サイババが帰って来るよ

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余命五ヶ月 この世に不可能は無いの巻

2018-06-28 04:00:39 | 日記

あらゆる霊性修行は、ハートの清らかさとマインドの落ち着きがあるときにだけ、良い結果を生みます。
もし神の恩寵があれば、あなたがこの世界で成し遂げられないことなど何もありません。
神は死人を生き返らせることもできるのですから、神に不可能なことなどありますか?
神は天を地に、地を天に変えることもできますが、あなたが神の恩寵を得るには、清らかなハートで祈らなければなりません。
つまらない噂話をしてはなりません。
他人の悪口を言っているあなたに、神が願いを叶えてくれることなど期待できますか?11-8-2000

ポニョ:アメリカで困窮家庭の子供たちを気遣う先生が遺言で、自分の葬式には花束ではなく困窮家庭の子供たちに与える色鉛筆などのいろんな教材を入れたランドセルを持って来て欲しいと頼んだんや。その話を聞いて百人以上の葬式に参列した人々は、全員教材がたくさん詰まった新品のランドセルを葬式に持って来て、葬式の後、そのランドセルを学校に寄付したんや。
亡くなる迄、困窮家庭の子供たちに想いを寄せていたその先生は、先生の鏡だと称賛されているんやて。
https://jp.sputniknews.com/life/201806275043753/

ヨシオ:それは良い話やな。俺は葬式をするつもりはないけれど。というのもこちらでは葬式に結構金がかかるんや。その金を良い事に使った方がええやろ。

ポニョ:おいらやったら、ホームレスさんに与える弁当を、一人当たり10個ぐらい葬式の参列者に持って来てもらって、葬儀後それらを配りに行くように遺言するやろな。

ヨシオ:また食べる事か。

ポニョ:ところで抗ガン剤と免疫療法の併用、それプラスおいらが紹介した自然療法の効果や副作用は如何ですか?

ヨシオ:カイロで胃ガンの患部を温めるのは良かったな。痛みが和らいだ。でも肌にカイロを直接付けていたので低温やけどになったけれど。
免疫療法の薬は「身体の免疫力よ、甦れ!ガンの腫瘍に対して闘うんだ。」と、身体の中に元々ある自然治癒力を目覚めさす役割をする薬で、効いてくるまで時間がかかるらしい。
先日その免疫療法の薬と抗ガン剤のフルオロオプラシルという薬を四十六時間かけて点滴注射したけれど、いろんなきつい副作用が出て来たな。
どっちの薬のせいで副作用が出たのか知らないけれど、先ず、胃がつわりのようにムカムカし始めたし、汚い話やけれど便が緩くなって来たな。

ポニョ:それは完全な抗ガン剤の副作用やぜよ。うちの知り合いもそう言ってたから。

ヨシオ:それ以外はマイナーな副作用やけれど、右目が光に対して繊細になって時々、一瞬やけれど目の前でフラッシュを焚かれた時みたいに、目が眩んで右目だけ見えなくなるんや。また指の先が振るえたりしたけど、それはすぐに治ったな。

ポニョ:うちの知り合いも、指の先が振るえて来たとも言ってたな。多分、それも抗ガン剤の副作用やぜよ。目の話は聞いたことがないぜよ。

ヨシオ:でも胃薬を飲んだら食欲も出て来たし、嬉しいのは心拍数が常に百あったのに、なんと六十台まで下がって来たので、いろいろと細かい仕事をしたりして動き回れるようになったんや。先日も孫のクマ太郎を抱いて、嫁さんや家族全員で近くの大きな鯉がたくさんいる日本庭園を三十分ほど散歩して来たんや。でも少し無理すると息が切れるけれど。クマ太郎はとにかく重いんや。生後二ヶ月で七キロ以上もあるから。背も高いし。

ポニョ:クマ太郎って…。クマ君と呼んであげてくれますか?可哀想やんか。

ヨシオ:だって親がクマなんてふざけた名前を付けるからや。二ヶ月やのにもう車に付ける赤ちゃんの補助席が小さいんやで。一才迄用やのに。義理の息子の祖父が、ドイツでボクシングのヘビー級のチャンピオンやったらしい。だから隔々世遺伝やろな。チビやのに身体中筋肉だらけや。生まれてすぐに首を持ち上げれる赤ちゃんって見たことがない。

ポニョ:ボクシングのヘビー級チャンピオンって…。それじゃクマ太郎ってボクサーにピッタシの名前やぜよ。「青のコーナー クマ太郎!!」って感じで。ところで免疫療法で使っている薬の名前は分かったんか?

ヨシオ:こちらではニボルマブという薬で、日本ではオポジーボとか何とか呼ぶって言ってたな。なんで薬の名前って変な名前ばっかりなんやろな。俺やったらもうちょっとマシな名前を付けるのに。スグニキークンとか何とか。

ポニョ:あのね、そんな名前を付けてすぐに効かなかったら訴えられるぜよ。

ヨシオ:それじゃイタミキエールとか、ツワリナクナルとか、ポックリイケールとかという名前はどうや?

ポニョ:あのね。ポックリイケールなんて薬を売り出すと殺人罪で訴えられるぜよ。でも、オポジーボってめちゃ高い薬やぜよ。一時期、一年間処方すると三千万円以上もするので問題になったんや。今は半額ぐらいになったけれど。でもそれをタダで投与してくれるって、本当にサイババさんがあんたの面倒を見てくれているって分かるよな。

ヨシオ:実はこの前、アシュラムに滞在していた時のことを思い出していたんや。その時に、今から思い返しても腑に落ちないようなことをサイババさんが俺にされたんや。
それは、俺が一番前の列に座っていた時にサイババさんがダルシャン会場を歩いて来られて、俺の前に立たれたんや。そして俺のお腹の部分をじっと見られたんや。その後、何事も無かったように去られたんや。その時に俺はサイババさんがどうして俺のお腹の部分をじっと見られたのかなと思っていたけれど、今になって思えば多分、将来胃がんになるのを見通しておられたのかなと思うんや。
だって、その後すぐにサイババさんが俺に、「お前は将来、拳銃に撃たれる。でも私がそれを阻止する」と言われたんや。だから、拳銃に撃たれて死ぬ代わりに胃ガンになって死ぬ方が俺にとって良いので、胃ガンというプレゼントを下さったんじゃないかなと思うんや。だからありがたく胃ガンという贈り物を受け取ったんや。

ポニョ:贈り物?胃ガンが?でも良い行為をすれば、悪い行為のカルマを取ってくれるってアガスティアでもブリグでも言われたけれど。だから悪いカルマを持っていても、サイの帰依者になって奉仕活動とか良い行いをたくさんしたら、悪いカルマを取って行ってくれるんじゃないのか?

ヨシオ:別にサイの帰依者でなくても良い行為は出来るやないか。それはアガスティアのリーダーたちが、そういうことを言うことによって、人々に良い行為をさす為に言ってるんや。言わば方便や。それに悪い行為をして、それを良い行為で帳消しにする事なんてカルマの法則に反しているやないか。

ポニョ:そうやったんか。でも神さんが意図すればなんでも成るんやぜよ。サイババさんがあんたの胃袋を見られたって言ってたけれど、それって多分、その時にサイババさんがダルシャンで、あんたの胃袋に胃ガンのタネを植え付けられたんやぜよ。

ヨシオ:医者も俺の胃袋にある腫瘍の断面写真を分析しながら、胃袋の半分以上が腫瘍なので、長年かけないとこんな大きな腫瘍にはならないと言ってたな。

ポニョ:胃袋の半分以上ってめちゃ大きなガンやぜよ。しかも肝臓まで転移しているんやろ。

ヨシオ:ところが昨日、別の癌専門医が俺のガンを分析してくれたんや。すると不思議なことに肝臓に転移した筈のガンが消えていたんや。だから胃とその外側の脂肪粒に転移してしているだけやったんや。

ポニョ:肝臓には太い血管がいくつも通っているから、肝臓に転移したらあっという間に身体中にガン細胞が広がるんやで。あんたは何事も無いように言うけれど、ガンが消えていたって信じられないぜよ。もちろん神さんが意図すればなんでも成るんやけれど。

ヨシオ:医者も信じられないと言ってたな。

ポニョ:神さんが意図すればなんでも成るんやぜよ。それって多分、おいらが勧めた自然療法が効いているのかな。と言うことは、おいらはあんたの命の恩人やぜよ。それはそうと、死ぬまでに会いたい人が三人ほどいるって言ってたけれど、誰か一人くらい会えたのか?

ヨシオ:黒人の元バスケの選手とその家族に会えたな。俺の話を聞いた途端、周りにたくさんの人がいるのに人目もはばからず、大粒の涙を流し、大きな声を出して泣きながら俺を強く抱きしめてくれたんや。そいつの涙が俺の頰や首筋を流れて来るので、室内やったのにまるで屋外で雨に濡れたような気分やったな。
そいつは俺に「何も言葉が出て来ない。僕はどうやって君を慰めて良いか分からない。僕が出来ることは、ただ、君をこうして抱きしめることだけだ。君のような友達を失いたくないんだ。世の中にはいろんな悪い人たちもいるのに、どうして君のような良い人を、神様は僕から奪って行かれるんだろう。それって不条理じゃないか」と言って、ずっと泣きながらハグしてくれたんや。

ポニョ:めちゃ心があったかい人やぜよ。そんな時に、ペラペラといろんな言葉を使って慰めてくれる友達は本当の友達じゃないぜよ。おいらもあんたが亡くなった時は、言葉少なに見送ってあげよう。

ヨシオ:ポニョは国語力が無いだけやないか。その奥さんも顔の化粧が取れるぐらい泣いてくれたんや。「これで今生の別れやから、最後はいつもの笑顔を見せてくれや。その美しい笑顔を見に、俺はお前に会いに来たんやから」と頼んだら、二人とも顔を引きつりながら無理に笑顔を作ってくれたな。

ポニョ:本当に良い友達やってんな。

ヨシオ:この前も紹介したけれど、そいつは心がとてもピュアなんや。奥さんも。子供達も。だからいつ会っても、愛がいっぱいでまるで天使のような夫婦なんや。

ポニョ:似た者同士が惹かれ合うって言うけれど、あんたには、海千山千のややこしい連中しか友達がいないと思っていたけれど。

ヨシオ:ポニョのような奴か?もちろんそんな連中もお見舞いにやって来るな。特に昔はサイの帰依者やったけれど、今ではサイババさんへの信仰心を失い始めている人とか。そんな人の俺へのお見舞いの決まり文句は「サイの教えを100%守って生きて来ているヨシオが、まさか胃ガンになるとは信じられない」なんや。
つまり、俺がサイの教えを守って生きて来ているのに、そんな俺が胃ガンになるなんて、サイババさんは帰依者を守っていないやないか、と言いたいんや。
俺はすぐにその人の心が読めるから、そんなことを言う人に、「君はまだ自分が肉体だと思い込んでいるね。俺の肉体も君の肉体も全て神の道具なんだ。あのお方が俺たちに生命を下さり、そして取って行かれる。俺たちがその間にしなければいけない事は、生きている一瞬一瞬を愛で埋める事なんだ。君も一時期でも霊的な道に入った人だったら、少しでもこの世の物事に執着して、世俗的な事に囚われないように。そして生きている目的を見失なわないようにしなさい。」と言ってやるんや。

ポニョ:あんたのような人の心が読める人をお見舞いに行くって難しいな。でもお見舞いに行って逆に説教されてたら世話ないような。でも説教出来るほど元気やったから良かった。おいらは抗がん剤治療や免疫療法の副作用で、もうくたばっていると思っていたけれど。

ヨシオ:俺はタフなんや。そんな簡単にくたばるか。血中ヘモグロビン濃度が3.0でも一人でトイレに行って、冗談を言って周りの人を笑かしていたんやで。昨日の医者も、そんな患者を見たことがないと言ってたな。この世は神さんのお遊びの場やから、いつも神さんと一緒やったら不可能な事って何も無いんや。

ポニョ:つまり、神さんが意図すればなんでも成るって言いたいんやろ。

ヨシオ:もう分かったっちゅうに。

良い行いは、誤った行いによる悪い結果を取り消すことが出来るという考えは、貸し借りの発想です。
神の貸借対照表は、それと種類が違います。
神は善行善果、悪行悪果と言った具合に、あなたが自分の行為の結果に直面するようにします。
神は人のどのような行為の結果にも、足し引きはしません。STPS2p153

神のレッスンシリーズ(24)

2018-06-25 04:00:17 | 日記

ポニョ:今週もダイアナさんの手記が続きますが、今週は判断を下すというテーマですが、人にレッテルを貼るという意味合いが強いです。

ヨシオ:以前、アシュラムの宿泊所の受け付けの赤毛の兄ちゃんが、外国から訪れた帰依者たちに、良い部屋を与えるから、ラジカセとか腕時計をくれないかと、ねだっている話をしたやろ。
それで帰依者たちは、サイババさんに「どうしてあんなならず者をアシュラムの受け付け係にしておくんですか。」と文句を言ったら、サイババさんは、「あいつはタチが悪い奴なので、アシュラムの中で面倒見ないといけないんや。アシュラムの外に放り出すと悪い事を好き放題始めるから」と言われたやろ。
帰依者と神の関係って、他人がどうこう言うもんじゃ無いんや。

ポニョ:その赤毛のインド人も帰依者のうちに入るんやったら、帰依者をやめようかな。と言う事で、ダイアナさんの手記をお楽しみ下さいね。

判断を下す

実在と非実在は、二つの異なるものではありません。
一方は他方の欠如であり、ただ それだけのことです...二つとなって現れている一なるものがあり...純粋な心はその実在をくっきりと映し出します。
――それは自己と外界の基盤である神です。
神は宇宙のあらゆる粒子に内在しています。
明瞭なヴィジョンがあれば、いつ、どこにいても、神を体験することができ、そのヴィジョンは、計り知れぬ無限の至福を授けます。
サティヤ サイ ババ

かつて、ある賢者が言った。
「もしあなたが真理を理解したいのなら、何にでも賛成か反対かという意見を持たないことだ。真理を探そうとせず、ただ意見を心に抱くのをやめるのだ。」
シンプルな指示は、時おりこの上なく従い難いものだ。内省的な霊性の道に長くいればいるほど自分の無知をますます悟る、ということを私は発見した。
その結果、心に抱 いている意見はほとんどない。宇宙の広大さと精神世界における神秘の深さを熟考すれ ば、私たちは自分がどれほど小さく、どれほどものを知らないかを素早く理解する。
何年も前、私は「霊的」であろうと試みていた。「試みるのではなく、やりなさい!」 と、スワミはおっしゃった。
あまりにも明白に倫理と道徳の霊的規律を破っていると私が感じる人たちに対して、スワミが偏りを持たず、非難なさらないことに私は当惑していた。
当時、私は“善人は報われ、悪人は罰せられるべきだ”と感じていたのだ。しか し、それは神のやり方ではない。人間のやり方である。
スワミは「神は報酬にも罰にも関わらない。神は永遠の、影響を受けない目撃者である」ということを思い出させてく ださった。

スワミは、数多くの説明しがたいことを語ったり、なさったりするので、私たちはしばしば当惑させられる。最初は、スワミの振る舞いを他人の振る舞いと比べるのは当然であり、人間的な反応なのだが、そういった比較が正しくないことはすぐわかるようになる。
スワミは姿だけが人間なのだ。それ以外のスワミの存在は、私たちの意識状態を はるかに超えた性質から成り立っている。スワミのユニークなやり方に関して、そこから判断(ジャッジ)を公式化する比較基準を定めたり、いかなる論理的見解に達したり することもあり得ないのだ。
真似のできない独特のやり方で、かつてスワミは、私がスワミや他の人々を判断しないことに関して、とても貴重なレッスンを与えてくださった。
その時以来、私は同じ過ちを繰り返したことはない。私が学んだ判断の最善の利用は、私たちが判断を自分自身に向ける場合だ。

私と私の帰依者の関係に(第三者が)判断を下してはいけない
この貴重なレッスンを学ぶのを助けるため、スワミは、スワミだけにできる非常に効果的な状況を作り上げられた。
私がよく知っていて、何度も付き合いのあったある女性 が、たまたま私と同時期にアシュラムを訪れていた。その女性は、極めてずるいやり方で私の信頼を裏切ったことがあった。
私は彼女の道徳的、性格的欠点に十分気づいていて、そのいくつかはとても深刻だったので、彼女が改善されるまで、スワミはその女性を無視なさるだろうと確信していた。
しかし、スワミは正反対のことをなさった。毎日、 スワミはふんだんに彼女に微笑みかけ、熱心に会話する一方で、意図的に、露骨に私を無視なさった。

私のいらだちは、ダルシャンでスワミが通り過ぎるたびに義憤の念と共に大きくなった。
私は心の中で思ったものだ。「私は正しく振る舞っているのに、彼女は無作法に振る舞い、何でも好き勝手にして、しかも彼女は報いられ、私は無視されて いる! 」
スワミは、このお決まりの日課を約一週間繰り返された。
毎日、私のいらだちと情緒 反応は激しくなった。それと同時に、ゆっくりと、私の心は理解したいという願いで占 められるようになった。私は疑問でいっぱいになり、スワミの行動の裏に潜んでいる理由を理解したいと苦悶したが、感情的な怒りのヴェールが理性の力を曇らせた。
不意に、ある朝のダルシャンで、スワミは夫と私をインタビューにお呼びになった。 私の考えでは、私が呼ばれるのはその女性に関する私の判断が正しかったという確証だった。
ついに、私が「善良」であることの報いを受ける時が来たのだ。インタビュールームの前のヴェランダに集まった時、私は仰天した。その女性もインタビューに呼ばれていたのである。
彼女は自分が真っ先に入るため、私たち全員の前を大急ぎで通り過ぎた。そうすれば、自分が一番スワミの近くに座れるからだ。たちまち、確証を得たという私の説はぬぐい去られた。
私はできる限り小さく、目立たないように部屋の片隅に座っていた。その時までに、 私はスワミが自分の帰依者たちと、どのように交流すべきかを判断できる、と考えていた過ちにある程度まで気づいていた。
スワミは、私がこれまで夫と夫婦喧嘩をしてきたと彼女に言ってグループインタビューをお始めになり、私の面目を失わせた。恥をかかされた気 がして、私は静かに祈った。後悔の念と共に、私は自分の過ちに気づいたのでどうかやめてください、とスワミにお願いした。スワミは優しく、即座にご自身の注意を他のものに向けることで、私の祈りに答えてくださった。その後すぐ、夫と私は小さな個人用 のインタビュールームに呼ばれた。

私の目をじっと見つめて、スワミはすぐに人差し指を左右に振りながらお叱りになった。スワミはおっしゃった。
「私と私の帰依者との関係を判断してはいけません」
霊性の道を歩み始めると、かつて抱いていた世俗的な信念と置き換えて、私たちはま ったく新しい一連の信念を育て始める。この新しい信念体系を発見した興奮の中で、私 たちはしばしば熱烈で極端に走る傾向がある。
私たちは、霊性の道に沿って導くよう作 られている多くの「べし・べからず集」を取り入れる。そして、自分たちはそれらに従ってきたのだから「霊的」である、というラベルを貼る。そして、一連の規則に従って いない「他の人々」よりも自分たちのほうが優れていると信じて、判断のプロセスが始まるのだ。
私たちの判断は「自分だけが正しい」という意識へと容易につながるものだ。 それは、世界の主要な宗教と人類の苦悩の大きな源との間にある対立の最大要因の一つ だった。

また別の機会に、スワミはおっしゃった。「人々は、なぜスワミはこれをするのだろう、あれをするのだろうと考えています。皆さんは決してスワミを理解することはできません。スワミは理性を超えています。人間は諸感覚の下、理性の下にいるのです」

さらなる判断

1970 年代の初期に、初めてアシュラムに住むようになったころ、私はすこぶる熱狂的になっていて、自分が地上の天国にたどり着いたと感じていた。
志を同じくする霊性修行者のグループと暮らせることにわくわくし、単純に他の帰依者たちは高潔で純粋な人々だと見なしていた。私は無邪気にも、すべての帰依者たちは等しく霊的原理を実生活で応用することに余念がない、と思い込んでいた。
期待がそれほど高かったので、他の人々が期待以下に落ち始めるのに長い時間はかからなかった。
熱烈な(振り返ってみると感情的に過剰ともいえる)動物愛好家であるが ゆえ、私は真っ先に、アシュラムの人々の動物の取り扱いの矛盾に気がついた。
御講話や御教えの中で、スワミはあらゆる生き物の中に存在している、とはっきり繰り返し述 べられている。
それなのに、スワミの働き手やボランティアたちは、周辺にいる動物たちに対する行為において、この中核となる原理を完全に無視していた。

バンガロールに近いアシュラム、ブリンダーヴァンで、スワミの雌牛や駱駝や象のサイギーターは、スワミが私の家族にくださった住宅に隣接する牧草地でよく草を食んで いた。
ボランティアやお手伝いの人たちは、私が周辺の村々から救い出した病気や負傷したペット犬たちのための私の動物園に動揺しながら、スワミの犬たちを連れてよく我が家のそばを散歩していた。
彼らは英語を話したので、私は独力でボランティアたちに 対処することができ、自分の不満を彼らに伝えた。しかし、言葉の壁のせいで、大型動物の世話係たちとのコミュニケーションは難しく、彼らはよく動物たちを虐待していた。 彼らは私たちの懸念の表明を無視しているように思われた。
ある日、完全にやり場のない気持ちになって、私はスワミに告げた。
「スワミ、彼らはあなたの雌牛たちを虐待しています」 スワミは答えないまま、ただ頷いただけだった。
別の時、スワミに「スワミ、彼らはあなたの駱駝を叩いています」と伝えた。
またしてもスワミから答えは返って来なかっ た。
三回目、私はスワミに伝えた。「スワミ、サイギーター(象)が虐待を受けていま す」。
今回は、私は正しい方向を指す答えを受け取り、後によくそれを自分の数えきれない質問に答えるヒントとして用いている。
スワミはこうおっしゃったのだ。
「それは、あなたが心配することではありません。あなたの課題ではありません。」
スワミの発言から、私の課題と他人の課題、神の課題との間にある相違を学ぶ必要が あることを悟った。
神の課題とは、間違いなく世界の面倒を見ることだ。しかし、私たちはどれほど頻繁に“なぜ神はそんなことを許せるのか?”“神は彼らを罰すべきだ” と考えたり、他人がそう言ったりするのを聞くことだろう。
かつて、スワミはおっしゃった。
「神という地位が手に入るようになって、何百万もの人がそれに応募しても、その資格を与えられる人は誰もいないでしょう」


余命五ヶ月 免疫治療を始めたの巻

2018-06-21 04:00:44 | 日記
前世で作ったカルマは、今世で支払わなければならない、とあなたは誰かにそう言われたのでしょうが、しかし私はカルマの法則をそのように捉えなくてもいいと保証します。
あなたが激しい痛みに襲われた時、医者はあなたにモルヒネを注射します。
そうすれば未だ痛みの原因が身体の中にあるのにも関わらず、あなたは痛みを感じません。
それと同じように、神の恩寵はモルヒネのようです。
カルマによる苦痛を受容しなくてはいけないのにもかかわらず、あなたは痛みを感じないですむのです。

ポニョ:まだ生きていますか?

ヨシオ:何ちゅう質問や。俺が生きているのを知っているから、俺に連絡して来たんやろ。それより大阪の地震で結構家が揺れたようやな。

ポニョ:揺れたもなんも、棚に置いてた物は全部落ちたぜよ。食器類は全部割れたので、後片付けが大変だったんだってばよ。安モンの食器ばかりやけれど。この場を借りて、亡くなられた方々のご冥福を祈りたいと思います。

ヨシオ:大阪は俺の故郷やから、友達や親戚がたくさんいるけれど、俺が住んでいた北区とか北摂方面も結構揺れたようやな。

ポニョ:ちょうど会社や学校に行く時間帯やったから、公共交通機関が止まり、めちゃ大変やったぜよ。阪神大震災の時に、西宮から三宮まで歩いた時に、倒壊した建物をたくさん見たけれど、今回の被害はその時と比べるとそれほどではなかったな。
新御堂は、上りは少し混雑したけれど、上下線とも不通じゃなかったし、電車も翌日の午後にはすぐ開通したんや。

ヨシオ:でも大阪で地震って聞いたことがないよな。俺が住んでいた頃には、大阪が震源地の地震なんて一回も無かったな。

ポニョ:おいらも本当にとっても驚きましたでヤンス。地球の女神様がそろそろ目覚め始めたんやぜよ。これからもっと本格的に世界中で火山が噴火したり、地震が起こったりするかもしれないズラ。という事で、話は変わるけれど、どんな治療法にするか決まったんでヤンスか?

ヨシオ:その日は大事な日だったので、俺の家族全員が病院まで来てくれたんや。それで看護婦が俺達の顔を見るなり「免疫療法と化学療法を併用した治療法になったよ。あんたはめちゃラッキーやで。おめでとう」と医者も一緒になって喜んで祝ってくれたんや。
それでその日から早速、免疫治療を治療を始めたんや。看護婦が免疫治療の薬を点滴をする機械に取り付けながら「この薬はメチャ高いんやで。それを無料で使えるなんて、ラッキーな患者やね、あんたは」と言ってたな。
その後俺は、日本人とのハーフの医者に「日本がコロンビアに勝って嬉しかったやろ。」と聞くと「でもオーストラリアと日本が対戦すると、一体どっちを応援してよいか分からなくなるんや。」と言ったので、次男が「日本やオーストラリアが決勝トーナメントまで進むなんて考えられないから、その二チームが戦うなんて考えられないよ」と言うと、医者がそれに反対したので、診察室は日本とオーストラリアが、決勝トーナメントで戦う派とそうでない派の二つのグループに分かれて言い合いの場になり、そこが病院か何か分からなくなったんや。

ポニョ:相変わらずシッチャカメッチャカな診断室やな。

ヨシオ:小さな診察室に十人近くも人がいるし、みんな大きな声で言い合いするのでうるさかったな。ところで二日前、ポートと呼ばれる直径四センチぐらいのプラスチックのパーツを肩の近くに埋め込む手術をしたんや。そのプラスチックのパーツを埋めると、注射針をそのポートに刺すだけで、血管に注射針を刺さなくてもよくなるんや。
そのポートから出ている細いパイプは、心臓に直接流れ込んでいる静脈と繋がっているので、いつでも医者が俺の血を必要なだけ取り出せるんや。また免疫療法や化学療法で必要な薬を、痛みを感じること無しに簡単に身体に入れることが出来るんや。
でも局所麻酔だったので、思ったより手術が痛くて手術中、全身にあぶら汗をかいたんや。外科医は手術前に「痛かったら麻酔注射をどんどん追加してするから言ってください。途中で意識が無くなるかもしれませんが」と言ってくれたけれど、痛くても自分がどれくらいその痛みに耐えれるか試してみたんや。だから麻酔薬を追加せず我慢する事にしたんや。手術時間も三十分と短かったし。

ポニョ:あのね、麻酔が余り効いていないのに、それを我慢して手術を受けるなんて無茶ですよ。それにそんな無理をしても、誰も褒めてくれませんよ。

ヨシオ:いや、自分の五感をどれくらいコントロール出来るかを試したかったんや。でもめちゃ痛かったな。俺はまだ五感をコントロールしきれていないな。俺の頭の周りを何も見えないように、カーテンで覆っているけれど、意識を肉体から離そうとしても、二人の外科医がカーテンのすぐ向こう側で、俺の耳元で小声で「この血管は使えるな」とか、「この血管はここに弁があるから、穴を開けてはいけないな」とか何とか言いながら手術をしていたので、意識を肉体から離すことがなかなか出来なかったんや。
でも意識を痛みからそらすために、天井にある手術用のランプを数え、それらが全部で96個あるのは数えることが出来たけれど、痛みがどんどん激しくなり、それが頂点に達した時に、やっと意識を肉体から離すことが出来たんや。そしてカーテンの向こう側を意識体だけの目で見ると、思った通りアフリカ系とアジア系の二人の外科医が、顔をくっつけるようにして手術をしていたんや。
手術台の反対側にいた別の医者が、頭の近くのシーツをめくり、耳の穴に体温計を入れて俺の体温を測っていたんや。その時に、俺が全身あぶら汗をかいているのに気付き、「この患者さんは多分、とても苦痛を感じていると思う。体温が高いし、汗だらけだ」と言ったので、二人の外科医のうちのアフリカ系の外科医が麻酔用の注射をしてくれたんや。それを見て俺は、麻酔をしてくれたから痛みは少しマシになっていると思い込んでまた肉体に戻ったけれど、さっきと同じ痛みが続いていて、そのあまりの痛みで叫びそうになったな。もう少し意識体のままでいてたらよかったな、と少し後悔した。いやはや何とも修行不足で痛みを感じてしまった。でも本当に痛かったな。
手術が終わってから外科医が「手術中、痛みを全然訴えなかった患者は今回が初めてだ。君は根性があるね」と言って褒めてくれたんや。

ポニョ:それってアホですね。麻酔が効いていないのに我慢をするって。外科医が褒めてくれても意味が無いでしょう。確かあんたは子供の頃から、意識体を肉体から離れさせて痛みを感じさせないようにすることが出来たって記事にしたよな。

ヨシオ:親父が三歳の時に亡くなって、寂しさのあまり精神的に耐えられなくなって自家中毒になったんや。それで何を食べても嘔吐するので、病院で毎日のように大きな栄養剤が入っている注射を射たれたんや。注射針も長くて太いので、とても痛かったけれど、注射をされる時に何か違うことに意識を集中したら、痛みを感じないことに気づいたんや。それ以来、痛みをコントロール出来るんや。

ポニョ:器用な人やね。多分、意志の力が強いんやろうね。でもそのポートを身体に埋め込むと、注射を射つ時に、血管が浮き上がらないと注射針を刺す事が出来ないとかという問題が解決されるんやろ。その大きなポートに注射針を刺すだけで、血管に薬を入れたり、採血が出来るんやから。それってめちゃ便利やぜよ。ついでにマイクロチップやGPSを埋め込んでもらったら、支配層があんたの動きを監視してもらったよいのに。

ヨシオ:何で支配層に俺の動きを監視させるんや。俺はもうすぐ死ぬのに。それにいつもベッドの上しかいないから、GPSなんて要らないやろ。

ポニョ:そうでした。それで免疫療法や化学療法の副作用は無いんか?

ヨシオ:嘔吐しそうになったり、下痢などの副作用は多分明日くらいから出て来るので、充分自分でモニターするように言われたけれど、今の所は頭がボーッとするくらいかな。一体どんな薬を身体に入れたのか知らないけれど、トイレに行った後、水を流す時は、トイレの蓋をして二回水を流すようにと言われたので、結構きつい薬なんやろな。

ポニョ:どんな薬か聞かなかったんか?あんたらしいな。

ヨシオ:俺はこの治療を受けているのは、嫁さんと子供達の為なんや。俺自身はいつ死んでもええし、ガン治療なんてどっちでもええんや。でも面白いのは、俺の患者番号が0099-XX009なんや。

ポニョ:それってサイババさんの番号である9が三つもあるやんか。サイボーグ009みたいやぜよ。

ヨシオ:そうやろ。もちろん全てを神さんがコントロールされているけれど、時々こんな風に帰依者に「私が全てをコントロールしているんだよ。だから何も心配せず、今歩んでいる道を大きく手を振って歩いて行きなさい」って番号などを使って、サイババさんが導いておられるというサインを帰依者に送って下さるから面白いよな。俺は全てをサイババさんにお任せしているから、どんな薬を使っているとか、それが強い副作用を伴う薬だとかは全然気にしてないんや。

ポニョ:サイババさんと一緒に人生を歩んでいたら、帰依者が困難に会う時に励まして下さるんやな。嬉しカルカル。すごいな。099と009か。そんなに9が付いている患者番号をもらったら、おいらでもそういう気になるぜよ。でも身体の調子が良さそうで良かったぜよ。

ヨシオ:でも先週は、口もきけないほど、胃ガンの患部が痛んで大変やったんや。あくびをしても、笑っても痛いし、胃の中に何かが入る度に胃が動くやろ。その度に飛び上がるくらい痛むんや。
だから日本から姪っ子や甥っ子や知り合いが、オーストラリアにお見舞いにやって来るって聞いたのでそれを断ったんや。でも、今週からオーストラリアの東の州から息子や娘たちが、それぞれのパートナーや子供を連れて突然お見舞いに来たので、食卓の椅子が足りなくなる程家が人でいっぱいになったな。

ポニョ:例の馬鹿でかい孫さんも一緒ですか。確かクマという名前やったよな。あんたは五人も子供がいるから、それにパートナーなどを加えると大変な数になるよな。

ヨシオ:俺は別に初孫であろうと何であろうと、特別に会いたいという欲望は無いんや。逆に大体、その赤ちゃんの前世は誰か知っているので、「お気の毒にまたこんな赤ちゃんになって生まれ変わったんだ。可哀想に」という哀れみの心しか出て来ないな。
そのクマは、二ヶ月で七キロ以上もあるんやで。首も座っているし。手で何でも掴もうとするし。でも赤ん坊がいれば家庭内が和むよな。みんな家族やから気を使わないから、ゆっくりと一週間あまりの時間を楽しく過ごせて良かったな。

それにポニョが勧めてくれた自然療法のおかげで食欲も盛り返し、もうかなり元気になって来たんや。それで先日、娘の車が十五万キロも超えたので、新しい車を買いに、この前行った車専門の競売所に行ったんや。

ポニョ:確か、この前行った時には、その次の日に歩けなくなって、病院に担ぎ込まれたと言ってたよな。

ヨシオ:そう。面白いのは俺が買いに行ったその日に、娘の車が四駆に側面からぶつけられて全壊し、運転出来なくなったんや。

ポニョ:娘さんは大丈夫やったんか?

ヨシオ:すり傷一つしてなかった。タフな奴や。

ポニョ:車を買いに行った日に、今まで使っていた車が全壊するってすごいタイミングやぜよ。以前、あんたの子供達が誕生日プレゼントにipadを贈ってくれた日に、使い古したipadが壊れた状況と一緒やぜよ。

ヨシオ:そうやろ。サイババさんのタイミングはいつもパーフェクトなんや。全てを神に委ねると、神は全ての面倒を見て下さるんや。
あの車の競売所は、何千台も車が置いてあって、めちゃ敷地が広いんや。動き回るのが大変なんやで。でもとても安く買えるんやで。
以前行った時は、とても疲れて競売に参加するどころじゃなくなったので、息子の肩を借りて駐車場まで戻り、競売の途中で帰ったけれど、それを見ていた体格の良いガードマンが今回、俺に声を掛けて来て「一ヶ月ほど前にフラフラになって帰って行ったお客さんでしょう。その後、大丈夫だったですか?」と聞いて来たので、俺は「いや、あの後病院に運び込まれたら、医者に末期ガンだと宣告されて、余り命が残されていないんや」と言うと、とても寂しい表情をしながら、俺にこう言ったんや。
「あなたは神を信じているかどうか知らないけれど、僕は南アフリカから来たイスラム教徒なんです。イスラム教の教えでは、私たちは肉体ではないと教えています。肉体が死ねば魂はアッラーの神がいる天国に向かいます。そこがあなたの本当の居場所ですから、気を落とさないで下さい。それに、イスラムの教えでは、この世は全て一時的なもので、永遠なんて無いんですよ。全ては消え去ってしまうのです。人々は自分のものじゃない物に執着しているだけなんです。だから、この世の物事に囚われないで下さいね」と励ましてくれたんや。
俺は「そうなんか。それじゃ俺は一足先に天国へ行って、君が天国に来るのを待っている事にしよう」と言うと「是非お願いします。今の言葉を絶対に忘れないで下さいね。僕たちはまた、天国で逢えれば良いですね。」とお互いに肩を抱きながら別れたんや。

ポニョ:この前のブータンから来た青年と言い、南アフリカから来たイスラム教徒と言い、あんたは誰でもすぐに友達になるんやな。

ヨシオ:そいつは変わった奴で、前回息子と二人で来た時にも、俺に突然話しかけて来たんや。そいつは俺が受付で書類に書き込んだ後、俺の横に近寄って来て、俺にこんな事を言ったんや。
「突然ですみませんが、あなたは瞑想を定期的にされているでしょう。綺麗なオーラが頭の周りに見えますよ。」って。
俺は子供の頃から変な癖があって、人と話す時に心の中では返事をしているけれど、口から言葉として出て来ないんや。
その時も「もちろん誰でもオーラはあるけれど、その色が違うだけや。また全てに神を見ることが出来れば、一日中瞑想しているのと同じ効果があるから、特別に瞑想の時間なんか取らなくても瞑想は出来る」と言ったつもりなんやけれど、言葉になって出て来なかったんや。でも星やんとかお袋と話す時は、それでも会話になるんやで。お互いに何を考えているか分かるから。

ポニョ:あんたは本当に変な人間やもんな。少しは言葉を使って返事をしてあげなさいよ。その人はあんたに無視されたと思っているやろな。でもオーラが見えるって、その人は少しサイキックな人かもしれないぜよ。

ヨシオ:そいつは黒人と白人のハーフで、とても澄んだ目をしていて、南アフリカからオーストラリアの大学に留学して来て、競売の日にだけ、こうしてガードマンとして働いていると言ってたな。
将来は会計士になりたいと言ってたな。弟と二人で住んでいて、もうすぐマレーシアから来た、同じイスラム教徒の女性と結婚するとも言ってたな。俺と友達になりたそうやったけれど、俺は長い間立っていたら心臓の鼓動がとても速くなるので、余り話さずにその場を離れたんや。

ポニョ:それは愛想のない事で。

あなた方は、自分の面倒を見て自分を守っているのは自分であると思っています。
これは真実ではありません!
実際にそれを行っている者は神です。
ぐっすり眠っていて自分の周囲で何が起こっているかわからない時にあなたを守っているのは、誰だと思いますか?
その時あなたの面倒を見ているのは誰でしょうか?
それを行っているのは神です。
実のところ、神はつねに、あらゆる場所で、あらゆる状況において、あなたの面倒を見ています。
神がつねに守護しているのですから、痛みも苦しみも恐れる必要はありません。
困難は必ずやって来るものですが、必ず去って行くものでもあります。
困難は永遠に留まるものではありません。
困難は過ぎ行く雲のようなものです。
一方、神は、定まった永遠なるものです。
神をあなたの生活の基盤とし、いつも神を想っていなさい。
これが、この地への巡礼の一部として、あなた方が今日、しっかりと理解しなければいけない教えです。21/5/00


神のレッスンシリーズ(23)

2018-06-18 04:00:36 | 日記

ポニョ:今日はガヤトリマントラのお話です。どうぞお楽しみ下さいね。


ガーヤトリー マントラの伝授

西洋人はガーヤトリー マントラによって創り出されるバイブレーションを調べて、 それがヴェーダで規定された正しい発音で唱えられるなら、周囲の空気が肉眼で見える ほど輝いてくることを発見しました。それゆえ、このマントラが唱えられる時、ブラフ マー〔神〕の光輝はあなたに降り注がれ、あなたの知性を輝かせ、あなたの道を照らし ます。ガーヤトリーは母であり、全人生を活気づける力です。
サティヤ サイ ババ

スワミがお唱えになるガーヤトリーマントラを初めて聞いた時、それは私の人生にお いて忘れ難い大切な瞬間だった。私はこの神聖なマントラの重要性を知っていた。ヒン ドゥー教徒たちは、このマントラを非常に神聖なものと見なしていたため、過去の伝統 では、バラモン〔僧侶〕階級の特別なカーストの者だけがそれを唱えるに足る純粋さを 持っていた。1970 年代の初期にインドに住んでいたころ、私はそのマントラを教えて くれる人を見つけようと何度も試み続けていた。しかし、私の願いはいつも退けられた。 ある時、「外国の婦人に対してガーヤトリーマントラを明かすことに同意するパンディ ト(学僧)など、間違いなく誰一人いないだろう」とさえ言われた!

1972 年、スワミはブリンダーヴァンのアシュラムで、一ヶ月に及ぶインド文化と霊 性に関する夏期講習を開催なさった。夏期講習にあてがわれた会場の裏壁は、スワミが 私たち家族に与えてくださった家に隣接していた。私は自宅で快適に座ったまま、スワ ミと講演者たちを見ることができ、拡声器〔マイク〕を通してすべての講演を聞くこと ができた。不意に、まったく思いがけないことに、スワミは初めて大衆の前でガーヤト リーマントラを唱えるとお告げになった。私はこの極めて重大な出来事を録音するため、 急いでテープレコーダーを回した。
スワミがあらゆる伝統を打ち破り、この神聖な秘儀のマントラを大衆の面前でお唱え になったのは、確かこの時が初めてだったと思う。スワミはまた、ガーヤトリーマント ラはバラモンだけが独占するものではなく、それを唱え、そこから生じる恩恵を喜んで 受け取る権利は万人にある、と言明なさった。スワミがガーヤトリーを一般大衆に公開 されたことと、原版を要約なさったことの両方にショックを受けたパンディト(僧侶) たちもいた、と後から聞いた。

7年後、テープを繰り返し聴いて、この潜在力を秘めたマントラの発音を十分習得し た時、スワミは私とロバートを、幼い2人の少年の聖紐式とガーヤトリーマントラの伝授に立ち会うよう招待してくださった。以下は、ロバートの日記に掲載されたその行事 の記事である。
スワミの御前に、伝授を受ける二人の少年が座り、少年たちの左側に父親が座ってい た。少年たちの頭は、頭頂部の髪を円形に残して剃りこまれていた。スワミは、ガーヤ トリーマントラは「ヴェーダの母」であり、万物に宿るアートマ〔真我〕の力を含んで いるとおっしゃった。スワミは、この力、あるいはこの流れである「アートマシャクテ ィ」は「意志の力」である、と言われた。その力には数多くの名前がある。しかし、異 なる文化が水に様々な名前を付けているのと同じように、力はただ一つである。スワミ は、ガーヤトリーマントラはすべての「アートマたち」のものであり、「利己的なバラ モン」だけのものではない、と強調なさった。
スワミは不意に、ブラフモーパデーシャムの儀式のために、きれいに折りたたまれた 白い紐を二本物質化なさった。二本の紐の片端をスワミがお持ちになり、二人の少年の 親たちがそれぞれ紐のもう片端を持った。スワミは、その紐は実際には三本の撚糸が編 まれてできていることを示してお見せになった。三本の撚糸は三つのグナ(浄性、激性、 鈍性)、時の三相(過去、現在、未来)、そして、三界(地界、空界、天上界)の三位一 体を象徴していた。スワミは、ガーヤトリーは女性が唱えることも可能であり、新婦が 身に着けるマンガラスートラの三本の撚糸はそれと同じ象徴的な意味合いを持ってい る、と言い添えられた。
祈祷を唱え、それぞれの少年の首に紐を掛けてから、スワミはガーヤトリーマントラ の正しい発音と復唱を彼らに注意深くお伝えになった。

スワミは簡単に解説なさった。

オーム(原初の音)
ブール(地)ブヴァハ(空)スヴァハ(天)
タット(それ)サヴィトール(太陽の力)ヴァレーンニャム(崇拝する)
バルゴー(輝き)デーヴァッスヤ(恩寵)ディーマヒー(瞑想する)
ディヨー(理知)ヨーナップラチョーダヤート(祈ること)


「おお、母なる神様、私たちのハートは暗闇に満ちています。どうかこの暗闇を遠ざ け、私たちの内なる光を強めてください」
それから、スワミはこう付け加えた。 「暗闇とは無知のことです。無知という盲目よりも死のほうが甘い味わいです」
伝授を受けた若者たちはこう言われた。
「ガーヤトリーは静かに唱えなさい。その内なる平安こそがより良いのです。一日 3 回、朝と正午と日没時に唱えなさい」

これらは本質的に人間にとって「平安な時間」である。世俗を生きている者たちは、 神とグナの三位一体性の象徴である 3 回、このマントラを唱えるべきである。サーダカ (霊性修行者)は 108 回唱えるべきである。さもなければ、5 回、9 回、あるいは 21 回が適切である。5 はパンチャプラーナ(五大元素)を象徴している。9 はブラフマン (神)を象徴する。21 は、5 つの内的感覚、5 つの外的感覚、5 つのプラーナ〔生気〕、 5 つのコーシャ〔鞘〕と、1つのアートマ〔真我〕を象徴しており、合計で 21 となる。
スワミは、それぞれ三段階の描写によって、ヒンドゥー教の「ヴェーダ」、イスラム 教の「コーラン」、キリスト教の「聖書」の間にある類似性を引用なさった。キリスト 教の(神の)使者であるという段階は、ヴェーダのいうドワイタ、すなわち二元論に符 合しており、イスラム教では「光の中にいること」に符合する。キリスト教の(神の) 息子である段階は、親密な地位であり財産権もあるのだが、まだいくらかの分離がある。 それはヴェーダでいう条件付二元論〔条件付不二一元論〕であり、イスラム教でいう「あ なたの内にある光」に符合する。
キリスト教の最終段階は、「私と父は一つである」と いう段階である。それはヴェーダでいうアドワイタ、すなわち不二一元論であり、イス ラム教では「私は光である」という段階に一致する。すべての道は心の中にいる唯一の 神に繋がっている、とスワミはおっしゃった。
スワミは、ガーヤトリーマントラは音であり、その音は虚空、すなわちアーカーシャ を満たすのだと強調なさった。虚空は至るところに広がっている。空を通り過ぎてゆく 雲は、マインド〔心〕を通り過ぎてゆく思考にたとえられる。どちらも同じように永続 することはない。ガーヤトリーマントラを唱える効験は、知性を輝かせ、マインドを制御することにある。

スワミは「海の奥底ではなく、神の奥深くに飛び込みなさい」と熱心に説かれた。ス ワミは海をサムサーラ、世俗の迷妄と見なされた。スワミはマインドを欲望のクモの巣 と見なし、それを玉座のそばにあった白いハンカチの織られた糸に喩えられた。スワミ は私たちに、際限ない欲望に支配されるのではなく、神だけを求めるよう激励なさった。 「今日、あなたはある欲望を持っているが、いったんそれが叶えられると、もうそれを 欲しいとは思わなくなる」と述べられた。
後に、その儀式が終わってから、スワミはある西洋人に、西洋のバールヴィカス教師たちは普遍的な祈りを教えなければならない、とおっしゃった。スワミはガーヤトリー マントラとアサトー マーの祈りの二つを挙げられた。それらは普遍的な祈りであり、 宗派や称号を持たない。それらが「愛という宗教と人類という階級」を教えることだろ う。

アサトー マーの祈りとその意味は、下記の通りである。

アサトー マー サッドガマヤ
タマソー マー ジョーティルガマヤ
ムルッティヨールマー アムルタム ガマヤ

非真から真実へ
暗闇から光明へ
死から不死へと 我を導きたまえ


あなたの奉仕を求めて来る人は誰であれ、その時、あなたが対応しなければならない 人です。奉仕を通してその人に幾らかの満足を与えるのがあなたの義務となり、それが その時にあなたにできる最善の仕事となるでしょう。現在、それはあなたが何かをでき る時であり、最も神聖な時間です。未来は見えません。なぜなら、目は未来を感知でき ないからです。過去はもはや過ぎ去り、それに関しては何もできません。それゆえ、現 在こそが最善です。現在という時は、あなたが自分の義務を果たし、助けを求めてきた 人に奉仕できる時なのです。
サティヤ サイ ババ



余命五ヶ月シッチャカ闘病記

2018-06-14 04:00:07 | 日記
現代では、病気にかかったときに効果があるという理由から、医療には価値があると信じられており、医療の役割は治癒で終わります。
しかし、この考え方は改めなければいけません。
医療というものは、人が病気で倒れないために用いるものであり、病気で倒れた人を起き上がらせるためにあるのではありません。
真理の目的が、また生まれてこないために生きることであるのと同じように。3/9/82


ポニョ:余命半年の半分死にかけのガン患者さん。声が元気そうになって来たけれど、ガンの症状はどうですか?

ヨシオ:余命半年と宣告されてもう一ヶ月経ったから、余命五ヶ月になったな。でも自然治癒力によってガンを癒す方法を実践し始めたら、 また食欲が出て来たんや。
義理の娘が、俺が昔、毎日のようにボリボリ食べていた大好物の大福豆を買って来てくれたので、それを食べ始めたんや。
それを見て嫁さんが、「お粥しか食べれないと思ったら、そんな固い大福豆を食べれるやんか。それじゃご飯も食べれるでしょう。」と言ったので、そう言われればそうやなと思って、ご飯を食べ始めたけれど、食べた後も胃が全然痛くなかったんや。

ポニョ:それは良かったズラ。あんたが大好物やった大福豆を食べるのをやめたのは、確か一年に一回、自分の大好物をガネーシャに捧げるというヒンドゥー教のしきたりに従ってやめたって言ってたよな。おいらはオクラの天ぷらが大好きやけれど、それをやめろと言われたら、多分三週間で死ぬと思う。

ヨシオ:そんな大袈裟な。

ポニョ:ところでこの前は少しご飯を食べただけで胃が痛くて歩けなかったのに、大福豆を食べれるってえらい違いやんか。一体どんな自然療法をしたんや?おいらの場合は良く寝れば大抵の病気は治す事が出来るけれど。

ヨシオ:よく寝るって大切やもんな。俺は先ず、血液の流れを良くするために、胃ガンのある患部に、お袋が毎日使っていたハクキンカイロを二十四時間当てて温めて血行を良くし、ラジウム温泉などの温泉の素を入れたお風呂に長湯し、精神的なストレスをためないように気をつけながら、毎日の生活を送るようにしたんや。

ポニョ:あのね、あんたがストレスをためるような生活をするなんて聞いた事がありませんが。

ヨシオ:具体的にはポニョと話す時間を少なくしたんや。

ポニョ:……。

ヨシオ:そうすると、あら不思議、胃が痛くなくなったので、一日に二回、痛み止めとして飲んでいたモルヒネの入った薬を飲まなくても大丈夫になったんや。また、さっきも言ったように飯も食えるようになって来た。
そして脈拍も80台に戻ったので、息子のバスケのトレーニングも出来るようになったんや。血圧は115-75で完璧やし、俺は医者に「あんたの診断は間違っていると思う。俺は胃ガンではなく、ただの食べ過ぎやと思う。」と言ったら笑われたな。

ポニョ:あのね、先週、輸血をして、鉄分を点滴注射したやろ。普通、鉄分を点滴注射したら、一週間後にその効果が現れるんや。だから今頃元気になったんだってばよ。

ヨシオ:そうなんかな。

ポニョ:そうですよ。何が胃ガンではなくて食べ過ぎや。それはそうと、重曹がガンに結構効くようやで。
腫瘍が大きくなると、大量のがん細胞は血管系から切り離され、抗ガン剤などの薬品からも隔離されるんや。そのガンには酸素が届かずに酸性度が高まるけれど、重曹は酸性度を中性に戻すことができると、アメリカのラドウィック癌研究所が発表したんや。
でも今まで重曹はガンに効くと言うと、それは宗教のようなもので臨床試験されていないから薬事法違反や、とか言って、既存の医療関係者から批判されて来たけれど、今回、医学的に証明されたから、これから大きな薬品会社や抗ガン剤で儲けて来た既得権益者などが大きな打撃を受けるやろな。
https://eurekalert.org/pub_releases/2018-05/lifc-hmb052518.php

ヨシオ:重曹ってどこでも売ってるし安いもんな。

ポニョ:あんた、この前PETスキャンしたやろ。その前に放射性物質を点滴注射されたと言ってたけれど、その中にはガン細胞が大好きなブドウ糖がたくさん含まれていて、そのブドウ糖がガン細胞に集まって来るのをスキャンするのがPETスキャンなんや。
今回、重曹がガンの腫瘍に効き、ガンの腫瘍の酸性度を中性に戻すことが分かったので、カナダでは乳癌の患者が、メイプルシロップに重曹を入れて一緒に飲んだんや。メイプルシロップの中に含まれているブドウ糖がガン細胞に集まるので、同時に重曹もガン細胞の腫瘍の中に入って行くことが出来るので、乳癌が小さくなったという結果が出ているんやぜよ。
もちろん、腫瘍の中にキラー細胞がたくさんある新鮮な血液が流れ込みやすくなるので、あんたの医者がやろうとしている免疫療法や化学療法の薬もガン細胞の中に入って行き易いので、とても効果的なんや。おいらはそれでも抗ガン剤治療はお勧めしないけれど。
先日、少し調べたけれど西洋ではマスタードガスを使わないけれど、ヒ素を抗ガン剤に使って治療するんやで。

ヨシオ:ヒ素って猛毒やないか。以前の記事で紹介した、チャンバラゴッコした医者に、その抗ガン剤治療の副作用の事について言ったら、大きな声で「大丈夫です!私に任せなさい!この前も末期胃ガンの人を助けました。彼女はまだ生きています」と日本語で言われたんや。あの医者には気合いで負けたな。顔がいつも真剣で武士のような表情やし。それに親父が柔道家やから声が大きいんや。この前も俺が輸血していたところを通りかかり、俺を見つけた途端、すべての病室に聞こえるくらい大きな声で、直立姿勢を保ちながら「おはようございます!」と日本語で挨拶してくれたんや。州で一番有名なガン専門医やで。変な医者やろ。

ポニョ:変な患者には変な医者がピッタシやぜよ。その医者は、あんたが日本語が通じる患者やから嬉しいんやろ。でもまだ抗がん剤治療をするか、免疫療法をするか分からないんやろ。あんたのガン細胞はアメリカの医療機関に送って分析してるんやろ。

ヨシオ:免疫療法だけの治療は、この前も言ったようにキャンセルになったんや。だから、抗がん剤治療か、抗がん剤治療と免疫療法を併用した治療かどっちかなんや。
ある医療関係者と話したら、アメリカに俺のガン細胞を送って調べているのは、多分、PD-L1.L2というガン細胞から出ている手の数が、一体どれくらいあるか調べていると思うと言ってたな。その手によってガン細胞が、自分を殺すキラー細胞の動きを止めるスイッチを押すんやて。そうすればキラー細胞がガン細胞をやっつけられなくなるから。
それをさせないように、そのガン細胞の手をもぎ取ってしまうのが新しい薬なんや。そうすれば俺の身体の中にあるキラー細胞が、自由にガン細胞をやっつけることが出来るから。

ポニョ:あゝ、知っているぜよ。その話は。日本人の研究者である本庶佑京大客員教授が発見した免疫療法や。オプジーボという薬やけれど、二種類あって、そのうちの一つの名前が絶対忘れられない名前なんや。ハイ、それではここで問題です。その薬の名前を当てて下さい。

ヨシオ:分かるわけがないやろ。でも忘れっぽいポニョでも忘れられない名前って、一体どんな名前の薬なんや?オクラスキとかそんな名前やろ。

ポニョ:違いました。ヒントはあんたが好きな名前ザンス。

ヨシオ:わからんっちゅうに。もうそんな事はどっちでもええから早く言えや。

ポニョ:ジャジャーン!答えはサイラムザという薬なんや。

ヨシオ:サイラムザ?それってめちゃ効きそうな薬やな。多分、サイの帰依者が作った薬でヴィブティが原料やったりして。

ポニョ:違いますです。ところでその免疫療法の話は、何年か前にテレビでやってたぜよ。あんたのガン細胞の手の数PD-L1,L2が少な過ぎると、キラー細胞が暴走して、ガン細胞と同様に正常な細胞も殺してしまうから、とても危険な療法なんやで。だからきちんと細胞を分析しなくてはいけないんや。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3723/1.html
ヨシオ:俺は別にガンを治療して、もっと長生きしたいと思っていないんや。家族たちを満足さす為に病院に通っているんや。

ポニョ:タダやし。

ヨシオ:それは余計や。前回、免疫療法だけのオプションが、患者たちが排便に問題があって中止になったと言ったけれど、もっと詳しく聞いたら免疫療法をしていた患者さんがバタバタと何人か亡くなったそうや。それで中止になったらしい。

ポニョ:それは危険が危ないでヤンス。あんたはそのオプションに入らなくて良かったズラ。でも便秘で死ぬんか?

ヨシオ:知らないんや詳しい事は。便秘ではなく逆に、下痢で脱水症状で死ぬってことはあるやろ。そっちかとしれん。でも、今日は四十日毎にCTスキャンをしなければいけない日やったから、昨日から絶食し、朝早くから病院に行ってCTスキャナーを撮って来たんや。

ポニョ:この前も言ったようにCTスキャナーで結構被爆するんやで。四十日毎に撮ってたらガンになるっちゃ。

ヨシオ:もうガンになっているからどっちでもええやないか。でも撮る前に「今回はどれくらい被爆するのか」とCTスキャナーの技術者に聞いたら、「そんな質問を患者さんから初めてされたけれど、人それぞれの身体の厚みによって被爆量が違うから、どれくらい被爆するかは事前には分からないけれど、撮影が終わったらどれくらい被爆したか、という数字がスクリーンに出るから教えてあげる」と言われたので、おとなしく撮影してもらう事にしたんや。そしてミスタードーナッツでも売ってないような、大量の白砂糖で固めたようなバカでかいドーナッツの真ん中の穴に入って行く時に上の方を見ると、TOSHIBA なんとかONEという字が見えたんや。

ポニョ:日本製のCTスキャナーですか。東芝って福一の原発に関わった会社やないの。めちゃ放射線が出て被爆するで。

ヨシオ:福一とCTスキャナーと関係ないやろ。撮影が終わってからコンピューターのスクリーンを見ると、なんと370という数字が出ていたので、「この数字の単位は何か知ってるか?まさかミリシーベルトじゃないやろな」と聞くと、その技術者は「多分ミリシーベルトだと思う」と答えたので、俺はポニョの受け売りじゃないけれど、「あのな、あんたはこの機械の技術者として、この370ミリシーベルトがどんなに大きな数字か知っているんか?福一の作業員でさえ、年間の一人当たりの放射線の許容量は200ミリシーベルトやぞ。一回の検査で370ミリシーベルトも被爆したってひどいやないか。こんなにたくさん被爆をしたら、誰でも白血病になるやないか」と言うと、「一年間の被爆量限度量は、放射線作業員で200ミリシーベルトだということぐらい知っていますよ。でも病院での患者の被曝限度量は決められていないと思う」とかなんとか言ったので、俺は呆れて家に帰ったんや。

家に帰ってからもまだ頭がフラフラするので、息子たちに「今日はCTスキャナーで370ミリシーベルトも被爆したので、身体がとてもだるい。多分大量に放射線を被爆したので、お父さんは白血病になりかけていると思う。今日一日で、全細胞の中にある37%のDNAが放射線で切られて破壊されたんや。あゝ、まためまいがして来た。お父さんは胃ガンではなくて白血病で死ぬかもしれない」と言うと、医療関係者である息子たちは一斉に「お父さんは昨日から絶食しているからフラフラしているだけで、昼飯を食べれば治りますよ。それに370ミリシーベルトなんて大きな被爆量は、CTスキャナーでは考えられませんよ」と言ったので、早速その東芝製のなんとかONEというCTスキャナーの性能をネットで調べると、370というのはマイクロシーベルトの単位でミリシーベルトではなかったんや。それで気を取り直して昼飯を食ったら、フラフラしているのが治って元気が出て来た。

ポニョ:ハハハ!ただ腹が減ってただけやったんか。面白い。でもオーストラリア人はアバウトなところがあるから、よく知らないんやろ。マイクロシーベルトとミリシーベルトは千倍も違うんやで。
でもそのCTスキャナーによって370マイクロシーベルトしか被爆しないって、そのCTスキャナーは多分、一番新しい機種なんでしょうな。古いやつだと写す患部にもよるけれど、一回で100ミリシーベルトも被爆するんやで。370マイクロシーベルトってレントゲン写真並みでしょう。

ヨシオ:一回あたりの被曝量がレントゲン並みやったら、四十日に一回なんてケチな事を言わずに、四日に一回でもCTスキャナーを受けたろうやないか。

ポニョ:タダやし。でも白血病になるで〜。

ヨシオ:じゃかーしー。

ポニョ:でもCTスキャナーって高いんやで。その最新鋭の機械は安く見積もっても六十億円はするやろな。

ヨシオ:えらい高いねんな。でも医療機器の技術って日進月歩やな。

ポニョ:でも日本の場合は、病院が高い金を出して買った医療機器の元手を取るために、CTスキャナーを撮る必要の無い患者にもCTスキャナーをするんやで。若い頃、おいらがバイクの事故で頭を打った時も、「ヘルメットをしているから大丈夫ですよ」と言っているのに、無理やりCTスキャナーを撮られたんや。でも頭頂から輪切りにされた頭部の断面写真には、頭頂から五センチぐらいまで、脳みそが写っていなかったので、医者は、「君の頭はバイクのヘルメットのようだね。中身が空洞だよ。」と言われたんや。

癌患者が増えているのは、大気と水と食品の汚染のせいです。
ひとたび癌が定着してしまったら、治すのは不可能です。
ですから、病気を予防して健康で幸せな生活を送るために、よい食べ物を食べなさい。27/7/2002