サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

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神さんて意地悪やな、

2014-04-03 00:00:25 | 日記
http://bccks.jp/bcck/121362/info
Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」四部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
http://bccks.jp/store/114521
ポニョ:昨日でようやく予定通り連続六ヶ月記事更新が終わりました。当初、ブログは一ヶ月間で終わってその記事を電子本にしてそれで終わりの予定やったんやけど六月まで伸びてしもたな。もうこうなったら、サイババさんが再降臨される迄続けよか?

ヨシオ:何年かかるか分からないで。でも少なくとも2018年までには再降臨してもらわないと。俺はこのプロジェクトに関わってもう長い間経つけれど、今は五番目の段階にいてるんや。

ポニョ:それまでの四つの段階って何やったんや。

ヨシオ:俺は小さい時から神様を探してたんや。それでやっと見つけたんが三十歳過ぎてからやったんや。それが第一段階。

二つ目は、地軸が傾いて津波が来るって知ってたから、そのための準備をする場所を見つける事や。

ポニョ:あんたの亡くなった親父さんが、あんたが生まれた時に夢を見られたんやろ。地球の地軸が傾いて大津波が来たあと、朝が来て世界が平和になるって。だからあんたの名前が、世界の世に、水を表すさんずいへんに朝と書いて潮やったな。それでヨシオって読めるもんな。

ヨシオ:その夢の事を直ぐ、後産で苦しんでいる俺の母に興奮して親父が言ったんで母もその事を余り覚えてなくて、何十年も経って俺がこのプロジェクトについて母に説明してる時に、母がアッ思い出した。世潮のお父さんも同じ事言ってたで、って言って教えてくれたんや。
それまでは、「世界の潮流」というのが俺の名前の意味やって思い込んでいた。変な新聞の解説欄みたいな名前やなって思っていたんや。

ポニョ:親父さんもあんたが生まれてから、すぐに亡くなられたしな。そして、サイの組織の偉いさんがあんたとこにやって来て、サイババさんのメッセージを伝えにやって来てくれたんやったな。

ヨシオ:その時は少し驚いたな。だって一人は統括世話人でもう一人はナショナルコーディネーターやったから。二人ともサイの組織の中では有名な人やし、なんで俺を探しに五千キロメートルも離れたところからわざわざ来られたんやろって。それも、ババがわざわざ俺の持ってる写真を見たいって言われているのでインドへそれらの写真を持って行って下さいって言われたんや。三つ目は、いろいろとその為の準備をする事。

ポニョ:その時にサイの帰依者の青年をサイババさんがよこしてくれたんやったな。

ヨシオ:三年間も無休、無給で働いてくれたな。そして四つ目がこのプロジェクトを世に知らしめることやった。

ポニョ:ババが1997年の12月11日に知れ渡ると言われたんやろ。そして、その日にテレビやラジオ、新聞に雑誌などが一度にやって来たんやったな。

ヨシオ:俺が一番毛嫌いしてるマスゴミを相手にせないかんて、なんかのカルマやろうけど、俺たちはエゴをやプライドを持った釘と一緒やから、トンカチである神さんが、俺たちを叩いてそれを低くしてくれはるんや。
だから、神さんに叩かれるのはええ事なんや。神様の仕事をしたらたくさん叩かれて当たり前や。

ポニョ:釘って叩かれるものやもんな。叩かれて文句言う釘は釘と違うと星やんもいつも言ってたぜよ。

ヨシオ:だって、神さんは俺たちに与えてくれたこのプロジェクトも要らないし、この地球や人類だってお遊びで創ってられるから、遊びに飽きたらいつでも破壊される。
また、違う人類や文明を何処かの星で創られても遊ばれるだけなんや。
俺たちはただ、これらの事を通じて、自分のエゴやプライドなどを少なくなるようにすればええんや。
それが、この世に生まれ変わった主な理由であって、俺たちは何もこの世に起こるいろんな事件や出来事に必死になったり、悲しみにくれたりする事なんて何にも無いんや。
ただ神様から離れ離れになってるという思いやエゴを無くして行けばええんや。

ポニョ:そのために神様の名前を唱えるって大事な事やと分かるな。自分は神様と違うぜよ。その証拠においらの名前は、田中や、神田や、いや阿部や。おいらがしてるんや、これはおいらの物や、と思い込んでいるエゴを無くして行くって事やな。

ヨシオ:この世にあるもの、目に見えるものや見えないものも含めて、全て名前がついているやろ。それらは全て神さんが創られたものなんや。神さんが俺たちの後ろにおられて全てをコントロールされているんや。だから本当は自分というエゴが入る隙間なんてこれっぽっちも無いんや。

ポニョ:それで話は元に戻るけど、今は五番目の段階って言う訳やな。日本の人々にもそういう事をお知らせするんや。

ヨシオ:ババは俺にサイの組織から離れたところで働きなさいと言われたので、俺は何処にも属していない。だってこんな俺たちがしてるプロジェクトをサイの組織が関与したらカルトグループみたいになるやろ。だから距離を置かないといけないんや。
それにサイの組織では俺たちが信じているような天変地異のような事は起こらないというのが公式見解なんや。
ババさんも実際公式には、そんなメジャーな天変地異は起こらないと言っておられる。

ポニョ:神様が言われているようなメジャーな天変地異って地球そのものの破壊ぐらいの規模やろ。いや、それさえも小さいかもしれないぜよ。
でも、なんで今までいろんな人たちに未来の地図なんかを物質化しはるんや。
ババは意味のないことを絶対されないよな。

ヨシオ:意味がある事が起きるんや。そしてそのあと、少しの間世界は闇に覆われる。これが六番目や。

ポニョ:ということは七番目がいよいよババの出番やな。イヨー!千両役者、待ってました。

ヨシオ:そうやな。世界中の空に現れたりするのを全ての人たちが目撃するんや。そして、世界の全ての人々が人類史上、最も凄いババの奇跡を体験して神聖化されるんや。その時に今、俺たちのブログを読んでおられる人たちは、ババのことを何も知らない人や、ババの教えを誤解している人たちの水先案内人になって神様の方に導いて行くお仕事が待っているんや。

ポニョ:そのために、あんたが、十年以上もかけてSai's Messages for Yhe Golden Ageという本を作ったんや。

ヨシオ:もちろんその時にはサイの組織が中心になって、人々の啓蒙活動をするやろな。俺たちもその時にはサイの組織に戻って一会員になる時かもしれんな。まあ、この後もいろんな段階があるけど今日は長くなったからこれまでにして、過去記事の再掲載をする予定なんやろ。

ポニョ:と思っていたけれど、誰かさんが話すぎてスペースが無くなってきたんで、今日はちょっと、まだこのブログで紹介出来なかったサイババさんのエピソードを一つほど、紹介してくれるか?

ヨシオ:誰かさんって誰やねん。もちろんや。それじゃある帰依者の方がサイババさんのイジメにあった話をしようかな。

ポニョ:面白そうやぜよ。愛の化身の神さんでもイジメをされるんや。

ヨシオ:その婦人はサイババさんにいつも料理を作られていました。
ある日、ババはその婦人を夜中にそっと起こしてこう言われました。お母さん、僕、少しお腹が空いちゃったからドーサを作って欲しいな、と。
その婦人は眠い目をこすりながら、それじゃすぐに作ってあげるからねと言ってて台所に入り三枚のドーサを作ろうとしましたが、ジュ~という音がするのでババは音を出したらみんなが起きるので出してはいけないと言われたのです。それで、お母さんは私は料理をしますがあなたが音を消して下さいと言うと、本当に音が消えてしまったのでした。そしてそれらをババに渡しました。
ババは台所にある小さい箱の上に座りながら美味しそうにそれらを全て食べられたのでした。
悲劇は、次の朝に起こったのです。

ババは朝に起き出してくると苦しそうな表情をされて、胃を押さえていました。
そして、帰依者達がババにどうされたんですか?と聞くと驚くべきことを言われたのでした。
あの婦人が僕を夜中に叩き起こしてドーサを三枚も食べるよう言ったんだ。僕は断ったんだけど、無理やり食べさせられてお腹が痛いんだ。とその婦人を横目で見ながら言われたのです。
そこにいた全ての人々の糾弾するような眼差しがその婦人に向けられました。
そして、ババを子供のように思って大事に世話をされている年配の帰依者が、これだからあなた達がアシュラムに来るとババが身体の不調を訴えられるのです。欲しくもない物をババに無理やり食べさせるなんてとんでもない話や。その婦人を批判しました。
そして、周りにいた人々も口々に罵ったのです。

その婦人はひどく打ちのめされて、精神的にもズタズタになり、人々に言い訳もせず部屋の隅で泣きながら荷物を片付けて家に帰る用意を始めました。
人々がいなくなり、その婦人が一人でカバンに荷物を詰めこんでいるときに、ババが走ってやって来ました。そして、こう言われたのです。

あれ~。帰っちゃうのか。どうしたの。ちょっと悪ふざけをしただけなのに。お母さん、あんた泣いてるの。涙が出てるよ。ほら、僕の手の甲に一粒落ちてきたよ。」
と言ってその涙を口に付けながら、このあなたの涙は良い味だ。お母さんは怒ってるんだ。分かった。このババは悪い子だ。お仕置きをしようかな。と言って自分のほっぺたをきつく叩かれたのです。
お母さんは慌ててそれを止めようと手を押さえたのです。
ババは、お母さんが笑ってくれたら僕は、自分でお仕置きしないよ。だから笑ってくれる?
と言いました。お母さんは、作り笑いだったんですが、少しニコッとしました。
ババはそれを見て、お母さんが笑ってくれた。と言って笑いながら幸せそうに走り去られたのです。

実は、その当時マンディールには多くても、五十人ほどの人しかいなかったのでその婦人が食事をいつもババに給仕しているのを嫉妬している人も数多くいたのです。
そういう嫉妬の想念をいつもその婦人に向けられていたのを、ババが一芝居打つことによって人々の中から解放され、その婦人をネガティブな波動の攻撃から救われたのでした。
このように、神様が何をされても、あるいは何もされなくても、それはその人の為なのです。
一見すると神様は、不都合な事や、帰依者を差別的に扱っているように見える時があります。
また人生に於いても、突然の親しい身内の人の死に直面したり災害にあったりします。
でもこれら全ての事は神様があなたがこれらの困難を乗り越えて強くなって欲しいと願って与えられているのです。
(カエルを乗り越えてどうするねん)


一度神様に心をお預けすれば後のことは全て面倒見てくれるのです。
決してあなたが耐えきれない程の災いを与えることは無いとババも言っておられます。
あなたが体験するいろんな事はあなたの為に神様が愛で持って準備された事なのです。
それゆえ、神様は愛の化身と言われているのです。
何が起こっても常に笑顔を忘れずその困難を乗り越えて行きましょう。

“神は愛の化身です。
神は、神の愛によって全人類を守護しています。
皆さんに愛がありさえすれば、それで十分です。
そうすれば、皆さん全員が一つに結ばれるでしょう。
言葉や行動によってお互いの間に距離を作るべきではありません。
すべての人を愛によって自分の近くに引き寄せなさい。
そうすれば、あなた方は皆、神のそばにいられるようになるでしょう。
あなたが愛を込めて他の人を見るなら、神も愛を込めてあなたを見ます。
どんな状況に置かれたとしても、決して怒りや嫉妬、偽善や虚栄を示してはなりません。
他の人に怒りや憎しみをもって接してはなりません。
あなたの愛を感じることによって、他の人々の中の愛も増大します。
あなたが他の人に愛をもって接すれば、その人もあなたに愛を示すでしょう。
これに対して、もし怒りを示すなら、その人もあなたに怒った態度をとるでしょう。27/1/07”

“あなたが愛しているのはせいぜい一人か二人でしょう。
もし、あなたが愛そのものとなるなら、あなたは無限となり、すべてを愛せるようになります。
ですから、愛する者になるのではなく、愛そのものとなりなさい。
神は愛の化身ですから、あなたは愛を通じてのみ、神を悟ることができるのです。
月は月の光でのみ見ることができる様に、あなたは、愛を通して愛そのものである神を体験し、その結果、至福を享受出来るのです。STPS2p239”

“自分の中に優しさがないから、どこかに愛の化身を求めにいくのでしょう?
もしあなたが優しい心を持っていたなら、愛の化身は私たちの前に下に上に家の中に外にと、いつも私たちと一緒にいるはずです。
その人自身が自らの内に持っているものを外に探しに行きますか?
あなたがそれを持っていないからこそそれを探しに行くのでしょう?17/2/96”

“さあ皆さん、私のうちに、あなた自身を見なさい。
なぜなら私は、あなた方全ての内に私自身を見ているのだから。
あなたは、私の生命であり、私の息吹、私の魂…あなた方は皆、私の化身なのです。
私があなたを愛する時、私は自分自身を愛しているのです。
あなたが自分自身を愛する時、あなたは私を愛しているのです。
私は私自身でいられるように、私自身から私を分離したのです。私は私自身でいられるように、私自身から私自身を分けて、この世の全てのものとなったのです。
私は私自身になりたかった。
私自身 、それは至福の化身、愛の化身…それが、本当の私であり、私はそれになりたかったのです。
どうすれば私は至福の化身、愛の化身になれるのでしょうか。
どうすれば至福を得て、それを与えることが出来るのでしょう。
私は誰に至福を与え、誰に愛を与えることが出来るのでしょうか。
それゆえ私はこのようなことをしたのです。
つまり、私は私自身から私を分かれさせて、この世の全てのものとなったのです。PD27”


マレーシアにある水の上に浮かぶモスクです

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キャンディは甘いか痛いか?

2014-04-01 00:00:19 | 日記
http://bccks.jp/bcck/121362/info
Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」四部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
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ポニョ:今日は、ダルシャンの思い出を少し記事にしたいと思ってるんだわさ。ほら、あんたのキャンディの話や。あれ結構面白かったぜよ。

ヨシオ:俺にとったらあんまりええ思い出じゃないけれど、でも振り返ってみるとババさんってすごいなって思うな。俺がダルシャンでババの動きを注意深く見ていても、普通の人の動きと全然違うんや。目は誰かを見て、その間違う人と話されていて、手はもう歩いて過ぎ去った人の手紙を取ろうと後ろに伸ばされているんや。
サイババさんはそのお姿だけを見ていたら、俺たちと変わらない一人の人間やけど、中に入っている魂は全てを司る宇宙の神様やからとてつもないパワーや叡智を持っておられるんや。

ポニョ:それを垣間見ることが出来るのがダルシャンやったな。サイババさんのダルシャンでおいらが気付いたのは、サイババさんは目の筋肉を最大限に使われるって事やぜよ。普通、人がものや人を見る時は、首を回してそちらの方を見るやろ。ところがサイババさんは、首を回さずに目だけを見たい方向に向けて見られるんやぜよ。体力を温存する為に省エネをされているなって感じがするぜよ。

ヨシオ:それって体力を温存する為にされている訳じゃないやろ。首を回さないだけで一体どれだけ省エネ出来るんや。

ポニョ:でもあんたもやってみ。結構難しいぜよ。商店街を真っ直ぐ前を見ながら首を回さずに目だけを動かして歩くんや。結構感覚器官をコントロールしないと出来ないぜよ。という事でここで、過去記事からの引用をして見ましょう。

ミツバチが、その花の蜜の味を一度知ると、そこにまた戻ってくるように、

ヨシオは、次の三年間の間に五回もアシュラム詣でをした。

しかし、いつ行っても日本人はとても少なかった。

ある日、サイババさんに尋ねた。

「あなたは、日本人のことをお忘れですか?どうして、彼らをここに連れて来られないのですか?」

サイババさんは、「日本は、マスコミがとても発達している国だ。私が意図すれば、マスコミを通じてすぐに日本中広まるのだ。」

「それほど、日本の事が気になるのだったら、一週間後に第一回全国サイババ大会が開かれるので参加すれば良い。」

「ただし、お前は日本のサイの組織に関わってはダメだ。」

「第一回全国大会だけ出て、帰りなさい。」

「もし関わっても、将来そこから飛び出すであろう。」

「お前には向いていない」

「お前の仕事は、オーストラリアだ。」

「また、第一回全国サイババ大会に参加した日本人のうちXXX(グル)から来たものは、暫らくすれば組織から飛び出ていなくなるであろう。」と言われた。

そのグルはとても金持ちで、シンボルカラーのブルーに塗られた自家用のジャンボ機も持っており、サイババさんに会いに自分の信者たちを引き連れて、ベンツを何台も連ねてやって来た事がある。

ちょうどダルシャンの最中だったのにも関わらず、ボランティアの制止を無視してそのグルは女性の方からダルシャン会場に入り、ダルシャンを与えておられるサイババさんにいきなり抱きつかれたのだった。

サイババさんは、微笑みながらゆっくりとそのグルを両手で押し、そのままダルシャンを続けられた。人を通じて後でカレッジの教室で会う。とメッセージを伝えられた。

そして、教室でそのグルの信者に指輪を物質化して与え、グルとは何も話さずに信者とだけ言葉を交えて出て行かれた。

後になって、あの信者は特別なものを持っているが、あのグルはただの普通の男だと言われた。

サイババさんの言われた通り、暫らくすると第一回全国大会に来ていたそのグルの組織に以前属していた日本人は、ほとんど見かけなくなった。

ヨシオは日本の大会に間に合うように、日本語バジャンを3日間で27曲作詞して嫁と母親と三人でテープに録音し、その後すぐに日本に飛び、そこで星やんに出会ったのだ。
(それからの事はこのブログの一番最初の記事、「神様との約束」を参照して下さいね。)

また、ぜひ子供達にもサイババさんを会わせたいと思い、嫁や子供たちも連れて行った。

その頃、サイババさんは、キャンディが山盛りに積まれたお盆からそれらをわしづかみにされて、帰依者達にばらまかれるという事をよくやられていた。

大人も子供のようになって、神の化身が触れたキャンディは縁起が良いと、それらを取り合うのだ。

ヨシオには、その頃三歳になったばかりの次男がいた。以前、インタビュールームでサイババさんが祝福してもらった子だ。

彼は、周りの人達から、キャンディボーイとあだ名をもらっていた。

というのも、サイババさんはいつもこの子をめがけて、毎日キャンディを投げられるので、この子の近くに座れば、おこぼれをもらえるのでそんなあだ名がついたのだった。

その日も、何時ものようにキャンディを次男をめがけて投げられたが、少し後ろの方に席を取ったので届かず、周りの大人達に全部キャンディを取られてしまったのだ。

サイババさんは、そのまま行き過ぎてしまわれたが、次男は楽しみにしていたキャンディをその日はもらえないので、少しべそをかいた。それを見て、ヨシオは思わず、

宇宙を創造されるほどの、

お力を持たれた神様が、

キャンディを投げる力が足りなくて、

子供に届かず、べそかかす。

そういう摩訶不思議な事もあるもんだと。

われ思うに、いと、おかし。

と、口ではなく、心を滑らしてしまった。

すると、十メートル程も先の方へ歩いて行っておられたサイババさんの歩みが止まった。

ヨシオは、いつも自分の心とサイババさんが繋がっているのを知っているので、自分の心の中での独り言に気を付けるようにしていた。

「しまった!」と思った。でも、もう手遅れだった。

サイババさんは、立ち止まったまま、首だけを大きく回して後ろを振り返られた。

ヨシオは、背中に寒気が走った。

サイババさんは、ヨシオを暫くの間見つめられてから、再び何も無かった様に歩み始められた。

ヨシオにとっての次のダルシャンは恐怖だった。サイババさんは、何かを自分にするか、それとも何か言われるということを、今までの経験によって容易に想像できた。

それで、わざと会場に遅れて行き、後方の席、しかも普通だったらサイババさんがそこまで絶対来ないし、誰もそんな所に座らない会場へ続く階段に次男と座った。

そこからは、一番後ろに座っている信者まで十メートルは離れていた。まさかここまでは来られないだろうと思って安心していた。

サイババさんが現れた。そして、差し出されたお盆に山積みになっているキャンディをわしづかみしたまま、ヨシオが座っている階段にまで一直線に歩いて来られた。


ヨシオは、そこから逃げ出したい気分だったが、そうはいかなかった。周りを見回しても、どこにも逃げ場はなかった。

気が付くと、目の前にサイババさんが立っておられた。

ヨシオは、目の前に立っておられるサイババさんを正視出来なかった。

これから、何が起こるのか知っていた。

そんなに後ろにまで今まで行かれたことはないので、会場にいた全ての人々の目が、これから起こるであろう神聖な神の劇の行方に注目していた。

そして、それはすぐに起こった。

サイババさんが大きく手を振って目の前で、幼い子供と一緒に座って怯えている信者に向かって、思いっきり至近距離から手にいっぱいのキャンディを投げつけたのだった。

ヨシオの髪の毛の中や、シャツのポケットの中、とにかく身体中キャンディだらけになった。

皆は、神の創造した悲劇を見て笑い転げていた。

ヨシオは、心の中で「もしもし、サイババさん。少し痛かったですよ。」

「あなたの教えを自分自身で破ってはいけないでしょう。」

「非暴力の教えを、御自身で実践しましょうね。」

「復讐もしてはいけないとおっしゃったではないですか。」

「これを日本では十倍返しと言うんですが、サイババさん。もしもし聞こえてますか?」

と思ったがすぐに打ち消した。というのも、またその思いも読まれ、後で痛い目に合うかもしれなかったからだった。

外に神を探しに行く道は、決して神には届かない

どんなに、巡礼を重ねてもその道は行き止まり

真の神への道は、己が神だと悟る道

真の信者は、外を探さず、内探す

実は、信者と神はずっとずっと一つだったのだ

神はお前で、お前が神だったのだ

二つは一つで、一つが二つに見えるだけ

そんなトリックに引っかかり、人が困っているのを見て

陰で喜んでいるのって、だーれだ


ヨシオ:あの時は、恥ずかしかったな。笑いものになったて感じやったしな。でも、息子はキャンディをたくさんもらったのでとても喜んでいたな。

ポニョ:おいらが聞いた話で面白かったのは、マドラスからサイの帰依者でない男の人が、帰依者である奥さんの手紙を持ってダルシャンに来られた話や。ババは手紙を取られた途端、その手紙をまたその男の人に投げ返されたんや。それを見ていた周りの人は少し笑ったりしてたので、その人は少し恥を書いたような気分になり顔を赤くされていたんや。

ヨシオ:そら誰でも恥ずかしいやろな。それでその人は手紙の内容を知ってたんか。

ポニョ:ああ、知ってられたんや。それには奥さんが息子の見合い相手だった四人の花嫁候補の名前が書いてあって、サイババさんにどの娘さんがええのか聞こうとされていたんや。その後、旦那さんが家に帰って来られたので奥さんが「どうでした?サイババさんは手紙を取って下さいましたか?」と聞くと、旦那さんは「これが答えじゃ。俺は大変皆の前で恥をかいたんじゃ」と言って奥さんに手紙をぶつけられたんや。
で、奥さんは「ちょっと待ってあなた。」と言って手紙の封を開けると、四人の娘さんのうち三人の名前が塗りつぶしてあって、一人の娘さんの名前だけがそこに残っていたんや。

ヨシオ:すごい話やな。でも四人の娘さんから選べるってなんてラッキーな息子や。
それも、神さんが選んでくれるんやもんな。以前サイの大学の卒業生同士を紹介して結婚させた話があったけど、ババさんが嫁さんや旦那さんを紹介された結婚話は、二人の相性が全く正反対の場合が多いらしいな。だから結婚当初上手くやって行くのが大変らしいで。

ポニョ:その方がお互い理解するのに努力せなあかんし、結婚生活自体が霊性修行の場になるんやぜよ。

ヨシオ:ハートがきれいだけでは、神を見れない。そにきれいなハートを愛で満たさなければいけないと言われているけれど、人生って生まれてから死ぬまでハートを愛でどれくらい満たせて行くかの旅なんやろな。ポニョは胃袋をどれくらい満たさなければいけないかが、幸せかどうかの尺度やけどな。

ポニョ:おいらの胃袋の事はほっといてくれますか。

ハートが清らかであっても愛で満たされてなければ、神の御姿を映し出すことは出来ません。14/4/1993
ユニークな神聖な力が自らのうちに存在するにもかかわらず、人はそれを認識することが出来ません。何故でしょう?
それは日常生活の中で人々が単に外的世界を見る目しか培わず、内面を見る目を育てる努力をしていないからです。
正しい探求をなし、そして心とハートの清らかさを得るならば、人は自らのうちにブラフマンの本性と機能が存在するという真理を認識することが出来ます。
計り知れぬ大きな力が自らのうちに潜み、全てに影響を与えようと待ち構えているにもかかわらず、人が自分自身を無力で弱い存在と考えるのは哀れなことではありませんか?
大宇宙には神が浸透しています。しかしそれを認識できるのは、ハートが愛で満ちた者のみです.心が憎悪でいっぱいの人の見る世界は、憎しみだらけです。
ハートに愛が培われる時,善と悪との二元を超越し神と一体となる歓喜を体験することが出来るのです。18/10/91
ハートが清ければ何事も成就できるのです。
運命でさえ、人の意志によって変える事が可能です。1/1/93
ハートを清めるように努力しなさい。それにはどうすればよいでしょうか?
一つ;神への瞑想によって。
二つ;社会奉仕によって。この二つによってのみ、ハートを清めることが出来るのです。
神の愛を得ることが出来たなら何事も叶うことが出来ます。
あなたの内に神への信愛はあります。それを用いて神の愛を得なさい。4/97
この世で永遠のものは何か?人生の目的は何か?
これらのことを自問する時、人は正しく答えることが出来ません。
人々は幸福になろうとして、学び、仕事に就き、妻を娶り、子をもうけます。
しかし彼らには平安がありません。それはなぜでしょうか?
平安を享受できぬ原因は、欲望を持っているからです。
ハートを清めなければ、全ての欲望はただあなたを不安へと連れてゆくだけなのです。
そのうえ、ハートの不浄は多くの病気の源です。
ハートが清らかであるならば、病気にかかりません。
では、どうすればハートを清らかにすることが出来るでしょうか?
神さながらの思いを培うことより他に、方法はありません。11/4/1997


見つめ合うと素直にお喋りできない 、

2014-04-01 00:00:16 | 日記
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Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」四部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
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ヨシオ:俺は若い頃、すぐに激したり熱くなってしまうんや。スポーツを見ていても大きな声を出したり、興奮したりするんや。でもサイババさんを知ってから、人にずいぶん変わったって言われるな。

ポニョ:おいらがあんたに初めて会った時に、もの静かな人やなって思ったで。人が喋りかけなかったらなんにもしゃべらんし、喋りかけても必要最低限の返事しかしないやろ。それに、すぐに返事しないでちょっと考えてから答えたりする。なんて用心深い人かなって思ったわ。人と人の会話って間が大事やろ。あんたと話してるとその間が途切れるんや。だから、面白くない人やなって思ったぜよ。

ヨシオ:もちろん、昔からそんなんだった訳では無いんや。ババの教えを少しずつ実践して来たらこんな変なキャラになったんや。ババのせいやな。

ポニョ:神さんのせいにしてどうするんや。でも、おいらもあんたと初対面の時は、この人変わった人やなと思ったけど、慣れてきたらそっちの方がええなって思うようになって来たな。実際、どういう風にして熱くなる性格を変えて来たんや?以前の記事にもあったけど、あんた随分悪さをしてきたみたいやし、神さんにも啖呵を切るぐらい直ぐにぷっつん来るし、オーストラリアでも高校のバスケットのコーチをやってる時にプッツン来て、試合中にベンチを蹴り上げたり、でっかい選手を押し倒したりして選手が震え上がってたっていう話を聞いたことがあるで。
まるで、桜ノ宮高校の先生みたいやったって。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/91db6236e4e9cebc33802636fed46f05
ヨシオ:俺が三十代までは熱血漢やったな。まだ、サイババさんを知らなかった頃はそんな感じやったな。でも、心をコントロールするるのが大事だとサイババさんが言ってられるから、自分なりにトライして来たんや。まず舌をコントロールしようと思って、食べるものに気をつけたんや。だってババは食べものが性格に影響するって言っておられるやろ。
だから、家族会議をしてババの教え通りベジタリアンになろうってみんなで決めたんや。母や嫁さんはどのようにしてタンパク質を摂ればええんや、とか当面ハンバーグだけでも食べようなんて言ってたけど、神様が人の身体を取って人類に教えを説いておられるから例外は許されないと思う、と言って最初は戸惑っていた母や嫁さんにも納得してもらったんや。それに嫁さんも、元々肉が好きじゃない人やったから。

ポニョ:誰でもすぐに菜食主義者になるって難しいやろな。

ヨシオ:その点うちの場合は、ある日、テレビでどのようにして肉が肉屋さんの店頭に並ぶか?というドキュメンタリー番組を見たんや。牛が屠殺場でどのようにして殺されて解体されて肉になって行くのかを家族で見て、とてもショックを受けたので、家族で菜食主義になろかって話をしていたとこやったから割とスムースに移行出来たんや。母は時々街に出かけた時に、一人で大好きな天ぷらそばとかを、こそっと食べてたみたいやけどな。

ポニョ:そら、おいら達より長く生きておられるから、いろんな嗜好があって当たり前やもんな。
そうか。まず食べ物から入って行ったんや。それって一番大事やもんな。

ヨシオ:そう。それが自分の霊性修行の基本や。これを妥協したり、スルーするとトランプのババ抜きゲームでババをいつも持ってるようなものになるんや。

ポニョ:それってええ事やないの。ババをいつも心の中に持ってるって。

ヨシオ:霊性修行をして行く上で毎日少しずつ自信というものが出来てくるんやけど、食べるものをコントロール出来なかったらこの自信はまず湧いて来ないやろな。

ポニョ:食べ物によってその人の想念が影響を受けるもんな。しばらく菜食を続けていた人が途中でやっぱりやめたと言ってまた肉を食べ始める人がいるけれど、そんな人が、急にいろんな押さえきれないような想念や熱情が心からほとばしり出て来る事に気付いて、またすぐに菜食主義に戻る人がいるよな。

ヨシオ:俺の周りにも何人かいるな。そう言えば星やんもそうやったな。
だから霊性修行で一番の基本は、菜食主義を貫き通すことなんや。日本ではとても難しいけど、やってる人はたくさんいてる。

ポニョ:あんたが教えてくれたインドの菜食レトルトカレーは最高やね。安いし簡単に出来る。

ヨシオ:俺たちが買っているのは、一パック200円のカレーなんや。とても辛いので、一人分の時はその半分だけを使うんや。それにキャベツやらさつまいもを入れればちょうど良い辛さになる。確か日本でも売ってるよな。

ポニョ:ある読者の方がこれを食べて簡単に菜食になれました、と言っておられたな。
話は戻るけど、舌のコントロールやけど、話す方のコントロールは難しいやろ。

ヨシオ:俺たちのように、まだそんなに霊的高みの上の方にいない霊性修行者は、少し人里離れたところに定期的に行った方がええんや。その反面、霊的高みにいてる人がこの世に生まれ変わって来たら、人混みの中にいても自分の中にいる神さんをいつも感じながら世俗の中で生活して行けるけど、俺たちはまだそんなレベルじゃないからすぐにいろんな影響を受けるやろ。
だから、時々一日中自然の中でゆっくりして、神さんや仏さんの事だけを思って、一日を過ごすのは悪くないんや。
俺は子供の頃から沈黙の日というのを自分で設定して、誰とも何も話さない日を作っていたんや。もちろん学校に行けば授業中に答えなければいけないこともあるし完全沈黙は無理やけれど、でも必要最小限しか話さない日を週一ぐらいの割で実践していたな。

ポニョ:子供の頃って何才ぐらいからや。

ヨシオ:小学生の低学年の時やったな。とにかく、友達の近くにいれば話してしまうので、休み時間になるとスッと校舎の裏などに行って一人で過ごしてたな。

ポニョ:変わった奴やと思われてたんやろな。

ヨシオ:その沈黙の行は今も続けているんや。ガンディーも有名になってから、いろんな訪問者が来たけど、訪問者が来てもその人と話すのを拒否し、どうしても伝えなければいけない時は紙に返事を書いて思いを伝えていたけど、本当の沈黙の行はそうしてもだめなんや。
でも沈黙の行の日に、俺のように子供がいたりして、生活して行く上でいろんな義務が発生する人は、少なくとも自分の社会や家族に対してする義務を、そういう修行より優先しなければならないんや。でないと利己的な霊性修行者となってしまう。
大事なことは、自分が神の元へどれぐらい毎日のお祈りや瞑想などの霊性修行をして近づけるかってことと、毎日の日常生活で自分に課された家族や社会に対する義務を結びつける事なんや。
そういう沈黙の行をしていて全く沈黙を守るより、ホームレスの人に暖かい声をかけて弁当を届け、一緒に横に座って話し相手になってあげる方が神さんは喜ばれるんや。

“人に奉仕をする事によって利己心は無くなって行きます。思いを良い行いをすることに向ければ、心は内心のおしゃべりから遠ざかるのです。”

ポニョ:人の困窮に目を背けて霊性修行をする寡黙な人より、神さんから頂いた口を人様の役に立てている人の方が神様に近いってことか。そう言えば、インドの聖者でヴィヴェカナンダという人が、私はインドに腹を空かした野良犬がいなくなるまで、その最後の一匹の野良犬の為にこの世に何度でも生まれ変わる。なんて言われたという話を聞いたことがあるけど。

ヨシオ:感動的な話やな。だから、そういう毎日のいろんな家族や社会に対する義務、人としての本分、正義の事をダルマと言うんやけど、沈黙の行というのは、そういう義務をする中で必要以上に喋り過ぎることなく、舌をコントロールする事なんやろな。もちろん誰かの悪口を言ったり、うわさ話をしたりする事は以ての外や。それに沈黙の行をしていても、何か心の中で妄想をしたり、テレビを見ていたり、新聞を読んだりして心は常に忙しく動いたままの人がいるけれど、沈黙の行というのはそうではなく、実は心を静かにさすための行なんで、ただ舌を動かさずに静かにすればいいってもんではないんや。だから舌のコントロールて言ってたけど、沈黙の行って実は心のコントロールなんや。

“内心で、ああでもない、こうでもないというおしゃべりは、朝から晩まで、心が疲れて眠りこけるまで続けられます。
それは、病気の原因となり早く老けさせます。
おしゃべりの話題は、主として他人の欠点や失敗、幸不幸です。
この絶え間ない会話があらゆる惨めさの根本にあります。
それは心を厚い暗闇で覆い、ますます速いスピードで厚くさせ、人としての純粋な価値を落としていくのです。”


ポニョ:でも、そういうことを分かって子供の時から沈黙の行をしてたんか。

ヨシオ:もちろん子供やからそんな事は全然知らんかったけど、俺の場合は、あれだけ毎日一緒にいて遊んでくれて、大事にしてくれた親父が俺が三歳の時に輸血した途端に突然死んでしまったんや。

ポニョ:今,輸血は危険だという話は広まっているけれど、その当時はもちろんの事、今でもほとんど人はそういう危険性が輸血に潜んでいるって知らんもんな。

ヨシオ:だから、親父がいなくなってとても寂しくて、毎日胸に大きな穴がポッカリと空いたみたいになって、自家中毒という精神的な病気になったんや。何を食べてもすぐに戻すし、親父に会いたくても会えないからどんどん痩せて行ったんや。毎日でっかい注射を射って栄養剤だけで体を維持してたな。
そういう状態の時に、心の中で親父の声が聞こえたんや。「お母さんが心配しているからしっかりご飯を食べや。お母さんは一人になってしまったから、世潮がしっかりしてお母さんの言うことを聞いて、お母さんを助けて生きて行くんやで。」というような声や。
俺がまだ四つの頃やったな。その時に親父の声を聞いて、「なんや親父がまだ自分の心の中に居てるやんか、みんなは親父が死んで天国に行ってしまったと言ってるけど、死んでないやんか、死ぬって身体だけなんや。」と子供なりに理解して心の中の親父と話すためには、心の奥深く沈潜しなくてはいけなかったので、沈黙の行を子供の頃からやってたんや。

ポニョ:心に深く沈潜すれば、心の中の神さんに会えるって言うもんな。

ヨシオ:神さんに会えれば言葉が出なくても意思の疎通ができるんや。

ポニョ:見つめ合うと素直にお喋りが出来ないか.....。

ヨシオ:なんやねんそれ。また桑田佳祐か。ファンなんか?

“寡黙な人は他の人を幸福にします。
なぜなら、嘘をついたり、批判したり、噂話をしたり、無駄口をたたいたりしなくなるからです。際限なく話せば、人から尊敬を受けなくなります。
その上、記憶力も低下します。エネルギーも失います。
もし、ラジオのスイッチを入れて、長時間ボリュームを大きくしたままにしておくと、たくさんの電力が消費されてしまいませんか。
それと同じように長時間話し続けると、あなたのエネルギーも、、また消費してしまうのです。神の声が聞こえるのは、常に静寂の中である。ということを覚えておきなさい。”


“おしゃべりの人は、すぐに他の人の噂話を垂れ流します。話好きな事と舌がスキャンダルを垂れ流す事は、双子なのです。それらは、お互いに共に仕事をするのです。~他の人の悪口を言う事は、とても大きな罪なのです。11/87”



“きつい言葉を使って他者に苦痛を与えてはなりません。
実際、他者は他者ではなく、あなた自身に他なりません。
なぜなら、同一のアートマの原理が万物のうちに存在しているからです。
苦痛を与える者と、それによって苦しむ者とは同一の存在に他なりません。
ですから、決して他者を傷つけるような話し方をしてはなりません。
私が皆さんに、しばしばおしゃべりを控えなさいと言うのはそのためです。
しかし、皆さんは私の言葉を真剣に受け止めていません。
皆さんは、話し過ぎることが将来どれほどの災いをもたらすかを理解できません。”