goo blog サービス終了のお知らせ 

印刷図書館倶楽部ひろば

“印刷”に対する深い見識と愛着をお持ちの方々による広場です。語らいの輪に、ぜひご参加くださいませ。

月例会報告 2015年5月度

2015-05-25 15:58:39 | 月例会
[印刷]の今とこれからを考える 

      「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年5月度会合より)


●印刷に携わることは『栄誉』なのか『富』なのか

 『書物の夢、印刷の旅』(ラウラ・レプリ著;土社刊)と題する本が、印刷人の間で関心を呼んでいる。本書の原題は「富か栄誉か」であり、また日本語版の副題には「ルネサンス期出版文化の富と虚栄」とある。当時の出版、印刷文化さらには政治の歴史を、当時のベストセラー本『宮廷人』が刊行されるまでの経過を散りばめながら、つぶさに語ってくれる“歴史ノンフィクション”となっている。イタリアきっての名編集者として知られる著者が、ある意味で客観的な立場から、印刷産業を通して中世から近代への時代の移り変わりを活写しているのだが、印刷文化の向上に関わる栄誉を感じるのか、印刷事業としての富を追い求めるのか――この両立し難く解決し難い“悩み”が当時から今に連綿と続いているという事実を読者に投げ掛けてくる。


●印刷都市・ヴェネツィアの躍動が手にとるように

 グーテンベルクの活版印刷術が1450年頃に発明され、書物の大量複製をドイツ人が担い始めるまで、つまり出版業が勃興して近代が幕を開けるまで、イタリアのヴェネツィアは世界でもっとも文化的に豊かな都市であった。中世期には豪華な書物が数多く制作されている。本書はまさに、印刷機を駆使した出版が普及し出した16世紀の、そのヴェネツィアを舞台に物語が綴られている。ヴェネツィアが16世紀においても、ドイツの諸都市に伍してヨーロッパ中の印刷物の半数以上を受けもつ印刷都市の地位を堅持していたことはよく知られる。本書を読むと、グーテンベルク以来わずか数十年で「出版と印刷」が現代と変わらない業態となり、“出版資本主義”に起因する熾烈な競争にさらされていたことが手に取るようにわかるのだ。


●止められないスピードが印刷文化を破壊した?

 当時の人びとが驚いたのは「印刷機がもたらした速度と、修正の難しさ」だったという。手書き(書写)とは比べものにならない速いスピードで分厚い書物が大量につくられ、しかも社会の隅々にまで普及していく。いったん軌道に乗ったら、途中では止められず直しようもなく……である。それは原稿の書き直し、印刷の生産工程という範囲に止まらず、印刷事業、出版流通についてもいえることである。「容赦のない熾烈な競争が印刷の世界を支配し破壊」したと、本書は喝破する。破壊したのは出版文化であり印刷文化であるというのだ。黎明期といってよい16世紀初頭に、早々と「財やサービスの競争力を凌ぎ合う状況」が生まれ、そのかたちが未解決のまま21世紀の現代に至るまで続いているとしている。本書の原題が示すように、「富か栄誉か」という両立できそうにない大問題に、印刷業は誕生当初から付き合ってきたのである。


●書籍を大切にしてきた国、そうして来なかった国……

 ヨーロッパ社会で書籍がいかに重要視されてきたか――歴史ある本がきちんと残されていること、情報や知識が文字として共有化され伝承されてきたことから、その事実を痛切に感じる。文学や思想だけでなく絵画、工芸、音楽などさまざまな芸術分野で飛躍的な発展をみせた15~16世紀のルネサンスは、本当に凄かったと思う。文字どおり「文芸復興」にふさわしい。その成果を現代に残してきた精神にも一層感心する。翻って日本では、最多のもので1,500冊は印刷されたといわれる「キリシタン版」が、どの版もいま一冊も残っていないというのは、どうしたことなのか? キリシタン版が制作されていた期間(1590年~1610年)からしばらくの間、徳川時代のごく初期、少なくとも1614年に宣教師が国外追放されるまでは、当時の印刷所が弾圧されることはなかった。焚書を免れる余地はあったはずなのに、1冊も現存してしない。もしかすると、読んだ人がそのつど何気なく捨ててしまっていたのではないか? 


●印刷会社にも自社で製作した印刷物を残す責任が

印刷の歴史はその国の歴史を表すという。日本にも和紙に筆で書いた古文書が数多く保存されてはいるが、果たして資料を大切にする国といえるのか? 大多数の印刷会社は、自社で製作した印刷物を保存するという習慣をもっていない。出版社についても同じことがいえそうだ。それは出版物に限らず、その時々の最新技術でつくられるポスターなどの商業印刷物にも当てはまる。最先端の写真技術でつくられたはずの原画さえ、かつては作者の手元に返さないまま残してもいない。文化財の保存を大切にするヨーロッパの精神に学ぶべきところは多い。次から次へと読み捨て去られる世相のなかで、印刷会社はせめてもの償いで、過去の文献をデジタルアーカイブし、後世の人たちが誰でもみられるようにしてほしいものだ。


●版材の砂目構造を立体的に測定してみると……

 素材や製品の表面形状(粗さなど)を、三次元的=立体的な分析によって評価しようという動きがある。非接触による3D測定走査型レーザー顕微鏡が開発されるなど実用化が進み、現にISOシリーズで規格化が検討されているという。この技術を印刷分野、例えば、CTPプレートなどアルミ版材の砂目立てを評価して、水絞り(速乾)印刷の問題を考える指標として使えないだろうか。版材の砂目構造はメーカーによってそれぞれ独自の形状をもっているが、コア部および谷部に形成されている空間の容積がどのくらいあるかが、この測定方法を使うと把握できる。版材の表面に水が止まれる量は、谷部の底から平均的な高さに達するまでの空間容積に比例すると考えられる。湿し水の供給量を最小限に絞りながら、インキ被膜の薄い高濃度印刷をおこなおうという基本に立ったとき、コア部および谷部における空間容積の大小という切り口から、版材がもつ特性をもう一度見つめ直すデータを、この新しいCD分析法は与えてくれそうだ。


●激変の今こそ、印刷産業界と教育界との連携を

 大学をはじめ日本の教育機関から学科としての「印刷」の名称が消えて久しい。それでも、印刷産業はデジタル化、情報化の流れのなかで業態こそ変われ、厳然として存在し続けている。社会のニーズを満たすべく、さまざまな印刷メディアを生産し提供してきた。しかし、産業構造や市場環境、需給関係が急激に変化したのに伴い、印刷産業としてのあり方、個々の印刷会社のビジネスモデルを再構築しなければならない局面にも立たされている。にもかかわらず、そうした変革に対応できる人材が不足しているのが実情だ。有能な人材が何より求められているはずなのに、印刷産業には、この問題に真正面から取り組もうという姿勢がない。人材の育成と確保に関する具体的な対策が講じられていない。教育制度の見直し・改革が必要だという究極の課題が投げかけられているのだが、打開策を模索する様子もみられない。ここは、印刷産業界と教育界との情報交換、何より対話をもつことから始める必要がある。


●印刷教育のあり方を根本からつくり直していこう

 教育機関の印刷関連科目をみると、「グラフィック」や「画像」といった名称が付けられているが、その中身は、印刷工芸的あるいはグラフィックアーツ的な色彩が強く、肝心の人材供給側で印刷教育があまり重んじられていない。印刷の原点に立つなら、例えばDTPシステムと画像処理技術についての全体像を理解できる学生を育ててほしい。印刷技術の基礎理論を学んだうえで、顧客に提案可能な製品(印刷メディア)を企画立案できる能力を教育してほしい。印刷産業と教育界(印刷専門の教育機関も含めて)が協力し合い、効果的な教育の「場」づくり、教育システム、教育プログラム、運用などをどうするかを検討する必要があると思う。印刷企業の視点からは、印刷関連技術の基礎教育はもちろん、情報、メディア、マーケティング、経営などに関する教育を求める声が強い。学生教育と社員教育とでは目的が根本的に異なるのだが、幸いに印刷産業にはアナログ、デジタルの両分野に精通し印刷の魅力を語れるベテランが大勢いる。そうした人を講師として派遣することも含め、総合的な支援体制をつくっていければ幸いだ。

パンケーキレンズのルーツ、ミノルタER1眼レフ

2015-05-20 16:16:34 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
パンケーキレンズのルーツ、ミノルタER1眼レフ          
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-9

印刷コンサルタント 尾崎 章

パンケーキレンズと称される薄型標準レンズの人気が高まっている。1960年以降にメカニカルシャッター仕様のMF・マニアルフォーカス1眼レフ用の標準・準広角の補助的レンズとして各社が製品化を行い、2000年以降の製品としては㈱ニコンがメカニカルシャッター・MF1眼レフの最終形として2001年に発売したニコンFM-3の標準レンズとして薄型Aiニッコール45mm F2.8を搭載して話題を集めた事が記憶に新しい。

パンケーキレンズの呼称が広く定着した契機は、パナソニック及びオリンパスによって市場創生が行われたミラーレス1眼レフのコマーシャルである。カメラ好き女優の宮崎あおいさんのCM効果もあり、ミラーレス1眼レフと携行性に優れた薄型レンズの組合せが若い女性に支持され、「パンケーキレンズ」の可愛らしいネーミングも加わり認知度が一挙に高まっている。


ロッコールTD45mmf2.8 最初のパンケーキレンズ 



ニコンの名品 Aiニッコール45mmf2.8 


パンケーキレンズのルーツは、レンズシャッター1眼レフ・ミノルタER

カメラ愛好家にも認知度の低いミノルタERは、ミノルタカメラ(現・コニカミノルタ)が1963年に輸出専用機として製品化したレンズシャッター1眼レフである。
レンズシャッター1眼レフは、1952年にドイツのツアイス・イコン社が普及型1眼レフとしてレンズシャッター1眼レフ・コンタフレックスを発売、欧州カメラ各社が追随したことより欧州を中心としたレンズシャッター1眼レフ市場が創生される展開となった。
国内カメラ各社も海外市場動向に対応すべくレンズシャッター1眼レフの製品対応を開始、1959年に東京光学(現・トプコン)が国内初のレンズシャッター1眼レフ・トプコンPR(16.000円)の発売を行っている。


国内初のレンズシャッター1眼レフ・トプコンPR


東京光学は、1960年にレンズシャッター1眼レフとして世界初のクイックリターンミラー機構搭載のトプコン・ウインクミラーを発売、1961年には追針式露出計内臓のトブコン・ウインクミラーE、1964年は当該機種初のTTL測光方式のトプコン・ユニと矢継ぎ早の製品展開を行い、国内レンズシャッター1眼レフ市場をリードする展開を行っている。


世界初クイックリターンミラー搭載・トプコン ウィンクミラー


東京光学に続けと日本光学、キャノン、富士写真フィルム、リコー、ミノルタ、マミヤ光機、興和精機等が当該市場参入を図ったが、カメラ構造上のトラブルが多くキャノン、富士写真フィルム、リコー、ミノルタカメラ等は1機種のみで市場撤退を行っている。


キャノンのレンズシャッター1眼レフ・キャノネックス 


最後まで健闘した東京光学も1969年発売のトプコン・ユニレックスの生産を1973年に終了、市場撤退を実施した。東京光学・トプコンPRから始まった国内レンズシャッター1眼レフ市場は15年の短命製品市場となった。
ミノルタカメラのミノルタERは、レンズ固定式で有ったが搭載したテッサータイプのレンズ・ロッコールTD45mm f2.8が優秀であった事より、同社は主力フォーカルプレーン1眼レフ・ミノルタSRシリーズ向けの単体レンズとして製品化を行い1964年に9700円の低価格普及型レンズとして販売を開始している。



ミノルタERとロッコールTD45mmパンケーキレンズ 


このロッコールTD45mmF2.8が国内初のパンケーキレンズで、当時はパンケーキレンズの呼称も無く携行性に優れた薄型標準レンズとしてミノルタSR交換レンズ群に追加されている。このロッコールTD45mmf2.8のレンズ鏡同厚は、何と18mmでレンズ交換時に不自由する程の厚みである。パンケーキレンズの呼称定着は、各社の薄型標準レンズが出揃った1990年以降からである。


各社の1眼レフ用パンケーキレンズ

マニュアル&オートフォーカス・フィルム1眼レフ及びデジタル1眼レフ向けにカメラ・レンズ各社が製品化したパンケーキレンズは下記の通りで、最後発のキャノンは2013年に35mmフルサイズ・デジタル1眼レフ用、2014年にAPS-Cサイズ・デジタル一眼レフ向けの製品を発売、当該市場参入を行っている。


各社パンケーキレンズ 


①ロッコールTD45mmf2.8 (ミノルタカメラ) 1964年 ☆
②GNニッコール45mmf2.8 (日本光学)    1969年 ☆
③SMCペンタックスM45mmf2.8(旭光学)   1976年
④ヘキサノンAR40mmf1.8(小西六写真)    1979年 
⑤テッサー45mmf2.8 (京セラ)     1983年 ☆
⑥XRリケノン45mmf2.8 (リコー)     1993年 ☆ 
⑦Aiニッコール45mmf2.8P (ニコン) 2001年 ☆
⑧ペンタックスDA21mmf3.2 (ペンタックス) 2006年 APS-Cサイズ用
⑨フォクトレンダーULTRON 40mm f2(コシナ) 2013年
⑩キャノンEF40mmf2.8STM(キャノン)    2013年
⑪キャノンEF-S21mmf2.8STM(キャノン)  2014年 APS-Cサイズ用
* 社名は発売当時の社名を表記 **☆印はテッサータイプのレンズ構成

    
パンケーキレンズの魅力を高めるテッサータイプレンズ

パンケーキレンズは光学系にテッサータイプ構成を採用するケースが多く、前述11本のパンケーキレンズの内5製品がテッサータイプ、45mmf2.8の同一スペックである。

テッサータイプの光学系は1902年にカールツァイス社が発表したレンズ構成で、凸・凹・凹・凸のレンズを組合せた3群4枚構成のシンプルな光学系で有る。
凸・凹・凸構成のトリプレットレンズ構成に凹レンズ一枚を追加する事によりレンズ諸収差を大幅に削減する事が出来、構成レンズ枚数の少なさに起因する「ヌケの良さ」「クリァー性」も高く、世界から評価・注目された代表的光学系の一例である。カールツァイス社の発表以降は、二眼レフから35mmレンジファインダーカメラ、コンパクトカメラまでの各社製品に幅広く採用された経緯を有している。


テッサー45mmf2.8 パンケーキレンズ


テッサーの名称は、ギリシャ語の「4」を語源とし、カールツァイス社以外の各社は「テッサータイプ」のネーミング・表記を行っている。
テッサータイプはシンプルな光学系の為にレンズ設計者の技量が現れやすく、テッサー及びテッサータイプの各社パンケーキレンズで描写性能比較を楽しむ事も出来る。



筆者は、APS-Cサイズ用以外のパンケーキレンズ全製品を保有しており、カメラ雑誌・日本カメラ(2007年6月号)に「テッサーパンケーキレンズ」特集を掲載する程、パンレーキレンズ愛好家を自負している。
最初に購入したパンケーキレンズは1966年の学生当時にアルバイト代で購入したロッコールTD45mmf2.8で、当時ミノルタカメラがミノルタSRシリーズ1眼レフ用普及型レンズとして製品化していた広角レンズWロッコールQE35mmf4(1965年発売 9700円)と中焦点レンズ・ロッコールTC135mmf4(1960年発売 11800円)も同時期に購入している。両レンズ共に手動で設定絞り値に絞り込むプリセット絞りでロッコールTC135mmは
3群3枚構成のトリプレットレンズで有った。


ミノルタ普及価格レンズ ロッコールTC135mmf4とワイドロッコールQE35mmf4 


「プリセット絞り」「トリプレットレンズ」は高性能化が著しい現在では想像も出来ない非能率・ローテク製品であるが、いずれも現在でも通用する画質を楽しむ事が出来る「懐かしの製品」である。




 
 

   
 

  
           

お薦めしたい一冊、『書物の夢、印刷の旅』

2015-05-14 15:48:42 | 蔵書より
お奨めしたい一冊

『書物の夢、印刷の旅』
ラウラ・レプリ著 柱本元彦訳 
青土社・2800円

  

グーテンベルクが活版印刷術を発明したのが1450年ごろ、この本、『書物の夢、印刷の旅』の舞台はそれからわずか70年、1520年代の終わりころのヴェネツィアです。グーテンベルクの活版印刷術があっという間にヨーロッパ中に広まって、なかでもヴェネツィアがヨーロッパ中の印刷物の半数以上を手がける印刷都市になったことはおぼろげながら知ってはいたものの、これほどとは思っていませんでした。まさか、当時のヴェネツィアの印刷人や編集者が現代のわれわれとさほど変わらぬ競争社会に生きていたとは。これが読後の最初の驚きでした。


サブタイトルに「“ルネッサンス期出版文化の富と虚栄”とあるじゃないか」といわれそうですが、私たち日本人の目にルネッサンスのヴェネツィアの出版界がそれほどはっきり映っているとは思えません。その点、著者のラウラ・レプリは華やかなルネッサンスのヴェネツィアをあたかも同時代を生きているかのような筆致で書き進めています。巻頭序文の前に「日本の読者へ」という前書きを特別に設けているのも異例ですが、イタリアきっての名編集者と紹介されている著者が「まさか、日本人は知るめー」といっているみたいで、ちょっぴり悔しい思いがしました。


内容は小説ではありません。著者は歴史ノンフィクションだといっています。
登場人物の一人はラファエロが肖像画を描いているほどのルネッサンス期の有名人バルダッサール・カスティリオーネというイタリア人です。彼は貴族で外交官としても活躍しましたが、もうひとつの顔が作家、それも1528年にヴェネツィアで出版した『宮廷人』がときのハイソサェティでもてはやされ長年ベストセラーを続けたといいます。上流階級にあって社交や教養はどうあるべきかというハウツー本だったようです。


その『宮廷人』の原稿を持って執事がヴェネツィアの版元を訪ねるところから印刷所との交渉、編集者や校正者とのやりとり、入稿、刊行に漕ぎつけるまでの経過を書き添えながら実際には全編ルネッサンス期の出版史、印刷文化史、政治史、風俗史を散りばめています。恋多きヴェネツィアの貴婦人たちの夜会、さもなくばもう一人の主人公ヴァリエールの絞首刑シーンとか、海賊版の話まで織り込まれていて興味深いこと請け合いです。
印刷・出版人のみなさんにルネッサンスのヴェネツィアの出版印刷界が抱えていた「富か虚栄か」という両立しがたい問題をいまの日本に置き換えて読んでいただけたらとお奨めします。

(木曜例会 青山敦夫)

 

425年前の日本の活版印刷をぜひ見てほしい

2015-04-27 16:32:40 | 印刷の歴史と文化
425年前の日本の活版印刷をぜひ見てほしい

―印刷博物館のヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ 書物がひらくルネッサンス展―





 4月25日からはじまった印刷博物館のヴァチカン教皇庁図書館展を見た。
中世の写本からルネッサンス期の貴重な印刷本まで第Ⅰ回展に負けず劣らずの充実した展示内容は「さすが」であり、会期中、何度も足を運びたいと思った。なかでも私が惹きつけられたのは会場第4部のヴァチカン貴重庫でみつけた日本・東アジアのコーナー。


 1592年島原の加津佐か天草の河内浦で金属活字の国字で印刷されたキリシタン版で有名な『どちりいな・きりしたん』と対面できるのだ。


キリシタン版「どちりいな・きりしたん」

見開きの右がキリストの肖像をあしらった銅版画の扉絵、左に「どちりいなの序」とある冒頭のページ、248×192mmの和装本、残念ながら表紙は図録でしか見ることが出来ないが布表紙だ。ともすれば皺に悩まされるに違いない和紙の印刷に何人がかりで立ち向かったのだろう。1日に何ページ刷れたのだろう。

それよりもこの仮名まじりの国字活字をコンスタンチノ・ドラードはじめヨーロッパ帰りの少年たちがいつ、どこで鋳造したものだろうか。フォントづくりのロヨラ説はまだしも、この活字がヨーロッパで少年使節たちの往欧以前につくられた説には頷くわけにはいかないなどと考えているとなかなか展示ケースから離れられない。

さらに、その隣にはキリシタン版の1599年の『ぎゃどぺかどる』もあるが、ヴェネツィアで天正少年使節が1585年7月2日付でヴェネツィア共和国政府に提出した感謝状が興味深い。洋紙に墨の筆書きで4人の使節の花押しと欧文サインがある。この感謝状こそロヨラ筆ではないだろうか。


花押のある少年使節の感謝状


また、さきごろ紹介された熊本県立天草工業高校の生徒の自主製作した425年前の鋳造用器具や試作活字も展示されていた。日本の活版印刷誕生の地の若い人の夢であろうか。とにかく、印刷や出版関係者にはぜひ見てほしい展覧会である。会期は7月12日まで。

(木曜例会メンバー 青山敦夫)
                       
 


印刷図書館倶楽部 月例会報告 2015/4月度

2015-04-22 09:16:52 | 月例会


[印刷]の今とこれからを考える 

      「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年4月度会合より)

●印刷料金の見積もりはつねに悩ましい問題…

 印刷価格(料金)をどう見積もりし顧客に請求するか――印刷会社が長年にわたって抱えてきた悩ましい課題だが、アメリカの印刷業界団体であるPIAがコスト(経費)、プライシング(料金設定)、プロフィット(利益)の関係からこの問題を考察したレポートを公表、さまざまな切り口から適切な答えを導く思考プロセスに、経営者自ら関わるべきだと提起している。このレポートでは、幾多の切り口のうち主要と思われる3つの異なる見解を読者に提供している。どの見解がベストなのかと考えるのは不適切で、むしろ全ての捉え方が正しく、実務的にも価値があるとしている。自社の能力を完全に利用することを前提に、あらゆる意見を考慮することこそがビジネスにとって重要なのだという。

●見積もりプログラムには無数のルールがある

 印刷会社に価格の決め方を尋ねると、少なくとも3点以上の答えが返ってくるそうだ。一部の印刷会社は「コスト」を拠りどころとし、他の印刷会社は「需要」に着目して価格を決めている。新規顧客、新規受注の価格は、通常、固定客からの受注価格とは大きく異なっている。それは、基本的に印刷業が受注産業であり、受注するたびに見積もり作業を繰り返していることに起因する。マーケティング視点での戦略的な料金設定を含め、見積もりプログラムには無数の基本ルールがあることがわかる。


●固定費を吸収して初めて利益は生まれる

 印刷業は個別の受注生産ビジネスでありながら、コストシートによる原価計算に疑いもせず頼ってきたのが現実である。変動費としての原材料費、直接費に当たる製造コストはもとより、固定費(間接費)としての一般管理費、機械設備の減価償却費なども含めて総原価とし、それに期待する利益相当額を載せて見積額としてきた。しかし、製造コストで算出した売上総利益と、さらに販売費や一般管理費を差し引いた営業利益とは異なる性質をもち、固定費の枠を超えたときに初めて利益は生まれる。利益を最大化したいのなら、売上総利益=付加価値額を高める努力をしなければならない。たんに変動費を上回るだけの見積額では、利益を得ることはできない。それは料金の引き上げか生産量の増加によって達成できると、このレポートは強調する。生産能力の完全活用(フル操業)が売上総利益の最大化に重要な役割を果たすわけだが、これを可能にするには柔軟な料金政策で受注を勝ち取らなければならない。顧客が印刷製品のために支払いを厭わない金額と同じレベルの印刷料金を請求するよう注力する必要がある。


●自社独自の効果的な料金設定戦略を導入しよう

 効果的な料金設定戦略を考案することは、印刷ビジネスを存続させるためにもっとも重要な要素の一つである。多くの印刷会社は、簡易な料金設定アプローチを利用しているが、コストをカバーしビジネスを維持して競争に打ち勝ち抜くために、適切な独自の設定戦略を定式化しているわけではない。この点、マーケットリーダーとなっている印刷会社は、より革新的な戦略を実践している傾向がある。それは、収入を最大化してより高い収益を得、成長を育んで高度な株主価値を生み出すことを意識したものである。短期用、長期用など個別の処理を意図した戦術を使い分けているのである。例えば、①コストプラス(マークアップ)法、②上済み吸収(初期高値)価格政策、③市場浸透(初期安値)価格政策、④バージョニング(製品仕様変更)価格政策、⑤顧客需要対応価格政策、⑥認知獲得価格政策――などがある。顧客価値を熟知しないまま機械的に料金を設定する①のコストプラス方法では、企業の競争力・成長力を高められずマーケットリーダーにはなれない。これに対して⑥の認知獲得価格政策は、支払いを厭わない金額に応える高度な印刷製品・サービスを提供することで、顧客に自らの潜在ニーズを納得させて高額の印刷料金を設定できる強みがある。印刷経営者は、これら多くの異なる価格政策を理解し、長期的、短期的に自社に適した戦略を採用する必要がある。


●需要サイドの顧客ニーズをよく把握したうえで

 プライシングはマネジメントにおけるもっとも重要な意思決定の一つで、理想的には取引コスト、需要と価格の弾力性、さらには競合とのダイナミクスを反映させたものにする必要がある。コストの見積りは確かに重要だが、その一方で「マーケットが負担してくれそうな料金」を調べるべきである。顧客(買い手)の強さとニーズ、顧客自身のマーケット力、顧客の要望の取り込みなど、顧客の事情を十分に考慮しなければならない。そうした需要を見積る方法としては、競合の動向を確実に把握したたうえで、①顧客ニーズと需要に対する精通度、②顧客のビジネス戦略における印刷製品の重要度、③パッケージ化された付帯サービスによる貢献度――をそれぞれ向上させることが重要となる。見積りソフトでコストを積算しようとする前に、需要サイドを的確に評価することに全力を注がなければならない。
=参考資料;Dr. Ronnie H. Davis, FLASH REPORT Vol.7, Dec. 2014, PIA=


●戦略計画に取り組むことの重要性を認識したい

 売上高増大と収益性向上との間には、統計的に正の相関関係がある。戦略的な経営計画と収益性との間には、それ以上に強い相関関係がみられる。戦略計画に関する立案プロセスを独自に開発し、関連情報を収集・分析し、計画の進捗状況を追跡している印刷会社は、そうしなかった企業よりも高い収益性を示している。プロフィットリーダーは、差別化できる要素が何であるかを学び、実践に力を注いでいる。そうすることが、利益を確保し成長を持続させるカギであることを知っている。プロフィットリーダーは「経営のトップが戦略計画を主導する」という経営慣行を重視している。これこそが、プロフィットリーダーがプロフィットリーダーたる所以である。戦略的計画はより強い印刷業をもたらす。印刷会社が戦略計画に率先して取り組むなら、その結果として強い印刷業を営めるだろう。印刷産業のなかで、知識武装したプロフィットリーダーになることを望みたい。 =参考資料;2014 Strategic Planning Report (PDF), PIA=


●売上増より利益額の増加の方が重要である
 利益とは、受注価格から製造に直接掛かった費用と間接費を差し引いた金額であり、そう考えると、PIAのこの資料が示すように価格を1%上げる方が、製造コストを1%下げるより、また間接費を1%下げるより、利益を引き上げるというのも自然と頷ける。印刷業の多くは、事業計画の目標設定で売上額増大が主となっているようだが、他の多くの業界ではかなり前から利益額を主たる目標にするよう変えてきている。売上げ増加で利益額を増やすという政策から、利益額を上げるにはどうするかという政策に変わってきているのだ。高効率で優れた事業運営であることを証明するために利益率を重視し、目標の利益額を達成していこうという方向にある。


●顧客にとっての価値の創造を土台に置いて

利益を高めるには、値上げで売上高を増やすのが一番早道だが、成約料金は、製品のQCD(品質・費用・納期)だけでなく、顧客にとっての価値がプラスアルファーとして加わって決定される。たんに売上げ増加を狙って安値で受注できたとしても、それで顧客の価値を満足させることができるのか、利益の増加につながるのか、よく考えなければいけない。ここはやはり、顧客にとっての価値を見出し、競合に勝る価値の創造、提供によって値上げを実現し、利益率を向上させ、結果として利益額を増強する方向が望ましい。料金を引き上げ、なおかつ成約するには、社内の意識や取り組み方にどんな課題があり、それをどう解決するのか、何より効果的な受注活動を展開するにはどのような営業方針、営業戦略でいくべきかについてよく検討してほしい。

以上