荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ゲゲゲの女房』 鈴木卓爾

2010-12-18 00:44:03 | 映画
 東京の外れ、三多摩とおぼしき土地にある粗末な一軒家。よくある昭和の東京を模したノスタルジー映画という面持ちを、この『ゲゲゲの女房』はもっている。一見、紋切り型の意匠をそなえたワナのような作品である。ところが鈴木卓爾は、本作でその作家性を爆発させたのだ。本作が完全無欠の傑作だなどと言ったら、それはさすがに嘘になる。だが少なくとも本作のあとでは、鈴木の前作『私は猫ストーカー』(2009)はもはや、はるか彼方に忘れ去られる運命にあるだろう。
 貸本漫画の作者をやっている主人公夫婦(宮藤官九郎、吹石一恵)と、2階の間借り人・金内(村上淳)は、赤貧の生活からなかなか抜け出せない。貧乏と多摩の風景の取り合わせが、竹中『無能の人』(1991)の世界に似かよっていたり、現代の街頭風景との乱暴な接合が、新藤『三文役者』(2000)のような図々しさを想起させたりもする。そして、受け手としての私の意識は、『めし』(1951)や『驟雨』(1956)をはじめとする成瀬巳喜男の “赤貧夫婦もの” へと飛んでいき、この気ままな連想が私をいっそう浮き浮きさせた。
 そして、どうやらこの粗末な一軒家じたいが、豊饒なるノイズを発声させるオーケストラ装置となっているかのようだ。夫の徹夜作業を手伝う妻が紙の上を走らせるGペンのカリカリカリという擦音が呼び水となって、大小さまざまなノイズが飛び交い、すれ違っていく。スリリングなサウンド体験と共に、本作の上映時間をたっぷりと愉しもう。撮影と音響は、青山映画でおなじみ、たむらまさきと菊池信之だ。やはりこのふたりは素晴らしい。


ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国で順次公開
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