ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

『闘病MEMO』2月9日(火)

2010-04-23 21:56:58 | 特発性間質性肺炎
2月9日
・義妹来院し、椎茸昆布旨し。
 生活が大変のようだ。保育をしているとの事。



2月9日(火)は、それまでの寒さが嘘のように暖かくなり、陽射しはまるで春のようだった。
その日は午前中に、自宅に注文していたキッチンキャビネットが届く予定になっていたため
それを受け取ってから、洗濯してあった父の着替えを持って病院に向かった。
父と2人の時は、「傍若無人なパートナーを野放しにしているのは愛ゆえか?」とか
「自分の気持ちとは裏腹なことを言い、結果言ったことと行動が伴わなくなるのはなぜか?」とか
「なぜ大多数は性別の虜になってしまうのか?」とか
世の中の現象で私が不思議に感じていることについて父の考えを聞いたりして
お互いに「参ったな」というような毒舌の舌戦でおしゃべりを楽しんでいた。
その日は、退屈しのぎになるだろうと置いていった週刊朝日の話題だった。
父は、「俺の子供との付き合い方は、なだいなだと似ているな。」と得意気に言い始めた。
2月2日発売の週刊朝日には、なだいなだが長女と親子対談した記事が載っていて
私はそれを目当てに買っていたのだ。
「なんだって?なだいなだは自ら子供との距離を置いて、放任していたの!
 誰かさんみたいに毎日飲んだくれて、結果放任になっていたのとは違うでしょ!
 まったく、都合のいいところだけを戴こうなんて、虫が良すぎるわい!」
そう私がいうと、父は「エヘヘ」と笑いながら「そうだとしてもケッサクである!」と言った。
「ケッサク」って、私のこと!?


そんな馬鹿話をしながら、そろそろ実家に行こうとしていたところに
父の義妹が見舞いに訪れた。
なかなか生活が大変だという話や、子供が性同一性障害で
2度めの手術のために頑張っているところだというような話が出た。
それでもなかなか周囲の好奇の目や無理解のために、子供本人は苦しい思いをすることが多く
せめて母親である自分が受け止めてやらねばと思っているということだった。
父は、「男という外見でも女らしさという枠でもなく、その子自身を見てやれば良い。」
というようなことを言っていたが
父の義妹は、「男の姿で『自分は女だ』と言い張る子供を理解することは
実際にはなかなか難しい」と言っていた。


そういえば、私は父から「女の子でしょ。」とか、「女の子だから。」と言われた記憶がない。
父が周囲への言い訳がましく「女の子ですからね。」とか何とか言ったことぐらいは
あるのかもしれないが、私が女であることを言い聞かされた記憶は全くない。
だから、ピンクとブルーがあればブルーを選び、人形と怪獣があれば怪獣を選び
実験と称して種々の怪しい行いをし、知らない間に男性トイレに入っていたり
性別欄に「女、女、女!」と思っていないと男に丸をつけていたり
男性と話していて「私達男同士…」などと口走ってみたりする人間になったのかもしれない。
こりゃ、父が言うとおり、「ケッサク」である。





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