風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

小野寺氏のルーツをたどって(2)

2013-06-26 | 北関東(茨城・栃木・群馬)
● 住林寺
● 小野寺城跡
● 小野寺橋
● 涅槃寺(佐野)
● 佐野厄除け大師
● パンケーキタイム
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その1からの続きです。

● 住林寺

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      寺 号■玄松山 住林寺
      所在地■栃木県岩舟町小野寺1133
      宗 派■時宗
      本 尊■阿弥陀如来
      創 建■承久3年(1219)一遍上人
      霊 場■小野寺七福神(布袋尊)
      参拝日■2013年6月23日
      特 記■本尊阿弥陀像(県指定)
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次に、Oさんの最大の目的地、住林寺へと向かいました。
代々の小野寺一族の菩提寺ということで、なんだか隣のOさんの緊張が、こちらにも移ってきた気がします。
普通、お寺の入口に、寺名があるものですが、見たところありません。
観光寺院ではないから?あるいは住職がいないため、もはや存在しないという意味なのでしょうか?
単に、そういうお寺もあるということかしら?



本殿は固く閉ざされており、鰐口はあっても、盗難防止のためか、賽銭箱はありません。
隣接した庫裏にはカーテンが引かれ、不在ながらも誰かが住んでいるような風情でしたが、完全に無人だとのこと。
庫裏の隣には、さらに「~~庵」と書かれた平屋の建物がありました。



ぐるりと境内を一周しますが、まったく人の気配はありません。
それでも、きれいに整備されているので、誰かが手入れはしているようです。
檀家さんたちでしょうか。



本堂裏側にはお墓がありました。
もう彫りが読めないほど古い苔むした墓石が並び、ここに代々の小野寺氏が眠っているのだろうとわかります。
Oさんは、念入りにお参りしていました。
御先祖様との邂逅ですね。
何を言えばいいのか分からなくなったようで「あの、元気です」みたいな報告をしていました。



以前、Oさんの御両親がここを参拝した時に、女性の住職さんがおり、とてもよくしていただいたとのこと。
「御本尊の阿弥陀如来像はとても素晴らしいから、ぜひ見ていらっしゃい」と言われたそうですが、戸は堅く閉ざしていました。
堂内には、阿弥陀如来坐像のほかに観音菩薩・毘沙門天・不動明王・地蔵菩薩立像があり、 この5尊がそろっているのは全国的にも珍しいのだそう。
見られないのが悔やまれます。

本堂前には、小野寺七福神用の布袋様のスタンプが、箱に入って置かれていました。



御両親に、尼僧が数年前に他界した話を伝えたというOさん。(それも小野寺BBSで知ったそうです)
「お世話になったので、墓前にお供えしてきて」と、お金を包んで渡されたそうですが、誰一人いない境内なので、ためらった末にやめることにしたとのこと。
この場合は、もうしかたがないですね。お賽銭箱さえないのですから。



境内には、灯籠や香炉などの寄進が多いことに気がつきます。



寄進者は、全て現代の小野寺さん!さすが!
小野寺七福神の布袋尊も、そうでした。



布袋さまの後ろ姿のアップです。



立派な鐘楼があり、紐が下がっていたので、Oさんは「御先祖様と前住職さんの供養に」と、一回鳴らしました。
弾みをつけなかったのに、鐘の音は小野寺の里に大きく鳴り響きました。
深い、いい音で、余韻を楽しみました。 



「菩提寺に来てみたけれど…」と肩を落とすOさん。
彼女にしてみれば、現住職さんからお話を聞いたり、御朱印をいただいたり、本堂に上げてもらって御本尊を拝観したりしたかったのでしょう。
日本中で、お寺の後継者難問題は起こっているそうです。
みうらじゅんの本を読むと、彼も「後継ぎがいない」と悩む住職さんに数多く出会って来たらしく、そのたびに「俺が継ぐよ!」と言いそうになってきたとのこと。
檀家さんを抱えているお寺は、途絶えるわけにはいきませんものね。



最近、巡礼で多くの寺社を巡るようになりましたが、霊場である以上、訪れるのはきちんと存続している寺社ばかり。
そうした問題を目の当たりにしたのは初めてでした。
お医者さんのように、中心地にばかり集中しているとか?

ちょうど帰る時に、お墓参りにきた人が車を停めて、花束を下ろそうとしていたので、「聞いてきたら?ほれ行けー!」とOさんを送りだしました。
でも、その人は、お寺のことについては何も知らなかったそう。
「ここにお墓参りしにしかこないんですよ、ごめんなさいね」と謝られたそうです。
今のお寺は、檀家さんともそういう遠い感じになっているんでしょうか。

● 小野寺城跡

Oさんの御両親、住林寺の故住職さんの車で小野寺城跡まで案内してもらったとのこと。
お寺の近くにあるようですが、よくわかりません。
「どこにあるのかわからないね」「見つかるかな」と、一旦車を停めて地図をよく見ようとしたら、すぐそばに小さな城址碑がありました。



小野寺氏は「一国一城の主」だったんですね。カッコイイ。
ちなみに一城ではなく、近くにあった川崎城も小野寺氏の城だったそうです。
石碑は「小野寺文化協会」が建立したとのこと。
なんでしょうかその団体は!すごいタイトルですね。一族が運営しているのかしら?
石碑の裏には多くの名前が掘られていましたが、小野寺という苗字は見当たらりませんでした。



地元の名士は、もちろん小野寺さんかなと思いましたが、ここ小野寺の里には、いまでは小野寺の名の人は誰一人住んでいないそう。
ミステリーですね。
先祖代々の土地を捨てたのは何故?マチュピチュのように謎めいてる、と思いましたが、そうではなく、関ヶ原で西軍についたため、家康に転封を命じられたそうです。
小野寺さんが泣く泣く本拠地から出て行った後、かねてより仲が悪かったお隣さんの佐野氏が、エイエイと小野寺城を壊してしまったそうな。
ひどい話ですが、昔はやるかやられるかのギリギリの時代ですからね。
佐野家とはそうした過去の因縁があるそうです。
でも、佐野市には小野寺さんが何世帯かお住まいだそうです。うーん複雑。

なるほど~、でも、それから何百年たった今でも、まだ小野寺が一人もいないということが、不思議。
移り住んだら、「小野寺さんが戻ってきた!」と土地の人に親切にしてもらえそうなのに。
みんな、すでにそれぞれの土地が本拠地になっているのでしょう。

● 小野寺橋

「ここでは小野寺づくしでいこう!」「ほかに小野寺ナントカっていうところはないの?」と純と聞いたら、Oさんが「最近、小野寺橋ができたっていうニュース記事を読んだ」と言いました。
「じゃあそこに行こう。どんな感じ?」「たしか白い歩道橋だったよ」
川を見つけ、当たりをつけて探してみたら、白い橋を発見!



車を道路わきに寄せると、そこに古めかしい大きな石碑がありました。
歩道橋は最近のものですが、小野寺橋という名の橋はもっと昔からあったようです。



橋に名前がついていませんでしたが、純が橋げたについている表示を探し出しました。
まちがいありませんでした。



川は一級河川三杉川。小野寺を通り、佐野を通って、渡良瀬川に合流するそうです。



● 佐野の涅槃寺

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      寺 号■天明山根本院 涅槃寺
      所在地■栃木県佐野市天明町2229
      宗 派■時宗
      本 尊■阿弥陀如来
      参拝日■2013年6月23日
      特 記■日限地蔵尊
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Oさんの持っている小野寺情報は、すべて出たとのこと。
「ここまで来たんだし、さっき大慈寺の住職に教えてもらった、佐野の涅槃寺に行って、住林寺の話を聞いてみたら?」と純。
「え~」とOさんは尻ごみしていましたが、「少しでも今の状況が分かるかもしれないし」と背中を押しています。
「そうよそうよ」と私。せっかく教えてもらった唯一の手掛かりを辿らない手はありません。
それでもまだOさんは「う~ん」と煮え切らないので、純は涅槃寺を検索して、ちゃっちゃとカーナビに入力して「じゃあ出発!」と佐野に向かい始めました。

御先祖様の菩提寺が廃寺になるのではという心配で、小野寺一族の末裔であるOさんはもう頭が飽和状態の様子。
反面、一族ではない私たちは、気軽に提案できます。
行きづらいのはわかりますが、あとになって「やっぱり行っておくんだった~」と悔やむよりはね。
まさに「いつ行くの?今でしょう!」Oさんにこう言うんだったわ。



お寺は川沿いにあり、一遍上人の銅像がありました。
本堂は閉まっており、私たちに後押しされて、Oさんがおずおずと庫裏でお寺の方に伺ってみます。
「たしかに住林寺に行くようにはなっていますが、法要がある時などで不定期です」とのことでした。
時宗のお寺というつながりでしょう。
前のご住職は、全国から小野寺さんがやってくると、そのたびに説明や案内をしていたそうですが、こちらのお寺は小野寺とのゆかりはないため、そういったこともない様子。
観光寺院ではないのか、御朱印もないとのことでした。

Oさんがそうやってお話を聞いている間、純と私はお寺のテリアと戯れていました。
かわいい、利口な犬です。お寺のペットは概しておとなしいですね。
お坊さんのしつけがいいのでしょうか。

● 佐野厄除け大師

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      寺 号■春日岡山 惣宗寺(佐野厄除け大師)
      所在地■栃木県佐野市金井上町2233
      宗 派■天台宗
      本 尊■如意輪観音、元三大師
      創 建■天慶7年(944年)藤原秀郷
      霊 場■関東三大師
      参拝日■2013年6月23日
      特 記■田中正造のお墓
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現実を知ったOさん、少しショックの様子でしたが、「現状がわかっただけでもよかったわ」と言いました。
「どうもありがとう。自分一人ではとても話を聞きに来る勇気はなかったから」とお礼を言われました。
「じゃあ小野寺のルーツを訪ねるのはこれくらいにして、佐野厄除け大師に寄って帰ろう」と言いながら、目の前のお寺に目が引き寄せられる私たち。
「うわあ、あのキンキラキンのお寺、何?」とおもったら、それが佐野厄除け大師でした。
すぐそばだったんです。



これまでずっと素朴な古刹を巡ってきただけに、目がビックリの金ピカ本殿。
人気なのね~と、よろめきながら車を降りると、目の前の鐘楼に下がっているのは金の鐘!
観音様まで金ピカ!
れいすい観音といい、去年盗難にあったけれど、無事戻ってきたそうです。
ありがたい話ですが、たしかに盗まれそう!



ここは川崎大師、西新井大師と並ぶ関東三大師。
川崎大師のようなお寺だというイメージでしたが、なんだかかなり違うことに驚きました。
平将門の討伐を命ぜられた藤原秀郷が戦勝祈願に立てたという由緒だそうです。



境内には田中正造のお墓がありました。
そういえばここは足尾のそば。
でも(あれ?)と思います。
学校の歴史で習った時には、「当時死罪とされた、天皇への直談判をあえて行った勇気ある人物」として書かれていたので、足尾銅山事件は彼の命と引き換えに改善されたものと思っていたのです。
結構人生長めだったご様子。
おとがめなしだったんでしょうか?
「地方の名士だったからね」と純。
でも大塩平八郎は?あっ、あの人は自刃したんでした。



後で調べてみたら、田中正造は警備の警官に取り押さえられて直訴できなかったとのこと。
その場で拘束されたものの、狂人扱いされて、即日釈放されたという話です。
政府は事を荒立てたくなかったんでしょうけれど、大騒ぎになって号外が配られたそうです。
ちなみに田中正造のお墓は6箇所にあるそうです。



本殿前には、天下独尊の生まれたてお釈迦さまの像があり(これも金ピカ)、甘酒をかけました。
花まつりの時しかできないと思っていましたが、ここはお参りするたびできるようです。
本殿では、ちょうど護摩供養を行っていました。
護摩の好きな私は、リトルブッダ像越しに燃え盛る炎を眺めました。



金ピカなものばかりで、目がチカチカしましたが、一番驚いたのは、お守りの自動販売機。
(え?ドリンクじゃないの?)と、二度見、三度見してしまいました。



お寺が閉まっている時間に行ったら便利だと思いますが、そもそも閉門していそうですし、寺社の人から手渡しでいただくハンドパワーって大切だと思っているので、唖然としました。
しかも3つとも陳列されている品はすべて違うもの。
充実のラインアップです!

あれこれビックリすることの多い境内でしたが、相対道祖神で心を落ち着けました。
尋常小学校にいそうな、少年少女像のようですが、どちらもお坊さんに見えますね…。



● パンケーキタイム

高速に入った直後から大渋滞に巻き込まれます。ちょうど渋滞の中心にはまってしまったようでしたが、もらったばかりの金パワーで、帰りの高速渋滞にもめげずに、帰途につきました。
日進で車を返して、「パークサイドカフェ大宮」でパンケーキタイムをして、解散。





その時は、まだどこか呆然としていたOさんでしたが、あとになってじわじわと感動が押し寄せてきたようで、「付き合ってくれてありがとう。とても意義深かったし、一人じゃ行けなかったから」と、何度もお礼を言ってもらいました。
最後はピカピカでしたが、基本しっとりとした歴史に触れる、印象深い旅でした。
今回の旅では、普段は気づくことのない、人と土地との関連を感じました。
学校で教わったような誰もが知っている歴史ではないところにも、きちんと歴史は存在しているということに、改めて気づかされた気分。
時代をさかのぼってルーツを辿るって、奥深く、すばらしいことなんですね。
うちは転勤族なので、家系をさかのぼっていくのは大変そうですが、Oさんに「今度ルーツをたどる時には、ぜひ一緒に行かせてね」と言ってもらったことだし、いつか自分の御先祖様に挨拶に行きたいと思います。
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小野寺氏のルーツをたどって(1)

2013-06-26 | 北関東(茨城・栃木・群馬)
● prologue
● 集合・出発
● 小野寺交差点
● 村檜神社
● 大慈寺
● 林屋食堂

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○ prologue

友人にオノデラさんという名前の人がいます。
関東ではそんなにある名前ではありませんが、東北に行くとかなり多いのだそう。
O(オノデラ)さんは青森出身ですが、小野寺姓のルーツは東北ではなく、栃木県だと話してくれました。
今では日本全国に散らばっている名前ですが、一族の始祖がはっきりしている家系のようです。

Oさんのご両親が、20年以上前に栃木の小野寺発祥の地を訪れたという話を聞いていたら、なんだか興味が湧いてきました。
そもそも、最近巡礼がマイブームの純と私に「小野寺七福神っていうのもあるのよ、アハハ」とネタ振りしてくれたことから始まったので、「じゃあ小野寺七福神を一緒に巡ってみる?」というノリになり、いつの間にか「七福神は時間がかかるから、小野寺ゆかりの地を巡ることにしよう」という話になっていったのです。

○ 集合・出発

交通の便が悪く、Oさんのご両親は佐野駅からタクシーに乗って行ったと聞いて、私たちは都心の渋滞を避けて埼玉から車で行くことにしました。
山手線ホームで待っていた電車は、8時1分発。
自分の誕生日と一緒なので、この日はいいことがありそうです。



埼京線で北上し、大宮駅でホームに降りかけたところを二人に見つけてもらい、更に一つ隣の日進駅まで行きます。
ここで車に乗り込みました。
初めてのカーシェアリング体験で、なんかアメリカ人になった気分ー。

まっすぐゆかりの地に向かったわけではなく、純の調べている秋葉神社に行ったり、関東36不動巡りをしたりしながら、少しずつ場所に近づいて行きました。
それは別の「寺社ブログ」に載せています→「巡礼ルート【東埼玉・南栃木】」

いよいよ栃木に入り、足利経由で佐野を通って、岩舟へと向かいます。
青々とした緑が目に鮮やか。
田んぼが広がり、その向こうには山また山と尾根が連なる、爽やかな風景が広がります。

佐野といえば厄除け大師とアウトレットが有名ですが、誰も行ったことがなく、みんなこの辺りは初めて訪れる場所した。
くねくねカーブを通って山をひとつ越えていくため、なんだか結界を越えて、小野寺の領域へと入っていく気分になりました。
もしかしてここは小野寺山でしょうか。(いえ、諏訪岳でした)

○ 小野寺交差点

信号で止まった時、Oさんが「あ、オノデラだ」といいます。
交差点が小野寺でした。



う~ん、人の名前のようで、不思議な感覚。
前に青森で「太田光」というバス停を見つけて、「爆笑問題じゃない!」と驚いたことを思い出しました。
この辺りは、住所も小野寺。
私たちは、小野寺領内に入っているんだなあと実感します。

● 村檜神社

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      社 名■村檜(むらひ)神社
      鎮座地■栃木県下都賀郡岩舟町小野寺4697
      祭 神■誉田別命 (配祀)熊野大神、大山咋命
      創 建■大化二年(646)
      社 格■延喜式内社、下野國三之宮 旧郷社
      社 殿■室町後期、三間社春日造屋根、檜皮葦
      参拝日■2013年6月23日
      特 記■佐野庄小野寺十郷の総鎮守
          国の重要文化財
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まずは村檜神社へ。
ここは佐野庄小野寺十郷の総鎮守の神社です。
参道に入るところに、割と大きな二階建ての簡易郵便局がありました。
純は「もしかすると、ここはかつて役場的役割を果たしていたのかも」と推測します。



古めかしい参道を通り、長い石段を上がっていきます。
石段の途中で太鼓橋のような建物(神門が)の下を通っていき、造りがさきほど訪れたばかりの出流原弁財天に似ていると思いました。
この辺り独特の建築方法なのでしょうか。



太い幹の、苔むした杉の古木が参道に何本も立っています。
石段の上から光が差し込み、参道両脇の林からは澄んだ空気が流れ込み、なんというか、とても澄んでいく気持ちがしました。
言葉になりませんが、光に導かれて行くような感じ。
石段はそれなりにありましたが、疲れも一切感じずに、神殿のところまで吸い込まれるようにいざなわれていきました。



登りきったところにあったのは、古めかしい社殿。
落ち着いた檜皮葦の屋根です。県内では檜皮葦はこの神社だけなのだそうです。
全体的に、上品な美しさがありました。



私は、まず狛犬に目を奪われました。
とってもユーモラスな顔をしています。「がっはっは」と笑っているみたい。
見れば見るほど、楽しい気分になってきます。
厳粛な空気がただよう境内ですが、狛犬の明るさで、柔らかい空気になっているよう。
こんな狛犬がいたら、参拝も楽しくなりますね。





「小野寺工場創業10周年記念」で、小野寺氏が寄進していました。
寄進者がどんな狛犬がいいか注文したのならば、小野寺氏はなかなか楽しい人のようです。
Oさんは御朱印をいただきたかったようですが、社務所は非常駐らしく、人は不在でした。
「裏山を上ると、小野寺領が一望できるんですって」とOさんは言いましたが、お昼を過ぎておなかペコペコの私たちは、「じゃあ登ろう」と誰も言いださず、見上げただけで終わりました。
(かなり登っていくようだったし、空腹で体力尽きかけていたので…)



横には西宮神社がありました。
馴染みがない神社名です。「西宮神社とは何の神様?」「神戸の西宮とは関係ない?」
「ここ栃木だし、かなり遠いよね…」
誰もわかりませんでしたが、そういえばここでは小野寺七福神の恵比寿神が祀られています。
神戸の西宮神社にも、恵比寿様が祀られているので、やはり共通しているのかもしれません。



こちらもまた、光が差し込んで神々しい雰囲気。
鳥居が古く、朽ちかけていました。
風通しのいい、私の好きな古い形式で、京都の太田神社を思い出しました。



出流原弁財天とこの神社を参拝したことで、すっかり自分の中が清々しい気に満ちた気がします。
参道を戻ると、入り口にも古い狛犬がいるのですが、こちらは阿形がいなくなり、吽形だけぽつんとありました。
一対であるべき狛犬なのに、相棒がいなくてさびしそう。
元気でね!と車の中から手を振ったら、純に「今、なんかイタイことした人がいた~」と怪しまれました。



のちほど、車で県道を通っていた時、大きな鳥居があったので、扁額を見てみると「村檜神社」とありました。
一の鳥居です。由緒の正しさを感じました。

ちなみに、ここは下野國三之宮ですが、二之宮は惣社町の大神神社だそうです。

● 大慈寺

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      寺 号■小野寺山 転法輪院 大慈寺
      所在地■栃木県下都賀郡岩舟町小野寺2247
      宗 派■天台宗準別格本山
      本 尊■薬師如来 日本七仏薬師如来
      創 建■(伝)737年(天平9年)(伝)行基
      霊 場■関東九十一薬師霊場・第55番札所
      参拝日■2013年6月23日
      特 記■円仁(慈覚大師)の修行の寺、小野小町に関わる伝説
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村檜神社に隣接したお寺。
小野寺山大慈寺です。
おのでらさん!
驚いていたら、「小野寺産の蕎麦も売ってるみたい」とOさん。
おのでらさん!



本当にこの辺りは小野寺ワールドなんですね。
まずは参拝しましょう、と本堂へ向かいましたが、なんと目の前には工事中の建物が。
本堂は目下新築中でした。
一から建て直しているようです。



地図を見ると、相当広い敷地という感じ。
ライシャワーの石碑があって、(なぜ?)と驚きます。
このお寺では慈覚大師円仁が9歳から6年間修行したそうで、彼の研究をしていたライシャワー元駐日大使が訪れたそうです。
東国における天台系仏教の拠点だったとのこと。



御本尊が日本七薬師如来の一つで、小野小町が病気治癒祈願に訪れ、そのまま滞在したという伝説があるそうです。
お墓もあるとのこと。小野つながりですね。
一遍上人も訪れたことがあるそうです。
由緒正しいお寺なんですね。



庫裏に向かうと、ちょうどご住職が出かけようとしたところで、御朱印をお願いしました。
少しタイミングがずれたら、いただけないところだったので、ラッキーでした。



「小野寺一族の菩提寺は、また違う住林寺というお寺で、そこのご住職亡き後、ここの住職が面倒を見ているんですって」とOさん。
「詳しいね!」と驚いたら、「小野寺掲示板に書いてたの」
なんですか、小野寺掲示板って!

住林寺の御朱印もいただきたいOさん、こちらの住職に聞いてみましたが、「法要をしているのはうちではなく、佐野の涅槃寺さんです」とのことでした。
「BBSに訂正投稿したら?」と純。
小野寺掲示板は、全国の小野寺さんが投稿しているものだそうです。ディープですね。

こちらの御朱印は、お寺の風格とはまた違う、かわいらしい丸文字風。
「"小野寺山"の朱印も押してもらいたかった~」と、Oさんは少し残念がっていました。
これまで、ちっとも自分の名前の話なんてしていなかったのに、御先祖様の出身地に来て、なにかに目覚めたのでしょうか。

○ 林屋食堂

小野寺氏のルーツがはっきりしているのは、武将だったから。
戦で手柄を立て、その褒美として小野寺の名を賜ったのだそうです。
サムライとして活躍したのは、平安時代から戦国時代にかけてだそうです。
でもとにかく、腹が減っては戦ができぬ!
早朝集合してから何も食べていない私たち、おなかペコペコでもう頭が回りません。



大慈寺前の佐野ラーメン屋・林屋に入りました。
アクが強すぎず、あっさりしていると評判だとのこと。
ネギラーメンとギョーザにしました。



初めの佐野ラーメン。
初老のご夫婦が作ってくれたラーメンは、食べやすくおいしかったです。



ひとごこちついて、あらためて小野寺の里を眺めます。
見渡すかぎりに広がる畑と山々。緑が印象的。青々としている印象です。
店やマンションが立ち並んでいるわけでもなく、昔からあまり変わっていない景色なんでしょう。



その2へ続きます。
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