一昨日だっけ?TVで 「 真如海 」という即身成仏した上人さまのお話をみた。
TVでは、確か?東日本大震災の折、この 真如海上人さまの衣のおまもりを車のフロントにぶら下げていた家族が、津波から逃げる際に渋滞に巻き込まれ、その時、そのおまもりが揺れて、ふと見ると道のわきに階段があったので、家族全員が車を乗り捨てて、その階段を駆け上がっていのちをつないだ。というお話だった。
このような、不思議話がワタシは好きなんですよ。
< 真如海(上人)のこと >
ネットで検索していたら、きちんとまとめて下さっている人がいらしたので、ごめんなさい、一部 勝手に拝借してきました。( ありがとうございます。 )
弘法大師・空海は即身仏として今も高野山の奥の院に生きておられると言われています。
江戸時代のこと、大日坊に真如海という一人の修行僧がいました。幼い頃から仏門に帰依し、一生を捧げてこの世を不公平のない仏の国にしたいと願っていました。青年になった真如海は天明の大飢饉などで飢えに苦しむ地獄のような世のありさまを見て、人々を救うために空海のように自ら仏となり「即身仏」となって衆生を救う決心をしました。
そして湯殿山大権現(ご神体はあの湯壷だった!)を信仰し月山や湯殿山の山中で何日間も修行をして悟りを開き、無我の境地に到達。即身仏となるために五穀を断って木食の行に入りました。やがて死期を悟った真如海上人はさらに十穀断ちをして塩と水だけで命をつなぎ、最後には内臓に蛆虫が沸かないように「漆汁(うるし)」を飲んで生きたまま土中に埋葬(1783年96才)されたということです。三年三ヶ月後に弟子や信者の手によって掘り出し、洗い清められて仏としてお祀りされたのがこの「即身仏」なのです。
ミイラには内臓がないぞう。どうやら「即身仏」は自らうるしを飲んで内臓の防腐処理を自分でしてから死んでいくようです。すごいですねぇ~。ミイラに込められた命の再生を願うという個人的なことではなく、もっと高尚なすざまじいまでの祈りの境地に達した聖人が即身仏のようです。うるしを飲んでも皮膚に付かなければかぶれたりはしないという話でした。ちなみに漆職人は味見をするらしいです。味は甘酸っぱいとも言っておられました。
山形県にはこうした即身仏信仰が広まり、かなりの数の即身仏があったらしい。しかし、明治の神仏分離令による廃仏棄釈や戦争でそのほとんどが焼失。この真如海上人は生前、「私を本堂に安置せず、小さな祠を建てて別に祀ってくれ」と遺言されたとのこと。本堂にあった他の即身仏はすべて灰になったが、小さなお堂に安置していた真如海上人の即身仏だけが焼失を逃れた。300年後を予測していたとはすごいですね。
熊野修験も生きたまま浄土に行く「渡海浄土」信仰があり、多くのお坊さんが生きたまま船に閉じ込められて海に流されたという話が伝わっている。しかし湯殿山の即身仏の話はすさまじいまでの執念というか、そこまでして人々を救いたいという強烈な信仰心を感じて感動した。よく見ると真如海上人の細い手には血管が浮き出て、まだ生きていて血が流れているようで、自然に頭が下がり合掌していた。
大日坊では六年に一度、即身仏の御衣を新しくされるとのこと。着替えの時に裸にして、褌を代えるためにそっと抱き上げるとまだお尻がやわらかくて生きておられるのを感じると住職さんが言われた。リアルななま温かい感触が伝わってくるような気がした。その夜、にっぽん丸に帰り、波に揺られながら寝ていたら、真如海上人が現われて「生涯無一物。裸で生まれて裸で死ぬ」と穏やかに語って消えた。衝撃的な夢!。
古くなった御衣の入ったお守り(1000円)は大日坊のホームページで買えますよ。
>>> >>>
確かに・・・生涯無一物。。。裸で生まれて裸で死ぬ。 そういう境地 憧れるな~。
でもね、まだまだ ワタシには無理。 欲望のかたまりだもの。
第一 ”自分(とうちゃん)のお部屋、電気つけっぱなし、クーラーつけっぱなしで リビングに移動して、煌々と電気つけて、オリンピック観戦しているとうちゃんを見るだけで むかついたりしますもん。
限りある資源を大事にしたいし、エネルギーはできるだけ、原発にたよりたくない。いずれは、お日様とともに起きて お日様が沈むのとともに眠りにつきたい。
都会生活は もう げんなり。だからといって、田舎暮らしができるヒト(←これワタシの事ね)でもないんだけど・・。
かくいうワタクシ、スポーツクラブで、相当な量の電力を消費しているに違いありません。矛盾してるわね。
の ぞ み
いつか 行くぞ~っ 出羽三山 やっほ~~!!
TVでは、確か?東日本大震災の折、この 真如海上人さまの衣のおまもりを車のフロントにぶら下げていた家族が、津波から逃げる際に渋滞に巻き込まれ、その時、そのおまもりが揺れて、ふと見ると道のわきに階段があったので、家族全員が車を乗り捨てて、その階段を駆け上がっていのちをつないだ。というお話だった。
このような、不思議話がワタシは好きなんですよ。
< 真如海(上人)のこと >
ネットで検索していたら、きちんとまとめて下さっている人がいらしたので、ごめんなさい、一部 勝手に拝借してきました。( ありがとうございます。 )
弘法大師・空海は即身仏として今も高野山の奥の院に生きておられると言われています。
江戸時代のこと、大日坊に真如海という一人の修行僧がいました。幼い頃から仏門に帰依し、一生を捧げてこの世を不公平のない仏の国にしたいと願っていました。青年になった真如海は天明の大飢饉などで飢えに苦しむ地獄のような世のありさまを見て、人々を救うために空海のように自ら仏となり「即身仏」となって衆生を救う決心をしました。
そして湯殿山大権現(ご神体はあの湯壷だった!)を信仰し月山や湯殿山の山中で何日間も修行をして悟りを開き、無我の境地に到達。即身仏となるために五穀を断って木食の行に入りました。やがて死期を悟った真如海上人はさらに十穀断ちをして塩と水だけで命をつなぎ、最後には内臓に蛆虫が沸かないように「漆汁(うるし)」を飲んで生きたまま土中に埋葬(1783年96才)されたということです。三年三ヶ月後に弟子や信者の手によって掘り出し、洗い清められて仏としてお祀りされたのがこの「即身仏」なのです。
ミイラには内臓がないぞう。どうやら「即身仏」は自らうるしを飲んで内臓の防腐処理を自分でしてから死んでいくようです。すごいですねぇ~。ミイラに込められた命の再生を願うという個人的なことではなく、もっと高尚なすざまじいまでの祈りの境地に達した聖人が即身仏のようです。うるしを飲んでも皮膚に付かなければかぶれたりはしないという話でした。ちなみに漆職人は味見をするらしいです。味は甘酸っぱいとも言っておられました。
山形県にはこうした即身仏信仰が広まり、かなりの数の即身仏があったらしい。しかし、明治の神仏分離令による廃仏棄釈や戦争でそのほとんどが焼失。この真如海上人は生前、「私を本堂に安置せず、小さな祠を建てて別に祀ってくれ」と遺言されたとのこと。本堂にあった他の即身仏はすべて灰になったが、小さなお堂に安置していた真如海上人の即身仏だけが焼失を逃れた。300年後を予測していたとはすごいですね。
熊野修験も生きたまま浄土に行く「渡海浄土」信仰があり、多くのお坊さんが生きたまま船に閉じ込められて海に流されたという話が伝わっている。しかし湯殿山の即身仏の話はすさまじいまでの執念というか、そこまでして人々を救いたいという強烈な信仰心を感じて感動した。よく見ると真如海上人の細い手には血管が浮き出て、まだ生きていて血が流れているようで、自然に頭が下がり合掌していた。
大日坊では六年に一度、即身仏の御衣を新しくされるとのこと。着替えの時に裸にして、褌を代えるためにそっと抱き上げるとまだお尻がやわらかくて生きておられるのを感じると住職さんが言われた。リアルななま温かい感触が伝わってくるような気がした。その夜、にっぽん丸に帰り、波に揺られながら寝ていたら、真如海上人が現われて「生涯無一物。裸で生まれて裸で死ぬ」と穏やかに語って消えた。衝撃的な夢!。
古くなった御衣の入ったお守り(1000円)は大日坊のホームページで買えますよ。
>>> >>>
確かに・・・生涯無一物。。。裸で生まれて裸で死ぬ。 そういう境地 憧れるな~。
でもね、まだまだ ワタシには無理。 欲望のかたまりだもの。
第一 ”自分(とうちゃん)のお部屋、電気つけっぱなし、クーラーつけっぱなしで リビングに移動して、煌々と電気つけて、オリンピック観戦しているとうちゃんを見るだけで むかついたりしますもん。
限りある資源を大事にしたいし、エネルギーはできるだけ、原発にたよりたくない。いずれは、お日様とともに起きて お日様が沈むのとともに眠りにつきたい。
都会生活は もう げんなり。だからといって、田舎暮らしができるヒト(←これワタシの事ね)でもないんだけど・・。
かくいうワタクシ、スポーツクラブで、相当な量の電力を消費しているに違いありません。矛盾してるわね。
の ぞ み
いつか 行くぞ~っ 出羽三山 やっほ~~!!