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風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

ディスカバー・サイタマ index

2014-06-21 | 埼玉


◆ その1 ←日記へ
近い割に、ほとんど知らない埼玉県。
電車で一本なのに、気持ちの上では関西よりも遠い場所になっています。
このたび西北部に行く用ができたので、周辺の気になる場所を訪れてみました。
  ○ プロローグ ○ ラルクの西洋館 ○ 不思議なマンション
  ○ ムーミン谷あきらめ ○ 醤遊王国見学 ○ 醤油工場の卵かけご飯
  ○ 狭山茶の本場のはずが ○ 島田橋イズフォーリンダウン



◆ その2
渡りたかった橋は流されていましたが、めげずに第2、第3の橋を渡りました。
山の中の観音様をお参りし、長いローラーすべり台を滑走します。
知ればいろいろと見どころの多い、埼玉でした。
  ○ 坂東10番 岩殿観音 ○ 冠水橋 稲荷橋 ○ 冠水橋 鞍掛橋
  ○ 坂東9番 慈光寺観音 ○ 左じゃなくて飛騨だった
  ○ カラカラローラー滑り台 ○ エピローグ~ディスカバー・サイタマそしてジャパン






ディスカバー・サイタマ 2

2014-06-21 | 埼玉
その1からの続きです。

○ 坂東10番 岩殿観音

坂東札所10番との岩殿観音に行きました。



参道が風情があり、古い昔を彷彿とさせます。
庫裏の前には、アジサイが美しく咲き誇っていました。



美しい、梅雨の花です。
今年見た中で、一番心引かれたアジサイでした。



本堂前に狛犬がいました。
鐘をつき、線香をつけ、読経して御参りします。
古い建物でした。



境内には、段違いの鉄棒があり、まじまじと見つめました。
「これ、お坊さんが使うのかな?」
だったら気晴らしに?それとも修行で?と考えます。
鉄棒の上にあぐらをかいたまま座って瞑想をするお坊さんの絵を想像しました。
「すぐそばに大東文化大学があるから、そこの学生が使うんじゃない?」という至極まっとうな答えをもらいました。



参拝の帰り、参道が見渡す限りまっすぐに伸びていました。
古くからのお寺ならではです。

○ 冠水橋 稲荷橋

島田橋は流されていて渡れませんでしたが、めげずにほかの冠水橋に行ってみました。
こちらはコンクリ製。風情は木造に劣りますが、だからこそ丈夫です。



車から降りて渡りました。
四国の沈下橋を思い出します。
すてきだわ~。



沈下橋よりも川面が近いため、落ちたらこっちの方が怪我をしそう。
純は、橋の上に正座をして下をのぞきこんでいました。
背中を「わっ」と押してみたかったのですが、つきあいがそこで終わりそうなので、やめておきました。



橋の下では釣りをしている人もいます。
私が橋でキャッキャッとはしゃいでいる間、純は車に戻って、橋を渡ってくれました。
普通車でもかなりギリギリでした。

○ 冠水橋 鞍掛橋

久々の欄干なし橋にテンションが上がった私たち。
次の冠水橋へと向かいます。
今度は何組もの家族連れが川沿いでバーベキューなどをしているところでした。



橋の両脇に立っているポール。
ここを通れなければ、この橋は渡れません。
普通車だし、大丈夫だと頭ではわかっていますが、やっぱりドキドキしますね~。
まさに狭き門!ああ、受験期を思い出すわ~。キリキリ。



ドライバーが必死にハンドルを握っている、その窓の外では、楽しそうに家族が川遊びをしています。
うっかりハンドル操作を間違えたら、待っているのは大惨事。こわいこわい。



橋の近くで一日中遊んでいるって、うらやましいわ。
家の近くにも冠水橋があればいいのに。



橋を渡れたことで、もうすっかり満足していますが、まだ行く場所は残っています。
それからときがわ町の方へと向かいました。

○ 坂東9番 慈光寺観音

どんどん山の中へと入っていき、ついたのは坂東札所9番との慈光寺観音。
バスが待っていました。バスでも来れないことはなさそう。
でも、バスはオンデマンド、つまり頼まないと来ないんだそうです。



宝物殿の前を通り、石段を登って、観音堂を参拝しました。
天井近くに白い馬が奉納されています。
馬の像が奉納されているのは、これまでにも何体か見たことがありますが、はるか上の方にいたのは初めて。
馬をおなかを見上げるのも、これが初めてです。



○ 左じゃなくて飛騨だった

本殿で住職にご朱印をいただきました。
仏像の説明をしてもらいました。

観音堂に奉納された白馬の話をすると、「あれは観音様にお尻を向けていて、失礼だという人がいる。でも、観音様がすぐに馬に乗れるようになんだ」と教えてくれました。
あの馬は、「飛騨の甚五郎」の作なんだそうです。
それがいつしか「左甚五郎」と呼ばれるようになったとか。
だから、飛騨の人たちは「左じゃないのに」と思っているんだそうです。
は~、そうなんだ~。
確かに当時は、苗字がある職人は珍しかったことでしょう。
左は、苗字ではなく出身地だったんですね。知りませんでした!



「夏至」と書いてもらったことで、うれしくて声を上げたら、住職も「お気づきなすったか」と少しうれしそうでした。
いろいろとためになるお話を聞けたものの、おしゃべり好きの住職で、延々話が続き、なかなか立ち上がるタイミングがつかめません。
駐車場に戻った時には、既にオンデマンドバスはいなくなっていました。

○ ローラー滑り台

「うーん、このままだと全部は周れないなあ」と純。
「すべり台とトランポリン、どっちがいい?」
どっちもいいー。だって両方とも私の希望ですもの。
トランポリンの場所の方が少し遠かったので、すべり台にしました。



向かったのは、仙元山見晴らしの丘公園。
ここに、全長203mのローラーすべり台があるのです。



名前のとおり、公園は小高い山の上にあり、遠くまで見渡せました。
ふもとを電車が走っているのが見えます。
「あれって、東武東上線じゃない?」
そうでした。つまりは・・・
「あれに乗っていったら、うちまで一本で行けるのね~!」
東急沿線住まいの私。ここまで、遠くはるか~な旅をしてきたような気になっていましたが、電車を使えばあんがい気楽に来れる辺りなんですねー。
それもこれも、東急と東武が相互直通運転をするようになったから。
気がつけば、横浜から埼玉まで、ずいぶんアクセスが楽になりました。



ローラーすべり台って、はるか昔に遊んだ気がしますが、最近はめっきり。
子供の頃は、相模湖ピクニックランド(現さがみ湖リゾートプレジャーフォレスト)で、よくよく滑りましたが、今ではなかなか見かけなくなっています。



ダンボールマットをお尻に敷いて、さっそく滑りました。
自分の体重と重力で、どんどん速度が増していきます。
ブレーキは、足で踏ん張るだけ。
意外にスピードがでてくるし、途中いくつかスピードアップカーブもあるので、思わず声が上がります。



無数のローラーがカラカラカラと私を流していきます。
キャッホー!風を切って進む、私は森の弾丸~。



動画を見ると、かなりゆるゆるスピードですが、片手でマットをつかみ、片手で撮影はむずかしーい!
両手が使えるヘルメットカメラじゃないと、シロウトには困難です。
なのでほんのちょっとしかカメラは回せませんでしたが、雰囲気だけでも伝わればいいなあと。

長いすべり台を大満喫しました。
ローラー滑り台、イイ!
もっと家の近くにあればいいのにな~。

日が暮れてきたので、高速を飛ばして一路都内に戻り、解散しました。

○ エピローグ~ディスカバー・サイタマそしてジャパン

近くてとても遠い埼玉。
最近になるまで、本当に縁遠い場所でした。
秩父巡礼をするようになって、秩父地方は認識できるようになりましたが、そのほかはさっぱり。
でも、今回、秩父までは行かない埼玉西北部を訪れて、(たくさん市があるんだなあ)と思いました。
埼玉は、そういえば神奈川よりも大きな県なんですよね。
その分いろいろと見るところはあるはずです。

今回、冠水橋が西北部にあることを知ったのは、大きな収穫でした。
今回渡れなかった島田橋の保存工事が終了したら、また行きたいと思います。

ところで、念のため調べてみた面積比べ。
私の住んでいる神奈川県って、広~いところだとおもっていたら、なんと面積は47都道府県中43位!
佐賀県より小さかった~!
次に小さいのは沖縄県だった~!
ひえ~、そんなミニサイズだったなんて、今の今まで知りませんでしたよ!

あ、でも東京都が45位だから、いっか。(下位争い)
ちなみに埼玉は39位でした。
国内一の最小県は香川でした。知らないものだわ~。ディスカバー・ジャパン。

ディスカバー・サイタマ 1

2014-06-21 | 埼玉
○ プロローグ

6月、梅雨の合間をぬって、ドライブに出かけました。
今回は、私のリクエストからはじまりました。
「入間の西洋館に行きたい!」

熱烈なファンではありませんが、L'Arc~en~Cielの歌で好きなPVがあります。
6thシングルの「Lies and Truth」という歌です。
幻想的な館の中、メンバーたちがアンニュイに映し出される、印象的な雰囲気。
牧師の格好をしたhydeが謎めいていますが、今見るとハリポタっぽくもあります。(いえ、とっても美しいですよ!)



かなり前の歌ですが、カラオケでこの歌を聴いたり歌ったりすると、このPVに再会します。
(気になる方は、カラオケで探してね~)
その撮影場所がわかりました。
入間にある、旧石川組製糸西洋館です。
わー、行ってみたいわ。
いつも入れるわけではなく、定期的に開館日が設けられている様子。
しかも、2階まで開放されるのは、6月と10月の年に2回のみ。
それがこの日だったのです。

純と「行こう行こう!」という話になってから、「で、入間ってどこなんだろう?」と調べました。
うーん、埼玉のなかなか遠い場所にあるんですねー。

ただ行って帰ってくるだけでは、つまりません。
ほかにも気になる場所を訪れることにしました。

○ ラルクの西洋館

都内で待ち合わせて、北西に向かいます。
高速は、渋滞はないものの、けっこう混んでいます。
入間市内に入ると、ますます混み始めました。
「西洋館はどこだろう?」と言っていたら、ルート前方に発見!
思いっきり車道に面した場所にありました。
見つけやすかったけれど、もっと鬱蒼とした林の中に、ひっそり立っているものかと思っていました・・・



「駐車場はありません」という表示を見て、いったん通り過ぎることにします。
前を通った時に見えたのが、大勢の人の行列。
「わわ、こんなに人が並んでいるのね!」と驚きました。
時間は10時ちょっと前。開館を待つ人々です。



「ラルクファンがこんなに見に来ているのかな?」と思いましたが、むしろかなりご年配の方々が多い様子。
歴史的建造物の見学に来た人たちでしょう。
ラルクファンといっても、ここまで来る人はかなりニッチかもしれませんね~。
でもファンはそういうものですからね~。



ルートをそれて、二人で相談します。
「並ぶなら、この辺で車を駐車場に停めて歩かないと」
「それにしてもすごい行列だったよね」
「入場者制限もするんじゃない?」

予想外の長い行列。ここまで来るのにも、時間がかかってしまいました。
そしてこの日の予定はまだまだ詰まっています。
「・・・中に入らないことにする!」と決断します。
中の様子は、妄想力をふんだんに駆使して堪能します!

もともと入りたがっていたのは私だけなので、純は「じゃあ、」とハンドルを切ろうとします。
「あ、ちょっと待って。もう一度外から見たいから」
中はあきらめるにしても、外はしっかりと見ておきたいと思います。
だって、ここまではなかなか来れない場所だから。



再び道を戻り、また西洋館の前を通りました。
もう10時過ぎて、玄関の扉も開いていましたが、相変わらず外にまで長い行列が続いていました。

この館は、GacktやDIR EN GREYのPVにも使われています。
ビジュアル系御用達?非現実的なんでしょう。

○ 不思議なマンション

西洋館の近くに、不思議なマンションがありました。
窓の位置などが、なんだか不思議。
窓枠が太くて、窓だらけっていう印象です。



地図で見ると、UR都市機構入間黒須団地のようでした。

○ ムーミン谷あきらめ

西洋館をあきらめたのに、それでも既に時間が押しています。
次に行きたかったムーミン谷には、行けないことになりました。
日本のムーミン谷は、埼玉のあけぼの子どもの森公園内にあるって、知っていました?
私は知りませんでした!もっとアピールすればいいのに。

その、あまりメジャーではないムーミン谷に行ってみたかったんですが「だってムーミンはいないでしょ」と純。
うぐぐ。
さようなら、ムーミン。あ、いないんだっけ。

○ 醤遊王国見学

次に向かったのは、弓削田醤油。
ヒゲタ醤油もありますが、こちらはユゲタ醤油。
ここに、醤油工場体験施設の醤遊王国があるんです。



入り口には、明治から使われていたという巨大な木桶がありました。
住めそうなくらい、巨大です。
これでも、実際に使用している桶よりもふたまわり小さい木桶なんだそうです。
木桶の中で私がなにを見ていたかというと、この穴でした。



建物内に入ると、実際の伝統製法の蔵がガラス越しに見えました。
ここでもろみ攪拌が行われます。



人が、ふちに立って大きな柄でかきまぜるのです。
蔵が巨大すぎるため、おわんの船に針の櫂の、一寸法師を連想しました。



発酵している音をスピーカーから聴くことができました。
よーく耳を澄ませると、「・・・プチッ・・・プチッ」と、小さく弾けるような音がします。
この音が聴けるのは、5、6月のみとのこと。ちょうどこの時が発酵時期でした。

「きりん棒」と書かれた長い棒を発見。
形がきりんだからでしょう。
もろみが入った桶から伸びており、この棒に体重をかけて押すと、桶の下の樋から、ポタリポタリとしぼりたての生醤油が流れてくるそうです。
昔はそうやって、人の力で醤油を一滴ずつ搾り出していたんですね。



傍らには、醤油が抜けたあとの搾りかすが売られていました。
「あれ、なにに使うんだろう?」と二人で首をひねります。
かなり人気のようで、はじめ4つほどあった袋が、気がつくと1つだけになっていました。



どうやら、漬物に使うようです。
うまみがいっぱい詰まった粕、おいしく漬けられるんでしょうね。

敷地内には、伏流水が湧き出している場所がありました。
手を入れると、水道水よりもはるかに冷たい水でした。
1日100トンの湧き水が出るそうです。
この地下水が仕込み水となり、ここの醤油を作っているんですね。





○ 醤油工場の卵かけご飯

ここで昼食をとりました。
卵かけご飯を食べます。
昼時で、ほかにも見学に来たグループは何組かいましたが、みんな卵かけご飯を注文していました。大人気!



卵かけご飯用のたまかけしょうゆがついてきました。
あとは、白米かけご飯用のしぼりたて生醤油も。
どちらも合わせると素材の味が引き立てられて、美味しかったです。



純はヘルシーに、ところてんも頼みました。
一口いただいたら、つるっとして弾力のある歯ごたえ。
おいしかったです。水がいいからですね。



デザートには醤油ソフトクリーム。
この日、待ち合わせに遅刻したので、おわびに純にもゴチします。
ほのかに甘くて、ほのかに醤油の味。コクがありました。

○ 狭山茶の本場のはずが

おなかが満ちて、醤油の勉強もできて、再び出発。
そろそろお茶が飲みたい頃です。
このあたりは、日本三大銘茶の一つ、狭山茶の産地のはず。
お茶処なので、お茶が飲める場所はたくさんあるだろうと思っていましたが、まったく見つかりません。
静岡の川根のあたりは、お茶天国だったのにー。

辺りには茶畑が広がっているはずなのに探し出せず、結局コンビニによってお茶を買いました。
きっと探し方が悪かったのね。



途中、気になる橋を見つけました。
ゆるやかなカーブを描く高架橋でした。

○ 島田橋イズフォーリンダウン

今回、この辺りの土地を調べているうちに、私にとって目をみはる発見がありました。
なんと、埼玉に沈下橋があったんです!
四国の四万十川にしかないんだと思っていたら、ほかにも、しかも関東内にあるなんて、びっくり。
こちらでは、冠水橋と言われるようです。

橋ワタリストの私。もちろん行くでしょう!
いくつもチェックした中で、一番推しの島田橋へと向かいます。
木造なので、時代劇のロケにもよく使われる場所なんだとか。
NHK大河ドラマ『風林火山』や『龍馬伝』でもここが使われたそうです。

この前、京都の流れ橋(上津屋橋)を渡りましたが、どんな違いがあるのかしら~?
ワクワクと橋の方へと向かっていきましたが・・・



橋はありませんでした。
えっ、どこにいったの?
10日前の大雨で、流されてしまったそうです。
この流れ橋も流れちゃってたー∑(゜□゜;)!わーん(泣)!
で、目下架け替え中なんだそうです。「通行止め」の看板が立っていました。
がっくり・・・
お昼時だったので、工事の人たちが木陰で昼食中でした。
また橋ができるのを待っているので、今度は丈夫なのをお願いしますね~。





上津屋橋も、渡りたいとこれまで何度もトライしたものの、訪れるたびに台風で流されていてずっと渡れずにいました。
先月の京都旅行の時にようやく渡れましたが、やはり木造橋は老朽化が進みやすいもの。
古きよき木造のまま残しておいてほしいものですが、そのためには不便さを我慢しなくてはならないのです。
「無い袖は振れぬ」ように、無い橋は渡れません。
気持ちを切り替えて、次の目的地へと向かいました。

その2へ続きます。

奥武蔵の高句麗の里

2013-11-30 | 埼玉
● prologue

天気の良い秋の日、高麗川へと出かけました。
ほんの少し前までは、そういう地名があることさえ知らなかった私。
夏に秩父に行った時に、高麗駅を通って(へえ)と思ったのが最初です。
「こうらい」ではなく「こま」と読むんですね。

今回は高麗川(こまがわ)散策。
横浜から行くと、とてもとても遠くて、行く前から貧血になりそうですが、それでもいい気候に背中を押されて出かけました。

池袋で純と待ち合わせます。もうこの段階で、かなりの遠征気分。
それからさらに長い時間をかけて、JR高麗川駅に着きました。
浜っ子には遠い遠い奥武蔵までやってきましたよ~。



駅を降りると、まっさきに目に入ったのは、にらみをきかせた朝鮮風のトーテムポール。
うわっ、見おろされてる!赤くて怖いっ!

● 高麗川駅のチャンスン



威嚇顔の下に「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれているこのポール、高麗駅にあるのを前に見たことがあります。
初めに見た時には、かなりおびえました。
だって顔つきがとってもリアルで怖いんですもの。

これは将軍標(チャンスン)といって、朝鮮半島では村の入り口に魔除けのために建てられるものだそうです。
チャンスンなんて、韓国人の名前みたいですね。
そもそも「天下大将軍」と「地下女将軍」って何でしょう?
勇ましい女の将軍が地下にいるのでしょうか?
今でははっきりとわからないそうです。
魔を退治する強い将軍は、仁王像や狛犬のような役目なのでしょうけれど、見た目は韓国版トーテムポール。どうも慣れません。

駅前から、一気にコリアンワールドに突入したようで、韓国に行ったことがない私はなんだか及び腰です。
中国に行ったことはあるし、横浜には大きな中華街があるので、中国の町並みには慣れていますが、朝鮮文化にはあまり馴染みがありません。
この辺りは韓国カラーが強いんだなあと思います。



駅前のバスロータリーにも、モダンなオブジェがありました。
赤色なのは、朝鮮風にしているからでしょうか。
「日韓交流の塔」と書いてあり、上の方には、やはり男女の将軍様の威嚇顔が書かれていました。
これもチャンスンの一種ですね。



駅舎の屋根も高麗風に赤かったのですが、お手洗いだけ教会風でした。
風見鶏まで立っている、洋風のとんがり小屋です。なぜここだけ~?

● 大きな石碑

高い建物が少なく、広い空が広がるのどかな駅前から、歩き出します。
しばらく歩いて、まず最初に到着したのが、大きな石碑のあるところ。
「四本木の板石塔婆」と言われている、市の指定文化財だそうです。



高さ2.66mもあり、市内最大だとか。
書かれているのは、阿弥陀如来の種字(梵字)だそうです。
うーん、さっぱり読めませーん。

そこから直角に道を曲がっていきます。
地図を広げて確認していたら、すぐ横に車が止まり、運転していたおばさまが「迷ってるの?」と聞いてくれました。
優しいわ。

● 神社ふたつ

次に訪れたのは、熊野神社。
境内は広く、掃除も行き届いていますが、人けがありません。
完全に無人です。



誰が書いたのか、明らかに手書きの扁額。
なんというか、インパクトがありました。

            → 高麗川熊野神社

それからまたてくてく歩いて、別の鳥居を見つけます。
新田義貞が鎌倉幕府攻撃の時に立ち寄った稲野辺神社です。



この辺りだけこんもりと高い木々がそびえており、本当にちょっとした鎮守の森になっています。
日光に光る蜘蛛の糸に触らないように、リンボーダンスのようにかがみながら、参拝しました。

            →  稲野辺神社

● お寺ふたつ

稲野辺神社の斜め向かいに建光寺がありましたが、大々的に掃除をしている最中だったので、遠くからお辞儀をして、先に進みました。



            →  建光寺

さらに歩きます。初めての道ですが、迷うほど入り組んでもいないため、のんびりした気持ちで散策できます。
とはいえ、「あれ、この表示、まっすぐかな?曲がるのかな?」と迷いながら、表示が指す方向を目指して、辿り着いたのはまたお寺でした。

弘法大師の像があり、なんとなく雰囲気が違うなと思ったら、ここは観音霊場の霊厳寺。
武蔵野三十三観音があるのだそうです。
そういえば、前にも所沢の方で武蔵野霊場のお寺に行ったことがあるなあと思い出しました。
純はそのうち巡り始める様子です。



            →  霊厳寺

● 橋と祠

途中、新堀橋という細い橋を通りました。



幅2mほどの人道橋ですが、橋の入り口に建てられた2本のポールが、擦り傷だらけだったので、やんちゃなバイクがぶつかりながらブイブイ通って行くんだろうなあと思います。
近くには出世橋と呼ばれる橋もありましたが、私達は通りませんでした。
(出世が遠のく・・・)



     --------------------------------------------
      左岸■埼玉県日高市北平沢字金剛寺
      右岸■埼玉県日高市新堀字吹上
      材質■橋面:木、橋脚:コンクリート製、桁:鋼製
      サイズ■長さ約45m、幅2.0m、高さ4.9m
      車輌制限■幅1.5m、重量1.5t
      通過日■2013.11.30
     --------------------------------------------

道すがら、鳥居を見つけたので寄ってみました。
小さな祠で、集落の守り神なのでしょう。
道を歩けばお地蔵さんの祠がある京都のようです。
なんの神様が祀られているのかわかりませんが、八百万の神々のどれかということでお参りしました。



            →  新堀の社

● 高麗家住宅

日が高くなってきました。
朝は早起きしたため、ほとんど何も食べていません。
お腹が空いて、パワーダウンしてきた感じ。



とぼとぼ歩いていたら、古い藁葺き屋根の古民家が見えてきました。
ここは、代々高麗神社の神職を務めてきた江戸時代の高麗家の家。
民家の中が見えるようになっており、朝鮮大陸風の暮らしぶりが見られます。
国指定の重要文化財だそうです。

● 高麗神社

高麗家住宅の隣には、この日のハイライト、高麗神社がありました。



この辺りは、716年に武蔵国高麗郡が設置された地です。
668年に高句麗が唐・新羅に滅ぼされ、日本に亡命してきた帰化人1800人を、朝廷はこの地に移住させたとのこと。
高句麗王族の高麗若光(じゃっこう)が祀られています。
ハングル語で書かれた絵馬がたくさん奉納されていました。



奈良時代に日本まで逃げのびてくるなんて、大変だったことでしょう。
大昔に、そんな渡来人を手厚く保護した当時の朝廷は心が広かったなあと思います。
当時は人が少なくて、土地がたくさんあったことでしょう。
そして大陸からの渡来人は、仏教を始めいろいろな技術を教えてくれる物知りの人達として、大切にしてもらったんでしょうね。



平成28年(2016)には、高麗郡が設置されて1300年を迎えるそうで、あちこちにポスターが貼られていました。
現代の宮司は若光の子孫でちょうど60代目に当たるとか。
伝統が脈々と続いています。

            →  高麗神社

● 高麗神社のチャンスン

住居の敷地から高麗神社の境内へ入りましたが、出るときは参道を歩きます。
と、ここにも大きなチャンスンがありました。
石造りで赤く塗られていませんが、それでもやっぱり迫力満点~。
顔のパーツ、どれを見てもコワイです。子供だったら恐怖で泣いているレベルです。
大韓民国民団埼玉県地方本部(ものものしい名前)によって奉納されたものだそうです。



● 釜めしランチ

お腹が空いてきたので、ランチにしました。
向かったのは、食事処 和(なごみ)
普通の一軒家です。よそさまのお宅を訪ねる感じで、チャイムを押し、靴を脱いで家の中に上がりました。
通された和室は広々として静かでした。



ここで純は五目釜めし、私は鮭釜飯セットをいただきました。
なんだか安心できる料理が並びます。
ずっと歩いてきたので、ほっと一息つけました。







飾られていた、温かみあふれる夫婦雛。
女将さんに聞いたところ、この土地の作家さんの手によるものだとのことでした。



● ひっつき虫の攻撃

おいしいご飯を頂いて元気が出て、また歩き出します。
通りに出ると、目の前の山に大きなお寺が見えます。
次に向かう聖天院でした。



ショートカットをしたら、なにか引っかかった感触が。
マフラーにひっつき虫(オナモミ)がびっしりと付いてしまいました!
ショック!子供の頃、外で遊んでいたらよくひっつかれていたことを、最近ではすっかり忘れていました。
ルートナビは純に任せて、しばらくの間、シラミを取るサルのように、オナモミをマフラーから取り除くことに集中します。

ここにもチャンスンがいました。が、写真には収めませんでした。
広々とした境内なのに、ほとんど参拝客はいませんでした。

            →  聖天院

● 野々宮神社

それから、純のリクエストで野々宮神社へと向かいました。
途中で道に迷ってしまい、二人連れの小学生の女の子に聞きます。
二人とも神社の場所は知っていましたが、「こっちの道が近いよ」「え、こっちだよ!」と、二人とも別の方角の道を指して譲りません。
うーん、こういう時、二人とも傷つけないように、どんな采配をすればいいのかしら?大人ってむずかしーい。

結局、近かったのか遠かったのかわからない道を歩き、工場の敷地内じゃない?と思うような荷物クレーンの通るそばを通ったりしながら、神社へとたどり着きました。
その途中、さっきの女の子たちが振り返りながら自転車で追い越していったので、「きっと私たちのことが気になったんだね」と純と話しました。
まあ、あんまり場所を聞かれる神社じゃなさそうですしね。



京都・嵐山の野宮神社に名前が近いなあと思ったら、そこから分霊したのだそう。
個人的に気になる倭姫命が祀られていました。

            →  野々宮神社

● 謎の階段

「地図を見ると、どうもこの神社のそばに、不思議な細い階段があるらしい」という純に先導されて、社の奥をウロウロ散策してみました。
すると、鬱蒼とした茂みの中にひっそりと隠れた階段を発見。
本当に細いです。うわあ、これはどこに続いているんでしょう。



ワクワクしながら降りかけたら「だめだめ降りちゃ。コースアウトになっちゃうから」と純に止められて、しぶしぶ足を止めました。
もう、冒険したかったのに~。

● こおばんち

でも、冒険なんて言っていられないくらい、そろそろ脚がくたびれてきました。
なんといっても昼食休憩以外ずっと歩き通し。
「駅までバスに乗ろう」とバス停に行っても、20分ほど待たなくてはならず、「それならバス停1つ分歩いちゃおうか」など話して、結局ずるずると歩いて行きました。



途中、こんな駅名標を見つけました。
ここ、何かの駅なの?とキョロキョロしましたが、目の前は車道で、そういうわけではなさそう。
お店の宣伝のようです。ここで見るのが初めてでしたが、そのあと別の場所でも、同じ感じの看板を見かけました。
それにしても気になる、こおばんち。

● ここは日高牧場

黙々と歩いていたら、馬がいました。
えっ、馬?
よく見ると、何頭もいます。
移動動物園かな?
建物には「牧場」と書いてありました。
牧場があるなんて!
近寄ってみることにしました。

ボーイ・ミーツ・ホース。


関係者限定というわけではなさそうで、ほかにも小さい子供連れの家族が吸い寄せられてきます。
大きな馬やポニーなどが、牧場の柵の中で草をはんだり、こちらを眺めたりしていました。
乗馬のレッスンをしている少年もいました。



黒ヤギもいて、ヤギ好きの純は気になる様子。
ほかの訪問客にも人気で、そばにずっとお客さんがいたため、私達は諦めてポニーのそばにいきました。

そういえばここは日高市。北海道の日高になぞらえて、サラブレッドを飼っているのかしら・・・?

● あいあい橋



牧場のすぐとなりにあるあいあい橋を渡りました。
もともと、この橋が気になって、地図にチェックしていたのです。
歩行者専用の橋。カーブが素敵でした。



     --------------------------------------------
      場所■埼玉県日高市巾着田(きんちゃくだ)
      下 ■高麗川
      対象■歩行者専用橋
      架橋■平成8年3月
      材質■橋面:木、橋脚:コンクリート製、桁:鋼製
      サイズ■全長91.2m
      通過日■2013.11.30
      特記■日本最大級の木造トラス橋 「彩の国さいたま景観賞」
      トラス構造■「トラス」は三角を意味する言葉で、各部材を三角形に組み合わせて強度を確保したもの
     --------------------------------------------

● 朝採れカフェソフト

電車が来るまで少し時間があったので、近くの農作物直販所、朝採れファーム高麗郷へ。
ここでソフトクリームを食べました。



牧場に行くと、ソフトクリームを食べたい気分になりますよね?ね?
純はバニラ、私は備前屋の狭山茶抹茶味。
歩き疲れた身体に、いっそうおいしく感じました。

● 農作物直販所のチャンスン

ここにも将軍標がありました。
わー、今日はいったいいくつ見ればいいのかしら。



でも、これまでのものよりも、顔つきが愉快でファンキーなので、ほっとします。
足元にはなぜか、白雪姫の小人が。どうしてここに(笑)?

● 高麗駅のチャンスン

純は、予定としては高麗川駅に戻りたかったようですが、気がついたら高麗駅の方が近くなっていたため、そちらへ向かいます。
この駅前には、以前秩父に行く電車の中から見た将軍標が立っています。



遠くで見た時ですら腰が引けたのに、近くで見たら、さらに怖さ倍増ー!
この辺りの人たちは、もうすっかり慣れているようで、目にとめることもなく通りすぎていきますが、私は彼らの強い目線を感じて、視線を合わせられませんでした。
ハッ、もしかして、外から来たヨソモンなので、完全に睨まれてる・・・?

● epilogue

今日はこの界隈で、計6体のチャンスンを見ました。
高麗川駅前で2体、高麗神社、聖天院、朝採れファーム高麗郷、そして高麗駅前。
刺激強すぎ~!チャンスン多すぎ~!
気がつけば、チャンスン巡礼みたいになっているではありませんか。

後で調べてみると「日本にあるチャンスンは、埼玉県日高市の高麗神社、聖天院、西武池袋線高麗駅前、西多摩郡日の出町の東光院妙見宮」と書かれていました。
高麗川駅のものは2つとも入っていませんが(地図表とオブジェですからね)、つまりは日本にあるチャンスンのほとんどを、この日一日で見たことになります。
ひ~、赤い将軍たちにとことん睨まれた一日だわー。



帰りは高麗駅から電車に乗り、また延々と時間をかけて帰宅しました。
日本に、もっといえば埼玉の奥の方に、これほどまでに朝鮮文化が息づいた韓国のような場所があることに驚きました。
食がメインの場所、中華街の韓国版は大久保界隈になりますが、ここは少し違って生活に根ざした文化的な場所。
日韓関係はどうも難しいままの状態が続いていますが、こうした文化的交流の地についてもっと知られてもいいのに、と思いました。
2年後の高麗郡1300年祭が、どんな盛り上がりを見せるのか、今から楽しみです。

深谷にネギを食べに行こう

2013-10-15 | 埼玉
○ 瀧宮神社
○ レンタサイクル
○ つばき橋
○ 稲荷神社(深谷)
○ 冨士浅間神社
○ 瑠璃光寺
○ 楡山神社
○ 古櫃神社
○ あけど農産物直売所
○ プレートガーダー橋(福川鉄橋)
○ 大宮エキュート
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寺社めぐりが好きな純と私。
有名どころのほかに、町の小さな鎮守さまを訪れるのも好きです。

○ prologue

寺社めぐりが好きな純が「こんなの見つけたよ」と教えてくれたのが、「さいたま神さまっぷ」
かみさまっぷというネーミングの良さに引かれます。
場所は・・・深谷と高麗川。
ん?深谷といったら、ネギではないですか。

ネギが大好きな私。「深谷ネギの本場でネギが食べれるね♪」と一気に盛り上がります。
深谷ネギは知っていますが、深谷がどこにあるのか、考えたことがありませんでした。
熊谷の先なんですね。うーん、横浜からだと結構遠い距離です。
利根川を渡ると、もう群馬県!わー北関東。
でも、ネギのためには重い腰もあげちゃうのだ~!

○ JR深谷駅

というわけで、JRに延々乗って深谷までやってきました。
ここの駅舎は東京駅そっくりのレンガ調。印象的です。



実際にはレンガ風のタイル張りのため、東京駅より、なんだか新しい感じがします。
レンガの町の名残だそうです。
この日は雲ひとつないいい天気。青空によく映えていました。



○ 瀧宮神社
    
まずは、駅のすぐそばにある瀧宮神社を参拝します。



神橋があり、由緒ある立派な神社といった風情。
お日柄がいいのか、七五三参りの子どもたちが大勢訪れ、境内はにぎやかでした。



全てが古めかしい神社で、これからの寺社めぐりが期待できそうです。

→ 巡礼ブログ ◆ 瀧宮神社

○ レンタサイクル

深谷はレンガで栄えた町。蔵も多く残っており、古く栄えた名残が町のあちこちに見られます。



酒造跡を改築した「中仙道深谷宿本舗」で、レンタサイクルを利用しました。
普通の自転車と電動のと二種類あり、電動を借りてみます。
二人とも電動に乗るのは初めてで、ワクワク。
平地でも、かなり楽だとわかりました。



はじめは(この辺りは平坦な土地だし、さほど電動を使いこなさないんじゃないかな)と思っていましたが、この日はとても風が強い日だったため、普通の足漕ぎならめげてしまっただろうと思います。
乗りやすかったですが、歩道橋などで引いて上がるときには、重さにヒーヒーいいました。

○ つばき橋

JR高崎線に沿った唐沢川にかかる鉄橋を見に行きました。
つばき橋というきれいな名前の、ポーナル型プレートガーダー橋(全長約15m)です。



レンガタイル製で雰囲気があります。イギリス積み。
橋の下には小さな段差による滝がありました。

○ 煮ぼうとうに迷走

深谷に来た以上は、もちろん深谷ねぎ料理を食べなくっちゃ。
ここでは、ご当地グルメとして煮ぼうとうという料理があるとのこと。
じゃあそれが食べられるお店に行こう、と数件チェックしていましたが、遠かったり夜からの開店だったりと、そばで食べられるお店がありません。
何人かの人に聞きましたが、結局なさそうな雰囲気。

ここでネギと関係ない食事にするか、あるいはお店の側に行くまで我慢するか、ということになり、迷わず「我慢する」を選びました。
でも、朝から何も食べていないため、かなりお腹は減ってきています。我慢できるかしら。

○ 稲荷神社(深谷)



地元の鎮守社に近づいてみると、境内には大勢の人がおり、テントが張られていました。
どうやら村祭り(例祭)が行われている様子。
なんと、ここで、「煮ぼうとう研究会」による煮ぼうとうが売られていたんです!
がぜん元気が出た私達は、食券を買い求めてさっそく煮ぼうとうとお餅をゲットしました。



ご飯に巡りあえずにいた時に、なんてグッドタイミング!
しかも探していた煮ぼうとうをたべられるなんて。大喜びです。



先週、山梨でほうとうを食べなかったので、ここで埋め合わせという感じです。
本場の山梨のものと違って、かぼちゃではなくしょうゆ味。
初めて食べましたが、とても口に合いました。ほうとうより好きかも!
つき餅は、大根おろしときなこもち。こちらもつきたてのやわらかさで、おいしかったです。



テキ屋の出店は一切無く、町内の人たちの手で祭りが運営されているところに、好感が持てました。

◆ 稲荷神社(深谷)

○ 冨士浅間神社





「みかんの花咲く丘」誕生地の標柱がありました。
(えっ、ここが?)と驚きます。
だって・・・と口ずさんでみました。

♪ かすかに見える青い海 お船がぼーと浮かんでる~♪

ここは内陸埼玉県。海なんて見えないよ―!
静岡に住んでいた頃から、静岡のみかんの丘の歌だと思って疑わなかったこの歌。
信じられない気持ちでしたが、歌碑に「戦争でこの地に疎開した作詞者の加藤省吾が、静岡県の郷里に思いを馳せてこの歌を作った」と記されていたので、(なるほど、そういうことね)とスッキリしました。



ここの狛犬はとてもいい感じでした。
昔は、ここからも富士山が見えたのでしょうか。

◆ 冨士浅間神社

○ 瑠璃光寺

深谷城の鬼門除けの寺社の一つ。
大きな杉の木が境内にたくさんあり、古刹然としています。



大きなお寺ですが、誰も参拝者がいなかったので、ゆっくりできました。

◆ 瑠璃光寺

○ 楡山神社

今回、純が一番訪れたがっていた神社。
とても古い時代に創建されたもの。



ざっくりした木の建物に覆われている祠があり、風通しのいい感じが私好みでした。
古さと凛とした存在感に圧倒されました。

◆ 楡山神社

○ 古櫃神社

この名前の神社は全国でここだけ。伝来の武器を刀櫃に入れ社の下に納めたことからそう呼ばれるそうです。
おもしろい由来でした。
鳥居を修復中のようで、上部に毛布が巻かれていました。
なんとなく、直す人の暖かさが見えるような気がします。



ここの摂社の祠の中では、狛犬が左右を守っており、天皇家伝統を引く形をとっていました。

◆ 古櫃神社

○ あけど農産物直売所

サイクリングをしている間、広大なネギ畑をあちこちで見かけました。



そして立ち寄ったファーマーズ・マーケット、あけと農産物直売所には、大量の深谷ねぎが売られていました。
(持ち帰れるかな?)と多少迷ったものの、ここで深谷ネギを一袋買いました。
純は「焼いて食べる」とにんにくを書います。
持ってみると、思った、よりも長くて思いネギ。
でも、せっかく深谷まで来たので、買って帰らないとね。



外でちょっと休憩していたら、買い物を終えて駐車場に戻ってきた人達がかなりの確率で深谷ねぎを買っていました。
やっぱり地元の人にも人気なんですね。

途中、農耕敷地に牛舎があり、牛も結構飼われているなと思いました。
平成になってからブランド認定された深谷牛。これからの新しい名産のようです。

○ プレートガーダー橋(福川鉄橋)

さきほどのつばき橋と同じ形式のポーナル型プレートガーダー橋があるということで、訪れました。
現存する日本最古(1895年建設)のポーナル型プレートガーダー橋ですが、保存されているだけで、人はその上をもう歩けないようになっています。
残念だわー。橋は渡ってこそ橋なのに。



歩行者専用のポーナル型プレートガーダー橋が2橋もあるのは、日本で深谷市のみということ。
貴重ですね。広い意味での橋好きとして、チェックしておきました。

それからは、一路帰り道。
あかね通りをまっすぐ通って駅まで戻ります。
これは、駅と日本煉瓦製造(株)があった場所まで続いていたレンガ運搬用道路を遊歩道にしたもの。
全長5km近くもある、長い道です。
かつて、レンガはこの道を通って日本中の建築物に使われ、日本の近代産業を支えていったんですね。

○ 大宮エキュート 食事

電動自転車の充電がそろそろ切れ、ペダルを踏むのが重くなって来た頃、レンタサイクル屋に行って自転車を返しました。
新聞紙でくるんだものの、自転車で運ぶ途中に包装がほどけて中身が見えていたため、私の抱える包みを見て、おかみさんは「あっ、深谷ネギを買いましたね☆」と言いました。
「はい・・・」なぜかもじもじする私。
それから大宮まで出て、食事にしました。





おいしく楽しく食事を済ませましたが、さて気になるのは帰り道。
そのあと、横浜の家までネギを持ち帰るのはなかなか大変です。
長い長ーいネギ束を抱えて東京を越える勇気がなくなってきた私、家の近い純に、おみやげという名目で委ねようとしましたが、純も必死に断ってきました。
すぐそばなんだから、いいじゃなーい。

純に拒否されたため、こうなったら、根性でお持ち帰りしようと決心します。
でないとネギ魔王(ねぎま王?)として名乗れませんからね!(名乗ってないけど)
新聞紙できっちりくるみ直して、周りに悟られないようにこっそり運んでいくことにしました。
そしてなんとか無事に、我が家に持ち帰りました。
ネギ運びの後日談については、日記ブログに書きました。
 → 日記ブログ 「ミッション(ネギ)インポッシブル」



まだ日差しは強いものの、秋晴れのいい天気の一日。
たまには、サイクリングも気持ちよくてヘルシーで、楽しいものです。
のどかな郊外に広がるネギ畑を眺めて、リフレッシュできた一日でした。