サイババが帰って来るよ

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ヒステリーと愛

2017-08-31 16:00:15 | 日記
あなたの祈りが神に届くようにするには、「信仰」という切手と「愛」という住所を書き添えなければなりません。
もし信仰と愛をもっていれば、距離にかかわらず、祈りは神に届きます。
皆さんは、神に対する自分の愛が純粋で汚れのないものかどうかを見なければなりません。
神のテストに身をさらす覚悟をしなければなりません。
そうしたいくつかのテストに早く合格するほど、神のより近くに行くことができます。
あなたは人生の中で、あなたがどれだけこの世のはかないものに執着しているか、あなたがどれだけ神を渇望しているかをテストされます。
もし、神に対するあなたの愛が、浮世のものに抱いている愛の何十分の一しかなかったとしたら、神があなたに恩寵を注いでくれることがどうやって期待できるでしょう?7/10//97

ポニョ:インドと中国の軍隊がわずか100メートルの距離で対峙していたけれど、ようやく軍を引き離す事に合意して、危機が去ったぜよ。

ヨシオ:だから心配御無用って言ってやろ。

ポニョ:そうでした。取り越し苦労でした。というわけで、今日の話題に入っていきますね。聖者ラーマクリシュナさんが、一日の終わりに信仰している女神様のお姿を見神出来なかったら、一日を無駄にしたと言って泣いておられたやろ。神様を思って泣ける人ってなかなかいないぜよ。

ヨシオ:人はこの世界のものに対して、それが手に入れられないとか、思い通りに行かなかったとか、恋人にふられたとか、大事にしている物を失くしたとか、身内が死んだとか言って泣くけれどな。サイババさんがある学生に対して、もう一つ上の霊的レベルに昇れるようにする為に、完全に無視されたんや。ダルシャンで最前列に座っていてもその学生の前に来ると引き返したり、避けて歩いたり。もちろん目を見てくれないし、手紙も取ってくれない。インタビューなんて絶対にその期間は呼んでくれないんや。

ポニョ:帰依者になった最初のうちは、サイババさんは帰依者に「よく来たね。遠くから大変だったね。」とかなんとか言って大事にされるけれど、しばらくすると、「神さんを外側に追いかけるのをやめなさい。あなたのサイババはあなたのハートに中にいつもいるんです。この肉体のサイババではなく、あなたのハートの中のサイババさんを追い求めなさい。」という事を諭す為に無視されるんや。いつものよくやられる手やぜよ。

ヨシオ:でも帰依者がサイババさんに無視されて傷つく以上に、サイババさんも傷ついておられるんやで。それでその日のダルシャンで、サイババさんは、ブッカパタナムという隣の町に学校を建てられたので、初登校して来るその学校のピカピカの生徒たちに、鉛筆やいろんな文房具を配るので、何人かボランティアで連れて行くと言われたんや。そしてその日の午後にサイババさんの寝室があるマンディールの二階に全員集まって、そこで配る物を色々と手分けして整理し、その後皆でブッカパタナムに行きますと言われて、連れて行く学生たちを十五人ぐらい選ばれたんや。もちろんその無視されている学生はお呼びじゃなかったんや。でもその学生は今まで一回もマンディールの二階にあるサイババさんの部屋に行った事はないし、「一度だけでも行きたいな。どうして僕を無視されるんやろか?」と思って悲しくなって来たんや。それで、サイババさんはラーマクリシュナさんのように、心の奥底から神さんに呼びかければ、必ず応えて下さるという事を信じ、寮の部屋に戻ってサイババさんに「どうして僕を無視されるんですか?あなたは僕を嫌いになったのでしょうか?それとも僕が気づかぬうちに、あなたや誰かを傷つけたのでしょうか?あなたは帰依者が心の奥底からあなたを呼べば必ず応えて下さる筈ですよね。僕はこうしてあなたへの思いが叶えられないので、大変苦しんでいます。どうかどうか、僕を無視しないで下さい。」と言って悲しみのあまり子供のように泣きじゃくりながら、ベッドの上で祈ったんや。そして「サイババさん。僕は今、本当に心の奥底からあなたに話しかけています。あなたが言われたように、本当にハートからお願いしているんです。どうかどうかお願いします。また元どおりの優しいサイババに戻って下さい。今すぐ、僕の部屋に来て下さい。そして僕を慰めて下さい。今すぐ来てくれないと、僕はあなたの教えが嘘だという事になりますよ。帰依者の心の奥底からの願いを神様は叶えるって言われた事は嘘なんですか?それじゃ僕は嘘を教えられて来たのでしょうか?いまこの部屋に来てくれなければ、あなたの教えが全て嘘だったという事になり、僕はあなたから離れて行きます。それでも良いんですね。」と大声を出してベッドや床を転がりながら取り乱して泣いていたんや。

ポニョ:それって星やんと同じやぜよ。星やんもサイババさんに無視された時に、ダルシャンでサイババさんの足にラグビーのタックルみたいに飛びついて、両手で抱えて離さなかったんや。そして「どうして僕を無視されるんですか。僕が知らず知らずのうちに何か罪を犯したのでしょうか?思い返しても心当たりが無いのです。スワミ!もうこれ以上耐えきれません。以前の優しい眼差しで見ていただけるまで、絶対にあなたの御足を離しません。どうか以前のように優しくして下さい。」と言って泣いたんや。セヴァダル奉仕の人たちが飛んで来て、星やんの両手を外そうとしたけれど、とても強くサイババさんの足を抱えていたから外すのに苦労してたぜよ。

ヨシオ:神様の真の帰依者になろうとしたら、ええ子ぶってたらなれないんや。って星やんはいつも言ってたよな。サイババさんに思いを届かすには、心の奥底から訴えないとサイババさんにその思い届かないんや。もちろんハートが澄み切ってきれいな帰依者だったらそんな事をせずとも、その人が少し思っただけで、すぐに神さんに伝わるんやけれど、普通の帰依者って程度の差こそあれハートが汚れているやろ。だからその汚れを、泣いたり叫んだりして心の奥底に届くぐらいの強力なバズーカ砲でぶっ飛ばさないと、神さんには届かないんや。

ポニョ:出ました。ルフィーのゴムゴムのバズーカ砲やぜよ。

ヨシオ:誰もそんな事を言ってないやろ。それで、その学生が床を転げまくって大きな声で泣き声をあげていたら、誰かがドアをノックしたんや。それで慌てて顔じゅう涙だらけだったので顔を洗い、髪の毛をとかし、身だしなみを整えてドアを開けると、サイババさんではなく先生が立っていてこう言ったんや。「今、サイババさんが私に君の部屋に行き、『全てはOKだ』と言いなさい。と言われたけれど、君の家族に何か不幸でもあったのかね。」と言ったんや。
それでその学生は「いや、そうではありません。」と答えると、先生は「サイババさんは、君をブッカパタナムの開校式に連れて行くメンバーに入れるのを忘れたので、君もサイババさんの部屋の二階に後で来るように言われましたよ。私が『後ほど寮に行く用事がありますので、その時のついでにその学生に伝えれば良いですか?』と言うと、サイババさんは『これはとても緊急なんだ。今すぐに伝えなさい。』と言われたから、こうして急いで来たんだけれど、本当に君、大丈夫なの?」と聞かれたので、「僕は大丈夫です。安心して下さい。ありがとうございます」と言って帰ってもらったんや。
ドアを閉めると、自分の心の奥底から祈りがサイババさんに届いていたという喜びで、さっきよりももっと大きな声で泣き始めたんや。するとまた誰かがドアをノックする音が聞こえたので、すぐに涙だらけの顔で開けると、別の先生が立っていて、その学生の涙だらけの顔を驚いて見ながら、「君、大丈夫なの。サイババさんがとても心配して、もしメッセージが伝わっていなかったら良くないので、私にも君の様子を見に行きなさいと言われたんですよ。君、本当に大丈夫なんですか?」と聞かれたので、「僕は本当に大丈夫です」と言って引き取ってもらったんや。
そして、これからサイババさんに会えるという嬉しい気持ちでいっぱいになり、自分が持っている一番素敵な白いシャツとズボンを履いて、サイババさんのところに行ったんや。でもその学生は、自分が部屋で取り乱して子供のように泣いたおかげで、サイババさんだけではなく、二人の先生にも迷惑をかけた事をとてもすまなく思って、顔を上げてサイババさんを見れなかったんや。
それでずっと床を見てたら、目の前にオレンジローブと、その下に小さな二つの足が見えたんや。それでゆっくりと顔を上げてサイババさんを見ると、サイババさんはニコニコしながら「さっきは、めちゃヒステリーを起こしてたな。あれは本当にひどいヒステリーだった。」と二回言われたんや。そしてその学生は恥ずかしさのあまり何も言えずにいると、サイババさんは優しくその学生の頭を撫でながら、「うん…ヒステリーではなく、愛だったんだよね。そう、あれは愛だ。」と言われたんや。

神はただの道具です。
その一方で、あなたの祈りは、あなたが困難や問題に勇気を持って立ち向かうの助けてくれます。
心からの真剣な祈り、深い神への信愛、強い信仰、心からの悔い改め、絶えず神を求める気持ち、そして、至高の神への愛は、あなたが人生で出会う一連の出来事を変更することが出来ます。
それらは神の意志を正反対のものにすることさえ出来ます。
あなたの過去世における悪業の結果、あなたが苦しむ運命にあり、困難に直面する定めにあるとしても、神はあなたの真摯な祈りと悔い改めに応え、あなたの人生の行路を変え、あなたを苦しみから救うでしょう。神は、あなたの神への一途な信愛を悦び、あなたに特別な恩寵を授けるのです。STPSp236~8
https://m.youtube.com/watch?v=9mseyDYYi_8



君の不合格科目は何ですか?

2017-08-30 16:00:10 | 日記
ポニョ:この前も言ったけれど、サイババ物語を途中で十回分スキップしたので、もう一度入れて、今、またサイババ物語を最初から読み直しているけれど、帰依者たちの帰依する心ってすごいなあと思うよな。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/5f464506f2ab14e01cba9ff0c518a4a3
ヨシオ:帰依の心は貯金のように前世から引き継いで来ることが出来るので、前世でも神さんの事を思って生きてきた人たちがこうしてまた、神さんの近くに生まれ変わられたんやろね。

ポニョ:でも、どうやってそんな帰依心を培えることが出来るんやろか。

ヨシオ:帰依の心って、きれいごとだけ言っていても、その人の中で育たないと思う。どうしてかと言うと、この世に生まれ変わってきた人は、例外なく全て何か不合格点があったから神さんのところへ行けなかった人ばかりやろ。
なのに、自分の不合格点を取った科目が何かを見つけようとせずに、他人の粗探しをする人ばかりやないか。他人の不合格点を取った科目なんて自分に何の関係もないのに。
自分の神さんに対する信仰心がどうしたら強くなれるか、それを、もっと突き詰めて考えないと、いつまでたっても同じ輪廻の車輪の中でウロウロするばっかりや。
神さんのテストって、自分が生まれ変わらなければいけなかった原因や理由に向き合わせてくれる事なんや。自分が前世で、どうしても克服出来なかったものを、また今世で向き合わないといけないから、それは往々にして決してきれいごとでは済まされないんや。
それらは、もっと自分の心の奥底にある、いわば、ブラックボックスの中にあるような、自分としてはこれだけは絶対に譲れないというエゴやプライドや欲望の塊なんや。

だから、ただバジャンをしたり、神さんの話をしたり、瞑想をしたぐらいでは、その自分のブラックボックスの中にあるドロドロとした自分のエゴやプライドや欲望と向き合うことが出来ないんや。
だから、サイババさんが、わざとその人がどれぐらいのプレッシャーでプッツン来るのか、どれぐらい自分が他人からモグラ叩きをされるとプライドが傷つくのかを、いろんな人の中にサイババさんが入り、その人たちを使って、帰依者一人ひとりをテストされるんや。

ポニョ:おいらも、昔あるプロジェクトで働いていた時に、チーフがとても性格が悪い人で誰も一緒に働きたくなかったんや。その人の下で働いた人はいじめれるし、こき使われるしやめた人も何人もいたんや。でも、ババの教え通り我慢してその人の良いところだけを見てやって行こうとしたけれど、とても難しい。でも、怒られたら、こちらに落ち度が無かってもすぐに謝ったり、チーフが喜びそうな質問をしたり、チーフが好きそうな会話をして出来るだけチーフの事を考えて接してたんや。それでも、いつも機嫌が悪いしもっと努力せなあかんと思っていたんや。
それである日、ババが言われたようにその人の事をもっと理解すればいいんじゃないかと思って、休みの時に家に遊びに行ったんや。
そうしたら、奥さんが「うちの人が、あなたの事をとても褒めてるからどんな人かとお会いするのを楽しみにしてたんですよ。うちの人、職人気質で難しいけど、あなたよくやってられるんですね。珍しいわ。うちの人と仲良く働ける人って。妻である私でも難しいのに。」と言われて、びっくりしたんや。
おいらのことを、いつも毎日、ボロクソに怒っているから気に入られてないと思ってたけど、実は気に入られてたんやと思って嬉しかった。
でも、途中で、何度もくじけそうになったで。腹立って勝手に休んだ時もあったし、涙したことも一度や二度じゃないで。

ヨシオ:へ~。ポニョにそういう過去があったなんて知らんかったな。その人の中に神さんを見てるから、そういうふうに我慢してその人の信頼を勝ち取れたんやな。
だから今の話では、ポニョのチーフがポニョに意地悪したけど、実はサイババさんがどれくらいポニョの忍耐心があるか試されてたんやと思うで。

ポニョ:ところで、おいらはそのテストに合格したんやろうか。

ヨシオ:もちろんやんか。だから、そのチーフのおかみさんが、ポニョの事を褒めてくれたんやんか。そのおかみさんの中のサイババさんが褒められたやろ。

ポニョ:何か嬉しくなって来たぜよ。

ヨシオ:ちょっとそのことに関係した話やけれど、サイババさんが、時々サイカレッジの卒業生同士のお見合いをされることもあるんや。
サイババさんが紹介される人は、その人と正反対の性格を持っている人が多いんや。
だから、性格が全然違うので、その人と最初から上手く結婚生活を一緒にやって行くなんてとても難しいで。
それで、サイババさんが結婚相手を紹介された相手と結婚すると、サイババさんの意図をよく知っている人たちは、「結婚生活は大変やで~。」と言って脅かすんや。
俺がいつも泊まっていたホワイトフィールドの宿泊所のオーナーの夫妻が、二人ともサイカレッジの卒業生で、ババが見合い結婚させた夫婦やけれどそんな話をしてたな。
以前も言ったけど、俺のインド人の友達も、ホロスコープで38項目のうち30から35ぐらい相性が合わないと結婚相手に相応しくないって言ってたんや。
でも、サイババさんが紹介される人は、さっきも言ったように正反対の性格を持っている人が多いので、結婚してから、その人の事を徐々に理解して、その人とうまくやって行くこと自体が霊性修行となるんや。
だってその人との結婚生活で、いろいろと自分では納得出来ない問題が、その人との間に持ち上がるけれど、それを二人で何とか一緒に解決しなくてはいけないやろ。
それは簡単な事ではないんや。お互いが持っているドロドロしたものが浮き彫りにされて、それらと向き合わななければいけないから。
でも、寛容と愛の心で、お互いに助け合って、神さんの元に行くのが結婚の本来の姿やから、途中で「こんな結婚やーめた。」なんて言ってられないしな。
嫁さんとババ

ヨシオ:インド人の友達が、結婚相手の相性をホロスコープで探すプログラムを持ってるけど、そのプログラムによれば、俺たち夫婦に共通するものといえば、二つの目と、一つの口、二つの耳ぐらいやった。

ポニョ:なんやねん。それって。ちょっとひどすぎるやないの。

ヨシオ:そうなんや。俺はもう還暦をとっくに過ぎてるし、嫁さんと最初に出会ったのが高校生の時やったから、もうかれこれ47年前になるけど、やっと最近、嫁さんのことが理解出来るようになったと思っているんや。

ポニョ:えらく時間がかかったな。でも、人のブラックボックスの中を覗くって、なかなか難しいよな。普通、人は猫被りをして、自分の悪いところを人に見せないようにするもんな。

ヨシオ:それを、いろんな機会に暴いて、その人にブラックボックスの中にあるものと対峙させ、それらを克服することをサイババさんがされているし、そういう事を期待されてるんや。
だから、以前紹介したエピソードの中にあったやろ。料理担当の女の人を怒らせたり、クッパンのお母さんにプレッシャーを与えたり、普段そのブラックボックスの近くにも行かず、蓋も開けようとしない人たちに、自分のブラックボックスの中身を見せつけることをされるんや。

ポニョ:つまり人がこの世に生まれ変わらないといけなかった理由を教えて、それを克服して欲しいと思っておられるんやな。
でもいつもおいらが感じるのが、あんたみたいな組長ってあだ名が付くぐらい柄が悪い奴が、何で霊的な道を歩んでいるのかが不思議でよく分からなかったけれど、あんたが、サイババの帰依者になった頃に、サイババさんが夢に来られた話が面白かったな。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/91db6236e4e9cebc33802636fed46f05

ヨシオ:あれはサイババさんが、俺に一番最初にくれたメッセージやったな。ブラックボックスの蓋を開けて俺にドロドロしたものを見せてくれたんや。俺が生まれ変わらなければいけない一番大きな理由は、プライドが高いという事やったな。
その時は、何クソこの守護霊のおっさんと思って久々に啖呵を切ったけど、今になって見たら、この人生で克服しなくてはいけないものを教えてくれて、すごく嬉しかった。感謝してます。


バリ島のサイババ

2017-08-29 16:00:02 | 日記
クリシュナはアルジュナに必要とされる忠告をすべて与え、アルジュナの捨てたエゴを受け取ったあと自らの意思のままに行為する自由を与えました。
アルジュナの意思は完全にクリシュナのものとなったからです。
このようなレベルに達した弟子には自由を与えなければなりません。VVc12

ポニョ:ミサイル発射騒ぎで大変ですが、Jアラートはめちゃ迷惑ですね。新幹線を止めて人々に迷惑を掛け、どうしてミサイルが命中すると、大変な被害を与える原発を止めなかったのでしょうか?

それに頭を手で保護したぐらいで、ミサイルの破壊から守られるのでしょうかね。どうして一番のミサイルのターゲットである三沢や横田の米軍基地の軍人たちが避難しないのでょうか?おかしいと思いませんか?彼らが避難しない限り安全です。

それにJアラートが鳴った時は、既にミサイルは北海道上空を通過してたんや。こういう事をする事によって、どんどん軍国主義の道を突き進もうとしているんやぜよ。これら全て、日米合同会議で既に決められていた事なんですよ。つまり、このミサイル騒ぎによって一番利益を得るのは、兵器を売ることが出来たアメリカなんです。

このようにして、日本の国富は失われていくんや。前から言ってるけれど、全部やらせですよ。

という事で昨日は、全てを神に捧げるという行為にも落とし穴があるという話をしました。あんたも倉庫の維持管理が大変やから、サイババさんに文句を言ってたやないか。

ヨシオ:倉庫の維持管理は大変な仕事なんや。税金も含めて、維持費代だけでも年間百万円以上かかるんや。だからある日「これらの毛布やテントは全てあんたに捧げたから、倉庫の維持管理も含めてあんたが全部やりなさい。」と言って文句を言ったんや。
その当時、俺はお袋の介護をしていて、農場よりも、気温が、冬には最低五度は暖かい子供達が住んでいるパースにいた方がお袋にはええからパースに滞在していたんや。俺が毎週一回、倉庫の維持管理の為に倉庫に行って時間を費やすと、行き帰りだけでも四百キロ以上もあるので大変なんや。それでサイババさんがわざと、俺に、「全てをサイババさんに捧げたから、サイババさんが自分で倉庫の面倒を見ろや」いう気持ちを起こさせて、俺に、命があまり残されていないお袋と、しばらく一緒にパースで過す時間を与えて下さったんや。それにパースに行けば孫たちもいるし。このように帰依者が一旦、全てを神に捧げると、その帰依者の人生の全ては、神がコントロールされるんや。
その後、サイババさんが俺を通じて、倉庫の維持管理をされているって分かったんや。

ポニョ:神さんが全てをされているという事を悟るって、一朝一夕には難しいよな。頭では分かっていても。

ヨシオ:霊性の道は、一歩ずつ歩んでいく様になっているんや。だから昨日の話でも、最初は全てを神様に捧げる様にしないと、なんでも自分がやっていると思うと、エゴが膨らんで来るやろ。例えば、ホームレスの人たちへの炊き出しにしても、自分の時間やエネルギー、またお金を犠牲にしてホームレスの人たちに炊き出しをしてあげたと思うと、自分がした、だとか、自分のものをあげたという思いが強くなって来て、良いカルマは作るやろうけれど、霊的には一歩も進歩しないんや。
だからホームレスの人たちの中に神様を見て、その神様に捧げるという思いですれば、自分がしてあげたとか、自分の時間やものをあげたという思いは、全て神様への捧げ物になるから、エゴが膨らまなくなる可能性が少なくなるんや。
でも神様は、俺たちの捧げ物を一切必要としていないので、最終的には、それらの行為は全て自分のエゴを少なくする為に、神様がそういう奉仕の機会を与えて下さっているという事を悟らなければいけないんや。

ポニョ:カルマヨーガの段階も幾つかあるんやな。霊性修行って結局は、自分や、自分が、自分のものという思い、つまり自分のエゴを無くしていくことなんやろな。

ヨシオ:エゴが強い人が、自分が気に入っていたとても高価なスーツを人にプレゼントした次のようなエピソードがあるんや。プレゼントをもらった人が、その高価なスーツを着て、パーティとかに出かけると、そこで偶然そのスーツをプレゼントした人がいて、「あのスーツは、俺があいつにやったスーツなんやで」と周りの人に言いまくっているのを聞くとスーツを脱ぎたくなるやろ。

ポニョ:それって嫌な性格やぜよ。おいらやったらその場でスーツをその人に返すやろな。

ヨシオ:とにかく、この世界で起こる全ての事は、神様がされていて、自分はただの道具だと悟るには、自分がした、自分のものというエゴを少なくして行かなければ出来ない事なんや。

ポニョ:もっと謙虚に生きなさいって事なんやな。自分が、だとか自分のものというエゴを増長するような風潮が、今の世の中を支配しているもんな。

ヨシオ:インドネシアのバリで、サイババさんの寺院を建設しようという話になって、インドネシアでビジネスをしているインド人たちも、お互いにお金を出し合って建設に取り掛かったんや。
ポニョも知っている通り、バリって木工彫刻が盛んで、木の柱や壁や至る所に、職人さんが、のみで木工彫刻をし、綺麗な装飾を彫っていくんや。だから寺院の建築現場はいつも人だらけで、とても活気があるんや。
やがて寺院も完成し、その寺院を寄贈したインド人のビジネスマンがやって来て、祭壇に飾る立派な額縁に入った、サイババさんの大きな写真を持って来たんや。
すると、その写真を見た大工さんや木彫り職人たちが一斉に、そのインド人ビジネスマンに、「どうしてその様な写真を祭壇に安置するのか」と聞いてきたんや。それで、インド人のビジネスマンが説明すると、大工さんや木彫り職人たちが「その必要は全くないじゃないか。だって俺たちがこの寺院の建設している間、彼は毎日建設現場にやって来て、ここはこうしなさいとか言って指示してくれただけではなく、時にはお腹が空いただろうと言って食事の世話までしてくれたんですよ。彼は毎日来てくれるから、写真なんて必要無いですよ。彼が座る椅子があれば充分じゃないですか。」と口々に言ったんや。
それを聞いて、インド人ビジネスマンが驚き、寺院のオープニングセレモニーでサイババさんが来られる事を祈りながらバジャンをしたけれど、その日はサイババさんは来られなかったんや。

ポニョ:多分、バリの人たちは純粋な心を持っている人が多いから、その大工さんたちのサイババさんの寺院を作らしてもらっているという、サイババさんに捧げる純粋なハートに応えて来て下さったんやろな。逆にそのインド人のビジネスマンやおいらのような人は、サイババさんの写真を祭壇に飾れば、それでサイババさんが来られると思い込んでいるから、サイババさんが姿を現されないんや。
星やんも綺麗な心を持っていたから、時々、星やんの前にサイババさんが生身の姿を現れられたぜよ。星やんが目の前に現れられたサイババさんに「あなたの御足に触れても良いですか」と尋ねると、「この身体は幽霊じゃないよ。生身の足だからいいよ。触れるよ」と言われたんや。

ヨシオ:でもサイババさんが、その姿を帰依者の前に現されるときは、その帰依者がいつも礼拝している御姿で来られるんや。だから祭壇に、サイババさんのいろんな御写真を並べている人もいるけれど、そのようにすれば、自分の中のサイババさんのイメージが固まらないので、サイババさんを目の前に現わすのが難しいんや。

ポニョ:星やんもいつも持ち歩いている、星やんが一番大好きなサイババさんの御写真のサイババさんが、いつも目の前に現れると言ってたぜよ。でもちょっと若めのサイババさんやけれど。鳥取の大山スキー場のホテルに現れられた時には、なんと冬で寒かったので、サイババさんは、小さな毛玉がたくさん付いているオレンジ色の古い靴下を履かれていて、御足に触れようとしても靴下の上からではと、少し躊躇したら、「ああ、これね。」と言って、すぐに靴下が消えてしまったんや。その話を聞いた時に、おいらはお腹を抱えて笑っちゃったぜよ。

ヨシオ:あの時のエピソードは本当に可笑しかったよな。夜中の二時に突然、誰かホテルの部屋の戸をノックしたら驚くよな。しかも誰かなと思って、そっとドアを開けるとサイババさんが廊下に立っておられたんやから。

ポニョ:そうそう。そしてサイババさんは、「ちょっと遅かったかい。邪魔してごめん。部屋に入ってもいいかい」と言われたんや。

ヨシオ:すごい謙虚やな。その後、真っ白いビヴティを物質化されて、星やんたちに「これを食べなさい」と言ってくれたんやろ。

ポニョ:帰られる時は、部屋の電気が突然消えたと思ったら、サヨナラも言わずにサイババさんも消えられたんや。電光石火の早業やぜよ。

ヨシオ:俺の連れも、アシュラムからの帰り、バンガロールのホテルで一泊し、ホテルの部屋のバスルームに行こうとバスルームの戸を開けたら、そこにサイババさんがニコニコしながら立っていたんや。その連れは部屋に誰もいないと思い込んでいたから、心臓麻痺でぶっ倒れて、もう少しで死にそうになったと言ってたな。その時に現れたサイババさんも、連れがいつも持ち歩いている御写真のサイババさんの御姿やったんや。
つまり、その人のイメージする力が、サイババさんを創り出すんや。だからさっきのバリ島の寺院建設に関わった人たちのサイババさんをイメージする力が、サイババさんをその工事現場に現すことができたんやろな。

ポニョ:それほど、バリの人たちの心は純粋だって事なんやな。

ヨシオ:そのインド人のビジネスマンが、バリ島の隣にあるジャワ島のモスクに行った事があるんや。

ポニョ:バリ島はヒンドゥー教徒が多いけれど、ジャワ島はイスラム教徒だらけやぜよ。

ヨシオ:そうなんや。それでイスラム教徒って偶像崇拝をしないやろ。モスクには神像やら写真や絵を置かないんや。でも、そのインド人が訪れたモスクには、なんとサイババさんの御写真が飾ってあったんや。
それでそのインド人のビジネスマンが驚いて、どうしてここにサイババさんの御写真が飾ってあるのか問いただしたところ、そこにいた人が、サイババさんの御写真を指差しながら、「彼は時々、このモスクにやって来てコーランの教えについて講義されるんですよ。」と言ったんや。

私は人類を通して働き、人類に宿る神を目覚めさせ、人類が自然の法則と力を支配することができるよう徐々に人類をより高次の実体へと進化させなければなりません。もし、私が何でも即座に治して人々を今のレベルに留まらせていれば、人々はすぐに、すべてをめちゃくちゃにし、また互いにいがみ合い、その結果、世界は前と同じ混沌とした状態になってしまうでしょう。
苦難も困難も、宇宙のドラマの避けることのできない一幕です。そうした災害は、神が定めたものではなく、人間が自らの悪業(あくごう)の報いとして招いたものです。それは人間を矯正するための罰です。そうした罰は、人間が「サット・チット・アーナンダ」(絶対実在・純粋意識・至福)、すなわち英知と至福を有する神に近い状態を体験できるよう、人々に悪の道を歩むのをやめさせ、正しい道へと連れ戻します。これらはすべて、大いなる統合の一部であり、そこではネガティブなもの(負・陰)はポジティブなもの(正・陽)の栄光に服従します。そのようにして、死は不死を称え、無知は英知を称え、苦は至福を称え、夜は夜明けを称えます。
ですから、結論として、もし、あなたが言ったように、即時の終焉をもたらすためにアヴァターが災難を引き起こすとしたら――私にはそれができますし、どうしても必要とあらばそれを行いますが――カルマの法則にのっとった、創造のドラマ全体が崩壊してしまうでしょう。そうした災難は、神が人間にもたらしたものではなく、まさしく人間が人間にもたらしたものであるということを覚えておきなさい。ですから、人間は、カルマ的なものを超越して指揮権を持つことができるよう、エゴを滅ぼし、代わりに超越的な意識を持つことによって、自らを壊して作り変えなければなりません。MBAIp95-p96


無知の知

2017-08-28 16:00:29 | 日記
神だけが、あなたの進化において、あなたをより高い段階に連れて行くことができます。
見つけなければいけないのは上に行く道であり、あなたを下に連れて行く道ではありません。
人に多くの負の性質があるのは、エゴと執着のせいです。
エゴを取り除き、あらゆる執着を切り落とし、正しい食べ物を選び、あなたの食習慣をコントロールし、人生で成功を収めなさい。
サットウィック(浄性)な食べ物を食べなさい。そうすれば、あなたの神聖な性質が顔を出すでしょう。聖なる世界はサットウィックな食べ物からやって来ます。15/7/83

ポニョ:昨日まで動物実験や、仔牛さんが殺されるなどの、少しヘビーな話をしました。
この前、サイババさんの若かりし頃の物語を読み直していたら、十本ほどエピソードが抜けていたので、付け加えておいたぜよ。だから四十本だったシーリーズが、五十本になっちゃった。貴重なエピソードがたくさん抜けちゃっていたぜよ。もし良ければ読み直してくださいね。うっかりしてごめんなさい。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/5f464506f2ab14e01cba9ff0c518a4a3
ヨシオ:お互い年やからな。誰にでも間違いはある。

ポニョ:おいらの場合は、そのような間違いを若い時からして来ているんだってばよ。年のせいではないズラ。だから家族から、ポニョはアルツではなく、アル3ハイマーやと言われているんや。それでその時に面白いと思った話が、サイババさんがダサラ祭だったか、何のフェスティバルか忘れたけれど、お神輿に乗って村じゅうを練り歩かれている時に、「すぐにマンディールに引き返しなさい」と指示を出されたんや。それで慌ててマンディールに帰ると、二三十人ほどの泥棒が、アシュラムの中に置いたままになっている帰依者たちの荷物を盗みに来てたんや。何人かは捕まったけれど、多くは逃げられたんや。それで彼らは、「俺たちは泥棒を稼業としてやっているわけではありません。今日たまたま、こそ泥をしようと思ってやって来ました」と言って、言い訳をしたら、サイババさんは彼らを祝福されて逃がされたんや。それって変じゃろう。どうして罰せられなかったんやろか。

ヨシオ:なんでやねん。それじゃ泥棒を逆さ吊りにして、村じゅうを引き回せばええんか?カスツーリさんがチットラヴァティ川の土手の上を、サイババさんと一緒に散歩してたら、なんと泥棒たちが盗品の分配をしているところに出くわしたんや。サイババさんは、彼らに対して何の咎めもせず、彼らを祝福して何もなかったようにそのまま歩いて行かれた、というエピソードを紹介されていたやろ。
俺たちは、サイババさんを見る時に、肉体をまとったサイババさんを見てしまいがちやけれど、サイババさんは、この俺たちが住んでいる広大な宇宙も含めて、三界の世界を創造された大元の神さんなんや。もちろんカルマの法則も作られたから、別にサイババさん御自身が「こら!コソ泥。お前らそこで何をしとるんじゃ。天誅じゃ!」と言って罰せなくても、カルマの法則が働いて、彼らは遅かれ早かれ罰せられるんや。実はサイババさんの目で俺たち人間を見ると、アートマしか見えないんや。つまりサイババさんは、ご自分で自分自身を見られているから、全てを祝福されるんや。

ポニョ:御自身で自分自身を見られているから、全てを祝福されるって、それじゃ全ての人が同じように見えるって事なんか?まるで個性が無く、のっぺらぼうの顔を持っている妖怪のように。

ヨシオ:のっぺらぼうの顔って、なんで、そこまで話が極端になるんや。この前も言ったけれど、人って綺麗な絵が描かれたランタンなんや。中にロウソクが入っていて、そのロウソクが真の自分なんや。でも他の人がそのランタンを見ると、ランタンに描かれた絵が、中のロウソクの光によって映し出されているのが見えるだけなんや。でも神さんはその映し出された絵は、単なる絵で、ランタンの中にあるロウソクが、それを映し出しているという事を知っておられるんや。

ポニョ:それじゃ、その絵っていうのが、それぞれの人の個性っていう事になるぜよ。

ヨシオ:その絵は、一人ひとりが持っているエゴであり、欲望であり、プライドなんや。そういうエゴなどによって、中のロウソクの光を遮り、それが人の個性と呼んでいるものなんや。欲望やエゴは、人によってどれくらい持っているか違うやろ。その違いに応じて、中のロウソクの光が、どれくらいランタンの外に出て来るかが違って来るんや。そして、人が霊性修行によって、もしそういったエゴや欲望、プライドといったものを払拭する事が出来たら、ランタンに描かれた絵もどんどん薄くなって消えて行き、遂には中のロウソクの光しか見えなくなるんや。

ポニョ:それが解脱であり、モークシャなんやな。でもそんな絵が描かれていないランタンなんて誰も買わないぜよ。

ヨシオ:そうなんや。ランタンに描かれている絵、つまりエゴや欲望がどんどん無くなって行くと、その人の個性もどんどん失われて、その人がしている事も、まるで水の上に書かれた字のようにすぐに跡形も無く消えてしまうんや。そういう人って、この世俗的なものには一切興味が無いので、話していてものれんに腕押しの様な感じで、面白味が無く、何事にも影響されず、落ち着いていて、心は光の元であるロウソクである神さんの方にしか向いていないんや。でも突然、その人の中にある神を思う気持ちが昂じて来ると、その人は、神さんの名前だけを叫び続け、まるで狂人の様に振る舞うんや。

ポニョ:「おお〜ロウソクよ!偉大なロウソクの光よ!」と言うんやな。

ヨシオ:そんな事は言わないっちゅうに。ロウソクはたとえ話や。だからサイババさんは人を見る時に、良い性格つまり神の光だけを見て、悪いところを見ないようにと仰っているんや。
さっきの泥棒の話に戻るけれど、サイババさんの目から見たら、泥棒ってランタンに描かれたただの絵で、サイババさんは、その泥棒の中のロウソクしか見ておられないんや。

ポニョ:なるヘソ。ようやく納得出来たぜよ。ところであんたの倉庫に押し入っている泥棒さんたちはどうなりました?

ヨシオ:また、違うグループの泥棒に入られたな。今度は手押し式水汲みポンプ幾つか盗まれたけれど、まだ沢山あるから全然大丈夫や。でも、壊されたフェンスや窓やらの修理が大変なんや。今日は一日中その仕事にかかりっきりになるやろな。

ポニョ:でもサイババさんに全てを捧げたのに、そういう事になるって納得出来ないよな。

ヨシオ:もちろん行為や物を神さんに捧げる気持ちって、その様に思わないと誰かにしてあげたと思う心が出て来るから、良い事やし、全てを神さんに捧げるという態度は大切なんや。
でもそういう考え方は、ある一面とても危険なんや。というのも神さんは、俺たちが捧げたつもりであるこの世にある物は、一切何も必要としておられないんや。

ポニョ:だって全ては元々神さんの物やからと言いたいんやろ。

ヨシオ:人は神さんに捧げるという行為をする事によって、今さっきポニョが言ったように、神さんに捧げたから、神さんが面倒みるべきやとか、これだけのものを神さんに捧げたから、何か神さんから見返りのものを期待したりするやろ。それって帰依の心から離れて行く行為なんや。

ポニョ:ラーマクリシュナさんが、僧侶として働いておられた寺院に、立派なクリシュナの像があって、ある金持ちが、その像に宝石が必要だと思い、高価な宝石を買って来て像を飾り立てたんや。しばらくするとその寺院に泥棒に入って、その像を飾り立てた全ての宝石が盗まれたんや。その金持ちは、そのクリシュナの像に向かって「あんたは、自分の宝石でさえも泥棒から守れないんか。情けない神さんや。そんな事でどうやって何万人もいるあなたの帰依者を守れるんや」と息巻いて怒ったんや。するとそれを聞いていたラーマクリシュナさんが「お前はアホか。お前が像を飾り立てた宝石は、元々クリシュナの物や。お前の物じゃない。そのクリシュナが自分の宝石を誰にやろうが、お前の知った事じゃないやろ」と反論したんや。

ヨシオ:俺たちは往々にして、サイババさんを、俺たちと一緒のレベルで見てしまうけれど、本当は全てをコントロールし、全てを為されているんや。全てという意味は、全てなんや。だから、誰か金持ちが、自分の会社が儲けて利益が出たから、恵みの水プロジェクトやホスピタルにお金を寄付しようと思うとするやろ。でもその会社を儲けさせたのも、金持ちをそういう気持ちにさせたのも、全て神さんが後ろで糸を引いておられるんや。
この世の中で、自分のものって何も無いんや。そういう事に気づいた帰依者の取る正しい態度は、「自分の身体を神聖な神の道具として使って下さい。」とお願いする事なんや。決して自分が、神さんに自分のお金や物を寄付したとか、自分の時間やエネルギーを捧げたとか思わない事や。そうすると別の意味でのエゴが出て来るんや。

ポニョ:結局、全ては彼で、その彼が全ての事をされているんやな。なのに人は、エゴを持っているから、自分がやっていると思い込んでいるんや。無知の知ってそういう事を言うんやろ。自分が今まで無知だってことに気づいた人の言葉やぜよ。さて、おいらの描かれているランタンの絵は、どんな絵かな?薄く消えかかっている絵やったら良いのにな。

ヨシオ:ポニョが描かれているランタンの絵は、ポニョが大きな口を開けてオクラの天婦羅を美味しそうに食べている絵やろな。

人間は自分自身の力など一切持ち合わせていません。
人間を動かしているのは神の力です。
しかし、無知ゆえに、人間は行為をしているのは自分だという意識に押し流されて、エゴを育てています。これは私たちが現代の世界で目撃していることです。
このような状況の下で真理と非真理を区別するのは不可能です。
それよりも、すべてのものを善と見なすほうがよいのです。
神があらゆるものに遍満しているなら、悪いものなどあり得ますか?15/3/04



パースのバス

2017-08-27 16:00:19 | 日記
何よりも、気持ちが清らかであるように努めるべきです。
愛をけがれの無いものにするのです。
その為には許す心を持つことが大切です。
許す心とは、どんなことがあっても静かに耐え忍び、自分を抑えられることです。
そして誰に対しても{例え自分を傷つけようとする相手にさえ}良い事だけをします。
許す心ほど偉大なものはありません。SGc5

ポニョ:昔、あんたが気に入らないのでボツにした記事を、三日前に、もったいないから再び投稿したけれど、投稿した途端、机の上の電気スタンドの太いプラスチックが、誰も触れていないのに真ん中付近でボキッと折れたので、これはサイババさんがハッピーでないと分かったので、すぐに記事を回収して、違う記事と差し替えたんや。でも時すでに遅く、既に五十人以上の人が読まれていたぜよ。あの時は驚いたな。すごいタイミングやったから。

ヨシオ:一体、何の記事を投稿したんや。

ポニョ:あんたのエンジニアの友達が軽飛行機に乗っている途中、尿路結石になって激痛に襲われて緊急着陸した話の後、おいらが支配層が理想とする世界はどんな世界なのか、という事を箇条書きに書いた記事なんや。あんたはこの記事はネガティヴ過ぎる、と言ってボツにしたやろ。覚えているか?

ヨシオ:そんな記事があったな。確か緊急着陸したのはスターリング山脈の横やったという話も書いたよな。
ポニョがグローバリストの悪行に心を痛めているのは分かるけれど、俺たちは霊的な修行をする為にこの世に生を受けたんや。だから誰がどんな事をしても、それはその人にカルマの法則で返って行くだけで、後でその人が苦しむという結果から逃れることは出来ないんや。だから人のいろんな悪行を見たり聞いたりしても、ポニョの様に騒ぐのではなく正しい行為は、その人が後にその悪行によって支払うカルマによって、その人が良い人になれます様にと願う事なんや。

ポニョ:それには大きな心がいるぜよ。

ヨシオ:目先の事に囚われて大きな事が見えないのは、霊的な事を知らなかったら仕方がない事なんや。でもポニョの様に全てのものに神を見るという霊性修行を始めて何十年もなる人が、未だに世俗的なニュースを聞いたり読んだりして心を乱し、コントロール出来ないのは感心出来ないな。

ポニョ:霊性修行は冷静になることなんや。だから冷静修行って言うんか?

ヨシオ:そのダジャレは聞き飽きた。そんな事を言って誤魔化すな。重要な事は許すという心なんや。ポニョは許すという事は一体どういうことなのか考えた事があるか?

ポニョ:もちろんやぜよ。許すって自分に迷惑をかけた人に対して悪く思わない事ズラ。おいらはその時は頭にすぐ来るけれど、長い間覚えておくのが面倒臭いって言うか、すぐに忘れてしまうんやぜよ。だから許すというよりも、忘れてしまうと言った方が適している言葉かな。ポニョは以前、

ヨシオ:ポニョは生まれながらにして能天気やもんな。面倒臭がりやし。すぐに忘れるし。家族からアルツ(2)ハイマーではなく、アルスリー(3)ハイマーやと言われているんやろ。

ポニョ:そうでヤンス。言った事や言われた事を覚えておくのが苦手でヤンス。だから嫌な事があってもすぐに忘れるんや。性格が淡白ってよく言われるズラ。

ヨシオ:性格が淡白な人はプライドがあまり無いんや。

ポニョ:はーい。それって私ですズラ。

ヨシオ:喜んで手を挙げるほどの事も無いやろ。でもポニョは変なところで結構、執念深いからな。この前も、嫌いな奴と二人っきりしか地球にいなかったら、どうするって聞いたら、仲良く助け合って生きていくのではなく、君は南半球、おいらは北半球で生きていきましょうと言うんや、と言ってたやろ。

ポニョ:あれは冗談でヤンス。

ヨシオ:それに忘れっぽいと言っておきながら、美味しいものを食べた時はよく覚えているやないか。チャクラが胃袋にある証拠やな。ところで許すって、とてもたくさんの霊的エネルギーが要るんやで。人が朝起きて寝るまでいろんな行為をするけれど、その中で、一番霊的エネルギーが要る行為は許すという行為なんや。

ポニョ:怒りもたくさんの霊的エネルギーを使うと言ってなかったか?

ヨシオ:一度怒ると、半年分の霊性修行で得た霊的エネルギーを使い切ってしまうんや。俺の知り合いでアシュラムのサイババ病院で麻酔医として働いている人がいて、オーストラリアからサイババ病院に働きに行く前に俺の家に遊びに来たんや。
そして、その人は最初、サイババ病院で働き始めた時に、サイババさんから「お前は年の割にえらく老けて見えるな」って言われたんや。俺はその人の家族の事をよく知っていて、奥さんがとても気が強くて激性な性質を持っているんや。旦那さんも奥さんとよく似た性格で、二人の意見がちょっとでも違うと、すぐに言い合いの喧嘩の様になって、家の中がいつも騒がしんや。俺は「食べ物に唐辛子を使い過ぎやろ」と言ってアドバイスしたんやけれど、とにかくいつも口喧嘩してるんや。やがて旦那さんの髪の毛が抜け始め、一本残らず抜け落ちたんや。また顔も老け顔になって来て、暫く会わないと、その老け具合が直ぐに分かるんや。
でもインドに移り住み、サイババ病院で働き始めてからどんどん若返って、今では年相応の顔に戻って来たな。それぐらい怒りって霊的エネルギーを使ってしまうんや。

ポニョ:小さな事でもすぐに怒る人が増えて来て、世の中がギスギスして来たぜよ。マタハラって知ってる?妊娠してお腹が 大きくなっている人が電車の中や公共の場でいじめられるんやで。多分嫉妬かなんかやけれど、昔やったら考えられないぜよ。本当にギスギスした世の中になって来たぜよ。ついこの間も、あるブログでこんな記事を見つけたので紹介すると、大学生たちが数人、混雑する電車の車内で優先座席に座っている妊婦さんに嫌みな言葉を言い始めたんや。

「スゲ腹デカっ!」
「あれ妊婦?…いや違ったら食べ過ぎだろ?笑」
「美人人妻やべーな!」
こんな嫌味とも失礼とも取れるものばかり。
そしてその中の1人が小笑いしながら最低な一言をボソっと。
てか妊婦って障害者扱いなの?優先席いいんだっけ?
すると、この言葉に黙っていなかった人物が声を荒げます。
意外な人物が声を荒げる

「今ママの事言ったんでしょ!?謝ってよ!」

それはその妊婦さんのすぐ隣前に立っていた小学生高学年くらいの女の子。
一言もしゃべらずジッと乗車していたので私も全く気づきませんでしたが、
どうやらこの女の子はその妊婦さんの娘さんだったのです。

「いいのよ、やめなさい。」

そう静止する母の手を振り払い、
この大学生に強く詰め寄る女の子の威勢は凄まじかったです…

「言いたい事あるなら堂々と言えば!?
なんでそんなワザとらしく言うの。
女みたいね!このシール見えないの?
妊婦さんは座ってもいいんだよ!これ、読めないの?」

そう言って指差したのは、優先座席の窓に貼り付けてあるシール。
そこには確かに妊婦さんを含め優先座席を必要としている人や
優先的に席を譲るべき人が示されていたのです。
この女の子の気迫とごもっともな言葉に
大学生らしき数人はまったく反論出来ず苦笑い。
その内の1人が渋々女の子を宥めるように謝っていました。

お母さんは逆に申し訳無さそうにして恥ずかしさのあまり赤面していましたが、
この女の子は堂々とし自分のした事は絶対に間違っていない!
そんな表情でその後も立ち乗車していました。
大学生の嫌味な言い方がどうという事より、
この女の子の芯の通った逞しさに思わず拍手を送りたくなった出来事。
そして、曲がった事や間違った事に毅然と向き合い、
逃げないで立ち向かう事の勇気をもらえた気がします。

https://blogs.yahoo.co.jp/honjyofag/66611245.html

ヨシオ:俺は、日本にもう彼此三十年近く帰っていないけれど、日本もモラルが地に落ちたよな。俺が日本にいる頃には考えられない出来事や。前にも紹介したけれど、アフリカでは、満員のバスにお母さんが赤ちゃんを抱いて乗って来たら、その赤ちゃんを、席に座っている人が抱いてあずからなくてはいけないという、暗黙の了解があって、お母さんは自分の子供をさっと何も言わずに、座っている人に手渡すんやで。そして赤ちゃんを手渡された人も、それが当たり前のように、赤ちゃんをあやしながら座るんや。そして、その人がバスから下車する時は、隣に座っている人に赤ちゃんを手渡して下車するんやけれど、その間、お母さんはありがとうの一言も言わずに、それを見ているだけなんや。

ポニョ:バスに乗っている人たち全員が、大きな家族みたいな感じなんかな。

ヨシオ:そんな感じかな。赤ちゃんは、その国の希望で、将来その国を支えていくから、国や国民全体で面倒見ましょう、という考え方なんやろな。

ポニョ:それが普通なんやけれど。

ヨシオ:俺がパースに来た頃、どのバスにも大きなフックが付いてあって、一体何に使うんかなと訝しがっていたんや。

するとある日、妊婦の人が乳母車を押しながらバス停に待っていてバスが来ると、その妊婦さんは乳母車の中の赤ちゃんだけ抱いてバスの中に入って行ったんや。そして運転手がバスから降りて来て、その乳母車をバスの後ろの大きなフックに掛け、何事も無かったようにまた運転席に戻ってバスを発車させたんや。もちろん目的地に着いた時も、その運転手はバスから先ず降りて、乳母車をフックから外し、妊婦さんが赤ちゃんを乳母車に載せるのを手伝っていたんや。とても微笑ましい光景で、心がほっこりしたな。今では乳母車を乗せれるように床が低くなっているから、そういう習慣が無くなったんや。でも今でも続いている良い習慣は、乗客は必ずバスの運転手に「有難う運転手さん」と言って下車するんやで。

身体は、中に入って来ようとする毒素をすぐに外に出そうとします。
身体が自然に反応して毒素をはき出そうとしているときに、薬を飲んで吐き気を抑えようとするのは、正しいことではありません。
薬を飲んだら、毒素を出せなくなってしまいます。
毒は、胃から出ていかずにたちまち体中に回ってしまうでしょう。
だから毒は出してしまうべきで、薬で抑えるようなことはしない方が良いのです。
毒素を出してしまった後なら、薬を飲ましても良いでしょう。
吐き気が収まっている頃には、身体も弱っていることでしょう。
その時には、病人もおとなしくなり、忠告を受け入れてくれるはずです。
毒素を出そうとしている人には、そうさすのが一番良いのです。
ひどく怒っている人がいて、その人が怒ることによって毒素を出そうとしている場合も、それと同じ事が言えます。
その人が言いたいように言わしておけば良いのです。
止めようとしないで気の済むまで言 わせてほって置けば良いのです。
その人が、すべてを言い尽くすまでは、こちらは静かに我慢しているほかはありません。こちらまで心を乱して頭に血を上らせてはいけないのです。
怒らずに静かに耐えている内にやがて心は安らぎ、幸せな気持ちになるでしょう。
それこそが天国の経験なのです。
どうしてあなたは、自分の頭に血を上らせて天国の悦びを捨ててしまうのですか。
耐える心はきわめて大事な特性です。
人間の様々な特性の中でも、耐え、許す心は何よりも尊いものです。
スワミは許す心こそ真実であり、正義であり、非暴力であり、幸せであると何度も話してきました。
許す心とは本当はこの世で出会うすべての物の価値と等しいのです。
許す心さえあれば、心を静めることも、感覚の節度を守ることも、欲望を捨てることも、(世俗に)捕らわれないことも、信じて迷わぬ事も、心を定めることも、どんな特性も身につきます。
これらの六つのすべてが、清らかな心を作ります。SGc33