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丹波霧     ( その5 )

2008-08-06 08:07:35 | ある被爆者の 記憶
夏休みなどになると、歩いて行ける距離でもあるのに、私は、枕と寝巻を風呂敷包みにして、母の実家へ泊りに行くのに、わざゝこの軽便に乗り、一駅区間を楽しんだ。
 ある時、乗り合わせた客の中に、山伏の一行がいた。山伏を見たのはそれが初めてではない。しかし、軽便の小さな車輌の中で、鼻つき合わすようにして、この異人種と時を過ごすことなど、夢にも思わぬ出来事であった。駅長にしろ駅員にしろ、機関手も車掌も、みんな知っている顔ばかりの軽便が、いつの間にか異人種に占領されて、私は、その捕虜( とりこ )になってしまった気がした。その中の白い髯を生やした老山伏が話しかけてきた。
 「 どこへ行くのや、大阪か。」
 意外に優しい声にほっとしたものの、私は首を振るのがやっとだった。
 「 ひとり旅とは偉い。ほんまに偉い。」
 仰山に感心してみせるから、横合いから、幾つもの山伏の顔がこちらを覗き込んだ。私は顔が熱くなるのを感じながら、
 「 ちがう。西町の親戚に行くだけや。」
と、気張って物を言った。
 「 ほほおう―、そうか、そうか。」
 山伏は頷いてみせ、まわりの山伏に同意を求めるように、
 「 折角、よい旅の道づれにと思うたのに、のう。」
と言った。
 山伏たちは、どおっと笑った。その笑いの中で、山伏のひとりが、
 「 お前、どこの子じゃ。」
と尋ねた。何と答えたものかと迷ったのを察したか、自分の質問のわるさに気づいたか、すぐに、
 「 何という家の子じゃ。」
 「 宮川。」
 「 ふうむ、篠山にそんな家、あったかのう。」
と、仲間に尋ねた。
 さっきの山伏が、答えを出した。
 「 聞かん名じゃ、他国者( よそもの )じゃろ。」
 私は、事のなり行きが分かっていた。この土地で宮川の名を言うと、決まって他国者と言う。しかし、山伏は他国者でないのか。口惜しくなると涙がこぼれてくる性質を知っていたから、なるたけ聞かぬふりしていようと、私は思った。

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