地球へ ようこそ!

化石ブログ継続中。ハンドルネーム いろいろ。
あやかし(姫)@~。ほにゃらら・・・おばちゃん( 秘かに生息 )。  

ちょっと 心が 鳴いたんだ  

2015-05-30 10:37:01 | こころの ともしび
 

 おはようございます。こちらあやかし@

人生の 後半戦を考えている。
スピリチュアルな本を何冊か並行してよみながら 健康で文化的生活とは なんぞや?とか考えたりしているが・・・。

相変わらず あやかし@夢子は たま~に 不動産探しもやっているのだ。
 正直 誰にもじゃまされないたったひとりの時間・空間がほしい。
で、うろうろネットで探していたら  横浜 寿町の物件に行き当たった。そして 山中修さんというひとに出会ったのだ。もちろん 出会ったといっても HPの中だけの話だけれど・・・。

この方は どうやら 横浜の ストリートおじさんたちの救世主らしいのだ。
よくはわからないのだけれど?言ってみれば 横浜における、男性だけどマザーテレサみたいな方なんじゃあないだろうか?

この方のブログををお借りしてきたので読んでみてください。
http://blog.goo.ne.jp/sanagi-home/e/417fdc2a0ce75db7c66ee227a95f2411?fm=rss

>写真 さしかえました。
 2010年 5月 八景島のバラ園のバラ。

>曲は Mary Hopkin  『 Street of London 』

https://www.youtube.com/watch?v=lQteP6oEHz8

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違う 生き方をしたくなった

2013-04-10 05:03:40 | こころの ともしび
早朝 三時すぎ おはようございます。

 TVのニュースで中国の村の生活の様子が映しだされる。

何なんだ?この川の色は 真っ赤な色だったり 緑色だったり・・・。川には沢山の死んだ魚が浮かんでいる。
そこには化学肥料を作る工場があったり、産業廃棄物(パソコン)の処理をする工場があったりする。
そこに暮らす貧しい村の人々の癌の発症率は高い。

科学文明の発達はいいことばかりじゃあない。どんどんと自然を破壊していき、結局のところ、自然物である人間にわけのわからない病気を発症してしまう。そして そこはいたちごっこになって行くと思われる。たとえ癌を撲滅したとしいても、またあらたに、わけのわからない病気が生まれるに違いない。

<<< ワタシは中学生~ 高校生の頃、電車通学をしていた。     

ワタシの育った町は製紙業や石油コンビナートで発展したのでやはり公害の問題がおきた。
小学生低学年の頃には海で小さなエビが手づかみで採れたのに、その海が汚れていくのはあっという間だった。

そこに住んでいるとわからないのだけれど、市内の丘の上にある学校から電車に乗って地元に帰ってくるととても嫌な臭いがした。高校生になった頃にはそれを特に感じた。

電車の中から見える瀬戸内海にはいつも心を癒されていたけれど、どんどんと埋め立てられていった。
ほんの何秒かの間だけど車窓から見える、その風景が大好きだった小さな教会もいつの頃だったか?なくなった。

<< 只今、地元の町は、ゴーストタウンというほどではないけれど寂れた印象は免れない。

日本はアメリカのあとを追っかけ、アジアの国々は 日本をおっかけ・・・。
科学文明の発達 VS 自然破壊 ( ex ヒトに与えられるわけわからん病気 ・ どうやって処理するんだろう?の 原発ゴミ ) 

考えていると、ホント疲れるのよ。

例えば、この今使っているパソコンの処理をする人々が? 癌になっていたりして? 力のあるもの、お金を持っているものが弱いものを倒していく構造がどうにも我慢できなくなってきたんだ。

行くぞ!石垣島 

Q、何で 石垣島なのか?って?
A,ワタシもよくわからないんですけどね。何となく・・・。

さ~て と お洗濯をして とうちゃんの朝食を作って ららこさんのお散歩をすることにしよう!

只今 5時前 夜があけてきました。鳥たちが鳴きはじめました。あんなに小さな鳥なのに森の中に声が響きわたります。美しい声です。

>写真は 自宅マンションのある 森
 この建物だって この土地の何本もの木々を倒し 沢山の生き物たちをどこかに追いやったのだ。せめて住まわせていただいてありがとう!の気持ちは いつも持ち続けたい。

 不必要な電気は消そう!

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大切なおともだちが・・・

2012-11-13 14:32:30 | こころの ともしび
大切なお友達が大きな怪我を負った。

何ができるわけでもない。

タダ 神仏に祈るのみだ。

竹内まりあ 『 人生の扉 』
http://www.youtube.com/watch?v=d--lG5l_gx0

>大学のクラブの同窓会で Uさんが歌ってくださった。泣けてしかたがなかった。



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そのちゃん ありがとう

2012-04-07 06:42:48 | こころの ともしび
今日は お世話になったブログのお友達のそのちゃんの命日です。
そのちゃんは、mayumiさんのお友達です。
”友達の~友達は~ともだちで~ そのまた 友達の友達も みな友達で~ ♪”

で、お友達になりました。

@@@  @@@
『 そのちゃん ありがとう! 』


言葉にするとどうもちがう。
だけど、
それでも 「 ありがとう!」を言おう。

一つ一つ 断片的だけど 懐かしいそのちゃんの姿を思いだす。
それはみ~んな楽しい、嬉しい、おかしい、姿なのだ。

出会った時は いつだって最高の、わくわくの、精一杯のおもてなしをしてくれた。
そのちゃん ありがとう!

全然わかってなかったよな~ わ・た・し
情けないかぎり。

お料理を作っているとき、時々そのちゃんのことを思いだす。そのちゃんのお料理はおいしかったな~。あの頃からちょっとお料理も頑張るようになったんだ。
「 こころを込めてつくろう!」
いつも いつも そのように出来ているわけじゃあないけれど・・・。


夢の中のお話かも知れないけれど・・・
あの日は、きっと、そのちゃんの大好きだったダンナさまがお迎えにいらしたに違いないとワタシは思う。
そう、あのマッチ売りの少女をおばあさんがお迎えにきたように。

一所懸命に生きた時
頑張ったね、もう いいんだよ。って
神様は一番好きだった人を使わして下さるのだと思う。
あっという間の死はそれまでの沢山の苦労と引きかえだ。


想いでとともに、愛ある人になろう!
そして 時々 想いだした時、となりのおっさんにも笑顔をあげよう!心をこめて入れたいっぱいのコーヒーと共に。

そのちゃん、ありがとう!楽しかったよ~。
そのちゃん、ありがとう!嬉しかったよ~。

だけど、ごめんね。気づかなかった事 いっぱいで。
だから、頑張る。

となりのおっさんにも 愛を! 
">
>写真上は そのちゃんがサイフォンで入れてくれたコーヒー。
 写真下は そのちゃんのお店、喫茶店 『 木馬 』 内
 レトロな感じが好きだった。写真の方は木馬のお客様。 
 2010年 8月 6日 のもの。

 この記事の ”おっさん”とは この写真に写っている方という意味ではなく、主としてうちんちのとうちゃんを意味しています。
+++  +++
>たぬきちへ・・・
 本日 お出かけ。とうちゃんの実家。お返事ちょいとお時間をいただきます。 
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 朝に道を聞けば ・・・ シスター渡辺和子の講演会にでかけた 

2011-06-28 05:56:26 | こころの ともしび
< 6月 12日 >
卒業以来初めて、母校の同窓会に出かけた。在学中からあまり好きな学校ではなかったし、間違って紛れ込んでしまった(入学したこと)印象はぬぐえなかったのだし、何となく、同窓生の方々とは住む世界が違うと思っていた。だから同窓会には全く足がむかなかった。

それでも、今回思いきってでかけたのは、講演者が Sr,渡辺和子(さん)だったから。直接お会いできるのは、この機会を逃してしまっては、この先なかなか持てないだろうと判断したからだ。

渡辺和子さんは、2.26事件の時に、目の前で父親を殺されている。お父様は43発の銃弾を受けたらしい。

( 思いきってでかけてよかった。)
シスターだけど、講演先が、母校ということもあってか、リッラックスモードであったこともあると思うが、シスターは、ただ単に立派な人格者という印象ではなかった。何というか・・・自分の人生、納得できないところは尋ね歩く、そして、心からの理解(納得)をして人生を歩んでいる。そんな方だと思う。( 偉そうな言い方でごめんなさいなんですけどね。)
ワタシは机上の学問だけをして説教や講義をする人をあまり好まない。

=== メモをしながらお話をお聞きしたのだけれど、今読み返してみると”何のこっちゃ?”状態なので、まあいつものように話半分、”らしい”をつけながら、お読みいただければ幸い。 ===

若干 36才で 母校、岡山( 姉妹校 )の学長に就任。いろいろあって(?)東京(?)へ戻してくださいと(上?)の方にお願いしたところ、「 あなたが変わらなければ、どこへ行っても 何をしても 同じだよ。」 と諭された。

 私の方が変わる。例えば、ご挨拶。こちらから、挨拶をしてくれない相手に対して、ご挨拶をする。にもかかわらず、相手から何も返ってこないとする。。→ 私は損をする。Wの損だ。・・・とまあ若い時のシスターはこのように思っていらしたらしい。( こういう人間的なところが身近な感じがして好き。)
( シスター、その通りです。私もそういう発想をいまだにしてしまいます。 )

『 神様がお植えになったところで咲いていなさい。』 
< 大学入学の あと・・・ >
 ( )書きはワタシの勝手な補足のようなもの。解釈が間違っている場合もあるだろう。

シスターは学生たちにも教えていらっしゃる。そうすると学生たちの中に、不本意入学の人が必ずいる。そういう人達に対するアドバイスとして、シスターはこのようにおっしゃっている。

「 時間の使い方は いのちの使い方。」 
不平・不満を言っていては、そのまま不平・不満の時間が残る。入学している間に、学び、友人を作ること。人を蹴落として自分が一番になる、(というような)勝気さをかえること。

( 結局のところ )「 ( 与えられている空間においては )自分自身との闘い。」( である。) まわりが悪い。あの人がいるから、いじわるだから、こんな仕事を与えられているから・・・。・・・。
 周りがかわることを待っていては、年をとるだけ。自分の想い通りにならないことは沢山ある。 

「 今を 大切にいきなくてはダメ! 」

この人生には穴があく。( ことがある。)(この時)穴をあけた人を恨む。
  人生に穴があいた時、あいたことを醒めた目で受け止めると、あくまでは見えなかったものがみえてくる。
<  あさのじゅんいち さんの「 ヨブ記 今日的意義 」岩波書店 の引用。井戸 と 星かげのお話 >

『 トンネルは必ずぬける。入る前の明るさと入った後の明るさとは異なる 』 ( 自分があきらめさえしなければ、別の色の光が見えるのだとワタシも思う。)

あいだみつおさんの 「 おかげさん 」・・・

 つまづいたり ころんだりしたおかげで少しづつだが自分のことがわかってきました。あやまちや失敗をしたおかげで・・・。
 (書きとれず)だからつまづくのもおかげさま。(→ あいだみつおさんのご著書を読んでください)
いざという時の自分の弱さとだらしなさ(がわかる)もしそうしなかったらわからなかった。人のことを言う資格がない。

幸せはいつも、みる人の目、自分の心が決める。(いまある)状態をありがたいと思うか?環境のどれいとして生きるか環境の主人として生きるか?

Sr,は 50才の時、うつ病になられた。( シスターでも、このような病気になるんだ~。ということがワタシにとっては大きな驚きだった。そのことを知っていたので、病気に対して、どのようにお考えになっていらっしゃるのかをワタシはお聞きしたかった。)

( 病気をえて、よかったことは、相手の気持ちになれること。)
「 私もなったのよ。病気と仲良く生きましょう。」( と言えること。)
< ヨハネ福音書 9章 目の不自由な男のお話。> この男が目が不自由であるのは、本人の罪のせいですか?親の罪のせいですか?の質問にキリストは・・・??? ・・・お時間の許す方 お読みください。・・・

( 子供が病気になっている )なぜ?ではなくて この子が私に 今 何を教えようとしているのか? 何(か?)の為になっているのか?神がなさることに無駄なことはない。

『 (神は)力にあまる試練を与えることはない。』 
『 運命は冷たいけれど、摂理は暖かい 』


< 学生たちの質問に・・・>
Q『「 置かれた所で笑顔で咲く」と言っても、どうしても(笑顔で)咲けない時はどうするのですか?』
 風が強い日、カラカラに乾いている時、ねを下へ下へおろして張りましょう。次に咲く花は 前に咲いたものより大きく、美しい色です。

あいだみつおさんの 涙をこらえて・・・の詩。写真 参照。

 発想の転換が必要。今日という日を丁寧に。感謝で生きよう。すべては恵み。はく息は感謝で。すべては恵みの呼吸ですから。
『 THIS IS MY YOUNGEST DAY OF MY LIFE 』

+++  +++
こころの風邪はひいたものにしかわからない。ワタシはその病気と10年間闘ってきた。シスターのようにそのことがよかったと言えるとしたら、恐らく 同じ病気を抱える人の気持ちが少しばかり理解できることだろう。

 孤独・何を言っても、訴えても、理解を示してくれないオット。「 聞き流せばいいだろう 」
周りの人を恨むことでしか自分の居場所を確保できなかった。

でも、そのことをもっとさかのぼって考えるなら、母をいつも泣かせている父が許せなかった。父とオットは、同じ、同じ場所にすわる。(→これ、ワタシの場合)
なるほど、結局のところ、ワタシに与えられた課題は同じなのだ。例え結婚に逃げたとしても、その果すべき課題・使命は同じなのだと気づく。

「 置かれた所で、笑顔で咲く。」・・・不平・不満を言っている時間がもったいない。あの日から 少し、そのように考えられるようになった。今 ないものに不足をいうのではなく、今 あるものに感謝して生きなくては やっぱりもったいないと思うようになった。

6月 12日、この日、ワタシは 勇気をだして、一緒に写真をとらせて頂いた。ピンボケになったけれど、写真の中の二人は”笑顔”だった。ワタシはこの写真を一生の宝物にしようと思う。
被災された、東北地方の方々が、なぜ写真にこだわるのかが、ちょっと理解できなかったのだけれど、今はこんな感じなんじゃあないだろうか?と思う。

それは、こころの支え、よりどころ、勇気、力。

思いきって出かけてよかった。心からそう思う。

>写真は あいだみつおさんのグッズを売っているショップのもの。( →ここは入場無料 )
いつか記念館にも行ってみたい。
 
キリストの香り 2 『 たえず 祈りなさい 』
http://www.youtube.com/watch?v=6gZMT70znNk&feature=related
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 父の命日に・・・ 吉田拓郎の落陽

2010-05-19 05:27:08 | こころの ともしび
おはようございます。こちらあやかし@早起きさん。横浜は気持ちのよい朝です。

昨日は父の命日。
 この日、必ず 一年に一度は頂いた いのち について考える。
生前は 反発ばかりしていて、親孝行など一つも出来なかったけれど、自分が一生懸命生きていくことが 多分親孝行になるのだろう。

このところ、吉田拓郎の ”落陽 ”を聞きながら歩いている。何となく 自分のこころにどこかフィットするような気がするんだ。

賭けごとですってんてんになるなんて、冗談じゃあない。と思うけれど、(→そんなお金があったらライブハウスにいきま~~す )

”この国ときたら賭けるものなどないさ~ だからこうして~漂うだけ~ ”の歌詞が好きなんだよね。

ですよね、ですよね、一体 日本ってどうなっちゃったんだろう?って思う。一生懸命働いたものが馬鹿をみるんじゃあ 真面目になんかやってらんない。

まあ いいや。とりあえず 自分は 再び 頂いたいのち 大事にするんだ。父さんの分まで頑張る!

本日 お肉やさん半額セールの日。その後 占い学校。じゃあ 忙しいんで!

>写真は 先日出かけた バラ園のバラ 「 ローズ ヨコハマ 」

吉田拓郎 「 落陽 」
http://www.youtube.com/watch?v=JY40z5xta8U
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『 牛の鈴音 』 を みてきた

2010-03-06 00:49:26 | こころの ともしび
ニコライ堂~ 湯島聖堂~ 神田明神 ~

地下鉄 迷子。迷子。迷子。そこいらじゅうの人に聞きまくり。
「 銀座にいきたいんですけど~?」 走る あちこち。ホームの端から端。( なはは 都会に住む田舎もん)
やっと到着 銀座シネパトス。地下に4か所ある映画館。確か3番だったような?
『 牛の鈴音 』
< ご紹介 >
http://www.cine.co.jp/ushinosuzuoto/trailer.html
農夫のおじいさんは79歳、牛は40歳。牛は普通なら15歳くらいでなくなるらしい。
お爺さんの片方の足は、八歳の時ハリ治療に失敗してそれ以来ずっと不自由。棒のように細い。いつも杖をついて歩いている。

畑や田んぼの仕事は、地べたを這ってする。

おばあさんは、16歳の時に嫁にきた。
お爺さんに悪態をつきまくる。「 農薬を使おう。機械をいれよう。」・・・。
お爺さん、ガンとして聞かない。「 牛のえさが毒になる。」

牛のえさを刈るのも一苦労、おばあさん牛のために。運ぶのも一苦労、おばあさん牛さんとともに・・・。
新しくきた若いメス牛は、な~~~~んにもしないで、おばあさん牛が運んでくれたえさを当然のように、食らう。
姫(このやろっ)

そればかりか、二頭に与えられたえさを、若いメス牛は、独り占めしようとする。
姫(このやろっ)

おばあさん牛は どんどんやせていく。足取りもおぼつかなくなる。それでも歩く。

家族みんなが おばあさん牛を売るようにおじいさんを説得する。お爺さんしぶしぶ 市場に出かけるが、売る気なんて全くない。法外な値をつけ皆にあきれられる。

おばあさん牛、おじいさんの言葉に涙をこぼす。ぽろん。(ぽろん)

 動物って何でも聞いているんだよね。植物だってそう。それってこころで聞いているからね。もっというなら、ものだって、人のためになくなったり、壊れたりしてくれているんだと思うな~。

おじいさんの愛によって、おばあさん牛は信じられないくらい長生きして、共に生きて、骨と皮だけになって最期はおじいさんに看とられながら、力つきて死ぬ。

おじいさんの「 休むのは、死んでからだ。」という言葉が印象的だった。

世の中忙しすぎてね、疲れるんですわ。今日も工場で、秒との闘いやってきましたでしょ。沢山食べられるお菓子、捨てまくってきました。

私に老後というものがあるのなら、やっぱり自然の中で、少しのいのちを、ありがたくいただきながら、まあこのおじいさんほどには働けないでしょうから、無駄をできるだけ省いて、花や鳥を愛でながら生きてゆきたいな~と思いました。
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縁 (えにし) 出逢い

2009-08-25 08:21:34 | こころの ともしび
 22日
大切なヤングのお友達が遊びにきてくれる。自宅から見える、花火大会の花火は、新種のものもまざりとてもきれいだった。
 たねまる君もいたりして、かわいかった。
 わざわざ、三浦にでかけて買っておいたすいかを出し忘れた。
 AAAの?さんがTVで作っていたお料理、ブロッコリーとじゃがいもと、ベーコンのカレー風味も作りそこなった。っていうか、お喋り優先でね・・・。だって好きなんですよ、お喋り。( 楽しかったな~ )
前日に、何品か作っておかなければ駄目だなあと思う。
 
 23日
着物やさんで、染色家の坪倉優介さんという方にお会いした。18歳でバイク事故にあい、それまでの記憶を一切失ったらしい。TVにもご出演で、有名な方らしいのだけれど、お名前も存じあげなかった。
ワタシはこの所、「 徹子の部屋 」もみていないからね。( ちなみに”徹子の部屋”にご出演なさったらしい )
{以下らしいをつけてお読みください。}

 記憶がなくなるということがどのようことなのか?わからないのだけれど、生活の仕方も一切わからなくなる。例えば箸は何をするものなのか?がわからず食事もとれない。記憶がなくなったことを良いことに?騙す人もいて、人間不信に陥ったこともあったそうだ。

なぜそのような状況下に置かれながら、このような素晴らしい復活をすることができたのであろうか?ということが、ワタシにとっては最大の関心事なのだけれど、着物やさんの展示会だから、そんな個人的なことは聞けない。

しかしながら、そこには、再び 赤ん坊の子育てを遥かに超える苦労を伴うであろう、子育てを辛抱強くなさったお母様の存在があったのだろうと想像する。
ひたむきな無償の愛、寄り添う愛、TV放映のビデオを見せていただいただけの感想でものを言っているから、その点はご容赦を願いたいのだけれどそんな感じがした。
 やっぱりね、こんな時代だからこそ、”待ちの子育て”って大事なんだと思う。
< 坪倉優介さんの作品 >・・・
坪倉さんの作品は100%本草木染。
 ”自然が生み出すものは、人に優しく、時として心を癒してくれます。”
蓮の葉、桜の木、笹、どんぐり、姫りんご、モモの木、くちなし・・・。いろいろな素材は、出会う場所によっても 使用する水( たとえば、湧水、水道水など)によっても、生地は全然違う色になる。

自ら山に入って、いのちに触れ、いのちを大切にいただき、自然の息吹を吹き込み作品を作る、そんな感じがする作品。

やっぱり、本物っていうか、こころを込めて作る、いのちをそそいで作る作品って素敵だな~と思う。

反物の織りの文様のデザインも素敵!それを織る人達ってどんな人達なんだろう、織るところも見てみたい!

・・・勝手なそうぞう・・・

 自然のふところに抱かれることによって、人は蘇りをすることができるのではないか?と思う。木や草花には精霊が宿っていて、そのもの達が、一つ一つの気の遠くなるような作業や努力を、
( 僕を使っていいよ )( 頑張っているね )( 素敵だよ )って応援してくれているような気がするなあ。
・・・世間話・・・ 
作品の中に、「 貴船 」という作品があった。
( 貴船 って名前聞いたことあるような? 何でしたっけ? )
・・・どうやら 鞍馬、貴船、は近い場所のようで、トロッコ電車に乗って行くと、星がとてもきれいで、天の川もみえて、露天風呂もあるそうなんです。

(行くもんね~、決めた!)この前、牛若丸の衣装の話が、たぬきちの授業で出ていたんだ。牛若丸の衣装をみたわけじゃあないけれど、坪倉さんの、「 貴船 」をみたときに、何となく思いだしたんだよね。

それはさておき、星の見えるところで 露天風呂。あこがれ。

そうそう、作品の中で気にいったものは、笹の葉を使ったグリーンの反物。とても綺麗な色でした。あと、オリジナルの帯。こちらのほうは、まだ草木染の段階には至っていないそうです。

斬新なアイディアと色使いが好きでした。ご紹介できないのがとても残念です。

>帰宅後のあやかし。再び たんすのこやしを作りだしてはならじ!両親が作ってくれた昔の着物たちも虫干ししてます。着物 着るもんね~。そのへんのおばちゃんでも、伝えていかなくちゃあいけないものってあるような気がする。
 
六根清浄、六根清浄・・・昨晩仕事、取り方1番 なんとか皆さんのお力ぞえで流れるようになった。ありがとう!本日も仕事 がんばるわ!じゃあね。

>写真はイメージです。(っていうか出雲の?神社の手前の橋。何神社か、名前分からず。ごめんなさい)

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セネガル 共和国 +++ ネパール

2009-05-28 10:36:08 | こころの ともしび
おはようございます。
=昨日のセネガル共和国の訂正=
調べてみました。

アフリカ大陸の西側、海岸沿い、モロッコ王国の下(南)の下(南)にありました。

>独立年・・・1960年 8月

>首都・・・ダカール ( あの ダカールラリーってここで開催されるんでしょうね。)

>面積・・・197千km(平方)< 日本国( 以下 J)・・・378

>人口・・・12、687(千人)< (J)・・・127、066 ( およそ10倍)

>一人当たりの国民総所得・・・630ドル < (J)・・・37050 ( およそ58倍 )

>人口密度・・・64( 千人/ km(平方) )< (J)・・・338 ( およそ5倍 )

>一人当たりエネルギー消費量・・・111( kg) <  (J)3653 ( およそ 33倍 ) 

>おもな宗教 ・・・イスラム教 ~~~ (J)仏教 神道 

>おもな言語・・・フランス語 ~~~ (J) 日本語

>おもな人種・言語 ウォロフ人 43 ブーラ人 24 ~~~ 日本人
・・・以上

+++++  +++++ 
いつかは 必ず行ってみたい国・・・ネパール
>首都 カトマンズ 
インドより貧しいと言われている国 
>一人当たり国民総所得  250  
>エネルギー消費量 44
 ポカラから 大木神父さまが日本におもどりになった。御年 83歳 ( イエズス会の神父様 )
人間魚雷「 回天 」の生き残りでいらっしゃる。
32年前、ポカラの地で、障害児のために、たった一人で、一人から、働いた方。

今の日本の様々な、悲惨な状況を考えるとき、この先、少なくともワタシは、神父さまよりの生き方を選択していきたいと思う。
>写真は、岡本太郎の記念館にある、ピアノの上に置かれた「 明日の神話 」の原画の一つ。(もしくは 写真、ちょっとわからず。)
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佐藤初女さんのおむすび

2009-02-19 02:43:27 | こころの ともしび
たぬき先生にお借りした 佐藤初女さんのDVD(NHK)をみて 「 佐藤初女さんのおむすび 」 を作ってみた。何だかうれしい。

初女さんは、現在87歳。青森県の岩木山麓で癒しの場を提供している(「森のイスキア」)。全国からこころや体を病んでいる人たちや問題を抱えている人たちが初女さんのもとを訪れる。

初女さんは、その人々の話を聞くだけ。何の説教をするわけでもない。ただただお話を聞くだけ。自分をからっぽにして話を聞く。その人々のすべてをすっぽりと受け入れるのだ。
そして話が終わったときに、初女さんは手料理をふるまう。

ゆるやかに流れるときの中で、折々の季節が育てた新鮮な野のいきもの達を摘み、そのいのちを頂くお料理を作る。初女さんはその植物を一番おいしくいただける、透明になる瞬間を見逃さない。

例え植物であろうとも、いのちを頂くのであるから、そのいのちが一番かがやいている その”とき”を見逃さないのだ。

そして 円卓に集まった、一期一会の人々がまるで家族のように、共に その ”いのち”を感謝をもっていただく。いのちを頂くことによって、自分たちのいのちをつなぐのだ。
+++++  +++++

まだまだ忙しい都会生活の中で暮らさなくてはならない家族を持つワタシは、せめて家庭が、この初女さんのイスキアのように、温かいおふくろのいる おうち  を作らなくてはいけないのではないか?と思うようになった。

おにばばは、ほどほどでよい。たまにいるだけでよい。
それより、母は、火と水の番人にならなくてはいけない。米一粒をいとおしむ女性でなくてはならない。つましくとも、食事にこころを込めることはわすれてはならない。と、思った。








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