[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年12月度会合より)
●出版社はマーケティング力が不足している
有力な出版社や著者が「新刊本については少なくとも1年間は貸出しを猶予してほしい」と、公立図書館に要請した動きが物議を醸している。せっかく出版した本が売れなくなり、増刷もできないというのがその理由だが、公共サービスを本位とする図書館側は、商業出版との狭間でどう対処したらいいのか当惑しているようだ。そんな図書館側の事情はさておき、そもそも出版社が顧客側の動きを制約しようというのは、少しムリがあるのではないか。出版社は概して、確実に売れそうな本しかつくらない。読者が無意識に抱いている潜在ニーズをいかに顕在化するか――ニーズを気づかせる仕掛けによって購読を勝ち取るというマーケティング力が不足している。読者に一番近い書店もエリアマーケティング的な努力をしていないのが実情だ。問題の根底には、そんな実態が見え隠れする。
●ITを活用して読者ニーズに沿った出版企画を
メディアが多様化してさまざまなチャンネルが構築されている現在、どんな内容でも出版物にさえすれば読んでくれるというのは、すでに昔の話になった。今は、ITの活用で読者ニーズに即した情報を素早く提供できるようになっている。しかし、そのITを駆使した出版のビジネスモデルがまだまだ確立されていない気がする。本は高価だ、本棚を置く場所がないというアナログならではの悩みが付きまとうなかで、ITによって知的レベルを高めた誰もが、必要とする書物を即座に読めるようにする効果は計り知れない。例えば、生活シーンを演出する場面に役立つ本を添えて欲しいと願う読者は多い。オーダーメイドの本をつくれる仕掛けを幾通りもつくり、読者に投げ掛けることこそ、出版社がおこなうべきこれからのビジネスモデルではないか? 返本を少なくできれば、それだけで出版社が生き残れる余地が生まれる。
●印刷会社もデータ主体のマーケティングを
翻って、印刷会社の営業活動も受注価格中心の“切った張った”のレベルに止まっている。パソコンが一般化しインターネットも普及し過ぎた。そうしたなかで、紙メディアの特質をビジネスの強みとしてどう活かすかという発想が足りない。電子黒板やタブレット端末を用いた学校教育が浸透してきた。また、デジタルプリンタを端末として活用した教育(通教、社会人講座、学習塾など)も盛んになった。誰でも簡単に勉強できる時代になったのである。印刷会社は乗り遅れてはいけない。今こそアタマを入れ代えて、デジタルマーケティングに取り組まなければならない。道具(印刷機)に頼った経験則によるマーティングから、データを駆使するマーケティングへと変換する必要がある。大量生産志向から抜け出し、データによって顧客のニーズを掴み、それに見合う最適なメディアをその時その場で提供すること。それには、顧客と対等のパートナーシップを築いて自らビジネス提案することが重要になる。
●好調なアメリカ印刷産業で二極分化の動きが
このところアメリカの印刷産業が好調のようだ。出荷額が16か月連続して前年比を上回り、インフレ調整後の実質値でもGDPの伸び率以上と、弾性値「1」を超える勢いをみせている。20年間も待ち続けた最良の成長である。このような企業環境を受けてか、5年以上も前から提唱されてきた「マーケティングサービスプロバイダー」(MSP)への業態変革の動きが鈍化し、本来の「プリントサービスプロバイダー」(PSP)に原点回帰する傾向が強まっているという。この1年の間でもMSPへの変革の意気込みが低下しているのだ。しかも、全体の3分の1に当たる印刷会社がMSPへ転換する意欲すら放棄している。転換自体をあきらめた会社が増えたということらしい。その一方では、変革を終えたとする会社も着実に増えており、両者の隔たりが大きくなっている。PSPを志向せざるを得ない理由としては、売上高を確保したいという緊急課題がトップに立ち、そのうえで①適切な能力がない、②明確なビジョンと戦略がない、③技術的な課題がある――が続く。さらに開発時間、資金的制約、資質不足が挙げられていて、基本的な企業力がないことも大きな理由のようだ。
●本業回帰で付加価値を確保し続けられるか?
こうした課題を本業への注力でカバーしているといえば簡単だが、そう単純ではない。今後どんな市場分野の成長が予測されるかと聞くと、1位はデジタル印刷、2位はラージプリントとなっている。従来型のオフセット印刷は3位に止まっていることに留意する必要がある。さらに続くメーリングサービス、フルフィルメントサービスも含めて、新たに付加価値を獲得しようという分野は、いずれもバリアブルデータを扱うものばかりである。そうなると、革新的なビジネス戦略、運営方法の構築、営業パーソンや制作スタッフのスキル向上が必要になる。MSPへの転換のハードルが高くなると同時に、PSPの領域そのものも限定されることになる。景気が回復すると従来型市場が活況を呈するので、MSPへの転換を躊躇する印刷会社が“つい”本業に頼りがちなのは理解できるが、より高度な付加価値サービスを長期にわたって提供していくべきだという提言のなかで、どのように対応していこうとしているのだろうか?
※参考資料=「Info Trends」Associate Director Howie Fenton;What They Think
●ITを使いこなせない印刷業は“不思議な商売”
「印刷業は不思議な商売だ」といわれたことがある。IT(情報技術)からICT(情報コミュニケーション技術)、さらにはIoT(Internet or Think)とビジネスの基調が次々と変わっていて、10年後には現存する仕事の3分の1はなくなるだろうとみられている。確実に生き残るのは、人と人とを繋げるコミュニケーションだとさえいわれる。そうしたなかで印刷産業はどうしていくべきか。印刷の機能を①生産設備を柱とするバックヤード、②ITやマーケティングを駆使するフロントヤード――の二つに分けて考えた場合、発展したあげく限界にまで到達した前者に対し、後者は全くといっていいほど手をつけられていない。それなのに、前者ばかりに資本を注ぎ込んで、後者については殆んど考えていない実態を「不思議だ」と受け取られたのだ。前者に力を注いできた従来型の印刷業はすでに成熟段階に入り、価格、品質、納期を自由に決められなくなっている。だからといって前者の業態をそのままに、川上工程の後者に比重を移したとしても無理が生じるだろう。根本的に異なる機能をもった両者を一緒に考える必要はない。
●「コミュニケーション」を印刷業の主機能に
フロントヤードの仕事は、理論的に設計変更が可能という特質をもっている。印刷業の場合は、プリプレス/プリメディアの工程で自分の意思でコンテンツを処理できる仕組みを築いて、価格、品質、納期を主体的に決められる体制をとることが重要なのである。ITを駆使すれば、受注から印刷にかけるまでの時間を自由自在に操作できる。たんに短縮できるだけでなく、印刷機の稼働率もコントロールしやすくなる。本当の意味の経営効率はこうして確保される。印刷製品を納めるだけでは判らなかった効用も、ICTの導入により測定可能となる。印刷メディアならではの特性を活かすために、フロントヤードをどう組み立てるか、そのうえでマーケティング視点でバックヤードとどう連携させるか、が重要になるだろう。これからは「コミュニケーション」を印刷業の主機能とすべきである。印刷業の将来はフロントヤードで打開できるのだ。そのための人材、とくに生まれながらにデジタルに親しんでいる“ネイティブ・デジタル”の発掘と確保に全力を注ぐ必要がある。社内で育成できなければ、外部からのヘッドハンティングで抱え込むことも厭うてはならない。彼らは取り扱うデジタルデータをきちんと管理し、顧客ニーズに沿ったメディアとして効果的にかたちづくってくれるだろう。
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年12月度会合より)
●出版社はマーケティング力が不足している
有力な出版社や著者が「新刊本については少なくとも1年間は貸出しを猶予してほしい」と、公立図書館に要請した動きが物議を醸している。せっかく出版した本が売れなくなり、増刷もできないというのがその理由だが、公共サービスを本位とする図書館側は、商業出版との狭間でどう対処したらいいのか当惑しているようだ。そんな図書館側の事情はさておき、そもそも出版社が顧客側の動きを制約しようというのは、少しムリがあるのではないか。出版社は概して、確実に売れそうな本しかつくらない。読者が無意識に抱いている潜在ニーズをいかに顕在化するか――ニーズを気づかせる仕掛けによって購読を勝ち取るというマーケティング力が不足している。読者に一番近い書店もエリアマーケティング的な努力をしていないのが実情だ。問題の根底には、そんな実態が見え隠れする。
●ITを活用して読者ニーズに沿った出版企画を
メディアが多様化してさまざまなチャンネルが構築されている現在、どんな内容でも出版物にさえすれば読んでくれるというのは、すでに昔の話になった。今は、ITの活用で読者ニーズに即した情報を素早く提供できるようになっている。しかし、そのITを駆使した出版のビジネスモデルがまだまだ確立されていない気がする。本は高価だ、本棚を置く場所がないというアナログならではの悩みが付きまとうなかで、ITによって知的レベルを高めた誰もが、必要とする書物を即座に読めるようにする効果は計り知れない。例えば、生活シーンを演出する場面に役立つ本を添えて欲しいと願う読者は多い。オーダーメイドの本をつくれる仕掛けを幾通りもつくり、読者に投げ掛けることこそ、出版社がおこなうべきこれからのビジネスモデルではないか? 返本を少なくできれば、それだけで出版社が生き残れる余地が生まれる。
●印刷会社もデータ主体のマーケティングを
翻って、印刷会社の営業活動も受注価格中心の“切った張った”のレベルに止まっている。パソコンが一般化しインターネットも普及し過ぎた。そうしたなかで、紙メディアの特質をビジネスの強みとしてどう活かすかという発想が足りない。電子黒板やタブレット端末を用いた学校教育が浸透してきた。また、デジタルプリンタを端末として活用した教育(通教、社会人講座、学習塾など)も盛んになった。誰でも簡単に勉強できる時代になったのである。印刷会社は乗り遅れてはいけない。今こそアタマを入れ代えて、デジタルマーケティングに取り組まなければならない。道具(印刷機)に頼った経験則によるマーティングから、データを駆使するマーケティングへと変換する必要がある。大量生産志向から抜け出し、データによって顧客のニーズを掴み、それに見合う最適なメディアをその時その場で提供すること。それには、顧客と対等のパートナーシップを築いて自らビジネス提案することが重要になる。
●好調なアメリカ印刷産業で二極分化の動きが
このところアメリカの印刷産業が好調のようだ。出荷額が16か月連続して前年比を上回り、インフレ調整後の実質値でもGDPの伸び率以上と、弾性値「1」を超える勢いをみせている。20年間も待ち続けた最良の成長である。このような企業環境を受けてか、5年以上も前から提唱されてきた「マーケティングサービスプロバイダー」(MSP)への業態変革の動きが鈍化し、本来の「プリントサービスプロバイダー」(PSP)に原点回帰する傾向が強まっているという。この1年の間でもMSPへの変革の意気込みが低下しているのだ。しかも、全体の3分の1に当たる印刷会社がMSPへ転換する意欲すら放棄している。転換自体をあきらめた会社が増えたということらしい。その一方では、変革を終えたとする会社も着実に増えており、両者の隔たりが大きくなっている。PSPを志向せざるを得ない理由としては、売上高を確保したいという緊急課題がトップに立ち、そのうえで①適切な能力がない、②明確なビジョンと戦略がない、③技術的な課題がある――が続く。さらに開発時間、資金的制約、資質不足が挙げられていて、基本的な企業力がないことも大きな理由のようだ。
●本業回帰で付加価値を確保し続けられるか?
こうした課題を本業への注力でカバーしているといえば簡単だが、そう単純ではない。今後どんな市場分野の成長が予測されるかと聞くと、1位はデジタル印刷、2位はラージプリントとなっている。従来型のオフセット印刷は3位に止まっていることに留意する必要がある。さらに続くメーリングサービス、フルフィルメントサービスも含めて、新たに付加価値を獲得しようという分野は、いずれもバリアブルデータを扱うものばかりである。そうなると、革新的なビジネス戦略、運営方法の構築、営業パーソンや制作スタッフのスキル向上が必要になる。MSPへの転換のハードルが高くなると同時に、PSPの領域そのものも限定されることになる。景気が回復すると従来型市場が活況を呈するので、MSPへの転換を躊躇する印刷会社が“つい”本業に頼りがちなのは理解できるが、より高度な付加価値サービスを長期にわたって提供していくべきだという提言のなかで、どのように対応していこうとしているのだろうか?
※参考資料=「Info Trends」Associate Director Howie Fenton;What They Think
●ITを使いこなせない印刷業は“不思議な商売”
「印刷業は不思議な商売だ」といわれたことがある。IT(情報技術)からICT(情報コミュニケーション技術)、さらにはIoT(Internet or Think)とビジネスの基調が次々と変わっていて、10年後には現存する仕事の3分の1はなくなるだろうとみられている。確実に生き残るのは、人と人とを繋げるコミュニケーションだとさえいわれる。そうしたなかで印刷産業はどうしていくべきか。印刷の機能を①生産設備を柱とするバックヤード、②ITやマーケティングを駆使するフロントヤード――の二つに分けて考えた場合、発展したあげく限界にまで到達した前者に対し、後者は全くといっていいほど手をつけられていない。それなのに、前者ばかりに資本を注ぎ込んで、後者については殆んど考えていない実態を「不思議だ」と受け取られたのだ。前者に力を注いできた従来型の印刷業はすでに成熟段階に入り、価格、品質、納期を自由に決められなくなっている。だからといって前者の業態をそのままに、川上工程の後者に比重を移したとしても無理が生じるだろう。根本的に異なる機能をもった両者を一緒に考える必要はない。
●「コミュニケーション」を印刷業の主機能に
フロントヤードの仕事は、理論的に設計変更が可能という特質をもっている。印刷業の場合は、プリプレス/プリメディアの工程で自分の意思でコンテンツを処理できる仕組みを築いて、価格、品質、納期を主体的に決められる体制をとることが重要なのである。ITを駆使すれば、受注から印刷にかけるまでの時間を自由自在に操作できる。たんに短縮できるだけでなく、印刷機の稼働率もコントロールしやすくなる。本当の意味の経営効率はこうして確保される。印刷製品を納めるだけでは判らなかった効用も、ICTの導入により測定可能となる。印刷メディアならではの特性を活かすために、フロントヤードをどう組み立てるか、そのうえでマーケティング視点でバックヤードとどう連携させるか、が重要になるだろう。これからは「コミュニケーション」を印刷業の主機能とすべきである。印刷業の将来はフロントヤードで打開できるのだ。そのための人材、とくに生まれながらにデジタルに親しんでいる“ネイティブ・デジタル”の発掘と確保に全力を注ぐ必要がある。社内で育成できなければ、外部からのヘッドハンティングで抱え込むことも厭うてはならない。彼らは取り扱うデジタルデータをきちんと管理し、顧客ニーズに沿ったメディアとして効果的にかたちづくってくれるだろう。