さりげないひと時

さりげない風景の移ろいに自然の気配を感じたり。
静かに流れて来る音楽を聴きながら、コーヒーをのんびり愉しんだり。

仲睦まじく微笑ましい

2015-08-27 08:14:51 | Kさんへ

双体道祖神のある場所を訪ねるTV番組を見て思い出しました。

 

穂高神社に参拝したとき、Kさんは男女の神様が寄り添って仲睦まじく微笑ましい姿が

描かれた御守りを授与してきました。

 

それをケースに入れて大切にしていました。

裏に記した日付にはちょうど20年前のことで、上高地や白馬を旅した時、安曇野に

立ち寄りました。

安曇野は双体道祖神の数が日本一多いことや、穂高神社にはこのお守りがあることを

知りました。

 

裏に書かれた御守護の幾つかで、Kさんには無病息災が叶わなかったのが悔しい。

 

Kさんと共に、かならず私を見守ってくれるますように、双体道祖神をケースから出して、

私が見える場所に置きました。

 

安曇野で(1995.8.17)

 

 

 

 

 

 


あの日の記憶

2015-08-22 21:39:34 | Kさんへ

近くで花火の音が聞こえてきます。

 

11年前の今頃、Kさんにとって医師からの宣告は青天の霹靂でした。

二人は無言のまま駐車場の車に戻った。

自宅に向かったが、Kさんはどこでもいいから車を走らせてと言う。

自宅前を通り過ぎ、会話もなく東に向かってあてもなく車を走らせた。

 

1時間ほど走り、友人が川遊び用に使っている別荘を思い出した。

しばらく田園の中の道路を走り、川沿の建物が見える場所に着くと、意外にも車が

駐車していた。

偶然にも友人のAさん夫妻が滞在していた。

 

これからプレジャーボートを出そうとしていたところでした。

私たちを快く歓迎しボートに乗せてくれた。

横利根川を進み、霞ヶ浦に出ると夕陽が落ちかけた西に向かい一気に加速した。

全速力で進むエンジンの音と波しぶきに驚いた魚のボラたちが飛び跳ねた。

夕闇が迫って来るまで、思いのままに湖上を走り回り横利根川に戻った。

ボートの繋留場所を通り越し、暗闇の中をライトの明かりを頼りに、ゆっくり進んだ。

花火大会が見える場所まで移動してくれたのでした。

真っ暗な川面に停泊し、しばらく打ち上がる花火を眺めた。

 

数時間前のことを忘れさせてくれたひと時でした。

いつまでも何処となく車を走り続けていたに違いないあの日。

Aさん夫妻が別荘に滞在していたことが、とても救いだった。

Kさんの病気のことは告げなかった。

あの日のAさん夫妻に感謝している。

 

思い出すと辛いが、あの日のことは忘れられない。

 


送りたくない、帰りたくない・・・

2015-08-16 20:54:17 | Kさんへ

3日間は瞬く間に過ぎてしまいました。

一緒に過ごしたのも束の間でした。

 

娘と送り火を焚き見送って行きました。

送って行きたくない私と同じに、Kさんだって戻りたくないに違いない。

そんな切ない思いを抱きながら送りました。

 

Kさんを送り、娘たちはそれぞれの生活に戻り、また一人になってしまいました。

 

 

また明日から、Kさんに会いに行こう。

待っているに違いないから・・・・・・・。

 


秋の雲!

2015-08-11 21:50:28 | Kさんへ

立秋が過ぎたとは言え、まだまだ厳しい残暑は続きそうですが、夕方は幾分過ごしやすく

なりました。

 

何時ものように夕方6時頃、行き先を決めずに、ハンドル任せで市内を10キロあまり徘徊して

戻ってくるポタリングに出かけました。

1週間前とは、肌にあたる風に涼しさを感じます。

それに、空にはうろこ雲です。

秋近しでしょうか。

 

まもなくお盆です。

Kさんを迎える準備をはじめています。

13日を首を長くして待っているのではありませんか。

私も、久しぶりに戻ってくるKさんを心待ちにしています。

 

 

 

 


横浜ドリームランド! 氷川丸!

2015-08-05 21:10:50 | Kさんへ

Kさんの水曜日の9時から13時は、病院の化学療法室のベットでした。

治療している時間帯は、いつもNHKーFMを聴いていました。

THE ALFEEの番組で聴いた話題を、治療後に何度か話してくれたことがありました。

今は私がKさんに変わってこの番組を聴いています。

 

今日の話題は、子供の頃の海の思い出でした。

ALFEEのメンバーの一人が、父親が横浜港に連れて行ってくれた時のことを話していた。

山下公園に係留されてホテルになっていた氷川丸を見学した思い出や、横浜ドリームランドにも行った

ことを懐かしく話していた。

 

そうだ、Kさんと二人で出かけて撮った写真に、この二箇所があるはず。

探したらありました。

氷川丸の船体は今とは違う色でした。

 

横浜ドリームランドは、1960年代に日本のディズニーランドを目指して作られた、当時としては大きな

遊園地でした。

今は閉園してありません。

 

今日のラジオをKさんが聴いていたなら、私にかならず話してくれただろうし、この写真のことも思い

出していたに違いない。