印刷図書館倶楽部ひろば

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風前の灯状況にある印刷製版用リスフィルム

2016-10-28 16:38:11 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-25
印刷コンサルタント 尾崎 章

印刷製版材料の主力的な存在であったリスフィルムが印刷デジタル化の影響を受けて“風前の灯”状況にある。コダックは2010年に全ての印刷製版用リスフィルムからの撤退を行っており、富士フィルム㈱の製品も2016年時点でカメラ撮影用リスフィルム「HS」と密着反転用・コンタクトフィルム「FKS」の2種4製品のみとなっている。

リスフィルム( Lith Film )とは

コダックが1929年に発売した「Kodalith Paper,」1931年に発売した「Kodalith Film」がリスフィルムのルーツとされており、「Lith」の語源としては石版を利用してスタートした平版印刷・Lithographyから採ったとする説が一般的である。
国内初のリスフィルムは、1939年発売の「フジリスフィルム」が最初とされているが、リスフィルム特有の伝染現像をベースとする正規のリスフィルムではなく、軍需・航空写真用の硬調フィルムであった。

 

リスフィルムのルーツ、Kodalith Film



[リスフィルムの特長]

リスフィルムの特長は次の通りである。

①塩化銀(Agcl)主体の写真乳剤でコントラストを高める為に、結晶サイズの微細化とサイズの均一化を図っている。

②塩化銀の結晶サイズは0.2ミクロン程度で、一般写真フィルム向けハロゲン化銀の結晶サイズ0.2~1.0ミクロンよりも小さい。

③感光材料特性曲線の直線部勾配(tanθ)で表すコントラストのレベル・ガンマ値は、リスフィルムの種類によって異なるもののガンマ8~16と極めて高い。ちなみに35mmモノクロフィルムのガンマは0.6前後である。



リスフィルムの種類

リスフィルムは用途に応じて下記の4タイプに大別することが出来る。

①網点撮影用リスフィルム
オルソクロマチックとパンクロマチックの感色性があり、連続階調写真原稿からの網点撮影(網撮り)に使用される最硬調リスフィルムである。モノクロ写真の網撮りに使用されるオルソリスフィルムに対して、パンリスフィルムはカラー原稿からの直接網撮り色分解(ダイレクトスクリーニング)に使用された経緯がある。網点撮影用リスフィルムの感度は、ASA4~60程度であった。

②線画撮影・ラインワーク用リスフィルム
線画撮影用のオルソリスフスルムで、網撮り用リスフィルムよりも感度・コントラストはやや低い特性を有していた。

③密着反転用・コンタクトフィルム
網点ネガ→網点ポジフィルム、線画ネガ→線画ポジフィルム等の密着反転用途に使用するフィルムでコンタクトフィルムの名称で呼ばれている。
レギュラー・青感性のフィルムが主流であったが、1975年頃より明光下での取扱いが可能なルームライト・コンタクトフィルム(明室コンタクトフィルム)が商品化されている。



業界標準となったKodalith PanとKodalith Ortho Type3 


主要リスフィルムの経緯、富士フィルム・古森会長が営業担当

写真製版全盛期にフィルム各社から発売された主力製品は下記の通りで当初は、コダック製品を富士フィルム、小西六写真(当時)製品が追随する状況であった。

1957年 コダック    Kodalith Ortho Type3 発売(TACベース)
1958年 富士フィルム  Fujilith Ortho Typo 0 発売(TACベース)
1959年 コダック    Kodalith Ortho Type3 発売(ポリエステルベース)
1960年 コダック    Kodalith Pan Type4 発売(パンクロマチック)
1961年 コダック    Kodalith Royal Ortho発売(高感度オルソフィルム)

1970年 富士フィルム  Fujilith Pan HP発売 (パンクロマチック)
1970年 富士フィルム  Fujilith High Speed Ortho HO発売 (高感度オルソフィルム)
1972年 小西六写真   Sakuralith Pan PH発売(パンクロマチック)

1980年 小西六写真   Sakuralith Ortho OA発売(汎用オルソリス)
1981年 富士フィルム  Fujilith Ortho TypeV発売



Kodak製品を凌駕したFujilith High Speed Ortho Film
  


小西六写真の代表的リスフィルム SAKURALITH OS Film




コダックが1960,1961年に発売したKodalith Pan,Kodalith Royal Orthoフィルムを利用した直接網撮り色分解(ダイレクトスクリーニング)は、カラースキャナー普及前の画期的カラー製版手法として広く普及、コダックに続いて富士フィルムもFujilith Pan,Fujilith Hight Speed Ortho Filmを発売してコダックを急迫している。
当時、富士フィルムの古森会長が印刷製版用フィルムの営業を担当されており、当該フィルムの商品説明を古森会長から受けた経験がある方も多いことと思われる。
ちなみに筆者も製版フィルム技術担当として都内数社へ古森会長と同行訪問を行った懐かしい経験がある。



伝染現像も死語?

リスフィルムの現像液は伝染現像効果による高い現像コントラストを有しており、リスフィルムの高コントラスト再現に大きく寄与している。
一般の現像液が急性現像主薬のメトールと緩性現像薬ハイドロキノンの配合比率によって現像コントラストをコントロールしているのに対して、リスフィルム用の現像液はハイドロキノン単薬とアルカリ(炭酸ナトリウム)を主体とする.組成であることが最大の特徴である。
「伝染現像」は、コダックの技術者J.A.C.Yale(ユーロ)によって理論的に確立された現像反応で、ハイドロキノンの中間酸化物:セミキノンの存在とセミキノンがハイドロキノン以上に強い還元能力を有している事による現像コントラスト拡大が図れる現象である。
各社のリス型現像液は、セミキノンの状態を長く維持する為に酸化防止剤の添加量等に配慮した製品が追加され、最終的にはフィルムと現像液をセットしたFuji HSLシステム、Kodak MPシステム等のシステム展開が加速するに状況至った経緯がある。

デジタル化によってプリプレス工程から写真製版工程が消滅した今日、「伝染現像」は「リスフィルム」以上に死語となった感が大である。



米国Polychrome社を買収した大日本インキ化学(当時)が1979年に発売したDIC Graphic Film


以上

月例会 2016年10月度報告

2016-10-25 14:42:35 | 月例会
[印刷]の今とこれからを考える 

        「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年10月度会合より)

●ダヴィンチはなぜヴェネツィアに引っ越したか?

ルネッサンスを牽引した一人、レオナルド・ダヴィンチは、1500年にミラノから出版の中心地だったヴェネツィアに移り住んでいる。出版界の革命児、革新者といわれているアルド・マヌーツィオ(1450~1515)に会いたかったからだろうか? 芸術だけなく科学、医学分野でも異才を発揮した自身の理論を、印刷物として広く社会に知らしめたかったから?? マヌーツィオは16世紀のヴェネツィアで活躍した印刷・出版人で、「出版界のミケランジェロ」あるいは「出版界のラファエロ」と称された。1489年頃に、ローマ郊外からヴェネツィアに移っているが、ドイツからイタリアに印刷技術を伝えたとされるドイツ人の修道士たちとの親交から、印刷や出版に興味をもつに至ったとしても不思議ではない。彼の現れる以前、本は祈祷のためであったり、学習用の堅苦しいもの、真面目腐ったものであったりと、今日のような読書の楽しみとは無縁の存在だった。そんな時代に、マヌーツィオが親しみやすい本の出版を初めて手掛けて、読書を娯楽の一つに数えられるようにした功績は大きい。ほんの憶測に過ぎないが、ダヴィンチは本当にマヌーツィオを訪ねたかも知れないのだ。


●ルネッサンスを支えた印刷・出版の始祖は……

マヌーツィオが最初に出版したのはギリシャ語の文法書であったが、やがて自分の印刷所をつくり、マヌーツィオ文庫など数多くの名著を送り出すようになる。3,000部も売れた詩集でベストセラーの元祖にもなっている。数々の功績を拾い上げると,①机や書見台でしか開けないような重い本を文庫本にした(文庫本の生みの親)、②美しいローマン書体を新規に考案し、またイタリック体にも貢献、③句読点を開発して“ピリオとコンマの父”ともいわれた、④ノンブルをつけることを最初に考えた、⑤1ページを2段組にしてページ数を減らす工夫を最初にした――など。とくに私たちが記憶にとどめておきたいのは、①出版のかたちを一新した、②印刷と出版両方に着目し新境地を開いた、③開発した活字がフランスで新しいフォントになった――点である。亡くなってからちょうど500年、現在でも彼の出版・印刷活動がルネッサンス時代の学芸に大きな影響を与え,とくに印刷面から文芸復興を後押ししたことで注目されている。出版と印刷が別々に発展した日本で、果たして彼と同じような功績を残した出版人はいるだろうか。


●デジタルサイネージ市場が印刷業界を待っている

 顧客接点マーケティングの一環として、最近、印刷業界がにわかに関心を寄せ出したものに「デジタルサイネージ」がある。2020年には、その市場が2,700億円を突破するとの予測も出されており、デジタルコンテンツを扱える強みを発揮できる印刷会社にとって、またとないビジネスチャンスが到来している。全国の同業者同士でネットワーク組織をつくり、販促企画からコンテンツ制作、配信、メディアそのものの管理・運用まで支援していこうという動きも出ているくらいだ。地域に根ざしたサイネージ事業を全国規模で展開し、クライアント企業の販促活動をトータルに貢献していくビジネスだという。配信サービスまで手がけることにより、次々と最新のコンテンツを表示できるようになる。その分、販促効果が高まるだけに、クライアントから寄せられる期待も大きいそうである。


●パーソナルな顧客情報と組み合わせることで……

大手の印刷各社からも、このデジタルサイネージを活用したマーケティング戦略が競って提案されている。POSデータ(購買履歴)の分析システムやスマートフォンの専用アプリと、デジタルサイネージを組み合わせることで、よりパーソナルなニーズに沿った“お勧め商品”の販促情報を、店頭でリアルタイムに表示することが可能だとしている。Eコマースと電子看板が上手にコラボレーションすることになる。印刷業界がこのようなデジタルサイネージに力を入れ出した背景には、元々、販促用印刷物のためにデジタルデータの管理、加工をおこなってきた印刷会社ならではの実績がある。広告情報を心理的に抵抗感なく扱える土台がある。他産業と比較してはるかに有利な立場を生かしながら、今後、どのようなビジネスモデルを構築していこうとしているのか、大いに注目されるところである。


●アメリカの印刷産業はなお順調に推移している

 経済の上昇期には、発注を待たなければならない印刷産業の景気回復は遅れ、下降期には真っ先に発注を抑えられる印刷産業は早めに低迷してしまう。それでも上昇し切った成熟期には、どの企業も市場シェアを維持したいがために広告メディアを多用することから、一定の期間、印刷産業が恩恵に預かれるときがある。経済が下降に向かい始めたときでも、印刷産業は成熟期を引き延ばすことができる。「Sweet Spot」と呼ばれるこの現象をどう捉えて、今後の印刷市場を予測すべきか――アメリカの印刷産業団体PIAが恒例の特別サポートを公表している。北米の印刷市場でも例外ではなく、この2年間は、価格設定、利益とも上昇傾向にあった。経済回復期の7年目に当たる今年は、まさにベストな「Sweet Spot」にいるとしている。デジタルメディアへの置き換えでビジネスチャンスを探ると同時に、高付加価値型の付帯サービスを加味した独自のビジネスモデルに改良した時期でもあり、「印刷産業は順調だ」とさえ分析している。


●持続的な低成長を維持できる間に次の準備を

 経済回復期の“寿命”が近づいているなかで、PIAは今年の印刷市場の動向について①低成長の持続、けれどもムラのある成長(確率50%)、②穏やかな平均的な景気後退(同30%)、③成長の加速(同20%)――と見通している。さらに2018年までの予測では、もっとも可能性の高い経済シナリオとして、出荷額で年率約2%増の継続的な拡大(低成長持続型)を挙げている。もっとも楽天的なシナリオは0.5%増の成長加速型、極端な対立的見解は2~4%減(利益なし)の景気後退シナリオを列挙しているが、遅くとも3年以内には、穏やかな平均的な景気後退が25%の確率で「本当になる」とみている。印刷企業はどう対応すべきか? PIAは以下のように提言する。「すでに堅実な事業戦略計画をもち、印刷市況を先行学習しているなら、自社のマネジメントを大きく変更する必要は全くない」「計画立案上、もっとも重要なリスクは次の景気後退だが、その後退が続いている間に、(来るべき)健全な印刷市場で持続的な競争優位を構築できるよう、柔軟な姿勢で準備(体制づくり)しておくことが、実行すべきマネジメントの戦略課題である」。
※参考資料=「FLASH REPORT」Aug. 2016; Center for Print Economics and Management, PIA


●人材を招き入れるために教育界と連携を深めて

プレプレスの主要技術としてDTPが普及し出した1990年代中頃から、大学をはじめとする日本の教育機関から「印刷」という学科名が消えてしまっている。新しいビジネスモデルを模索しているこの時期に、優れた人材の育成、供給がないことは印刷産業にとって大きな問題である。それにも関わらず、印刷産業からは教育制度の改革についての動きがみられない。学生が集まらないせいなのか、どこの教育機関も印刷科、印刷工学科、写真印刷科といった名称を一斉に避けるようになった。それでも教育内容をみると、印刷工芸あるいはグラフィックアーツ、画像工学的な色彩が残っているようである。印刷産業から方策を提案するとしたら、①画像系の教育のあり方について印刷産業の業界団体と教育界が対話を深めていく、②教育機関では対応し切れない授業に、印刷業界から講師を派遣する――などが考えられる。そのなかで、画像技術とDTPシステムの全体像を教えられる教育プログラムの確立が可能になると思われる。両者がもっと連携を強め、社会のニーズに役立つ印刷メディアの魅力を学生たちに伝えていく必要がある。マーケティング機能と結びつけるという意味で「メディア工学科」と呼称したらどうだろうか?

以上




市場創生に至らず短期間に消えた音声ガイドカメラと音声感知シャッターカメラ

2016-10-05 16:00:14 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪

印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-24
印刷コンサルタント 尾崎 章


オートフォーカス、ストロボ内蔵、ズームレンズ搭載等々、各社の35mmフィルム・コンパクトカメラの新機能搭載が一巡すると「毛色を変えたカメラで少しでも多く販売したい」としてユニークな機能を搭載したカメラがミノルタカメラ㈱(当時)及びコニカ㈱(当時)から発売されている。ミノルタカメラが1984年に発売したユニーク機能搭載コンパクトカメラが音声ガイド付き「ミノルタAF-Sトークマン」、そしてコニカが1989年に発売した音声感知シャッターレリーズカメラ「コニカ・KANPAI」(カンパイ)である。

2機種ともカメラ業界及びカメラファンの間では話題にはなったものの後続機種も無く、他社参入による市場創生も図れずに短命商品で終わっている。
ユニークなカメラを発売したコニカ㈱と㈱ミノルタ㈱は2003年8月に経営統合を行い新会社:コニカミノルタホールディングス㈱を設立しており、ユニークなカメラを発売出来るフレキシビリティに富んだ2社の統合がデジタル印刷機等で業界をリードする等、大きく飛躍する一因になっていると推察する事が出来る。


松田聖子さんの声?と「聖子ファン」がブレークしたミノルタ AF-Sトークマン

ミノルタカメラは、1884年9月に「音声による御知らせ機能」付きの全自動コンパクトカメラ:ミノルタAF-Sトークマン(51.800円)を発売した。カメラ本体仕様は、35mm f2.8の広角レンズを搭載した単焦点カメラで、音声を使用した「お知らせ機能」がセールスポイントで有った。



ミノルタ・AF-S トークマン  


ミノルタカメラが当該カメラのTVコマーシャル及びカタログに松田聖子さんを採用したことからカメラ音声も「聖子ちゃんの声?」として松田聖子さんファンがブレークした経緯がある。
音声は「フィルムを入れて下さい」「フラッシュを御使い下さい」「撮影距離を変えて下さい」の3フレーズだけの寂しい内容であったが松田聖子広告効果は抜群であった。



ミノルタ・トークマン 音声ガイドスイッチ 


他の音声カメラとしては、1999年2月にPolaroid社が発売した「Polaroid 636 AF Polatalk」(16.800円)がある。
シャッターを半押しするとプリセットされた3パターンの音声が再生され、更に撮影者の音声も録音できる楽しいカメラであった。



Polaroid 636AF Polatalk


プリセット音声は、①「笑って、笑って」(女性の声)②「撮りますよ、はいポーズ」(男性の声)③「スリー、ツー、ワン」の男性声とドカーン(効果音)の3種類で更に、④撮影者の音声録音(何回でも録り直し可)の4パターンである。
撮影ガイドでは無く、シャッターチャンスのガイド機能付きのカメラで有った。いずれにしろ、音声カメラの後続機種は無く「最初で最後」のカメラとなった。

スマートフォンのカメラ撮影を音声でサポートする視覚障害者サポートスマートフォンは、2014年にサムスンより「Galaxy Core Advance」が発売されている。テキストを音声読み上げする機能の他にカメラ撮影を音声サポートする機能が付加されていた。


世界初、音声感知シャッターレリーズ機能搭載のコニカ・乾杯「KANPAI」

変わり種のカメラを得意?とするコニカ㈱が1989年11月に発売した世界初の音声に感知してシャッターが切れる音声感知式シャッターシリーズ機能を搭載したカメラが、コニカ「KANPAI」である。



コニカ・KANPAI


カメラ前面スイッチによって音声マイクが作動、音量が設定値を超えるとシャッターが切れる方式で、宴会時の「かんぱ~い!」等の大声に反応して撮影できる楽しいカメラである。
カメラ本体は、34mm f5.6 トリプレット(3群3枚)の広角レンズを搭載、固定焦点、シャッター速度も1~1/200秒の低価格仕様(28.000円)であった。
音声感知は3段階切換え、専用小型三脚がセットされておりカメラのフレーミングフリー機能を使用すると撮影毎に40度の角度でカメラが首をふり、最大100度迄の範囲を撮影できる宴会・パーティ向けカメラであった。



専用三脚にセットしたコニカ・KANPAI マイクスイッチはレンズ脇)   
 


専用小型三脚は石突き部にスニーカーを履かせる遊び心が満載の仕様で、「設計者の顔が見たくなる」様なスペックで有った。
筆者は、コニカ「KANPAI」を2005年に東京駅八重洲地下街の大手写真チェーン店の中古カメラコーナーで未使用に近い新品同様品を3.000円で購入したが、残念ながらスニーカーはロスト状態であった。
「KANPAI」購入後、テストも兼ねて何回か宴会に持参したがカメラセット適した棚等がある宴会場が少なく「乾杯!撮影」は未実現のままである。以前の保有者が「東京駅周辺企業の宴会仕切り屋社員で、女性社員の注目を集める目的で購入?」等 勝手な想像も出来るカメラである。


以上