怒りと悲しみと

最近山に行けないのには、ちょっとした訳がある。
梅雨時だということもあるのだが、そればかりではない。
実は今月の7日から、ある技能習得・免許取得のため、学校に通っているのだ。
学校といっても、期間は限られているものの、自分のペースで通えるし
新しい知識と技能を得るための勉強も、テスト前の緊張も楽しめて
このような勉強の仕方は、私にはとても合っていると感じる。


説明会があった初日、その会場で知り合ったのがクレア（仮名）というフィリピン出身の女性だ。
学校から渡された書類を見ながら説明を受けても、いまひとつ不明なところも多く
どちらが先に話し掛けたのか覚えていないが、クレアとはわからないことについて話すようになった。
彼女は日本語の会話が達者で、日常会話に関しては何ら問題はないように感じる。
お互いに励ましあい、「どこまで進んだ？」とか「ぴーちゃんは、次はいつ学校に来るの？」などと話すうち
クレアが、とても素直で明るく聡明で、気持ちのきれいな努力家であることや
日本で家庭を持ち、私の近所に住んでいることなどを知るようになった。
クレアも私も、学校の課程の進み具合にそれほど差はなく
先週、学校に通い始めてから第1回目の、パソコンによる試験を受けることになった。
私は運良く（）合格したが、クレアは合格できなかった。
クレアが不合格だと知ったクレアのダーリンが、その夜、クレアに心無い言葉を浴びせたようで
翌日の朝
「私、試験に落ちただけでも悔しくて仕方がなかったのに、パパの言葉に悲しくなっちゃったよ…」
と、電話が掛かってきた。
試験の時の様子とクレアのダーリンの話をひととおり聞き、クレアの力になれることはないかと真剣に考えた。
①クレアのダーリンをとっちめる
②試験に合格するため、クレアと勉強する。
私には、①と②くらいしか考えが及ばなかったが
いくら私でも、面識もないクレアのダーリンに①を決行するのは、いささか無茶だとわかっている
それなら、一緒に勉強しながら対策を練ることが可能ではないかと、土曜日にクレアを自宅に招いた。
パソコンで模擬試験をしてもらったところ、あれだけ達者だと思っていたクレアの日本語力が
会話なら何の問題もないのに、読解力という観点からはかなり困難があり
試験を日本語で受けるのは無理があることも明らかになった。
外国人がヘルパーや看護師の資格を取得する際にも、言葉の壁が立ちはだかると聞くが
目の前でパソコンの問題を解いているクレアの様子は、それを目の当たりにした状態だった。


午前中、みっちり勉強したので、気が付いた時には12時を過ぎていた。
お昼を誘うと、食べてから帰っても大丈夫というので、一緒に食事をしながらいろいろな話をした。
前向きで努力家で健気なクレアを見ていると、「私も頑張ろう」という気持ちになる。
いろいろと話し込むうち、クレアが言った。
「同じ人間なのに、私がフィリピン人だからといって、見下す人がいる。
　同じ人間なのに、私だって悲しい気持ちはあるよ。
　みんな同じ人間、違うのは暮らし方や考え方だけ。
　気持ちは、みんな一緒。」
クレアには、かつてフィリピンではないアジア出身の友人がいたらしいが
その友人は、アジア出身だから日本人に見下されていると言って、日本人を嫌っていたそうだ。
そのフィリピンではないアジア出身の友人は、フィリピン出身のクレアを出自で見下したというのだ。
「ぴーちゃんは私がフィリピン人でも、嫌な顔をしないで話してくれた。
　日本人でも、私が話し掛けようとすると、露骨に嫌な顔をする人、たくさんいるよ。
　でも、いい顔をしながら影で悪口言うより、嫌ですって顔をしてくれた方が、悲しくないかも。
　その人は、そういう人なんだ～って、思えばいいもの。」
クレアの話を聞いて、怒りと悲しみがこみ上げてきた。
自分が嫌な思いをしたことを、ほかの誰かに味わわせて、何が楽しいのだろう。
この話を、夜、仕事から帰って来たダーリンにしたところ
ダーリンは、もうこれ以上はないくらい悲しい顔をした
「国なんて、なくなっちゃえばいいのに…。」
「そうだね。私はずっとそう思っているよ。」


クレア、卒業したら、一緒にお祝いしようね