[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年11月度会合より)
●人件費の「差」が収益性の「差」をもたらす
<前号参照> アメリカの印刷業界団体PIAが実施した経営指標調査によると、収益性で上位25%に入る印刷会社(プロフィットリーダー)と、そこに含まれない残り75%の印刷会社(プロフィットチャレンジャー)との間に存在する売上利益率の格差は、過去十年以上にわたって平均して10ポイント(2015年次で9.7ポイント)もある。これは、年商1,000万ドルの企業で100万ドルにも達する非常に大きな利益差ということを意味する。一般的に売上高の40%以上は人件費が占めていることから、人件費の「差」が収益性を圧迫する重要な要因になると指摘している。2015年の時点で全企業平均の人件費比率が40.2%なのに対し、プロフィットリーダーに限ると35.1%に止まっている。その差は5.2%にも及ぶ。利益格差を招く要因の50%以上(2015年次では53%)は人件費の違いによるものだと判る。
●人件費の違いの6割は工場の人数に起因する
アメリカの印刷会社で働く社員の3分の2は通常、工場従業員とされる。そこで、工場現場に従事する社員の人件費に絞って売上高比をみてみると、プロフィットリーダーは22.4%、プロフィットチャレンジャーの場合は25.5%となっている。その差は3.1%になる。これに対し、営業部門に従事する社員の人件費で比べてみると、前者は6.6%、後者は8.3%、その差は1.7%しかない。ちなみに管理部門の人件費の差は0.4%に過ぎない。こうした数値から判るのは、両者の人件費格差の6割(同59%)は、製造現場に起因するという事実である。プロフィットリーダーは、労働力の代わりに資本、つまり生産設備を有効活用している。工場従事者一人当たりの純資産の金額に、両者の間で17%もの違いがみられる。
●資本集約型の企業になれば、収益性が高まる
全社員一人当たり売上高の両者の差は金額にして年額1万4,000ドルにも達するという。同じように一人当たり利益率からみても、少ない社員で多くの利益を得ていることがわかる。100万ドルの売上高をあげるのに要する社員数も5.9人対6.7人となっていて、ここでも著しい差がみられる。それだけ、プロフィットリーダーは競争上、優位に立っていることになる。「プリンター」としての印刷会社を対象とした調査だとはいえ、労働力を機械設備に置き換えることで資本集約型(高い労働装備率)の企業となることが、いかに重要であるかを示唆している。設備の稼働率に留意して投資効率を高め、高い生産性を保っている。より少ない社員で多額な売上高をあげ、しかも、より多くの利益を獲得している姿が浮かぶ。
※以上、参考資料=「FLASH REPORT」2015.9;PIA
●どっこい、生きているんです!「ガリ版印刷」
昭和20年代から30年代にかけて、印刷の歴史に確かな足跡を残した謄写版(孔版)印刷――PTO印刷やコピー機の登場とともに、その役目を終えたとされるが、芸術表現の優れた印刷技法として今でも残っている。山形、長野、岐阜には資料館、滋賀には伝承館があり、数多くの好事家や研究者が全国に存在する。そんな人たちが謄写版の裏表を随想した月刊雑誌が編纂され、印刷人の間で話題を呼んでいる。この雑誌には、「世から消えたと思っていたら、どっこい生きているんです」を前文にした特集「ガリ版旅行記―謄写版は不滅です!?」が50ページにもわたって掲載されている。そこでは、ガリ版文化史研究者、謄写版画家、ノンフィクション作家、ルポライター、NPO代表、ガリ版メーカーといったさまざまな肩書をもつ関係者が、ガリ版の意義や魅力について回顧談を交えながら縦横に筆を振るう。そのなかに、山形県下の印刷会社の経営者が資料館の館長でもある立場から書き下ろした文章がある。
●日本人の文化活動を支えた「ガリ版よ、永遠に」
その中から、興味深い箇所を拾い読みしてみると……謄写版技術を芸術的領域にまで高めたことで“孔聖”“神様”と讃えられた草間京平については、「一見すると、ガリ版とはわからないクオリテイの高さ。ガリ版刷りとしては最大級の世界地図も、手書きとは思えないほど精緻で、見るとびっくりする。謄写版を発明した堀井新治郎が設立した堀井謄写堂が昭和24年に出した『堀井謄写版印刷講義会 講義要項』も、草間が手掛けたもので、284度刷りをしたものを製本しているのだから、圧巻」と記している。また、印刷機に関しては「うちで一番古い印刷機は、明治30年に北上屋商店で作られた毛筆謄写版印刷機『眞筆版』。ガリ版用印刷機では滋賀県にあるものがいちばん古くて、これは二番目」と書いている。このように、ガリ版を実際に経験した人にとって非常に懐かしい逸話が、本誌の特集ページに散りばめられている。まさに「ガリ版はただの印刷機にあらず」「ガリ版よ、永遠に」なのである。
※以上、参考文献=「望星」2015.9;東海教育研究所、発売・東海大学出版部
●デジタル音痴、ITリテラシーの欠如……
あるビジネス雑誌に「デジタル音痴社長が会社をつぶす」というショッキングな見出しが躍っていた。クラウドコンピューティングやビッグデータなど専門用語が次々と飛び交う時代に、ITリテラシーが欠如していたら企業経営に決定的な障害になるという趣旨で記事が編集されていた。「リテラシー」とは直訳すれば読み書き能力、つまり識字能力のことで、発展途上国の教育レベルを上げるためには、まず識字率を高めなければ、という意味で国際的に使われ出した単語である。これが転じてコンピュータリテラシー、情報リテラシーとなり、今や「IT」が冠詞として付け加えられるまでになった。とはいえ、本当の意味でITに精通している企業経営者は少ないのではないか。企業のなかにも、ITを導入したときのイニシャルコスト、ランニングコストがどのくらいかかるかを正確に把握できる社員はほとんどいない。リストラや効率化で浮いたコストの金額は気にかけるものの、ITの効果とコストについては、前向きに取り組もうとする気持とは裏腹に思いが至らないのだろう。
●ITに関する理解を深めないと、活かせない
IT音痴には3つのレベルがあって、①全く知らない真性音痴、②専門業者の言うがままの操り人形、③変な方向に導いてしまう自称IT通――に分かれるらしい。ITリテラシーができていないと、当然、ITを使いこなせないし、ビジネス上の成果も得られない。クラウドを使って情報を集める-分析する-応用する、の軌道に乗せられない。サーバーがどこにあり、ビッグデータがどのようにセグメント化され、どの中から必要なデータを的確に収集するかの手だてがわからない。エンジンの動かし方、アプリケーションのつなげ方、データ加工の方法が理解できなければ、ITに多額の資金を注ぎ込んだけれど……という事態に陥りかねない。システムを導入したのはいいが、それに見合うメリットを享受できない。これが現実なのではないか。
●サーバーの所有意識から脱するのが事始め
印刷会社としてはもっと身近なスモールデータを、という提言がある。このとき邪魔になるのが、印刷機を“家宝”扱いして以来、抱えてきた“所有意識”である。身近にサーバーがないと安心できない、リアルでないと信用できない、という傾向がある。核とすべきサーバーを端末的に置いて、アクセスしにくいゲートをつくったりする。情報加工の工程ごとにサーバーを継ぎ接ぎ状態で構築したあげく、いたずらに労力を消費したりする。日本の経営者は投資分を早く回収したがるが、ITには基本的に“納期”はない。ITの成果を本当に得たいのなら、デバイス主義を止めてプラットフォーム感覚で取り組む必要がある。安物買いの銭失いにならないよう、気持のうえで余裕をもち、長期的かつ戦略的な視野でITを使いこなしてほしい。
以上
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年11月度会合より)
●人件費の「差」が収益性の「差」をもたらす
<前号参照> アメリカの印刷業界団体PIAが実施した経営指標調査によると、収益性で上位25%に入る印刷会社(プロフィットリーダー)と、そこに含まれない残り75%の印刷会社(プロフィットチャレンジャー)との間に存在する売上利益率の格差は、過去十年以上にわたって平均して10ポイント(2015年次で9.7ポイント)もある。これは、年商1,000万ドルの企業で100万ドルにも達する非常に大きな利益差ということを意味する。一般的に売上高の40%以上は人件費が占めていることから、人件費の「差」が収益性を圧迫する重要な要因になると指摘している。2015年の時点で全企業平均の人件費比率が40.2%なのに対し、プロフィットリーダーに限ると35.1%に止まっている。その差は5.2%にも及ぶ。利益格差を招く要因の50%以上(2015年次では53%)は人件費の違いによるものだと判る。
●人件費の違いの6割は工場の人数に起因する
アメリカの印刷会社で働く社員の3分の2は通常、工場従業員とされる。そこで、工場現場に従事する社員の人件費に絞って売上高比をみてみると、プロフィットリーダーは22.4%、プロフィットチャレンジャーの場合は25.5%となっている。その差は3.1%になる。これに対し、営業部門に従事する社員の人件費で比べてみると、前者は6.6%、後者は8.3%、その差は1.7%しかない。ちなみに管理部門の人件費の差は0.4%に過ぎない。こうした数値から判るのは、両者の人件費格差の6割(同59%)は、製造現場に起因するという事実である。プロフィットリーダーは、労働力の代わりに資本、つまり生産設備を有効活用している。工場従事者一人当たりの純資産の金額に、両者の間で17%もの違いがみられる。
●資本集約型の企業になれば、収益性が高まる
全社員一人当たり売上高の両者の差は金額にして年額1万4,000ドルにも達するという。同じように一人当たり利益率からみても、少ない社員で多くの利益を得ていることがわかる。100万ドルの売上高をあげるのに要する社員数も5.9人対6.7人となっていて、ここでも著しい差がみられる。それだけ、プロフィットリーダーは競争上、優位に立っていることになる。「プリンター」としての印刷会社を対象とした調査だとはいえ、労働力を機械設備に置き換えることで資本集約型(高い労働装備率)の企業となることが、いかに重要であるかを示唆している。設備の稼働率に留意して投資効率を高め、高い生産性を保っている。より少ない社員で多額な売上高をあげ、しかも、より多くの利益を獲得している姿が浮かぶ。
※以上、参考資料=「FLASH REPORT」2015.9;PIA
●どっこい、生きているんです!「ガリ版印刷」
昭和20年代から30年代にかけて、印刷の歴史に確かな足跡を残した謄写版(孔版)印刷――PTO印刷やコピー機の登場とともに、その役目を終えたとされるが、芸術表現の優れた印刷技法として今でも残っている。山形、長野、岐阜には資料館、滋賀には伝承館があり、数多くの好事家や研究者が全国に存在する。そんな人たちが謄写版の裏表を随想した月刊雑誌が編纂され、印刷人の間で話題を呼んでいる。この雑誌には、「世から消えたと思っていたら、どっこい生きているんです」を前文にした特集「ガリ版旅行記―謄写版は不滅です!?」が50ページにもわたって掲載されている。そこでは、ガリ版文化史研究者、謄写版画家、ノンフィクション作家、ルポライター、NPO代表、ガリ版メーカーといったさまざまな肩書をもつ関係者が、ガリ版の意義や魅力について回顧談を交えながら縦横に筆を振るう。そのなかに、山形県下の印刷会社の経営者が資料館の館長でもある立場から書き下ろした文章がある。
●日本人の文化活動を支えた「ガリ版よ、永遠に」
その中から、興味深い箇所を拾い読みしてみると……謄写版技術を芸術的領域にまで高めたことで“孔聖”“神様”と讃えられた草間京平については、「一見すると、ガリ版とはわからないクオリテイの高さ。ガリ版刷りとしては最大級の世界地図も、手書きとは思えないほど精緻で、見るとびっくりする。謄写版を発明した堀井新治郎が設立した堀井謄写堂が昭和24年に出した『堀井謄写版印刷講義会 講義要項』も、草間が手掛けたもので、284度刷りをしたものを製本しているのだから、圧巻」と記している。また、印刷機に関しては「うちで一番古い印刷機は、明治30年に北上屋商店で作られた毛筆謄写版印刷機『眞筆版』。ガリ版用印刷機では滋賀県にあるものがいちばん古くて、これは二番目」と書いている。このように、ガリ版を実際に経験した人にとって非常に懐かしい逸話が、本誌の特集ページに散りばめられている。まさに「ガリ版はただの印刷機にあらず」「ガリ版よ、永遠に」なのである。
※以上、参考文献=「望星」2015.9;東海教育研究所、発売・東海大学出版部
●デジタル音痴、ITリテラシーの欠如……
あるビジネス雑誌に「デジタル音痴社長が会社をつぶす」というショッキングな見出しが躍っていた。クラウドコンピューティングやビッグデータなど専門用語が次々と飛び交う時代に、ITリテラシーが欠如していたら企業経営に決定的な障害になるという趣旨で記事が編集されていた。「リテラシー」とは直訳すれば読み書き能力、つまり識字能力のことで、発展途上国の教育レベルを上げるためには、まず識字率を高めなければ、という意味で国際的に使われ出した単語である。これが転じてコンピュータリテラシー、情報リテラシーとなり、今や「IT」が冠詞として付け加えられるまでになった。とはいえ、本当の意味でITに精通している企業経営者は少ないのではないか。企業のなかにも、ITを導入したときのイニシャルコスト、ランニングコストがどのくらいかかるかを正確に把握できる社員はほとんどいない。リストラや効率化で浮いたコストの金額は気にかけるものの、ITの効果とコストについては、前向きに取り組もうとする気持とは裏腹に思いが至らないのだろう。
●ITに関する理解を深めないと、活かせない
IT音痴には3つのレベルがあって、①全く知らない真性音痴、②専門業者の言うがままの操り人形、③変な方向に導いてしまう自称IT通――に分かれるらしい。ITリテラシーができていないと、当然、ITを使いこなせないし、ビジネス上の成果も得られない。クラウドを使って情報を集める-分析する-応用する、の軌道に乗せられない。サーバーがどこにあり、ビッグデータがどのようにセグメント化され、どの中から必要なデータを的確に収集するかの手だてがわからない。エンジンの動かし方、アプリケーションのつなげ方、データ加工の方法が理解できなければ、ITに多額の資金を注ぎ込んだけれど……という事態に陥りかねない。システムを導入したのはいいが、それに見合うメリットを享受できない。これが現実なのではないか。
●サーバーの所有意識から脱するのが事始め
印刷会社としてはもっと身近なスモールデータを、という提言がある。このとき邪魔になるのが、印刷機を“家宝”扱いして以来、抱えてきた“所有意識”である。身近にサーバーがないと安心できない、リアルでないと信用できない、という傾向がある。核とすべきサーバーを端末的に置いて、アクセスしにくいゲートをつくったりする。情報加工の工程ごとにサーバーを継ぎ接ぎ状態で構築したあげく、いたずらに労力を消費したりする。日本の経営者は投資分を早く回収したがるが、ITには基本的に“納期”はない。ITの成果を本当に得たいのなら、デバイス主義を止めてプラットフォーム感覚で取り組む必要がある。安物買いの銭失いにならないよう、気持のうえで余裕をもち、長期的かつ戦略的な視野でITを使いこなしてほしい。
以上