King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

多様性は求められるべきものなのか

2024年05月21日 10時46分14秒 | 珈琲

最近のNHKの番組をみていると世の中をどうリードしていく気なんだろうという番組だらけです。
朝から結婚のかたちとかセックスをともなわない夫婦の形を紹介したりLGBTQの存在をやたら人権的擁護をしているようなさも新しい世の中で先進的思考であるかなようなリードを見せて、本当のところはなにかその遥か後ろに霞んで見えてないような感じがします。先ほどのいろんな形の夫婦の前に結婚したくてもお金がないとか相手が見つけられないといった孤独をかこつ人の方が遥かに多いのではないでしょうか。なにか世の中ストレートに女の人と付き合って好きになって結婚してという当たり前の機会を奪っておいて、友情婚とか複数の人と関係を持つ夫婦とか性行とか異常な人間関係を尊重する番組で当たり前の機会や当たり前の人の生活をおとしめているような感じすら受けます。普通に若い人が出会って直ぐ結婚して子供作って地域と社会で普通に仕事があればやって行けると思わせる社会でないと結婚率低下や晩婚化は進み社会の持続可能性が低下します。
いっそ40才までスマホ禁止にして
メールと音声通話のみの機能制限を実施すれば少子化に効果あるかも。
ここのところのコーヒー相場の値上がりでサントスでさえ200g1000円を越える値段になってしまい、おいそれと味わえない品に変わってしまいました。
それでも当店ではまだブラジルモジアナを880円で売っており、毎日飲めるよう努めているところです。
そしてこの豆はいかようにも焼けるという大変便利で汎用性もある豆なのです。
こういう焙煎でいかようにも焼けるという意味は意外と理解されてないのですが下手すれば酸味の嫌いの人に昔のマンデリンのようなガツンとただ苦いだけにも焼けるし酸味を効かせジュワッとジューシーに仕上げることもできます。さらに深く焼いてじんわり甘味の強いコテっとした味にもできます。さてそんな豆、今の季節ならどれが合うでしょう。これは私が散々経験してきたことなのですが、お客様に説明して選んでもらうのが一番としていたのですが、
それではうまく行かないのです。大概の店では味もそっけもない焼き方をしてせっかくの豆の実力の半分も持ち味を引き出していないということになります。これはどうしたらいいか。散々悩んだ挙げ句割烹料理屋にならう和食の味に行き着きました。和食の店というより定食屋さんの味ははっきりとした味付けでしっかりと主張した味になっています。その上各テーブルには各種調味料がおいてあり味変も楽しめるという具合です。一方割烹料理屋や高級寿司屋はどうでしょう。醤油さえお客に自由に注がせはしません。味もお客の好みも志向も聞かず、ただ季節のものを絶妙な火加減や包丁裁きだけで旬の味に仕上げ一点の味の揺らぎもなくうーんと唸らすだけの味となっています。そんな絶妙の味のために私も日々肌で季節を感じ豆の魅力を十分に感じられる焼き方に努めています。
多様な生き方や考え方ばかりを尊重するよりももっとその上を行く広く一般の人に納得される共通項を見つけることの重要性を感じます。

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