スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

そして再び、さようなら

2008-07-19 13:30:56 | 2008年夏
今朝はディッテのレッスンから。
前回ならったKyckling polkaを弾きます。

そしてダーヴィッドのレッスン。
部屋に入ってくるなりクッションのある椅子に膝をついて顔から倒れこんだ。
「どーしたの?」と聞くと、モゴモゴモゴ。
クッションから顔をあげずに、何か返事する。
連日弾きすぎて体がボロボロなんだって。
気分を変えようと、最後のレッスンは外で。
1曲、聞いたことのある曲を教えてくれた。
「何て曲?」と聞く私たち。
「忘れた!」とダービッド。しばし頭を抱え込み・・・、ガバッと起き上がる。
「ぜーんぜん思い出せない。でも、いいよね、この曲で?」とダーヴィッド節、全開。
いいです、何でも。面白いヤツだ。

午後3時でレッスンは終了。その後、fikaをはさんでディッテから全員名前を呼ばれ修了証をわたされた。
私が呼ばれて前に出ると「This is one of my children (この子、うちの子よ)」と皆に向かってディッテが言う。
ESIの子はみんな「うちの子」なんだって。よその国でそういう表現をされるのは受け入れられたようでとても嬉しい

さて、本当は今日は日本から着いたばかりの知人達とスカンセンで早めの夕食のはずだった。
が・・・時間がない!これから隣町の郵便局に荷物を送りに行くとストックホルムに行くのは夜になるのであきらめた。
スカンセンは結局、未だにいったことがない。
郵便局までは1時間に一本の電車で。だから合計、最短で2時間はかかる。
でも誰か車で送ってくれないかな・・・とダンボールを持ってウロウロしていたら、カイサが「乗ってく?」って。ラッキー!
カイサは今夜と明日、出身地vendelでステンマなど取り仕切っているから、これから大忙しなのだ。
スカンセンをあきらめた代わりにこのステンマ前夜祭に行くことにした。

急いでいるせいか、なぜか車中の会話も早口になる。
私が日本で最近ハーディングフェーレ(Hardingfele ノルウェイの楽器)とあわせてていて(fissというデュオ)、楽器の性質上、
強弱のバランスが難しいと言うと、カイサはその組み合わせでコンサートをしたことがあるらしく(日本でも)
アンプをつかって調整すると良いと教えてくれた。
なるほど。でもアンプをいれるって結構おおがかりだなぁ。

荷物を日本に送り、代わりにスーパーでお土産を買ってESIへ戻ると、エスビョンが来ていて私を探していた。
楽器の高音部分の鍵盤が一緒に共鳴して雑音が出る問題、試しにスポンジを入れてみると言う。
エスビョン一家みんなで来ていてとてもにぎやかだ。
私が去年家に通っていたころ歩けなかったトルビョンはくるくるの金髪の巻き毛を揺らし、今は部屋をかけまわっている。
その姿を見ながらエスビョンが何曲か弾いてくれた。
最後はなかなかゆっくり話す機会がなかったけど、こうしてエスビョンと家族みんなにまたこうして会えたので良かった。
私とハーディンフェーレを弾くSさんとで作った夏の曲の録音を聞いてもらった。
「うん、うん、悪くない」と笑顔で大きくうなずくエスビョン。いつか生で聞いてね!あわただしい中「またね」とお別れの挨拶。
しんみりした別れより良かったのかもしれない。

ところで、マグヌスのニッケルハルパは、ある人が作った最初で最後の楽器なのに素晴しい音色、という有名な話がある。
でも、そんな楽器もそろそろ限界が見えてきたようで、とうとうエスビョンに楽器を注文したのだそう。
キーボックスが沈み始めたらしい。マグヌスの楽器のエピソードは有名だったので買いなおす話にちょっと驚いた。
注文を受けてエスビョンは「これから忙しくなる」と言っていた。
当然だけど、著名な人からの注文は特に製作に時間がかかる。去年のエリック・リドヴァルの時も1年近くかかり
「本当に大変だった!」と何度も言っていた。

ヴェンデルのイベントに遅れる、と、慌ててダービッドとルームメイトのKでピザを買い、日本人Hさんも一緒にダービッドの車に乗り込んだ。
よし発進!というタイミングで「Ok, we have a problem. 問題があるんだ。道をしらないんだ」とダービッド。
吉本新喜劇みたいに大げさに転びたくなる。
いいよ、いいよー、面白いから。
けど、別の車で向かうドイツ人夫妻が道を知っていたので後を追うことにした。
私とKは結局食べる時間がなく、持ち帰ったピザを車でむしゃむしゃ。
HさんはToboの公園にいると子供がやってきてお腹一杯お菓子をくれたんだって。
Toboは不思議な村だ。
食欲も一段落した頃、突然の悲鳴。
えっーと、悲鳴の出所は私です。

ここに書くのも寒気がする。私はクモがだいっきらい。病的なくらいの恐怖症で、フラッシュバックで数日眠れなくなるほど。
そ、それが、私の膝の間の楽器ケースの上にいるのを発見。
何?何?と車中はホラー映画のような恐怖のパニック・カーに。
ありがたいことにHさんがキャッチし絶命(ごめんね)。私は命拾いした、と感謝する頃vendelに到着。(写真左上・右上

さっきのパニックでグッタリ。中に入り席につくと、すごい人で少し暑く・・・これからコンサートと言うのに
ぐーぐーと寝てしまいました。
これはVendel出身のカイサを中心に、ESIから校長ミッケやソニア夫妻はじめ、地元の著名ミュージシャン総出演の
オールスター・コンサート。そして歌詞カードも全員に配られ皆で歌うようなイベント。

数曲目くらいと思う。突然「日本から来た」とステージからマイクの声に気付き、ハッと目がさめるとステージ上のカイサと目があった。
「Can you stand up? ちょっと立って。皆に顔をみせて」というカイサ。
ええ?っと一瞬で目が覚め、状況が分からないまま、言われるままに立ち上がる私。隣にいたHさんも立ってと言われ一緒に。
「銅メダル取って」とか「ESIに去年いってて」とか言い、Hさんも紹介され、周囲の拍手に「ハイ、ハイ」とうなずいて着席した。
もう、目はぱっちり。寝てることに気がついて起こしたのかなと一瞬思ったけど、
多分、田舎で日本人が珍しいから紹介しただけなんだと思う。(そのくらい田舎)

その後、Erika&Ceciliaも出てきた。
驚いたことに1曲弾くと楽器をおき、マイクをにぎりしめ、ピンクレディーみたいな振り付けでノリノリで。
Euro Visionで有名になったポップスみたい。CDのしっとりした歌声と違って、大声でカラオケ大会のように歌う。
最後は決めポーズまで用意していた。
何だかわからないけど、あれやらこれやら地元のお祭みたいで楽しいわ。

その後は、会場の椅子を一気に片付け、演奏&ダンスが始まります。
私と、この日も遊びにきた友人IやLも一緒にちょっとだけ演奏。
(写真左下 ちなみに少し写っている赤いドレスがエリカ)
ちょっとだけというのも、カイサが見当たらないので、どこかでセッションしているか、これから始めるはず、と様子を探っていたのだ。
(IやLはそれネライで来た)

中や外で数人で弾くうち、カイサがやってきた。
私が明日帰国するのを知っていて「今夜が最後でしょ」と一緒に弾こうとわざわざ言ってくれた。
私もLもIも喜んで弾き始めた。するとすぐにダービッドと校長ミッケもやってきた。
しばらく弾いていてふと横を見ると、どこかで会った・・・。
あ!数年前Toboのサマーコースをとったときのアメリカ人のルームメイトだ!
彼女も偶然の再会に驚いた様子。

この日はさらにエケビホルムで出あったスーパーポジティブ思考のアメリカ人P夫妻にも再会。
そしてさらに。
年配の男性とすれ違い様に、どこかであった?と足をとめ顔をじっと見つめると・・・
カイサのお父さんだ!去年会ったときから体調を壊していたと聞いたけど、去年と変わらぬ笑顔だ。
「覚えてる?」と向こうから話かけてきた。「もっちろん!」
カイサのお父さんは、ニッケルハルパを弾く日本人を私しか知らない。
それをジョークに「日本でベスト・プレーヤーだ!(他は知らないけどね!)」と去年、面白がってい何度も言っていた。
そして「日本のベスト・プレヤーだろ!」とまたからかう。
ちょうど帰るところだったみたいで、元気でね!とお別れ。

最後は友人Iの車で送ってもらった。深夜なのに完全に暗闇になれず群青色の空に月が浮かんでいた。

Toboまで送ってもらうと、ラウンジではルームメイトのK、ダービッド、フランス人のJ、スイスから来た人などまだ話をしていた。
私と今日ここに泊まるLと一緒に加わり、しばし雑談。
誰が先に(眠くて)ギブアップするか?とお互いににらみ合い。
「誰か部屋に戻らないの?」皆、一番がいやなのだ。
今日でコースが終わった。この場を離れて部屋に戻れば、それは本当にこのコースのピリオドを意味する。
いやだ、いやだ、と余韻を断ち切れなかったフランス人のJが大きく息を吸い込むと「OK!じゃあ、オヤスミ!」と立ち上がった。

ほんとに嫌だ。この余韻。永遠に続きたいのに時間は過ぎる。
最後は私とルームメイトK、ダーヴィッド。3人で同時に立ち上がり部屋に戻った。

ごめんね、K。でも、私は最終荷造りをはじめた。
荷造りが終了してもまだ「今日一日終了」とう気分になれない。
ここで寝てしまえば朝にはさよならで全てが終わる。
結局、ルームメイトKと眠気の限界まで色んな話をした。

ほんの2,3時間寝て起きると、Kも起きて、駅まで見送ると言ってくれた。
なぜか私のほとんど荷物を持ってくれて、私はスーツケースだけゴロゴロと2kmはなれた駅までおした。
最後の夜はあわただしく、最後の夜と言うより「再会の夜」といった雰囲気だった。

帰国するしんみり感もなければ、この密度の濃かった5週間を振り返る余裕も全くない。
(第一、ネムイ)
「『これでサヨナラ。この一週間がハイ、おしまい』って信じられない」とK。
私もだ。
電車がやってきた。
この森と草原を走る赤いちいさな電車は、この村と空港をダイレクトに結ぶ。
乗ってしまえば空港地下に到着する。
私にはこの電車が別世界と別世界を結ぶ異次元ワープのように思えるのだ。
日本にいる生活への現実感、スウェーデンでは音楽、友人、自然。
この電車が私の二つの異空間を結ぶ。

終わって欲しくない思い、消化しきれない沢山の思いを静かに整理した気持ち、色んな思いが複雑に絡み合う。
泣きたくならないのはラッキーだ。Kのおかげだ。
窓ガラスごしに、さわやかな笑顔で大きく手を振る姿みえる。

たくさんの出会い、たくさんの再会、そして再認識の5週間。
短く、はかない北欧の夏のおいしいとこどりをした5週間。
またスウェーデンに来れるかなんて分からない。

スーパー・ポジティブ、アメリカ人Pのセリフを思い出した。
「また来れるか分からないって?Oh, no. 」
ゆっくり、はっきり、諭すように言った。
「Never say that.(絶対、禁句だから)」

少し明るい気持ちになった。
みんな、またね!
Vi ses!
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