活動の記録
YU
ジャスミンガーデン
無料食事券をいただいたので、大阪の帝国ホテルの中華にいきました。香港料理のようです。どれもこれもおいしいです。でもお高いです。なかなか来るのは場所といい難しいです。
ゴルフ練習
今年初めて練習にいきました。ゴルフの才能ないし練習しても全く上達の気配がないし。と考えていたのですが、「冬は飛ばない、番手2つ分くらいだと、要するに、20ヤードくらいボールの飛びが減るということ」。を患者さんから教わりました。去年、飛ばなくなって、なんでやろと思い、力が入っていたようで、それの確認がしたかったからです。なるほど確かに飛びませんが、まあまあです。ボールは上に上がるし、番手に応じて距離も変わります。いけるかもしれません。力さえいれなければ。というのもゴルフ辞めたといっても誘いがきて断れないのも多いです。この一日4人でいることでたくさんの情報を得ることができます。最近ではインフルエンザの発生状況、症状、検査キットの各メーカーごとの特徴。納入金額、接種料金など。2月は泊まりで22日関西クラシックに誘われここでの情報は貴重です。泊りではかなりの医療情勢など話題がありますので参加しないわけにいきません。また、3月は山口大学の同窓会が下関であって、定番のフグです。21日朝から下関でゴルフ、これまた全国からのDRがあつまりいろんな話がきけます。夜同窓会で、ゴルフの話もあるからなおさらいっとくべきです。2時会がすみ、深夜マージヤンになるかも。朝は6時の新幹線で帰って、10時30分から加古川でゴルフ、これも8人いるので参加です。夜その会で食事会。ゴルフからは逃げない方が良いようです。うまくなろうとしなければ気も楽かな。
HDD復旧
壊れた外付けハードディスク(HDD)が直って帰ってきました。12万円もかかりました。でも昔からの大切な写真をすべて入れていたので、それがすべて回復して良かったと思います。ディスクが壊れたのではなく、読み込み部分が壊れたそうです。なのでデーター損失がなかったようです。そこで言われたのは、HDDの寿命は3から5年です。大切なデーターは複数のメディアの保存して、3から5年以内に新しいものに移してください。とのことです。HDD、DVDやメモリースチックなどどれもリスクは同じらしいです。この壊れたHDDはどこにもつながず、何もせずずーとおいてただけなのに・・・すぐさまデーターを複数にいれました。コピーするたびに画質が悪くなる気がします。写真はプリントアウトが正解かも、でもこれも色あせてきますし。困ったものです。
大掃除
この2日間、掃除をしてすごしました。まだ家に息子のお嫁さんを入れていません。ゴミ屋敷だからです。バッカンという工事現場にある、大きな鉄の入れ物を置いてもらって、そこに少しずつごみを捨てています。今日2つ目が一杯になりましたがまだまだです。毎週日曜ごとにそうじです。これがすんだらすごしやすくなるでしょう。
HDD
外付けハードデスクが壊れたようです。これにいままでの旅行の写真を入れていました。windows7だからかな、ドライブが入ってないのかな、ネットからダウンロードしてみよう、XPなら動くかなといろいろ試しましたがだめ。とにかく認識されないし、時にされても中が開けない。今は良い時代です。ネットからデーター修復を検索するといっぱいでてきます。日本データーテクノロジーというところにメールしたらすぐ電話が来て、午後には黒猫ヤマトでひきとってくれました。なおったらいいなあ。
久々のジム
2日の連休です。午後20日ぶりにジムへ。回数券を使いきって安心したのと、忙しかったためしばらくジムに行かずでした。やっぱり体を動かすのはいいです。やり始めはしんどいだけですが、中ほどから、汗とともに毒気が体から抜けていく気がします。続けないといけないですね。
煩悩
今日の外来の方は108人でした。煩悩の数。そういえば、時々自分の日記のつもりで、つっこんだ事を書いている時があります。特に心身ともに疲れて極限の時です。後から見直してぞっとします。今回もあれ?なんでこんなん書いたのかなというのがあって急いで削除しました。
空港
このハノイの空港は大成建設が関空を手本にして作ったそうです。雰囲気がそっくりです。12月31日オープンで皆さん慣れてなくてごったがえしていました。地下鉄は清水建設でした。
ハノイ
ここは寒い。16人のツアー客のうち、10人が体調不良。下痢が4人、咳が6人。暑くて汗ダラダラから肌寒いところへ急にきたからでしょうか。帰国までには治ったものの大変でした。手持ちの薬が役に立ちました。私たちは大丈夫でした。こっちは、戦争に勝った旧ソ連側なのに、暮らしはホーチミンより悪そう。幼稚園児くらいの子たちがほうぼうで物売りをしています。有名なハロン湾、看板の写真と実物を並べてみました。山水画のようでした。民家を訪問しましたが、日本の戦後すぐはこんなんかなと想像させる雰囲気でした。お風呂なく、井戸水でそこでそのまま体を洗い、食事は外でいがんだ鍋でまきで火をおこしてその辺のものを食べていました。
アンコールワット
カンボジアでの初日の出です。周りは全部日本人!この場所に日本人ツアーガイドが400人一斉に来たそうですから、一つのツアーに10人としても4000人この辺にいることになります。寺院の大きさは、日本の大きいお寺とそれほど変わらないと感じました。それよりも、子供が多いのですが、みんな裸足で破れた服をきています。貧しくて着るものもなく、学校に行けないそうです。でも観光客に関係なく元気に遊んでいました。このツアーに小学生が2人いましたが、どう感じたでしょうか・・今、日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会) とWFP 国連世界食糧計画 と国境なき医師団日本 にマンスリーサポートプログラムといって毎月口座引き落としで雀の涙ほどの寄付をするのを続けていますが、もう少し増やさなくてはいけないと思いました。