ラヂオアクティヴィティ[Ra.] 第二部・国境なき恐怖 171ヒロシマの学者が…… 「チェルノブイリ事故の情報が混乱していたとき。そこで、一九九〇年から九一年にかけてIAEAは、国際諮問委員会(IAC)に調査を行わせました。その結果を九一年五月に発表しました。これがチェルノブイリに関する、もっとも権威ある調査となったのです」 「IAEAって、具体的にどんな機関なの?」 勇気は訊いた。 「それは、マンハッタンからはじまった」 ソーシアはパソコンを操作した。 「IAEAとは、一九五七年に国連の下に設立された機関で、原子力の平和利用を進めることと、原子力に関する技術協力、安全保障、情報交換、核査察などが主な業務となっています。チェルノブイリ被災地住民にとって、調査というのは事故の被害を隠す目的で権力機関が行うものだという意識がぬぐえませんでした。そうでなくても調査結果を教えてもらうことは決してありませんでした。ところが今回は国連が調査をやってくれるというので、人々はやっと公平な調査が行われるといって喜んだのです。しかも委員長は日本人で広島の学者だというではありませんか。住民は今度こそ被害者の側にたった調査が期待できると考えたのです」 勇気は腕を組んで 「そうだろうなー」 と、うれしそうだ。 あの広島からの学者なら、きちんとした仕事をするだろう。 テレビでも日本の医師がチェルノブイリの被害者の治療をしているのを見た。 同じ日本人として誇りが持てた。 「その調査の結果はどうだったの?」 ソーシアは唾をごくりと飲んだ。 「放射能による病気はない……」 喉に何かつまったような感じで話した。 「どうしたの?」 ミス・ホームズは鋭い視線。 顔を真っ赤にするソーシア。声の高さが、前よりも高くなる。 「私たち被害者の期待とはまるで反対の結果だったのよ。いいえ、現実とかけ離れた結果だったのよ!広島の放射線影響研究所の重松逸造理事長から発表された結果は、人々が失望するものでした。失望は怒りにかわったほどです。報告書には次のような言葉がつらねられていたのです」 パソコンを大画面のテレビに映し出す。 ◆住民には……放射線被曝に直接原因があると見られる健康障害はなかった。 ◆ガンや遺伝的影響の自然発生率が将来上昇するとは考えにくい。 ◆放射線に起因する健康上の悪影響が報告されているが、適切な現地調査でも、このプロジェクトでの調査は実証されなかった。 ◆甲状腺結節は子どもにはほとんど見られなかった。 ◆データからは、事故後の白血病または甲状腺ガンの顕著な上昇は証明されなかった。 ◆移住や食品の制限は、もっと小規模でよかったといえる。今以上に基準を厳しくするような改定は避けるべきである。 ◆食品の規制は、不必要に行われるといえる。移住よりも食品基準の緩和を優先して検討すべきである。 ソーシアは続ける。 「つまり健康上の被害はない、食べ物の心配もしすぎだと指導しているのです。これは私たちが現地で実感している状況と大きくかけ離れていました。多くの人たちが亡くなり、病気になっているというのが現実でした」 ミス・ホームズは首をかたむけた。 「いったい、どういうことなのよ!」 「これには、悪意が感じられる」 弁護士は述べた。 「この報告の影響で、世界はチェルノブイリを忘却しました。たいしたことがない、と。今でも、チェルノブイリの事故は大惨事ではないと思っている人たちはいます。でも、それこそが嘘です。そのころにはもう小児甲状腺ガンが爆発的に発生していたのです」 「罪だよ!」 「なぜ、大丈夫だというような発表をしたの?」 「それも、問題だけどさ……。どうして、そんなデータが出せるのだろう」 博士は驚いた。 世界の権威ではないか? それが、そんな出鱈目なことをしているなんて、考えられないし、博士の頭は混乱していた。
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