山咲雛子の日記

毎日何かを好き☆と感じ、感謝して、頑張っています。時間が沢山あったら、ゆっくり自然の中で過ごしたいです♪旅もしたいな♪

四国遍路5番~1番歩き(2)

2020年03月20日 | 神社・仏閣

第3番の奥の院「愛染院」から、途中、京料理の「佳居」さんで、美味しい食事で満たされすぎるほど満たされて、第3番さん「金泉寺」へ歩きます。

途中の神社に圧倒されます。

大木がスゴイ迫力です。

うわ~、私の住む町ではいつからか無くなった、ビールとか酎ハイとかの自販機。

懐かしい~~~。

来たよ、第3番金泉寺。

高野山真言宗。
本尊は釈迦如来(伝行基作)さま。
開基は、行基菩薩。

私のなかでは、四国の1番さんです。

なぜなら、1番、2番さん共に、初めて遍路の私は、般若心経をあげるのが恥ずかしくて、お作法もわからず、好奇心という不思議な動機で、お遍路が始まったからです。

3番さんで、ようやく下手でも般若心経をあげて鍛錬しないと、これ以上の巡礼は心理的に「なぜ?何のため?」の何故なぜ理論に負けそうで、蚊の鳴くような声で初めて声を出して読経をしました。

歩き遍路でしたが、四国巡礼の基本を知らないで強行したことが、恥ずかしくて情けなくて、1~4番さんの境内では、モタモタしてしまい、今思えば野暮ったい自分でしたね。

今となっては笑です。

弘仁年間(810〜24)になって弘法大師が四国を巡教された際、村の人たちが日照りに苦しんでいるのを見て、この地に井戸を掘られ、この井戸から湧き出た水は霊水で、「長寿をもたらす黄金の井戸」とされ、寺名の「金光明寺」を改め、「金泉寺」とされたそうです。

なんでもこの井戸に自分が映ると良い、との言い伝えがあります。

覗いてみると、映ってました。

もう少しは大丈夫なんだな、と思うことにします。

さて次は、2番極楽寺まで歩きます。

だいたい3kmくらい。

高野山真言宗。
本尊は阿弥陀如来(伝弘法大師)さま。
開基は行基菩薩。

弘法大師お手植えとされる「長命杉」は、樹齢1200年あまり、高さが約31メートル、周囲約6メートルもある霊木。

触れれば家内安全ばかりか、病気平癒、長寿も授かるといわれ、鳴門市の天然記念物に指定されています。

境内では、階段を上がったところに、本堂と大師堂があります。

第2番さんは、宿坊もありますよ。

その日、最後のお参りは第1番霊山寺。

四国1番霊場であり、順打ちで巡礼であれば、ここが発願地で「同行二人」の長い旅になりますね。

お寺さんの縁起では、聖武天皇(在位724〜49)の勅願により行基菩薩が開創された、弘仁6年(815)弘法大師が四国の東北から右廻りに巡教された際、この地で衆生の88の煩悩を浄化し、また衆生と自らの厄難を攘はらって、心身の救済ができる霊場を開こうと37日間の修法をされたといわれています。

その時、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み、熱心に耳を傾けている霊感を得、大師はその光景が天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じとり、インドの霊山を和国(日本)に移す意味で「竺和山・霊山寺」と名づけられたそうです。

何度来ても、大らかなのに凛として、門戸がひろい霊場という印象を私は感じます。

四国霊場1番さんらしく、毎回来るたびに、何か学びがあります。

その日の歩き遍路はここで終了です。

 

健康でいられるから、歩けるから、たくさん四国の空気を胸にため込んで思うことは、弘法大師空海さんがその礎を築いて1200年もの長い間、四国に脈々と受け継がれてきた歴史の貴重さ。

長い歴史の間には、数々の世界戦争も起こったはず。

戦争を知らない世代の私がまず思うことは、戦後も日本各地で大地震が起きた後も、こうした文化が大事にされたこと。

四国の皆様が「お接待」などという形で来るものを拒まず、今もその文化に触れることができるのは本当に素晴らしく、まさに世界平和の考え方に寄り添っています。

歩いてみると、本当にいろいろ考えますね。

今は新コロナウィルスの問題が解決されていませんが、特効薬やワクチンができたら、また四国巡礼の文化を紡いでいきたい。

いきて、生き続けて、感謝して、がんばろ。

合掌

 


佳居

2020年03月19日 | 

四国徳島の第3番さんの奥の院から、3番さんまでは3.3㎞歩きます。

車だと8分。

歩きだと41分とグーグルマップで表示されます。

雨も止み、足も痛くない、大丈夫。

でもお腹がすいてきました。

快適に歩き続けるためには、食事をしたい、そう思いました。

体が元気になっている実感です。

歩けて幸せ♪

お腹がすいて幸せ♪

なんか、私へんな脳内物質出てる???

それで、遍路道の交差点で、「京料理」の看板を見て、そういう体に良いものを頂こうと思ったのでした。

「佳居」さん。

中に入ってメニュー見たら、私の状況ではナウお遍路中につき、お腹は空いているけれど、気分的にはあまり贅沢もしたくないのですね。

食べることが目的ではないから。

どうしようかな~と思ったのですが、お遍路の姿の私に、大女将が融通を効かせてくれるというので、お任せにしました。

そうしてお茶ポットを厨房の息子さんが持ってきてくださって・・・。

温かいお茶が身に染みるようでした。

運ばれてきたお料理は、美しすぎるお膳でした。

心がある、っていうのか、本当にきちんとしたお料理。

ご飯だけでも十分美味しいのに、すべてのおかずの味付けが絶妙すぎる味付け。

美味です。

本当に、胡麻一粒も残したくないほど完璧。

特に、トラウトサーモンの西京漬けは、絶品♪

 

私はこれほどまでに幸せな、歩き遍路巡礼でいいのでしょうか?

そう思いました。

本当に、佳居さん、心のこもったお料理、ご馳走様でした。

お遍路さん価格にしていただいて、申し訳ないほどでした。

合掌

 

■佳居

住所 徳島県板野郡板野町犬伏大坪75-3

TEL 088-672-5595

 

 


四国遍路第3番奥の院 愛染院

2020年03月18日 | 神社・仏閣

四国をお遍路していると、巡礼は奥が深いとつくづく感じます。

四国巡礼88か所と思われがちですが、お寺によって「奥の院」と呼ばれるお寺さんがあったり、四国別格霊場もあるし、四国36不動霊場もあるし、もうキリがないんですよね。

4年前歩きで四国の徳島を遍路して、2番さんから3番さんに向かっていた途中で立ち寄った「愛染院」さんですが、その時は3番さんの奥の院とはその時は知らなかったんです。

その時、境内で可愛い猫ちゃんがお迎えしてくれました。

私は、お遍路の場所じゃないんだ、と思って納経場にも立ち寄らず、でも納札箱があるので納めただけで、今思えば大変失礼なことしたなぁ~、って思ってます。

それで猫ちゃんのために「チャオチュール」を買って、お参りしました。

本当に逆遍路って、道の印象が全く変わるんですよね。

わらじの仁王門。

仁王門では、右でも左でもどちらからでも良いのですが、おのおのに合掌します。

お参りさせていただきます、の心で。

愛染院は、高野山真言宗。

本尊は不動明王で、別名「那東のお不動さん」とよばれているそうです。

伝承によれば平安時代前期の弘仁7年(816年)四国を巡錫中の弘法大師がこの地に霊気を感じ、みずから不動明王を刻み、ここに本尊として安置したのが始まりと言われています。

明治・大正時代までは「阿弥陀寺」と呼ばれていましたが、大正10年に四国21番札所太龍寺の境内にあった「愛染院」と合併し、現在の寺名となったそうです。 


天正10年(1582年)長宗我部元親の阿波進攻に際し、中富川の戦いにおいて討ち死にしたと伝えられている、この地を治めていた板西城主の赤澤信濃守崇伝の廟が祀られているそうです。

そしていつのころからか、この廟に参詣すると腰から下の病が治癒するとの信仰を集めるようになります。

信濃守が履いていた草鞋の紐が切れたために戦に負けてしまったという言い伝えのためか、治癒した信者は当院に草鞋を奉納する習わしがあり、赤澤信濃守廟と仁王門の前にはそれぞれ大わらじが奉納されています。 

全国的にも珍しく、四国ではここだけの「刷毛書き」の納経を頂くことができます。

ご住職が不在の場合は書き置きの納経を頂けます。

ご住職様がおられたので、貴重な刷毛書きを頂くことができました。

本当にありがたいと思いました。

書くのは相当難しいものと推測します。

頂く前に「四国3番じゃないけど」と念を押されました。

お四国の納経帳には、最後のほうに白紙の紙がありますから、私はそこにいただきました。

大きい納経帳のほうが迫力がありますよ。

まるで梵字が飛び出て見えるような凄さです。

でも刷毛書きは繊細なため、紙質によって変わってくるそうです。

 

4年前に私が会った猫ちゃんは、残念ながらもう、身を消してしまい、数年前から姿を見せなくなったとのことでした。

そうでしたか・・・。

でも、こうして君のために会いに来れてよかった。

猫ちゃん、本当にありがとうね。

合掌

 


四国遍路5番~1番歩き(1)

2020年03月17日 | 神社・仏閣

3月、とある日の徳島駅構内。

心がほっとしますね。

フェルトで作ったお重が豪華ですね。

可愛い~~♪

駅前のバスロータリーで「鍛冶屋原線 鍛冶屋車庫行」のバスを待ちます。

私の姿は、白衣にお杖を持った歩き遍路。

いよいよ、歩き遍路始まりです♪

でも外は雨。

「あすたむらんど」を経由して「羅漢」で下車。

いよいよです。

5番地蔵寺。

真言宗御室派。

ご本尊は、延命地蔵 胎内仏・勝軍地蔵菩薩(伝弘法大師作)さま。

樹齢は800年を超えるといわれる大銀杏。

あろうことか、ライターをどこかで落としてしまったらしく、慌てて納経場へ。

ライター売っていました。

良かった、よかった。

モクレンの花の香りが、こんなに素敵な匂いとは今まで気づかなかったです。

空気が綺麗だから、ですよね。

4番大日寺。

少し雨が小降りになって、着きました。

おととし修繕中だった山門が綺麗になっていました。

東寺真言宗。
ご本尊は、大日如来(伝弘法大師作)さま。

西国三十三観音霊場にまつわる御像が安置されています。

納経場で、住職さまと少しおしゃべりをしました。

柴犬のだいちゃんは今も元気。

境内にいた猫ちゃんは、昨年姿を見せなくなったそうです。

次は第3番金泉寺の奥の院「愛染院」まで歩きます。

お寺の納経場では「愛染院までのルートわかりますか?」と住職様がとても親切でしたが、4年前の歩き遍路とは違い、今はスマホ時代。

「大丈夫です~♪」と言った私ですが、途中ルートを間違えてしまい、お犬様にワンワンとけたたましく吠えられてしまったのでした。

汗。

スマホに任せきりでは情けないですね。

自分のかつての記憶を思い起してルート変更。

とはいっても100ⅿ程度のロスで済みました。

地蔵寺~愛染院の歩き遍路のコースは、古い遍路道が残っていて、私は好きなんですよね。

とても短いルートなのですが。

本当に少しだけ、こんな道があります。

いかにも遍路道って感じで、ワクワクしました。

子供の時、山遊びが好きだったからかな?

歩いていると、とても幸せな気持ちになって「私は幸せです。楽しすぎます。ありがとうございます」と心の中で何度も呟きました。


セルフィン徳島東船場

2020年03月16日 | ホテル・宿

京都烏丸口から高速バスで徳島駅へ。

徳島駅近くのコンビニで夕食を購入し、キャリーバックをガタゴトして、その日のお宿に。

「セルフィン徳島東船場」さん。

フロントの方は親切丁寧で、とても良い気持ちになりましたが、建物が古い印象の上に、昭和感が満ち満ちていて、思わずお部屋に入るなり、ため息が出てしまいました。

まるでお遍路宿。

随分私もケチったものだと。

和室なのに扉がなくて、何か不安を感じます。

でもビジネスホテルだって、扉はお部屋と外、お部屋とトイレ兼ユニットバスルームの2つしかないでしょう、だから普通だって、などと私自身に言い聞かせました。

その日は、1泊朝食付き3800円。

雅な京都観光から一転、お四国の遍路さんの自覚を強くするために取った宿なんです。

だから、この雰囲気にいち早く順応しないと、逆にお遍路をすることがストレスになってしまいます。

お遍路さんにはとても良心的なお宿です。

台数は少ないけれど、洗濯機、乾燥機も無料。

ネット無料ほか、各種サービスもあります。

朝食はバイキングでしたが、手作り感のあるメニューもあり、ご飯も美味しくいただきました。

なにより、朝食会場のスタッフさん、フロントさんの、こちらを思いやるあたたかい雰囲気が満ちていて、前向きなエネルギーを頂いたように感じました。

歩き遍路さんモードにスイッチ変換できたので、よいお宿のチョイスをしたと思いました。

 

さあ四国遍路4周目スタートです。

朝、徳島駅でバスに乗り、5番地蔵寺から1番霊山寺まで歩きます。

この2020年はうるう年なので、逆遍路が効果的と言われています。

88番から1番を巡るのは一般的ですが、四国八十八霊場会に問い合わせたところ、好きなお寺から逆遍路してよいとのアドバイスを頂きました。

それは「逆」を順番にまわることが重要だという解釈ができると思います。