サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

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カヌーの川下り楽しいな~

2014-01-17 00:00:58 | 日記
ポニョ:ここんところ、堅苦しい話題ばっかり続いたので、少しおいらの趣味について相方と放談してみようかなっと。

ヨシオ:少し前、寒波が来て寒かったやろう。

ポニョ:そうや。困るのは鯉が活動停止して完全な冬眠状態になってしまいよるから、アンモニアを必要としているバクテリアの餌が無くなり、野菜が育たなくなるんやぜよ。

アクアポニックスは、魚がアンモニア出さんとお手上げやから。



ヨシオ:何か対策は無いのか。

ポニョ:もちろん、水温上げればええけれど、コストの問題もある。

温室の中に魚のタンク置くというのが一番かな。

その温室の中に、コンポスト腐敗土を作る大きなドラムみたいなんを設置すると、腐敗する時、熱出すから燃料費を節約できるんや。

また、黒いビニール製の長い袋に水を入れて温室の中に置いとくと、昼間貯めた熱を夜に放出するから、これまた燃料費を節約できる。

いろいろな方法あるで。

でも必要なのはバクテリアが作る窒素やから、新しいアクアポニックスの方法は、出来るだけ魚の数を減らしてバクテリアを増やす方向に動いているんや。

具体的には、魚のタンクからアンモニアが含んだ水を別のタンクに流す。

そこには、バクテリアが住みやすい住処、例えばポリパイプを小さく輪切りにしたやつとかを沢山入れる。

それからその小さいタンクを30度に温めてエアーレーションすると、好気性のバクテリアが増えるんや。

タンクが小さいから、光熱費はかからんし。

そこで、バクテリアが造った窒素を含んだ水を野菜の苗を植えた棚に流すというわけや。

その棚にも、粘土を焼いた玉が敷き詰めてあって、そこでもバクテリアは増える。

こうしたら、少ない魚でも野菜が育つんや。

ヨシオ:あとでもっと具体的に教えてくれるか?自分もやってみるわ。なかなか良さそうやな。



ポニョ:うん。それはそうと、そっちはどう。今は日本と逆やから夏なんや。

ヨシオ:パースで43、3度あったで。こんな暑いのは久しぶりやとみんな言ってたら
しい。異常気象かもね。

ここナロジンは標高が高く、うちの農場で400メートルあって、その分少しパースより低かったと言っても41度もあったな。

でも内陸やから夜はグンと冷えるで。

ポニョ:43度か、体温より暑いところによう住めるな。

星やんが、身体溶けそうやと言うてたん分かるわ。

こっちは、日本中が冷蔵庫にすっぽり入っとるみたいやったけれど。

二つ足して二で割ったら丁度ええのにな。

ヨシオ:ほんまやな。でもうちにエアコン無くても大丈夫やで。
木陰に入ると40度でも湿気がないからサラッとして快適なんや。

ところで、ポニョが、紹介してくれたアクアポニックスやけど、お袋の件で忙しくて暫くの間、鯉の世話出来なくて、鯉のいけすを久しぶりに見たら、アオコがビッシリ生えてて酸素不足で何匹か死んでしもうたわ。

ポニョ:あらあら。夏は上にカバー掛けたらちょっとましかも知れへんな。オーストラリアは、日差しがきついからな。

普通、エアーレーションをしっかりしてたら大丈夫やけどな。

ヨシオ:次からしっかり見るわ。難しいな。生きもん飼うって。

ポニョ:そうやな。お袋さんの冥土土産になったな。

実は、おいらの幼なじみのおやじさんも、先日、亡くなられたんやけれど、自分にとってはとても思い出深い人やねん。

ヨシオ:というと?名付け親とかそんなん。

ポニョ:違うねん。近所の幼なじみの親父さんやねんけどな、おいらの事をとても可愛がってくれて、毎年おいらを連れて自分の田舎に夏休み中、連れって行ってくれるんや。

ヨシオ:へー。どこにあるんや?その田舎。

ポニョ:めちゃ田舎でええとこやで。

但東町西谷という兵庫県の山の中なんや。但馬牛の産地でどの農家も一二頭飼ってるとこや。

仔牛の時から、飼いはじめて大きくしてから売るねんけど、朝夕散歩に毎日連れてくし、正月になると牛も一緒に祝ってビール飲ますし、ブラシは毎日かけるし、そらめちゃ大事にされてるで。家族の一員と一緒や。

もちろん名前もあるし、牛も自分が大事にされてんのを知ってる分、よく人の言うこと聞くで。

おいらは見てないけど、話によると売りに出す時、家族全員、涙を流して送り出すんやて。

その話を聞いて、子供心に耐え切れんもんあったな。

毎日一回は、牛小屋行って牛の顔見て撫でてやるんや。話しかけたり、スケッチしてたんや。



ヨシオ:ポニョの生き物への優しさの秘密は、その辺から培われたんやな。

ポニョ:また、家の裏には幅三メートルぐらいの小川が流れてて、魚や、カエルはもちろんの事、大きな川蟹やうなぎ、鮎もおったな。マムシもおるで。

近くに、清龍の滝というのがあって、その滝壺で毎日泳いだ。

まあ言ってみたら、その田舎はおいらの心のバックボーンや。

ヨシオ:そうやな。ポニョは自然児やもんな。

オフロードバイク乗って、カヌー漕いで川下り、山登りにスキューバダイビングとなんでも有りやもんな。

ポニョ:それもこれも。幼なじみの親父さんのお陰なんや。

自然との遊び方をたくさん教えてもらったわ。特に、カヌーでの川下りは最高やね。



ヨシオ:どこの川が一番良かった?

ポニョ:そらもう、日本で唯一ダムの無い川、四万十川や。

普通、どの川でもダムがあるやろ。水を放出する時にダムの底の水を構造上放水するんや。

よって、川に流れ出す水は冷たい氷みたいな水やから、川の生態系を乱すんや。

だから、四万十川はダムがないのでずっと昔から一緒の生態系のまま、今でも自然の姿を残してるんや。

魚はもちろんの事、虫もいっぱい違う種類のが見れるで。特に、トンボは有名や。

中村行ったら、トンボばっかりの昆虫館あるで。



四万十川を下るには、おいらはまず上流の窪川というところから下り始めて、中村まで一週間かけてゆっくり下るんや。

途中、いろんな土地の人と世間話しながら、チンカ橋のある川原でテント張って飯盒炊爨、最高やで。

ヨシオ:何やそのカチン橋って。渡ってたら腹立ってカチンと来る橋か。

ポニョ:カチン橋と違う!チンカ橋。沈下橋や。川の水位が上がると、そのまま水の下になって水没してしまう橋や。



ヨシオ:えっ。そんなんやったら、渡られへんやろ。

ポニョ:ちょっと大回りして大きな橋に行ったら終わりや。

無理して立派な橋を作る必要ない。そんな橋は金はかかるし、維持も大変や。

でも、川の水が橋の上ギリギリ覆っている時は、気をつけて渡らなあかん。

足元見てわたると、水が横切るから錯覚で真っ直ぐ歩けなくなるから、川に落ちてしまうんや。人は自然に川の流れる方向と、逆の方へ行こうとするから。

橋には、流木なんか当たってもダメージが無い様に、欄干なんか無いから、いっぺんに水の中へ落ちるで。

ヨシオ:めちゃ危ないやんか。泳がれへんかったら、住まれへんとこやなあ。そこ。

ポニョ:そんな時は、橋の延長線上にあるものを目標にして見ながら渡るんや。遠くのものを見ながら。

ヨシオ:そうか、それやったら出来そうやな。神さん見ながら、神さん思いながら生きるのと同んなじや。

ポニョ:ちょっと違うと思うけど…。まあええわ。
沈下橋は、自然と調和した橋なんや。川に近いから、水位が高いと暑い日なんか渡っている途中に足を水につけて冷やせるし、橋の中ほどは水深が深いから橋から飛び込んで遊べる。

魚釣りもできるし、人と川が仲良くなれる橋やねん。



ヨシオ:ちょっとちょっと。ブログに魚食べたらあかんって言ったのは誰や。

ポニョ:キャッチ アンド リリースやんか。食べるなんて言ってないでしょう。

ヨシオ:それやったら許してつかわそう。

ポニョ:なんであんたに許してもらわなあかんねん。おいらは、とっくの昔に肉食べるのんやめたのをあんた知ってるやろ。

また、そこで知り合った人は、半家(はげ)という集落から来てて、そこはもともと平家の落人の集落で、平家の誇りを持って生きたいけれど、平家と分からないように、平家の平という字の真ん中の棒を上に突き抜けさせて半にして、半家になったというような興味深い話もしてくれた。



ヨシオ:毛が有っても半家(はげ)と呼ぶのか?フーン面白い。

ポニョ:先祖が付けていた鎧兜もまだ持ってるって言うてたわ。歴史感じるぜよ。

ヨシオ:そのポニョがよく使う、ぜよは高知弁か?

ポニョ:そうなんやぜよ。

ヨシオ:無理して使わんでもええやんか。大阪弁と混じっとるで。

ポニョ:ほんまやぜよ。

ヨシオ:もうええっちゅうに。

ポニョ:また、川下りの途中、自然が豊富で、目を楽しませくれる。

鳥やら、魚や、他の野生のいろんな生き物が水を飲みに川辺まで来るけれど、カヌーは自然と調和して流れているので、動物たちは逃げないんや。

こうして昔の人は自然と一緒に生きてたんや。こんな豊かな自然に囲まれて幸せや。という気持ちになる。
神さんに感謝の心も湧いてくるで。


人は自然から数え切れないほどの借りを作り、いろいろな面で自然から恩恵を得て楽しんでいます。

しかし彼はどのような感謝の気持ちを神に捧げているのでしょうか?

彼は、すべてをお与えになっておられる神を忘れ去っています。

それが原因で、人は様々な困難や災難の犠牲になるのです。
SSvol21chap19

続く

愛のパワーがいっぱいの目

2014-01-15 00:00:18 | 日記
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ポニョ:これからも二人の妄想を、好き放題テーマも決めずにサイババさんが再降臨されるまで発信して行きますのでよろしく。ああ、遅くなったけれど、御母堂のご逝去お悔やみです。

ヨシオ:ありがとう。このブログを始めて、お袋も喜んでいると思うな。
(若き東洋子とサイババ)


最近、お袋の部屋の片付け物してたら、日記が出てきて…2002年というから…

ポニョ:12年前や。

ヨシオ:そう。アルツハイマーと診断されて2年後の日記やけれど、ビックリしたのはお袋、毎朝五時に起きて瞑想三十分とバジャンを一時間一人でやってたんや。知らんかった。

ポニョ:その頃の病状はどうやった?

ヨシオ:忘れぽくなっていて、駐車場に止めた車に行き着けなかったね。自分が何処かに置いたものも分からなくて可哀想やった。

ポニョ:井上陽水の「探し物は何ですか。」の世界やね。ちょっと古いな。なのに瞑想とバジャンは、きちんとやるってすごいでねーの。

ヨシオ:うん。お袋を見直した。それに、毎回、どの程度深く瞑想出来たかを、きちんとメモしていたんや。

ポニョ:どんな風に書いてたんや。

ヨシオ:例えば、うまくできた時は、今日はサイババさんとお話し出来た。とか、微笑んでくれたとか。でもその年の最後の方になると3日おきぐらいしか書けてないな。字を忘れて来たので日記を書くのが苦しそうやった。


ポニョ:どんどん症状が進んできたんやろな。でも瞑想の時、神さんを見たり話したり出来るって、ラーマクリシュナパラマハンサみたいやないけ。

おいらも、ナマスマラナ(神の御名を唱える)の修行をやらないといけないと思って、やったけれど二十分続いたらええ方やな。

すぐに何か違うことを思ってしまうな。どうしたらええやろ。

ヨシオ:それはだれでも一緒や。サイラム、サイラムと唱えていても心はあちこち彷徨い始めるやろ。

だから、その人が、どれぐらい強い集中力を待っているかが先ず問われるな。集中力の次はcontemplation やから日本語でなんというのか知らないけれど、その後に迷走状態がやって来るんや。その全ての過程でその人が信仰心をどれくらい持っているかどうか問われるねん。

クリシュナの時代に、ナラダという聖者がいたけれど、そら四六時中神の名前を唱えてたやろ。

サイババさんは、もしナラダがこの世に生まれ変わったら、私の恩寵を全て独り占めにす

るだろう。だから今回は呼んでいない。と言われたそうだ。



ポニョ:でも、おいらのように、瞑想が続けられないのは外の世界に囚われているからかな。

ヨシオ:そういうことや。

ポニョ:そんなはっきり言わんといてんか。なんか、ええ方法ないのかの。

ヨシオ:それは、自分で工夫せなあかん。例えば、朝起きたらすぐに何か自分の好きなバジャンを聞いて、それが頭に残るぐらい聞く。

そうしたら、一日中そのバジャンの歌が頭にこびりついて離れなくなるよ。

ポニョ:そりゃええこと聞いたな。自分でも出来そうやないか。

ヨシオ:自分はクリシュナダスのハレクリシュナ、ハレラーマの歌が好きやから、それを朝起きたらすぐに聞くんや。頭にこびりつくで。一日中。

ポニョ:おいらも知ってるぜ。クリシュナダス。いろんなクリシュナの歌ってるガラガラ聲のおっさんやろ。

ヨシオ:いろんなバージョンがあるから、一つの歌に飽きたら違う歌にトライしたらええで。Chakrini dasi さんのハレ クリシュナもええで。この歌が、お袋と最後に歌ったバジャンやねん。ずっと、一日中頭にこびりついて離れなくなるで。

これやったら、ナマスマラナやってんのと一緒や。



ポニョ:そうやなあ。ええこと聞いた。早速やるぜよ。

ヨシオ:自分はバジャンもええけれど、頭にいつもこびりついているのがヴェーダの詠唱や。
特に、ルッドラムのチャマカムが好きでいつも気がついたら、頭の中で詠唱してる。

ポニョ:それって、すごいパワーあるんやろ。以前ブログに紹介させてもらったぜ。

ヨシオ:特に、自分はケララのサストリイー兄弟の詠唱が好きで自分に合っているとおもう。

ポニョ:それってどんなんや。

ヨシオ:普通より少し早くて滑らかやね。ヴェーダとは関係ないかもしれんけど、サイババさんは、マントラを早く唱えると早く発電機を速く回すようなもんで、もっと効果があると言うておられたね。本当に、気持ちええで。早すぎてもあかんけどね。

ポニョ:YouTubeでダウンロード出来るのか。

ヨシオ:もちろん。でもポニョに合うかどうか知らんで。ポニョは舌足らずやから。

ポニョ:おいらにも合うんだってばよ。



マントラは短いほうがよいのです。そうすれば、唱えるのが早くなります。

それはまるで、発電機が速く回れば、早くバッテリーがチャージできるのと同じことです。

P, 331 Anandadai

ポニョ:お袋さんの話に戻るけれど、最後の日、お母さんと一緒に散歩行かれた時、お母さんの顔がサイババさんの御顔になった時のこと話を少し詳しくしてもらおうかな。

ヨシオ:あれはいきなりやったから、自分の目が信じられへんかった。

身体とか、髪の毛とかお袋やねんけれど、顔、特に目がサイババさんで、最初、なんでお袋こんな大きい目してるんやろ。と思ったな。

ポニョ:何にも話されなかったん?

ヨシオ:何にも。その必要はなかった。じっと見つめているだけ。

そのサイババさんの目は、今までの介護に満足しているよ。あなたの事を愛しています。と言っていた。

もちろん神様やから…、でもすごいパワーやったで。

誰でもまともにあの目を、三秒間見るのは難しいと思うで。俺もすぐ目をそらしてしまったわ。

じっと見てたら、こっちが燃え尽きてしまうようなめちゃ愛のパワーがある感じ。



ポニョ:その時、もうそろそろ逝かれるのかな。という感じは?

ヨシオ:うん。今そのように言われるとそうやなあ。と思うけれど。

その時はまだ元気で、その日も二キロメートル近くは歩いたと思うで。

そのお袋が、一時間後に逝くて思うか。家内と、あと3年は大丈夫やな。と言ってたところで、サイババさん出て来られるまで頑張ってもらおう。と話してたとこやったんや。

ポニョ: ニキロメートルも歩かれたんか。そら誰でもすぐ逝くって思えへんよな。

ヨシオ:あの目、あのサイババさんの目を今も思い出す度に神様を身近に感じるねん。

力をもらう。あの目だけの思い出だけで、これからの人生、何があってもくじけないで生きていける勇気をもらったな。

それぐらいのパワーやったで。

ポニョ:ほんまに良かったな。幸運な奴やな。あんたって奴は。

ヨシオ:人間っていろんなパワーを持っていると思う。言霊、マントラ、奉仕する手、優しい言葉、想念の力。そんないろんな力があるって、知っているけれど、目を見つめるだけでこんなパワーがあるとは思わんかった。愛の力ってすごいな。目だけであれだけ愛を人に注げることが出来るって、人間ってすごい力持っているて実感したな。その時の目と比べると、自分の目はまだまだ澄み様が足りないろ思ったな。



ヨシオ:あと気がついたことは、亡くなる一二年前ぐらいから、性格が変わって来てたってことや。

ポニョ:ほう。それは初耳や。

ヨシオ:人は牛から生まれ変わったら、こんな性格や、とか前にブログであんた書いたやろ。もともと、お袋、その牛の性格しとるんや。プライドが高いし、傷つきやすいし。でもそれが変わったんや。

とても謙虚になったし…、考えてみたら、いつも自分自身の事が出来ないから俺たちに世話にならざるを得ないからそういう性格になったと思うけど、いつも、ありがとう。ごめんやで。こんな事までさせて許してな。とばっかり言うてたな。

アルツハイマーなるまで、そんな言葉をあまり言わない人やったから、性格がとても良くなったと思う。



ポニョ:ありがとう、ごめん、許して下さいか。人の性格変える三つのマジックワードやな。

そんな言葉いつも言うてたら誰でも謙虚になるぜよ。おいらも座右の銘にするぜよ。その三つの言葉。

世間で、アルツハイマーは、ゆっくり死んでいく病と言われているやんか。

だんだんと、何にも出来ないようになって来て、最後は廃人みたいになって死ぬ。

悲しい病気やな。



コメント (1)

地球の大掃除始まるで~

2014-01-14 00:00:14 | 日記
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ヨシオ:昨日に引き続いてポニョの一人舞台です。今日は屠殺され、人に食される生き物たちへのポニョの思いを語ってくれますよ。

そろそろ地球の大掃除が、始まるで。

千年至福の時代の為の大掃除や。

今苦しんでいる、人や魚や、豚君や、牛君や、ニワトリさん。もうちょっとの辛抱やで。




君たちの苦しみおじさんはよ~く分かってるで。

君たちの痛みは、このおじさんも感じてるで。

君たちの悔しさも、骨身にしみて毎日のように、おじさんの魂を揺り動かしているんやで。

君たちの苦しみのこと考えたら、ほんまにやりけん、涙を堪えて祈ってる。

ごめんやで。ホンマにごめんやで。

おじさんと、おんなじ人間が、こんなに地球をグチャグチャにしてごめんやで。

許してや。

おじさんが、人間の代表やったら、千回いや、何万回生まれ変わっても罪を償いきれへんのを知ってる。

口も聞かれへんで、ただ涙だけ流して屠殺場へ送られて行く君たち。

家族や仲間から切り離されて、人の胃袋に放り込まれる為だけの命と違うやんな。

人間に言うたれ、俺ら豚はなあ~、お前らに食われるためにこの地球に生を受けたんと違うぞ。って。



人間に言うぞ~。俺らニワトリはなあ~、唐揚げにされる為に、この地球に生を受けたんと違うぞ。

俺たちの肉食べたら、あんたら間抜けになるねんで。しゃーから、お願いやから食べんとってな。



そやそや、その調子で言うたれ。

人間に言うぞ~。俺ら魚はなあ~。

刺身になりたくないねん。活き造りやめてーな。

生きたまま、お腹裂かんとってや。切腹やないで。

あんたらの死体も飾り付けて、熊か虎に食べてもらったらどんな気するねん。


小エビ君や白魚君がどうしても言いたいことあるねんて。

あの~。踊り食いだけやめてくれる?

あの~。誤解してはるかもしれへんけど、あれ僕ら踊ってるのんと違うねんで~。

痛くてのたうち回ってるねんで~。



そうや、俺たち、ドジョウも生きたまま食われるねんで。

胃酸の海の中で、自分の身体が溶けて行くって地獄やで。

暴れまくらなあかんぐらい痛いねんで。

そんなんの為に、俺ら生まれたんと違うねんで~。ええ加減にして欲しいわ。



もっと言うたれ。牛さん。あんたが、一番大きい声で言うたれ。

人間よ。ええ加減にせえよ。わしらの事バカにするな。

どんだけ苦しい思いしてるか知っとんのんけ。

わしらは、物とちゃうぞ。

生きてるんやで。

ワシらにガキもおるし、家族もおる。

人間と同んなじ心もある。

さみしい気持ちも、嬉しい気持ちもあるねん。

人間と変わらんのやで。

たまに落ち込む時もあるで。

わしら、もう お前らに食われたくないのや。



ええ加減に、さらせ。

てめえら、わしら動物よりひどい生きもんやな。

天罰下るぞ。天誅や。

わしら、何もしゃべられへんと思ってるんやろうけど、殺される前にお前の瞳をじっと見てるねんで。

じっと見て、わしを食べた奴、承知せんって言うとるんや。

もう食べてんとってくれや。

そんなんの為に生れたんやない。

これ以上、罪を作るな。

わしらは、プラスティックで包装されてショッピングセンターに並んでると思ってんねんやったら、

そこへ行く前のわしらを見てから、ワシの肉買うてんか。

そこで、そこの屠殺場で、ワシらの怨念のうめき声聞かしたるわ。

それ聞いても、まだ買うと言うねんやったら、

てめえは、人間やってる資格はないぜ。



皆んなよう言うてくれた。

おじさんは、あんたらもっと言いたいことあるのん知ってる。

でもな、もう少しで、もうちょっとであのアホな人間どもの住んでる世界がひっくり返る。

あいつら、君らの事ただの物扱い、商品扱いして来たやろ。

あいつら、君らを金儲けに利用してきたやろ。

そんな世界は、もう終わりや。

バイバイや。

あの高層ビルの眺めのええオフィスの部屋で、ふっくらした椅子に座って電話一本であんたらの命、弄んできた連中、莫大な金をその後ろで動かしてきた連中、世界を陰で操ってマスゴミ使って嘘ばっかりこいてきた連中、全部終わりや。

新しい世の中になったら、君たちの子孫は君たちの事を悲しむだろう。嘆くだろう。

何という酷い時代に、自分たちの両親や祖父母が生きていたんだろうと。

おじさんは、知っている。

このような、ひどい、とっても地獄のようなひどい時代はもう終わりだってことを。

君たちのような酷い扱いを受けた時代は、君たちで最後だと。

安心して逝くがよい。

おいらの、兄弟たちよ。

本当に悪かったな。ごめんよ。

許してな。恨まんとってな。

牛も、豚も、鳥も、魚も、そして人も神様からみたら同じ一つの命。

人が、自分たちの兄弟であるべき他の生き物に苦しみを与えているのを、神が放って置かれるわけはない。

人が自分で蒔いた種を刈り取る時がやって来たのだ。



すべての人、すべての生き物は愛の具現です。

あらゆる鳥や動物や昆虫は、人間と同じように幸せを手に入れたいと望んでいます。

それらも人間同様に幸せを味わうのです。

けれども、それらが楽しむ幸せと人間が楽しむ幸せには違いがあります。

鳥や動物や昆虫は、幸せによって有頂天になることもなければ、悲しみによって落胆することもありません。

幸せと悲しみを平静に受け取ります。

しかし、人間は平静さに欠けています。

人間は欲望が満たされると有頂天になり、満たされないと欲求不満に陥ります。

欲望と怒りは人生という木を枯らす害虫のようなものです。

2/4/2203

すべての生き物に優しくするのは、人間にとってとても大切です。

物事を正しく見極めて、優しさを深め暮らしに活かす道を探らねばなりません。

すべての生き物に優しくすると言うのは、苦しんでいる人や生き物の面倒を見て、助けようとすることです。

他の生き物の痛みや苦しみを和らげるために、力を尽くして下さい。

優しさという言葉を何度唱えても、それだけでは何にも役立ちません。

優しさを身をもって示し、人生の一部とするのです。優しい心は神と同じだと信じて下さい。
サイババギータc27






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トロントの奇跡

2014-01-13 00:00:16 | 日記

ヨシオ:いつもサポートしていただきありがとうございます。
今回は、ポニョの貴重な体験を紹介してくれますよ。遥かカナダからのお話です。


ポニョ:それじゃ今日はおいらの一人芝居という事で始めましょうかね。
先づカナダに話が飛ぶ前に、インドのアシュラムの西洋人向けのカンティーンで、最高に美味い本場のべジタリアン ピザを、至福の思いに浸って食っていた時の話を紹介しようかな。



多分その日は、イタリア人のボランティアがキッチンで働いているんだわさ。

後で少し、皿洗いの御奉仕でもしたついでに、シェフさんにありがとう、って言ってあげようかな。

おいらが、至福の思いに浸れるのはこの瞬間だけだもんね。

だって、美味しいものを食べている時、この時が永遠に続いて欲しい、他に何もいらない、他の何にも関心が無い、美味しいものがあれば、なんにもいらない。というような気分になるんや。

これって、神の至福に浸る事と同じではないか?

と経験したことのない神の至福を、一枚のピザ、しかも自分の舌で味わえるってのは最高じゃね。

これって、至福って言わないんだってさ。失礼しました。

凡人は、悲しい~!

早く、至福の体験がしたいよ~。

というような迷走する思いで頭の中を一杯にしながら、とろけるような本場のピザをほおばっていると、背の高い白人が、

「ココニスワッテモイイデスカ?」

「アナタハ、ニホンジンデスカ?」

「ケンサン、シッテマスカ?」

「ワタシ、アッタコトアリマス。」

と、ビックリするぐらいのとても流暢な英語で話しかけてきた。あたりまえじゃ。

「そら、健さんぐらい、日本人だったら誰でも知っているさ。国民的映画スターだぜ。」
というと、



「カレガ、エイガスターナンテ、シリマセンデシタ。」

「フットボールノスターノ、マチガイデハ、ナイノデスカ?」

「どの健さんのことを言っているんだよ。おいらは、フットボールの健さんなんて、聞いたことがないぜ。

「おいおい、なに健って言うんだい。そのフットボールのケンさんって野郎は?」

「トロントニスンデル、ウエヤマ ケンサンデス。」

「それを、早く言いなよ。こちとらは、てっきり高倉の健さんだと思い込んじゃったじゃねーか。」

「ほんと、手間とらしやがって、これだから金パツと話すのは、面倒なんだぜ。」

「ところでよー。そのトロントのケンさんって野郎は、一体どんな野郎なんだい?」

「ケンサンハ、…」

「分かった。分かった。もう喋らなくていいから。たくー!カタカナの変換ボタンを、いちいち押すのが面倒になってきやがった。」

「お前さんの、言ったことを平仮名でタイプするんで、もういいよ。金パツの兄さんはもういいから、舞台の裏に、引っ込んでおきな。ご苦労さん。」

という具合で、いきなりカナダの金パツの兄さんからトロントのケンさんの話を聞く羽目になっちまいました。

せっかくの、ピザが冷めちまったじゃねーか。おいらの胃袋を満たす、至福の時を犠牲にして聞いた、ケンさんの奇跡の話でヤンス。



ケンさんは、大学在学中に奥さんと知り合いサイババさんの事も知った。

もともと、クリスチャンで牧師になり、プロフットボールの選手でもあった。

奥さんは、是非サイババさんに会いに行きたいという希望を持っていたので、ケンさんもあまり乗り気はしなかったが、一緒について行くことにした。

早朝のダルシャンに参加しないといけないと言われたが、奥さんだけ行かして自分は部屋にいた。

しかし、奥さんにお尻を叩かれて行くことにしたが、朝早いので、ダルシャンラインで居眠りしてしまった。

サイババさんが、出て来られて足で踏まれて起こされた。周りの人たちに笑われた。



それ以来、また行くのをやめた。

ある日、ボランティアで地面を馴らす仕事をしていると、サイババさんの車が横に停車して、調子がおかしいのでちょっと見てくれと言われた。

ボンネットを開けて、チェックするとキャブレターの故障のようだった。

サイババさんにそう告げると、サイババさんは宙から、手を回してキャブレターを取り出した。

驚いて、製造ナンバーが同じか照らし合わせて見ても、ナンバーは無かった。

サイババさんが、いろんな工具を持っていたので、無事にキャブレターを交換出来た。



その後、インタビューに呼んでもらい、ケンさんの前世はシルディババの信者だったと告げられた。

サイババさんは、ケンさんのトロントの家を訪れるつもりだ。そして、いろんな奇跡を見せてあげると言われた。

ケンさんの家には小さい地下室があり、そこに祭壇をおいて神様を祀っていた。

インドから帰って来てそこで、夫婦でバジャンをしていると、小さなヒンドゥー教の神さんの像が祭壇の上に現れるようになった。



また、果物をお供えしておくとバジャンが終わったら、その果物にいろんなサイババさんのメッセージが書かれてあった。

お供え用の果物がない時には、メッセージが書かれた果物が出現する時もあった。

驚くべきことに、お供えの果物が小さくてまだ食に適していない時は、バジャン中に大きくなり、バジャンが終わる頃にはちょうど食べ頃の大きさになっているのだった。

もちろん、メッセージも付いていた。



そのような奇跡の噂を聞きつけて、多くの人がやって来た。電話も絶える事なく鳴った。

だが、残念なことに地下室はとても狭かったので予約して行かないと皆んなが入りきれなかった。

それでも来た人たちは、ビデオカメラやカメラで果物が大きくなったり、突然メッセージや神の像などが現れたりするのを撮って喜んで帰って行った。

地元のマスコミやラジオ局も取材に来た。トロント中で有名になった。

暫らくすると、サイババさんが家に現れ始めた。

奥さんには見えないのだが、ケンさんにだけは見ることが出来た。

見えるだけではなくて、話すこともまた、一緒に台所の皿洗いも手伝ってくれた。

話す内容は、雑多な毎日の出来事から始まって、最近では主にトロントの郊外に引っ越す話題が多くなっていた。

農場を買って、そこで新しいアシュラムを始める話だ。

サイババさんはそこは将来、大きな社会動乱が起こるので避難民キャンプになると言われたのだ。

場所は、ケンさんの夢の中でその農場の景色を見せるので、自分で探すように言われた。

そして、ケンさんはそれを見つけた……。

(
写真はイメージです)


おいらがその話を金パツの兄さんから聞いた時に、この話どっかで聞いたことがあるぜ。と思ったんだ。

そう、おいらの相方とおんなじじゃんか。

サイババさんは、オーストラリアだけではなくて、カナダでも何かの準備をされているってことなんやろな。

おいらの知っているだけでも、ブラジルやノルウェーでもサイババの帰依者がそういう事をやっているらしい。
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ババは、事前に一部のサイの帰依者を使って何らかの準備をされている。
しかも、サイの組織から距離をおいたところでやっておられる、というのが面白いのな。

そして相方もケンさんも、前世はあのシルディババの信者だったというから、そういう事をシルディババの頃から準備しておったという、神様の遠大な計画には恐れ入るよな。



ノルウェーでは、ノルウェーのサイの組織がわざわざアシュラムから出版しているサナザナサラチという雑誌に投稿して、準備をしている人達を批判をしてたな。

彼らもいろいろと大変やろな。まあ、多分本人達は気にしていないようやけれど。




何れにしても、何か世直し的な事が起こるんじゃろうな。




それが、もうすぐ見れるのじゃ。この、めちゃくちゃな世界の世直しが始まるんや。
グローバルエリート達が牛耳っている世界がひっくり返るって、想像しただけでも痛快やな。
嬉しカルカルじゃ。

“悪魔的人間は人間の守るべき道徳律を無視し、恥ずべき感覚の悦楽を追い、エゴと慢心に満ちて利己的な目的の為に他の人を傷つけることをなんとも思いません。彼は傍若無人に罪深い行動をし続けます。自己中心が彼の息吹であり執着は彼の背骨です。このような利己的な人を称して悪魔と言います。”




肉食やめよう。いつ?今でしょ

2014-01-12 00:00:53 | 日記

ポニョ:世界の人口が、どんどん増えて止まらん様になっているのは肉食が原因なんやで。
実は、肉食と人口増加には大きな因果関係があるんやぜよ。



ヨシオ:そうやな。霊的な法則では、霊の旅路は石などの鉱物、そして小さい微生物から、植物、爬虫類などから、哺乳類へ進化して行く動物の身体を取る。
つまり、それぞれのレベルの霊体はそのレベルに合った肉体を取ることが出来るんや。
そして、その頂点に立っているのが人間の身体や。
その一つ手前の身体は、人間のためにミルクを出したり、畑を耕したりして奉仕し、良いカルマをたくさん作っている牛や。もちろん、馬も畑を耕したり、人を乗せたり物を運んだりして良いカルマを作っている。
また、ペットとして飼われている犬や猫、引いてはペットの鹿でさえも次の生は人間に生まれ変われるんやで。
いつも人間に触れられているから、たくさんの人間の霊力を体の中に取り込んでいるからなんや。


ポニョ:そういや霊力というのは水のようなもので、肉体同士が触れ合うと、相互に流れ合うという性質を持ってるって言ってたよな。だから飼い主と、ペットは似てくるって言うもんな。夫婦もそうやろ。友達同士だっていつも一緒にいれば体が触れ合うから、兄弟みたいになるもんな。

ヨシオ:逆に、兄弟でも豪邸に住んで別々の部屋をもらって、あまり身体同士の接触がない家庭では、兄弟でもよそよそしくて兄弟らしくないもんな。
逆に小さい部屋に押し込まれて、小さい時から喧嘩ばっかりしている兄弟の方が兄弟らしいやんか。
夫婦もそうや。単身赴任だと夫婦の接触が少なくなるので心も離れてしまうもんな。


ポニョ:人が肉を食べるということは、牛や豚を殺すということやろ。
その殺されて人に食された牛や豚の霊が、生まれ変わって人の体に入って生まれ変わって来ると言われてるんやろ。

ヨシオ:霊的進化の法則では、最初は鉱物などの中に入っていた波動の荒い霊体が、だんだん波動が細かくなって行き、いろんな植物や動物の生を経て進化して行くんや。そして一旦動物の身体の中に入ると子育てなどの自己犠牲を伴った奉仕をして徳を積んで行くやろ。そのように霊体が動物の持っている獣的な傾向を少なくして、牛や馬などの身体を取れる程霊体が進化したら、その次に取る肉体は霊的進化の頂点に立つ人の身体なんや。
という事は、人に食された動物たちの霊が、人となって生まれ変わって来るんや。ちょっと考えただけでも恐ろしいよな。しかも人が肉を食べると、殺された牛達の霊体を自分の霊体の中に取り込んでしまうから、その肉を食べた本人も牛達の獣的な性質を身に付けてしまうんや。もっと恐ろしいのは、その殺された牛の霊体を食べる事によって、自分の霊体の中にその牛の霊体を取り込んだ結果、霊的親和力の法則が働き、その食べた人の家族の赤ちゃんに自分が食べた牛の霊が生まれ変わって来る確率が高くなるんや。

ポニョ:ああ恐ろしや。オカルト映画の世界やぜよ。

ヨシオ:今、世界でどんだけの数の牛や豚などの生き物達が殺戮されていると思う?大変な数や。それらの内の何割かは、また動物の身体を取って生まれ変わるけれど、そうで無い場合は人になって生まれ変わって来てるんやで。人口が増えるはずや。


ポニョ:でもその殺された牛や豚は、牛や豚としての生を全うしてないから、牛や馬としての徳を積んでいないから、人として生まれ変わっても善悪が判断出来ない、自己中な人間として生まれ変わって来るんやろ。

ヨシオ:もし牛や豚も人に食されず、自分たちの子供の面倒をみて育て上げ、飼い主のために畑を耕し、ミルクを提供しておれば、牛としての徳を積むことが出来るから。
そして、その牛としての徳を積んだ生を終えた牛が人の体を取っても、十分に一人前の人間として社会に迷惑かけずに生きていける人となれるんや。このように徳を積んで獣的な性質を少ななくし、進化を遂げて行く霊体が、その霊体に見合ったレベルの高い肉体を纏いながら一段一段階段を上っていくように生まれ変わって行き、最後には肉体の衣を脱いで神に到達するというのが霊的進化の秘密なんや。
ところが、牛としての生の中途で人に肉として食される為に殺されてしまうと、霊体が徳を積んでおらず成熟しきれていないので、人間の身体を纏っても、人間としての分別があり思慮がある行為が出来ない人間が社会に跋扈するようになってしまうんや。

ポニョ:ふーん、そういう事が起こるんやな。

ヨシオ:それが理由でこの世の中にいっぱい変な人間が増えてるんや。
昔やったら考えられないような凶悪犯罪や猟奇的犯罪が増えているやろう。昔の日本みたいに人情があり、知らない人でも助け合って、お互いに苦しい時を乗り切って行く美徳なんて、だんだん薄れてきてるやろ。政治や経済の世界でも、賄賂や天下り利権などを追い求めて民の事を全く無視したモラルの無い人間が国会議員や国のリーダーになっているやろ。それって元を正せばすべて肉食のせいなんや。

ポニョ:だからサイババさんは、バジパイがインドの首相になった時、『あなたが、首相としてしなければならない第一番目の事は、インド中の屠殺場を閉鎖することだ。』とおっしゃんたんやな。


ポニョ:それでもまだ、州によって法律が違うから、屠殺場は全部閉鎖出来ないんや。
それに、貧しい農家の人たちが、年取って働けなくなった牛を、昔やったら死ぬまでペットみたいにして世話をして最後まで見とっていたけど、今では二束三文で業者に売りとばすんや。
屠殺場が無くなった州では、業者は輸送費を節約する為に、牛たちを鞭で追いたてて、屠殺場のある隣国のパキスタンやバングラデシュに、牛たちを追い立てて、死の行進のようにして連れて行き、牛革や肉を取るために殺しているのが現状なんやで。
その皮をバッグやコートにして日本に輸出し、それをコギャルどもが喜んで買っているんや。



ポニョ:サイババさんは、誰も人口の増加を止めることは出来ないと言われたんや。イエスがこの世に来られた一つの目的は、エルサレムの神殿で可哀想な鳥などが売買されているのを止めさせる為やったんや。
でも現代の方がもっと大規模で殺戮が行われていているし、状況が酷すぎるやろ。この現状をイエス様が見たらどう思うやろか?

ヨシオ:イエスとは言われないやろな。

ポニョ:こんな真剣に会話をしてる時に、変なダジャレを言わんとってくれますか?ところで、ある人は菜食の人だって植物を食べてるやないか。植物にも痛みがあるんやとか言ってたけれど。

ヨシオ:植物に神経なんて無いやろ。キャベツを切る時に痛いって叫ぶか?その人の妄想や。ほっとけ。

実際のところ植物も動物と同じような生を持っています。
しかし動物が持っているような心や神経系統というものは持っていません。
動物は、彼らが殺されるとき泣き叫びます。
植物にはそういうことはありません。
動物を殺すことと、植物を刈り取ることを同様に見るのは間違った考えです。
付け加えて言えば、動物を殺してその肉を食べるとその動物の性質や振る舞いが、人の中に入り込み浸透していくのです。
その結果、動物的な性質つまり、牛や羊のような鈍生の性質を身につけてしまうのです。
それ故肉食は止めなければなりません。
食物が人の心の性質を左右するのです。心は思いを導き、思いは行為の結果を引き出します。
行為は、それに見合った結果や影響を引き出します。
我々の摂る食物と我々の行為の結果との連鎖は、肉食が、獣的な行為と悪い影響を人に与えるということに繋がることを教えています。SSALp, 132

ヨシオ:星やんが以前、オーストラリアの俺の農場に一ヶ月ほど滞在したことがあるんや。その時にあちこち車で連れて行ったんやけれど、星やんが景色が良い牧場があるのを見て「ここはええとこやなー。まるで天国みたいに羊達が幸せそうに草を食べてるな。」と言ったので俺は
「どこがええねん。よく見てみ。ここはキリングフィールドやで。肉が硬くなるので三歳より年取った羊はいないんやで。三才までに全ての羊は殺されるんや。」と言ったらびっくりしてたな。

ポニョ:そら驚くよな。牧場の景色だけ見てたら平和やもんな。

ヨシオ:星やんがショックそうにしていたから、俺はついでにこう言ったんや。
羊も豚も牛もニワトリも、みんな寿命が来るまでに殺されるんやで。オーストラリアの屠殺場は大忙しや。知り合いの農家の人が『ペットの仔牛がいるから、子供を連れて見においで。』と言ったので毎日子供を連れて餌をやったりして喜んで見に行ってたら、ある日突然、仔牛が見当たらないんや。子供と一緒に、仔牛ちゃんはどこへ行ったんやろな。と探していたら、その農家の人は冷蔵庫に今朝入れたって言うんや。
俺は自分の耳を疑ってもう一度聞くと、農家の人は、肉の塊がいっぱい入っている冷蔵庫の扉を開けて見せながら、今日から柔らかくて美味しい仔牛のステーキを毎日腹一杯食べれるって喜んでたんや。

俺はめちゃ驚いたな。あんなに可愛がっていたのに...餌もやって子供らになついていたのに、腹が立って涙しか出て来なかったな。



俺はその話を聞いた時に、こいつ精神に異常きたしているか、それともこいつがこの社会で普通の人やったら、社会全体が異常をきたしていると思ったな。神殿で、可哀想な鳥たちを助けるためにイエスさんが来たんやったら、この地球規模でやられている大殺戮を、神の化身であるサイババさんは見逃してもええんやろか?

絶対、このままではすめへんで。お膝元のインドの牛はどうやねん。めちゃ可哀想やんけ。魚やったら殺してもええのか。クジラはどうやねん。ニワトリは殺されて唐揚げになっても、それが、ニワトリの運命なんか?ニワトリは人に食われるために生を受けたんと違うやろ。
ニワトリの養鶏場を見に行ったことあるんやけれど、酷いもんや。
身動き出来ない狭いゲージ入れられて、餌を無理やり食べさせられて、病気にならない様に抗生物質がいっぱい入った餌を食べさせられるんや。まるで物扱いや。ニワトリだって、自分の鳥としての喜びや生き様があるのんと違うんか。



それを、全部人の都合で奪い取って、商品や物として扱う。生命を全然尊重してないやろ。


ニワトリや牛だって、俺たちのように痛みを感じるんや。叩けば悲鳴をあげるしな。それなのに叩くどころか、殺すんやで。どうやって殺すか見たことあるか。

牛の場合はまず、頭に弾丸ぶち込むんや。事前に弾丸をぶち込まれて、自分が殺される事を知ってるから、殺される前に何等かの牛は泣くんやで。涙をポロポロ出して。あのでかい図体の牛が。



それに、弾丸をぶち込まれても、まだ牛は体力あるからすぐに死なないんや。まだ、フラフラして生きとる。その生きている牛ののどに、カギ型のフックを引っ掛けて、チェーンで天井にあるレイルにぶら下げるんや。それでもまだ生きてて身体が震えているんやで。それから、腹を首から一文字に裂いて内蔵を出すんや。それから…。


と続いて話そうとしたら星やんが
「もう分かった。分かったよ。もう言わんといて。ごめんやけれど、僕はもう聞きたくない。」と言ったんや。でも俺は、続けてこう言ったんや。
電気ショックで殺すとすぐ死ぬけど、肉の中に血が残って、肉の質が落ちるからしないんや。だから弾丸を脳みそにブチ込んで失神させるだけなんや。そして牛がまだ生きてる間に、大きな刃物で頸動脈を切って血を抜くんや。でも、二三発撃たないと失神しない牛もいるんや。牛が暴れたら、危なくて頸動脈切られないから。牛は失神しているから、痛みを感じないって人は言うけれど、撃たれた時や、急所を外されて撃たれた時に、痛みは全然ないと言えるのか。
それに牛の場合は睾丸をペンチで潰すんやで。豚の場合はカミソリで切り落とすんや。本当はヨーロッパのように麻酔薬注射して眠らしてから血を抜くということも出来るんだけれど、血や肉の中に麻酔薬が混ざるし、注射を射つと、薬が効くまで時間がかかるんや。また人手もかかるし金もかかるから、牛さん、人の都合で痛いけど我慢してや、弾丸を脳みそに打ち込みますよ、という事になっているんや。それに牛も殺されて霊魂になった後、自分の肉体が解体されるのを、恨めしい顔をして、横でしっかり見てるんやで。それらの生き物は、自分と掛け離れたものでもなんでもないんや。本当は自分の一部やということに人は気づかないと、彼らも俺たちと同じ、地球生命体の一部なんや。俺たちは実は、みんな兄弟姉妹なんや。

ポニョ:あの哀れな生き物たちは、もちろん魚も含めて、地球という惑星に何十万年にもわたって、誰にも迷惑かけないで自然と調和して住んで来たんやもんな。

ヨシオ:彼らも人間と同じく、この地球に平和に住める権利を持っている同じ地球の住人や。



ポニョ:彼らだって、きちんと自分の子供を育て上げて生を全うしたい。孫の顔も見たいし、自分たちも幸せになりたい希望は持ってるんやもんな。おいらたち人間と同じ心を持っているんや。
なのに人間だけが、特別にこの地球上で何をしても許されるという特権を持っているわけではないもんな。もし持っているとすれば、それは、他の生き物より少し知恵がある分、他の生き物の面倒を見て、彼らが健康で幸せな生を送るのを手助けする義務を、逆に人に課せられているという事を忘れたらあかんのに、なんやねんこのざまは。


めちゃくちゃやないか。
そして、そういう人に殺戮された生き物たちが今、人に食された後、不完全な人間、人間社会のお邪魔虫人間となって生まれ変わり、人の世に迷惑をかけながら生きとるんや。世の中がグチャグチャになっているのは、人の世がこんだけ荒れ狂ってるのは、人が罪も無い生き物を殺して食べたからなんや。そのカルマを、今おいら達は刈り取っているんや。

ヨシオ:母なる地球はいつまでこんな人の蛮行をお許しになるのか?
やっぱり地球は一度大掃除しないといけないのと違うかなと思うよな。
こうして、このブログ読んでもらっている間だけでも、何千という罪もない生き物が、人の食料になる為に殺戮されているんや。
そして数え切れないくらいたくさんの、人間の身体を持て余している者どもが、ゾンビのようにこの世に復讐するかのように、生まれ変わって徘徊ている。



もういい加減に、この辺で肉食やめようぜ。

いつ?

今でしょ。


今日、どうして人口の増加が起こっているかといえば、それは人々の行為のせいである。
人々の小さな胃袋を満たす為に、神は世界に沢山の食料となる物を創造しました。
大量の米、大量の小麦、大量の果物のような良い食料を神が与えているのにもかかわらず、人々は肉や魚などを摂っています。
そしてそれらの人によって殺され食された魚(や動物たち)が,人として生まれ変わってくるのです。

Summer Showers in Brindavan 1977p182