パソコンを修理に出して数カ月、帰って来たかと思えば治ってなかったなんてことがあったりして、改めて自分自身の生活の一部をコンピューターに依存している事を感じるとともに、それが存在しなくても成立する世界を覗けたり、こうして携帯から繋ぐ事を覚えたり、それも世界のほんのごく一部だな、と感じる。
ヒトが意識を意識せざるを得なくなって一世紀。無意識の領域が年々狭くなっていたりする。
個体に到達する情報刺激 . . . 本文を読む
リアルな世界でいろいろとありまして、ご無沙汰いたしております。
ヒトというのは大雑把で緻密な計算をして人生を送っているらしい。人生の目標というものは幾つもある。自分の趣味の時間を満喫するために、お金を稼ぐ。楽しく過ごすために、楽しくなる方法を考える。描いた自画像に近づくために、一歩一歩地固めする。生きていくために、働く。
ヒトはどうやら複数の計画を同時進行で行うことが可能らしいことが、諜報部よ . . . 本文を読む
自戒テーマです(成人のワタシのことです)。
生きているということは、誰かと関わっているということ。自分が愉快でいられるために、他の誰かも愉快でいられることを。何か気付いたことがあったら、ひとつひとつ考えていくこと。それは他の誰かの為でもあり、ひいては自分の為である。
相手に理解を求めるまえに、自分は相手を理解しようと努力をしているか、考えてみよう。
ヒトはみんな違うのである。考え方も、感じ方 . . . 本文を読む
医療機関にて後天的要因が大部分であろうことの事実関係の詳細を説明し、診断名をお返ししてきました。ワタシのような者が診断を受けているという事実は、関係各位にあまりにも申し訳がたたないので . . . 本文を読む
相変わらず自戒テーマです。
ヒトの創り出すエネルギーというのは、結構感情に左右される。怒りや憤りや憤慨をエネルギー触媒にすることは、確かに膨大なエネルギーにはなる。
ただ、それを使って産み出されるモノが大概ろくなモノではないというのは、歴史が物語っていたりする。妬みや嫉みや嫉妬や復讐とか、そうなっちゃうともう手に負えない。ここでは偏った感情ということにしておく。
ヒトの内部でなにかある種の感 . . . 本文を読む
報道機関等ではこの言葉を差別用語としているそうですが、そもそもの日本語として「片+手落ち」ですので当ブログでは正当な日本語として表記します。
いくつかやっている浮き世の世界での活動のうちの一つで、タイトル通りの出来事に遭遇しました。意外とよくある話なのかも知れません。経営者、常勤社員 VS 非常勤職員 といった構図。まあワタシのような存在は末席のさらに末席といったところで。最近の日本は、なんだか . . . 本文を読む
ワタシは世間様的には何足かの草鞋を履いて生活している、半分浮世離れした変なおっさんです。周りのヒトがワタシのことをどう思っているのかは、いまいちというかほぼ解ってないのですが、ワタシ視点で見た限りやっぱり結構浮いてるし、付き合いづらかったり、仕事上接点のあるヒトにとっては扱いづらいタイプなんだろうなあ、と勝手に妄想しています。ワタシは精神科領域で処方される薬剤を、結構な量飲んでいます。ヒトとは比較 . . . 本文を読む
ワタシが初期配備のものを後付で増幅してしまったスキルというか自己防衛規制です(環境影響力も大)。
ヒトから教わることって、やっぱり絶大だなぁと改めて思う。すんごい遠回しに言われてきたことを繋ぎ合わせていくと、なるほどヒトの言ってくれていることに納得してしまっています。(“字義通り”という言葉の意味がどうにも腑に落ちなかったのですが、浅いような深いような、“深読みしなけりゃうまくいく”の意味ともマ . . . 本文を読む
ワタシはヒトに何かを教えることを生業の一部としていたりする。
旧文部省の定義では、「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的 . . . 本文を読む
19世紀以降の欧米文化を吸収することに躍起になっていった歴史的背景から、日本でも論理的思考が幅を利かせるようになってきたのだと思います。
明治新政府が至上命題にしたのは、工業の欧米的近代化と神道(天皇制)を軸とした中央集権化。明治以前の士農工商、・はカーストのように認識されている面があるが、身分に対して職業的保証が存在し、人々は経済上わりあい安定した生活を営めるシステムであり、自分自身の . . . 本文を読む
春の日差しと共に、ワタシの送信する電磁波の周波数も少し安定しはじめてきていることを感じる。ワタシは何十年かこの身体で生活しているが、言語表現をしたときに巧く伝えられている感触を掴める確率が非常に低かったりする。「うんうん、わかるよー」の後に続くヒトの言葉にしっくりしないこの感覚は、「ティファニーで朝食を」の映画化冒頭シーンを観て、椅子からずり落ちたTruman Garcia Capote の抱いた . . . 本文を読む
【2009.04.05 22:45 加筆】:たまたま通りがかった方にしても、読んで下さる方の気持ちを害するであろう内容があまりにも多いのではと思いましたので、謝罪致します。間違いなくワタシ自身が書いた文章ですので、削除はせず掲載しておきます。
やだなあ、と思う面も多くあるのですが、ワタシはどちらも持っています。それも情報や知識が増える度に年々相対的に増えていると思います。差別…“大辞泉より引用” . . . 本文を読む
イングランドのコーンウォール地方には“ランズエンド”という岬があったりする。その昔、その土地に住んでいたヒトにとっては、ヒトの世の境界でもあったのだろう。Christopher Columbus が1492年、サンタ・マリア号他2隻にてサンサルバドルに到着する以前に、北欧ヴァイキングによって、ヴィンランド(北米大陸)との交易ルートが形成されていたことも、そこにネイティブ・アメリカン(この言葉すら英 . . . 本文を読む
ワタシは、ヒトに何かを堂々と言えるほどたいした人生を送ってきたわけでもありませんし、そもそも“ヒジョウシキだ”とか、“変人だ”とか、“変態だ”とか、“き○がいだ(それはちと言い過ぎだろ(苦笑))”とかまあその手の言葉を言われた回数を数え上げたら、出会ったヒトの数より多いだろうなあ、と思います。お恥ずかしい話ですが、長年医療機関でお世話になってる方とお話しさせて貰うたび、「あなたの思考回路ってどうな . . . 本文を読む
ヒトは独自の韻律を有している。韻律が諧調を産み、諧調が調和を形成する。調和が更なる調和を産み、全体として調和が世界を形成している。韻律が世界であり、世界が韻律である。
ヒトは調和の海で泳ぐトキ、一定の紀律を堅持する。それは法という名の物質ではなく、ヒトの奥底にある単純なモノに依るところが大きい。ヒトは自らを調律する術を、生きると共に学ぶ。それが優雅にまた心地よく泳ぐための必要条件であったりする。 . . . 本文を読む