■2007年 日本 128分
■2008.2.11 IE
■監督 犬童一心
■出演
二宮和也(村岡栄介=漫画家)
相葉雅紀(井上章一=歌手)
大野智(下川圭=画家)
櫻井翔(向井竜三=小説家)
松本潤(勝間田祐二=米屋)
香椎由宇(時江=食堂)
韓英恵(村岡康子=妹)
高橋真唯(弓子=喫茶店)
菅井きん(よね=大家)
志賀廣太郎(林田) 本田博太郎(貞吉)
田畑智子(西垣かおる=元恋人) 松原智恵子(村岡きぬ=母) 《story》
「あの日の僕らは、いつもいつでも笑ってた。涙がこぼれないように」
1963年、晩春、夢見る4人の若者。漫画家の村岡、歌手の井上、画家の下川、小説家の向井。村岡の病気の母を連れてくる手伝いをしたことから、4人は同じ部屋に寝泊まりするようになる。村岡の師匠の手伝いで得たお金と下川の絵を売ったお金で、自炊生活が始まる。村岡の力作の漫画は採用されず、井上も思うように曲ができない。井上は、行きつけの食堂の時江ともすれ違う。下川は、公園で出会った女性を思い、必死で絵を描く。しかし、以前売れた絵が、実は質屋に預けられただけだったことがわかり、さらに公園に置いた女性の絵も変な女が拾っていて気を落とす。向井は構想だけでひとつも文ができない。夏の終わり、村岡の母が危篤。なけなしのお金を持って故郷に帰る。残った3人は、夢を捨てそれぞれの道に。年月が過ぎ、あの部屋では村岡がペンを走らせ漫画を描いていた。 懐かしい夢を追いかけた青春
自分の未来には限りない可能性があると信じていた時代。何かができそうで、胸をわくわくさせていた時代。お金はなかった。バイトをしては食いつないでいた。芸術やスポーツに明け暮れた青春。昭和のあの時代って、何をしても、「未来を作っているんだ」というような輝きがあった。今は、何をしても、未来は見えない。今、ただ足下が崩れないように踏ん張ることで精一杯。未来が見えない。見えていても、暗い破壊的な先のない未来。過去に戻りたくなるのは、そんな未来しかだれもが考えられないからかもしれない。私も大学時代は、4畳半の狭い下宿、共同の流しにくみ取りトイレ。風呂は大家さんのところで入れてもらう。何人もここで寝泊まりしたこともある。鍋いっぱいに作ったカレーを何日ももたす。ラーメンとご飯の日々。今でもそんな下宿ってあるのだろうか。その当時も、ワンルームみたいなところに住んでいるリッチな学生もいて、うらやましかった。夢を追いかけた青春の日々。今や腰痛と精神的に追い込まれる日々。今も、せめて失敗を恐れず、大きく踏み出したいものだ。 公式サイト「黄色い涙」





■2006年 日本 122分
■2008.1.26 wowow
■監督 安藤尋
■出演
松本潤(結城 頼) 榮倉奈々(結城 郁)
平岡祐太(矢野 立芳) 小松彩夏(楠 友華)
浅野ゆう子(結城咲=母)

「その時、世界は残酷なほど美しく見えた」
高校三年の双子の頼と郁。幼い頃の草原での思い出は、二人で交わした結婚の約束。しかし、頼は、そんなことは忘れてしまったかのように、郁に冷たい。頼の友人の矢野が、郁に告白するという。頼の胸の奥底に押し込んでいた気持ちが溢れ出す。頼は郁に、自分と矢野とどちらを選ぶか迫る。郁の心の中には頼しかなかった。頼は、頼に告白した楠と付き合うことで、もう一度兄妹に戻ろうとしたが、ますます二人の思いを深まった。頼と郁は、幼い頃に行ったあの草原に出かける。

兄妹としての愛以上になってはいけないのだと思った。切ないどころか、ただの泥沼状態だ。ラストで二人で草原を歩いていたけど、行き着くところは幸せな場所などではない。決してハッピーエンドにはならない。兄として男として、愛しつつも距離を置くことができたとき、何か道が切り開けるかもしれない。そんな不満足な道より、袋小路を選んだ二人。どちらにしても、後悔する。美しいとは思えない。男が越えてはならない一線というものがある。妹として、親友として、友人として、そんな関係であることを大事にするために。男どうしなら変わらない関係も、男女ならいつ変化するかわからない。その変化をを認めたとき、今までの関係は崩れる。あの友人の矢野は何を考えていたのだろうか。二人の幸せ? 友人として、それで良かったのか。自分だったらどうするか。説得できるか。自分が頼の立場だったら、自分の気持ちを抑えられずに行き着くところまで落ちてしまうか。やっぱり美しいものではない。

■2007年 日本 108分
■2008.1.25 TOHOシネマズ緑井
■監督 羽住英一郎
■出演
瑛太(城山銀) 田中麗奈(綾瀬七海)
玉山鉄二(小鳩祐治) 青木崇高 (神沼次郎)
佐藤江梨子(北原エリカ) 田中要次 (伊川一彦)
杉本哲太 (宮部智明) 國村隼 (瀬戸雅之) 《story》
「雪猿たちの季節がやってくる」
銀、祐治、次郎は、雪山でやりたい放題。銀は「何でも屋」と称して空からチラシ配り。祐治はソリでの川の横断にチャレンジ。次郎は、手すり制覇を目指していた。町の人々は、やりたい放題の彼らに困り果てていた。町のイベントである雪の教会で結婚式をあげるために七海がやってきた。何でも屋の銀は、七海にスキーレッスンの契約をする。しかし、その雪の教会が壊された。七海も行方不明。そして、七海の婚約者が、実は半年前に事故死していたことがわかった。銀は吹雪の山の中に入り、七海を捜す。銀は、見つけた七海に「あきらめたらだめだ」と諭すが、銀自身が競技中の事故で、復帰に自信をなくしていたのだった。七海が町を去ろうとしたとき、銀が再び競技に参加。七海と町の人々が見守る中、銀は滑り出した。 さわやかでした
最初は、見る映画をまちがえたかなと思った。ばかばかしいだけのお笑い映画のように思えたからだ。でも、七海が現れてから変わった。ただ、七海の元気のなさが気になった。婚約者を失っていたのだから仕方ないけど、もう少しトーンをあげてもよかったのではないだろうか。ラストの競技は、成功した方がよかったかも。大成功で、町中のみんなが駆け寄る。七海も駆け寄る。あきらめない気持ちが強くなる。そんな終わり方はどうだろうか。あの失敗で、またけがをして立てないとなると、人生終わりだ。
最近、ついつい粗を捜したくなるんだけど、半年前に事故死していて、式場がキャンセルされていないなんて、おかしいよね。
私は、どうも寒さが苦手で、スキーをしたことがない。スキー自体は楽しそうだと思うけど、あんな寒いところで、めんどくさい準備をしてやるほどのものじゃないと思ってしまう。あったかい建物の中で、テレビを見ている方がいい。だからかもしれないけど、こうして劇場で疑似体験できることが、映画の良さでもあると思う。 公式サイト「銀色のシーズン」
■2007年 日本 124分
■2008.1.18 TOHOシネマズ緑井
■監督 陣内孝則
■出演
森山未來(佐野修平) 加藤ローサ(山口静華)
田中好子(猪谷幸枝) 綿貫智基(猪谷昌也)
立花裕大(猪谷昌也=少年時代))
岡本杏理(篠原礼奈=フィギュア少女)
谷啓(今泉邦雄) 坂口憲二(現代の猪谷昌也) 《story》
「本当の奇跡は、一番最後にやってくる・・・。」
タップダンサーになる夢に破れた修平は、恋人の待つ北海道に帰った。地元で教師をし、恋人の静華に結婚を申し込む。静香の父親の条件は、弱小ホッケーチームを優勝させること。修平は、アイスホッケーをしたこともなく、ルールもわからない。しかし、大学で専攻した児童心理学とタップのリズムを使い、弱小チームのスマイルを勝利へと導く。チームの昌也は、フィギュアの礼奈と親しくなり、過去のトラウマから脱し笑顔を取り戻していく。しかし、その礼奈が白血病で入院する。チームは毎夜、病院の外で礼奈を励まし、大会優勝目指して勝ち進んでいった。決勝は、強敵チーム。礼奈のためにも、奇跡を信じて戦う。 さわやかでいいよ
わかりやすい映画が好き。だれもがいい人なのがいい。難解な問題提示型の映画も見るけど、疲れているとき、いつものように心が荒んでいるときは、こんなさわやかな映画がいい。欲を言うなら、さわやかついでに礼奈も回復させてほしかった。試合に勝つ奇跡だけでなく、病にうち勝つ奇跡の方が価値があると思う。試合に勝つことだって、彼女が元気になることを願ってがんばってきたんだから、奇跡は彼女に起こしてほしかった。
写真を撮るとき、「笑って」ってよく言うけど、歯を出して笑えない。鏡を見て練習してもできない。笑顔って人間の特権なんだと聞いたことあるけど、笑えないってつらい。いつも普通のときも笑顔の人がいるけど、育ってきた環境が笑顔になることが多かったのか、顔の特徴なのか、それだけで得をしたり損をしたりする。昌也のようなトラウマがあるのだろうか。人と真向かうこと自体が怖いんだから仕方ないか。映画を見ていて楽しい場面があったら、自然に笑っているだろうか。 公式サイト「スマイル 聖夜の奇跡」






■2007年 日本 105分
■2008.1.12 wowow
■監督 土岐善將
■出演
井ノ原快彦(宏樹) 岡本綾(薫)
清木場俊介(武志) 石黒賢(医師)
戸田恵梨香(武志の妹) 蟹江敬三(叔父)
いしだあゆみ(薫の母)

「宏樹、オレ あとどれくらい生きられる?」
「人を思いやる気持ちに溢れる涙が止まらない」
「“聖なる三角形”は“永遠の三角形”」
転校してきた宏樹、武志と薫と三人は、親が幼なじみだったということもあって、いつもいっしょで仲良しだった。将来の夢を語り、永遠の友情を誓い合った。大人になった今も、お互いのことを考えあえる大切な仲間だった。ある日、武志は宏樹の了解を得て薫にプロポーズする。そして、薫の両親が経営する喫茶店でささやかな祝賀パーティーに武志が来るのをみんな待っていた。しかし、武志は自動車事故で病院に運び込まれる。植物人間となり、眠り続けた。そして3年、まわりの声を受けて、宏樹は薫にプロポーズする。そのとき、武志が目をさました。リハビリに励み、順調に回復に向かっていたが、再び倒れる。そしてあと1ヶ月の命だと言われる。武志は、宏樹に薫を幸せにしてやってほしいと、結婚式を行わせる。そのとき、武志は眠るように息を引き取る。

子どものころはいいよ。でも、大人になると、だれかが我慢せざるを得なくなる。好きでずっと付き合ってるんだから、適齢期になると結婚したくなるよ。友達のまま、なんてあり得ない。どちらかが結婚すれば、残った方はつらくなる。それでも付き合っていければいいけど。みんなバラバラに、それぞれの相手を見つけて結婚できれば最高かも。みんなお互い好きだけど、男女の関係じゃなく、本当に人として親友としてずっと付き合っていければ、永遠の友達でいられるんだけどね。
こんなこと言ったらいけないのかもしれないけど、武志が病気で死んだから、宏樹と薫は幸せになれたと言えるのじゃないかな。もし、事故がなくて、武志と薫が結婚し、宏樹はずっと心の奥に気持ちをしまいこみ、武志たちと付き合っていけるだろうか。
天国は何を待ってくれたのだろう。残された宏樹と薫が気持ちよく結婚できるように、武志を戻して伝えさせたということなのか。生きている人間が心の整理ができるように。

■2007年 日本 128分
■2007.12.27 サロンシネマ2
■監督 永田琴
■出演
神木隆之介(高野太郎)
福田麻由子(海乃たまき)
広末涼子(大人になった海乃たまき)
佐藤重幸(若先生=高崎太郎))
村川絵梨(かなえ)
松重豊(捨次) 光石研(結城)
賀来賢人(結城周平) 森康子(タエ)
小林克也(尾崎誠) 西田尚美(高野ひろ子)
石黒賢(高野正彦)
原田芳雄(大先生=高崎雄二) 《story》
「大切な想いは、伝えなきゃ」
「すべてをかけて、小さなディスクジョッキーが伝えたかったこと」
太郎は、野球好きの父の影響で、庭で素振り。その傍らには、太郎が大好きなDJ、ミッドナイトエキスプレスの番組が流れていた。ある時、太郎は鼻血を出して倒れる。叔母の勤める病院で検査後入院。そのとき大怪我運び込まれてきた包帯だらけの子どもと目があった。太郎は、大先生の治療という名目で、病院内の放送を使って、お昼のDJをするようになる。病院内でのさまざまな人間模様を垣間見る中ながら、太郎は成長していく。隣のベッドに海乃たまきがやってきた。あの包帯だらけの子どもだった。たまきは、口を聞かないおばあさんにも「おやすみ」と声をかける笑顔の素敵な少女だった。太郎はいっぺんに恋に落ちた。自分の病気が重いことを知った太郎は、退院したたまきに自分想いが伝えたかった。二人で映画を見るため病院から抜け出した。函館の山で雨にぬれながらも言えなかった。集中治療室で、混沌とする太郎だったが、お昼の放送の時間は目を覚ました。最後のDJの放送。傍らにはたまきがいた。太郎が伝えたかった想いは・・・。 どこかでみたような
それでもいいんじゃないの。「ラストコンサート」にしても、「小さな恋のメロディ」にしても、それだけじゃない。入院していた人々は、さまざまな出来事を背負い、思いを抱いていた。それに触れられただけでも、人と人とがつながったあったかさがそこにある。だれとも口をきかないおばあさんだって、お昼の放送を楽しみにしていた。たまきに声をかけられてうれしかっただろう。変人扱いされて無視されるのはつらいものだ。たまきが1つ年上っていう設定だったけど、やっぱり年下にししか見えないよね。あの笑顔、作り笑顔だってわかるけど、やっぱりいいよね。
ふっと考えてしまうんだけど、死んでいく人が満足した気持ちで死ねたらいいよね。でも、そのために踏み出した人は、これから先どうするんだろう。忘れるわけにはいかなくなる。大人になったたまきは、ずっと太郎のことをひきずって生きていくのだろうか。新たな恋、結婚はしないのだろうか。死んだ太郎はきっとそれを許すし、たまきの幸せを願っていると思うのだけど。 公式サイト「Little DJ 小さな恋の物語」




■2006年 日本 116分
■2007.12.26 wowow
■監督 高橋伸之
■出演
三浦春馬(佐々木大洋) 加藤ローサ(ジュリア)
木村了(小林誠人) 濱田岳(田口浩輔)
三船力也(ニック) 西宮佑騎(サーファー)
高樹沙耶(貴子) とよた真帆(ジュリアの母)
坂口憲二(マーク) 竹中直人(デューク川原)

「僕らは出会ってしまった。一生を変える一夏に--」
高校一年生の夏休み。大洋と誠人と浩輔は、湘南の海にいた。サーファーのかっこよさに目を奪われた。浩輔の別荘で寝泊まりするはずが、鍵をなくして砂浜で一夜を明かす。朝、パンツをはぎ取られたおじさんを連れて帰ったところが、サーファーショップ。彼らはそこでバイトをしながら、サーフィンを教えてもらうことになる。大洋は、ローラーボードの修理にきたジュリアに一目惚れ。おじさんのパンツをとった3人の金髪サーファーは、彼らを目の敵にする。そして、台風がやってきた海の荒れた日、金髪ニックと大洋のサーファー対決が・・・

実際にサーファーをしている映像と登場人物たちとの差が激しすぎる。それらが別物だとすぐにわかってしまう。彼らが本当にサーファーをしていないだけに、間近に見るサーファーの迫力に迫れない。大きな波に乗るサーファーたち。突然穏やかな海に漂う登場人物たち。激しい落差。登場人物たちが本気でチャレンジして迫力がでるものだろう。「フラガール」のように実際に踊るから言いたいことが伝わってくるのだ。サーファーがメインでありながら、登場人物たちが本当にしないのは見る者をバカにしている。題材はいいのにスカスカの映画でした。








■2006年 韓国 124分
■原題「OUR HAPPY TIME」
■2007.9.22 サロンシネマ2

■監督 ソン・ヘソン
■出演
カン・ドンウォン(チョン・ユンス)
イ・ナヨン(ムン・ユジュン)
カン・シニル(イ主任)
ユン・ヨジョン(シスター・モニカ)
キム・ジヨン(パクおばさん)
チョン・ヨンスク(ユジュンの母)
チャン・ヒョンソン(ユチャン=ユジョンの兄)
オ・グァンノク(死刑囚2896)

「死刑囚の男と自殺願望の女。
人生の果てに訪れた、奇跡のような“幸せな時間”」
貧しい少年時代を過ごし、殺人を犯した死刑囚のユンス。裕福な家庭に生まれながら、叔父に暴漢を受け、それを見てみぬふりをした母を許せない、3度も自殺未遂したユジュン。ユジュンは叔母のシスターに連れられ、刑務所の囚人を慰問する。「愛国家」をかつて歌手として歌ったユジュンに会いたいというユンスの願いをかなえたかったからだ。しかし、ユンスは心を開こうとしない。ユジュンも素っ気ない素振りを見せる。ユジュンは、シスターに頼まれ、毎週木曜日にユンスに会いにいく。初めは離れていた二人は、少しずつ近づき、お互いの胸の内を語り始める。そして、ユジュンは写真や手作りの弁当を持っていくおゆになり、ユンスもこの時間を楽しみにするようになる。二人の幸せな時間は、彼らにもっと生きたいという気持ちにさせた。しかし、その終わりは突然やってきた。ユンスの死刑の執行が決まった。

もうないんだということが、それまでのことをどんなに幸せに感じさせてくれることか。制約があればあるほど、それを越えようとする心の結びつきは大きい。貧乏でもお金持ちでも、心の傷は不幸を思わせる。幸せは、だれかと心がつながったときに感じることができる。こんな幸せな時間は、たとえどんなに短く限りがあろうとも、とても貴重だと思う。「生きていたい」「生きていてよかった」と思える時間。自分の存在が輝く時間だと思う。きっとだれにでも幸せな時間はやってくる。それは永遠には続かない。儚い時間だから幸せを感じることができる。1枚の写真に、決しておいしいとはいえない弁当に・・・。
劇場は女性が多かった。私は誰かを見にいくような映画は見ない。内容がよければ、その俳優も好きになる。カン・ドンウォンは「1%の奇跡」で見た。あの雰囲気は全くない。ラストの執行の場面は涙がいっぱいあふれてくる。彼の恐怖が伝わってくる。執行の前の最後の食事で、ごはんをつまらせ、「死ぬかと思った」というジョークは、笑えないどころか悲しみが大きく広がった。






























自分の罪を悔い改めて死刑になるとしたら、それは安らかに受け入れられるかもしれない。でも、自分の罪を心から反省し悔い改めている人を死刑にするとしたら、それはもしかしたら犯罪かもしれない。いや、あのボタンを押す人のことを考えたら、簡単に死刑にはできなくなる。良心がある人ほど、あのボタンは押せない。合法的な殺人だからだ。今まで、死刑はいいとか悪いとか軽く意見していたけど、実際にその死刑を宣告する人、死刑執行を命令する人、連れ出す人、準備する人、ボタンを押す人、後始末をする人・・・そんなことを考えたら、そこに関わる人の心の中がどれほどのものか見えてきて、いたたまれなくなる。言うは簡単、実際に実行する人の苦悩は計り知れないもの。まるで戦争と同じ。戦争を起こさせるは簡単、実際に前線で実行する人の苦しみは莫大なものだ。
心が通じ合えた二人なのに、それが引き裂かれる悲しみは、これからも続くのだろうか。それとも通じ合えた幸せをいつまでも感じ続けることができるのだろうか。








■2007年 日本 116分
■2007.11.10 TOHOシネマズ緑井
■監督 三枝健起
■出演
宮沢りえ(豊田トヨ) 加瀬亮(仙波留吉)
宇崎竜童 (豊田松蔵)
田口トモロヲ(三好祐次(平成))
中原ひとみ(豊田トヨ(平成))
樋口可南子(三好良枝(平成))
原田芳雄(仙波留吉(平成))

「僕ずっとオリヲン座を守るさかい-
ここでいつまでも、一緒に映画かけてもらえますか。」
一通の招待状が良枝の元に届いた。夫であり幼なじみである祐治とは、別れ話が出ていたが、もう一度二人であのオリヲン座に行きたかった。
オリヲン座は、戦後まもなく松蔵とトヨが立ち上げた。テレビのない時代、オリヲン座は町の憩いの場だった。そこに留吉が弟子入りした。病気で松蔵がなくなり、留吉はトヨとオリヲン座を守っていくことを決意する。しかし、テレビが普及し、二人の関係を怪しむ世間は冷たく、劇場への来客は激減する。フイルムの借り入れの金策に苦心しながらも、リバイバル上映をしながらオリヲン座を守っていく二人。そんな劇場に通う祐治と良枝。祐治は両親から愛情をかけてもらえず寂しい日々を送っていたが、オリヲン座でトヨや留吉からまるで家族のようにあたたかく迎えてもらった。そのオリヲン座が閉館する。

二人の純粋な愛のように、映画も利潤を得るためだけでなく、いい映画をみてほしいという純粋な気持ちで映画館が運営されていた。昔の懐かしい映画館を思い出す。二本立ての映画。途中から見始めて、次のその部分までみたり、2回続けて見たこともあった。料金は同じ。今みたいに一回入れ替え制ではなかったから、一度映画館に入ったら好きなだけいた。そんな町の映画館もどんどんなくなっていった。サロンシネマだけは昔と同じ。高校時代は自転車で通った。フイルムマラソンも何度も見た。大きな映画館では上映されないピリッと光る映画を見る。そんな小さな映画館。でも、よく行くのはシネコンだ。懐かしい映画館だけど、便利で設備のいい映画館にいく。前の人の頭でスクリーンが見えない映画館はいやだ。映画映写の機械ももっと簡単になっているのだろうなあ。時代の流れだな。懐かしむだけのものになっていくのは止められない。
突然出てきた祐治と良枝。ちょっと違和感があった。大人になった二人が招待状を受け取った場面から始まるのなら、二人の子ども時代をうまく織り交ぜながら過去に戻ってほしかった。途中から急に現れて、それまでどこにいたのと聞きたくなった。最後のオリヲン座での上映会、そこには昔からの町の人々にもいてほしいし、トヨと留吉の純粋な愛を優しく包んでほしかった。二人の愛が、祐治と良枝に確かに伝わった。それがピーナッツに象徴されているかも。祐治と良枝も終わりでなく、新たな出発になればいいね。






■2006年 アメリカ 99分
■原題「The Lake House」
■2007.11.4 wowow
■監督 アレハンドロ・アグレスティ
■出演
キアヌ・リーヴス(アレックス)
サンドラ・ブロック(ケイト)
ショーレ・アグダシュルー(アンナ)
クリストファー・プラマー(サイモン)
ディラン・ウォルシュ(モーガン)
エボン・モス=バクラック
ヴィレケ・ファン・アメローイ

「2006年を生きる彼女と 2004年を生きる彼
会えない人を愛したことはありますか?」
2006年、ケイトは医師となって、イリノイ州の郊外からシカゴへ引っ越すことになった。湖の畔の家を引き払う日、ケイトは郵便受けに次にここに住む人のために、手紙を残した。その手紙を受け取ったのは、2004年に生きるアレックスだった。この家は、彼の父の設計によるもので、家族の思い出のつまったものだった。しかし、父は今や建築家として有名となり、家族の心はバラバラになっていた。郵便受けを通しての、2006年に生きるケイトと2004年に生きるアレックスの恋が始まった。アレックスは、過去のケイトに出会いますます恋を深めていく。二人は出会うために、レストランに2年後の予約を入れる。しかし、アレックスは現れなかった。バレンタインデーの日にケイトに会いに来て事故で亡くなっていた。その事を知ったケイトは、運命が変わることを信じて、「湖の家で待っていてほしい」と手紙を書く。時を越えて二人は会うことができるだろうか。

時間を超えて・・・なんて、だったらこれはおかしんじゃないと思ってしまう。先に生きるケイトの記憶の中には、すでにアレックスとの思い出がつまっているはず。アレックスはそのケイトの思い出をたどって生きることになる。二人は出会うことはない。2006年にいるアレックスなら会える。この二つの時は別々の時空だから、別々な人生がそこにある。郵便受けだけが、二つに時空をつなぐことができる。
時間というものは、さまざまな夢を見せてくれる。時を越えることがどんなに楽しいだろうなあ。今をもう一度繰り返すことができたら、何度も満足できるように繰り返すのに。繰り返すことができるなら、きっと失敗を恐れずに、勇気を出してチャレンジするだろうなあ。今は、後悔しながらも、踏み出す勇気をもてずに生きている。
時を題材にしているけど、不思議な出会いにあこがれているから、魅力を感じるのかもしれない。郵便受けでつながる心、なんてロマンチックだよね。インターネットでつながる恋に似ているかも。顔も年もわからない、掲示板やチャットでの出会い。それが手紙であるだけに、深みを感じる。つながりの強さあたたかさを感じる。
