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学ぶべきは身近に

2019-04-17 22:52:36 | あったらいいな
60年生きてくると 学校で学べることは重要です。でも その後の人生の方が
はるかに多くのことを学び実践し 知ることも多いと感じるようになりました。
 何気ない日常で家事をすることや 単純と思われる仕事で
積み重ねた作業が 人を育てていることを 忘れてはいけないと感じています。
たとえば 趣味で書をしたためている人が たとえ書を書く機会が仕事に追われて少なくなっていても 書も必ずグレードを上げています。
 仕事で培われる体力と視野が 人を育てているものです。
やっと暇を得て 書作品を書いたとき 必ず書に表現されるものです。
西郷隆盛の書が今も人の心を打つのは その人生が書に現れているというわけです。
また 単純な工場での流れ作業が 反射神経と瞬時の判断力を磨いているものです。
90歳になっても 運転していた母は 明らかに47歳から60歳まで働いたステレオの組み立て作業が 役立っていました。年齢と共に 磨かれるものもあります。

教育の上で 学ぶということは 読み書きも 社会の仕組みや歴史 論理的思考を身に着けるということだけでは 動物としての役目が果たせないようです。
なんでもできる 同じサイズの人間が 評価されるのは 生徒の間だけです。
社会に出れば 人という動物がもつ特有の 自分以外の生き物のことを 思いやることができ 調整を手掛けることができ それぞれの動物の継続可能な生活を目指すことができる必要に迫られます。
この能力を身に着けるべき機会のことを 忘れすぎているのではないでしょうか。
動物としての本質を理解すると コンクリートと森と どちらを選択すべきか
感じ取るべきです。

その生き物調整能力を 深い理解と展望を持ち 地球環境の破壊を防ぐ方向に発揮できると 人としての生活が成り立つという仕組みを 人は本当は学びたいし研究して知ることが必要なのではないかと思っています。

人間だけ 幸せにこの地球で暮らすことは不可能で 食は生き物から得
空気も水も地面も 微妙なバランスの上に成り立っています。
 選択すべき人の生き方を 今一度考え直す時期に来ていると思うのです。

魚の漁も 草木の手入れも 物を大切にする工夫も わずかに残る先人の足跡から学び 継承すべきです。
 簡単に手に入る 簡単に捨てられる 地球環境を食いつぶすことは
そろそろ勇気をもって 終わりにしないと 中国の大気汚染のように ある日どーん
と 襲われる気がしています。

自動車産業が日本を支えてきたように言われていますが 
その根底に 盤石な農業があったからだといわれることは 少ないです。
身近な毎日で学んだこと進歩したことを 自分が まず評価すべきです。