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『サキ短編集』⑰「おせっかい」The Interlopers(侵入者):カルパチア山脈の森に対する「侵入者」である「人間」ウルリッヒとゲオルグは、「狼」によって殲滅される!

2022-08-03 09:54:34 | 日記
※サキ(Saki)、本名ヘクター・ヒュー・マンロー(Hector Hugh Munro)(1870-1916)、『サキ短編集』新潮文庫、1958年。

(17)「おせっかい」The Interlopers(侵入者)
(a)カルパチア山脈の森でウルリッヒ・フォン・グラドウイッツ(Ulrich von Gradwitz)が、ある冬の暴風の日、侵入者(ゲオルグ)を探し見回っていた。そこは隣り合わせた地主ツネイム家と、祖父の時代に訴訟になった土地だ。グラドウイッツ家が訴訟に勝利したが、土地を取り上げられたツネイム家は密猟などのいざこざを起し続けた。両家の関係は、三代にわたって、悪化するばかりだった。
(b)隣同士の反目は、三代目であるウルリッヒとゲオルグ・ツネイム(Georg Znaeym)との個人的な反目となった。ウルリッヒとゲオルグは、互いに忌み嫌い、相手の不幸を願った。ウルリッヒは配下の森番たちをあちこちに配置し見張らせ、自身は、歩いてゲオルグの侵入を探し歩いた。
(c)「一対一でゲオルグ・ツネイムに出会ったら殺してやりたい」とウルリッヒが思いながら、ブナの大木の幹をまわったとき、彼は求める男ゲオルグとぱったり顔を合わせた。2人の仇敵は、無言のままにらみ合った。互いに手には鉄砲を持ち、心には憎悪を抱き、そしてまず考えるのは相手を殺すことだった。
(d)だが文明の道徳律の下で成長した人間として相互に瞬時の逡巡をしたその時、猛りくるう暴風が、巨大なブナの樹を倒壊させた。ウルリッヒは地面にたたきつけられ、片手は体の下で感覚がなく、片手は二又の枝に締め付けられほとんど身動きできない。両脚は幹に挟まれたが厚い狩猟靴のおかげで、砕けずに済んだ。しかし一歩も動けない。すぐそばにゲオルグが、生きてもがきながら、しかしあきらかにウルリッヒと同様、樹の下で身動きできずに横たわっていた。
(e)ウルリッヒが安堵と呪詛の言葉を口にした時、眼に滴り落ちる血のためほとんど目の見えないゲオルグが、言った。「死ねばいいのに、お前はいきていたのか、お前は動けやしないんだ、こりゃ面白いや。」ウルリッヒがやり返した。「おれの部下が、もうすぐ、おれを助けにくる。樹の下敷きになった密猟者め、恥を知れ。」ゲオルグが言う。「おれも今夜は部下を森に入れている。すぐおれの後からついて来てるから、おれの部下の方が先に来る。おれを助けて、今度はおまえの上にもう一つ、大きな幹を転がせば、お前は死ぬ。」
(f)だが二人とも口では強いことを言っても、あるいは自分の敗北かもしれぬという悲痛さがあった。部下が探し出してくれるには暇がかかる。いずれの部下がこの場に先に到着するかは単に偶然の問題だった。ふたりとも自分たちを押さえつけている大きな樹から抜け出そうとする無益な努力は諦めた。
(g)ウルリッヒは、一部だけ自由になる片手を使って、外套のポケットから酒の入った水筒を取り出した。酒は傷ついた男のからだを温め、蘇生する気持ちをもたらした。その時、ウルリッヒは憐憫に似た感情で、苦痛と疲労の呻きを漏らすまいとおさえている仇敵ゲオルグの方へ眼をやった。
(g)-2 ウルリッヒが言った。「この水筒を投げてやったら、手をのばして取れるか?」「いい酒が入ってるよ。飲みかわそうじゃないか。たとい今夜、どちらが死ぬにしてもな。」ゲオルグが答えた。「おれは眼が見えないんだ。目の周りに血が固まりついてる。」「それにそうでなくても、敵と一緒に酒は飲まん。」
(g)-3 ウルリッヒはしばらく口をきかず、風の音を聞いていた。ある考えが、彼の頭の中で生まれ成長していった。そして苦痛と困憊とに対して必死に闘っている男ゲオルグを見るたびに、その考えは強くなっていった。ウルリッヒ自身の苦痛と気力消失の中にあって、激しい旧怨が少しずつ消えて行く気がする。
(h)「お隣さん」とウルリッヒはやがてゲオルグに言った。「おまえの部下が先に来たら、いいようにしてくれ。それは堂々たる約束だ。もしおれの部下の方が先に来たら、お前の方を先に助けさせるよ、おれのお客様みたいにな。」「こんな狭い森のことで、お互いよくも、あんなに喧嘩してきたものだ。今夜、ここに倒れて考えていると、どうもおれたちは馬鹿だったような気がする。もしお前も、この古い喧嘩をおさめる気があるなら、おれは――おまえに友だちになってもらいたいのだが。」
(h)-2 ゲオルグは長い間、黙っていた。だがゲオルグが、やがてゆっくり言った。「おれは今までおまえを憎むこと以外、考えたことがなかったが、この半時間で気が変わったよ。それに、おまえは酒を飲めとまで言ってくれたんだからな。おれは、お前の友だちになるよ。」
(h)-3 こうしてウルリッヒとゲオルグは和解した。2人は、寒い暗い森の中で、救援の手を待った。今や、どちらの配下が先に来ようと、2人はすでに敵でなく友人となったのだから、共に助かるのだ。 
(i)やがてウルリッヒが言った。「配下の者たちが森の中を来る姿が、遠くに見える。」ゲオルグは血の塊で目が見えないので、「人数は何人だ」とたずねた。ウルリッヒが「9人か10人だ。まっしぐらに走って来る!」と希望をもって答えた。
(j)だが突然、ウルリッヒが黙った。ゲオルグが「おまえの部下か?」と尋ねるが、ウルリッヒは答えない。ゲオルグがまた尋ねると、ウルリッヒが恐ろしい恐怖に震える声で言った。「おれの部下でない!」「狼だ!」

《感想1》残酷な結末。ウルリッヒとゲオルグの和解、そして共に助かる希望は、一瞬にして消滅した。「狼」の聖域であるカルパチア山脈の森に対する「侵入者」(The Interlopers)である「人間」ウルリッヒとゲオルグは、「狼」によって殲滅される(殺される)。
《感想2》「人間」世界の内部では、ウルリッヒとゲオルグは互いに相手を、自分の所有地の森に対する「侵入者」(The Interlopers)と考え、憎悪し合い、互いに殺そうと戦っていた。
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