毎月第3木曜日の午後、当印刷会館内にて、有志による「印刷の今とこれからを考える」会を開いています。今月も、5月16日に熱い談が繰り広げられました。その内容を、いつものようにK氏がまとめてくださいましたので、紹介いたします。
[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成25年5月度会合より)
●紙に定められた規格寸法から何を感じる?
砕いた植物繊維を抄いてつくる「紙」が発明されたのは、中国・後漢時代のことだったが、1900年も前の英知は、長い年月をかけシルクロード沿いにヨーロッパに伝わっていった。そのような歴史をもつ紙のサイズが決まったのは、果していつ頃だったのだろうか? どこかで繋がったのだろうか、B系列、A系列というサイズは今、東洋と西洋の間にあった“カベ”を乗り越えて世界共通のものとなっている。A0判(A倍判)は1m×1m、B0判(B倍判)はその1.5倍の1m×1.5mを基本面積とし、それぞれ4:6(正確には1:ルート2)の黄金比でタテヨコの長さに割り振って、それを規格寸法としている。1mの長さは、メートル法によって赤道から北極までの子午線の1千万分の1と定められたが、それがなぜ紙のサイズを規定した寸法と一致するのか。まさに“紙の世界”だと感じる。
●印刷への高い関心を若い世代が示してくれた
印刷専門学校に入学してきた新入生向けのオリエンテーリングで、「印刷」をイメージして連想できるものをアンケート形式で聞いたところ、もっとも多かったのが「情報」、2番目は「紙」、3番目は「本」という順序だった。これまでは、紙や本、文字やカラーといった常識的な項目が挙げられていたことから考えると、若い人が「印刷」に寄せる関心は大きく様変わりしているようだ。「印刷」と結びつかないとみられてきた「情報」がトップにきた事実は、それなりに意味のあることと受け止めるべきである。
●日本人は自然と共生しながら生活してきた
地球上の陸地面積のうち、日本はたった0.25%でしかない。有史以来発生したマグニチュード6以上の地震の実に20%が、そんな狭い地域で起こっている。日本人は、自然災害に逆らわず融和させながら、小さな土地で根気よく暮らしてきた。自然崇拝を通して忍耐力を養ってきたといえる。人間は自然界をどんどん破壊しているが、破壊すればするほど、洪水や渇水などのしっぺ返しを受けるようになる。自然界と人間界の境に、里山をつくったのは日本人である。植林や森林保全によって、自然との共生をはかってきた。江戸がかつて世界最大の都市だったのは、上下水道の整備によって水の管理を徹底させたことが土台にある。現代につながるエコシステムを確立させたのである。環境保護を考えるときのヒントになるだろう。
●広い視野で見つめることの大切さを知ろう
現在、市場に出回っている紙の60%を占める「再生紙」が初めてつくられたのは、実は日本なのだが、この事実はあまり知られていない。間伐材を利用してきたヨーロッパでは、つい最近まで再生紙という発想自体がなく、環境にやさしくないという考え方がずっと続いてきた。再生紙というと、包装用のクラフト紙くらいしか想い起こされないのが実情で、印刷関係者でさえ、紙をたんなる印刷素材としか考えてこなかったところがある。印刷業界には“井の中の蛙”的な部分があり、周囲のことをあまり知ろうとしない。狭い世界だけで捉えようとせず、あらゆることに、もっと大きな関心を寄せる必要があるだろう。広い視野でビジネス環境や市場性などを見ていくことが重要である。
●印刷メディアは人間の手がかかってこそ
音声入力システムの開発が進み、欧米では翻訳までおこなわせようとしている。識字率、雑音処理、修正の手間など多くの問題があり、費用対効果を考えると、普及させるまでには相当の難題が伴うだろう。99%まで読みこなせるようになったOCRでさえ、残る1%の誤認をチェックする手間の方が大変なのが実情である。書籍のような高度な印刷メディアをつくるときは、結局のところ人間の手による文字入力と編集の方がメリットが大きい。スーパーコンピュータはビッグデータを作成できたとしても、書物用の生きた日本文を書けるわけではない。
●印刷は“ローテク”で生きていく道を探れ
このことは、印刷はどうやって“ローテク”で生きていくのかという命題に結びついてくる。デジタル化によって大量処理、ネットワーク化で大量移動が可能にはなったが、印刷ビジネスに不可欠な付加価値は、正確な文字入力、原稿修正、編集、情報加工などからもたらされる。たんなるデータ変換では得られない。文字は永遠に残るし、したがって文字処理の仕事は最後まで残るはずである。文字に関しては、音楽のようにハイテク処理しようとしないで、ローテクでこなしていった方がよい。有能な次世代型「エディター」が出現してほしい。印刷会社にも、そうした新しい雇用を生み出せるビジネスモデルをつくってほしい。
●サービス機能の充実が顧客創造につながる
印刷工程は本来、文字組版から製版、印刷まで、逆戻りすることのできない垂直分業で成り立ってきたが、デジタル化に伴って水平分業が可能になった。データさえあれば、70点~80点の印刷物が誰でもどこででもつくれるようになった。それを90点、100点に高めるのがサービス機能であり、各企業が発揮すべき差別化要素だ。品質保証できなかったから他社に任せようとせず、自社内にあらゆる生産設備を設置してきたという経緯がある。それらを満たし切れない稼働率の低下が問題視されているが、それを安易にネット受注で埋めたとしても、安値なら付加価値を確保したということにはならない。営業力や市場開拓力が落ち、顧客密着もできなくなりかねない。印刷ビジネスの将来に大きな不安を感じる。
●成熟産業としてのテーマを根本的に考え直そう
印刷技術は、さまざまな基礎技術を寄せ集めて確立した“雑学”の典型みたいなものだ。グーテンベルク以降、本当の意味でのイノベーションは起こっていない。高品質な印刷物を大量に速くつくれるように技術は進歩したが、原理原則は少しも変わっていない。心理的な側面である「工芸」をからめながら、文化的に優れた印刷物をつくってきたのだが、デジタル化の進展でそれさえすっ飛ばされてしまった。すでに成熟産業になっていることを真正面から見据え、「印刷とは何か」という根本的なテーマについて、もっと真剣に考え直してもいいと思う。
●強烈な覇気でもっと斬新に!もっと果敢に!
印刷産業が成熟化したなかで、個々の印刷企業はどうしたら自社を成長させられるかをよく考えなければいけない。残念ながら、後追いのビジネスが目立つようだ。斬新性がなく、覇気とか男気が感じられない。過去の統計データを将来に向かって延長させた予測に従うのではなく、自ら業態を変えて新しい経営環境、市場環境を創造すべく、もっと果敢になれといいたい。印刷という故郷の“山河”は、いつまでも美しくあってほしい。
[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成25年5月度会合より)
●紙に定められた規格寸法から何を感じる?
砕いた植物繊維を抄いてつくる「紙」が発明されたのは、中国・後漢時代のことだったが、1900年も前の英知は、長い年月をかけシルクロード沿いにヨーロッパに伝わっていった。そのような歴史をもつ紙のサイズが決まったのは、果していつ頃だったのだろうか? どこかで繋がったのだろうか、B系列、A系列というサイズは今、東洋と西洋の間にあった“カベ”を乗り越えて世界共通のものとなっている。A0判(A倍判)は1m×1m、B0判(B倍判)はその1.5倍の1m×1.5mを基本面積とし、それぞれ4:6(正確には1:ルート2)の黄金比でタテヨコの長さに割り振って、それを規格寸法としている。1mの長さは、メートル法によって赤道から北極までの子午線の1千万分の1と定められたが、それがなぜ紙のサイズを規定した寸法と一致するのか。まさに“紙の世界”だと感じる。
●印刷への高い関心を若い世代が示してくれた
印刷専門学校に入学してきた新入生向けのオリエンテーリングで、「印刷」をイメージして連想できるものをアンケート形式で聞いたところ、もっとも多かったのが「情報」、2番目は「紙」、3番目は「本」という順序だった。これまでは、紙や本、文字やカラーといった常識的な項目が挙げられていたことから考えると、若い人が「印刷」に寄せる関心は大きく様変わりしているようだ。「印刷」と結びつかないとみられてきた「情報」がトップにきた事実は、それなりに意味のあることと受け止めるべきである。
●日本人は自然と共生しながら生活してきた
地球上の陸地面積のうち、日本はたった0.25%でしかない。有史以来発生したマグニチュード6以上の地震の実に20%が、そんな狭い地域で起こっている。日本人は、自然災害に逆らわず融和させながら、小さな土地で根気よく暮らしてきた。自然崇拝を通して忍耐力を養ってきたといえる。人間は自然界をどんどん破壊しているが、破壊すればするほど、洪水や渇水などのしっぺ返しを受けるようになる。自然界と人間界の境に、里山をつくったのは日本人である。植林や森林保全によって、自然との共生をはかってきた。江戸がかつて世界最大の都市だったのは、上下水道の整備によって水の管理を徹底させたことが土台にある。現代につながるエコシステムを確立させたのである。環境保護を考えるときのヒントになるだろう。
●広い視野で見つめることの大切さを知ろう
現在、市場に出回っている紙の60%を占める「再生紙」が初めてつくられたのは、実は日本なのだが、この事実はあまり知られていない。間伐材を利用してきたヨーロッパでは、つい最近まで再生紙という発想自体がなく、環境にやさしくないという考え方がずっと続いてきた。再生紙というと、包装用のクラフト紙くらいしか想い起こされないのが実情で、印刷関係者でさえ、紙をたんなる印刷素材としか考えてこなかったところがある。印刷業界には“井の中の蛙”的な部分があり、周囲のことをあまり知ろうとしない。狭い世界だけで捉えようとせず、あらゆることに、もっと大きな関心を寄せる必要があるだろう。広い視野でビジネス環境や市場性などを見ていくことが重要である。
●印刷メディアは人間の手がかかってこそ
音声入力システムの開発が進み、欧米では翻訳までおこなわせようとしている。識字率、雑音処理、修正の手間など多くの問題があり、費用対効果を考えると、普及させるまでには相当の難題が伴うだろう。99%まで読みこなせるようになったOCRでさえ、残る1%の誤認をチェックする手間の方が大変なのが実情である。書籍のような高度な印刷メディアをつくるときは、結局のところ人間の手による文字入力と編集の方がメリットが大きい。スーパーコンピュータはビッグデータを作成できたとしても、書物用の生きた日本文を書けるわけではない。
●印刷は“ローテク”で生きていく道を探れ
このことは、印刷はどうやって“ローテク”で生きていくのかという命題に結びついてくる。デジタル化によって大量処理、ネットワーク化で大量移動が可能にはなったが、印刷ビジネスに不可欠な付加価値は、正確な文字入力、原稿修正、編集、情報加工などからもたらされる。たんなるデータ変換では得られない。文字は永遠に残るし、したがって文字処理の仕事は最後まで残るはずである。文字に関しては、音楽のようにハイテク処理しようとしないで、ローテクでこなしていった方がよい。有能な次世代型「エディター」が出現してほしい。印刷会社にも、そうした新しい雇用を生み出せるビジネスモデルをつくってほしい。
●サービス機能の充実が顧客創造につながる
印刷工程は本来、文字組版から製版、印刷まで、逆戻りすることのできない垂直分業で成り立ってきたが、デジタル化に伴って水平分業が可能になった。データさえあれば、70点~80点の印刷物が誰でもどこででもつくれるようになった。それを90点、100点に高めるのがサービス機能であり、各企業が発揮すべき差別化要素だ。品質保証できなかったから他社に任せようとせず、自社内にあらゆる生産設備を設置してきたという経緯がある。それらを満たし切れない稼働率の低下が問題視されているが、それを安易にネット受注で埋めたとしても、安値なら付加価値を確保したということにはならない。営業力や市場開拓力が落ち、顧客密着もできなくなりかねない。印刷ビジネスの将来に大きな不安を感じる。
●成熟産業としてのテーマを根本的に考え直そう
印刷技術は、さまざまな基礎技術を寄せ集めて確立した“雑学”の典型みたいなものだ。グーテンベルク以降、本当の意味でのイノベーションは起こっていない。高品質な印刷物を大量に速くつくれるように技術は進歩したが、原理原則は少しも変わっていない。心理的な側面である「工芸」をからめながら、文化的に優れた印刷物をつくってきたのだが、デジタル化の進展でそれさえすっ飛ばされてしまった。すでに成熟産業になっていることを真正面から見据え、「印刷とは何か」という根本的なテーマについて、もっと真剣に考え直してもいいと思う。
●強烈な覇気でもっと斬新に!もっと果敢に!
印刷産業が成熟化したなかで、個々の印刷企業はどうしたら自社を成長させられるかをよく考えなければいけない。残念ながら、後追いのビジネスが目立つようだ。斬新性がなく、覇気とか男気が感じられない。過去の統計データを将来に向かって延長させた予測に従うのではなく、自ら業態を変えて新しい経営環境、市場環境を創造すべく、もっと果敢になれといいたい。印刷という故郷の“山河”は、いつまでも美しくあってほしい。