サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

真のワクワクって何?

2016-10-31 00:00:45 | 日記
人間が体験するあらゆる困難の根源は、人間が自分の霊的な実体を忘れて、自分を肉体と同一視していることです。
肉体はその中に宿る神霊の衣にすぎません。
肉体意識に浸ることによって、人間はエゴイズムと所有意識を募らせ、それが多くの悪い性質を生じさせているのです。
人間は生来備わっている神性さを忘れ、自分が授かっている感覚と器官を神の目的のために使い損なっています。25/11/88

ポニョ:何日か前に今、ワクワク病にかかっている人が多いっていう話をしたけれど、人がワクワクする時ってどんな時かなって考えていたんや。

ヨシオ:人がワクワクする時って…、普通、何か良いことが起こりそうやなって期待する時にワクワクするよな。

ポニョ:自分の欲望が叶えられそうな時とか、人に何か良い事をしてあげる時もワクワクするぜよ。

ヨシオ:つまり何か行為をする事によって、良い結果を得られるのではないかという期待が得れる時にワクワクするんやろな。

ポニョ:それは、ババさんが何か行為をする時に良い結果が得られるか、悪い結果が得られるかという事を考えずに淡々と行為をしなさい、という教えに反していると思うズラ。

ヨシオ:サイババさんは、全ての行為を神さんに捧げて、その結果がどんな結果であろうと幸せな気持ちで受け入れなさいと言われているんや。だからこの前も俺の認知症介護の例を出して言ったけれど、どんな辛い事をやる時でも、そういうすべての行為を神様に捧げれば、その行為の結果が悪いように見えていても実は良い事なんや。

ポニョ:それって難しいよな。例えば一生懸命働いて貯めたお金を使って神さんに捧げ物をしても、それを受け取ってもらえない事もあるぜよ。そんな時はどげんすりゃ良かと?

ヨシオ:突然どこの方言や。俺のお婆ちゃんは長崎の五島列島出身やけれど、時々同じ五島列島の人と会った時に、めちゃすごい方言で話してたってお袋が言ってたな。

ポニョ:おいらは二十四種類の方言を自由に話せるんでヤンス。関西弁に北河内弁。八尾がある南河内弁。それに岸和田の方言も話せるし、大阪弁は大の得意でヤンス。これだけでもう五種類や。

ヨシオ:少し違うだけで、みんな一緒やないか。何が二十四種類や。

ポニョ:おいらがラーマクリシュナさんの本を読んでいたら、こんなエピソードを見つけたんや。ラーマクリシュナさんが僧侶として勤めていた寺院に、立派なクリシュナの像があって街の金持ちがそのクリシュナに高価な宝石で作ったネックレスなどを捧げていたんやけれど、ある日その神像に捧げた宝石がごっそりと泥棒に盗まれてしまったんや。それで、その金持ちはそのクリシュナの神像に向かって「クリシュナよ。あんたは全世界を庇護し、人々を護ると言ったのに、自分自身に捧げられた宝石さえも護る事が出来ないやないか。」と言って侮辱したんや。それを聞いてラーマクリシュナさんは「間抜け者め。お前はその神像に捧げた宝石はお前の物と思っているけれど、クリシュナ神は全てを持っておられるのだ。この世にお前の物なんて一つも無いんじゃ。それにそのクリシュナの神像から盗んだこそ泥もクリシュナ神だって事が分からないのか?」と言われたんやと記憶しているけれど。

ヨシオ:確かに全てを悟っておられるラーマクリシュナさんが言いそうな言葉やな。

ポニョ:そこまで悟りを開いている人でないと、さっきも言ったけれど全ての行為を神さんに捧げて、どんな結果でも受け入れなさいと言っても難しいな。おいらにはまだまだ無理でゴンス。

ヨシオ:人はこの肉体をまとい、そしてこの肉体が自分やと思い込んでいる限り、この世の苦しみから逃れる事は出来ないんや。だからこの肉体にエネルギーを与え、肉体を動かしているのが自らに内在するアートマで、そのアートマが実は本当の自分自身だと気づかないといけないんや。そういうプロセスを抜きに、いくらワクワクしようとしてもそれは表面的なワクワクで、一時的であって長続きしないんや。

外に神を探す代わりに、自分に内在する神を実感認識するよう努めなさい。
自分の中で、自分は誰かを探しなさい。
肉体意識は脇へ置いておきなさい。
自分を体と同一視してはなりません。
「私」と「あなた」という問題が起こるのは、自分を体と同一視しているときだけです。「私」と「あなた」が一つに融合すれば、一体性が生じます。
しかし、不幸なことに、現代の人々は利己的な「私」を忘れられずにいます。
どこを見ても、「私」の原理〔アートマタットワ〕があるのみであり、それはすべてに存在しています。
ひとたび、同一のアートマ〔真我〕がすべての人の体に偏在していることを実感認識すれば、「私」と「あなた」の違いは消え去ります。
ところが、皆さんは体と同一視する事を手放すことができずにいます。
生まれたときから自分を体と同一視することに慣れてしまっているのです。21/3/04

ポニョ:という事は自分と身体を同一視する事から脱却した人だけが常に至福を体験出来るんや。

ヨシオ:何事をするのに、いつも至福に満ちている人って自分の事を肉体だと思っていない人だけやろな。そういう人は行為の結果に縛られない人なんや。

ポニョ:でもさっきワクワクって良い結果を期待する事によって生じる感情やと言ってなかったか?

ヨシオ:だからその辺の言葉の意味付けがごちゃごちゃになっているんや。つまりポニョが紹介してる、今、スピ系の人が言っているワクワクって、行為の結果を期待し、その結果に縛られている人たちのワクワクやろ。そうではなく、いつも至福の気持ちを持つ事が出来る神のレベルに達した人は、行為の結果に一切縛られていない人やから、自分の身の回りに何が起こっても幸せなんや。

ポニョ:という事は、常に至福に満ちているからワクワクしたり、ガクブルしたりしないんやな。

ヨシオ:何やねん。そのガクブルって。

ポニョ:ガクガク、ブルブルの事でヤンス。怖い時の表現やぜよ。あんたは何にも知らんねんな。

ヨシオ:そんな事を知る必要があるんか?人はワクワクして生きようって言っているけれど、糞をぶつけられてもワクワク出来るか。そんな事をされてもワクワク出来る人ってポニョの周りに一人でもいるか?いないやろ。

ポニョ:いないな。いつもワクワクしようと言っている人は、返ってそういう状況になると、人よりもガタブルになるやろな。ババさんは、本当の幸せは神と融合する事やとおっしゃっているぜよ。

ヨシオ:俺に言わしせたら簡単にワクワクする人ってワクワク病にかかっているんや。もっとカーム アンド クールにならなあかん。しょうもない事でウキウキして、小さな事で落ち込む。そんな心を五感の赴くままにさせて、感情をコントロールしない生活していたら、いつまで経っても神さんの方に近づいて行けないやろ。人は自分の中のエゴや欲望を減らし、五感をコントロールして行って初めて神さんに近づいて行くことが出来るんや。そういう霊性修行抜きに至福だけを得ることは出来ないんや。そういう欲望やエゴを温存したまま、五感の赴くままに生活をして幸せ感を得たと思っても長続きせず、それは机上の空論に終わるんや。まるで砂漠の蜃気楼のようにその時に得た幸せ感はすぐに消えてしまうんや。もちろん自分の欲望を満たせた時に得られる幸せ感と、神を悟って得られる至福とは全く違うもんなんや。

ポニョ:この世の物事から永遠の幸せを得る事は不可能って事やね。それは簡単に理解出来るズラ。だってお腹が空いて美味しいご馳走をたらふく食べても、半日経ったらまたお腹が空くぜよ。

ヨシオ:ご馳走をたらふく食べたら、半日と言わず一日ぐらい持たせよ。腹持ちが悪いなポニョは。

ポニョ:昔よりはマシになったんでヤンス。昔は一日五食も食べていたんでヤンス。

ヨシオ:ホンマに餓鬼地獄からやって来た男やな。ババさんは一日に三食も食べる人は
病気やと言っておられるで。五食も食べる人は一体どんなんやねん。

ポニョ:一日一食しか食べない人はヨギで、二食の人は感覚に囚われている人やって言っておられたよな。でも最近おいらはyoutubeでめちゃ良いチャンネルを見つけたんや。Student of Saiというチャンネルやけれど、今度見てみ。良く出来てるで。まだそれほど動画の数は多くは無いけれど、その中でも2005年にサイババさんと一緒にコダイカナルに行かれた学生さん達のサイババ体験七回シリーズがめちゃ良かったぜよ。
https://m.youtube.com/watch?v=b4s1KYsErB0

そこにはおいら達がこのブログでいろんなコダイカナルで起こったババさんのエピソードを紹介したけれど、それらの一部が実際の映像入りで見れるんやぜよ。その中でおいらが面白いと思ったエピソードは幾つかあるけれど、印象に残ったエピソードは、サイババさんが学生達に一日二食だけ食べなさいと言われたんや。そして晩飯の前後に間食したらあかんとか、食事の前に水を少し飲みなさいとか、いろんなアドバイスをされておられたシーンや。

ヨシオ:ポニョが印象に残ったシーンって必ず食べ物のシーンやな。面白そうやから、俺も早速見よかな。それじゃ明日この話の続きをしよか。

あなたを身体と同一視することは大きな誤りです。身体への執着を放棄し、アートマの意識を育みなさい。そのときにのみ、あなたは自分の真の姿、すなわちアートマを理解し体験するでしょう。
そうでなければ、胃痛や頭痛などの実にささいな身体の不調でさえもが、あなたを不安に落し入れるでしょう。
身体の病は過ぎゆく雲のようなものです。
あなたが肉体意識に惑わされている限り、あなたはその意識に影響されるでしょう。
いったん身体への執着を放棄すれば、あなたはもはや身体やその限界に縛られることがありません。
瞑想して座っているとき、あなたは身体を忘れます。
瞑想とは、身体への執着を放棄しアートマの意識を育むことを意味します。
すべての人は、自分自身のことを言い表すときにアートマの原理である「私」という言葉を用います。
それゆえ、あなたは身体に結びついているのではありません。
身体は単なる道具です。「私」があなたの真の自己です。
あなたは、「私」と何度も繰り返すかもしれませんが、それでもなお、「私」は単数のままです。
そのような一体性の原理が、すべてのものの中に存在します。
それは、あなたにとっても私にとっても同じことです。
何の違いもありません。
あなたが、身体への執着を手放さないなら、あなたが受けるすべての教育は虚しいものとなるでしょう。自分は身体ではない、ということを理解しなさい。
あなたは「私」です。
この真理を決して忘れてはなりません。
肉体としての姿は移ろいゆくものなのです。5/10/03

悪魔の系譜シリーズ❷

2016-10-29 00:00:29 | 日記
自ら創り出した多くの空想に惑わされ、妄想の罠にかかり、終わりのない欲望を満足さそうと、不浄の地獄に落ちるのだ。
彼等は自惚れが強く、強情、高慢で、不正に獲得した富に酔い、規律を無視した形式的な祭祀を執り行う。
このような悪人は、利己主義、権力志向、横柄で妄想をめぐらせ、怒りに耽り、自分と他のすべての者の中にいる神(アートマ)を嫌悪する。
憎悪を抱き、残忍で極悪のこの種の人間を、私は幾度も悪魔の胎内に投げ入れる。
悪魔の胎内に入った彼等は、何度生まれても堕落と妄想を止む事が無く、それらを繰り返す。
彼等はこのようにして、私に達する事もなく、奈落の底に沈むのだ。バガヴァッドギータ第十六章

ポニョ:今日は、ダイアナさんの話から最初の方はちょっと外れるように見えるけれど、先ず、おいらが得意なグローバリストの話をしてもええかな。

ヨシオ:なんやねん。いきなり。ポニョの好きなようにしろや。

ポニョ:グローバリストと呼ばれている悪魔崇拝者である特権階級のグループは、ローマ帝国から延々と続いている末裔で、ローマ帝国を通じて一時期世界を支配していたんや。

ヨシオ:世界の全ての道はローマに続くって言われたぐらい繁栄していたんやろ。

ポニョ:でもそのローマ帝国は一見滅びたように見えるけれど、実はその支配者達はドイツ経由で今まで集めた富をスイスに移し、スイスという国を建国したんや。だからローマ帝国が滅びた年とスイス建国の年は同じなんや。もともとドイツには王朝なんてものはないけれど、ドイツに王朝を打ち立て、ローマ帝国の末裔達が自らを王族に祭り上げて、もともと自分たちが支配していた全てのヨーロッパの王朝の中に自分たちと同じ血が流れている者を送り込もうとして、全てのヨーロッパの王朝が婿取りする時は、ドイツ王朝、つまり自分たちの家族親戚から婿を取らなければならないように決めたんや。だからイギリス王朝でさえドイツから婿を取っているんやで。さてそのドイツ王朝は廃止されてベルギー王朝に吸収され名前を変えて血族結婚という手口でヨーロッパの全ての王族を支配しているんや。彼らはオリンピック委員会に名を連ねたり、ノーベル賞の選考委員になったり、政治の表舞台にはあまり出て来ないんや。政治の表舞台に出て来るのは操り人形だけなんや。スイスにはその大元のローマ帝国の末裔達がいて、ユダヤ人のロスチャイルド家を金庫番にして、スイス銀行などの金融機関を支配下に収めて世界中の金やゴールド、株価をコントロールしているんや。彼らにとっては血族がとても大切で、自分達と同じ血が入っている者だけを信用しているんや。彼らが植民地として支配して来たアメリカは、世界一の超大国のように見えるけれど、実は、歴代のアメリカ大統領には全て、彼らの血が流れているんやで。ちょっと信じられないかもしれないけれど、彼らは一人を除いて全て親戚同士なんや。

ヨシオ:もともと全ての人は神さんから来てるから、みんな親戚やないか。

ポニョ:あのね…。あんたと話してたら、いつもその話題になるから話が続かんやないの。以前、奴らの大きな避難用の地下施設が作られているコロラド州のデンバー国際空港の中にある大きな壁画の話をしたやろ。

ヨシオ:ああ。人口削減だとか、これから奴らがやろうとしている事が描かれているんやろ。

ポニョ:そのデンバー国際空港の壁画に、世界中の武器をドイツ人の子供が取り上る様子を描いた部分があるんやで。みんなはどうしてドイツ人なのか分からないって言っているけれど、もともとはイタリアのローマ帝国から発しているんや。また、その壁画には来るべき世界の支配者がやって来るシーンも描いてあるんやで。

ヨシオ:ふーん、そうなんや。前置きはよく分かったけれど、今までの話とダイアナさんと何の関係があるんや。

ポニョ:まあ、慌てずにゆっくり聞いてもらえますか。以前アメリカ大統領のビル 栗きんとんがサイババさんに会いに行った話をしたやろ。

ヨシオ:ああ。そんな事を言ってたよな。それでババさんの事を、自分たちが信じているユダヤの予言にある、来るべき世界の支配者やと思って行ったらババさんに厳しい事を言われたので、それ以来反サイババキャンペーンが始まった何て言ってたよな。俺がアシュラムに滞在していた時も、イギリスのチャールズ交替しでんかが、ババさんに会いにバンガロールまで来てたで。でもセキュリティの人が、アシュラムは人が多過ぎて警護出来ないと言ったので、サイババさんに会いに行くのを諦めたんや。

ポニョ:ユダヤの予言では、世界に散らばったユダヤ人達がイスラエルに再び戻ってくる時に、次の世界を支配する方がやって来るって信じられているんや。だからわざと世界中を混乱させてユダヤ人達を、落ち着き先の国から追い出させて、イスラエルに戻させようとしていると言われているんや。

ヨシオ:でもそれってサイババさんが再降臨される話とよく似ているよな。

ポニョ:彼らは悪魔崇拝者やけれど、その悪魔って言うのはもともと大天使で神に近かったんやけれど、天国から追い出されたんや。だから神の御計画を良く知っているんや。その為、グローバリスト達はとても霊的な法則や霊的なパワーについて詳しくて、自らもそれを実践しているんや。だからほとんどの高いレベルのグローバリスト達は菜食やし、ワクチンや予防接種は絶対しないし、病気になればホメオセラピーという自然治癒治しているんや。

ヨシオ:だからみんな長生きしてるんやな。

ポニョ:彼らが世界の支配者になったのはずっと昔で、それはローマ帝国以前から続いているんやで。彼らは日本にもイエズス会を通じてフランシスコザビエルを送ったり、江戸末期にはグラバーとか送って日本大きな影響を与えているんや。という事で前置きはこれぐらいにして話は元に戻るけれど、今から言う話は、噂話が半分入っているので、おいらはこのブログでは言わなかったんやけれど、ちょっと明かせば、実は反サイババキャンペーンが始まったのは、ビル栗きんとんがサイババさんを訪れてからではなく、ジェイコブ ロスチャイルドが訪れてからなんや。

ヨシオ:ジェイコブ ロスチャイルドってロスチャイルドの中で一番の大物やないか。

ポニョ:そうなんやぜよ。彼がサイババさんのアシュラムにやって来たという噂を人から聞いたんや。たくさんの召使いを連れて。でもババさんは一切彼を無視されたんや。その代わりにサイババさんは、同じダルシャン会場にいた貧しいネパール人達のグループをインタビューに呼ばれたので、ロスチャイルドはめちゃ頭に来て、それ以来、反サイババキャンペーンが始まったと言われているんやぜよ。

ヨシオ:ふーん。そんな噂があったんか。面白いよな。ババさんがわざとロスチャイルドが頭に来るようにされたんやろな。だってその結果、ポニョと友達のホラ吹きパンダが、日本でも散々サイババさんの悪口を言って多くの人々をババさんから離れさせたやろ。それってええ事やないか。本物だけが残ったから。ババさん得意の選別作業や。

ポニョ:なんでおいらと嘘つきパンダが友達なんですか。あんたはオーストラリアに居て第三者の立場で日本の動きを見ていれるからええけれど、サイババの組織の人たちは大変やったんやで。

ヨシオ:なんでやねん。サイババさんは量より質やと言っておられるやないか。ところでその話とダイアナさんと何の関係があるんや。このまま記事が終わったら、いつものようにしっちゃかめっちゃかな記事になるやないか。

ポニョ:実はダイアナさんのお爺さんはスイスの大きな銀行の役員やったんや。お婆さんは、イタリアの貴族やったんや。そしてダイアナさんのお母さんの御主人は、イタリアの巨大な化学工場を持っている会社の経営者やったんやで。それで自家用運転手付きの自動車に乗っておられて、超豪華ヨットに別荘など世界中の富が家にあるような生活をされていたんや。

ヨシオ:世界の富を占有している1パーセント側の人やったんやな。

ポニョ:でもお母さんは霊的に目覚められていて、それらを全て放棄して神様を探す霊的な旅に出られたんや。それですごいと思うのは、御主人も自分の財産のほとんどを人に与えて、奥さんの後に付いて南アメリカに行き、大きな農場を買ってログハウスを建て、薬草を栽培するビジネスを始めたんやで。でもダイアナさんが生まれて教育の為にアメリカにあるヨガナンダのアシュラムに移り住んだんやけれど、御主人はもう付いていけなくて離婚してイタリアに戻られたんや。お母さんはその後、サティアババの事を知り、インドのシュラムに出かけてババさんに会ってサイの帰依者になれれたんや。ダイアナさんも成長してからは、イタリア政府機関で世界中の富裕層達の交流を担当するセクションで働いておられて、アメリカのビバリーヒルズにはよく出かけていたんや。そういう関係で、お金持ちのジョエルというアメリカ人のビジネスマンと出会って結婚されたんや。サイババさんのアシュラムに初めて行かれたのは、結婚後で、サイババさんはダイアナさんに「君はユダヤ人だろ」と聞かれた事があったんやで。さあ、ここまで言ったら分かったでしょう。つまりユダヤ系大財閥のロスチャイルドがインドのサイババさんのアシュラムにまでわざわざやって来たのは、ダイアナさんのお母さん達が、多分、自分たちの知り合いか親戚か知らないけれど、ロスチャイルドのバロン四世であるジェイコブに、サイババさんが、ユダヤ人が信じている、来るべき世界の支配者ではないかと告げたからなんや。だからロスチャイルドがインドのアシュラムにまで、わざわざやって来たという噂話を聞いたことがあるぜよ。信じるか信じないかはあなた次第です。

ヨシオ:それって大いにありえる話やな。つまりサイババさんは、ダイアナさんやダイアナさんの本を通じて、自らの教えを広め、世界中の人々に福音を届けたのと同時に、ダイアナさんのお母さんを使ってロスチャイルドが支配する世界中の騙スコミによるサイババさんの悪口キャンペーンを実施して、帰依心が定まっていない、いわゆる自称帰依者達をふるいに掛けてサイの組織から追い出したって事なんやろな。それって愛がいっぱいで意地悪なサイババさんがされそうな事やないの。

ポニョ:愛がいっぱいで意地悪なってどういう意味ですか?そういや、サイの女子大学の卒業生を買収して、サイババさんの悪口を聞き出そうとした輩が暗躍していたところもスイスやったぜよ。

一部の外国人たちが、彼女たちを買収してサティア・サイババを非難するための話を捏造させようとしています。
スイスでは、女子大の卒業生に対して、ある人物が、サイババを陥れるための作り話を考えて欲しいと言って近づいたとき、彼女は烈火のごとく怒って、すぐさま自分の履いていた靴を脱いで手に取り、ほとんど相手を打ち据えるような勢いで「これがあなたの宗教の教えですか? これがあなたの宗教が広めようとする理想なのですか? 恥を知りなさい! ここを出て行きなさい!」と迫ってその人物を追い払いました。
しかし中には、ユダのように買収されて、サイババを陥れる虚偽の攻撃をする裏切り者たちがいます。25/12/00

さらばダイアナさん

2016-10-27 00:00:10 | 日記
恐れのない人になりなさい。
たとえ頭に雷が落ちても、恐がってはなりません。
死がやって来るのはたったの一度きりで、二度とはやってきません。
それはいつか必ずやって来ます。
ですから、死を恐れないことです。
いかなることがあっても良いような準備をしておきなさい。
真理を守ることを恐れてはなりません。
あなたの人生を愛で満たしなさい。
そうしてはじめて、あなたの人生は神聖なものとなります。25/12/2000

ポニョ:おいらの家族は多いからよく結婚式に呼ばれるんや。その時にスピーチを頼まれるんやけれど、いつもダイアナ バスキンさんの本から、サイババさんの御言葉を引用して話すと喜ばれるんや。

ヨシオ:結婚式か。そうやな。俺の家族も大家族やったから、毎月のように親戚やら友達の結婚式に呼ばれたな。でもオーストラリアに来てからはまだ、五回ぐらいしか出てないんや。

ポニョ:三十年で五回だけしか結婚式に出ないって楽でええよな。

ヨシオ:ここには別に親戚らしいのはいるけれど、別に特別にコンタクトを取っていないし、娘婿の親戚は全部東の方の州にいるし、彼らに会う必要もないし、バスケ友達の結婚式とか、娘の結婚式とかだけやから冠婚葬祭が無くて楽やな。結婚式でのスピーチも娘の時にオーラの話をしたかな。

ポニョ:結婚式のスピーチでオーラの話なんてするのはあんたぐらいやぜよ。バスキンさんの話をしなさい。めちゃええで。後で君のスピーチは良かったと言って褒めてもらえるんや。

ヨシオ:バスキンさんって通りで楽器を演奏したり、踊ったりする人やろ。

ポニョ:それはバスキングでヤンス。大道芸人じゃないんやから。知っているのにトボけないでくれますか。「サイババとの神聖な想い出」という有名な本を書いた人やんか。

ヨシオ:その人ならアシュラムで何回か会ったことがあるな。俺より十才ぐらい年上のイタリア人のおばちゃんやろ。毎年アシュラムに来られていたよな。ところでその人のどんなメッセージが結婚式に相応しんや?

ポニョ:おいらがいつも引用するところは、ババさんがダイアナさんの結婚式の時の花向けの御言葉や。その時に次のように言われたんやぜよ。

結婚前は彼も、彼女も半身でした。
女性は左半分で、男性は右半分です。
今、結婚して一つの身体になりました。
これからは、夫の悩みは妻の悩みとなり、妻の悩みも夫のものとなります。
身体の一部が麻痺したら、他の部分もそれを感じられるのと同じことです。
ですから、それぞれの痛みをお互い感じ合わなければなりません。
二つの痛みはスワミによって取り除かれるでしょう。
二人のどちらにもスワミがいます。
夫は妻を、妻は夫を助けなければなりません。
時に、怒りやエゴ、短気や緊張が生まれるのは自然なことです。
夫婦は譲り合い、理解し合わねばなりません。
まず、理解し合うことです。
それから、解決することです。
九割の夫婦はまず問題を解決しようとすますが、順序が逆です。
まず、お互いをよく理解しあうことが大切なのです。
Divine Memories of Bhagavan Sri Sathya Sai Baba

ヨシオ:ふーん。ええやないか。この御言葉は名言集に入れれるよな。でもサイババさんを知らない人にスワミって言っても分からんやろ。

ポニョ:そこのところは神様に置き換えるんやぜよ。おいらはダイアナさんのツイッターをフォローしてたんやけれど、二年前ほどにばったりツイートされなくなったんや。どうしてかなと訝しげに思っていたら、二年前の十月に亡くなられたんや。その訃報を聞いて、おいら達より十才上だけやのに早く逝かれたなって驚いたぜよ。最後のツイートは、「サイババさんが意図されたらどんな事であっても助けに来て下さいますよ。」というツイートやったんや。亡くなる五ヶ月ほど前やったぜよ。

ヨシオ:そういや、サイババさんが今一時的に肉体を離れられているけれど、肉体を離れらる数週間前にダイアナさんの前をバジャンの後車で通りかかった時に、運転手に車を停めさせて窓を開け、ダイアナさんに車の側に来るように合図されたんや。そしてそれを見てダイアナさんは急いで車に向かって走って行き、サイババさんが何かを言いたそうに唇を動かしているのを見ていたんや。でも何を言おうとされているのか分からなかったので、もう一度言って下さいと頼むと、ババさんはこう言われていたことが分かったんや。「私はどこにも行きませんよ。」って。つまり私は近い将来体を離れるけれど、あんたの側にいつでもいますよって事なんや。

ポニョ:そのエピソードはおいらも読んだぜよ。ババさんが亡くなる前にこういう事を言われるってすごいよな。このエピソードはアシュラムの月刊誌サナタナサラチに載っていたよな。その頃のババさんは話すのも大変なぐらい弱っておられたぜよ。たくさん帰依者達のカルマを自らの肉体に取られてから、しばらくの間この世から消えさられたんや。

ヨシオ:そういう事やな。サイババさんは、ダイアナさんはとても繊細な人やったから、ババさんが体から離れられた時に、人一倍悲しまれるって知っておられたんやろ。

ポニョ:おいらがダイアナさんの本の中で一番面白かったエピソードは、ダイアナさん達女性のグループはババさんがいつも出てこられる部屋の後ろにいなくてはいけない時があって、ババさんを見ようと思ってもカーテンを閉めてあるので見えないんや。それでみんなでシヴァのマントラを唱えていたら、ババさんがカーテンをそっと開けて顔を出されるんや。

ヨシオ:その写真はどこかで見たな。

ポニョ:また、次のエピソードは有名なエピソードやぜよ。ババさんがダイアナさんに、ダイアナさんの御主人は1982年までアシュラムに戻って来ないと言われたので、御主人の衣服をインド人達の召使いなどにあげて処分された話や。

ヨシオ:あれは面白かったよな。それで、御主人がそれよりももっと早く帰って来られたんや。それでダイアナさんやお母さんはあっけに取られて御主人の顔を見ていたら、御主人はせっかく帰って来たのにお帰りの一言も言ってくれないんだね。と言われたんやろ。

ポニョ:そしてどうしてサイババさんが御主人が1982年までに帰って来られないと言われたのかが理解出来なくて、考え過ぎてとうとう熱を出されたんや。それってめちゃ繊細やぜよ。おいらやったら「あれ?あんた、また帰って来たのね。早いじゃないの。サイババさんは、あんたは1982年まで帰って来られないって言われたから、あんたの服を全部インド人の召使い達にあげて処分しちゃったわよ。悪かったわね。これもあんたがいつも同じ服ばっかり着ているから、サイババさんがあんたの服に飽きちゃったのよ。だからあんな事を言って服を処分させようとさせたのだわ。あの方はいつも言われることが間接的だから困るわよね。さあ、これからマーケットストリートに一緒に行って、あんたの服を買いに行きましょう。私はショッピングが好きなのよ。」何て言って終わりやぜよ。

ヨシオ:ポニョの思考はめちゃ簡素やもんな。長生きするやろな。

ポニョ:それってあんたはアホですと言っているようなもんやぜよ。もともとおいらは繊細ではありませんので悪しからず。それでダイアナさんの御主人はババさんが言われたように1982年に亡くなられたんや。

ヨシオ:ババさんは人に長い人生で死ぬ日はもう決まっているので、何事をやる時も勇気を持ってやり遂げなさいと言われてるもんな。俺はダイアナさんの本の中で気に入ったエピソードというより、ババさんがダイアナさんに出された手紙の内容が好きやったな。そこには「他人についてどうとかジャッジを下す事によって失われるエネルギーは、私たちが自らの理想を実践して生きるのに必要なエネルギーの量と同じなのです。」と書いてあって、つまり、この世に囚われて他人の悪口なんかを言うと、それは神への道へ行く時と同じ量の霊力を使いますよと警告されているところやな。つまり俺たちは皆一様に同じスタートラインにたっているけれど、ある人はゴールである神の方に向いて走らずに、ゴールに向かって走っている人と同じエネルギーを使って走っているんだけれど、どこかゴールではないところに向かって走っているんや。また、ダイアナさんに出された手紙には、君が鏡を見た時に、鏡に映っている自分の姿を見るだろう。その鏡に映って姿は喋らないだろう。君もその鏡に映った自分の姿のようになって、話すのをやめてごらん。すると、君自身の中に幸せを感じることが出来るよと言われたんや。

ヨシオ:ダイアナさんはイタリア人やからよく喋られたんやろな。

ポニョ:アシュラムでもイタリア人のグループが一番大きな声で喋ってうるさかったぜよ。
鏡を見てみなさい。
鏡は映します。
話はしません。
寡黙でいなさい。
鏡が見るように見なさい。
しかし何も言わないように!
舌を慎めば幸せになります。
神の御名が耳の中に響き渡るまで、静かに座っていなさい。追憶p273

認知症介護と霊性修行(下)

2016-10-25 00:00:21 | 日記
奉仕を通してのみ、人は神の恩寵の受け手となることができます。
奉仕活動に参加しなければ人生は無意味です。
神を愛する一番の方法は神に奉仕することです。
あなたたちはすべてのものの幸福を願い、愛と奉仕の道を歩むべきです。
そうして初めて、あなたの人生は成就を得るのです。5/7/03

ポニョ:認知症の話の続きです。昨日はおいらが老人養護施設でオクラを食べる話をしました。

ヨシオ:違うやろ。死に行く行列に加わりたくないって言ってたやないか。お袋がまだ認知症になっていなかった頃、お袋は俺にこんな事を言った事があるんや。「世潮、私がもしお前に迷惑をかけるぐらいもうろくしてしまったら、絶対、面倒を見ようと思ってはいけないよ。お前は優しい子やから最後まで面倒見ようとするやろ。でも私はお前や嫁さんに一切面倒をかけたくないんや。だからよく聞いてちょうだい。今ここで約束してね。そんな時が来たら迷わず私を施設に連れて行ってね。お願いよ」と言ったんや。俺はそのお袋の言葉を覚えていて、お袋の頭が冴えている時に聞いた事があるんや。「陶芸教室の先生が働いておられる素晴らしい老人介護施設があるけれど、入る気はないか」って。するとお袋は「先生以外の人には英語で話さなければいけないので、疲れるかも」と言ったんや。俺はお袋がそんな風に返事するとは予想しなかったので驚いて顔を見てたんや。だって普段そんなまともな会話を出来ないくらいその当時はもう認知症が進んでいたんや。でもすぐにその後元のお袋に戻ってしまったんや。やがて半年ぐらい施設に入る順番待ちをしていると、「入居できますよ」という連絡が施設から来たんや。それでその日朝から色々と忙しく準備し、入居する為にお袋の身の回りの物を全て車に積み込んだんや。俺はこれで今日からやっと介護から解放されるとホッとした気分で、お袋を車に乗せて施設の方に向かって運転し始めたんや。介護施設は家から五分もかからないところにあって、徒歩でも行ける距離なんや。でもその施設が視野に入ってきた時に、俺は心の中から小さな声が囁いているのが聞こえて来たんや。口には出して説明出来ないけれど、その囁きは愛に満ち溢れていて、そのメッセージをしっかり聞こうと耳をすませた途端、愛がいっぱいのフィーリングに包まれて俺の目から涙が出て来て目の前が見えなくなるほどやったんや。そしてそれと同時に、メッセージも聞こえて来て俺にこう言ったんや。「東洋子(お袋)が一番幸せな事を為せ」と。

それで俺はお袋が一番幸せな事は、何かなって考えたんや。「そうや!お袋が一番幸せな時は、孫達と過ごす事や」と気づき、急いで車をUターンをさせて孫達が住んでいる家に戻ったんや。家族は俺が突然戻って来たので皆一様に驚き、俺の説明を聞こうとして俺の口が開くのを待っていたんや。みんなの顔をゆっくりと見回してから俺はこう言ったんや。「お袋はお父さんが最後まで息を引き取るまで面倒を見る」って。その頃、嫁さんもお袋の介護で精神的にもとても参っていて、体重はどんどん減っていくし、食事も喉を通らないし、少しヒステリー気味で普通の状態じゃなかったんや。それで子供たちも母親の心配をしてお袋を施設に入れようと俺を説得してたんや。しかもその頃、子供達の何人かも受験や大学の試験の最中で、夜中まで勉強してたんや。でもお袋は、夜中に突然子どもたちの部屋に入って来て汚物を投げたり、罵ったり、ひどい時には理由もなく、いきなり子供達の頬を手のひらで殴ったりするので、子供達も怯えていたんや。それで俺が突然また、お袋を家に連れて帰って来たので家族中が驚いたんや。俺は家族にこう説明したんや。「お婆ちゃんがこんな風になった事はもちろんカルマによるものや。そんなお婆ちゃんをお父さんが世話をしなければいけない事は息子としての義務や。だからどれほど素晴らしい施設であろうと、どれほど素晴らしい介護士がいようと、お父さんは自分の義務を放り出してお袋を施設に預けるわけにはいかない。お父さんが自分の義務を投げ出すという行為は、サイババさんも喜ばれないだろう。サイババさんは、お婆ちゃんの身体を通じてお父さんたちに働きかけて来られるんや。お婆ちゃんを通じてお父さんたちに試練を与えて下さるんや。だからその試練、テストを放棄することなくしっかりと良い点数を取る為にお父さんは頑張ろうと思っているんや。だからみんなも良かったら力を貸してくれたら有難い。もちろんお前たちが試験中で大変なことは良く知っている。でも試験勉強が大変だからと言って逃げ出すわけにはいかないやろ。お前たちは学校に受かる為に試験勉強をしてる。お父さんも神さんの与えてくれた試験に合格する為にお婆ちゃんの面倒を見てるんや。それを放棄することは出来ない。もしお前たちが協力するのが大変だと言うのであれば、お父さんは家から出てお婆ちゃんと二人で住んで自分で面倒を見る。突然気が変わったのは、施設に行く途中でサイババさんが、お婆ちゃんが一番幸せなのはどういう時か考えなさいというメッセージをくれたからなんや。お婆ちゃんが一番幸せな時ってお前たち孫と一緒に過ごす時なんや」と言ったんや。俺の話を聞いていた子供達は、「お父さんの考えはよく分かりました。自分たちも、自分たちだけの事を考えずにお父さんやお母さんに協力します。何といってもお婆ちゃんには子供の頃からずっと世話になって来たし、自分達もお婆ちゃんの介護をする義務がありますから。」と言って次男と三男が早速介護士の資格を取るために勉強をし、介護に慣れるために、今までやって来たバイト先を変更して、老人ホームで働くようになったんや。それでバイトを終わって家に帰って来てから、「今までお父さんやお母さんに任せていたお婆ちゃんの介護を僕たちもするからね。僕たちは介護の専門家だよ。」なんて言って俺たちの仕事を手伝うようになったんや。

ポニョ:お婆ちゃん孝行な孫さんやな。

ヨシオ:このようにどんな辛い試練も神様に捧げると、神さんが力と勇気と知恵と、そして愛を下さるから全て上手く行くんや。大事な事は、いつも自分がワクワクする事や、やりたい事をやるとかではなく、自分がしなければいけない義務を神様に捧げて、それを好きになろうと努力する事なんや。俺が朝一番にお袋の部屋に入る時にワクワクするか?部屋に入るには神さんの助けが必要なんや。誰でもそうやろ。勇気がいるやろ。ドアを開けるといきなり糞が飛んで来るんやで。そんな状況でもワクワクして部屋に入って行ける奴って、糞が好きで浣腸して遊んでいる変態野郎だけやないか。そういう義務をした事が無い人間だけが口先だけのきれいごとを並べるんや。そうではなく、自分に与えられた義務を避けることなく、神さんと一緒に愛でもってやって行けば、自分達も変わって行けるし、周りの人たちも変わって行くんや。そうして人は一歩一歩神様に近づいて行けるんや。

ポニョ:おいらが最近読んだ本には、人は臨死体験をすれば悟りを得られたって書いてあったけれど、それって眉唾ものやぜよ。その人は臨死体験から帰って来て末期ガンも癒されたんや。でも本の末尾に付いてあった医者のレポートを見ても、たった一人の医者のレポートやし、その本についてコメントしてある他の医者のレポートも読んだけれど、そういう末期ガンからの劇的な回復事例は他にもあるって書いてあったぜよ。

ヨシオ:臨死体験をして人は神を悟れるんやったら、霊性修行の一環としてみんな自殺未遂をしればええやないか。大体、臨死体験をした人がそんな簡単に悟りを得れるわけがないやろ。もしその話が作り物ではなく本当の話やったら、今まで神を悟ろうと苦行して来た聖者達の努力って一体何やねん。臨死体験をしただけで悟りが開けるんか。アホやないか。俺の知っている人も何人か臨死体験をした人はいるけれど、誰も全然悟っていないで。ただ死ぬって怖くなくなったとは言ってたけどな。ただ一人、俺が学生の頃勉強したユングという心理学者は、六十才ぐらいの時に臨死体験をして悟りを得たようなエピソードがあるけれど。でも彼の場合は、既に悟りを得ていて、「あなたは神を信じますか」と聞かれた時に、「私は神を信じているのではなく、もう既に彼を知っている」と答えたぐらいなんや。それにユングは夢からもメッセージをもらえたし、覚醒している時でも自らの内にあるアートマと会話が出来ていたんや。彼はその自らの内にあるアートマにフィレモンという名前を付けてたけれど。この話はまた改めて記事にしよか。

ポニョ:フィレモンって何の種類のレモンですか?その人は多分今まで読んで来た、いろんな本の霊的知識を繋ぎ合わせて、その間に嘘八百の言葉を混ぜ込み、真面目に霊性修行をして世界の光になろうとしている霊性修行者達を惑わそうとしているんや。グロ襟は悪魔崇拝者やから、絶対神様を認めたりしないしぜよ。彼らの隠された意図が出版されている本には、神様を信仰したり、神様を礼拝したり、神様を愛したりする事を勧めないからすぐに分かるんや。神という言葉の代わりに、宇宙エネルギーとか、存在する者とか、自分の内部だとか、宇宙の中心だとか、ありのままの自分だとかという言葉に神様を置き換えるんや。一見正しい事を言っているように見えるだけで、実は正しい教えを歪めようとしているんや。キリスト教の家族を大事にするという伝統を破壊する為に、彼らは漏るモン教や絵保場証人を作って、一夫多妻制度を広めたり、無料で配布しているパンフレットの絵の中に上手く悪魔のメッセージを隠し絵として忍び込ませて人々を洗脳しているんや。

ヨシオ:本当にポニョは何でも良く知っているな。この世の中を渡るには、神様を愛し、その神の愛を奉仕という行為によって自分の体を通じて顕現していかなければならないんや。それが神さんと一緒に人生を歩むっていう意味なんや。そこのところをスルーして、自分一人だけでどうやってこの人生の荒波を渡りきれる事が出来るんや。先ず神さんを愛する事が、人が生きていく上での全ての基本やないか。

私たちが地上で生活できる機会そのものが、短期間のものでしかありません。
それにもかかわらず、私たちは、肉体をいつまでも生かしておくために、次々とさまざまな試みを重ねます。
これは愚かなことです。
命の長さは神の意志によって決まります。
地上での生命は、神が肉体から私たちを引き離すときに終わりを告げるのです。
地上で生きている間の私たちの務めは、私たちのエネルギーを、他の人々に対する無私の奉仕にささげることです。
こうするためには、私たち自身の意識と心とを純粋で愛に満ちた状態に保っておかなければなりません。
あなたは、自らの生活の中で神の愛を顕現していかなければなりません。
無私の奉仕は神です。
機会あるごとに、無私の奉仕をするように最善の努力をしなさい。
立派な人格を持った人々と、神についての平安に満ちた心の暖まる会話をすることは、非常に有意義なことです。
あなたは、神は愛であるという信念と信頼とで、心を一杯にしていなければなりません。
神は慈愛に満ちた方であるということを、決して忘れてはなりません。SIK P.114~115


認知症介護と霊性修行(上)

2016-10-23 00:00:28 | 日記
人間の体は人形のようなものだ。
しかしながら、人は体を道具に自分のあらゆるカルマ〔行為〕をなさねばならない。
人にはカルマをなすという権利があるのみだ。
全世界はカルマゆえに動き続けている。
私はその宇宙劇の監督である。7/10/05

ポニョ:昨日は久しぶりに、あんたが一気にまくしたてるのを聞いたぜよ。やっぱり組長というあだ名に相応しいものを持っているな。あんたが若い時に怒ったら、あんな感じでまくしたてたんやろな。

ヨシオ:その頃は、ベジタリアンじゃなかったから、感情をコントロール出来なかったんやろな。もともと短気やし。でもああいう、自分も他人も世界も、なんら変わる必要はないとか、自分がわくわくすることだけをすれば良いとかという与太者の話しを聞くとムカつくんや。

ポニョ:上手く論点をボカしているよな。自分も世界も他人も全てもともと愛そのものやから、その愛になるだけででよい。だから元の自分になる為にはただ気づけば良いだけで、何もしなくても良いという論理やろ。

ヨシオ:霊性修行って一体何か全然分かっていな人が言いそうな言葉やな。自分が愛そのもののと気づくには、数かぎりない努力をしていかなければならないんや。その為に神様は、その人のカルマに応じていろんな試練を与えて下さるんや。自分たちがその試練に耐えて克服出来る力を、神さんに与えて下さいとお願いしなければならないんや。

ポニョ:そういう試練自体が神さんからの贈り物やもんな。

ヨシオ:と悟るのも難しいくらい現実の世界は大変やで。俺は、夫を病気で亡くして俺と妹の為に自分の全ての人生を犠牲にして世話してくれたお袋を、世界一幸せな認知症患者になってもらおうと俺のベストを尽くして介護したんや。でも現実の介護の現場って難しいで。例えば俺がお袋の介護をしている時に、朝起きてすぐにお袋の部屋に行くんやけれど、その前に神さんにお祈りをしないと部屋に入る勇気が湧いて来ないんや。というのも、その頃のお袋の認知症の症状は一番ひどい時で、昨日も言ったけれど、自分の糞を人に向かって投げて来るんや。もちろん部屋中どこでも糞だらけで部屋に入る前から家中に異臭が漂っているんや。俺は神さんに、「今日一日あなたが下さる試練に耐える勇気を下さい。そしてこの試練によって少しでも自分のエゴやプライドが破壊され、そしてその結果、あなたにちょっとでも近づけるようにお導き下さい。そしてその試練で自分が自分を失い、お袋や家族に向かって厳しい言葉を言ったり、態度で誰かを傷つけないようにお見守りください」とお願いしてからお袋の部屋に入って行くんや。するとそこには地獄絵が待っているんや。一日に何度シャワーを浴びたか覚えていないくらいや。でもだんだんタフになって来て、汚れた手をトイレの水をフラッシュする事によって洗えるようになったな。もちろんひどい時はゴム手袋をして仕事をするけれど、普通はお袋の肌に直接触れて、お袋が熱があるかとか分かるように素手で仕事をするんや。その為にいつも爪の手入れをしてお袋が傷つかないように考えて介護してたな。でも時々、「何やこれは!」とか、「めちゃ汚いな!」とか「うわ〜糞が付いた!」とか思わず口から出てしまうんや。そんな時、お袋は一瞬まともになる時があって、「どうしてこんな事をしてしまったのか分からないのです。あなたにこんなひどい迷惑を掛けてしまってごめんなさい。私は死んでお詫びをしたいくらいです。もう死にたいです」なんて言って泣きながら落ち込むんや。俺はその時に、お袋が普通になったと気づいて驚くんやけれど、少しすればまた元の状態に戻るんや。だから、いつまともな状態に戻るかさっぱり分からないので、常に言葉や態度に気をつけて介護をしなければいけなかったな。でも苦しかった介護を通じて毎日、少しずつ神さんの方に近づいて行けるのを肌で感じることが出来たんや。でも介護っていつまで続くか分からないし先が見えないやろ。だからとても疲れるんや。そんなある日、いつものように神さんにお祈りをしてからお袋の部屋に入って行くと、お袋はまるで健常者のようにニコニコとして俺の方を見ながら「いつもお世話になっています。迷惑ばかりかけてすみませんね。でも後一年ほどで私はこの肉体から離れて神様の元に行こうと思っていますので、その間大変ですが宜しくお願いしますね。」と言ったんでめちゃ驚いた事があったな。俺はその話を聞いて、出来る限りしっかりベストを尽くしてお袋の介護をしなくてはいけないと決意を新たにしたんや。嫌な事でもお袋の中に神さんを見て、その神さんに奉仕していけば、嫌な事でも好きにまでならないけれど、頑張ってやり遂げる事が出来るようになるんや。神さんに全てを捧げれば神さんは一から十まで面倒を見て下さるって実感した事が何度もあったな。本当に良い修行になった。

ポニョ:それは良かったな。介護を通じて霊性修行が出来たんやな。でも本当に認知症ってひどい病気やな。お袋さんが徘徊を始めた時に、夜中に家を抜け出しヘリコプターまで出動したエピソードもあったよな。その話をもう一度紹介してみよか。

認知症患者が一度徘徊し始めたら、一緒に付いて外をウロウロせなあかんねん。だってどこに行くか分からないし、一度言い出したら絶対人の言う事を聞かないんや。それが朝一番であろうが、夜中であろうが関係無いんや。

ある日、夜中に起き出して家からいなくなったこともある。その日は嵐の日で強風豪雨注意報が出ていたので、まさか風や雨が嫌いなお袋がこんな嵐の日に出掛けることはないと思ってタカをくくって熟睡してたんや。

でも、なんか物音が聞こえたので慌てて見に行くと部屋はもぬけの殻やったんや。

夜中に家族総動員で大嵐の中を雨に濡れながら探しまくったんや。近所のおっちゃんも一緒に探してくれたんやけど、どこを探してもおれへんかった。

警察に連絡したらすぐに飛んできてくれて、パトカーも何台か回してくれたんや。

担当の女警察官が末っ子が属しているバスケットボールクラブのコーチ仲間で、まさかその女性が警官って知らんかったからびっくりしたな。狭い世界や。それでみんなで手分けして一生懸命手当たり次第探したんや。

ラジオ局も放送してくれたし、ヘリコプターも手配してくれてたんや。しばらくすると近所の人から警察へ電話があり、自分の家でお袋を保護してると連絡が入ったんや。

その場所を地図で見ると、家から二キロ以上も離れたところで、結構車の通行量も多い道路を横切ったとこなんや。

警察の先導でそこに着くと、お袋は毛布にくるまってストーブの前で美味しそうに熱い紅茶をすすってたんや。

道の真ん中で倒れていたところを、もう少しで車に轢き殺されるところを運転手が機転をきかせて助けてくれたんや。早朝四時の事やった。

お袋は、ニコニコして、「この人ら私の事をソー君って呼ぶんや。おかしな人達やな。」と言って笑ってた。実際、お袋はずぶ濡れやったんで家の人たちがお袋を「ソーキング ウエットSoaking wetずぶ濡れやな。」と言ってたんや。

妹がその時日本にいたから、娘に会いに行く、娘を探しに行くって出て行ったんや。手には娘に渡すつもりやった何か訳の分からん手土産を大事そうに持ってた。


ヨシオ:こういう話を読むと、昔、苦しかった時の事を思い出すな。その助けてくれた人の家に後で娘が書いたお袋の若い頃のエピソードを書いた本を御礼に届けたんや。とても喜んで受け取ってくれたな。その人たちは三十年ほど前にドイツから移住してきたんや。ところで俺の昔の知り合いに介護の先輩がいるんや。その人も俺と一緒で、認知症の母親を施設に入れずに、自宅で最後まで介護をして看取ったんやけれど、その話をする時はいつも誇らしげに、「僕は母親を自宅で最後まで面倒を見た」と言うんや。俺はその人の顔がこれほど輝いて見えた時はなかったな。その人は俺に「今が一番介護で苦しい時やから頑張れよ。もう少ししたら、だんだんお母さんも大人しくなって来て歩けなくなり、車椅子生活になるから介護がずっと楽になるで。そしてそれが過ぎたら寝たきりや。そうなるとやっと自分の時間が取れるんや。僕もその段階になってやっと好きなバスケットのコーチが出来るようになったんや、だからしんどいやろうけれど、頑張れよ。今だけや。」と言って励ましてくれたんや。

ポニョ:家で介護しなくてもオーストラリアではそういう施設が整っているんじゃないのか。

ヨシオ:めちゃ綺麗な施設がたくさんあるな。しかも全部無料なんやで。費用は年金でカバー出来るんや。もちろん政府の補助金は出てるけどな。ただ入居金というのがあって入居者が出る時や、亡くなった時は、入居金の八割は返してくれるんやけれど、その施設によって入居金が高いところや安いところがあるんや。高いところでは五千万円もするな。お袋を入れようとした施設もそんな感じで、まるで5スターホテル並みの施設やったな。施設の中には人工の滝やら、人工の川が流れ、素敵なバックグラウンドミュージックも流れ、料理も毎日違うメニューが出て来るし、ベジタリアン向けにも特別に作ってくれるんやで。施設の所長さんの話をすると、たとえ徘徊を始めても、うちは施設の構造が口の字型になっているので、入居者は同じところをクルクルと歩いて回るだけですから安心ですよ。と言ってたんや。俺はそれを聞いて、この人は事務的に入居者を管理される人やなと思ったんや。というのもその入居者が、どれだけ口の字型の廊下を歩いているか、どれだけ疲れているかまでチェック出来ないやろ。その状態で徘徊しているのがもし俺のお袋やったら可哀想で耐え切れないなって思ったんや。

ポニョ:どうしてですか?体力が付いてええやないの。おいらやったら何度でもクルクル回って歩きたいな。そんな人工の滝や川があるところって。疲れた後は美味しいご馳走が待っているし。今度紹介してくれますか。その施設。おいらがボケたらそこに入るぜよ。それに入居金を八割も返却してくれるんやろ。日本やったら戻って来ないぜよ。それでもまだちょっと高過ぎておいらには手が出ないズラ。でも結構良さそうな施設やぜよ。以前紹介してくれた施設の中にバス停があるところよりよっぽどマシやぜよ。徘徊を始めると、そのバス停に連れて行かれるんやろ。そしてバスがもうすぐ来るからと言ってずっとみんなイライラしながら待っているんや。バスが来ないバス停って、想像しただけで可哀想やぜよ。バスが来ないバス停の乗客って世界で一番可哀想やな。

ヨシオ:でも最初は娘や息子に会いに行くとか言ってバス停で待ち始めるんやけれど、しばらくしたら、一体何のためにそこで待っているのか忘れるんやて。

ポニョ:それも可哀想やぜよ。

ヨシオ:その豪華な施設の部屋には、お客さん用のベッドまで付いているんや。それに大きなスクリーンがあり、豪華なソファもある劇場もあるんや。またそれ以外に、いろんなアクティビティが毎日あって、アクティビティ専門の人が毎日スケジュールを作ってくれるんや。たまたまお袋の陶芸教室の日本人の先生がその仕事をされていたので、お袋にはぴったりの介護施設やったんや。もちろん介護人も充分いて、介護士も給料もええからそこで働くのが夢なんや。支配人は仏教徒で、マレーシアから来たって言ってたな。確か奥さんは日本人やった。だからいろんな条件を加味しても、そこが一番良い介護施設やし、お袋も喜ぶやろなと思ってそこにお袋を入れようしてたんや。

ポニョ:そんな話を聞いていたら、おいらも入居したくなって来たぜよ。それで毎日あんたのアクアポニックスで栽培されたオクラを届けてもらったら天国やぜよ。早くそんな老人養護施設に入りたいな。

ヨシオ:施設は良くても介護する人のハートがこもっていなかったら、墓の中にいるのと一緒なんやで。いくら豪華な施設でもそこは寿命が来るまで待っている、死に行く老人たちの時間つぶしの場なんや。しかもその老人たちのほとんどの家族は、その施設に両親を入れた後、一回も両親の様子を見に来ないし。俺はオーストラリアに来て一番最初に気付いたことは、街で年寄りを見かけないことやったんや。年寄りはどこにいるのかなと不思議に思っていたら、社会から隔離されたところで社会のお荷物として墓場に行く日々を待っていたんや。それでも行きたいか?

ポニョ:それは嫌じゃ。絶対に嫌じゃ。

カルマを支払い、奉仕や霊性修行を行う上で、あなたは様々な困難に出合います。
しかし、それはあなたが生きているこの世界では自然なことです。
この世界には善と悪、喜びと悲しみ、光と影といったように二面性を持っています。
それらのことにあまり重きを置かないようにしなさい。
あなたに降りかかるものを、あなたの義務として神への祈りと共に受け入れることです。そしてその結果については神の御手にゆだねなさい。SS11/1996