印刷図書館倶楽部ひろば

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お薦めしたい一冊、『書物の夢、印刷の旅』

2015-05-14 15:48:42 | 蔵書より
お奨めしたい一冊

『書物の夢、印刷の旅』
ラウラ・レプリ著 柱本元彦訳 
青土社・2800円

  

グーテンベルクが活版印刷術を発明したのが1450年ごろ、この本、『書物の夢、印刷の旅』の舞台はそれからわずか70年、1520年代の終わりころのヴェネツィアです。グーテンベルクの活版印刷術があっという間にヨーロッパ中に広まって、なかでもヴェネツィアがヨーロッパ中の印刷物の半数以上を手がける印刷都市になったことはおぼろげながら知ってはいたものの、これほどとは思っていませんでした。まさか、当時のヴェネツィアの印刷人や編集者が現代のわれわれとさほど変わらぬ競争社会に生きていたとは。これが読後の最初の驚きでした。


サブタイトルに「“ルネッサンス期出版文化の富と虚栄”とあるじゃないか」といわれそうですが、私たち日本人の目にルネッサンスのヴェネツィアの出版界がそれほどはっきり映っているとは思えません。その点、著者のラウラ・レプリは華やかなルネッサンスのヴェネツィアをあたかも同時代を生きているかのような筆致で書き進めています。巻頭序文の前に「日本の読者へ」という前書きを特別に設けているのも異例ですが、イタリアきっての名編集者と紹介されている著者が「まさか、日本人は知るめー」といっているみたいで、ちょっぴり悔しい思いがしました。


内容は小説ではありません。著者は歴史ノンフィクションだといっています。
登場人物の一人はラファエロが肖像画を描いているほどのルネッサンス期の有名人バルダッサール・カスティリオーネというイタリア人です。彼は貴族で外交官としても活躍しましたが、もうひとつの顔が作家、それも1528年にヴェネツィアで出版した『宮廷人』がときのハイソサェティでもてはやされ長年ベストセラーを続けたといいます。上流階級にあって社交や教養はどうあるべきかというハウツー本だったようです。


その『宮廷人』の原稿を持って執事がヴェネツィアの版元を訪ねるところから印刷所との交渉、編集者や校正者とのやりとり、入稿、刊行に漕ぎつけるまでの経過を書き添えながら実際には全編ルネッサンス期の出版史、印刷文化史、政治史、風俗史を散りばめています。恋多きヴェネツィアの貴婦人たちの夜会、さもなくばもう一人の主人公ヴァリエールの絞首刑シーンとか、海賊版の話まで織り込まれていて興味深いこと請け合いです。
印刷・出版人のみなさんにルネッサンスのヴェネツィアの出版印刷界が抱えていた「富か虚栄か」という両立しがたい問題をいまの日本に置き換えて読んでいただけたらとお奨めします。

(木曜例会 青山敦夫)

 

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