荻野洋一 映画等覚書ブログ

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ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『黴菌(ばいきん)』

2010-12-10 01:43:15 | 演劇
 ここ2~3日、黒豆煮をワインのつまみとして晩酌をしているが、「黒豆も見ようによっては、ブラック・オリーヴに似ている」などと思ったりしつつも、現実にはまるで違う。味はそれぞれの旨みをもつが、ワインのお伴としてはブラック・オリーヴのほうが相応しく、つやという点では黒豆煮に軍配が上がる。

 などと、とりとめない思考とも呼べぬ意識の副産物なのだろうか、一週間のうちに仲村トオルの出演作を、2つも見てしまった。ひとつは、黒豆晩酌の原因となった『行きずりの街』、もうひとつはケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の舞台『黴菌』(Bunkamura シアターコクーン)である。もともとケラについては、映画作品はその年のワーストテンに入れたくなるほど毛嫌いしてきたが、どういうわけか、舞台作品のほうはほぼ毎度見て愉しんでしまうのである。仲村トオル以外の出演者陣は、北村一輝、高橋惠子、ともさかりえ、岡田義徳、犬山イヌコ、生瀬勝久、池谷のぶえ、そしてケラ夫人の緒川たまき……などといったかなり豪華な面々。
 ブラック・コメディとしてはやや低調な出来で、太平洋戦争末期における、東京・山の手とおぼしきある華族の邸宅を舞台にした、4幕もののメロドラマといった体。3時間をゆうに超える上演時間は、毎度のごとくである。第1幕の冒頭、いきなり山崎一が、オーソン・ウェルズのラジオ劇『火星人襲来』によって開戦直前の米国東部で引き起こされた騒ぎについて、ずいぶん長々と一族に説明してみせる。そのシーンは、あまりうまく行っているとは言えない。ウェルズが誰なのかをよく知る私でさえ退屈なのだから、ウェルズを知らない若い観客にとっては、意味不明な長演説にすぎなかっただろう。
 おそらくケラは、木下惠介『大曾根家の朝』とか、吉村公三郎『安城家の舞踏会』のような、メランコリックでゴージャスな華族没落ものをやりたかったに違いあるまい。より直接的には、森本薫が1935年に発表した戯曲『華々しき一族』へのオマージュであろう。少なくとも高橋惠子の演技は、あきらかに往年の杉村春子を意識したものであった。三男の不慮の死が、一族の精神に暗い影を落とし続けているという設定は、『麦秋』『東京物語』から来たものだろう。と、いろいろと元ネタ探しは簡単きわまりないが、欲を言えば、そういうものがどうでもよくなるほどの感激を味わいたかった。ラストシーンは、思わずホロリとさせられたが。