印刷図書館倶楽部ひろば

“印刷”に対する深い見識と愛着をお持ちの方々による広場です。語らいの輪に、ぜひご参加くださいませ。

月例会報告 2016年1月度

2016-01-27 10:29:01 | 月例会
[印刷]の今とこれからを考える 

「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年1月度会合より)



●文化財の保護はデジタル印刷システムで

 デジタル写真技術とデジタル印刷システムを活用した文化財保護活動が盛んになり、幾つかのプロジェクトが全国各地で展開されている。デジタルカメラで絵柄を忠実に撮影し、デジタル印刷で微妙な色彩を表現する――そうした技術的な強みを駆使することで、古い文化財を現代に甦らせようというのだ。デジタル印刷の多くはインクジェット方式を用いるが、そうしたなかでトナー方式によって伝統的な文書を複製・復元する試みが、システム機器を開発・販売する専門メーカーの手でおこなわれている。文字を中心とする古文書の場合、トナーの方がシャープに再現できるという利点があるという。そのプロジェクトの目的は、古い文献を誰もが簡単に手にとって見られるようにすることにある。文化の伝承に貢献するのはもちろん、開示されていない貴重な古文書を公開可能にする社会的な意義もある。専門メーカーが一定の予算を確保して無料で実施することは、企業による文化保護活動の一つのあり方として注目されている。


●作成当時の状況や時代背景を考慮しながら

 このメーカーによると、①現在の姿をそのまま忠実に再現する現状再製、②作品がつくられた当時の状態を推測しながら再現する復元再製――の二通りがある。とくに後者の場合、歴史的背景や関連書物から得られる情報などを根拠に、依頼者(所有者)との協働で画法、顔料、素材、装丁方法などを選んでいくところに特徴がある。長い歴史のなかで失ってしまった文字、図柄、製本などを納得いくかたちで復元しよういうのである。原本を傷めることなく電子化するためにデジタルカメラを使用するが、雲母(きらら)刷りや金箔、金絵具による描画など、鮮やかな光沢感、繊細で優美な質感を忠実に表現すべく、ライティングには細心の注意を払う。また、素材である和紙の最適な選択にも気を遣い、巻物の巻き皺まで忠実に復元するそうだ。撮影して得られた電子データは、できるだけ原本に近づけるよう画像処理し、カラーマッチング技術、多彩なトナーの使用で忠実な色再現を期しているのはいうまでもない。


●学術研究、教育、産業育成にも効果あり……

 博物館や資料館、図書館などに所蔵されている古文書を、実際に手に取ることはなかなかできない。電子化による複製は、そうした貴重な本を身近に目にすることのできる機会を与えてくれる。伝統文化に対する人びとの関心を高めるだけでなく、所有者からの積極的な情報発信、有識者への研究資料の提供、若い世代向けの教育効果といったさまざまなメリットがある。文化伝承の“バリアフリー化”ともいえる優れた保護活動となっている。電子化できない部分は手描きによる表現でカバーするようにすれば、自然に伝統技術の継承にもつながる。逆にデジタル機能を高めて古い文書の現代文化、多言語化をはかれば、時代を超え国境を越えて一気に広がる。和紙や絹織物を使った巻物類をつくれば、抄紙産業、織物産業の発展にも寄与することができる。地震、火山噴火、大火といった災害の研究に際しても、古文書の有効利用で過去の情報がより簡単に得られることだろう。文化を継承、伝承していくことで、新しいビジネスチャンスが生まれてくるに違いない。


●印刷産業の業態変革は理解されているか?

大手印刷会社が事業構造の転換を急いでいると、産業分野の専門紙に報じられた。転換先とされたのは、デジタルメディアへの展開や事務処理業務の受託などだが、よく考えてみれば、大手に限らず印刷会社が業態変革、事業領域の変更を模索しているのは今に始まったことではない。大手印刷会社がどう生きていこうとしているのか興味をもたれ、それを産業界に伝えようとしたのだろうが、情報としては決して目新しいものとはいえない。それより気になったのは、印刷産業のビジネス基盤はこうだという固定観念(先入観) ?をもって記事が書かれたことではないだろうか。印刷産業からのPRが足りない部分も確かにあるが、新聞記者の“勉強不足”もあるのでは? 事務処理業務の受託はすでに当たり前の話になっている。「処理」に力点を置いていくと、印刷産業が課題としている受注産業からの脱却は叶わない。ここはやはり「プロセス」を提供するなかで、付加価値を取得する方向をめざす必要がある。企業の中核事業となるコアコンピタンスに集中して、それ以外はアウトソーシングしていくという考え方は、どの産業においても共通している。だが、そうすることによって新しいビジネス価値を創出できなくては意味がない。付加価値獲得競争が激しくなるなかで、印刷産業としても、印刷出力を“代行”するだけは通用しない。顧客のビジネスを支援できるコミュニケーションメディアを提供しなければならない。そんなことを感じた新聞記事だった。


●印刷会社は「コミュニケーション」に強くなろう

このところ急速に発展しているIT産業は、どのような事業ビジョンと経営方針をもってビジネスをおこなっているのか――印刷会社はもっともっと関心を寄せなければいけない。そういう印刷会社自身が独自の特長とは何かを強く意識して、事業に取り組む必要がある。本来の強み=文字に関する強みを活かして、ICT(情報コミュニケーション技術)企業をめざすべきだろう。印刷会社はITを外側から遠目で語る前に、中に飛び込んで強みを発揮できる分野を模索し、そこで新たな業態を構築しなければならない。ごく身近な例として、出版社から依頼されて書物の製作を引き受けるという関係から脱して、自ら出版企画を立て逆に出版業界に売るようにしたい。大地に足を着けて長年実績を重ねきた「出版印刷」というビジネス基盤があるはず。情報を扱える(処理/加工できる)という強みをもっているはず。それを武器に、出版社がやっている仕事を印刷会社が率先して手掛けるべきなのである。「コミュニケーション」をかたちにできる余地は、この出版印刷の例に限らずたくさんあるに違いない。


●文化性、人間性の観点を組み込んだ技術発展を

デジタル化が進展するなかで、そこには、ITの実情をみるまでもなく「文化性」が見受けられない。抜け落ちているような気がする。クラウドコンピューティングやビッグデータ分析の効用を否定するわけではないが、ハードの進歩に私たちは引きずられ過ぎているのではないか。ビジネスや生活の向上に役立つさまざまなソフトが開発されてはいるが、それでも個々の人間サイドからの視点が欠けている。コミュニケーション分析との付き合わせもみられない。科学技術と感性とは、相互に行き来しながら進歩していくものだと思いたい。データの変更を求められる一品生産型のプリメディア/プリプレス工程と、その後の複製生産型の印刷工程の関係を考えると、印刷メディアの製作には「設計」が重要であることがわかる。データの意味解釈、適切な処理と選択を可能にしてくれる人工頭脳(AI)を使って、両者をどう一貫化するのかという問題がいずれ出てくるだろう。そのとき、人間のもつ技能と感性をいかに組み込んでいくのかも課題となるだろう。文化性、人間性の観点はどうしても欠かせないのである。


●今まで縛られてきた“柵”から抜け出してほしい

《12月度記事参照》 今では、ITの活用で読者ニーズに即した情報を素早く提供できるビジネス環境が確立されているのに、出版社も印刷会社も、大量につくらないと儲からないという思いに未だ翻弄されている。読者が無意識に抱いている潜在ニーズをいかに顕在化するか――ニーズを気づかせる仕掛けによって購読を勝ち取るというマーケティング力に欠けている。読者に一番近い立場の書店もエリアマーケティング的な努力をしていない。そうした“柵”から抜け出し、じっくり考えることができるなら、新しい需要、新たな市場を見つけられるはずである。印刷メディアがもつ本来の利用価値を核とするマーケティングが可能になるだろう。

市場から消えた新規格のフィルム(3) カメラの薄型化・新規格に挑戦したディスクフィルム

2016-01-08 14:30:36 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
市場から消えた新規格のフィルム(3)
カメラの薄型化・新規格に挑戦したディスクフィルム


印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-16
印刷コンサルタント 尾崎 章



Kodak disc Filmのカートリッジとパッケージ



1982年2月にイーストマン・コダックは、110フィルム(ポケット・インスタマチック)の次世代フィルムとして画面サイズ8.2mm×10.6mm・15枚撮りのKodak disc Filmを発売した。
Kodak disc Filmは、これまでのロールフィルムをベースとした製品展開とは全く異なり、直径64mmの円盤状フィルムを回転させて8.2×10.6mmサイズの画面を15枚撮影出来る方式であった。
コダックは、ディスクフィルム用カメラとしてKodak disc 4000,6000,8000の3機種を発売、フィルム形状よりカメラの薄型が可能となり「ハンドバックに入るカメラ」として女性層向けの需要創生を行っている。



直径64mmの円盤状フィルム   



Kodak disc 6000カメラ 


厚さ20~25mm のディスクカメラ

ディスクカメラは、画面サイズが小さい事より焦点距離12~13mm程度の短焦点レンズが標準レンズとして採用されている。この為、短焦点レンズの特徴である焦点深度を利用して焦点調節不要の固定焦点化が図れ、また露出コントロールも簡略化され126インスタマチックカメラ、110ポケットインスタマチックカメラと同様にビギナーを対象としたビジネス展開が実施された。
女性需要喚起をターゲットとしたミノルタカメラ(当時)は、1983年に人気デザイナー:アントレ・クレージュのデザインによるディスクカメラ・ミノルタ クレージュac101を発売、ピンク、ベージュ、ブルーのカラーバリエーションを設定して注目を集めた。



ミノルタ クレージュ ac101カメラ  



ディスクカメラの国内対応

国内のフィルム及びカメラ各社は、135mmフィルムカメラはもとより110ポケットインスタマチックフィルムよりも画質が劣るディスクフィルム、ディスクカメラビジネスに懐疑的であった。特に国内カメラ各社が得意としたハーフサイズカメラのカラープリント画質が135mmフィルム(35mmフルサイズ)カメラに劣るとして需要が下降傾向にあった事もありディスクカメラ市場参入には極めて慎重な対応を採った。
しかしながら、欧米市場でコダックの当該製品の販売が拡大していた事より、富士写真フィルム(当時)及び小西六写真工業(当時)が欧米市場をターゲットとしたビジネスが可能と判断、1983年中旬より自社ブランド製品による海外展開を開始している。
富士写真フィルムは、1983年7月に輸出専用として2機種のディスクカメラ(フジDISC50,DISC70)を発売、其々にブラックとシルバーの外装バリエーションを設けている。
カメラ仕様は、12.5mm f2.8 4群4枚の固定焦点レンズを搭載、3コマの連写機能を付加している。



富士写真フィルム DISC 50 カメラ 


小西六写真工業も1983年8月に輸出専用機としてKONICA DISC10,DISC15の2機種を発売、ディスクカメラに積極的であったミノルタカメラは、富士写真フィルム及び小西六写真工業よりも一足早い1983年4月にminolta DISC5,DISC7を国内外で販売開始、1983年7月には前述・アントレ・クレージュによるデザインカメラ・ミノルタクレージュac101の国内外販売を開始している。


DISCフィルムの展開

コダックは1982年2月のディスクカメラ発売に併せて高解像度のネガカラーフィルム・Koda Color VRフィルムを発売している。
コダックでは、8.2×10.6mmサイズの画面からユーザーが満足する品質のカラープリントを造る為に新カップラー技術によるKodak VRフィルムの製品化を実施した。VRは「VeryRealistic」の頭文字で当時のネガカラーフィルムの最先端・高解像度技術であった。
富士写真フィルム、小西六写真工業も同様に発色剤・カラードカップラーに改良を加えて解像度を高めたフィルムを発売してコダックに追随した。



フジカラー HR film CD DISC-15 フィルム 


富士フィルム製品は、Fuji Color HR DISC Film(HR: High Resolution )、小西六写真工業はSAKURA Color SR DISC Film (SR: Super Reality)を新たにラインナップしている。
しかしながら、フィルム自動装填、オートフォーカス、コンパクト化等々を実現した35mmコンパクトカメラの画面サイズ差から生じる品質差が国内はもとより、品質許容度の大きい海外でも容認限界を超える状況となり数年で消滅する「超短命」フィルムとなった。



ラボの新規設備投資も普及の足かせ


ディスクティルムは、従来のロールフィルムとは全く形状が異なる為にプロセッサー等の現像処理設備及びプリント機器も新たな設備が必要となり、コダックの対応はもとより富士写真フィルムも1983年4月より海外代理店ラボ向けに専用プロセッサーの供給を開始してディスクフィルム販売サポートを行っている。
余談ではあるが、1982年にロンドン近郊のコダック・ハロー工場に出張した際、工場食堂で昼食時に隣り合わせたコダックラボ経営者が「ディスクフィルムは画面サイズが小さく画質面で売れるとは思わない」「仕方なく設備投資するが無駄な投資になる」と首をすくめて同意を求めてきたシーンを忘れる事が出来ない。
コダックは、ワールドワイドで約1000万台のディスク カメラを販売したと報じたものの、2~3年で市場から姿を消し前述のコダックラボ経営者のコメント通りの短命製品となった。
コダックによるディスクフィルムの販売は、富士写真フィルム及び小西六写真工業の撤退後も暫く継続されたがカメラ各社からのディスクカメラの発売も無く、1998年12月にコダックはディスクフィルムの生産を中止している。
126インスタントフィルム、110ポケットフィルムと新規格フィルムビジネスを相次いで成功させたイーストマン・コダック、同一市場で「3匹目のドジョウ」を狙う市場ニーズと乖離した展開は根本的に無理であったとの指摘が多い。



カメラ、フィルム5社共同による新規格フィルム・APSはデジタルカメラに敗退

ディスクフィルムの生産を中止した1998年12月の一年前にコダックは、富士フィルム、キャノン、ニコン、ミノルタカメラ(当時)との5社共同による新規格フィルム・APS(Advanced Photo System)を発表、販売を開始している。


ADVANTIX APSフィルムと ADVANTIX1600カメラ


写真フィルムシェア世界1位と2位、そしてカメラ世界大手3社との共同開発により「新しい世界標準」を目指したAPSシステムは、フィルムにデータ記録が可能な磁性コーティングを行い、フォトプレーヤーとの組合せによるTV画面表示等々の新規格を目指した「満を持した」新規格であった。
しかしながら、密閉カートリッジの保管問題、プリント料金の価格問題に加えてコンパクトデジタルカメラ急速台頭の挟撃により市場創生に失敗、2002年時点で殆どのカメラメーカーが市場撤退する状況に至った事は記憶に新しい。
APSフィルム自体も2011年7月に富士フィルムが販売終了、コダックも同年12月末で生産中止に至っている。