基本的に、ネットニュースなどは読まない。もちろん、それに対するコメントなども見ない。ただ、インターネットを開いたときの最初のページに、ざぁ~っとトピックが並んでいるので、なんとなく、それらは眺めている。だから、世の中の話題の表面は、一応、抑えていると思っている・・・抑えているは言いすぎかな(^^;。
で、気になったのが、パリオリンピックの柔道で、阿部詩ちゃんが負けて号泣していることに対する大人たちの批判発言だ・・・
実は、オリンピックも、あまり見ていない。けど、夫がスポーツ全般が好きで、オリンピックも興味をもって見ているので、なんとなく情報としては入ってくる。詩ちゃんの号泣シーンは、リアルタイムで見ていて、もらい泣きしそうになった・・・期待されていた人が負けちゃうのは、ほんと可哀そうで見ていられないよね・・・
でだ・・・
彼女の姿を見て、みんなが同じ感情を抱くとは限らない。同じ感情を抱く必要もない。ただ、それをどう表すかには、ある程度の配慮があってもいいと思う。
わたしは、"陰口"は、あっていいと思っている。そこから徒党を組んだイジメなどに発展しなければ。だから、誰かに対するマイナスの意見は、閉ざされた小さなコミュニティー吐き出せばいいと思っている。王様の耳はロバの耳と叫ぶ地面の穴みたなコミュニティーに。
大きな組織や、社会全体、世界全体に向かって問題提起したいようなときには、もちろん、制限なしの世界発信をすればいいと思うけど、個人に対する自分の感情を吐き出したいときは、秘密を守れる仲間内で吐き出し合って処理するのがいいと思う。
そういえば、2チャンネルって、今どうなっているのかな?ある意味、いい受け皿になっていたのじゃないのかな。それを表の大手の発信源たちが、楽に手に入る情報源みたいに利用してしまって、閉鎖空間でなくなっちゃったみたいだけど・・・基本的には、オタクの仲間づくり以外にも、人間の弱いところとか、黒い感情とかのはけ口の役割も果たしてくれていたんじゃないかと、今になって思う。まったく2チャンネルのこと知らないのに、イメージだけで言ってますが(^^;。
なんていうのかなぁ~・・・テレビを見ながら、家の居間で交わす会話。翌日、学校に行って、友達と「昨日のテレビでさぁ~」と言い合う話。そういうところでは、本人に向かっては決して言わない、公平性も思いやりも置いといて、一種の憂さ晴らしだったりすることもある、そんな個人的な感想で盛り上がってもいいと思うけど、それを本人にも聞こえる可能性のあるオープンな場所で、声高にいうのは、ちょっとなぁ~って思う。
わたしもふくめ、大方の人は聖人君子じゃない。きっと色んな負の感情を抱えていると思う。それらを全部否定してしまったら、とても自分を許せないと思う。意味なく人を嫌ってしまったり、妬んでしまったり、悪口を言ったりすることもあるだろう。それはある程度、許してあげなきゃ、自分という存在を肯定できない。でも、それらは、やっぱりこっそりとしようよって思う。だから、"陰口"を認めたいと思う。
あまりにも便利で、インターネット社会万歳!とワタシハ強く思っています。けど、インターネット全盛のおかげで、"陰口"まで、表の世界に出てきてモンスターになってのさばり始めているのは困ったものだと思う。"陰口"は、あくまでも陰に潜んでいて欲しい。我々の心の黒い部分と一緒に陰に潜んでいて欲しいと思う。
で、気になったのが、パリオリンピックの柔道で、阿部詩ちゃんが負けて号泣していることに対する大人たちの批判発言だ・・・
実は、オリンピックも、あまり見ていない。けど、夫がスポーツ全般が好きで、オリンピックも興味をもって見ているので、なんとなく情報としては入ってくる。詩ちゃんの号泣シーンは、リアルタイムで見ていて、もらい泣きしそうになった・・・期待されていた人が負けちゃうのは、ほんと可哀そうで見ていられないよね・・・
でだ・・・
彼女の姿を見て、みんなが同じ感情を抱くとは限らない。同じ感情を抱く必要もない。ただ、それをどう表すかには、ある程度の配慮があってもいいと思う。
わたしは、"陰口"は、あっていいと思っている。そこから徒党を組んだイジメなどに発展しなければ。だから、誰かに対するマイナスの意見は、閉ざされた小さなコミュニティー吐き出せばいいと思っている。王様の耳はロバの耳と叫ぶ地面の穴みたなコミュニティーに。
大きな組織や、社会全体、世界全体に向かって問題提起したいようなときには、もちろん、制限なしの世界発信をすればいいと思うけど、個人に対する自分の感情を吐き出したいときは、秘密を守れる仲間内で吐き出し合って処理するのがいいと思う。
そういえば、2チャンネルって、今どうなっているのかな?ある意味、いい受け皿になっていたのじゃないのかな。それを表の大手の発信源たちが、楽に手に入る情報源みたいに利用してしまって、閉鎖空間でなくなっちゃったみたいだけど・・・基本的には、オタクの仲間づくり以外にも、人間の弱いところとか、黒い感情とかのはけ口の役割も果たしてくれていたんじゃないかと、今になって思う。まったく2チャンネルのこと知らないのに、イメージだけで言ってますが(^^;。
なんていうのかなぁ~・・・テレビを見ながら、家の居間で交わす会話。翌日、学校に行って、友達と「昨日のテレビでさぁ~」と言い合う話。そういうところでは、本人に向かっては決して言わない、公平性も思いやりも置いといて、一種の憂さ晴らしだったりすることもある、そんな個人的な感想で盛り上がってもいいと思うけど、それを本人にも聞こえる可能性のあるオープンな場所で、声高にいうのは、ちょっとなぁ~って思う。
わたしもふくめ、大方の人は聖人君子じゃない。きっと色んな負の感情を抱えていると思う。それらを全部否定してしまったら、とても自分を許せないと思う。意味なく人を嫌ってしまったり、妬んでしまったり、悪口を言ったりすることもあるだろう。それはある程度、許してあげなきゃ、自分という存在を肯定できない。でも、それらは、やっぱりこっそりとしようよって思う。だから、"陰口"を認めたいと思う。
あまりにも便利で、インターネット社会万歳!とワタシハ強く思っています。けど、インターネット全盛のおかげで、"陰口"まで、表の世界に出てきてモンスターになってのさばり始めているのは困ったものだと思う。"陰口"は、あくまでも陰に潜んでいて欲しい。我々の心の黒い部分と一緒に陰に潜んでいて欲しいと思う。