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印刷図書館倶楽部ひろば

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世界標準のフィルム現像液・コダックD76

2015-10-01 11:37:16 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
世界標準のフィルム現像液・コダックD76
 
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-13
印刷コンサルタント 尾崎 章


デジタルカメラがカメラの代名詞的存在となり、フィルム及びフィルムカメラはフジフィルムのインスタント写真:チェキを除きプロビジネスの一部領域とマニアックな写真愛好家向け存在となって久しい。
モノクロフィルムを自宅で現像・プリントする写真愛好家も僅かとなり日本写真映像用品工業会のデータによると2014年度の写真引伸機の年間生産総数が200台レベル迄に減少した事が報じられている。
こうした状況よりモノクロフィルム現像液の商品構成に至っては「知る人ぞ知る」的な状況に至っている。先日、コダックの代表的なモノクロフィルム現像液・D76の話題に触れた時、居合わせた若手編集者に「D51」蒸気機関車の同類と間違えられて大笑いした事がある。



コダック D76モノクロフィルム現像液 


コダックD76は、1927年にイーストマン・コダックが発表したモノクロフィルム用現像液で急性現像主薬・メトールと緩性現像主薬・ハイドロキノンを組み合わせたMQ現像液の代表的存在として世界で最も多く使用された現像液とされている。
「2.100.5.2」はD76現像液の薬品組成で、750ccの水にメトール2g,無水亜硫酸ナトリウム100g,ハイドロキノン5g,臭化カリウム2gを順次溶解して水を加えて1000ccとする処方である。筆者が研究所勤務当時はモノクロフィルムを現像する機会が多くメーカー既製品をあえて使用せずに上皿天秤で前述薬品を秤って調合、微妙にメトール、ハイドロキノンのバランスを変えたオリジナル「マイブレンド現像液」を楽しんだ経験が有る。



現像は還元反応、現像主薬は還元剤 

デジタルカメラが業界標準となった今日、「現像とは?」の質問に「RAW現像の事ですか?」と聞き返されるケースが当たり前となり銀塩感光材料の現像反応について的確に答えられる人は激減している。
写真現像について簡単に記述すると「写真感光材料の感光材・ハロゲン化銀塩(塩化銀、臭化銀、ヨウ化銀)は感光すると光のエネルギーによって結晶核の一部が銀に還元されて潜像を形成する。現像液は潜像が形成されたハロゲン化銀に選択的に作用して金属銀に還元する還元剤で現像液は現像反応後に酸化して酸化物を形成する」となる。中学校の化学授業で習う「酸化還元反応」の好事例である。



メトールは商標、正式薬品名はモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩

最古の写真現像主薬としてピロガロール(焦性没食子酸)が湿板時代に使用されていたが、1880年に英国 William Abneyによってハイドロキノンの利用が提案され、1891年にはメトールが登場して写真現像プロセスが大きな進歩を遂げている。


写真用品店で市販されているメトール、ハイドロキノン 

ドイツ南部・シュトットガルド市近郊にある化学会社HAUF化学のエンジニァ・Bogishが現像主薬としてモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩を開発、同社はメトール名で商標登録を実施した。
HAUF化学は、ドイツ・アグファ及びイギリス・ジョンソン社の2社のみに対してメトール名称の使用許諾を行った為にフィルム・写真関連各社は其々別の名称を付ける必要に迫られる事になった。
商標抵触を回避した関連各社のモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩のネーミングの一例としては下記の通りで有るが、20を超える各社商品名が存在した経緯が有る。


[モノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩の名称例]

 ●イーストマン・コダック      「エロン」
 ●富士写真フィルム(フジフィルム) 「モノール」
 ●小西六写真工業(コニカミノルタ) 「モノパトール」
 ●メルク社(ドイツ)        「フォトレップ」
 ●中外写真薬品           「メトールミン」
 ●ナニワ薬品            「メトールサン」 


アグファは、HAUF社よりメトール商標の許諾権を得ていた事より「アグファ・メトール」として積極的な展開を行った経緯があるが、結果的にはコダック、富士フィルムの呼称も定着せず「メトール」が業界標準・代名詞として認知・使用され今日に至っている。


 
コダックD76は世界標準、国内標準を目指した日本写真学会・NSG現像液

標準的な汎用微粒子現像液として世界的に認知されたコダックD76は、競合各社からも互換製品が発売されD76の優秀性が改めて実証される事になった。
D76完全互換品としてはイルフォード「ID-11」、富士フィルム「フジドール」(2007年販売終了)等があり、イルフォード製品は現在も販売が継続されている。


イルフォード ID-11現像液 


コダックD76は、現在も1リットル用及び1ガロン用の製品が2013年9月にイーストマン・コダックより分離独立したコダック・アラリス社(Kodak Alaris)より供給・販売継続が行われ、1927年以来「モノクロ現像液・世界標準/業界標準」の座を保っている。
業界標準と云えば、日本写真学会(NSG)が以前に業界標準を目指してNSG-Developer処方を発表していた時期がある。当時の日本写真学会はNSG感度を定める等の展開も行っており、懐かしい写真工業史の一コマである。フジFD-3,さくらSD-1と併せてのNSG現像液の処方を参考までに記載する。


             フジFD3      さくらSD-1   NSGDeveloper
(富士写真フィルム)   (小西六写真)  (日本写真学会)
___________________________________________
  水          750cc     750cc      750cc
メトール           2g        2g         3g
無水亜硫酸ナトリウム    40g       30g        50g
ハイドロキノン        4g        5g         6g
臭化カリウム         1g        1g         1g
炭酸ナトリウム       24g       20g        25g
水を加えて       1000cc    1000cc     1000cc  



印刷業界に懐かしのコダックDK50

コダックの現像液にシートフィルムの皿現像(バット現像)を主用途とするDK50と云う現像液があった。コダックDK50はメトールとハイドロキノンを1:1の等量配合したMQ現像液で階調再現性と保存安定性を特長としていた。
印刷業界で写真製版が全盛期を迎えた1960年代にDK50は色分解ネガフィルム(Separation Negative Film)の現像液として、また1:1の希釈液はマスキングフィルムの現像液として多用された経緯が有る。


コダック セパレーションネガフィルム 

カラースキャナーが普及する前の写真製版の「2工程色分解」では、Kodak Pan Masking Filmを使用してカラー原稿の色補正とコントラストを修正する複数のマスクを作成。


コダック パンマスキングフィルムを使用したコントラスト修正マスク 


これらのマスクとカラー原稿を重ねた状態でR,G,BのKodak Wratten Filterを使用して色分解ネカを作成する製版手法が当時の業界標準で、これらのフィルム用指定現像液がコダックDK50であった。塾年の写真製版経験者には懐かしの製版手法であり、懐かしの現像液である。DK50は、既に販売を終了しているが処方が公開されており、簡単に調合する事が出来る。


[コダックDK-50]
          水          750cc
         メトール         2.5g
         無水亜硫酸ナトリウム   30g 
         ハイドロキノン      2.5g
         メタホウ酸ナトリウム   10g
         臭化カリウム       0,5g
         水を加えて       1000cc


D76を現在も供給するコダック・アラリス社では、デジタル環境の発達により「撮影→現像→プリント」の基本構造は崩れ去ったが「人生の想い出、瞬間のシェア、可視化の簡便化」を企業理念とする主旨のコメントを行っている。
フジフィルムでは更に「デジタル映像の時代になっても、19世紀に誕生した銀塩写真の表現力が放つ魅力に変化は無く、これからもフジフィルムはかけがえの無い文化として銀塩写真の魅力を伝え続ける」とのアピールを日本写真学会誌等々で実施しており銀塩写真愛好家にとっては心強い限りである。
フジフィルムは、1952年4月に代表的国産モノクロフィルムとなった「ネオパンSS」を発売、その発売二カ月後に製品化した微粒子現像液「ミクロファイン」は発売60年を超えるロングセラー製品になっており同社の基本方針が現像処理薬品まで反映されている事を実証している。



フジフィルム ミクロファイン現像液



フジフィルムの企業コンセプト広告(日本写真学会誌 表4 2015 Vol-78) 


以上


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「2.100.5.2」 (カラシ大王)
2019-10-07 09:58:12
「2.100.5.2」はD76現像液の薬品組成で、750ccの水にメトール2g,無水亜硫酸ナトリウム100g,ハイドロキノン5g,臭化カリウム2gを

最後の2gは臭化カリウムではなく、硼砂です。
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