磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

核兵器撤廃への道

2008年12月25日 | 読書日記など
『核兵器撤廃への道』
   杉江栄一・著/かもがわ出版2002年

今年、クラスター爆弾について大きく前進しましたね。
--核兵器も続けばいいですね。



冷戦ではないというのに……。 下「」引用。

「冷戦が終わって一○年以上が経過した。冷戦が終わったので核戦争の危険は遠のいたといわれている。たしかにアメリカとロシアは互いに相手を「敵」と呼んでいない。しかし現在のこの瞬間にも何万発もの核兵器が存在しているだけでなく、何時でも発射できる臨戦態勢下におかれている。冷戦が終わったというのに私たちはなお「核兵器共に生きる」必要があるのだろうか。「核兵器との共存」は永遠に続くのだろうか。核兵器が存在するというのに核戦争を永久に防止できるのだろうか。私たちはこの問題を真剣に考える必要があるのではないだろうか。」

軍需関連産業のために存在しているという人たちもいますね……。

核抑止はジャーゴン……。下「」引用。

「核抑止という言葉はもともとジャーゴンである。ジャーゴンとは専門用語ではなく、技術者集団の仲間のうちだけで通用する特殊な用語であって、きわめてあいまいな概念であるばかりか、専門外の人にとっては煩雑で意味不明な言葉が多い。それは過去においても大量破壊戦略から確証破壊まで、また最小限抑止から最大限抑止にいたるまで、恣意的かつ多義的に用いられてきた。そのため核抑止論はさまざまな核戦略や核兵器の使用を合理化する手段であった。しかし核抑止の神髄は威嚇にある。威嚇によって相手(仮想敵)の核攻撃(核兵器使用)を阻止するという思想である。」

軍拡であることは、朝永博士は語っている。

「拡大抑止」=「核の傘」とは同義語。
--しかし、核の傘などは存在しない。
核で核は守れない……。

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「世界法廷プロジェクト」は、冷戦が終わったのではじめることができたという。
そして、国際司法裁判所の勧告的意見の請求を呼び掛けたという。

--1996年7月8日、ハーグ、国際司法裁判所(ICJ )
「核兵器の使用または威嚇は国際人道法の諸原則に一般的に違反する」

「(6)日本政府の核兵器政策--どうして迷走するのか」というタイトルもありました。

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--「南半球はほとんど非核化された」という……。

だけど、「第8章 「核兵器のない世界」の維持-核兵器をつくる知識と技術はなくならない-」








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核戦争ブラック・ブック The little black book of atomic war

2008年12月25日 | 読書日記など
『核戦争ブラック・ブック The little black book of atomic war』
   マーク・イアン・バラシュ(著)/柳瀬尚紀、西条裕美子(訳)/
      ヘンリック・ドレッシャーイラストレーション1985年

ブラック・ブック……。
--黒書ってことでしょうか……。



エンリコ・フェルミは法王と呼ばれていたという。下「」引用。

「フェルミは、シカゴのスカッシュ・コートに世界最初の原子炉を完成させた。みずからの手になる核分裂連鎖反応を、彼はいつも「偉大なる神K」と呼んでいた。同僚からは完全無欠の人物と見られ、法王(ポウプ)と呼ばれていた。
 彼は初の原子爆弾トリニティの爆発規模を同僚たちに予想させて賭けさせ、また別に、それが(a)地球を破壊するか、(b)ニューメキシコ全州を破壊するか、といった賭けも持ち出した。
 「法王」自身は賭けなかった。爆風が起こったとき、彼は白い紙切れを手からばらばら落とし、それがどこまで飛ばされたかを見て、正確な爆発力を割り出した。
 彼はよく仲間の科学者たちにいっていた。「良心の呵責なんてものでわたしをわずらわせいでくれ。つまるところ、こいつは物理学の驚異なんだ」」

この天才が、原爆製造の最大の功労者であり、当初から水爆の構想も……。

広島に投下された原爆の呼び名……。下「」引用。

「将軍たちはこの爆弾をリトル・ボーイと呼んだ。この爆弾をあまりよく理解していなかったパイロットたちは、びっくり箱とかカボチャと呼んだ。この爆弾をあまりによく理解していた科学者たちは獣と呼んだ。」

千両役者だったのか……。下「」引用。

「ヒロシマの特務に当たったのはほかにも二機あった。一機はパイロットのカーミット・“テックス(テキサス男)”ビーアン大尉のニックネームをとって「千両役者(ザ・グレイト・アーティースト)」と名づけられた。」

訳でイメージがずいぶん違う……。

神の摂理……。下「」引用。

「「これは、わたしたちが神の摂理を信じる心をいささかでも欠いているためではなく、神はみずからを助ける者をお助けになるからです」(サンピエトロ大聖堂の庭の下に核シェルターを建造することについてのアルフォンツ・スティックラー司教の説明、一九八二年三月二十二日)」

人間の欲望が勝つようですね……。
『人間の摂理』が……。
そして、生き長らえたとしても……。
しかし、やがて『核の冬』が彼らの上にもくるだろう……。

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--「原子クイズで頭の体操」 下「」引用。

「輝ける一九五○年代に実在した原子力計画にマルをつけなさい。
1 原子ゴルフボール
2 原子殺虫剤
3 原子力機関車
4 原子ガソリン
5 原子力月植民地(ムーン・コロニー)
6 原子照明
7 原子ポマード
8 原子力蒸気 ショベル
9 原子力自動車
10 原子力飛行船」

悪仲間(バッド・カンパニー)……。下「」引用。

「ゼネラル・エレクトリック社(「生活に良い品をお届けします」)
 トースター・オーヴンと中性子発生装置
ユニオン・カーバイド社(「今日、われわれの仕事はあなたの生活をどこかで変えている」)
 グラッド包装材と重水素爆弾部品
デュポン社(「最先端」)オーロン繊維と放射性トリチウム
ウェスタン・エレクトリック社(「このシステムが解答だ」)電話機と水素爆弾設計
ベンディックス社(「われわれは技術を語る」)自動車部品と水素爆弾核融合タンパー部品
ロックウェル・インターナショナル社(「科学がビジネスと取り組みます」)家庭用電動機器とプルトニウム・トリガー
モンサント社(「化学製品なくしては生活そのものが不可能だ)
 ナイロンとと水素爆弾起爆剤」

モンサント社の名前もありますね……。

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ヒッチコックもFBIの監視下にあったという……。下「」引用。

「汚名(ノートリウス)(一九四六)ヒロシマがその重い元素の名を身近なものにする以前に撮られたものだが、監督アルフレッド・ヒッチコックとシナリオ作家ベン・ヘクトは偶然にもねウランの秘密備品をこのロマンチックなスパイ・スリラーの要に据えることを思いついた。ヒッチコックはその撮影中も、まさかアラモゴードの科学者たちが元素周期表をにらんでいかがわしい作業に没頭中とは知らなかった--ただ「ウラニウム」という語の響きが作品にぴったりくると思ったのだ。ロスアラモスの秘密漏洩を恐れたFBIは映画公開後、彼を監視下に置いた。」

「選りすぐり核の婉曲表現」下「」引用。

「許容しうる損傷(アクセブタブル・ダメージ) 核戦争のさい、こちらの目標を達成するためにどけだけの国民と都市が破壊されることを覚悟するのか。」

さらに、ウソが続く……。

「核ホロコーストでこんなに得する」下「」引用。

「経済回復!
「日本は結局、核攻撃の後、生きつづけたばかりか繁栄すらしたではないか」(ユージン・ロストウ軍備管理軍縮庁長官、一九八一年)」

「インフレ撃退!」「減税!」「労組不要!」「自動車割引き額倍増!」「証券取引も楽に!」
--全部、ウソ……。

ウソを垂れ流すマスコミはアメリカにもある……。








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天よりの声-ヒロシマ・被爆二年目の手記-

2008年12月25日 | 読書日記など
『天よりの声-ヒロシマ・被爆二年目の手記-』
   末包敏夫・編/日本YMCA同盟出版部1983年

天よりの大いなる声」(1949年刊)の改題新装。
--この本では、戦争責任、加害者側の言はない……。
南京にいって、後片づけをしたという文章はあった……。
だけど、そんなことはきちんとできなかったのではないか?



帯に書かれてあります。下「」引用。

「被爆直後の貴重な体験手記
ここには苦しみをなめつくし、悲しみに涙を涸らしたもののみがもつ、ある静けさがある。
核の恐ろしさ、戦争の虚しさ愚かしさをこれほどまでに、鮮烈に、われわれに訴えかける書は少ない。」

そして、その時の学校の先生……。下「」引用。

「米原先生は、「早く火をくぐって安全な場所に逃げましょう」と言われ、生徒たちはフラフラの先生のあとに続いた。歩けない私は、もうこれ以上進むことは不可能だと思い、「みんな逃げてください」と言った。しかし先生は、「村本さん、私の肩におすがりなさい。一緒に逃げましょう」と言われた。
 私は先生の肩を見た。そこには着物はなく赤い肉が露出していて、首のあたりからはげた皮膚は、かろうじて手先で留まり、手のところにぼろでも下げたようにぶらさがっていた。こんなになっていらっしゃりながら、自分の身をかまわないで、生徒のことを思ってくださる先生の御心がありがたく、私も一緒にいく気になった。また、道々私を背負って助けてくれた下級のお友達の好意もほんとうにうれしかった。」

もくじ

宗教人として……。下「」引用。

「牧師としての私に、最初の質問を浴びせてきたのは、やつれた身に粗服をまとった四十四、五歳の婦人、一労働者の妻だった。「アメリカはキリスト教を信じているそうですね。そしてキリスト教はたいへん立派な宗教だそうですが、それなのにこんな酷いことをして、それで良いでしょうか」。これと大同小異の質問を私は数回ならず受けた。あるいは単純なかたちで、あるいはかなり整ったかたちで……。」

この人は、聖書のイエスの言葉を知らないのだろうか?

パウロでさえも偽せ教師に悩まされていたことも知らないのか?

--神(イエス)以上になってしまっている思想だとボクは思う……。

平和運動もキリスト教立場? 下「」引用。

「キリスト教的立場からとは、世界と歴史を神の怒りよりまぬがれしめること、換言すれば、神との平和こそ、世界平和の唯一の基礎であることを語りつづけていきたい。」

これじゃ、「神罰」と言われても仕方がないのではないか?

永井隆の「神の摂理」とは大きく異なるとボクには思える……。

悪いことをしたなら罰がくるなら、日本の政治家たちにどうして、それが与えられないのだ?

アメリカの原爆を落した人たちにも……。

そして、キリストの教えを改竄し、無茶苦茶な教えを伝えている人たちにも……。








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「核」に立ち向かった人びと

2008年12月25日 | 読書日記など
『「核」に立ち向かった人びと』
  岩垂弘/日本図書センター2005年


原爆小文庫をつくった長岡弘芳のことが書かれてありました。




■目 次■
第五福竜丸を守った一市民 武藤宏一(会社員)  7
「死の灰」と闘った科学者 三宅泰雄(地球化学者)  21
人道的運動を目指し、統一にも腐心 安井郁(原水協理事長)  31
デモの先頭に立った「基地坊主」 田島瑞泰(日本山妙法寺僧侶)  41
運動の国際化と統一に不滅の足跡 ペキー・ダフ(平和運動家)  49
原爆文献の収集に執念燃やす 長岡弘芳(詩人)  59
「踏まれても蹴られても」 大友よふ(地婦連会長)  67
産業界からあげた反核平和の声 松本広治(中小企業経営者)  77
反権力を貫いた「赤ひげ」 田村清(医師)  85
統一に殉じた平和活動家 熊倉啓安(平和委員会代表理事)  95
「原爆ゆるすまじ!分裂ゆるすまじ!」 鈴木正次(原水禁総務部長)  107
反核平和の実践に徹した知識人 中野好夫(評論家)  107
「思想は冷凍保存をゆるさない」 古在由重(哲学者)  133
戦争体験を背負ったフィクサー 陸井三郎(評論家)  147
生協運動と平和運動を結ぶ 中林貞男(日本生協連会長)  159
「暗い時代」の記憶をバネに 久保文(翻訳家)  171
生涯を決めた被爆直後の広島調査 草野信男(病理学者)  183
学徒出陣の生き残りとして 内山尚三(法政大学教授)  197
忘れ得ぬ人ひど 三十二人の点描 伊藤壮(被団協代表委員会)、他  207
核問題関連年表  239
参考文献  280
あとがき  281



「原爆文献の収集に執念燃やす--長岡弘芳(詩人 一九三二~一九八九)

長岡さんは自死……。下「」引用。

「うつ病による発作的な自殺だったという。
 長岡自身、一九八七年五月に出した自著『詩集 すながの』-略-の中で「『ウツ』の期間、私はどうにかして楽になりたいと願い続けた。自死することは自分に禁じた過去の経緯があって、せめてそれだけは守るべく日々やり過ごすことが、毎日の目標の如きものだった」と書いている。-略-」

著者はこう書く。下「」引用。

「確かに、病気だったのだろう。しかし、私は「それだけではなかったのではないか」という思いがいまだに捨て去ることができない。なぜなら、長岡が原爆関係文献の収集・研究という全人未踏の分野を開拓した人だからである。」

やせていたという……。下「」引用。

「それにしても、核兵器というものの存在がもたらす巨大な威圧感に比べ、長岡は肉体的には極めて痩身だったなという印象が強い。友人の回想によれば、体重三十七キロという時代もあったそうだ。」

そして、長岡さんの仕事について。下「」引用。

「広島の著名な被爆詩人・栗原貞子さん(二○○五年三月六日没)は長岡の死を悼む文章の中で「原爆文学というなら、原爆文学というジャンルがあるのか、と際物扱いされ、冷笑されていたころ、長岡はいち早く、『原爆文学史』(一九七三、風媒社)を書き、原爆文学を戦後文学のなかに位置づけ、続いて『原爆民衆史』(一九七七、未来社)を書いた」(一九八九年八月二十二日付「社会新報」と書いている。文芸評論の黒古一夫も「原爆文学の認知に生涯の勢力を尽したように見えた」(「丸木美術館栃木館動画原画の家だより」第一四号)としている。」

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平和の探求・手塚治虫の原点

2008年12月25日 | 読書日記など
『平和の探求・手塚治虫の原点』
   石子順・著/新日本出版社2007年

学問というか、商品を売るためでなかったら、当然あっていい批判精神がない。
--手塚治虫も神ではない。それよりも、手塚治虫の精神を受け継いで、具体的に現実的に展開していっていただきたいものです。



手塚治虫批判の本もあります。

戦争のある暮らし

ガラスの地球を守れというのなら、環境にも配慮ですね……。

ロボットを差別という表現も、ある意味、そうだろうと思う側面もあります。

しかし、ロボットで雇用を失う社会問題もある……。

ディズニーなどでは、害獣のネズミを差別しないでアイドルに。

--でも、その外では人間がホームレスになり、寒空に……。
これを偽善といわずして……。環境破壊もしているディズニー……。


中沢啓治のことが書かれてあります。下「」引用。

「まったく無名だった中沢啓治の処女作品「黒い雨にうたれて」に出会ったときのショックと感動はいまでも忘れることができません。この作品を『東大新聞』に紹介して中沢啓治の怒りを私は大弁しました。中沢啓治の黒いシリーズをまとめて出版する手伝いもしました。こうして、『週刊少年ジャンプ』に「はだしのゲン」の連載がはじまったのでした。
 漫画はいつも日本の戦争を批判し、平和を主張してきました。手塚治虫が、四十年間漫画を描きつづけてきたなかで一つの大きなテーマは「戦争反対」であると書いています。この面でも手塚治虫はリードしてきたのです。-略-」

中沢さんは『スパーク1』(『少年画報』)でデビュー。

「黒い雨にうたれて」は原爆物の初では?


--手塚治虫は基本的人権を大切にしたかったようだけど……。

それは、本当だろうか?

「ジャングル大帝」などは、当時から批判されている……。

時代というのも、当然あるだろうが……。

「りぼんの騎士」も、本当に平和を求めていたのだろうか?

ヒーローやヒロインが平和をつくり、それを与えられるものとしてたら、それは偽善ではないか?

基本的人権というが、民主主義的なものではないようにボクには思える……。

構造的暴力をなくしていくことが、現実に基本的人権も守ることだろうと思う……。

それに手塚治虫は何をしたのだろうか?

ねずみや、ロボットに人格を与え、ヒーローやアイドルにしたとしても、それは現実ではない……。

空想を楽しむことだけが、基本的人権を大切にすることだろうか?

そして、道路で寝ている人たちがいても、それは政治が悪い!

といっているだけのセレブでは、どこかの元大臣の学者とそう変わりがない気もする……。

--空想(快楽)だけを楽しむ人たちを、政治に利用しようとする人たちも……。

世界に受け入れられたかもしれないが、いい面だけではないはずだ……。


批判を乗り越えてこそ、発展もあるのでは?








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