風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

伊豆の海の吊り橋へ index

2018-09-07 | 中部(東海)
[2018.8.1]
◆ 城ヶ崎 1
 抜けるような青空のもと、伊豆高原に出かけました。
 お目当ては海の幸と、海にかかる吊り橋です。
 伊東でお刺身三昧し、城ケ崎の吊り橋を渡りました。 
  ● prologue ● 道路はすいすい ● 熱海の街並み 
  ● 伊東のサンハトヤ ● お刺身尽くしランチ ● 城ケ崎海岸 
  ● 火サスのハイライト ● 揺れない橋は ● 歌う黒沢明 
  ● かどかけの浜 ● 門脇崎灯台 



◆ 伊東 2
 城ケ崎の近くにある橋立吊橋は、人のいない静かな穴場。
 強い日射を受けて、知らず熱中症のはしりになりかけました。
 夕暮れ時に海沿いの温泉につかり、花火を見上げて帰途につきました。
  ● 大淀小淀 ● 橋立吊り橋 ● 対島の滝
  ● カフェさがし ● かき氷でクールダウン ● 伊東温泉
  ● 宇佐美の花火 ● 海老名オムライス ● epilogue





伊豆の海の吊り橋へ 2

2018-09-07 | 中部(東海)
その1からの続きです。

● もうひとつの吊り橋

門脇吊橋を渡って大満足の私。
「さあ、次の吊り橋へゴー!」
あまり知られていませんが、近くにもう一つ、吊り橋があります。
ここまで来たからには、そちらも渡らずしては帰れません。
吊り橋好きの名折れとなりますからね!

電車の駅でいうと、最寄りの城ヶ崎海岸駅からひとつ隣の駅になります。
伊豆高原駅そばの駐車場に車を停めると、浮き輪を抱えた水着姿の家族連れが、駐車場脇の水道を使って、汚れを落としていました。



小川沿いの遊歩道を海に向かって歩いていきます。
なかなか趣のある小川。橋もいい感じです。



すぐに海が見えるのかと思いきや、うっそうとした緑の中からなかなか出られません。
小川沿いを離れて、ごつごつした岩肌を超えていきます。

● 大淀小淀

その先に、岩礁でできた岬が見えてきました。
そこに自然の貯水池のような汐だまりができており、家族連れが何組か、そこで泳いでいるのが見えました。



大淀小淀(おおよど…こよど)といわれる場所だそう。
「大淀小淀。大波小波。おおさむこさむ」とつぶやきました。
徳島には、大歩危小歩危(おおぼけ・こぼけ)もありますね。
友人はノーリアクションでした。もう返すパワーがなかったのかもしれません。

● 橋立吊り橋

自然が作ったプールで泳ぐなんて、ステキだわ~。
その汐だまりの近くに、私たちが目指す橋立吊り橋がありました。



橋を迂回する山道を発見。
この橋を渡るのを避けたい人がいるわけですね。
こわいほど揺れるからかしら?期待値が高まります。



定員20名だそう。
こちらは小錦換算はしていませんが、計算してみると小錦は5名までになります。
(いえ、お相撲さんには迂回路を通ってもらいましょう)



早速わたってみました。橋立吊橋の方が、門脇吊橋よりも高さは少し低いですが、長さはあります。
そして、揺れます!
ただ歩くだけでも、かなり振動があります。
ユ~ラユラ。きゃっほう、これでこそ吊り橋よ!
嬉しいわ~。吊り橋らしい吊り橋を渡るのは、久しぶり~。



こちらの橋の方はあまり知られていないのか、全く人がいません。
土地の人らしき人が二人やってきましたが、すぐにいなくなりました。



足元では波が押し寄せては、岸壁に当たって飛び散っています。
ダイナミック!





橋の貸し切り状態に、大満足です。
ただ、日射が強くて、橋に揺られているとなんだか疲れを感じます。
木陰に入るとひんやりして、ほっと一息。
せっかく目的地にいるというのに、恐ろしいほどの暑さに、キビキビとは動けません。



友人のApple Watchを見ると、気温36度・・・!
信じられない!ほとんど体温!
「外では極力運動をしないように」と通達が来るレベルですね。



それでも、大淀小淀の汐だまりでは、子供たちが楽しく水遊びしています。
日光を浴びていても、水の中だからそれほど暑くないのでしょう。
十分堪能したので、その場を離れました。

● 対島の滝

帰る途中、標識を頼りに対島(たじま)の滝にも寄ってみます。



道の途中で、ピンクのおそろいのTシャツを着た子供たちとすれ違いました。
特別養護学校の生徒たちで、水色の服の男の子たちは吊り橋へ、女の子たちは滝へと二手に分かれて引率されていました。



流れに沿って歩いてきた小川が海へ流れ落ちてできた滝。
といっても、滝というほどの水量ではなく、チョロチョロと静かな流れ。
水量が多い時でないと滝にならないそうです。



対島の滝の横に作られた展望台から、しばし海を眺めました。



● カフェさがし

再び、小川沿いに緩やかな坂をてくてく上っていきます。
駐車場の車に戻った時には、暑さで二人ともぐったり。
のぼせ上っていて、言葉もありません。

「ふう・・・どこかでお茶でもしようか」
踏切で待つと、伊東と下田を結ぶ伊豆急行線が通っていきました。



車内の冷房が効いてからも、身体の熱はなかなか引かず、心臓がバクバク言い始めています。
冷たいものを口にしないといけなさそう。

観光地なので、駅前にはたくさんカフェがあるだろうと思いきや、小さな駅すぎて、お店自体がありません。
その土地のレトロなカフェも数軒見かけましたが、平日だからか開いていません。

そこで車道に出て、少し車を走らせます。
車道沿いにあるのは、車で入りやすいチェーン店。
「すぐに入れるところにしよう」と、見えてきたガストに車を停め、ここでちょっと休憩です。

● かき氷でクールダウン

身体がすっかりのぼせきってしまい、汗が止まりません。
考えもうまくまとまらなくなってきました。
すぐに冷たいものを摂取しないと、なんだか危険な予感。
友人も同じ状態のようなので、身体の本能に従って、かき氷とドリンクバーを頼みました。



今年初めてのかき氷。友人はいちご、私は宇治抹茶。
こめかみにキーンと響くかと構えましたが、まったく感じないまま、ぺろりとおいしくいただきました。
そういった普通の感覚も、麻痺していたのかもしれません。
身体が熱くなりすぎて、敏感反応が出なかったのではないかと思います。

暑い外から室内に避難してしばらく涼んでいるうちに、ようやく体調が落ち着いてきて、お互いまともな会話ができるようになりました。
「ああ、すごく暑かったね」
吊り橋の上が最高に暑かったです。
気づけば、一日のうち一番暑い時間帯にさしかかっていました。
おそらく、脱水症状を起こしかけていたのでしょう。あぶないあぶない。

● 伊東温泉

体調の不安がなくなり、おちついてからガストを出て、再びドライブ。
吊り橋を二つ巡るミッションを果たしたので、あとは帰途につくばかりです。

「せっかく伊豆まで来たから、立ち寄り湯に寄って行こうよ」
「大賛成!」
汗だくになったので、とにかくさっぱりしたい気持ちでいっぱい。



外は、少しずつ日が陰ってきました。
夕暮れのシーサイドライン、いいですね。



この辺り、温泉はあちこちにあるので、どこにしようね~と考えます。
行きに前を通って気になっていた、道の駅・伊東マリンタウン併設の立ち寄り温泉、シーサイド・スパに行ってみることにしました。



ここは地下1,000mから湧き出る、源泉かけ流し温泉。
大浴場と露天風呂があり、目の前は伊東マリーナ。沖には大型船舶が停泊しています。
けっこう熱いお湯でしたが、疲れを取るにはこれが一番。
アロマバスに入ってみましたが、何のアロマかはわからずじまいでした。

温泉でリフレッシュ。ようやく頭の中までクリアになったよう。
「実は、さっき吊り橋の上でかなりまずい状態になってたんだ」
「ポーっとして、足元がフラフラしてたんだ」
ようやくそんなことを口にする余裕が出てきました。
二人とも、結構危険な状態だったようです。

猛暑の吊り橋の上で、熱中症の入り口に立ってしまった私たち。
なんとか大事には至りませんでしたが、かなりまずいという自覚がありました。
暑い時の外出には、どうぞ十分お気をつけください!

● 宇佐美の花火

元気を取り戻して、建物の外に出ると、花火が打ちあがり、空に大きく広がるのが見えました。


ドーン!!



ドーン!!


「わー、花火!」
しばらくその場で眺めます。
てっきり熱海では、毎日10分間花火が上がるので、そこだろうと思いました。


ドーン!!


車に乗って海岸線を走りだすと、暗い浜辺になにやら人の気配。
そこには、腰を下ろして花火を見物している大勢の人々がいました。
ここはまだ熱海ではないので、毎日上がる花火ではなさそう。
調べてみたら、宇佐美夏まつり海上花火大会でした。
何も知らなかったのに、たまたま花火が上がる時間にいられて、ラッキーでした。

● 海老名オムライス

それから高速道路に入り、海老名SAで夕食。



「洋食の王様 M1プレート」のオムライスにしました。フワフワでした。


夏バテと熱中症には、スイカね~!


そうして横浜に戻り、帰宅しました。

● epilogue

友人のスケジューリングのおかげで、行き帰り渋滞に合うこともなく、スイスイ伊豆ドライブができた日。
前々から訪れてみたいと思っていた、城ヶ崎の断崖絶壁の吊り橋二つを渡ることができて、大満足です。
さらに夜には、予想外の打ち上げ花火も見ることができました。なんてラッキー!

ただし、猛暑は予想以上に過酷でした。
それほど外で激しく動いたわけでもなく、吊り橋を何往復かしただけなのに、熱中症になりかけて、身体じゅうがクラクラしました。
油断大敵。特に旅先では、健康管理は大切ですね。

山あり、海あり、温泉ありの風光明媚な伊豆は、見どころがたくさん。
これからさらに、いろいろな場所を訪れてみたいと思います。


伊豆の海の吊り橋へ 1

2018-09-06 | 中部(東海)
● prologue

友人と伊豆にドライブに出かけました。
住んでいたことがある静岡は、なじみ深い場所ですが、伊豆半島にはこれまであまり行ったことがありません。

訪れたことがあるのは、熱海と土肥。修善寺は通過しただけ。
石廊崎や下田の方にはまだ行ったことがありません。

今回の行き先は、伊豆高原。
伊豆高原ときくと、ダイビングスポットを連想する私。
なぜかというと、今まで「伊豆高原でライセンスを取った」というダイバーと知り合う機会が多かったからです。
それを聞くたびに「高原(陸)なのにダイビング(海)ができるって、どういうこと?」と、モヤモヤしていました。
いよいよ、その謎を解くときがやってきたのね。

● 道路はすいすい

平日の8月1日。早起きをしてカー通勤者の出勤時間より先に出発したので、高速道路渋滞に巻き込まれることもありません。
小田原を抜けて熱海を通り、伊豆半島に差し掛かりました。

海沿いのルートを選択すると、左側にぱあっと海が開けます。
わあ、開放的。夏ね~。



しばらく赤い車のあとについて、海岸沿いを走っていきました。
海岸道路に映えるさし色です。



● 熱海の街並み

じきににぎやかな街並みが見えてきました。熱海に着いたようです。

伊東

街の中で「天国葬祭場」という看板を見かけました。
うーん、気になる。。。まあ、地獄よりはいいですね。



熱海の街並みは、どことなく別府を思い出すものがあります。
町全体がゆったりしているとような感じ。
まあ、どちらも海辺の温泉処ですから、雰囲気が似ていてもおかしくありませんね。



パームツリーが並び、南国にやってきた気分。



● 伊東のサンハトヤ

「伊東に入ったよ」と友人。
反射的に口をついて出るのは「伊東に行くならハ・ト・ヤ♪」のCMソング。
「電話はヨイフロ♪」なつかし~い。

すると友人は「サンハトヤならすぐそこにあるよ」と教えてくれました。
わあ、これがCMでよくなじんだサンハトヤ!



そしてこれが「前は海、うしろはハトヤの大漁苑♪」。
「イシマルーイシマルー♪」の石丸電気に初めて入った時と同じ感激がありました。



ホテルに海底風呂があり、友人は泊まった時に入ってみたそうです。
ガラス張りの廊下を、水着姿の親子連れが何人も通ってきました。
今なお現役のホテル。プールが人気のようです。

● お刺身尽くしランチ

時間は11時を過ぎたあたり。そろそろ早めのランチにします。
友人が気になるという、ふじいちに行きました。



1階は魚屋さん。
一見、普通のお店のようですが、2階が食事処になっており、店の奥にある階段から上に上がります。
わからないと入れなさそう。



まだ昼前だったので、先にランチを取っていたのは1組のみでした。
窓の外はすぐ漁港。
奮発して、お任せ丼をチョイスしました。


10種類ほどの白身・赤身の刺身が、あふれんばかりに乗っています。
どれも肉厚で脂がのっていて、おいしかった~!



お店に貼られていた文句。
うっちゃらば似て食え・・・? 水なます?
魔女の呪文みたい。



店内に、日めくりカレンダーがありました。
なになに、8月1日はなんて書かれているのかな…。



「怒りの結果は、怒りの原因よりもはるかに重大である」by マルクス・アウレリウス。
怒りって、コントロールが効かないので、怒りまかせにもの壊ししまくったら、後が大変ですね。
うん、あまり怒らないようにしましょう。

お昼時に差し掛かり、増えてきたお客とすれ違うように、お店を出ました。
駐車場の数が少ないお店なので、空いている時に入れてよかったです。

● 城ケ崎海岸

車に乗り、なおも南に向かって走ります。
次なる目的地は、城ケ崎。



伊東八景のひとつ、城ヶ崎海岸は、4,000年ほど前の大室山の噴火で、海に流れ出た溶岩が侵食されてできたもの。
約9kmにわたる、ダイナミックな溶岩岩石海岸です。

● 門脇吊橋

その海岸のナライガケとカドカケの間に、吊り橋が掛けられています。
高さ23メートルの場所にある長さ48メートルの橋で、そこからは断崖が望めます。

今回は、私のたってのリクエストで、ここの吊り橋を渡りに来ました。
吊り橋好きなので、ずいぶん前からここを訪れたいと思っていました。
この海沿い断崖絶壁にかかる吊り橋を渡らない限り、吊り橋好きを語ることはできません!

昼が過ぎ、一日の中で一番暑い時間に刻々と近づきつつあります。
駐車場でも日陰のあるところに車を停めて、そこから歩いていきます。
橋までの距離は1キロ近くあるのだそう。結構遠いですね。

橋に至るルートは、海を見ながらのルートと、森の中のルートのふたつ。
普通なら、間違いなく海沿いを選ぶところですが、この日は暑くて暑くてたまらなくなっているため、日陰を求めて森ルートを選びました。



陽がさえぎられる木陰の下を通っていくから、涼しーい。
都心と違ってアスファルトではないため、反射熱を受けずに日陰に入れば涼めます。

それでも森の中の道なので、根っこがあったり大石があったり、ごろごろ。
サンダルじゃなくて良かったと思いながら、進んでいきました。

● 火サスのハイライト



すると、白いモダンな形の灯台が見えてきました。
そしてその奥に、目指す橋がありました。



昭和43年3月に完成されたこの橋は、半四郎落しと門脇岬の間の海蝕洞にあり、断崖絶壁のスリルを味わえます。
わー、これね。
赤く塗られた吊り橋は、海の青と木々の緑にとてもよく映えています。

(とうとう来れたわ!)と感激している横で、友人が「ジャン・ジャン・ジャーン!♪」と口ずさみました。
火曜サスペンス!たしかにこの場所がよく登場しそう。



橋のたもとに「定員100名、小錦関26名」と書いてあります。
ということは、小錦は普通の人の3.85人分の目方があることになりますね。。。



橋の下は青い海。



足の下では、波が飛び散っています。
下をのぞくと、身体ごと吸い込まれそうです。



● 揺れない橋は

さて、では行きますよ…!
と、覚悟を決めて足を踏み出しましたが、揺れません。
あれ? 全くもって、揺れません。
こんなに海沿いなのにー。すごい絶壁なのにー。揺れそうなのにー。

どうりで、子供たちもビーチサンダルでズンズン歩いていくし、「怖い!」「歩けない!」と言って泣き叫ぶ人もいません。
みんな「わー、海がきれいだね」と、ほのぼのした様子で歩いています。
うーむ。

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」や「クリープを入れないコーヒーなんて」のように、
吊り橋マニアとしては、「揺れない橋は吊り橋じゃない!」と言いたいところです。
何を言っているのかわからないかもれませんが、まあそういうことです。

それでも、とても絵になる、きれいな橋。
ビューティフルな吊り橋ランキングなんてあったら、1位を狙えるし、少なくともベスト3には入るでしょう。
そして、海の青色がとてもきれい。夏色ですね。



● 歌う黒沢明

橋を渡り切ったところに、「城ケ崎ブルース」と刻まれた歌碑がありました。
作詞は星野哲郎ですが、誰が歌ったものかはわかりません。
裏側には、楽譜が彫られており、それを見ながら歌ってみました。
「愛してくれた 小指の爪を
 そっとかたみに つつんでいれた
 ハンカチ白い 城ケ崎~♪」

演歌っぽいです。あ、ブルースかあ。
後で調べたら、歌っていたのは黒沢明とロス・プリモス。
映画監督?世界のクロサワが?(同姓同名の別人でした)

● かどかけの浜

かどかけの浜まで降りてみました。



ここは大室火山の溶岩流が、海面に流れ出して行った跡で、大きなくぼ地が残されています。
荒々しい溶岩地形が広がります。溶岩の観察には最適の場所です。



野鳥がいました。なんていう鳥だろう?ツグミかな?

● 門脇崎灯台

帰りの道すがら、灯台に上がりました。



延々と階段が続くので、登り始めたことをちょっと後悔しましたが、もう上に進むしかありません。

息を切らし気味に上っていき、ようやく上までたどりついたら・・・
とてもきれいな景色が眼下に露がりました。
がんばって上がった甲斐があったわ…!







展望台から、遠く伊豆七島や天城連山の峰々を望むことができます。
きれいな台形の大室山も。



この灯台は昭和35年に建てられ、平成7年に改築されました。
高さは地上から約25m。展望台は地上17mのところにあり、晴れた日には伊豆七島や天城連山を望むことができるそうです。

沖を眺めるカップルの会話が聞こえてきました。
「あの島、なんだろう?」
「三宅島じゃね?」

(いいえ、大島でしょう!)と心の中でそれぞれ突っ込む友人と私。
熱海-大島間を、ジェットフォイルがつないでいます。

灯台を出て辺りを散策し、今度は海沿いルートを通って駐車場まで戻りました。

その2に続きます。


紅葉を巡る4県の旅 4-2(Last)

2017-12-21 | 中部(東海)
その1からの続きです。 

● 水の郷大垣

樽見鉄道の終点、大垣駅に戻ってきました。
一両列車に一緒に揺られてきた乗客たちは、ここで電車から降り、それぞれに分かれていきます。
私たちは、駅の周辺を少し散策してみようと、観光案内所にお城への道を聞いて歩き始めました。



途中、お堀から作った水門川を通ると、芭蕉の句碑がありました。
ここは芭蕉が約150日間かけた「おくのほそ道」紀行を終えた場所。
最後にここで詠んだ句は「蛤の ふたみにわかれて 行秋ぞ」でした。

大垣は豊富な地下水が湧き出るところで、町のあちこちに湧き水スポットがありました。
名物の水まんじゅうを食べたかったのですが、夏のスイーツだそう。
もう売られていなくて、残念ー。

● 大垣のマンホール



水都大垣が描かれた、カラーのマンホール。
水門川を渡る船と住吉灯台、手前に市花のサツキがデザインされています。
夢がありますね。

● 大垣城ウォーク

駅からまっすぐ歩いて行くと、じきにお城が見えてきました。
関ケ原の戦いで、西軍・石田三成の本拠地になった場所です。
東門から城内に入ります。



旧国宝に指定されていたかつての大垣城の天守は、昭和20年に戦火で焼失してしまいました。
現在のお城は昭和34年(1959年)に再建されたものです。



4層の天守があるのは全国的にも珍しいのだそう。
ほかには大洲城や尼崎城。
尼崎城は、来年の夏に復元されるそうですよ。



ここから東軍が陣をおいた勝山(岡山)までの距離は約5キロ。
かつては天守閣からお勝山を見ることもできたそうです。



お城の横にあったのは、ビリヤード会館。
向かいの建物には、猿岩石の出した歌のポスターが貼られていました。(いったい何年前のもの?)
なんかもう、全てがレトロ。

商店街のあちこちに「城と城を結ぶおおがきハーフマラソン」のポスターが貼られていました。
もうすぐ、お城 to お城のマラソンが行われるようです。



大垣には大垣城と墨俣一夜城と二つあって、いいですね。
お城がない横浜に、ひとつ分けてほしーい。

● アーケードとナンデモヤ

駅前は大きなアーケードなのに、ほとんどがシャッター街。
アーケードを向かい側から見ると、屋根の上に階段がついていました。
なぜ?点検用にしては数がたくさん。ひなたぼっこでもするの?



ナンデモヤというお店がありました。
金物を中心に、お店には商品がぎっしり。
たしかにナンデモ売っているようでした。

駅に戻り、東海道線の豊橋行き快速電車に乗りました。
前はムーンライトながらなどの夜行電車があって、大垣まで来れたんですよね。
青春18きっぷを使わないでいるうちに、ムーンライトながらは定期便ではなくなってしまいました。
臨時列車として出ているようなので、まだチャンスはあります。
でも、なにごとも、やれるときにやっておかないといけませんね!

● 岐阜城は山のてっぺん

途中、岐阜城が見えました。
「あそこにあるわよ」
「え、どこ?」
「ほら、山の上」



母に教えてもらって、ようやく気が付きました。
あーんな山の上に!
絵に描いたような、トップ・オブ・ザ・マウンテン。
昔の人はよーくあんな不便なところに建てたものですね~。びっくり。

かなり拡大してみましたが、それでもちんまり。
母に教えてもらわなければ、気づかずに通り過ぎてしまっていたことでしょう。



3歳くらいの頃に家族旅行で訪れましたが、金華山のロープウェーのところにリス園があったことと、お城帰りに疲れて父におんぶしてもらったことしか覚えていません。
あそこまで登ったなんて~。下から見上げてあらためて驚きました。

● 愛知入り

東海道線で、岐阜から愛知に入りました。
この旅4つ目となる県です。
名古屋駅で東海道線の普通電車に乗り換えて、3駅目の熱田へ。

「名古屋では何を見る?」と母に聞いたら、リクエストされたのが熱田神宮。
名古屋城かと思いましたが、「お城には前に行ったから」とのこと。
たしかに私が小さい頃のお正月の家族旅行で、岐阜のほかに名古屋を訪れ、どちらのお城も訪れました。
金のしゃちほこが怖くて、泣きじゃくったことを覚えています。(今でもなんか怖い)

その時にも、母は熱田神宮に行きたかったそうですが、父に「お正月の参拝客で娘がつぶれるよ」と言われてあきらめ、その後ずっと機会がなかったそう。
私も初めてです。
思えば、名古屋にはほとんど縁がありません。
そのため旅の印象もあまりなく、静岡の次は三重になっちゃいます。
きしめんもういろうも好きなのに、どうしてかしら~?

● 熱田神宮へ

JR熱田駅を降り、車道に出ると、すぐに神宮の敷地が見えます。
でも、門がある場所まで10分ほど歩く必要があります。
ここもシャッター買いが続くアーケード。
旅の最終日ともあって、母も私も結構疲れがみえてきており、言葉少な目に歩いていきます。



駅寄りの東門から境内に入りました。
敷地の広さと荘厳な雰囲気は、京都御所や明治神宮のようです。



11月の晴れの休日なので、境内はきれいに着飾った七五三の子どもたちが大勢いました。
初参りの赤ちゃんもいて、にぎやか。



とうとう参拝できました。
母も感激しています。



● 巫女さんの鈴祓い

巫女さんが紅白幕の中に立っていました。
鈴を鳴らしてお祓いをしてくれるようです。
金額は志納。



初めて見るので、元巫女として興味津々。
かつて鳴らす側でしたが、鈴祓いは神楽舞で行われ、こんな風に参拝者と直接対面してお祓いすることはありませんでした。
独特の風習を持つといわれる名古屋なので、参拝法もなにか違うのかしら?
それとも天下の熱田神宮だから?もしくは今のトレンド?



遠巻きにして見ていると、結構大勢の人がお祓いしてもらっていました。
特に若目の人が多かったです。

● 3番目の大楠

参道の横に、しめ縄をつけた大きな木がありました。
弘法大師のお手植えといわれる御神木のクスノキ。
熱田神宮には、大楠が7本あり、これはそのうちの3番目の大きさなんだとか。
幹周7.70m、樹高20mだそうです。

そばには桜が咲いていました。十月桜でしょうか。



熱田神宮境内に生えている木々は常緑種が多く、紅葉している木はあるものの、それほど多くはありませんでした。
まあ、その代わりに秋の桜が見られたから、よしとしましょう。
三種の神器の一つ「草薙の剣」の神様をお参りできて、ほっとしました。

● 名古屋のマンホール

名古屋のマンホール。これは下水道供用開始100周年記念デザイン。
この橋は堀川にかかる納屋橋だそうです。



もっと気になるのは、このデザイン。
虫?あめんぼう?笑ってる~。



あとで調べたら、やっぱりアメンボ(ミズスマシ)でした。
水道局のキャラクターだそうです。



四角いのにはお城とシャチホコがついています。
ようやく名古屋城デザインのものがありました。

● レトロなビルヂング

再びJRの熱田駅まで戻ります。
途中、怪しげな建物を見つけました。



「電波学園 メディアセンター」と書かれています。
かもし出される昭和感。ウルトラマンセブンの舞台に使われそう。
でも、画像検索すると、きれいな建物の画像ばかりヒットして、ここまでレトロなものは出てきません。
おかしいなあ。本当にこんな感じだったんですが。その瞬間、私だけ昭和にスリップしたのかしら。

● 帰りは名古屋から

熱田から名古屋駅へ向かいます。
少し早めに行って、構内の売店でお土産と駅弁を購入。
夏に三沢に滞在した時には、八戸で在来線から新幹線に乗り換えるのがギリギリになってしまい、何も買えずにおなかがすいたので、今回はその教訓を生かしました。

4時半に名古屋を出発。帰りの新幹線では、指定席が満席だとのアナウンスが入りました。
秋の連休最終日の夕方なので、どの線も混んでいます。
食事にもお茶にも半端な時間帯ですが、ランチを食べ損ねた私たちは気にしません。
さっそくいただきまーす!
母はわっぱめし、私はとろとろ玉子とカツのお弁当。
うまうまでした。



次の停車駅がもう新横浜。名古屋からノンストップで着くため、あっという間です。
4日ぶりに新横浜に戻ってきました。
なんだかずいぶん留守にしていたような気分。
そこからは車でしたが、4日間歩き続けていたため、帰宅した時には、足が棒のようになっていました。

● 旅のおみやげ

今回は、滋賀と岐阜メインでお土産を買いました。
なんといってもヒットは、沖島の「えび豆」。
まずは、琵琶湖遊覧船のお弁当に出たものをご覧下さい。



「まめまめまめまめまめ、えび」ですね。
ほかで売られていたエビ豆も、すべてが豆豆豆豆・・・エビ。
ほとんど豆しか見えませんでした。

そしてこちらが、沖島で買ったもの。



中身は、じゃーん。
海老ばっかり!



こちらは「えびえびえびえびえび、まめ」ですね。
これは嬉しいえび豆です。
二つが同じ名前の食べ物とは、とても信じられないくらい。

「ガイドさんが熱心に勧めるだけあって、買いの逸品だったね~」と、母子でニコニコ。
えび豆を知る滋賀出身の人にあげたら、驚かれてとても喜ばれました。



長浜では、堅ぼうろというお菓子。
TVで「日本一堅い食べ物」の一つとして紹介されていました。
「すごく堅い」「本当に堅い」と売り場に必ず書かれているので、どれほどなんだろうと気になりながらも、あちこちに持っていき、結局自分の口には入りませんでした。
なので堅さは謎のまま~。どれだけ歯が立たないんでしょうね~。



あとは名古屋で、母はゆかり、私は栗ういろう。
トランクがパンパンになりました。

● epilogue

紅葉を見ながら京都・滋賀・岐阜・愛知と東進して、4日間で4つの県を訪れた今回の旅。
予想はしていたものの、毎日かなりの距離を歩くことになりました。
普段あまり歩かない母の体力が心配でしたが、旅から帰った母はいたって元気。

逆に私の方が、旅程を無事に終えたという安心からか、どっと疲れにおそわれました。
百観音巡りを終えた気の緩みからか、風邪気味になった私をしり目に、翌日いそいそとボウリングに出かけていった母。
「筋肉痛?どこもないわよ」
あれ、おかしいな~。
まあ元気で何よりです!

紅葉を見ながらの移動の旅は、思い出深いものでした。
天気がよくて元気なら、楽しい旅になりますね。
また旅に出るためにも、これからも健康第一でまいりましょう。
今年の旅はこれでおしまい。冬は丸まって家でのんびり過ごしまーす。


紅葉を巡る4県の旅 4-1

2017-12-20 | 中部(東海)
3日目からの続きです。 

● 朝の北陸本線

11月26日。旅の最終日になりました。
6時に起床。宿坊ではないので、朝のお勤めはありません。
朝温泉に入りに行くと、先客が2人いました。

この日は岐阜へと向かいます。
朝食をとり、8時半にチェックアウト。
いい天気。青空を背に長浜城がそびえていました。



シックなステンドグラスが埋め込まれた長浜駅から北陸本線に乗り、南へ向かいました。
東側の窓から朝日が射し込み、車内がまぶしく輝きます。
電車からヤンマーミュージアムの建物が見えました。

ほどなくして、湖畔に立つ巨大な銅像が見えてきました。
こういう場合、湖を眺めていそうですが、その像は湖に背を向けて、こちら側を向いています。
高さ28mの、長浜びわこ大仏だそうです。
120mの牛久大仏にははるかに及びませんが、18mのガンダムよりはずっと大きいです。

次に、中華鍋を逆さにしたような巨大なドームが見えてきました。
前日の琵琶湖フェリーから見えた、長浜ドームでした。
湖畔にはいろいろビッグなものがあるんですね。
走る電車の中からだったので、写真は撮れませんでした。

米原で東海道本線に乗り換え、大垣へ向かいます。
東に方向転換したため、朝日の射し込む向きが変わりました。

● 関ヶ原駅

滋賀から岐阜に入り、岐阜県最西端の駅、関ヶ原駅に着きました。
近江の国よ、さようなら~。美濃の国よ、こんにちは~。

いつも新幹線で通りすぎるばかりで、この駅に停車したのは初めて。
関ヶ原といったら、天下分け目の戦い。
戦国ファンが目指す場所です。
この駅のコインロッカーに武将たちの家紋が描かれているというのは、歴史好きにはよく知られるところ~。

ホーム沿いに大きな横広の看板があり、関ケ原の合戦で戦った、東軍西軍の主な武将たちの家紋と名前が一堂に並んでいました。
わあ、これは撮らなくちゃ!



「夏草や兵どもが夢の跡」と芭蕉が詠んだのは、夏の平泉でのこと。
秋の関ヶ原だっていいだろうと、その句を思い出しながら、古戦場をあとにしました。

● 一両の樽見鉄道

大垣駅に着きました。ここから樽見鉄道に乗り換えます。
目指すは華厳寺という、西国三十三所のお寺。
ここからローカル線に乗り、さらにバスを乗り継いで山の中へと入っていきます。

樽見鉄道のホームはどこかなと探すと、JRのホームを間借りするように、端の方にちょこんと停まっていました。
大垣駅のロッカーに荷物を預けるつもりでしたが、改札を出ずに乗り換えになるため、近くにロッカーはありません。
「じゃあ、降りる谷汲口駅のロッカーに入れよう」と母と話していると、発券売り場の人に「無人駅なので、ロッカーはありません」と言われました。
「えー、どうしよう」
発券売り場の人は「平坦な道なので、荷物があっても大丈夫でしょう」と言います。
(そうかなあ。山の中にあるお寺はそんなに甘くないのでは)と思いながらも、発車時間が刻々と近づいているため、そのまま持ち運ぶことにしました。



一両編成のワンマン運転。
母が「車両の中に電光板の料金表示があるのね。バスみたい」と珍しがっています。
「田舎に行けばけっこう見るわよ」
四国の電車を思い出しました。

出発時刻になると、電車の中は乗客でぎっしり埋まり、立っている人も大勢いました。
「次は二子玉川(ふたこたまがわ)~」みたいな駅名のアナウンスがあったので、駅名を確認すると「北方真桑(きたがたまくわ)」でした。
ふたこたまがわ、きたがたまくわ。マイクを通すと、けっこう似て聞こえるんですよ~。

乗客の年代は幅広く、老いも若きもいます。
みんな私たち親子と一緒に華厳寺に行くのかなと思っていましたが、途中の「モレラ岐阜」駅で、乗客の半数が下りていきました。
10代の学生たちは、全員降りました。
駅のそばには、郊外イオンのような大きなショッピングモール。あれがモレラのようです。
まだ朝なのに、みんなここに繰り出して、一日遊ぶんでしょうね。
あたら花の青春をね~。まあそれも青春ですけど。

● 淡墨桜と作家

車両内は、一気にシニア度が増しました。
残っているのは、華厳寺に行く人たちでしょう。
電車は、ますます自然豊かな奥の方へと入っていきます。
「この辺りの桜は、淡墨桜として知られているのよ」と母が言いました。
「伊勢湾台風で桜の木が大被害を受けた時に、宇野千代が働きかけて、復活させたのよ」
へ~、宇野千代が桜が好きで、桜モチーフのグッズを出していることは知っていましたが、実際にそういう活動もしていたとは。
「色ざんげ」の作家と言うイメージでしたが、立派だわ。



単線列車なので、本巣駅でしばし停車し、反対側から来る電車を待って、すれ違いました。
この駅に、樽見鉄道の会社もあるそうです。

電車の外一面に柿がたわわになっています。
岐阜は、日本で5本の指に入る、柿の一大産地だそうです。



本巣駅を過ぎると、ぐっと民家は減り、電車は自然の中へと入りこみます。
「遠くへ行きたい」の素朴なメロディが頭の中を流れ始めます。

● 谷汲口駅

谷汲口駅に到着すると、私達を含め、車内のほとんどの人が降りました。
なにもない無人駅の前に、華厳寺行きのバスが一台、ぽつんと待っており、降りた人は改札を出た順番のまま、全員が乗りこみます。
10分も乗らずに、終点に着きました。
バスを降りてから先の道のりは、事前によくわかっていませんでした。



そこからお寺までは、門前町の通りが続いています。
ゆるやかな坂道を、ガラガラとキャリーを引いていきます。
ほかにもキャリーを引いている人がいて、ちょっと仲間意識。

● 大きな仁王門

門前町の通りはけっこう長く、10分ほど歩いて仁王門に到着しました。
古くて立派です。



仁王像はそれほど大きくありませんが、運慶作といわれているそう。
門を抜けてからも、さらに石畳の道が続きます。



紅葉で黄色や赤に染まった、きれいな参道。
辺りの景色を楽しみながら向かいます。



参道の落ち葉も、黄色と赤が混じってカラフル。



本堂が近くなると、とたんに参道は急な石段となりました。
やっぱりそうですよね。だって山中の古刹ですもの。



ここは、西国三十三所の満願寺であるとともに、私にとって百観音巡礼の最後となるお寺でもあります。
どんなに坂がきつくても、ラストの観音様にお祈りしなくては!
謎のパワーと共に、ハーハー息を荒げながら登り、参拝しました。

● 台風の爪痕

本堂横の鐘楼の前に大木が倒れたままになっていました。
大変な状態のままの光景に驚きます。
先月の巨大台風によるものだそう。



岐阜は、台風があまり上陸しない県と言われていますが、ここまで大きなことになるなんて。
それでも大木が鐘楼に直撃せず、鐘楼の石段が少し壊れた程度ですんだのは、不幸中の幸いです。
倒木の角度によっては、本堂も破壊されていたかもしれません。
きっと観音様パワーですね~。ゴゴゴ・・・。





やはり寺社には秋が合いますね。趣深さ抜群です。

● 巡礼最後の満願寺

このお寺の御朱印は3種類ありました。
本堂(観音堂)・満願堂、笈摺(おいずる)堂を参拝した証で、現世・過去世・未来世の印だそうです。トリロジー。
そんなわけで、本堂で御朱印を頂いてから、満願堂と笈摺堂に向かいます。



西国巡礼最後の満願寺なので、巡礼者たちがこれまでまとっていた自分のおいずる(巡礼用白衣)を脱いで奉納する笈摺堂。
その他にも、金剛杖や草鞋などがびっしりと奉納されていました。
カラフルな色は千羽鶴です。



それからさらに石段を上り、本堂の奥の小高い場所にある満願堂へ。



ここで、参拝の納め札を納めました。

● 百観音コンプリート

これでとうとう、私の百観音巡りが終了しました。
夢の百観音コンプリート。
石段を踏み外さないように気をつけながらも、頭はぼーっとしています。



ここ数年間、こつこつと参拝し続けてきたため、もうその状態に慣れきっていて、全部制覇したという実感はまったく沸きません。
でも、達成感は少しずつ、じわじわと押し寄せてきます。



帰りの参道も桜並木の紅葉がきれい。
どこもかしこも明るく輝いていて、満願を祝福してくれるようです。



西国三十三所の地図。改めて眺めても、やっぱり広いですねえ。
一つ一つ思い出していくと、どっと疲れが出て動けなくなりそうなので、まだポーッとしたままでいます。



ではここで喜びの舞をひとつ(笑)。
この辺りの谷汲踊(たにぐみおどり)の格好。
地元の若人が、4mの竹で鳳凰の羽をかたどった重さ5㎏のシナイ(竹飾り)をせおい、太鼓を叩きながら踊るそうです。
迫力あるでしょうね。見てみたい~!

● 栗ぜんざいと鬼饅頭

途中の茶屋に入りました。
満願祝いだといて、母に栗ぜんざいや鬼饅頭をごちそうしてもらいました。
いただきまーす。右は、西国巡礼用のヒノキの御朱印帳です。



鬼饅頭は、名前の重さとは反比例するような軽い食感の蒸しまんじゅうでした。
私は紫芋、母はヨモギと安納芋。



それでもまだ実感が湧きません。
ただ、参道のお店に巡礼用のおいずるが売られているのを見て、(もう縁がなくなったな)と少し寂しい気持ちになります。

● たわわな柿

参道には、柿がたくさん売られています。
先ほど、鉄道に乗りながら眺めた、広大な柿農園を思い出します。



どれもおいしそうー。でも重さを考えて、買うのはやめておきました。
そろそろお土産も増えてきたことですしね。



揖斐川町のマンホールは、天然記念物のギフチョウ。
子供の頃にまるっと覚えた名前なので、岐阜の蝶だとは考えませんでした。

● 山の中の駅

帰りのバスを待って、乗り込みました。
行きのバスで一緒だった面々と再会します。



途中、車内から谷汲昆虫館と名鉄(名古屋鉄道)の旧谷汲駅が見えました。
旧駅ホームが今ではそのまま電車の博物館になっており、外に赤い電車が保存されています。
昆虫館には、もちろんギフチョウがいるそうです。

● 鮎のつり革

終点の樽見鉄道谷汲口駅に着き、先ほどと逆の下り鉄道を待ちます。
とはいえ単線なので、ホームは降りたところと一緒。
一日5本しかこないため、貴重です。



帰りの車両は、観光列車でした。
何が違うのか、すぐにわかりませんでしたが、よく見るとつり革が鮎の形をしていて、ゆらゆら揺れます。
空飛ぶ魚のようで、かわいいです。



帰りはワンマンではなく、観光列車をPRする社員、老人福祉のパンフを配る人、そして車掌さんのスリーメン体制でした。
本巣駅に着くとそのうち2人が降り、車掌さんのみのワンマンに戻ります。
またもやここで反対の電車と交差するために時間調整が行われ、5分待ちます。

帰りはやはりみんな明るい雰囲気。
巡礼地をひとつ訪れたという達成感があるし、行きとほぼ同じメンバーなので、なんとなく見知った感がでてきたところもあります。

● 織部の里

途中の織部駅に到着しました。
安土桃山時代に信長と秀吉に仕えた茶人、古田織部の出生地(本巣市)です。
へうげもの~。



この駅は「道の駅 織部の里もとす」のためにできたそう。
順序が逆ですが、モレラ岐阜駅もきっとそうだし、まあ気にしない。
織部焼の好きな母は「古田織部ゆかりの地ね」と喜んでいました。

その2に続きます。