ニュース雑記帳

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『山口母子殺人事件』結審

2006-04-18 18:23:00 | Weblog
やっぱり、今日のニュースは、これかなぁ。七年前、二十三歳の女性が、当時十八歳の青年に殺された上に強姦され、側で泣いていた十一歳の赤ちゃんまで床に叩きつけられ更に首を絞められて殺された事件の裁判が、今日結審した。結果の言い渡しは後日のようだけれど・・・。

世の中には、残虐な事件や少年事件は、他にも沢山あるけれど、この裁判に関しては、一審二審と無期懲役の判決だったものが、最高裁で覆され極刑(死刑)になるのではないかという話題性と、策なのかなんなのか最高裁の弁論の日に被告側弁護人がドタキャンするという不祥事のせいで、ますます注目の的になっていた。

正直、世論は被害者側に同情的であるように思う。犯行が残虐な上、拘束後に被告が友人に出した手紙の内容の不謹慎さなども相まって、たとえ犯行当時に未成年であったとしても、もっとも重い罰を課すべきだという気持ちになるのもやむを得ないだろう。

それに、この事件の場合、被害者の夫であり父である本村さんが、本当に積極的に活動をされていたし、その反対側で被告の最後の弁護士たちは、とんだ不祥事を起こしてしまったし・・・世間の心情の流れは、一気に極刑へと傾いたと思う。

わたし個人としては・・・たしかに、死刑と言うものには、何かワダカマルものがある。それは、被告の弁護士である安田氏と同じかもしれない。なので、日本の刑罰に、ぜひ終身刑を採用して欲しいと思っている。けれど、それを今行われている個々の裁判で訴えるのは、何か筋が違うような気がする。つまり、ルールの再考の仕方の順序が、違うと思うのだ。

現行の決まりでは、死刑と言う刑がある。が、終身刑と言う刑はない。となると、無期懲役以上の罪に関して下される罰は死刑ということになる。が、それを変えようという意見がある。そのこと自体は悪いことではない。死刑廃止の意見が主張されるのも、死刑続行の意見が主張されるのも、まったく問題ない。それらは、論議され、必要なら改変されればいいと思う。が、それを、今行われている現実の一つの裁判の中で議論するようなことは、筋が違うと思うのだ。

もしかしたら、安田さんは、この裁判で死刑制度の是非など言っていないのかもしれない。報道を見ている私が、勝手にそう感じただけかもしれない。だから、安田弁護士が、純粋に、この被告の犯した罪に対する量刑として、死刑より無期懲役が相応しいと主張しているだけなのなら、それは被告の弁護士として非難されることではないかもしれない。が、どうも、被告も被害者も関係なく、死刑廃止論ばかりがクローズアップされているようで、私は腑に落ちない。

また・・・オウムの松本被告の裁判にも感じることだけれど、被告の弁護士のすべきことというのは、いったい何なのだろうという疑問が、あらためて沸いてくる。もちろん、どんな罪を犯した人にも、味方となって弁護してくれる人を付けるという裁判の制度には異議はない。けれど、その人の「味方になる」とは、いったいどういうことなのだろうか。どうも、今の被告人弁護士の仕事は、事後共犯になることなのかなと思う機会が多いのだ。

というわけで、個々の裁判を踏み台にするのではなく、正面から死刑や終身刑のことを論議して欲しいし、罪を犯した人の味方になるということを考えて欲しいなと思わされたニュースだった。