サイババが帰って来るよ

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スピードの出し過ぎは危険ですよ

2017-05-31 16:00:34 | 日記
恐れのない人になりなさい。たとえ頭に雷が落ちても、恐がってはなりません。
死がやって来るのはたったの一度きりで、二度とはやってきません。
それはいつか必ずやって来ます。
ですから死を恐れないことです。
いかなることがあっても良いような準備をしておきなさい。
真理を守ることを恐れてはなりません。
あなたの人生を愛で満たしなさい。
そうしてはじめて、あなたの人生は神聖なものとなります。25/12/2000

ポニョ:最近車が横転したり、何処かの店や住居に飛び込んだりする派手な事故をよく見かけるけれど、おいらは二つの要因があると思うんや。一つは放射能の影響で眠り病になったり、突然気を失ったりする事により事故を起こす。もう一つは車の部品、特に今の車はとてもたくさんのコンピューターチップや絶縁体を使っているので、それらが放射能によって早く劣化し突然スピードが出たりして、車がコントロールできなくなる事によって起こる事故。特に放射能によってゴム製品が早く劣化するので後者による事故は見逃せないぜよ。最近プリウスの事故が多いけれど、これも電気モーターからガソリンエンジンに切り替わると、コンピューターが劣化しているので突然猛スピードで走り出したりするんや。

ヨシオ:俺も昔、シーマというでかい図体やけれどフルアクセルにしたらめちゃ速い車に乗っていたんや。そしてクネクネした山道をクルーズコントロールを使って走っていたんやけれど、登り下りや急なタイトなコーナーもあるしクルーズコントロールを止めて
マニュアルで走っていたんやけれど、少しマシな道になったのでクルーズコントロールリカバースイッチを入れると突然フルアクセルで元のスピードに戻ろうとしたので、もうちょっとで事故るところやったな。スピードが速過ぎてカーブを曲がれず対向車線まで飛び出したんやで。下り坂やったし危なかった。前から車が来てたら一巻の終わりやったな。

ポニョ:それは危険が危ないよな。あんたはそれまでもいろんな事故に遭っているよな。

ヨシオ:一番大きな事故は前から車が来ていたから右折待ちをしていたら、ドラッグをやっている若造に思いっきり追突された事故やな。そいつは日産の一番大きな四駆に乗っていて七十キロ以上のスピードでブレーキも踏まずそのまま俺の車に突っ込んで来たんや。俺の車の斜め後ろに当たったから、車がすぐに横倒しになり、前から来てる車の一メートル手前を斜めに横切りそのまま五十メートル横倒しのままスキッドして歩道に乗り上げ家のコンクリートの塀をぶち壊して前庭で止まったんや。俺はパイロットやろ。車が横倒しになったまま五十メートルもスキッドしている間、飛行機に乗っているような感覚になって飛行機の姿勢を元に戻す作業をやっていたんや。歩道横にあった大きな木をかすりながら歩道に乗り上げ前後左右の全ての窓ガラスが大きな音を立てながら割れ、サイドミラーが潰れてどこかに飛んで行き、シートベルトが身体に食い込み、リクライニングシートが全て衝突の衝撃で潰れてしまいこれはもう死ぬなと覚悟したな。末っ子と嫁さんが同乗してたんや。車が誰かの家の塀をぶち破って止まったので、すぐに三人でみんな大丈夫ですかとお互い聞き合ったので面白かったな。横倒しの車の中でお互い大丈夫なのを確認し、みんな同じ事を同時に言ったななんて言いながら笑っていたんや。でもそのうちガソリンの臭いがし始めたので車から出ろと俺が言って俺の座っている側が下になっていたので、まず俺から車をよじ登りシートベルトで宙吊りになって動けない嫁さんを助け出して、手を引っ張って車の上に出たんや。そして車から飛び降りて脱出する事が出来たんやけれど、嫁さんは大じなものが入っているカバンが無いとか言い始めたのでもう一度横倒しになっている車の中に入ってカバンを探したんや。後部座席にいた息子は後部の窓ガラスが割れていたのでそこから脱出したようや。でも携帯が無くなったと騒いでいたので、警察官が息子の携帯に電話し、呼び出し音を出してから車の中に入って見つけてくれたんや。

ポニョ:それで三人とも大丈夫やったんか。

ヨシオ:救急車やパトカーなどが次々とやって来たけれど俺たち三人は近所の人たちと立ち話しながら他人事のように見てたんや。俺の車は元の形が分からなくなるほど酷く損傷を受け、トランクルームがペチャンコになって無くなっていたな。車の長さが短くなっていたので面白かった。救急隊員がすぐに病院に連れて行くので救急車に乗りなさいと言ったけれど、三人とも大丈夫そうなので断ったんや。救急隊員はこんな酷い事故で誰もなんの怪我もしていないって信じられないと言っていたな。嫁さんはシートベルトが肩に食い込んで今でも肩こりが治らないけどな。ただのリューマチかもしれないけど。

ポニョ:でもぶつけた若僧は逃げたんやろ。でもその若僧はあんたの次男さんの学校の同級生やったって言ってたよな。

ヨシオ:パースって人口が少ない日本の田舎都市みたいなもので悪いことは出来ないんや。若僧のお兄さんは弁護士で俺の娘と同じ弁護士事務所の仲間なんや。小さい世界やろ。俺のお袋が認知症で徘徊した時に助けてくれた警官が俺と同じバスケットボールクラブのコーチ仲間やったし。息子の勤めている総合病院の医者はバスケのチームメイトやし、いつもどこかで誰かと繋がっているんや。

ポニョ:もともと全ての人は神さんで繋がっているもんな。でもその大きな事故の日の朝、サイババさんが夢に出て来られたんやろ。

ヨシオ:そうなんや。サイババさんが「今日事故があるけれど、誰も怪我をしないから大丈夫だよ。私が面倒見てあげるからね。」と言ってくれたんや。俺はその日、普段以上に気を付けて車を運転していたんや。そのうち夜の十一時になったのでこれで今日は大丈夫やなと家族で話していたところで事故に遭ったんや。車の数が少ない裏通りでの事故やったんやで。

ポニョ:サイババさんはこの宇宙を創造される前からあんたら家族が、その日の、その時間帯に、その裏通りで事故に遭うって知っておられているんやぜよ。だから事故に遭うのは何も偶然じゃ無いんや。カルマやね。前世でよっぽど悪い事をしてたんやろな。

ヨシオ:うるさい。人の事はほっとけ。

ポニョ:でもサイババさんが面倒見てくれておられるから良かったぜよ。でもあんたの運転した車に何度も乗った事はあるけれど、スピードを出し過ぎやぜよ。怖かったな。

ヨシオ:そうか?もう四十六年以上運転しているけれど、スピード違反のきっぷを切られたのは一度だけやで。安全運転ですよ。

ポニョ:どこがやねん。要領がええだけやんか。警察がいなかったり、スピードカメラが無い所ではバンバンスピードを出しているやんか。めちゃ早過ぎ。

ヨシオ:そうかな。飛行機と比べたら亀さんみたいに遅いけどな。俺はスピードが好きなんや。車の事故の話で思い出したけれど、キショーレさんという方の自動車事故の話が面白かったな。キショーレさんはパンジャビ州の高速道路を車を結構飛ばしながら走っていたんや。すると突然車が自損事故を起こし、体操競技のサマーソルトのように宙で一回転して着地するや否や車はゴロゴロと転がり、キショーレさんは車から放り出されて地面に叩きつけられたんや。駆けつけた救急隊員は事故の模様からして生存者はいないと判断したんやけれど、キショーレさんは背中一面が血だらけにも関わらず、ゾンビのように立ち上がって救急隊員に話しかけたので、救急隊員はとても驚いたんや。背中だけはなく足も15針以上も縫う大怪我をしているし病院の医師は「君が今こうして生きているとは信じられない。ひょっとして君は幽霊じゃないですか」と言ったんや。でもキショーレさんは普通に話せるし歩けるし、耳も聞こえるし五感に全然異常は無かったんや。医者はもっと大きな総合病院に行って精密検査をするように勧めたんやけれど、キショーレさんは血だらけの服を着替えてそのまま病院を出て、訪ねようとしていた妹の家に行ったんや。妹さんは身体中に包帯をしている兄を見て驚いたんやけれど、「多分この事だったのね。私が見た夢の意味は。」とニッコリと微笑んで「私、先ほどとても奇妙な夢を見たのよ。私はまだサイババさんにお会いした事は無いけれど、サイババさんが夢に出て来られたの。夢の中でお兄さんが大きな山の麓にいると、突然その山が山崩れを起こしてお兄さんが瓦礫や土砂の中に埋もれてしまったの。でもその後でサイババさんが来られて土砂の中からお兄さんの死体を掘り起こして死体をつまみ上げて『お前に二回目の生をやるからさっさと歩きなさい』と言われて、死体の背中を蹴られたの。するとお兄さんの死体が生き返ってまた歩き出したのよ。とても可笑しかったわ。」と言ったんや。

その事故から三年後、キショーレさんはサイババさんのアシュラムに行くとサイババはキショーレさんに、「お前はスピードを出し過ぎるからあのような事故を起こすんだ。本当に乱暴なドライバーだ。私はお前の妹さんの夢の中に入ってお前を助けたんだよ。今日この日から、モーターバイクも含めて二度と車を運転してはいけない。分かったな。お前に二度目の生を与えたからその生を私の仕事のために使うんだ。」と言われたんや。それが縁でキショーレさんはサイババカレッジで働くようになったんや。それから三年後、もう一度サイババさんは全校生徒の前でキショーレさんが起こした事故の話を紹介されたんや。サイババさんは「あの時、キショーレは相当速くスピードを出して車を運転していたけれど、目的地に着くまでずっとクリシュナ神を讃えるマントラを唱えていたので私は彼を助けたのだ。しかも私は、キショーレの妹さんの夢の中に入って彼を生き返らせたのだ。そしてキショーレが今歩んでいるような第二の人生を与えたのだ。人を助ける為に第三者の夢の中に入って助ける行為が出来るのは、私のような神の力が100%顕現し、時と空間を超越する事が出来る神の化身だけが出来る芸当なのだ。しかし神は普通人の運命に干渉しないので、君たちが普段何事をやる時も無分別な行動をするのではなく、注意深く行いなさい。」と言われたんや。

あなたが絶えず神のことを考えているのであれば、決して苦しみにさいなまれることはありません。
神はあなたをすべての苦しみから守るでしょう。
神は常に、あなたの中に、またあなたの周囲にいてあなたを安全に守るでしょう。
〜あなたがどこにいようとも、たとえそれが森の中でも空の上でも、町の中でも村の中でも、あるいは山の頂上でも深い海の中でも、神が必ずあなたの面倒を見るでしょう。25/12/2000


名無しの権兵衛さんだらけや

2017-05-30 16:00:12 | 日記

ポニョ:昨日の教授の話が面白かったぜよ。リンガムの中に病気を封印して癒すってすごいテクニックやぜよ。アニメの題材に使えそうや。

ヨシオ:アニメの題材に使ってどうするんや。この教授はサストリーさんと言うんやけれど、とても心が綺麗で正直な人っていうのが伝わって来る人なんや。こういう人をサイババさんが好まれるんやなと思うな。まるで子供の様に人を疑うという事を知らなくて、反応がストレートなんや。

ポニョ:まるでおいらやな。

ヨシオ:そういや、ちょっと似てるよな。このサストリーさんがお若い頃と言っても三十六年前の話やけれど、プッタパルティにいてたら奥さんが早産になりそうだという知らせをサイババさんから受け取ったんや。それでサストリーさんが「そんな事を全然知らなかった」と言って驚いていると、サイババさんが「お前が全然知らなかった事を私は知っているからこうして教えて上げたんや。」と言われたんや。そしてサストリーさんが自分の住んでいるところには大きな病院が無いので、奥さんを連れて大きな病院があるところに行かなくてはいけないと考えていたら、サイババさんが「全然心配しなくても良い。私が全て面倒見てあげよう。」と言われたのでサストリーさんは安心したんや。それから何日かするとサイババさんが「もう直ぐしたら娘さんが産まれるよ。君はここにいなさい。私が全てを上手く取り計らってあげるから、何も心配しなくても良いよ。」と言われたので我慢して家に帰らなかったんや。その後、サイババさんが言われた通り娘が無事に産まれたというニュースが入って来て、自分の娘やお産をして苦しんだ奥さんを気遣って家に帰りたいと思っていたら、サイババさんが「家に帰りたいの?ダメだよ。ここで仕事をしなさい。私が全部面倒見ているから心配しない様に。」と言われたのでアシュラムにそのまま滞在していたんや。しばらくして、もうそろそろ家に帰らせてくれるかなと思っていると、サイババさんは同じ事を言われたんや。その状態が五ヶ月も続いたある日、サイババさんは「君、確か女の子が出来たって言ってたよね。どうして家に帰ってあげないんだね。明日家に帰って娘さんの顔を見に言ってあげなさい。」と言われたんや。それで喜び勇んで帰ろうとするとサイババさんは「ちょっと待ちなさい。君が家に帰ると名前を付ける行事やら、子供が産まれると君の家はいろんなしきたりがあるので大変忙しくなるだろうけれど、そういう行事を一切してはならないよ。そうした行事を一切せずに娘さんと奥さんをここに連れて来るんだ。そうすれば私が娘さんの名前を付けてあげるからね。」と言われたんや。でもサストリーさんの家族は家に新しい子供が授かると、サイババさんが言われた通り大きなウエルカム行事をするのがしきたりだったんや。でもサストリーさんの家は経済的に苦しくてそういう行事を行う為のお金が十分無かったんや。それでお父さんが行事に参席した人達に何かを売って、そのお金でお祝い事の出費を賄おうとしていたんや。

ポニョ:でもサイババさん事前にその事を知っておられたので、サストリーさんに何の行事もせずに帰って来いと言われたんやろな。

ヨシオ:そういう事やろな。でもサストリーさんは奥さんと娘さんをアシュラムに連れて来るのを躊躇していたんや。するとサイババさんは、ダルシャン会場に来ているサイババの帰依者たちを指差して「彼らを見てごらん。どれだけの帰依者の子弟が名無しだか知っているか?彼らの両親は子供の名前は私に決めてもらうと主張して、私が彼らの子供達の名前を決めるまで、名前が無いままなんやで。だからあの子たちは今に至っても名無しのままなんやで。もう十年間も二十年間も名前が無い子供だっているんやで。だから彼らは仕方なしに自分たちをサイラムと呼んでいるんや。それに比べたら、お前の娘さんはとてもラッキーやないか。娘さんをここに連れて来たら私が自ら名前を付けてあげようと約束してるんやから。」と言われたんや。それを聞いてサストリーさんは家に昔から伝わっているしきたりを破る事は難しいけれど、サイババさんから家に帰れる許可をもらったので、喜びに溢れながらいそいそと家に帰って行ったんや。

ポニョ:あのね、なんですかそれって。ひどいやないの。二十年間もサイババさんが子供の名前も決めずにほっとくなんて。仕方ないので子供たちは自分たちをサイラムと呼んでいるって言ったけれど、サイババさんに名付け親になってもらえない子供達が皆サイラムという名前やったら、ごちゃ混ぜになってしまうからサイラムAさん,サイラムBさんと呼び分けないといけないやないか。

ヨシオ:サイババさんは意地悪をしてわざとこの様に名前を付けないわけではないんや。サイババ物語の連載をした時に、ヴェンタカタギリの王様の亡くなったお母さんが霊になって出て来られたエピソードを覚えてるか?

ポニョ:王様が、亡くなった御母堂ともう一度会いたいとサイババさんにお願いしたら、王様の亡くなったお母さんが霊になって壁から出て来られた話やろ。そして息子である王様に向かって「この方はクリシュナ神の様に人の信仰心を試されるから注意しなさい」と忠告されたんや。

ヨシオ:そう。サイババさんは王様のお母さんが忠告された様に、いつも人の信仰心を試されて遊ばれるんや。 それがサイババさんの喜びであり、神の化身としての役割を演じる上での楽しみの一つなんや。人々の信仰心が一体どれくらい強いか試されて遊んでおられるんや。だからわざとそれらの学生たちの親の頼みを無視して名付け親にならずに二十年間もほっとらかしにされているんや。

ポニョ:それっておいらに言わせたらやっぱり意地悪やぜよ。もっと他に帰依者の信仰心の試し方ってあるはずやぜよ。

ヨシオ:サイババさんは誰も私にこうしなさい、ああしなさいと指図出来る人なんてこの世に存在しないと言っておられるんや。サイババさんが何をされてもされなくても、それはその人の事を心から愛でもってされている事なんや。だからサイババさんががされた事をいつもハッピーで受け入れる気持ちが大切なんや。その後サストリーさんは無事に家に帰り、娘さんと初めて会う事が出来たんや。

ポニョ:喜びのご対面やぜよ。半年近く自分の娘と会えなかったんやろ。そら嬉しいよな。

名前と姿は一時的なものです。
人間は、真の自己を忘れて、名前と姿を実在するものと信じ、はかない世界を永遠のものと信じて人生を送っています。
神はすべての特性と感情を超越しています。
人が、神が特性や感情を備えていると考えるのは、むしろ不思議なことです。
すべての人にとって、神の無限の愛と真理と慈悲を知るのは、何よりも大事なことです。
人間は本質的には神でありながら、自己に内在する神性を忘れたために魔物のような振る舞いをしています。すべての人間には決断力と利発さという性質が備わっています。
これらの美徳を崇高な目的のために活用する人のみが真の人間です。25/12/02

ヨシオ:サイババさんが言われた通り、家のしきたりでいろんな行事がサストリーさんを待っていたけれど、家族中の大反対を押し切って何もせず、サイババさんが言われた通り奥さんと娘さんだけを連れてアシュラムに帰って来たんや。そしてサイババさんに娘の名前を決めてもらおうと、産まれてまだ五ヶ月の新生児を奥さんが抱いてダルシャンに出たけれど、なんとサイババさんは彼らを全く無視されたんやで。

ポニョ:それって本当に性格が歪んでいるぜよ。めちゃイケズや。なんでわざわざ連れて来たのに無視するんや。

ヨシオ:それも深い理由があるんや。それで四日目になって、やっとサイババさんはサストリーさんに話しかけられたんや。サストリーさんはせっかく娘を連れて来たのにどうして無視されたんですかと聞くと、「実は今日名前を付けようと思っていたんや。」と言われたので、サストリーさんは女性の席の方を指差して、「家内と娘はあそこにいます。ここに連れて来て良いですか」と聞くとサイババさんは「どこに奥さんと娘さんがいるんだい。あゝあそこか。君は神が与えるダルシャン会場で、神の方を見ずに自分の奥さんと娘ばっかり見てたのか。それって良くないな。娘さんの名前を決めるのはまた今度にする。」と言われて去って行かれたんや。

ポニョ:うわ〜それってやっぱりイケズや。それも帰依者の信仰心を試される行為ですか?ただの意地悪の様にも見えますが。

ヨシオ:意地悪じゃないって言ってるやろ。全ては愛の行為なんや。神の帰依者を常にこの様にして試されるのが神の化身の仕事の一つなんや。サイババさんはその後、ある時はサストリーさんに冗談を言ったり、ある時は無視されたりしていたんやけれど、そんなある日、サイババさんが手を素早くサストリーさんの目の前で動かされたら、甘いお菓子が手からサストリーさんの方に飛び出て来たので、それをサストリーさんが受け取ると、サイババさんは「お前のお父さんが明日アシュラムにやって来るよ。」と言われたんや。サストリーさんはお父さんはもう90才でベッドの上で寝たきりのままで一歩も歩けないし、そんな事は到底不可能だと思っていたからとても驚いたんや。でもサイババさんが言われた通り、お父さんが家族の人達に担がれながらやって来たんや。次の日、サイババさんはサストリーさんやお父さんや家族の人達をインタビューに呼ばれ、サストリーさんの家族全員に「サストリーさんの娘の名前を心の中でこの様な名前が良いなとか考えている人はいますか」と尋ねられたんや。でもそこにいた人達全員が、ぜひサイババさんが名付け親になって下さいと頼むと、サイババさんはマントラプシュパムというヴェーダを唱えられたんや。そしてそのヴェーダの一節からビキュラタという語を取られて、サストリーさんに「この言葉の意味は何か知っているか」と聞かれたんや。それでサストリーさんは「はい、それは稲光りという意味です」と答えると、サイババさんは「この語をお前の娘の名前としよう。この娘は光そのものだから誰にも教わらなくても英知を持っている子になるだろう。少し教えればすぐに理解する事が出来るし、学業をしても優秀な生徒になるだろう」と言われたんや。

そして娘の為にロケットを物質化されて下さったんや。サストリーさん達家族はとてもハッピーでインタビュールームから出たんやけれど、しばらくしてサイババさんから頂いたロケットが何処かに落としたのか、どこにも見つからないんや。それで四、五日してからダルシャン会場でサイババさんにその事を言うと、サイババさんは「両親がしっかりしていないからそんな大事なものを無くしたりするんや。君はもっとしっかりしなくてはいけない。」と学生達の席の前列に座っているサストリーさんに向かって、学生達にも聞こえる様に大きな声で叱られたんや。その間サストリーさんは落ち込んで頭を項垂れながら聞いていたら、サイババさんはまた学生達全員に聞こえる様に、「人の話を聞く時は、こうべを上げて聞くのだ。」とまた叱られたんや。サストリーさんはすぐに頭を上げてサイババさんが小言を言われるのを聞いていたんや。サイババさんが去られ、しばらく離れたところからサストリーさんをまた呼ばれたんや。それを見てサストリーさんが急いで駆け付けると、サイババさんが手を回してインタビュールームで頂いたロケットが宙から出て来たんや。そして「お前がそこで、このロケットを落としたので私が拾って預かっておいたんだ。もう二度と落とすんじゃないよ。」と言われたんや。

ポニョ:神様はいつも帰依者を試されるんやな。学生の前で教授が叱れたらサストリーさんのプライドがいっぺんにぺちゃんこになるやろな。そうか…。神さんと親しくなるって本当に難しいな。純真な子供の様な心を持っていないと、なかなか神さんと友達の様な関係になれないよな。帰依者を少しでも神に近づけようと、いつも帰依者に試練を与えて下さるけれど、おいらやったら多分精神的に持たないかもしれないぜよ。

ヨシオ:ポニョはいつも忘れっぽいから、サイババさんに叱られてばかりやろな。でもポニョは叱られても、どうして叱られたのかを直ぐに忘れるから、精神的に参るのはサイババさんの方やろな。

人の名前はその名前をつけられた人の気性に影響を及ぼします。
耳にしたときに楽しい気持ちを起こさせるたぐいの名前がある一方で、恐怖と嫌悪の気持ちを起こさせるような名前もあります。
~子供にはよく考えて名前をつけるべきです。
そういうわけで、人々は子供が生まれたときの星を考慮して名前をつけるのです。
私たちは良い名前を持つべきです。
決して不適切な名前を持ってはいけません。
名前は安らぎや優しさを思い起こさせるようなものであるべきです。25/2/09

リンガム石に何を封印するの

2017-05-29 16:00:07 | 日記
私の体内でリンガムの形成を容易にするために、私の身体は強力な磁力と化しました。
そのため私はこの三日間歩行が困難でした。
私の身体の磁力のために足が地面にくっついてしまったからです。
また私が触ったものすべてが、私の手にくっついてしまいました。
私の全身が磁気を帯びたのでそれはもっともなことです。
このような引力は誰もが体験出来るものではありません。
こうした極めて強力な磁力は神だけが持っているものです。
これらのことを万人に明かすことは出来ません。
神聖な磁力は全ての人の内にありますが、人には一定の限界があります。13/3/02

ポニョ:このブログでサイババさんがいろんな帰依者の病いを癒された話をしたけれど、一番印象に残ったのは過疎の村で村人からも見放された身寄りのない老婆女性が癒されたエピソードやぜよ。あの記事を読んで泣いてしまったぜよ。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/627505e1571a342de134137551a09224

ヨシオ:確かサイの組織の人たちが村に奉仕に行こうと計画して、その重点地区に選ばれた村での出来事やったな。その女性は一人で歩いたりすることも出来ないし、自分の畑を人に貸していた地代で長い間孤独な生活をされていたんやったな。

ポニョ:でもサイの組織の人たちが彼女の家を修理したり掃除をして清潔にし、毎回料理も作ったり、いろんな世話をされて彼女の病気もだんだん好転して来たんや。それである日、サイの組織が彼女の家の前でバジャンをしようと村人たちに呼びかけて、大きなテントを家の前に張って準備したらたくさんの人々がやってきたんや。そしてそのバジャンをベッドで横になって聞いていた彼女の足に奇跡が起こり歩きたいという欲望が湧いて来て一人で立ち上がるとなんと歩けるようになっていたんや。それでそのまま自分一人で、家の前で行われている村中の人やサイの組織の人たちがいるバジャン会場に現れたので、そこにいた人達はとても驚いて感激しながらバジャンを歌い終えたという話やったぜよ。なんだか小説を読んでいるような素晴らしいクライマックスだったので、本当にあった話って信じられないくらい感激した話やったぜよ。

ヨシオ:事実は小説より奇なりっていうもんな。俺がアシュラムにいた時も、同じ西オーストラリアからやって来ためちゃ太ったおじさんと言っても三十代やけれど、足の麻痺でいつも車椅子でアシュラムに中をウロウロされていたんや。その人の体重がとても重いので、オーストラリアのような完全なバリヤフリーではないアシュラムの道やビルの中を移動するのは大変で、いつも誰かが一緒に付き添って面倒を見ていたので、そういう意味でその人はアシュラムでは有名になっていたんや。ある日サイババさんがその男の人をインタビューに呼び、「いつまで君は周りの人に迷惑をかけるつもりなんや。ええ加減一人で歩けよ。」と言われたので「そんなことが出来るくらいならとっくにやっています」と答えたんや。するとサイババさんは「うんちくはええから早く立てよ。」と言われたので、その人は重い体を車椅子の手置きを両手で掴み、手の力で体を立たそうとしたら、足の力でさっと立ち上がる事が出来たんや。それでサイババさんが「ほら立てるやないか。私のところまで歩いてごらん。」と言われたのでそのまま歩き始めると、最初はゆっくりやったけれどだんだん健常者のように自由に歩けるようになったんや。それでその人がインタビュールームに入る時は車椅子やったのに、出て来た時は車椅子無しで、しかもその空の車椅子を押しながら出て来たので、それを見た人達は大きな拍手をしたんや。しかも次のダルシャンでその人の近くにサイババさんがやって来ると、その人は突然立ち上がってダンスを始めたんや。それを見た人達は全員大きな拍手を送ったんや。とても感激的なシーンやったな。

ポニョ:そのエピソードは二年ほど前に紹介したよな。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/7f98b4f661de466c414fdec0e0acd85e
サイババさんのそういう奇蹟を紹介し始めたらキリがないぜよ。なにしろスッパンマさんのような亡くなって死臭がし始め、しかも身体中に蟻が這い回っている遺体に向かって「起きなさいスッパンマよ。」と言われただけで、死体を蘇らせる事が出来るぐらいやから、病気なんてあっという間に癒されるよな。

ヨシオ:スッパンマさんのエピソードはとても感動的やったので、英語版の「サイババが帰って来るよ」Saibaba will returnの最後にも紹介したんや。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/d50316fe09026111ed509c49cecbb2ec

ポニョ:サイババさんは、「あなた達もこういう亡くなった人を生き返らせる力を本来持っているのだ」と言われたけれど、そういう奇蹟的な力を授かるには、とても大変な霊性修行をしなければいけないんやろな。それにこういう力を誰でも得れるようになれば、葬式やさんが大変やぜよ。「そう式の日取りは次の月曜日でよろしいですよね。分かりました。ではここにサインをして下さいね。最近、葬式の最中に故人を蘇らせる風潮が世に中に大きくなって来て葬式屋泣かせなんですよ。やっと棺桶をお墓に下ろした途端、「ばあ〜!まだ生きていますよ」と言って周りの人たちを驚かせるから、葬式にやって来た人達が心臓麻痺で亡くなる事件が続発するやろな。

ヨシオ:それって葬式屋泣かせじゃなくて、葬式屋を喜ばせているんやないか。俺が聞いた話で面白いと思ったのは、サイカレッジの教授の奥さんが御主人に「あなた、右側の喉のところが少し腫れて来たけれど、お医者さんに見てもらった方が良いんじゃない。」と指摘されたので医者に行くと、「腫瘍が出来ています。手術をして取り出しましょう。」と言われたんやけれど、手術はあまり気乗りがしなかったので、そう言うと「手術が嫌だったら、三年間注射を射ち続けたら小さくなって行くでしょう。」と言われたんや。その人はサイババさんに聞いてから決めると言って早速ホワイトフィールドに滞在しているサイババさんに手紙を書いたんや。でも人伝てにサイババさんはホワイトフィールドからコダイカナルに移られたと聞き、同じ内容の手紙をコダイカナルに送ったら、サイババさんから「心配要らない。私が腫瘍を治してあげよう。」という内容の返事が来て喜んでいたんや。それを医者に告げて何もせずサイババさんが帰って来るのを待っていたんや。サイババさんが帰って来たら早速インタビューに呼ばれて腫瘍のことを話すと、「心配要らないよ。すぐに治る。」と言われてヴィブティを教授に物質化されたんや。教授は喜んでヴィブティを食べて家に戻ったんやけれど、でも少しこれで治るんかなという疑問がまだ心の隅に残っていたんや。しばらくするとその教授の心の動きを知っているサイババさんは、もう一度その教授をインタビューに呼び「腫瘍はどうだ?」と聞かれたんや。その教授は「まだしこりはあるんですが…。」と答えるとサイババさんは手を大きく回してリンガム石を物質化されたんや。そしてその教授に「このリンガム石の模様を見てごらん。幾つ模様が付いている?」と聞かれたんや。教授は「三つあります。」と答えるとサイババさんは、「そう。三つだ。実はお前の腫瘍は一つではなく三つあるけれど、私がこのリンガム石の中に封じ込めた。お前は毎日このリンガム石を礼拝し、灌頂水をかければこのリンガム石の中に封じ込めたお前の腫瘍が少しずつ消えて行くであろう。そしてすっかりその模様が消えた時が、お前の腫瘍が消えて無くなったというサインなのだ。」と言われたんや。でもその教授は、どのようにしてリンガム石を礼拝するのか知らなかったのでサイババさんに聞くと「お前はルッドラムの唱え方も知らないから、サイラム、サイラム、サイラムと何回も唱えればルッドラムを唱えるのと同じ効果がある。そしてサイラムを唱えながら灌頂水をかけるのだ。」と言われたんや。そしてその通りにするとだんだんリンガム石に付いていた模様が消えて行ったんや。

ポニョ:それってめちゃ不思議でヤンス。面白いな。でも灌頂水って、浣腸水みたいで嫌やな響きやけれど。

ヨシオ:灌頂水は浣腸ではなくかんじょうすいと読むんや。

ポニョ:浣腸で思い出したけれど、子供の頃日本海の海水浴場に注ぎ込んで入る小川で遊んでいたら、たくさんのイチジク浣腸の使用済み容器が上流から流れて来て、友達とどちらがたくさんイチジク浣腸の容器を集められるか競争した事があって、親にめちゃ叱られた記憶があるぜよ。海水を容器に入れて水の掛け合いをしてたんや。

ヨシオ:めちゃ汚い話やな。なんで使用済みのイチジク浣腸が大量に川に流れているんや。話題を変えてくれるか?気分が悪くなって来た。

ポニョ:ゴメンちゃい。でも川の上流からピンクや白の容器がたくさん流れて来たのを見た時は、子供心に綺麗だなと思ったんや。リンガムの話やけれど、おいらも似たような話を聞いた事があるぜよ。その女性は妊娠していて心臓病を患っていたんや。病院で検査すると心臓に穴が開いていてそれが原因やったんやけれど、妊娠中なので手術出来なかったんや。それでサイババさんにそれを伝えて助けを求めると、サイババさんは、さっきあんたが紹介した教授のようにリンガム石を物質化されてそのリンガム石に心臓病を封印されたんや。そのリンガム石をよく見ると、心臓の形の模様があり、その模様の一部に穴が開いていて、サイババさんは、「この穴がお前の心臓病の原因だ。毎日、このリンガム石を礼拝し、 ヴェーダを唱えながら灌頂水をかけると、穴が塞がって来る。その穴が完全に塞がった時が病気が完治したサインだ。」と言われたんやて。

ヨシオ:人の病をリンガム石に封印するって面白いよな。そしてそのリンガム石を礼拝してルッドラムを唱え、灌頂水をかければ病気も一緒に治るっていう事は、ルッドラムを唱えるって事は、やっぱりとても大きな効果があるんや。先日、嫁さんが前の日に子供達の引越しを手伝って疲れていたので、俺が一人で大きなガネーシャ像の前で早朝ルッドラムを唱えたんやけれど、嫁さんが「階下からすごいバイブレーションがして来たのでベッドから飛び起きたんですよ。その後一睡も出来なかったんです。ルッドラムって自分で唱えているとその効果は分からないけれど、人が唱えているのを聞くとその凄まじい波動が伝わって来るものなんですね。」と言ったんや。

ポニョ:お袋さんの認知症も癒されたぐらいやもんな。おいらも毎日ルッドラムのチャマカムとナマカムを唱えているけれど、一体おいらに何の効果があるんやろうか。

ヨシオ:食欲が出る事やろ。

https://m.youtube.com/watch?v=ISik_cjsmJA
ヴェーダは非常に神聖です。特に、アティ ルッドラムの箇所はとても重要なところです。「ルッドラム」は、一般的にイーシュワラ神(シヴァ神)の別称であると考えられています。実際、ルッドラムは、〜すべてのヴェーダの真髄です。ルッドラムのもう一つの重要な特徴は、ナマカムとチャマカムという二つのパートの間にある一体性です。ナマカムが無執着という側面を強調するのに対して、チャマカムは願望という側面を強調します。しかし、どちらも本質は一緒です。何を捨てて、何を望むべきでしょうか? 悪いものを捨てて、良いものを望むべきです。どちらも大切なのです。9/8/06

死んだら変わる

2017-05-28 16:00:34 | 日記
何であれ人が持っている才能は、他の人々への奉仕のために、いやそれどころか、あらゆる生物への奉仕ために、捧げられるべきです。
成就はその中にあります。
すべての人は親戚であり、誰もが同じ構造、同じ材質で作られた似た者同志であり、同じ神の神髄を備えています。
人への奉仕はあなたの神性の開花を助けます。
というのも、人への奉仕はあなたのハートを喜ばせ、生きてきた甲斐があったことを感じさせるものだからです。
人への奉仕は神への奉仕です。
なぜなら、神はどの人の中にも、どの生き物の中にも、どの石ころの中にも、どの木の株の中にもいるからです。
あなたの才能を神の御足に捧げなさい。
一つひとつの行為を、妬みやエゴという虫の付いていない、愛と犠牲の芳香に満ちた花になさい。
もしあなたに劇の役を演じる才能があるなら、その才能を神の栄光を称えるため、人を向上させるために使いなさい。18/2/64

ポニョ:三回に分けてオーストラリアの話をしたけれど、最後にプッタパルティのサイカレッジで教鞭をとっておられる教授のエピソードを紹介するって言ってなかったか?

ヨシオ:その人は十七年ほど前にインドからオーストラリアに移住されて来たんや。当初は大学の博士課程に籍を置いていたんやけれど、数学やコンピュータの専門家やから、すぐにIBMの上級コンピューターマネージメントの職にスカウトされたんや。

ポニョ:ヘェ〜それはすごい。よほど才能がある人なんやな。

ヨシオ:奥さんも一緒にいるんやけれど、その夫婦には子供が出来なかったので、ブラミンカーストの奥さんは退屈で、一人で家でバジャンを歌っていたんや。でも近くにサイババセンターがあって、そこで毎週一回バジャンをしているという話を聞き、そこに行く事にしたんや。もちろん夫婦共々、サイババさんのことは知っているけれど帰依者ではないので、バジャン会が終われば他の活動には見向きもせずにすぐに家に帰っていたんや。でもある日、バジャン会が始まる前に奉仕担当の人が、「貧しい家庭の子供達の為に、ミルクを寄付したいと思いますがどなたか、寄付していただけませんでしょうか。そうでないと、今あるミルクだけでは足りないので、ミルクに水を混ぜて子供達の元に届けなければなりません。どうか、どなたかミルクを寄付して下さい。」と頼んだんや。その夫婦はインドでもミルクに水を混ぜて子供に飲ますなんてとても悪いことだと教えられて来たので、家に帰ってもその奉仕担当の人の話が忘れられずに、自分たちに子供がいない分、貧しい子供達に人肌脱ごうという気持ちになって、奉仕担当の人に連絡して、毎週一回ミルクを子供達に配達する仕事を始めたんや。最初は27リッターだけのはずやったんやけれど、どんどん増えて来て120リッターにもなり、十一もの学校にミルクを届ける事になったんや。その夫婦はその奉仕活動を二年も続けていたんやけれど、ある日サイセンターの世話人の人がやって来て、「あなた達は過去二年間素晴らしい奉仕活動をして来ました。今年から、もし良ければ奉仕担当のポストにつきませんか?」と言ったんやけれど、夫婦共サイババさんの教えは全然知らないし、自分たちが今信じている神さんだけで充分だと思っていたので断ったんや。でも二年間もバジャン会に一度も休まず参加し、他の帰依者達と一緒にバジャンを歌っているうちに、だんだんサイババさんの事が好きになって行ったんや。

それで奉仕担当のポストを受け入れ、毎週のようにミルクを配達したんや。そんなある日、その夫婦がインドに里帰りする事になり、ついでにサイババさんのアシュラムに寄ってみようという話になったんや。それでアシュラムに行き、そこで夫婦で部屋にいる時に、二人の意見が合わずに口喧嘩になったんや。それで奥さんはへそを曲げてしまって、「今晩はあなた一人で夕食に行ってらっしゃい。私は気分が悪くて食べる気がしません。もう寝ます」と言ったので、御主人も奥さん一人だけ空っぽの胃袋で寝さす事は忍びないので、「それじゃ自分も夕食抜きにする」と言って寝床につき、「そうだ。今日は木曜日でサイババさんの日だからちょうどいいや。断食をした事にしよう。今日は断食の日なんだ。」と言って寝たんや。次の日、御主人はサイババさんに素晴らしいダルシャンを与えてもらって、サイババさんって本当に神さんかもしれないという気持ちになったんや。それで早速アシュラムの本屋さんに行き、どれか一冊サイババさんの本を読んでみようという気になったんや。でもアシュラムの本屋さんは大きくて何千冊もの本があり、いったいどれを読めば良いのかさっぱりわからなかったんや。それでサイババさんに心の中で「サイババさん。あなたの事を何も知らずにあなたのアシュラムにやって来ましたが、今日、あなたの事を少しでも知りたいなという気持ちが湧いて来ました。それでいったいどの本を読めば良いのか教えて下さい。もしあなたが本当の神様なら、そんな小さな願いぐらい、いとも簡単に叶えてることが出来るでしょう」とお願いしながら、手をたくさん並んでいる本の背表紙に当てて歩いていると、ある本に手が触れた途端、言葉には出来ないけれどすごいバイブレーションを感じて思わずその本を手に取ったんや。そして何百ページもある分厚いその本を適当に開いて、そのページで目に止まった箇所を読んでみると、次のような事が書いてあったんや。

妻と口喧嘩した後、怒って夕食を摂らない人がいますが、その人がしていることを断食、つまり霊性修行だと呼べるのでしょうか?

御主人は電気に撃たれたような気分になり、このメッセージは自分に対してのメッセージだとすぐに分かったんや。御主人は科学者でずっと化学畑を歩んで来られたので、偶然という事はあるだろうけれど、このような偶然は奇跡と一緒だ。神が意図しないと絶対に起こらないという事を理解して、その件以来、サイババさんにのめり込んで行かれたんや。そしてオーストラリアに戻り、自分の残りの人生を全てサイババさんに捧げようという気持ちになったんや。それで奥さんにその事を伝えると、奥さんはあまり乗り気ではなかったんや。御主人はサイババさんに「私は今にでもあなたがおられるプッタパルティに行き、残りの人生をあなたの学生達に私の知識を伝える事によって奉仕したいと思っていますが、妻はあまり乗り気ではありません。どうか妻が私のようにあなた様に近付きたくなるように導いてあげて下さい。」とお祈りをしたんや。そんなある日、御主人と奥さんはインドフェスティバルに行く事になり、奥さんは今まで着た事がないような素晴らしいシルクのサリーに身を包み、結婚以来身に付けた事がないような高価な宝石を身に付けてフェスティバルに行ったんや。主にインド人ばかり八百人ほどが舞台で繰り広げられる歌やダンスを見て楽しんでいたんや。すると奥さんは急に「私は、少し気分が悪くなって来たわ」と言ったので、御主人は「ここは八百人も人がいるので、一度外に出て新鮮な空気を吸って来るかい?」と言った途端、奥さんは崩れるようにして気を失ったんや。御主人は急いで脈を取ると全然脈も無く、目や口も開いたままで呼吸もしていないんや。すぐに御主人は奥さんがもう息を引き取ったと分かったんや。それを見ていた隣の人が一体どうしたのかと聞いて来たので、状況を説明すると、すぐにフェスティバルの主催者に連絡し、会場に医者がいるかスピーカーで放送したんや。もちろんダンスも中断し、奥さんは床に寝かされたんや。何人かの医者がその日のフェスティバルの観衆の中にいたので、すぐに奥さんの容態をチェックしたけれど、どの医者も「もう手遅れだ。奥様はすでに息を引き取っている」と御主人に告げたんや。それを聞いて御主人は、奥さんが気に入っていたシルクの素晴らしいサリーと宝石を無意識のうちに今日奥さんが着て来た理由が分かったような気になったんや。そしてまだ口や目が開いたままになっている奥さんの目と口を手で静かに閉じて、救急車が来るのを待っていたんや。五分ほどして救急車が到着すると、担架を担いだ救急隊員がやって来て担架を奥さんの亡骸の横に置き、奥さんの体を担架に乗せようとしたら、突然奥さんが床に座って「サイラム」と言ったんや。その信じられない光景を見て、御主人や周りにいた人達はとても驚いたんや。

すると奥さんは何も無かったように自分の椅子に座り、その後、普通に歩いて体をチェックする為に救急車に乗って病院に運ばれたんや。もちろん御主人も一緒に救急車で病院に行ったんやけれど、どの医者も様々な検査をしたけれど、誰もこの不可解な昏倒騒ぎの理由を見つけられなかったんや。それで翌朝、退院したけれど、カルテには『原因不明な昏倒ではあるが、普通の生活に戻っても良い』と書いてあったんや。しかし、その一件の後、奥さんは人生にいつ死が訪れるか分からない事を身をもって体験し、御主人と同じように自分も残りの人生をサイババさんに捧げる為に、御主人と一緒にサイババさんのアシュラムで過ごす事を決意されたんや。そして御主人は家や家財道具などすべて売り払ってインドに行き、サイカレッジで教鞭を取る為の許可を得る為に、サイババさんのダルシャンに出たんや。でもどうしたわけかサイババさんは御主人さんの手紙を取らずに御主人を無視して歩いて行かれたんや。でも御主人は心の中で、「サイババさん、どうして手紙を取って下さらないのですか?どうか受け取って下さい」と頼むと、サイババさんは180度向きを変えて御主人のところにやって来て、手紙を取って行かれたんや。でも御主人の心の中で再度声がして、「今、頼みなさい。私に直接頼むのです。私に話しかけなさい。」という頃が聞こえたんや。でももうサイババさんは行ってしまった後だし、そんな事を頼む勇気も無かったんや。でも心の中の声は、もっと大きな声で、「さあ、早く大きな声を出して私に頼むのです。」と言うのが聞こえたんや。それで勇気を出して「スワミ!」と言うとサイババさんは「一体なんだね?」と言いながらまた戻って来られたんや。そして「あなたのカレッジで働かせて下さい」と言うと「どの科目だね」と聞かれたので「コンピューター科学と数学です。私はオーストラリアにあるもの全て投げ出してここに来たのです」と答えるとニコニコしながら「良いだろう」と言ってまた歩き始められたんや。それ以来御主人はサイカレッジで教鞭を執っておられるんや。

神様に頼み事をするのは全く正しいことなのです。
それは乞うことではありません。
神に頼むのはあなたの義務なのです。
言葉は声に出して言い、言葉は思いを反映したものであり、想念はそれに合致した言葉として口に出さねばなりません。
神はすべてを知っておられるということは本当です。
しかし、神は心からの心の思いにもとづいた言葉を話すことを求めています。CWSSBp42~3

豪州版恵の水プロジェクト

2017-05-27 16:00:36 | 日記
他者に奉仕をすることによって、人はただ自分のために働くことから得られるよりも多くの至福を得ることができます。
必要としている人に真心込めて何らかの奉仕をし、その結果生じる至福を体験しなさい。
大きな奉仕である必要はありません。
小さくて他の人に気づかれないようなものでも構いません。
奉仕はあなたの中にいる神、そして他の人たちの中にいる神を喜ばせるために行われなければいけません。19/11/81

ポニョ:昨日はオーストラリアのアボリジニたちが、実は大変な目に遭っていたという話をしました。

ヨシオ:昔、アボリジニは選挙権も無かったんやで。それどころかカンガルー並みで、農場や牧場でアボリジニを見かけたら殺しても罪にならなかったんや。タスマニアではそのようにして全てのアボリジニが虐殺されたんやで。だからタスマニアでは昔アボリジニがたくさん住んでいたのに、ポニョが行った時はあまり見かけなかったやろ。俺はタスマニアには行った事がないから知らないけれど。

ポニョ:そういやあまり見かけなかったぜよ。フィリピン人ぽい人は結構見かけたけど。

ヨシオ:多分マオリの人たちやろ。クライストチャーチとの間に直行便が飛んでいるから。とにかくこのオーストラリアという大陸は、未だに女王陛下の植民地なんや。大きな鉱山会社は全てイギリス資本がコントロールしているし、鉱物資源を収奪し放題で、税金は僅かしか支払っていないんや。それを指摘した国民党の党首はマスコミから徹底的に攻撃されて選挙で落選したんや。

ポニョ:大都市以外の広大な土地の私有権は認められていないって言ってたよな。女王陛下の所有地やから、農場を買っても女王陛下と九十九年の借地契約をしなければいけないんやろ。

ヨシオ:だからオーストラリアの国旗にまだユニオンジャックが付いているんや。以前そういう事に反対の姿勢を見せていたオーストラリアの首相がいたけれど、女王陛下によって首を切られたんや。いくらオーストラリア人達が自分たちで選んだ首相でも女王陛下の一言で首を切れるくらい、女王陛下が絶大な権限を持っているんや。

ポニョ:それって政治的にも経済的にもイギリスの植民地と一緒やないか。

ヨシオ:オーストラリアの市民権をもらう時も、「オーストラリアの国民となった限りは女王陛下に尽くします」と宣言しなければいけないんや。俺はそれを拒否したから、政府の人がやって来て、俺に小さな声で、「女王陛下の代わりにオーストラリアに尽くしますと言えばそれで良いですよ。」と言ってくれたんや。

ポニョ:そこのところは日本の公務員や政府の役人とえらい違いやぜよ。オーストラリアは柔軟性があってええな。羨ましいぜよ。

ヨシオ:俺もその役人に言われた時は、オーストラリアらしくてええなと本当に思ったな。さっきの奉仕の話に戻るけれど、ブリスベンの南西の方の内陸部にアボリジニの集落があるんや。サイババさんの未来の地図でも残るところやけれど、そこの集落に水道が通っていないので百年も前から井戸水を使っているんや。でも井戸の百メートル横がゴミ捨て場やし、周りはめちゃ農薬をたくさん使う綿栽培農家ばかりなんや。保健所の人も来て井戸水の水質を調べたら、いろんな水生虫や雑菌やポニョの友達の会社が製造しているラウンドアップという化学肥料による汚染がひどいんや。

ポニョ:ラウンドアップってモンサントが製造している遺伝子組み換え操作の綿の種とパッケージで売っている土壌改良剤やぜよ。これを使えば土の中のバクテリアやら微生物たちが死んでしまう死の土壌改悪剤なんやぜよ。それにラウンドアップの化学薬品が地下水に混入すれば人が飲めるような水では無くなるんや。インドでは遺伝子組み換え操作の綿の種を買った農家がラウンドアップの肥料を買わされ、思ったより生産が伸びないので破産に追い込まれて、二十万人以上もの農家の働き手が自殺して、大きな社会問題になっているんやぜよ。それがアシュラムのあるデカン高原の村々での出来事なんや。こういう問題にインドのサイの組織はもっと取り組んで欲しいズラ。先ず、モンサント社の遺伝子組み換え綿の種の不買運動を始めるとか、いろいろ出来るぜよ。だってサイババさんは人が自殺すれば、悲劇的な事があの世で待っているって言われたやろ。

ヨシオ:悲劇的なことって言うよりも、人が自分に与えられた寿命よりも自らの手で早く命を終わらせてしまうと、寿命よりも短くなった分、地縛霊となってこの世を彷徨わなくてはいけないんや。その間、他の地縛霊などによって嫌がらせを受けたりして、いじめられるんや。

ポニョ:もしその人の寿命が八十才で死ぬ事になっているのに、五十才で自殺した人は三十年間も地縛霊として彷徨わなければいけないんか?それって嫌な世界やろな。だからそういう悲劇を起こさない為にもモンサント社の遺伝子組み換え綿の種の不買運動をしなければいけないんや。でもモンサント社もずる賢くて、以前からあった種の会社を全て買い取って、モンサント社の種しか買えない仕組みをもう作っているんや。それに破産した農家の土地を銀行家が乗っ取れるような仕組みも作っているんやで。つまり遺伝子組み換え綿の種を売れば銀行が儲かる仕組みなんや。全て裏で操っているのは同じ人間なんや。

ヨシオ:詳しいなポニョはそういう事に。そのアボリジニの話に戻るけれど、その集落の長老は、過去百年に渡って村に水道を引いて欲しいと政府と交渉しているんやけれど、政府はとても金がかかるので重い腰をあげなかったんや。その集落だけでも七十家族、二百五十人のアボリジニが住んでいて、全部で百人以上の子供達がいるし、子供達の健康に与える影響は大きかったんや。でも地元のサイセンターが立ち上がって浄水設備を設置する事にしたんや。そして千リッターの浄化した後の水をためておくタンクも設置したんや。

ポニョ:ヘェ〜それってオーストラリア版「恵の水プロジェクト」やぜよ。

ヨシオ:でもその浄水装置を作ったサイセンターの若者達は、今まで一度も水道の配管工事なんてした事がなかったので思ったより大変やったんや。三度も街に行って部品を買いに行かなければいけなかったんや。でも仕事を始める前に皆でバジャンを歌って仕事を始めたので、サイババさんをいつも近くに感じることが出来たんや。その施設の完成式典に、長老達が伝統的な草を燃やして煙を出し、装置を清める儀式をしてくれたんや。その後、地元のアボリジニの子供達が浄水された水を飲むと、今まで飲んだことがないような美味しい水だったのでとても感激し、「この施設は本当に僕たちのものですか?」とサイの帰依者達に聞いて来たんや。そして「もちろんそうですよ。今日からこの施設は君達のものだよ。」と言うと、そこに全て集まっていたアボリジニ達は嬉しくてサイの兄弟達と抱き合って感謝の意を述べたんや。

「君たちは今までやって来た奉仕団体とは全然違う。穏やかな人ばかりだ。とても平安な感じがする。君たちは私たちの兄弟姉妹のようだ。私たちは君たちと別れるのがとても辛い、是非この地でもっといろんな活動をして欲しい」と涙を浮かべて言ったんや。そして地元のアボリジニ達の信用を得たサイの組織の人々は、今では地元の二十五のアボリジニの学校に出かけて、校舎の修理をしたり、朝食を食べずに幼稚園にやって来た子供達の為に、朝食コーナーを作ったり、サイの帰依者の医者を連れて来て、アボリジニの子供達の健康管理もしてるんや。

ポニョ:それは良い話やぜよ。何をするのもハートとハートの関係が大切なんやぜよ。

ヨシオ:世界中に今こうしてサイの栄光が一人ひとりの帰依者を通じて広まっているんや。ポニョは今の世界の現状を悲観して憂いているけれど、一方世界の片隅では、静かにこうしたサイの活動が進行しているんやで。

ポニョ:サイババさんの未来の地図で残るところやからやぜよ。大都市ではどんどん人々のモラルが無くなっているし、政治家や大きな会社の経営者達は腐って来ているし、人類は、崖っぷちに向かって走っている狂気集団と化しているんやぜよ。

ヨシオ:まあそこまで悲観的にならなくてもええやろ。世界のあちこちでルッドラムを唱え始めているし、世界全体の波動も良くなって来てるんじゃないか?

ポニョ:おいらにはそうは思えませんが。地の果てのような所に住んでいるあんたは、現実の世界を知らないから。

ヨシオ:何れにしても、神さんが書いたシナリオ通りに世界は動いているから、どっちに転んでもええ事なんや。この世界は結果オーライやから、何も心配する必要はないんや。ポニョが大好きなハッピーエンドな結末が待っているんや。

ポニョ:その前に大艱難がやって来るぜよ。

ヨシオ:それも本当はええ事なんや。神さんの目から見たら、この世で何一つ悪いことなんて無いんや。

平安は奉仕を通してのみ、手に入れることができます。
怠惰な人間は悪事に走ります。
仕事で忙しくしていれば、心〔マインド〕に思考が生じる余地はありません。
それゆえ、心に平安があるのです。
穏やかな心は愛の住処です。
愛は人間に本来備わっているものですが、人間の中にある愛も、肥料と水で養分を施されなければならない種のように、献身的な奉仕と愛によって養われなくてはなりません。
愛は神聖な性質です。
愛は甘露のようなものです。
神の愛の不滅の甘さを味わった人は、他に世の中のものは何一つ望まなくなります。
人生は、絶え間ない愛の発露とならなければなりません。
今、愛は、抑制された、利己的な方法で表されています。
愛は社会への奉仕という形で表される必要があります。
愛は、他の人々に捧げ、他の人々と分かち合わなければなりません。
そうすることで、愛は互恵的な、絶えず拡大していく体験となるのです。24/11/87