達と一緒にいる時は、子供になり、婦人といる時は婦人に、年寄りといる時は年寄りになります。でも、一人で居る時は、神になります。と言われたことがある。だから、誰も、ババが神になっているのを見れないんや。

ポニョ:確かにそうやんかな。だって、一人になっているんやから。

ヨシオ:でも、実は、飛行機で旅をされた時に、一人で座席に着かれ黙って座っておられる時、私は神に戻っていると言われたことがあるんや。

ポニョ:それじゃ、周りの人からババが神になっているのを見られているやんか。

ヨシオ:さっきのは、冗談や。ババは一人になってもならなくても、いつも神さんやんか。でも、ババが一人になっておられる時には、いつも歌を歌っておられるんや。幸せそうに。ダルシャンを与えておられる時も、歌を歌いながら歩かれている時もある。また、僧侶たちが唱えているルッドラムを聴きながら一緒に唱えて、ダルシャンを与えておられたこともある。あるダルシャンの時、学生たちがバジャンを歌ってたんや。知ってるやろ、この歌を。アナンダサガラ ムラリダラという曲や。

ポニョ:知ってるぜよ。ちょっと哀愁を帯びたええ曲やな。

ヨシオ:この曲は珍しく六拍子の曲やねんけど、ババはこの曲を聴きながらダルシャン会場を歩いておられたんや。すると突然、ある女性の帰依者が、ババの御足に飛びついたんや。ババは、この曲の難しい六拍子のリズムに合わせて後ろに二歩下がられ、そしてすぐに、リズムに合わせて前に二歩、ダンスをするようにリズミカルに動かれて、何事もなかったように男性側に歩いて行かれたんや。そしてその後の曲が、とてもテンポの早い十拍子の曲やったんやけど、ババはこの曲にも合わされて歩かれていたんや。でも、皆はそのババの御足を見て驚いたんや。だって、足から血が流れていたんや。というのもその飛びついた女性の爪がとても長かったので、ババの足を切って怪我をさせてしまったんや。その女性は、大きな声で泣いていたな。

ポニョ:神様に触れる時ぐらいは、爪を切って来いよな。失礼な人や。でも、ババは何もなかったように、ハッピーそうに曲に合わせて歩いて行かれたんやな。さすがや。

ヨシオ:ババは、このようにいつもハッピーなんや。クリシュナのようにいつも、心の中で歌を歌ってられるんや。そして、俺たちも神を思い、その思いを口に出して歌い、手もついでに叩けば、さっきも言ったように、神に融合することが出来るんや。

ポニョ:なるほど、そういうことやったんか。ババは一人の時は神になっていると言ったけど、バジャンを歌ってられたんやな。おいらが、いつもお風呂で歌っているけど、その時は、おいらも実は神になっていたんやな。

何のために人間として生まれてきたのでしょうか。
立派な教育を受けながら、それを生かそうとせずに、鳥や動物や虫が夢中になっているような程度の低い楽しみのために時間を使っていてどうするのですか。
人間だけに特別に許されている理想とは何でしょう。
人間として生まれることは、途方も無く難しいという言葉の深い意味は何でしょう。
皆さんは動物のように振る舞うために生まれてきたのではありません。
人間は神になるために生まれてきたのです。
人間としての人生は、神の意識という最高の境地に達するために与えられたのです。SGc21

ヨシオ:ババは学生たちがいる前で、このようにしてバジャンを歌えば、この世界の全ては私に融合することが出来る。と言いながら近くにいた学生に、でも君は、私が今言ったことを全然信じていないけれどね。と言われたんや。

ポニョ:サイババさんが目の前で言われたことを信じない、そういう学生もいるんやな。しかも、自分の心の中をすっかり読まれているぜよ。

ヨシオ:確かにサイのカレッジの学生たちにもいろんなんがいてるな。ある時、女性の帰依者がババに、私の息子はサイの学生です。と言ったら、ババは、いいやそうではない。と言われたんや。それで、その女性は、ババさん、私の息子はあなたのカレッジを、つい最近卒業したサイの学生ですよ。と言うと、いいや、そうではない。と言われたんや。ババは続けて、サイのカレッジを卒業したからと言って、自動的にサイの学生になる訳ではない。と言われたんや。

ポニョ:つまり、こういう事か?サイの学生って、サイのカレッジを卒業していなくても、サイの教えを守って生きて行けば、その学生はババから君はサイの学生だ。と認められるって訳なんやな。

ヨシオ:そういうことや。だから、インドのサイのカレッジや教育機関に行かなくても、どこかの国の大学やカレッジに行っていたとしても、その学生がサイの教えを守り、サイの理想に基づいて生きているんだったら、その学生はサイの学生なんや。

ポニョ:そうか。よく考えてみれば、そういうことやもんな。だって、サイのカレッジに行っていても、サイの教えを守っていなかったら、サイの学生って言える訳がないやんか。

ヨシオ:学生の中には金をもらって、反サイババキャンペーンに手を染めている人もいるんやで。

ポニョ:それは、すごいカルマを作ってるぜよ。だって、ババの教育機関って全て無料やろ。ババにそんなに、世話になっているのにババの悪口を言うなんて、最悪じゃんか。

ヨシオ:これは例外中の例外やけどな。大多数の学生は、もちろん真面目で、ババの教えをしっかり守って生きているんや。でもある時ババは、冗談でサイカレッジの学生たちの前世は、シータを救うためにラーマに協力した猿たちだった、と言われたことがあるんや。

ポニョ:お猿さんが大学生になったんか。面白いやないの。でも、その中の何匹かの猿がラヴァナに幽閉されていたシータの純潔を疑ったので、シータは火の上を素足で歩いて渡り、その純潔性を証明せねばならなかった、というエピソードがあるな。

ヨシオ:いろんな猿がおるのと一緒で、いろんな学生がおるからな。まあ、いろいろ違ってみんな良い。の世界やな。

ポニョ:でも、サイの学校を卒業して一歩外に出ると、世間の荒波が待っているぜよ。どのようにして、今までの神の保護の元にある学園生活から、あんたみたいな海千山千がウロウロしてる社会に適応出来るんかいの。めちゃ難しいと思うで。いろんな、誘惑がいっぱいあるぜよ。

ヨシオ:俺のどこが海千山千やねん。そうやな…、やっぱり当たってるかもしれんけどな。神の化身の直接の指導と保護の中で育った学生たちは、一旦社会に出てその荒波にもまれても、今まで培ってきた霊的財産を、無くさないようにしなくてはいけないから、みんな普通の学生より人一倍努力してるんや。ババは、君たちはミルクだ。社会は水だ。君たちが社会に出て、水と混じるとミルクが薄くなって飲めなくなる。でも、このカレッジにいる間に、神の化身である私の教えをしっかりと守り、それを自分のものとすれば、君たちはミルクから、それをかき混ぜればバターになるように、社会に出ても汚い汚染水と混じらなくなる。だからここにいる間に、ミルクからバターになるように努力しなさい。と言われたんや。

ポニョ:めちゃ分かり易い例えやったな。さすがババや。本当にその通りやもんな。ババの学校にいる間に、瞑想の習慣をつけたり、いつも真理のみを話すようにしていたり、もちろん菜食に徹したり、時々断食もしたり、おいらは無理やけど…。また、友達や先生に対して、愛を持って接したり、神の御名と唱えたり、バジャンを定期的にやったりする習慣をつけると、どこに行っても神のことを忘れず、社会の悪や誘惑に染まらなくなるやろな。

ヨシオ:神の元へ行くには、三つの知識が必要とされるんや。一つは、霊的な知識、二つ目は、この世界を生きて行くための実践知識、そして科学的な知識なんや。サイの学校では、その三つの知識を教えているんや。だから、学生たちはどのようにして水道の配管をするのか、電気の配線などの仕事、各種工具の使い方を習ったり、家の修理の仕方など、いろんな事を学ぶんや。特に重要な事は、奉仕活動をしっかりカレッジをあげてやるんや。グラマセバと言って新聞紙に包んだ弁当をたくさん、トラックに積んで貧しい村に届けたりするんや。

ポニョ:そうか。おいらは霊的な知識はそこそこOKやけどな。実践的な知識はしっかりあるし、科学的な知識も、アインシュタインには負けるけど一応持ってるな。

ヨシオ:ということは、ポニョは神の元へ行ける知識を三つとも備えているって事やんか。おめでとう。ようこそ、神の元へ。棺桶は松竹梅のどれにしますか?パンダの絵がフタに描いてあるのが、あなたにぴったりだと思いますが…。

ポニョ:あのね、松竹梅ってめでたい事に使うんや。なんで、棺桶に松竹梅があるんや。

ヨシオ:身体を離れるってめでたい事やないの。

ポニョ:おいらは、まだ、逝きたくないっちゅうに。そんなに早く人を殺すなよ。

ヨシオ:今さっき、アインシュタインに負けるって言ったけど、アインシュタインは全然、この世を生きる上での知識を持っていなかったんや。ある時、大工に、ドアに犬専用の小さな出入り口を作って欲しいと頼んだんや。それで、何匹かペットの犬がいるから、大きな犬には少し大きなドアを、小さな犬には小さなドアを作るように、言ったんや。すると、大工は二つも三つも犬用のドアを作らなくても、大きい犬用のドアを一つ作れば全ての犬がそれを使うことが出来ると、アインシュタインに言ったんや。アインシュタインは全然そこまで考えが及ばなかったと言って、大工を褒めたんや。

ポニョ:なんや、そんな簡単なこと誰でも分かるやんかな。なんで、一匹一匹の犬がそれぞれ違う大きさのドアを使って出入りするんや。アインシュタインってもっと賢い人かなって思ってたぜよ。

ヨシオ:このように、この世界を生きる為の知識って重要なんや。つまり、一般常識って奴やな。だって、それが無かったら、神にいちいちお伺い立てないと、何も出来ないような人になってしまうんや。ババは、自分の頭を使え、一般常識を使えとよく言われている。

ポニョ:それやったら、任しといてくんろ。一般常識の専門家ポニョと言われているくらい詳しいで。

ヨシオ:一般常識の専門家なんておるんかい?誰でも持っているのが、一般常識やんか。ポニョは食事常識の専門家やな。

ポニョ:あんた、日本語がおかしいぜよ。食事の専門家と言ってくれる?

世間の知識は食べるものと住むところを与えてくれます。
ところがアートマンの知識は、自分自身の真実を気づかせてくれるのです。
世間のことを多少は知っておかなければ、不滅のものを知ることは出来ません。
世間の知識を甘く考えてはいけません。
世間の知識と神に向かう知識とのつり合いが大切なのです。
学問と霊的探求を結び付けなさい。
人生という車は一輪では動きません。
一輪の車はあまりにも危険です。
片羽で飛べる鳥はいません。
両翼を用いてこそ、自由に飛び回ることが出来るのです。
世俗のことには俗世間の知識が必要であり、ブラフマヴィディア(霊的知識)は霊的安寧の為に必要です。
両方の知識にもとづく生活を送りなさい。2/6/91

ババによる奇跡のレッスン

2015-03-29 00:00:15 | 日記
ポニョ:昨日の記事で面白かったんは、神を思えばその人がいつも親しんでいる姿で、神が出てこられるってとこや。

ヨシオ:人の想像力ってとても、重要なんや。というのも、すごいパワーを持っているんや。以前にも記事にしたけど、想念の力って、磁力の一種で、想念の波動とも呼ばれているけれど、神様は、その俺たちが持っているのと同じ想念の力を使って、この広大な宇宙を創造されたんや。

ポニョ:この、広大な宇宙を想念の力だけで創られるって、本当にすごいパワーやな。

ヨシオ:だからババはいつも、思っていることと、話す事、そしてそれを為す事が一つにならないといけない、とおっしゃってるんや。それらが、バラバラになると、思いと言葉が繋がらなくなり、想念の力も、言葉の力も失くしてしまうんや。

ポニョ:ということは、想念のパワーを失うと同時に、言葉の力、つまり言霊では無くなってしまうんや。

ヨシオ:いつも、真理のみを話していると、自然に言葉にパワーが付いてくるんや。つまり、言ったことがその通りになるんや。それが、今ポニョが言った言霊な訳や。

ポニョ:以前に、パンダヴァーズの妻であったドロウパティが、髪の毛を掴まれて引き回されて辱めを受けた時に、この髪の毛をお前の血で洗うまで、決して束ねたりしないと言った時、そこにいた武将たちは恐れおののいたって話をしたよな。

ヨシオ:そうやったな。ドロウパティは、それまで、一回も嘘を言ったことがなかったので、彼女が発する言葉は、全て実現するんや。だから、ドロウパティが恨みを持って言った呪いの言葉が、将来実現するのは間違いないので、みんな恐れおののいたんや。

小さな子供でさえ眼鏡をかけ、若い人々が毛を染め、多くの人々が入れ歯をするというこれらの理由は、現代における家庭の雰囲気が、虚偽に満ちていて真理から程遠く、心配事やねたみ心がいっぱいで、人々は何事にも満足できず、高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞に満ちているためである。
このような腐敗した環境の中で育った者は病気になってあたりまえである。
もし人々が満ち足りた平安の香ばしい香りのする家庭で育ったならば、そこに住んでいる人は幸せで健康であるはずです。
そういう意味で、年長者は次世代者のために大きな責任を負っているのです。SSvol6p89


ポニョ:だから、あんたの子供達が嘘を言ったら、あんたが24時間断食して、嘘を絶対言わない子供に育てたんか。

ヨシオ:そうなんや。どんな状況の元でも真実だけを話す、という生き方は、人に利用されたり、騙されたり、ペテンにあったりするかもしれないけれど、たとえそういう被害にあったとしても、霊的に見たら、真理を堅持する方が結果的にはええんや。

ポニョ:そら、嘘を言ってその場を取り繕っても、その分、その人の霊力は削られてしまい、霊的なレベルも下に落ちて行くもんな。

ヨシオ:いつも、真実を守って行きているか?常に真理を口にしているか?神の御名を唱えているか?全ての生きとし生けるものを愛しているか?といったことを守って生きていけば、心の純粋性が保たれるし、よりピュアになって行けるんや。

ポニョ:でもいくら真実でも、それを言うことによって人を傷つけたらいかんしな。

ヨシオ:ババは、人を不快にさすようだったら、真実であっても口に出してはいけないとおっしゃっている。

ポニョ:ハイ、そこの不具のお兄さん。足が一本短いですね。ヨタヨタと身体を揺すって歩かれていますね。このクソ暑い日に大変やけど頑張って歩いてね。汗だらけやね。そら、そんなに身体を揺すって歩いたら汗もかくよな。義足とかしはったらええのに。でも、その身なりではお金を持っていないようやね。お互い、貧乏人は辛いよな。それでは、またね。なんて真実しか言ってなくても、その人にぶっ飛ばされるやろな。

ヨシオ:それって、嫌味やないか。誰でも頭くるで。そんなん言われたら。

ポニョ:おいらも、自分で適当に言ってたけど、自分で話してて腹が立ってきたぜよ。

ヨシオ:当たり前やないか。さっきの話の中で、ババは想念の力でこの世界や宇宙を創られた、って言ってたけど、こんな面白い話をされたんや。それは、バスの中で学生たちに言われたんや。私がいろんな物を物質化しているけれど、その秘密を教えてあげようか?って。

ポニョ:それって、おいらがめちゃ知りたい事やぜよ。早く、言ってクレマハーデーバーヤ、ナマハ。

ヨシオ:なんやねん。最後のナマハとかいうのんは。

ポニョ:ちょっと興奮したから、ルッドラムの一節が思わず出て来たんや。

ヨシオ:ポニョの言葉が、一瞬、言霊に聞こえたからびっくりした。

ポニョもうどうでもええコメントはやめて、早く言いなさい。

ヨシオ:ババはこの世界で、物質化する方法は三つある。と言われたんや。一つ目は誰でも知っている方法や。例えば指輪を物質化しようとすれば、彫金師に頼めば自分の好みの指輪を作ってくれる。

ポニョ:当たり前の話をするなよ。なんかイライラして来たぜよ。それで、二つ目は何でっか。

ヨシオ:二つ目は、苦行をして感覚をコントロールしたり、滝に打たれたり、禁欲したり、断食したり、瞑想を何時間もしたりして、苦行をして身につける霊的なパワーを使って物質化すること。でも、このパワーは、得ることが出来ても一時的なもので、折角溜め込んだ霊力をたくさん使うので、すぐに霊力が無くなってしまうんや。それに、ラーマクリシュナパラマハンサも批判しているように、そういう霊力を持てるようになると、なんか、普通の人より上の人間みたいに思えて来て、エゴが膨らむんや。だから、そういう超能力を身につけても霊的向上は望めないんや。

ポニョ:それも、何遍も聞いたし、知っている話や。それでいよいよ、最後の三つ目はどんなんや。しょうもないやり方やったら、おいら明日の飛行機で日本に帰るで。

ヨシオ:三つ目は、ババがいつもされているやり方で、想念の力を使うんや。ババは、学生たちの前で、今から想念の力を使ってダイヤモンドを出すデモンストレーションをします。と言われたんや。それも、普通のダイヤモンドと違うで。緑色のダイヤモンドや。ババは、まず最初に自分が物質化しようとしているもの、今回だったら緑のダイヤモンドを頭の中にイメージします。
ハイ、頭に緑のダイヤモンドがイメージとして浮かんで来ました。だんだん、浮かんで来ましたよ。ほら、きれいに浮かんだ。と三回言われたら、なんと手の中に緑のダイヤモンドを握られていたんや。

ポニョ:なに~?たったそれだけで、物質化出来るんか。驚き桃の木山椒の木やないの。それって。めちゃ簡単やんか。

ヨシオ:ババはこの方法はシンプルで、とても簡単に皆さんが奇跡と呼んでいる事が出来る、と言われたんや。そして、唖然として、口を開けたままの学生たちに、シンプルだろ。こんなに簡単なんだよ。では、次にこの緑のダイヤモンドを、白いダイヤモンドに変えましょうと言われたんや。そして、先ほどと同じやり方で、まず、白いダイヤモンドのイメージを頭に浮かべます。そうです。白いダイヤモンド。ほら、だんだん浮かんで来た。浮かんで来た。浮かんだ。と三回言われたら、手の中のダイヤモンドが白い色になっていたんや。ババはとても簡単に、こうして私は何でも物質化することが出来るのです。と言われたんや。

ポニョ:ちょっと待ってくれる?明日の飛行機で帰れへんから、もうちょっと詳しく教えてくれへんか。

ヨシオ:まだ、アクアポニックスのシステムが、全工程の半分も出来てないのに、帰ってもらったら困るんやけどな。砂利運びも大変やし。俺一人で、今日だけでもバケツ四十杯分運んだで。しかも運ぶだけやなくて、砂利を洗うのが大変やったな。

ポニョ:仕事の話はどっちでもええから、その秘密をもうちょっと詳しく言ってもらえませんか?とさっきから、と頼んでいるんやけど。

ヨシオ:それは、もうさっき話したやろ。心がきれいやったら、こういうことが出来るって。

ポニョ:それは、想念の話やったやろ。物資化の話と違うやんか。

ヨシオ:想念やねん。想や念。想念がピュアやったら出来るんや。だから、さっきから想いと、言葉と、行為が一つにならなあかんと言ってるんや。

アートマンは英知を研ぎ澄ませることと、純粋な心でつかむことが出来る。
ではどのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
あなたの思いを神の御名と御姿に集中させてみよう。
そうすればあなたは、純粋で永遠なものとずっと一緒だったと気づき、そこから喜びを引き出されることができるであろう。
このような理由で私はナマスマラナという霊的修行の重要性にこだわっているのです。SSSvol5p9
純粋なハートは真理を映し出す最高の鏡です。
それゆえあらゆる修行はハートを浄化するためのものなのです。
ハートが純粋になるやいなやすべての真理が一瞬の内にハートに映し出されます。
あなたが本当に純粋であるならば宇宙に存在するすべての真理があなたのハートに顕れ出ることでしょう。プレーマ ダーラ P.47
神はどうしたら体験できるのでしょう?
第一の必要条件はハートの純粋さです。
すべての宗教は、純粋さが根本的に重要であることを確言してきました。
すべての霊性修行の目的は平安に到達することです。
あらゆる生き物に対する慈悲は神への信愛です。30/3/87

ポニョ:ああそうか。そこで、さっきの話と繋がっているんやな。やっと分かったぜよ。つまり、純粋な心を持っていたら、頭の中でイメージしたことが、この物質世界にそのイメージした物を物資化出来るっていうことなんや。それって、めちゃ面白いな。

ヨシオ:ババは以前、人々がどうして、こんなに簡単に出来ることを見て、奇跡だ奇跡だと言って大騒ぎするんだろう。と不思議やった。と言っておられた。私にとって、物資化なんて何の努力も要らず、普通に昔から出来ていたのにって。

ポニョ:ババは生まれた時から、ピュアなハートを持っておられたんやもんな。おいら達と違って、何のカルマも背負わず、アヴァターとしての生を、全ておいら達に捧げるためにこの世界に来てくれたんや。本当に有難い話やな。ババのおいら達への愛を思ったら、涙が出て来るぜよ。

ヨシオ:確かに、この地球で一番心がきれいで、繊細で、誰よりも人や、生きとし生けるもの全てを愛しておられて、ただの一秒も御自分の事を考えず、計算にも入れずに生きておられる人の姿を取られた神様が、俺たちと一緒にこの地球の土の上を歩かれて、食事をされ、同じ空気を吸われていたと持ったら、本当にありがたいよな。

ポニョ:そして。この宇宙で一番きれいなハートを持っておられるお方が、もうすぐその真の御姿を世界中に現して、全世界を善に、真理に、正義に、愛に導いて行かれるんや。

ヨシオ:もう待てないよな。これ以上。早く出てきて欲しいよな。待ってるよ。スワミ!!早よ出ておいでや。

多くの人々は、スワミが指輪、腕時計などを物質化しているが、それには何か現世的な意味があると解釈している。
しかし、それは大きな間違いである。
そのように解釈してはいけません。
それらのものは、明るい理想的な未来に上るための梯子としてあるのです。
あなたがその神聖なものを保持している以上、高貴な思いのみが心に浮かぶようにすべきなのです。16/6/96

ヴィブティを生み出すことは、神の栄光のほんの一部にすぎませんが、私はほんのわずかしか顕さないようにしているのです。
~人々に注目されようとして奇跡を見せびらかすことは、私の本性ではありません。
私は何の目的もなく、ただ喜びを分け与えるのです。
私が不思議な御業を楽しんでいるのはその為なのです。真善美p,152

私はどんな難しい問題も解決する能力を持っていますが、それをあたかも持っていない振りをしているだけなのに、それを見て、私が単に奇跡を行う人で、それ以上の存在ではないと見るのは大変愚かなことです。SSIB1974c32

夕陽ヶ丘図書館のババ

2015-03-28 00:00:25 | 日記
ポニョ:ヴィジャヤサイ君は、ババの近くにいつもいるから、ハッピーやろな。

ヨシオ:でもババは、神の化身の肉体の近くにいても、悲しみが待っている。自分のハートの中にいるスワミをいつも、感じないといけないと言っておられる。だって、その時は一緒でも、しばらくしたら離ればなれになるやろ。

ポニョ:それって、よく言われていることやけど、なかなか難しいよな。身近な例で言えば、恋人同士が何処かで会ってデートをしていても、お互いの家へ帰る時が来る。また、恋人が出張で何週間も離ればなれになる時だってある。そんな時に、その恋人のことを心に思い浮かべて、話しかけても虚しいだけやもんな。

ヨシオ:ところが、神さんの場合は、本当に心の中で会話も出来るし、その存在を実感出来るんや。場合によっては、神さんはその人の前に、姿を現されることだってあるんや。

ポニョ:そういや、星やんが夕陽ケ丘の図書館の地下に続く階段の踊り場で、どうしてこの世の中はこんなにひどいんや。神様がサイババさんとして降臨されたのに、嘘や虚偽ばかりまかり通っている、と言って泣いていたら階段の上の方から誰かが降りてくる足音がして、誰かなと思ってみると、ババやったんや。それで、「ババ~」と言って御足に触れて挨拶をしたら、「ババは幸せでいなさい。幸せでいなさい。」と何回か言われてから消えられた。と言ってたな。そして、その時に現れたババは、星やんがいつも持ち歩いている、ババの写真の姿と全く一緒やったって言ってたな。

ヨシオ:そう言えば、そんな事を言ってたな。夕陽ケ丘図書館か。そこに確かS夫人達もいて、その時にババが言われた言葉を元にして、バジャンを作られたんやったな。確か「故郷」のメロディーで歌うんやったな。こんな歌詞やった。

♫幸せでいなさい。
幸せでいなさい。
苦しい時も、悲しい時も、微笑みを浮かべて♫

ポニョ:おいらも、夕陽ヶ丘図書館に自習しによく行ったな。ちょうど上町台地にあって、裏道を行くと階段だらけの細い坂道ばっかりやったな。そんなとこにババが出て来られたんか。面白い。神さんは、その信者が心に抱いている御姿を取って出て来られるからな。つまり、自分がイメージしてる神さんの姿を取られるんやったな。ラッキーな奴やったな、星やんは。おいらはそこに勉強に行くだけやったけどな。たまに、デートをしてる奴もおったな。それで勉強が終わると、図書館の近くの神社に続く沿道に、美味しいそば屋さんがあって、そこに行ったことがあるぜよ。

ヨシオ:また食べもんの話か。ババは、ヴィジャヤサイ君に、神様の身体に執着するのは構わないけど、君の中にいつもいる私を見つけなさいと言われたんや。つまり、肉体を超えたところにいる私を見つけなさいということや。帰依心って、この世の物事への執着、神の身体へ執着することも含めて、自由になれば、どんどん育って行くもんなんや。

この世の愛は一時のものです。それは愛とは呼べません。
本当の愛は不滅です。
そのような愛を育てるべきです。
肉体は成長し衰えます。
一体どうやってそれを実在するものと見なすことができるでしょうか?
実際には、この世にあるものはすべて現実には存在していません。
迷妄の原因は肉体への執着です。
それゆえ、徐々に肉体への執着を減らしていきなさい。
これは、皆さんが始めなければならない一番大切なサーダナ(霊性修行)です。

ポニョ:そういや、ババはこんな事を言ってられるな。帰依というのは、ホテルに宿泊してチェックアウトするようなもんやって。というのも、そのホテルに投宿しても、チェックアウトする時には、そのホテルの部屋の備品を持って帰れないやろ。だってそれらは全て、そのホテルのもんやから。自分のもんて何も無いやんか。と言っても、おいらの嫁さんは、いつも石鹸とかミニシャンプーを持って帰りよるけどな。この小さい石鹸が便利なんやとか言って。

ヨシオ:つまり、ポニョが言いたいのは、この世に生まれて死ぬまでの間、自分のものは何にも無い。全ては神さんの持ち物で、自分が死んでもあの世に持って行けるもの何て無い、ということやな。だから、全てが神だって事を気付くのが帰依だってことを言いたいんやろ。

ポニョ:まあそういう事やな。帰依者がインドに行って帰って来ると、インタビューもらえたかとか、とすぐに聞いてくる人がいるけど、本当はババに会って、ハートの中のババに少しでも近付けるようになったか?と聞くのが本当やけどな。インタビューってインナービューの為にあるんやから。

ヨシオ:ポニョは今日、なんか、冴えてるやんか。夕陽ヶ丘図書館の話が出たからか?インタビュー フォー インナービューか。そういやババは、肉体的に私に近いのは重要ではない。Seek me within yourselfと言っておられる。そうすると私自身が、君に近くて親しい存在になるといわれた。

ポニョ:Near and Dearやな。でも、ババの近くにいると、いろんなことが経験出来て面白いやろな。

ヨシオ:ババは学生たちに、周りにいる人達が席を外したり、いない時を見計らって、その人たちのモノマネをされて笑わせるんや。声色を真似たり、くせを真似たり、動作を真似るんや。学生たちはそれを見て大笑いするんやて。

ポニョ:めちゃひょうきんやな。

ヨシオ:でも、ババは規律に厳しいので、気が抜けないんや。ヴィジャヤサイ君はダルシャンの時は、歌手だから一番前列に座るんやけど、そこから女性の席の方も見えるんや。ヴィジャヤサイ君がババと目が合った時に微笑むと、ババは私に頬笑みかけてはいけません。女性たちには、君が彼女たちに微笑みかけているように見えるから、と言われたんや。

ポニョ:それは、ちょっと苦しいな。

ヨシオ:ババは西洋の社会ではそのようにして、異性の気を引くけど、それは良くないって言われている。

西洋社会では、男が女を見つめ、女が男を見つめ返すことによって、両者の関係を築くという悪い習慣があります。
このような習慣は動物的なのです。
これは又、悪魔的な習慣へと発展していきます。
このような傾向は若い男女の間に見られます。
あなたが、最初にやるべきことは、目で何を見るのかをコントロールしなさい。
他の人を邪悪な目で見るよりも、視力を全く失った方がましなのです。SSN秋1984

ヨシオ:アシュラムの中でも、お姉さんと偶然会って立ち話をしていた学生に、ババは、君たちが姉弟と知らない周りの人々が、君たち二人が通りの真ん中で立ち話をしているのを見たらなんて思うだろう。たとえ姉弟でも、公衆の面前で立ち話をしてはいけない。と言われたんやで。

ポニョ:めちゃストリクトやな。でも、ババが言われたように、知らん人が二人を見たら、サイの学生が女の子と道の真ん中で、イチャイチャしとるって思うやろな。

ヨシオ:また、こんな事もあった。ヴィジャヤサイ君が舞台裏にいてた時、ババがちょうど講話をされていたんや。その時、ヴィジャヤサイ君は全然ババの講話を聞いていなかったんや。ババが講話を終わり、舞台裏に戻って来られた時に、ヴィジャヤサイ君に今日の講話はどうだったと聞かれたんや。その目は、私は知っている。君は全然講話を聞いていなかったね。という目だったんや。

ポニョ:それも、苦しいよな。全部お見通しやもんな。

ヨシオ:このようにババと肉体的に近いと、いつも気を抜けないんや。少しの嘘でもすぐに分かるし、心の中まで、ガラスのショウケースを見ているみたいにお見通しやしから、その心の中の良からぬ動きを読んで叱られたりするので、欲望やエゴをたくさん持っている人は、絶対にババの近くで生活出来ないんや。

ポニョ:心の動きまで読まれたら、普通の人やったら、どうしてババが突然、怒っておられるか分からんもんな。

ヨシオ:また、フェスティバルの時には、帰依者がたくさんやって来るので、ババの神聖なエネルギーが溜まり始めるんや。それで、知らずにババに触れるとひどい電気ショックを受ける時もあるんや。もちろん、ババはその前に警告されるけどな。

ポニョ:そういや、昔、ヴィジャヤクマーリさんたちに、ババがご自分の第三の目を見せられた時も、身体に触れてはいけない。ショックを受けるからと警告されたよな。それでも、興奮してババに触れた人は、気を失ってしまったよな。あの時も全身に電気ショックを感じたと言ってられたな。

何千という帰依者がこのマンディールに集まるために、莫大な量の磁力がここに集積しています。
それが益々信者が絶え間無く流れ込んでくるために、輝きを増して光り輝いています。
マンディール自体は何も特別な力を持っていませんが、帰依者、一人ひとりの磁力が外に影響を及ぼしているのです。13/3/02
私の体内でリンガムの形成を容易にするために、私の身体は強力な磁力と化しました。
そのため私はこの三日間歩行が困難でした。
私の身体の磁力のために足が地面にくっついてしまったからです。
また私が触ったものすべてが、私の手にくっついてしまいました。
私の全身が磁気を帯びたのでそれはもっともなことです。
このような引力は誰もが体験出来るものではありません。
こうした極めて強力な磁力は神だけが持っているものです。
これらのことを万人に明かすことは出来ません。
神聖な磁力は全ての人の内にありますが、人には一定の限界があります。13/3/02


ヨシオ:特に、霊的なパワーは髪の毛に溜まるんや。だから、インタビュールームでババの近くに座った人が、ババの髪の毛に触れようとすると、ババは許可を得てから触れなさい。と言われる時がある。

ポニョ:散髪屋さんも、常に人の髪の毛を触ったり、切ったりするので、その人の霊力を自分に取り込んだりしてしまうんやろな。髪の毛を切ると、その切った毛の先からオーラが出てるのを、キルリアン写真で見たことがあるな。その切った毛から出ている霊力に触れると、その霊力を自分に取り入れたりするんやろな。だから、髪の毛を切るリアン写真っていうのか。

ヨシオ:そんなわけが無いやろ。というポニョのレベルの低いダジャレのオチが付いたところで、今回でヴィジャヤサイ君の話を終わりにしたいと思います。

ポニョ:なんやもう終わりか。もっと聞きたかったな。楽しみにしてたのに。

ヨシオ:それじゃ最後に、こんなエピソードを紹介して終わりにしよか。ある時、ボンベイ、今のムンバイからヴィジャヤサイ君の知り合いのグループが、ババに会いに来ることになっていたんや。それでババは、何人ぐらい来るのかヴィジャヤサイ君に尋ねたんや。ヴィジャヤサイ君は、二十人です。と答えると、ババは違うやろ。もう一度確認してご覧と言われたので、名簿を数え直すと、やはり二十人やったんで、ババに二十人でした、と答えたんや。すると、ババはいや、どのグループにも私がいるんや。私を数えていないだろう。と言われたんで、ヴィジャヤサイ君は、失礼しました。ババはどこにでもおられるのを、忘れていました。すみません。二十一人でした。と答えたんや。ババは、よろしい。と言われたんやけど、次の日に君のグループは何人ぐらいなんや?と同じことを聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、昨日ミステイクしたので、今日は大丈夫だ、間違わないぞ。と胸を張って、ババを入れて二十一人です。と答えたんや。するとババはいや違う。私はそのグループの一人ひとりの中にいるんだよ。だから、四十人だ。と言われたんや。ヴィジャヤサイ君は、そう言われればそうだったと気づいたんや。いよいよ、彼らが到着したので、ババに報告すると、ババは全部で何人だ。と聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、今度こそ絶対間違わないように、四十人です。というのも、一人ひとりの中にあなたがおられるからです。と答えたんや。するとババは、いや違う。全ては、私だ。私しかいないので、実は一人だけなのだ。と言われたんや。

ポニョ:すごい、哲学問答みたいやな。二元論から条件付き一元論、そして不二一元論へとババの答えが飛躍して行ったぜよ。

ヨシオ:その人の霊的レベルに応じて、ババの答えも変わって来るんや。でも、ポニョが言ったように、二元論、つまり自分とババの関係から、ババが自分の中にいると気付く、条件付き一元論、そして最後には全てが神だと悟る、不二一元の世界へ、全ての人が歩んで行かねばならないんや。

ポニョ:それが、霊的進化の過程やもんな。ところで、おいらはどの辺の過程を歩んでいるんやろか。多分、食べ物と私という二元論のところを、行ったり来たりしているんやろな。情けないよなそれって。

ヨシオ:自分で分かってるんやったら、もうちょっと節制したらどうやねん。ポニョは大体食べ過ぎや。

二元論の根っ子には欲望があります。
欲望が生じるのは自分と他のものという思いがあるからです。
欲望を持つ者と、欲望の対象物は異なる二者であるとの観念があります。
しかし真の不二一元論は主体と客体が一体となることにより、二者の分離がなくなると説きます。8/9/96

信愛は二元的です。神と神を愛する人がいます。
帰依者は神がいなければ価値はありません。
同様に神も帰依者と結びついています。
帰依者と神をつないでいるのが信愛です。
一方、全託は不二一元です。
ひとたび神に全託したなら、あなたはもはや自分自身のためには存在しません。
自分自身のものと呼べるものは何も無くなるのです。
自分自身を完全に神に全託している帰依者は、自分を神と別個の存在だとは考えないのです。
これが真の全託であり、不二一元の精神なのです。STPSp272

砂糖から離れて甘さだけを、太陽から離れて光だけを見ることは可能だろうか。
神には霊と物質という二つの特徴がありますが、実はそれらは一つなのです。
神の本質は公に現れず、また逆に人々の目の前にあるのにも関わらず、それはただ各々の体験によってのみ知ることが出来ます。
あなたが砂糖の甘みを味わうように。
神が単に意思することによって宇宙が神を包み込みました。
この神という唯一の存在が、普遍なるものと個なるものの基本であり、全体であるとともにその部分でもあるのです。顕現された全体としての宇宙、言い換えれば充満性は、目に見えない実在から生じましたが、それらは少しも減少することはないのです。真善美p148

ババと一緒にバジャンを歌おう

2015-03-27 00:00:38 | 日記
ポニョ:ババが、学生たちが規律が無いので、しばらくの間、無視されていたな。学生たちは、それがとても辛くて泣きながらバジャンを歌ったんやっけ。それは何の歌やったんや?

ヨシオ:オ~マ~ サイマ~という曲や。聞いたことがあるやろ。

ポニョ:もちろんや。学生たちがいつも歌ってるやんかな。定番や。メロディもええし、おいらが好きな曲や。I keep feelingもええで。

ヨシオ:俺もその曲のメロディが好きやったから、日本語バジャンを作ったんや。確か…

♬神の御名、甘く、心溶かせる
唇にサイラム、まるで甘露のよう
It's a sweeter and sweeter as a days goes by
私の心、サイに溶け込む
My Sai and I, My Sai and I
サイと一つ、愛に溶け込む♬

こんな、歌詞やったな。この曲、よく家のバジャンで歌ったな。

ポニョ:あんたとこは、毎週ファミリーバジャンをやってるんやな。おいらも参加させてもらって楽しませてもらっているけど。

ヨシオ:ババの帰依者になって以来、一回も欠かした事がないな。みんながいない時も、一人で九曲歌うんや。また、何処かに出かけている時も、出かけ先で歌うんや。俺は、シヴァバジャンが好きやけどな。パワーもあるし、アップテンポやしな。歌ってても、なんかリズムに乗ってくるやんか。

バジャンにはとても大きな至福が伴います。
バジャンで体験する至福は他では体験できません。
それゆえ、バジャンを歌うことは不可欠です。
あなたのバジャンを誰かが聞いているかどうか、気をもむことはありません。
歌っていることの幸福感に集中しなさい。
たとえ誰も自分の歌うバジャンについて来なくても、がっかりしないように。
あなたは自分のために歌っているだけで良いのですから。1/1/08

ポニョ:そうやな。シヴァソングはリズムに乗りやすいよな。特にあんたみたいな、大きな声の人に合ってるな。パワーもあるし、ピッタリや。でもあんた、昔、日本にいる時にカラオケ通いをしてたんやろ。演歌みたいに小節を利かしてバジャンを歌ってるで。バジャンは演歌やないんやから…。カラオケで「花と龍」をよく歌ってたんやろ。

ヨシオ:どこから、「花と龍」が出て来るんや。でも、このヴィジャヤサイ君はとても歌が上手くて、最初にババの前で歌われた時に、ババはとても喜ばれたんや。どこでそんな歌を学んだんや、とかいろいろ聞かれておられたな。定番はクリシュナのソングやて言ってたな。

ポニョ:クリシュナの歌ってスローテンポで、心を入れて歌わないといけない曲が多いよな。玄人向きやな。

ヨシオ:ババは、長い歌詞がある歌より短いシンプルな歌をスイートに歌いなさい。そして、そのフレーズを繰り返しなさい、と言われたんや。

大勢の人がバジャンに参加しにここに来ています。
その人たちは皆、シュラッダー(固い信仰)とバクティ(信愛)をもっているのでしょうか? 
その人たちは皆、ムクティ(解脱)を得るのでしょうか? 
いいえ、まったくそのようなことはありません。
その全員の中で、祈りが神に届くであろう人はわずか十人にすぎません。
集団でのバジャンは、バジャンに参加している大勢の人の中で、せめて何人かの愛は神に届くであろうという願いをもとに催されました。
バジャンには、集団全体の神への愛を育むことも意図されています。
集団で歌う修行を始めたのはグル・ナーナクです。
「ずいぶん多くの人がいっしょに歌っていますが、神はそのすべてを聴いているのですか?」と誰かが尋ねると、ナーナクは「少なくとも一人か二人の愛が神に届くことは可能だ。
全員を守護するにはそれでこと足りる」と答えました。
だからこそ、私たちはサマシュティ・バジャン(地域での讃歌)を催すべきなのです。
サマシュティ(地域)はヴィヤシュティ(個人)で成り立っています。
多くの個人が集まってグループを作るとき、個人のプシュティ(力)は増します。
神はただの遊びで創造物を創造したのではありません。
神は創造物すべての一体性を明らかにするためにそれを行ったのです。
一体性は創造物の根底にある原理です。
一体性には、すべてに内在する愛の原理を促進することが意図されています。1/5/08

ポニョ:そうやな。時々、ヒンドゥ語の長いバジャンは着いて行きにくくて壁壁するよな。

ヨシオ:そして、ヴィジャヤサイ君が、とても歌や話すことに才能があるので、バジャンを歌って人々を楽しませなさい。それが君の奉仕だ、と言われたんや。

ポニョ:それだけ、才能があるっていうのは、前世で音楽家やったかもしれないな。

ヨシオ:多分そうやろな。俺の末っ子も、前世は俺の親父やったんやけど、ギターが上手かったんや。最近亡くなった山口淑子、別名、李香蘭の楽団に入るためのオーディションに呼ばれて行ったけどんや落ちて帰って来たってお袋が言ってたな。それで、俺の末っ子が初めてギターを見た時、目が輝いていて、ギターを持ったまま離しよれへんねん。誰も教えてないのに一人でギターばかり弾いてたな。音感も抜群やし。

ポニョ:親父が生まれ変わって息子になるって面白いよな。

ヨシオ:それも、前世では九人兄弟の長男やったんやけど、今回は末っ子やから、思いっきりみんなに甘えとるな。みんなから世話してもらって、楽ばっかりしとるで。

ポニョ:長男が末っ子になるって面白いよな。カルマの法則ってそういうふうに働くんやな。歌も上手いねんやろ。

ヨシオ:ギターも上手いし歌も上手いな。

ポニョ:おいらは、バジャンを歌っていても、時々音を外すけどな。時々、バジャン会に出かけても下手なリードシンガーが歌うバジャンには着いて行くのが嫌になるよな。

ヨシオ:ババはそういう音を外したりリズム感が無い人は、公共の場で歌わず、風呂場で歌いなさい。リードシンガーとして歌ったらダメやと言ってられるな。

ポニョ:はっきりとした指示やな。

ヨシオ:でも、歌の上手いヴィジャヤサイ君にも、その歌はもう公共の場で歌うなって言われたことがあるんやで。

ポニョ:ババはいつもパーフェクトを要求されるからな。

ヨシオ:その歌は、ヴィジャヤサイ君が初めて歌う歌やったんや。それで、タブラプレーヤーとリズムが合わずに、タブラプレーヤーの人にそのことを言おうとしていたら、持っていた歌詞を書いた紙が、風で吹き飛ばされて、歌詞が分からなくなってしまい適当に歌ったんや。するとババがその歌は、もう公共の場で歌うなって言われたんや。でもババは、本人に直接言うと傷つくのでヴィジャヤサイ君に言わしてたな。

ポニョ:それって、なんかええかっこしい見たいやな。

ヨシオ:そうしないと、神の化身自らがその人に、あんたは音痴やから歌ったらいかん、なんて言うと傷つくで。ある日、ババがバジャンコーディネーターのヴィジャヤサイ君に、あの学生にリードシンガーをやらしてはいけないと言われたんや。それで、バジャンの前にその学生にそれを告げたんや。もちろんババからの指示やなんて言ってないんや。でも、バジャンセッションの時に、その学生がババに自分も歌ってもいいのか直接聞くと、ババは歌いなさい。と言われたんや。その学生は喜んで、ヴィジャヤサイ君にその事を告げたんや。ヴィジャヤサイ君は驚いてババの方を見るとババは、その学生に歌わすなというサインを出したんや。それで、今日は遠慮して下さいと、その学生に言うと、ババは歌っても良いと言われたんや。それで、もう一度ババの方を見ると、ダメだというサインを出されたので、その学生にダメですと言って歌わせなかったんや。それで、バジャンセッションが終わってから、みんなから、お前は神であるババがお許しになっているのに、お前の了見でその学生に歌わさないって、なんと大きなエゴを持っているんやと、批判されたんや。ヴィジャヤサイ君は、あの時はとても困った。自分にとって大きなテストやったな、と言ってたな。

ポニョ:それは、困るよな。でもババがヴィジャヤサイ君に言われたことを守らなければいけないし、その学生は直接ババから歌っても良い、という許可をもらっているし、おいらがそんな状況に置かれたら、ババに一体どっちやねんハッキリしてくれないと困るやんか。と大きな声でみんなの前で聞くやろな。

ヨシオ:ポニョはいつも、ストレートやから絶対にこういう事をババは頼まれないやろな。

ポニョ:だって、神の化身に、あんたは音痴やから歌うな、と言われて、自分では音痴ではないと思っていても、神の耳で聞いたら音痴に聞こえるのか。そうか、もっと精進しよう。と思うだけやんか。なんでババに直接言われて傷つくか分からん。それこそが、大きなエゴやんか。

ヨシオ:もちろんそうやけど、全ての人が、ポニョみたいにシンプルに生きていないんや。だからババは、その人を傷つけないようにいつも考えて行動をされるんや。

ポニョ:でも、最初に言ったけど、どうして学生たちに規律がないと言われて、10日以上も話されないんや。それって学生たちが傷つくで。それに、ババのところに行って、可愛がってもらった人は誰でも体験するけど、ババが一定程度、注意を向けられた人は、少ししてからと言っても、人によって違うけど、ババに無視されるケースがたくさんあるで。それって、人を傷つけているんと違うんか。

ヨシオ:もちろん、ババに無視されるって、とても辛い事やろうけど、ババはその人のために良かれと思って無視してられるんや。だって、いつまで経っても肉体のババが神であると思うのは、霊的には、まだ幼稚園のレベルなんや。だから、肉体をとっている神を信仰するレベルから、一段上のレベルに行ってもらおうとされて、そういう行為をされるんや。

ポニョ:そうか。心の中にいるババに目を向けれるように、肉体のババがその人を無視するんやな。

ヨシオ:それに、学生たちを無視されて悲しませているけど、本当はババの方が学生たちと交流出来なくて、もっと悲しんでおられるんやで。

ポニョ:そうなんやろな。

ヨシオ:ババがされたり、言われたりする事は、一点のエゴや欲望の陰りがないんや。全ては、その人のために良かれと思ってされるんや。ヴィジャヤサイ君が、歌い手として、そしてスピーカーとしてとても重宝されていたので、ヴィジャヤサイ君も連れて行くことにしたんやけど、ヴィジャヤサイ君は、ババが行かれないところに断固として行かない。ババの元から離れないと言い張ったので、みんなはヴィジャヤサイ君を説得するようにババに頼んだんや。ヴィジャヤサイ君は、僕の才能はババの為にだけ使いたいんです。ババだけを喜ばせたいので、こうして歌を歌ったりしてるんです。ババ以外の誰かを喜ばすために歌いたくありません。と言って動こうとしなかったんやけれど、ババが、私を信じなさい。私の言うことを聞くと、きっと、いい事があるよ。それを信じるのです。と言われたんや。それで、仕方なしに行ったんや。しばらくしてババが、私の部屋に来なさい。そして、私のベッドの足元で寝ても良い、という許可を出して下さったんや。
それは、全ての学生たちが夢に見るような特権やったんや。

人は神の恩寵という助けによって、人生において何でも成就することができます。
絶対的な信仰心をもって神の課すあらゆる試練に立ち向かい、自分の義務を果たすなら、必ず成功します。
皆さんは海外の帰依者の信仰の深さを知っていますか?
海外の帰依者の多くは、プッタパルティに来て、小さな宿舎で暮らします。
それでも、とても幸せです。
ひるむことのない信仰心の結果であるその幸福感を表現することは、だれにも不可能です。
もし、あなたにそのような神への強い信仰心があったなら、あなたがどこにいようとも神はあなたの面倒を見るでしょう。22/8/07
コメント (2)