風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

ヅカと芦屋と舞鶴へ 4-1(舞鶴)

2017-10-31 | 近畿(兵庫・大阪)
3日目からの続きです。 

● 大阪駅で迷う

最終日。この日は6時に起き・・・たはずが、目覚めたら7時でした。
どうやら前日、アラームをかけるのを忘れてしまったようです。
この日は、舞鶴にある観音巡礼のお寺に行くため、大阪から舞鶴まで日帰りで往復する予定。
行きにくいところにあるお寺ばかりが残っています。

①「7時半になんばOCAT発」のバスに乗る予定だったのですが、どうやっても間に合いません!
次のバスは、②「8:50に梅田発」です。
1時間半近く後になりますが、これで行くことにしました。

ホテルをチェックアウトして、大阪駅へと向かいます。
目的地は阪急三番街バスターミナルですが、あいかわらず土地勘がありません。
フロントの人に「阪急百貨店側です」「ヨドバシカメラがありますよ」と教えてもらいますが、そのどちらもわかりません!

「JR大阪駅の御堂筋口を出て、梅田駅の茶屋町改札口方面に行けばいい」と教えられもピンとこないまま、うろうろしながらなんとか新阪急ホテルを見つけて地下に降りると、高速バス乗り場がありました。
でもいくら探しても、関空行きの乗り場しかありません。
案内の人に聞いてみると「三番街は、そこのホテルを突っ切って右です」と教えてくれました。
ホテルを突っ切っていいの?
おそるおそるホテルの中に入ると、確かに向こう側へ通り抜けられるようになっていました。

● 立て続けにバスを逃す

バスターミナルに着き、カウンターでバスチケットを買おうとしたら「②のバスはもう満席です」と言われました。
えー、2本目にも乗れないなんて!

カウンターから離れて、ちょっと落ち着いて考えてみることにします。
この日が旅の最終日なので、便が遅れても行くしかありません。
次は③「10時半になんば発」。
(舞鶴滞在時間がぐっと少なくなるけれど、プラン的に大丈夫かな?)
(戻ってくる便を遅らせようかな?)
(梅田からなんばには、どうやったら行けるのかしら?)
いろいろ考え、プランを練り直してから、再びカウンターに行くと、
「③10時半発の便も、もういっぱいです」と言われました。

えー、まさか!? 舞鶴って、そんなに人気あるのね…。
梅田発は1日2本しかなく、次の便は17:10発。それは無理...。

7時、8:50、そして10時半発の便に、3本続けて振られて、トリプルショックに固まります。
ここまでくると“そなたは舞鶴に行ってはならぬ”という運命の力が働いているのかと思えてきます。

● 4度目の正直

フリーズしている私に、受付の人が「三宮なら、10時発の便が取れますよ」と教えてくれました。
「えっ、三宮?」「はい」
神戸じゃないですか!今いるのは大阪ですよ。
「ここから、どのくらいかかりますか?」
「阪急で一本やし、バスターミナルは駅前なので、30分あれば着きますよ」

そうなんだ~。三宮発は全く考えていませんでした。
大阪となんばでさえ、移動にてんやわんやの私ですが、大阪の人にとっては神戸は「すぐそこ」レベルなんですね~。
距離感覚の違いを実感。
そこで、④「10時に三宮発」のバスを予約し、神戸へと向かいました。

● バスに乗るため電車移動

バスターミナルで悩んでいたら、結構時間がたっており、次の快速は9時20分発、神戸三宮に9:48着です。
バスは10時には出発します。うーん、大丈夫かしら。
無事に乗れることを祈るしかありません。

駅には見知らぬ電車が停まっていました。



平日だからか、車内はガラガラです。



やっぱり阪急は好き。
つやつやのマルーン色の車体はもとより、ピカピカのホームも気に入っています。
関東にも路線が延びないかしら~。



● 三宮駅でも迷う

芦屋を越えて、初日に訪れた三宮に着きました。
電車を降りると、朝からうだるような暑さです。
駅構内の待合場所にはミストが降り注いでいましたが、ここで涼んでいる時間はありません!



何も考えずに降りたら、はるか遠くの西口から出てしまいました。
反対側から出ればよかったのに、今いる場所がどこかわからず、キョロキョロ。
迷いながら中央口側に出るまでに、5分ほどロスしてしまいました。

ここはそごう。1日目に探した場所です。



地図では、駅前のミントビルにバスターミナルがあるのこと。
(きっと地下だろう)と降りてみましたが、あるのはおしゃれなショッピングモールのみ。
あれ、バスターミナルはどこ?
発車の時間が刻々と迫っています。さすがにあせって走り出します。

市営バスの発着所に行って「ここは近隣だけだよ」と教えてもらい、戻って探して、ようやく奥にバスターミナルを発見。
案内所に飛び込み、電光掲示板の停車番号を確認します。
ラッキーなことに、乗るバスはすぐ目の前に停まっていました。
乗り込んだときは9:58。席を探して荷台に荷物を乗せ、着席するとほぼ同時に、バスは発車しました。
なんとかセーフ。初心者にはハイレベルな、ギリギリの危ない綱渡りだったわ~。

大阪・神戸~舞鶴線は、3列でゆとりある贅沢なバス。
乗客数が少なく、すぐに満席になる理由がわかりました。
この便も、空席はあと数席のみでした。

謎の負の力が働いて、乗れないんじゃないかと思ったバスに、4度目の正直でようやく乗れました。
よかった~。

● 舞鶴の軍港

動悸が収まり、緊張が解けたら、安心して寝落ちしたらしく、気がついた時にはバスはもう舞鶴まで来ていました。
バスの外にはものものしい軍艦が見えます。
わー、そういえば舞鶴って、優美な名前に似合わず軍港なんでしたっけ。

赤レンガ倉庫も立ち並んでいます。
赤レンガと言えば、横浜や札幌、小樽が有名ですが、そのどれよりも数が多くて保存状態もいい感じ。





● 東舞鶴でレンタサイクル

終点の東舞鶴駅前には、ちょうど正午に着きました。
快適な車内から外に出ると、日差しがまぶしく日射は刺すように照りつてきます。
まずは駅にある観光案内所へ。



「松尾寺に自転車で行きたいんですが、どのくらいかかるでしょうか?」と聞くと、
「自転車で…?」と、絶句されました。
「かなり遠いですよ。10キロくらいありますから」と言われて
「えっ…」今度は私が絶句します。
「ここからだと、皆さん車以外ではどうやって行かれていますか?」と聞くと、「バスですね」との答え。
でも、バスが連れて行ってくれるのは山の麓まで。
しかも、3,4時間に1本しかありません。
ちょうど12時5分発のバスが駅前に停まっていますが、それに乗ると帰りはオール徒歩になります。
どっちもきついわ。う~ん。
悩んでいるうちに、バスは行ってしまいました。

ということで、もう自転車でし行く方法はなくなりました。
レンタサイクルで、いざ出発。
暑さにすぐに音を上げそうになりますが、そうは言っていられません。

観光案内所で、地図をもらいそびれたことに気が付きました。
そのうち近隣地図があるかなと思いましたがありません。
人に聞くと「逆ですよ」と言われて、(ありゃりゃ)と方向転換。
まずは、松尾寺駅を目指します。
駅はあっても、電車は昼の時間に通らず、無人駅なのでレンタルサイクル店もありません。

そこで隣の東舞鶴駅からの出発になりましたが、誰に聞いても「遠いよー?」と言われます。
だってほかに方法がないからー。
レンタカーも考えましたが、一人で運転する自信と勇気がなくて、アナログ路線で行くことに。

● ひたすら走る

丹後街道をひたすら走ります。
行けども行けども、駅はありません。
車道沿いですが、店もほとんどありません。



途中、舞鶴高専への標識がありました。
おお、ロボコンによく出場している学生たちは、この辺りで勉学に励んでいるのね。
研究に精が出そうな環境です。

ほかに「逆さ杉」という手描きの標識があり、(逆さ杉?なんだろう?)と思いました。
あとで調べたところ、普通のまっすぐの杉とは違う、広がった変わった形の杉だそうです。→逆さ杉の紹介

松尾寺までの石碑がありました。道は間違っていないようです。



お店もなく、ただひたすら緑と道路が続くだけなので、自分がどれだけ進んだのか、よくわかりません。
バス停を数えながら進んでいくと、ようやく松尾寺のサインが見えました。



どこかで時報が鳴ります。1時です。
自転車を借りてから1時間近く、乗り続けていることになります。
まだ先は長いです。これは大変だわ。

さらに進んでいくと、バス通りからそれてお寺へ向かう道がありました。
ここからは3kmの山道コース。少しでも自転車で進んでおきたいところですが、ギアチェンジも何もついていない自転車なので、登り坂が続くと脚が動かなくなり、早々にギブアップ。
道端の草むらに自転車を停めて、そこからは歩いて登ることにしました。

● 歩きで山登り

しかし、この時点ですでにかなり消耗しています。
自転車よりも、容赦なく照り注ぐ日差しの強さと蒸し暑さに参っています。
ちょっと休憩を取りたいところですが、そんな場所はなく、予想以上に時間がかかっているため、なるべく早く登りたい気持ち。

ここはずっと舗装が続く車道なので、御無体な傾斜はないはず。
とはいえ上り坂はきつく、さらにカーブが続くため、登っても登っても先が見えません。
どこまできたのか、あとどれだけあるのか、何もわからないと、モチベーションを保つのが大変。

道中の画像がないのは、写真を撮る心の余裕が全くなかったためです。

ひたすら登り続けますが、ゴールが見えないまま、体力だけが失われていきます。
いよいよ気力体力の限界に近づいてきました。
この前の滋賀のお寺でやったように、またもやヒッチハイクをしようかという気持ちになります。
普通は(そんなこととてもできない)と思いますよね。
普通は私もそうですよ。ただ人は限界状態になると、なりふりかまっていられなくなるのです。

● 気力体力の限界

ここはお寺に行く一本道。通りかかるのはきっと同じ巡礼者でしょう。
苦労がわかる者同士、普通の道よりもぐんと頼みやすいです。
「同行二人」ならぬ「同乗二人」。
ところが、車がまったく通りません。
この日は月曜日。平日だからでしょうか。

斜面を道に沿って歩くこともできなくなり、斜め歩きをしながら右に左にふらふらと登って行くと、しばらくして、下から車の音が聞こえてきました。
あっ、車が来るわ!

それでも、土壇場になって車を停める勇気が出ず、ただ突っ立って見送ってしまいました。
残っていた理性が邪魔をしたようです。う~ん。
でも、道の先を見上げても、まだまだ先は見えません。
やっぱり乗せてもらえばよかったかな…。
そう思っていると、再び背後から車の音がしました。
あっ、もう一台来る。
今度も立ち止まって、やってくる車を見ます。
(どうしよう~)とまだ決めかねていると、運転している人とバッチリ目が合いました。
「えっと、なにかな?」と目で語りかけてきます。
いい人そうなので、肚を決め「すみません!」と手を挙げて、停まってもらいました。
(注:これは自己責任です。よいこは自分で判断してね)

● 同乗二人

お願いして、車に乗せてもらいます。
よかった~。
乗せてもらってしばらくは息切れが止まらず、呼吸が落ち着くまではまともに会話ができない状態でした。
思ったよりも体力が消耗していたようです。

「一人でお寺に?歩いて?」と聞かれます。
「どこから歩いてきたの?」これは説明のいる質問です。
「東舞鶴で自転車を借りて、麓からは歩いてきました」
「自転車で麓まで?遠かったでしょう」
「ハイ…」

自力でかなり登ったつもりでいましたが、まだまだ坂は続き、さらに急斜面にさしかかります。
これはあかんかったわ~。乗せてもらって助かったわ~。
乗せてくれたおじさんは「実家がお寺のそばにあって、車を交換しに来たんや」と話してくれました。
「参拝ではないんですか」
「この山には鹿やタヌキがいてな、よう出てくるよ。時々熊もな」

舞鶴といったら港のイメージですが、周りは山また山。
緑深く、自然がいっぱいです。



山は、登るにつれて傾斜が強くなっていき、息詰まるようなせり上がりの果てに、お寺に着きました。
乗せてもらえて、本当に助かりました。
お礼を言って降りようとすると
「これから車を交換するだけだから、帰りも乗せていってあげられるけど?」と言われました。
帰りのことは、まったく考えていませんでした。
「行きも帰りもでは、あまりにご迷惑をおかけすることに…」
「いやいや、どうせ降りるんだし一緒や。今度は軽トラになるけどそれでもよければ」
「では、済みませんが、また乗せていただいてもいいでしょうか?」
「じゃあまたここでね」
神も仏もない、と言いますが、実際にはいると思います。
ありがたい約束をさせてもらい、お寺を参拝しました。

● 西国第二十九番札所 青葉山松尾寺

松尾寺の石段を上がると、仁王門。
仁王門の中には仁王様が・・・いませんでした!写真が飾られていました。
本体はどこかで修復中でしょうか。→関連記事「阿吽」金剛力士立像 解体修理終え2年半ぶり再会



振り返って裏側から見た仁王門



仁王門の先にまた石段。



本堂に着きました。歴史ある古刹です。



ここは33ある西国観音霊場巡礼でただ一つ、馬頭観音がご本尊のお寺。



昔はこんな山の上にまで、馬が通っていたんですね。




実は私、御朱印帳を忘れてしまいました。
朝のドタバタで、ホテルに預けた荷物の方に入れっぱなしで来てしまったんです。
気づいた時からずっとブルー。

住職にいかめしく「紙ではお分けしません」と言われたら、どうしましょう。
お寺は住職ルールで動いており、それに従わなくてはなりません。
またこのお寺まで来なくてはならないの…?



社務所でおそるおそる聞いてみました。
ご住職は耳が遠いようで、「え?」「え?」と何度も尋ねられます。
言いづらいことでしたが、大声で説明すると「じゃあ紙にしますね」と言ってくれました。
ありがとうございます~(涙)



西国霊場を徒歩で巡礼しきった記念碑。
ここの先代住職が成し遂げたそうです。
すごいわ~。この山ひとつも自力で登れなかった私にとって、見習うべき体力です。

● 下りは軽トラで

参拝を済ませ、やってきた軽トラに乗せてもらいました。
運転手はもちろん、先程のおじさんです。
先ほどはゼイゼイと息も絶え絶えでしたが、参拝している間に、世間話ができるくらいまで体力が回復していました。
でも下りは、びっくりするくらいにあっという間。
「あそこに自転車を停めたので…上りも下りも乗せて下さり、本当にどうもありがとうございました」とお礼を言って降りようとすると、おじさんは
「そうだなあ・・・これ、軽トラだから、自転車を荷台に乗せて東舞鶴まで送ってあげるよ」と言ってくれました。

え?
びっくりします。
「いえ、そこまではご迷惑かけられません」と言うと
「自分も東舞鶴に帰るから、大丈夫」とのこと。
「自転車に乗って、東舞鶴駅まで行くんでしょう?よければ乗っていけば?」
なんという、夢のような申し出でしょう。
ありがた~く、乗せていただくことにしました。
「軽トラで良かったね、ハハハ」とおじさん。

● 駅まで軽トラで

自転車に乗り換えて、さすがにここからは自力でがんばろうと思っていましたが、なんというセレンディピティでしょう。
朝、バスに3本乗れなかったのは、このためだったのかとさえ思えてきます。

バス通りに合流しました。辺りには何もありませんが、割と交通量は多い道路。
ここはほとんど福井との県境に近く、敦賀まですぐ。
この辺りには原発が2つあるため、トラックがたくさん通るそうです。

途中、チェーン着脱所があったので、雪は結構降るのか尋ねました。
「以前ほどではないけど、松尾寺の辺りでは40cmくらいは積もる」ということでした。

おじさんは、東舞鶴駅から徒歩3分の場所に住んでいるとのこと。
「東京や横浜にも、仕事でときどき行くよ」とのことです。
水がきれいな舞鶴には、京都や大阪から海水浴をしに来る人が多いんだとか。

「またあらためてきた時には、町を案内してあげる」
こちらが御恩返しをしなくてはいけないのに。最後まで、何から何までありがたい方です。
駅に近づくと、「大門三条」「大門七条」という交差点が目立ちます。
「京都と一緒で、町が碁盤の目になっとるんや」
九条まであるそうです。



舞鶴は東と西があるんですね、と話すと「まとまっていればいいのに、両方に分かれているから、ぼやっとしている」とのこと。
西は城下町、東は軍港と、カラーが違うようです。

駅前まで送ってもらいました。荷台から自転車を下してもらい、散々し尽くしたお礼を言います。
「元気でね~!」
今回の参拝で積んだ私の分の徳が、そっくりあの親切なおじさんに行きますように(。-人-)

その2に続きます。



ヅカと芦屋と舞鶴へ 3-2

2017-10-30 | 近畿(兵庫・大阪)
その1からの続きです。 

● 業平橋

芦屋川沿いを散策中、業平橋という橋がありました。
東京の墨田区に業平橋があるので(ここにもあるのね)と気になります。
以前は業平橋駅もありましたが、「とうきょうスカイツリー駅」に名前が変更。
風雅な名前だったのにー(ぶつぶつ)。

ここは在原業平が活躍した京の町に近いので、ちゃんとした由来がありそう。
近くに歌碑があると聞き、川沿いの遊歩道を探してみましたが、見つかりません。
暑い日なので、やみくもに歩き回るのはきついし、おハイソな町なので、不審人物だと通報されたら大変。
近くに交番を見つけたので、聞いてみることにしました。



● おまわりさんと電話

業平橋交番の中は無人。電話をかけるようにとの案内に従って、ダイヤルを押すと、すぐにどこかにつながりました。
(ここの駐在さんでないとわからなさい、小さなことじゃないかな?)と思いながら「この交番のそばにあるという、在原業平の歌碑を探しているんですが」と聞きました。
心配していた通り「は?なんですか?」と聞き返されてしまいました。
「在原業平の歌碑を・・・」「え、なんだって?」
業平、知られてない・・・。

イタズラ電話だと思われたかしら。
業平の思わぬマイナーぶりにびっくりしながら、それから5回くらい「ありわらのなりひら」と繰り返しました。
こんなに彼の名前を連呼したのは初めてです。
呪文みたい。アリワラノナリヒラ。アブラカタブラ。
この一連のやり取り、結構恥ずかしいものがありましたが、電話口のおまわりさんの方も、忍耐が要ったことでしょう。

おまわりさんは本当にわからないらしく「折り返すので、電話を切って待っていて下さい」と言われました。
ということで、無人の交番の中で一人、電話を待つことに。
締め切っていた中が蒸し暑いので、窓を開けて換気をします。
道路沿いなので、信号待ちの車の人たちにじろじろ見られました。

なかなか電話は鳴りません。
(あ~、面倒なことを聞いちゃったかな)と後悔しつつ、さりとてそのまま帰るわけにもいかずに待ち続けていると、そのうち電話が鳴りました。
黒電話の音、久しぶり~。今では朝ドラなどでしか聞かなくなりましたね~。

「先ほどの件、わかりましたよ」(わあ、さすがポリス!)
「川沿いの道をJRの方面に歩いていってください。じきに右手に、なんだか緑の多い場所があります。そこにあります」
(なんだか緑の多い場所?)
「ええと、そこは公園ですか?」「公園ではありません」
じゃあなにー?

「じゃ」と切られる前に、急いで「もう一つ聞いてもいいですか?」と尋ねました。
「もう一つ・・・?」と、明らかに警戒している電話向こう。(おまわりさん、イヤがらないで~)
「アンリ・シャルパンティエの本店は...」と言いかけたら、ほっとした声で「ああ、警察の向かいにありますよ」と、今度は即答してくれました。
「ええと、ここは交番ですよね?」
「川を阪急方面に向かうと警察署があるので、そこを曲がるとすぐです」
「ありがとうございます!」

● 交番から警察署へ

まずは、歌碑を発見。
「世の中にたとえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
有名な歌でした。



たしかに"緑の多い場所"でしたが、ちゃんと松乃内緑地という名前がありました。
公園と緑地って、どう区別するんでしょうね?遊具の数とか?

次に警察署を探します。
折り返し電話を待つ間、しばらく占領していた先ほどの交番。
あのサイズに馴染んだ目にはビックリの、ピンキリというか、雲泥というか、まるでちがう大きな建物が芦屋警察署でした。



重厚でクラシカルな、素敵な建物です。
先ほどの電話は、ここに繋がっていたんでしょうね。どうもお騒がせしました~。

● 芦屋のアンリ

向かいには、アンリ・シャルパンティエがありました。
信号待ちの女性が「今アンリの前」と電話で話をしていました。
おお、地元の人はアンリと呼ぶのね~。さすがは芦屋生まれ。
関東では、ついぞアンリ呼ばわりする人に会ったことがありません。
みんな、毎回フルネーム呼びです。(私はいつもちょっとドキドキしながら)

実際に行ってみた本店は、瀟洒なたたずまい。
思ったよりも、ずいぶんこぢんまりとしていました。
それがまたいい感じ~。



ここでお茶にしようかと思いましたが、カフェは満席だったので、パスします。
スイーツを買うと、「芦屋本店」のシールが貼られてきました。



● ローゲンマイヤー

お店を出ると、交差点向かいにはRoggenmeyer(ローゲンマイヤー=麦の人)がありました。
見たことがないパン屋さんですが、いい雰囲気です。
あとで、阪神地域では誰もが知っている、芦屋が本店の無添加のパン屋さんだと知りました。



入ってみると、美味しそうなパンがずらりと並んでいます。
ここでフレンチトーストとラスクを購入。
香ばしくておいしかった~。関東に出店したら、買いにいこうっと。



● 尼崎トラップ

この日は、大阪の天王寺のホテルに移動します。
阪神電車に乗り、尼崎で乗り換え、西九条でJRに乗り換えると終点。
聞く限りでは楽そうですが、土地勘がないとそう簡単にはいきません。

尼崎では、誰かにすごまれないかとビクビクしながら電車を降ります。(こわがりすぎ~)
JRに乗り換えようとしましたが、連絡通路がありません。
(反対側の出口に降りたのかな)と思って駅員さんに聞くと「JRは、ここから3キロくらいありますよ」
(そんなはずないでしょー)と思いますが、どうも話がかみ合いません。
じきに、私が尼崎を西九条だと勘違いしていたせいだと判明。

尼崎ではJRではなく、阪神本線から阪神なんば線に乗り換えるんでした。ややこしや~。
(この人また迷いそう)と恐らく察しただろう駅員さんに、懇切丁寧にルートを教えてもらいました。
まるでわかってなくて、すみませーん。
こわくない尼崎体験でした。

再びホームに戻り、なんば線で西九条に行き、JRに乗り換えて天王寺へ。
あべのハルカスがある辺り。ここも都会ですね。
環状線の梅田と天王寺は、山手線の東京と新宿のような感じでしょうか。

● 日暮れのセルロイドシティ

チェックインして部屋で休み、少し日が陰るのを待ちました。
夕方になってから、辺りの散歩に繰り出します。

わあ、きれい。
ビル群が夕焼けを浴びて赤く浮かび上がっていました。
ふいに、KANの「セルロイドシティも日が暮れて」という歌のタイトルを思い出します。
肝心の歌は、すっかり忘れてしまっていますが、切ないいい歌だったはず。



フロントでもらった近隣マップを見ながら、天王寺公園に行きました。
あべのハルカスは大きすぎて、近くからだと全く写真に入り切りません。



公園の中央に位置する、大阪市立美術館。
とても立派です。横浜美術館より大きいかも~。歴史はこちらの方がはるかに古いでしょう。



● 憩いの天王寺公園

天王寺公園は、とても広々としています。
東京で行ったら、日比谷公園のような感じでしょうか。
でもこちらの方が、起伏があって変化に富んでいます。



赤い欄干が池にかかっていました。日比谷公園にはないなあ。(比べすぎ!)



● カラフル通天閣

通天閣がきれいにライトアップされています。
眺めていると、色が赤、青、黄、緑と4色に変わっていきます。
こんなにカラフルなんですね~。







公園内に「新世界へ」「動物園へ」という道しるべがあって、(おお~)と足を停めました。
「新世界」というとドボルザークの交響曲第9番、「動物園」というとサン=サーンスの『動物の謝肉祭』を思い出します。
音楽的になかなかニギヤカな界隈。
サンサーンス(動物園)の上の通路を通りましたが、とても静か。
もう日も落ちて、動物たちはみんな眠りはじめるころなのでしょう。







てんしばゲートから望む、あべのハルカス。





● ネオンの新世界

そこからドボ9(新世界)の方へ行ってみます。
かに道楽かと思ったけれど、よく見たらタコでした。
たこ道楽?



夜になり、ネオンがまぶしく輝きだしています。





づぼらやのフグも、元気に空を泳いでいます。



正面下から仰ぐフグちゃん。なかなかのシンメトリー。



この前初めて訪れた時には、場の空気に気圧されて近寄れなかったお店に接近しました。
デカ盛りのお店です。オウ、クレイジーネー!



● 浪速の人々

8月の日曜日ということで、とても混んでいて活気があります。
「忖度まんじゅう」を発見。突如注目を浴びたマジックワード、忖度。
話題のものをすぐに商品化するところは、さすが浪速の商人やな。



人混みが途絶えた一瞬のタイミングを狙って「今だー!」と通天閣前に群がった人々。
集合写真を撮ってあげる、お店の人の体勢がすごかったです。
通天閣を入れるためにギリギリ地面に寄せて!
瞬時にこのポーズがとれるのは、普段やり慣れているからでしょう。
外国人観光客も、彼のことを写真に撮っていました。



ジャンジャン横丁を歩くのも、2回目ともなると度胸がついてきましたよ。
ん?モーニングセットが生ビール!?
ひえぇ、ディープですねー!(お安い!)



将棋・囲碁会館の前を通りました。
ジャンジャン横丁はちとこわいですが、ここのレトロな雰囲気が好きで、やってきました。



囲碁も将棋もできない自分は、外から眺めるだけ。
でもこういう昔ながらの場所は、ずっとあり続けてほしいですね。



この日、東京は割と涼しかったそうですが、関西は風があったものの、暑い一日でした。
ホテルに戻り、翌日に備えて、夜はゆっくり休みました。

4日目に続きます。



ヅカと芦屋と舞鶴へ 2・3-1(芦屋)

2017-10-27 | 近畿(兵庫・大阪)

1日目からの続きです。 

● おハイソな街

2日目と3日目は、終日芦屋大学で開催される学会に参加します。
朝、電車を乗り継いで芦屋駅に行きました。
芦屋といったら、天下にとどろくおハイソな街。
ここで降りるのは初めて。ちょっとドキドキ~。



川沿いを散歩している住民の方がいました。
川へと下る階段も、お上品に見えます。
平民の目には謎のフィルターがかかって、ここのものはなんでもおハイソに見えてしまうようです。



● 芦屋大学

駅と大学を往復する大学バスに乗りました。
急な坂をぐいぐい上った先にある、真っ白な建物群。
芦屋大学です。



屋上に誰か立っていますが、自殺志願者ではありません。
創始者の銅像が、まっすぐこちらを見下ろしていました。
お、お邪魔しまーす。



高台にあるキャンパスからは、海がよく見えました。

● MCMLXIV?

構内の壁にかかっていた校章は、ラテン語で書かれていました。
MCMLXIVってなんだと思います?
これは年号をローマ字で表わしたもので、1964年という意味です。
大学創業の年ですね。(数字でいいのに...と平民は思う)



高級邸宅地の中にあるこの大学は、周りに食事ができるような場所はありません。
ランチは学食で。学会スペシャルメニューがありました。

午後の会には学長も登場し、体育会系の熱いお話を伺いました。
芦屋大学は、入試よりも人間性を重視し、情操教育に力を入れている独特の学校。
全学生数は800人少し。小ぢんまりとしていますが、立地からもわかるように、良家の子女が通うところです。
フェラーリ通学する学生もいるそうですよ。



● 白亜の大豪邸

こんな機会でもないと、これまでもこれからも縁がなさそうな学校。
休憩時間には、気分転換を兼ねて構内探検に繰り出します。
ところがこの大学、坂の斜面に立っているため、なかなか複雑な造り。
1階からエレベーターで6階まで上がったはずが、別のエレベーターに入ると6階ではなく1階になっています。
あれれ?
長い廊下を歩いていると、学長室がいくつもあります。
あれれ?忍者屋敷みたい。

学内のどこもかしこも白くて、窓は大きめ。
「鏡が多い学校だね~」と驚く先生もいました。
つまり、大学全体が白亜の大豪邸のようです。



さらに大学内のそこかしこに、無数の絵画が飾られていました。
フランス印象派風の絵の横に、アンディ・ウォーホール風のポップな絵。
えっと、ここは美術館ですか?



この日のプログラムが終了し、帰りのバスを待っていると、講堂から「ハイ!ハイ!」という女性の掛け声が。
チアリーダーが練習をしていました。本格的!

● ここは六麓荘

帰りのバスに乗り、外を眺めました。
ここは全国に名をとどろかす高級邸宅街、六麓荘(ろくろくそう)。



住宅街じゃないんですよ、邸宅街なんですよ。
町内の区画地図がありました。町内会費は50万円ですって。0の数多すぎ~!





散歩をしている犬まで、おハイソに見えてきます。
私の住めないところに君は住んでいる…。(こじらせすぎィ!)
通るのは、セントバーナードのような大型犬ばかりでした。(バスから撮ったのでブレていて済みません)

● きれいな夕焼け



バスから降りると、もうあたりは暗くなりかけていました。
趣のある、夕方の教会。





1日いい天気だったようで、夕焼けがきれいでした。
おハイソづくしでテンションが上がりまくりでしたし、最前線の研究をいろいろと学んで頭が飽和状態になっていたので、この日も早めに寝ました。

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● 学会2日目

3日目。この日も朝から芦屋大学へ。
駅を降り、前日と同じ川沿いの場所で大学行きのバスを待ちます。
この日も朝からいい天気。



早めに着いたので、辺りを少し散策しました。
芦屋川には段差があり、きれいな滝になっていました。
平民の眼には、全てがおハイソに見えるフィルターがかけられているようです。



この日はオープンキャンパスデー。
昨日よりもバスは混んでいました。
芦屋の丘への道は細くて急勾配。道の両脇には豪邸が並びますが、バスが近すぎて全景を撮れません。



● 創始者の銅像

前日よりも天気がよく、大学からはるか遠くまで見渡せます。
手前に見えるのは創始者の銅像です。
仁王像のように来る人を威嚇しているのかと思いきや、海の向こうに目を向けているんですね。



お昼は再び学食で。
日曜日なので、この日のメニューは、カレー定食のみでした。



午前・午後と参加して、2日間の学会が終了。
前の日よりも少し早めに終わりました。

● 町を散策

駅に戻り、町の散策に繰り出しました。
芦屋のマンホール。
市の木のクロマツが波打ち際に描かれたデザインです。



昨日も見た教会はカトリック芦屋教会といいます。
明るいと、こんなにカラフルなんですね。



中に入ると、広々とした礼拝堂にシャンデリアがかかっていました。



教会の近くに、ドームのような建物がありました。
芦屋公光(きんみつ)郵便局と書いてあります。
これで郵便局ですって!モダンで中が気になるわ~。
でも日曜日なので、開いていませんでした。



● 芦屋にウルトラセブン

なんだか、町のあちこちにウルトラマンのポスターを見かけます。
8月27日に、ウルトラセブンが芦屋に来るそう。
あれ、この日じゃないですか。
どこにいるの?なぜ来たの?



今年、市制77周年を迎える芦屋市。
50年前に、TV番組『ウルトラセブン』のロケ地になったことにちなんだ、イベント「ウルトラセブン 芦屋へ」だそう。
市内ロケ地を回るスタンプラリーが行われ、この日はすぐ近くの小学校でウルトラヒーローショーが行われたそうです。
先程訪れたカトリック芦屋教会でもロケが行われたとのことでした。

知っていたら観に行ったのに~。(学会は?)
その2に続きます。



ヅカと芦屋と舞鶴へ 1-2(宝塚)

2017-10-26 | 近畿(兵庫・大阪)
その1からの続きです。 

● 犬のシンシア

丹波線快速に乗って30分ほどで、再び宝塚に着きました。

改札のそばに、犬の銅像を発見。
(犬の像といったら渋谷のハチ公かビクターのわんこでしょう!)と思いますが、ここにいたのは「シンシア」という犬でした。
身体障害者補助犬法の成立のきっかけとなった介助犬で、ドラマ化されたそう。もっと知名度が高くてもいいかも。



● 乙女の夢の町へ

駅員さんに、観光案内所の場所を聞いたら「ないんですよ」と言われてびっくり。
宝塚にはあるだろうと思っていたのに。
ここはヅカファンの町で、観光客は実はそんなに訪れないのかしら?
そこで駅員さんに、町の地図をもらいました。



友人に案内してもらった時のことを思い出しながら。
暑いけれど、乙女の夢の町は変わらずロマンチックに包まれています。



駅の前にはミルクチョコレートのような色をした銅像がありました。

● ベルサイユのばら

周りの花壇に植えられているのは、ベルサイユのばら!
季節ではないので花は咲いていませんでしたが。



「ベルサイユのばら」っていう品種があるんですね〜。知らなかった!



古くからやっているような焼き餅屋さんにも、宝塚のポスターが貼られています。

● スミレの園

記憶をつたって花の道を歩いていき、宝塚大劇場の大きな建物の前に着きました。



kの殿堂の中に、乙女たちのめくるめく夢の舞台があるのです。



中に入ると、宝塚の衣装とメイクができる場所がありました。
有名どころでは、オスカル、フェルゼン、エリザベート、トートの衣装など。
壁にずらりと貼られた衣裳写真を眺めている私の横をすり抜けて、4名の女性が中に入っていきました。
みなさん、なにに扮するのかしら。全員マリー・アントワネットかしら。



お土産コーナーにはスミレ柄の小物や「清く正しく美しく」と書かれた手ぬぐいなど、いろいろなグッズが売られています。
以前みかけた、各組のトップスターのプロマイド写真つき缶入りお菓子が欲しかったのですが、もう売られていませんでした。
トップスターも変わったでしょうからね。

● つばめのおうち

建物を出たところに「上につばめのおうちがあります」という標識がありました。
つまり「上からの落としモノがあります。頭上注意」ということですが、そうは書かないんですね~。
巣じゃなくておうち。なんてお上品なスミレの園なんでしょう!



● イリマチの現場

建物に沿って歩いていくと、スタッフ用入口の前に、女性が4名並んでいました。
でも誰も入口の方を向いてはいません。
みんな、斜め前の道路の方を向き、一人一人がカメラを構えて無言で立っていました。
緊迫した空気が張り詰めており、かなり独特な雰囲気に、思わず立ち止まりました。



すると、道路の方からパタパタと10名ほどのグループがやってきました。
グループの中に、ひときわスリムで黒づくめの人がおり、みんな、その人を囲むように歩いてきます。
立っている女子4人は、この人を待っていたんだ、とわかりました。
入り待ちね!



黒づくめの人はまっすぐスタッフ用入口に向かい、ほかの人たちは、みんな早足で、立っている4人の手前に行き、中腰になりました。
つまりこの人たちも、入り待ちのファンの方々。
全員が無言のまま、無駄のない動きをしています。
みんなの視線は、黒づくめの人を追っています。



黒づくめの人は入口ドアの前で立ち止まり、入り待ちファンの方を向いて「じゃあ、行ってきまーす」と言って、手を振って見せました。
この日の舞台に出演するタカラジェンヌなんでしょう。



返事はありません。みんな無言で、撮影しまくっており、シャッター音だけがカシャカシャと響きます。
え~、ファンなのに、お返事せずに写真を撮っているるのー?
コミュニケーションが成立してない不思議な光景に、さらに驚きました。



いつものことのようで、タカラジェンヌは全く動じる気配はありません。
彼女が建物の中に入る時に、ようやくみんなカメラを下ろして黙って手を振りました。
彼女がいなくなっても、全員そこからぴくりとも動きません。
えっ、どうして?

この人たち、ずっとここにいるのかな?と思っていると、あるタイミングでみんな夢から覚めたようにスタスタと歩き出し、バラバラに散っていきました。
おそらく、建物の中に入った彼女の姿がガラスの扉越しに見えなくなるまで、お見送りしていたのでしょう。

ファンの人たちは大勢いたのに、最初から最後まで、誰ひとり一言もしゃべりませんでした。
キャーキャーいう人はもちろん皆無。
入り待ちって、そういうものなの?
日比谷の宝塚劇場前でも、ヅカファンの一糸乱れぬ統制された入り待ちぶりを眼にすることはありますが、この世界のルールを知らないので、すべてに驚くばかり。

私が初めて「出待ち」の言葉を知ったのは、高校生の頃でした。
ええ、京都の出町柳よりも先に知ったデマチでしたね。
東京宝塚劇場の公演を観た後で、ヅカファンの友達が出待ちしたいというのにつきあったのです。

私にとっては東京の宝塚の方が身近ですが、やっぱりここが本家本元。
ヅカの聖地でリアルなイリマチの現場をまのあたりにできて、テンションが上がりました。

● テヅカワールド

宝塚では、道路のマンホールも、スミレ。スミレの花咲くころ~♪



5分ほど歩いた先には、手塚治虫記念館があります。
夢の国の近くに別のドリームワールド。



大きく、威風堂々とした火の鳥の像が入り口にいました。
わー、かっこいい~!
人間が焦がれてやまない火の鳥と対面する時がくるなんて、感激!
迫力とりりしさとかっこよさに、もうクラクラしちゃいました。





今は初音ミクとのコラボ展をやっているようです。



● 手のひらの上の女性

武庫川にかかる宝塚大橋のたもとには、タカラジェンヌたちがスミレ色の青春を送る宝塚音楽学校 (TMS)があります。
その前には手のひらの上で女性が踊る銅像がありました。
お釈迦様の手の中から逃げられない孫悟空みたい。



「愛の手」というタイトルなので、守ってあげているんですね。
この辺りの武庫川は、噴水やウッドデッキがあり、河川敷が整備されています。



● 黒づくめのづか乙女

川沿いを散策したかったのですが、炎天下のウッドデッキを通るのはあきらめて、もときた花の道を戻ることに。
劇場前に戻ると、中からさっと一人の女性が出てきました。
黒づくめのスリムな人ですが、先程の入り待ちの時の人とは違う感じがします。
帽子を深くかぶり、颯爽と前を歩いていきます。



本番前にふらりと散歩に出たタカラジェンヌじゃないかと思いますが、すれ違う人は無反応。
ヅカファンなら、後姿でも誰かわかるのかしら。
それともみんな、ごひいきの人以外はチェックしないのかしら。
彼女は銘菓「づか乙女」のお店の前を通り、建物の奥へと姿を消していきました。



● 手塚アニメの絵

道沿いには、アトムやジャングル大帝といった懐かしの手塚アニメの絵が埋められていて、ウキウキします。







● 早目に宿へ

夢の国のマジカルパワーをふんだんに浴びたせいか、なんだかモウロウとしてきました。
というより、一番暑い時間帯に外を歩いていたせいでしょう。
ここのところ仕事がたてこんでおり、2週間休日なしでした。
この日が久しぶりの休日。疲れがたまっているため、熱中症にならないよう、散歩を切り上げて宿に向かうことにします。
朝からなにも食べていないので、血糖値も下がっているのかもしれませんが、まずは部屋でくつろぎたかったので、まっすぐホテルにチェックイン。

部屋に入って少し眠り、クールダウンしました。
この日はもう外出する気にならず、部屋の中で過ごします。
それでも播州清水寺のほか、宝塚でスミレの園と世界のテヅカの聖地巡礼ができました。
(宝塚と手塚、どちらもヅカつながり!)

この前神戸を訪れた時には、長田で鉄人28号の像を見ました。
宝塚は手塚治虫、長田は横山光輝の故郷。
兵庫は漫画界の大御所二人を世に送り出した、アニメにゆかりの深い場所ですね。

● ヅカみやげ

ゆっくり休み、元気を取り戻してから、宝塚で買ってきたものを開けてみました。
男役と女役の部屋をイメージしたと2種類の香り袋。
両方とも、たしかにヒーローとヒロイン、それぞれがつけているようです。
香りのイメージって大切!



トップスターのプロマイド缶の代わりに、クリスピーチョコクッキーを買いました。
キラキラしていて、ヅカっぽいですね。
神戸・ゴンチャロフのお菓子なので、間違いなくおいしいはず。



チョコとホワイトチョコの2種類の味が入っていましたが、どちらの味も、袋はヒーローのイラストでした。
ヒロインの絵はありません。つまり袋の中はメンズだらけ!
つくづく、男役って人気があるんですね~。



2日目に続きます。



ヅカと芦屋と舞鶴へ 1-1(相野)

2017-10-25 | 近畿(兵庫・大阪)
● prologue

夏の終わりに、兵庫に行く用ができました。
これは、西国観音巡りができるチャンス!
巡礼は、じわじわとコマを進めて、残すところあと4つとなりました。
簡単には行けない場所にあるところばかり残っているため、よく計画立てなくてはなりません。

今回の旅のルートはこんな感じ。

今回はオレンジの線ぞいに動きました。
(この日はカメラの調子が悪く、普段以上に画質がよくありません。あしからず)

● 神戸散策

新幹線を新三宮駅で降りてから、三宮に移動します。
電車の時間まで町を散策しました。
駅の周辺だからと地図を見ずに、線路に沿って歩いて行きます。

生田神社の参道、生田ロードに差し掛かりました。
海の方へ方向変換し、シックですてきな雰囲気の人たちが歩いていく方向に向かって行くと、旧居留地に差し掛かりました。



町全体がシックなファッション街となっていて、おしゃれな雰囲気が漂っています。
レトロな電話ボックスがありました。
横浜には、外人墓地の傍に一つあるのを知っているきりです。
うーん、全体的になんだか差があるわ~。



この辺りで地図を確認すると、知らない間に駅から結構離れたところまで来ていました。駅に戻ろうとしましたが、神戸三宮駅はJR、阪急、阪神とあり、それぞれが微妙に離れているんですね。
駅に戻るのに勝手がわからず、ちょっと混乱します。

急いで駅に戻らないと、在来線が出てしまう時間なので、あせり出します。
混乱したまま人に道を聞いたら「そごうを目指していって、地下に潜れば駅があるから」と教えてもらいました
あっ、そごうみっけ。



地下に潜るとあったのは阪神の改札。阪急のホームはさらに遠く、最後まであせりましたが、乗りたい電車にはなんとか間に合いました。

● 阪急と丹波路快速



いつみても変わらず美しい阪急マルーン色。
西宮北口駅に着きました。
そういえば、三宮と西宮ってあるんですね。
二つの区別があまりついていません。三宮より東にあるけど西宮?
京都の西ということなんでしょうね。

門戸厄神前を通り、宝塚まで。
二つの会社の駅が並んでいる、ここでJRに乗りかえます。

宝塚までは来たことがありましたが、ここから先は見知らぬ場所になります。
見る見るうちに、窓の外は家が減り、反対に畑が増えて、ぐっと田舎の風景になっていきます。
30分近く乗っていき、相野駅で降りました。

● 神姫バス

目下、西国巡礼のお寺に向かっているところですが、まだ目的地ではありません。
ここから、さらに神姫バスに乗り換えます。
「かみひめ」ではなく「しんき」と読みます。
神秘的な名前のようですが、神戸と姫路を走っているバスということでしょう。
前に姫路駅から一乗寺に行く時にも、このバスに乗っています。

今回は1日2本しか走らない貴重な路線なので、なにがなんでも乗り損ねてはなりません。
座席後部についている降車ボタンは、初めて見ました。
ありそうでなかったー。



● おしゃれマダムたち

バスに、続々と人が乗りこんできました。
「婦人画報」とか読んでいそうな、夏服のお上品なマダムたちがたくさん。
みんな巡礼をしているんでしょうか?
とても混んだ状態で出発しました。



もう十分郊外に来ていますが、バスはさらに山の方へと向かいます。
途中、モダンデザインの建物がありました。
兵庫陶芸美術館だそう。



おしゃれマダムたちは、ここで一斉に降り、みんな、私を一瞥していきます。
「あれ、貴女は降りないんですの? 眠っているのなら起こしてさしあげてよ」という感じで。

そう、私は残るのです~。
バスに残った女性は私と一人のおばあさんのみ。
本当にシニアな人たちばかりになりました。

おや、なんだか車内に乾きもののにおいが立ち込め始めましたよ。
前席のおばあさんが、空いたからとさきイカの袋を開けて、食べ始めていました。
ローカル!

次にバスはこんだ薬師温泉前に停まり、そのおばあさんは降りていきました。
県内では有名な温泉なんだとか。



● 残るは紅一点

さて、これで乗客は6名。私以外はオール男性です。
いよいよガチにお寺巡りが目的の人ばかりが残りました。

さらにどんどんバスは山の中へ。
「清水」というバス停になり、「歩いて参拝する方は、ここで降りて下さい」とアナウンスが入りました。
ここから参道を歩いて行く人もいるのでしょうけれど、誰も降りません。
すると運ちゃんが「ここからお寺の敷地内に入ります。ちょっと人数を数えさせてください」と言って、おもむろに後ろを向き、座席の私たちを数えはじめました。
「いち、に、さん・・・6人ですね」



じきに、高速料金所のような場所にさしかかりました。
京都の善峯寺にも、こんな車用の入口がありましたが、そこは入山料ではなく、駐車料金を払う場所でした。

ここの料金所には、お寺の名前が書かれていて、本格的です。
一人500円の入山料を、運ちゃんがまとめて払いました。
観光バスでもないふつうの路線バスなのに、そういうことをしてくれるんですね。
次が終点。降りるときにバス代と入山料を一緒に払うシステムでした。



「帰りのバスは12時8分ですよ。5分前には着いているようにします」
運行が日に2本のみだから、取りこぼしのないように、帰りのバスの時間もしっかりアナウンスしてくれます。

ゆるいというか親しげな運ちゃん。
乗客が降りる時に「ありがと~」「行ってらっしゃい」などと声をかけています。
私が降りるときにも「気をつけてね~」と言って、手を振ってくれました。
運ちゃんに手を振られたのは初めて。優しげな人でうれしかったです。

● 播州清水寺



とうとう、西国第25番札所・播州清水寺に着きました。
降りると、目の前には京都の清水寺のような、朱色の立派な仁王門がありました。
その前には、仁王様の顔はめパネル。
お寺はすぐにはなく、門をくぐってから結構歩きます。途中に茶屋もありました。

金剛力士像は、奈良の仏師、菅原大三郎氏の遺作。
その後、大三郎氏の子息で東京芸大名誉教授、菅原靖男先生が修復しました。
親子で協力したんですね。

この前、醍醐寺で出会った親切なおじさんが「この寺には説明がなにもなくて不親切だ」と言っていました。
やっぱり説明パネルがあると、ずいぶん理解が深まります。

● 坂上田村麻呂と清水寺



平安初期の征夷大将軍、坂上田村麻呂がここに刀を奉納した絵がありました。
彼は、京都の音羽山清水寺を建立した人です。
西国観音霊場のお寺である二つの清水寺。
播州清水寺の方が古い創建で、坂上田村麻呂がこのお寺の霊験により征夷を成し遂げたため、よく似たお寺を京都の東山に建てたという言い伝えがあるそうです。
じつはこっちがオリジナルなのね!



● 広い境内

広い境内はうっそうとした緑に覆われ、山の中なので起伏があります。
あちこちに、古い石段が続いています。



「洗心甘露水」と彫られた手水舎。



放生池の前には「世界に一つ!加東遺産」の碑が。
お寺のある加東市は、市内十箇所の文化遺産や史跡を加東遺産に選定しているそうです。



薬師堂には、東京芸術大学の藪内佐斗司教授作の「十二神将」が安置されています。
「南無観世音菩薩」と背中にかかれたTシャツを着たスタッフの人が、お花をお供えしていました。



725年に創建された古い大講堂。聖武天皇の時代に建立されたんですね。
大きくてファインダーに入りきりません。



お堂の中には大勢の参拝者。
おみくじのバリエーションが豊富なことに驚きます。
飛び出し禁止坊やのおまもりがありました。



● 巡礼遍路

辺りは完全な山の中。コンビニなんてどこにもありません。



菅笠姿の巡礼遍路さんもいました。
この笠と金剛杖の持ち主は「山の下から歩いてきました」と話していました。



● 30年ぶりの御開帳

長い石段を登った先にある根本中堂。
ここのご本尊の観音様は秘仏で、今年11月に30年ぶりに御開帳されるそう。
でもそれを待ってはいられません。
一人の女性がお堂におり、お経を読み上げては、身体を丸めてお祈りしていました。



平清盛の武運を祈願して祇園女御が建てたといわれる多宝塔は、焼失して土台だけ。
再建が予定されているそうですが、この状態もまたロマンがあっていいと思います。

● 二十六夜の月見



敷地内にあった月見亭。
ここで、大法会回二十六夜の月見が行われます。
旧暦の1月と7月26日の夜に、月の出を拝む行事が二十六夜。
開催はちょうど明日、8月26日。
年に2度しかないチャンスですが、バスのない夜だから、どのみち参加できないわ~。

沙羅双樹の樹がありました。
「沙羅の木は、はかないもののたとえ」と書かれています。
平家物語の冒頭で詠まれている樹なので、たしかに諸行無常を意味しているんでしょうね。



● 鐘を鳴らすことば

古めかしい、立派な鐘楼がありました。



中に入ってみました。独特の建築様式です。



梵鐘を撞く時に唱える偈文(げもん)があるとは知りませんでした。


願此鐘聲超法界 鐵圍幽暗悉皆聞
三塗難苦生安養 一切眾生成正覺


お坊さんはみんな、こうした言葉を唱えてから鐘を打っているものなのかしら。
私も鳴らしてみたかったのですが、お参りした後に鐘を打ってはいけないものなので、下から見上げてがまん、がまん。



● おかげの井戸

お寺の名前のもととなった場所まで来てみました。
山の上のこの辺りは水に乏しく、開山した僧侶が水神に祈り、湧き水が出たという場所がありました。
池の水をのぞき込んで自分の姿が見えたら、寿命が3年延びるのだそう。
寿命の長さよりも、健康体でいられることの方が大事。と思いながらも近寄ります。
泉の上を大きな八チが2匹ぶんぶん飛んでいたので、寿命の長さよりもハチの攻撃の方が大事とばかりに、そっと立ち去りました。



見どころの多い、敷地の広いお寺。
バスの時間が気になって、少し早めに戻ってみると、すでに先ほど乗ってきた乗客の方々がいました。
やはりみなさん同じですね。



朝は曇り空だったのが、快晴になりました。
かんかん照りになり、暑くてみんな日陰で待機。
そのうち、バスがやってきました。また同じ運ちゃんでした。

行きのメンバーが再び集結し、乗客は先ほどと同じ6名。
とはいえ、みんなで一致団結するわけでもなく、淡々と乗り込みます。
97番目のお寺を訪れた安心感からか、私はすぐに眠りに落ちました。
山の中を通ってきたので、右に左にぶんぶん揺れたはずなのに、終点までもうぐっすり。

● 三田ビール



第1回三田ビール検定が行われるそうです。
三田というと有名私立大を思い出しますが、この辺りの地名で「みた」じゃなくて「さんだ」と読みます。

電車を待っていると、大勢の制服の高校生たちがやってきました。
夏休み中の登校日なのか、すでに半日授業の日なのか、よくわかりません。
電車が近づくと、向かいのホームから一斉にダッシュして、跨線橋を越えてきました。
素朴で元気な地方の高校生たち。南アルプス天然水っぽいです。(いや六甲おろしでしょう)

その2に続きます。