栗橋城跡から権現堂川(行幸湖)に戻り、さらに下流へと下る。
広がっていた川幅がまた狭くなる手前で川の反対側を見ると、権現堂第一公園が見える。
私が立っている所は左岸側の茨城県五霞町。
実際に見える訳ではないのだが、地図上ではこの辺りから対岸に向かって市町境の線がある。
丁度カモが飛んできたが、左のカモが飛んでいるのは幸手市で、右のカモは久喜市(旧栗橋町)を飛んでいる。
さらに五霞町側の左岸を下ると、岸に打ち上げられた船が見えてきた。
船を降りてから、土手に引き上げたのだろうか。
それとも、ここまであった水が引いて船だけがここに取り残されたのだろうか。
結論の出ないことをあれこれと考えても仕方がないのでさらに左岸を下る。
数分ほどで到着したのは舟渡橋。
欄干にはやっぱり「権現堂川」とある。
「行幸湖」と書かれている橋はなかった。
右岸側にもあった高瀬舟が左岸側にも飾り付けられている。
左岸の五霞町側から見た幸手市側。
舟渡橋の左岸側の様子。
現在地の確認です。
スタートした中川との合流地点まであと約1.3Kmほどです。
(写真と文 by pokkunさん)