ラヂオアクティヴィティ[Ra.] 第二部・国境なき恐怖 170消えた新生児五十万人! ![]() 消えた新生児五十万人!と文字が画面にでる。 「共同通信が配信した記事です。チェルノブイリ事故によって汚染された一年後のヨーロッパ諸国を旅行した報告です。ポーランドのクラクフ大学のアレキサンダー・クバイニ博士は、ポーランドでは毎年七十万人誕生するはずの新生児が、一九八六年は二十万人に減少した、と話しました。五十万人の生命が“消えている”という。信じられない数字です! 放射能による遺伝的影響をおそれたヨーロッパの妊婦の多数が、中絶手術を受けたのです。IAEAによると、西欧だけで、十万から二十万人にのぼるというのです。もちろんソ連、東欧、近東でも非常に多いそうです」 ソーシアがスポット・ライトの中に立つ。そして、原稿を読む。 「十年以上もたって、コンスタンチン・チェチロフ・核物理学者がチェルノブイリの事故の原因は地震だということをつきとめました。政府発表は虚偽だと実証したのです。それは、チャタエフという人物からの電話からはじまりました」 「ええ、原因は地震だったというのか!」 テレビの前で驚く勇気の祖父。 「彼は放射能除去にたずさわった人物です。彼は、地震がおきたことは、間違いないと発言したのです。KGBの口止めを恐れて、現在チャタエフは行方不明です。チェチロフが、原子炉に入る調査をしました。あの電話があってから、二年後中心部まで入ってゆく。サンプルをとって測定する。チェチロフは驚く。目の前の現実と公表とは大きく違っていたのだ。そしてKGBが主導で、口止めされていたことを突き止めたのです。地震の記録は軍の秘密の施設で測定されていました。危険な断層の上に建てられているということに対して、反対者は安定した地盤に建てられたという」 断層が多い水際に原発は多く建てられているという。 それは原発が大量の水を必要とするからである。 勉は唾を飲み干した。 「爆発した二十三、四秒前に地震があったのです。狭い範囲でおきたものなのです。公式発表では運転員のミスでした。有罪判決となりましたが、その運転員をマスコミは取材できなかった。石棺の割れ目も実際は直っていなかったのです。石棺の上に石棺をつくれ、フランスとドイツの研究者は主張しました。なぜなら、石棺は地震で崩壊する危険があるからです」 日本は地震国といわれているなあーと、勇気のおじいさんは目をつむった。 「しかし、チェチロフは、莫大な費用が必要だが、それよりも原子炉を取り除くことが大切だ。なにしろ地震による危険があると主張する。二つの断層の接点にチェルノブイリ原発はある。断層の上に建てることを、何の注意も払っていなかった。ソ連政府は、地質学的要素は考慮していないので、他にも危険な原発はあるのです。作業員二十人の証言が残っているが、政府は重要視していなかった。そしてこの調査と証言は一致したのです。地震があったと……。学者たちは、政治家やマスコミに、原子力産業界の圧力が加わっているのでしょう。有力な圧力団体です。国民の命を大切にする国家なら必要な調査をすぐにしなければならないと述べています」 博士は腕組をする。納得がいかなかった。 どうやら、ミス・ホームズも同様である。 いくらソ連が秘密主義であったとしても、西側はどうだったのだろう、と。 質問してみた。 ソーシアは話す。 「チェルノブイリは、はじめは大惨事と伝えられました」 情報は混乱している。 それは政府の指示したことが原因だろう。 それはソ連政府だけにかぎる。 アメリカにはCIAというKGBよりも強力な機関があるではないか。 「しかしチェルノブイリは事故と言い換えられたのです。それは、チェルノブイリ事故の一週間ほどあとのサミット開始のころから急激に変わったのです。報道の上では、大惨事がいきなり鎮静されてしまったのです。これは、情報を流してきたアメリカが何らかの方針によって情報を流さないようにした、というのがマスコミ界での噂だそうです」 噂かあーと、マイクはそんなことは気にしないと思う。 「それではサミットを動かした四人がどんなバックグラウンドを持っているか、説明しましょう。アメリカのレーガン大統領が原子力メーカーのゼネラル・エレクトロニクスの元スポークスマンでしたね。その国務長官シュルツも国防長官ワインバーガーも、原発施設を建設するゼネコン、ベクテル社の役員でしたね。そして日本の首相は日本で初めて原子炉予算を国会に提出した人物で、原発施設を建設している鹿鳥建設と関係がある人物です。イギリスの首相は原子力業界から支援をうけ、原子力の建設業者と汚職が取沙汰されていました。フランスの大統領も原子力産業の利権を持っていました。原子力はお金になるのです。ある人たちだけにはそうなるのです。この四人を支配する原子力業界の代表者として、ソ連の事故でたびたび登場した国際原子力機関の事務局長が、サミットで“安全論”を語りはじめました。四首脳は一斉にそれと歩調を合わせたのです。実は、今まで報道されてきた“人体に影響ない”という安全基準を定めた国際放射線防護委員の委員長は、イギリスのウィンズゲール原子力プラント(現在セラフィールドと改称)の「経営者」でした」 これは国際的陰謀ではないだろうか? それも、われわれの生命をかけたギャンブルでもあると多くの人は思った。 しかし、マイクは単なる噂にすぎないと確信している。 アメリカは自由で平等な民主主義の国である。 「大惨事がどうして、事故になったの……」 ナンシーは理解できなかった。 「つまり、サミットに参加した人たちが、それをしたってこと?」 李は訊いた。 「それは、ありえないわ。彼ら四人は雇われているようなものだもの……。原子力産業の使用人みたいな人たちでしょう。もっと大きな力があるのよ。原子力産業には……」 ミス・ホームズは推理した。 「どうして、報道されなかったのだろうなあ?」 「それは原子力会社が、スポンサーとしても大きいってことなのよ。原子力会社は、原子力だけをやっているわけじゃないのよ。それはエネルギー全体を握っているといってもいいくらいなのよ。石油資本も関係しているし、それは巨大な力なのよ」 ソーシアは理路整然と述べた。 「そんなことがあったとしても、誰かが報道するのが、民主主義じゃないの?」 「そうだろうけど……。政府まで、そうなら、なかなか難しいと思う」 「報道機関だって、政府の許可を受けているのだろう」 「でも、法律によって規定されてはいるけど……報道をまげることは職務放棄と同じじゃないの……」 李の口調は非難めいていた。 「だが、法律がこの世のすべてではないだろう。記者だって、どこかの会社に属しているのだから……。経済的なことは大きな問題だよね……」 「どうして、鎮静化させたかも、具体的にわからないよ。大事故だろう……」 勇気は目をしばたたかせていた。 「ソーシア、どうなの?」 「それは国連のIAEAに報告をさせることでした」 ソーシアは話しにくそうだった。
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