呑んだり食べたりフォトったり

Beaujolais nouveau



ボジョレーヌーボー入荷。

酒屋の店先のポップに目がいった。この時間に帰宅するのも久しぶりだから忘れていたけど もうとっくにそういう季節なんだよね。例年マスコミに取り上げられて騒がしかったけど、今年あたりは落ち着いたのかな。 まあ流行だとか○○の日なんて、みんな通り一遍は踊らされちゃうんだよね 特に女性とか。 そんなに良かったものなら、もっと大切にすればいいのに。

そうは思ったけど、社交界デビューを飾ったばかりのフレッシュなご令嬢をのんびり思い描くには、 僕には風が冷たすぎる。商店街を足早に抜けて、ようやく僕は彼女のアパートの扉をくぐり抜けた。

「お帰りなさい。本当に早かったんだね」

「珍しくこんな時間に帰って、ご飯がないのは寂しいからね」

いつもは九時を回る帰宅時間だけど、今日は定時で仕事がはねたので直ぐ帰れると 僕は彼女に電話を入れていた。

「弱火にかけてたから直ぐ食べられるよ」

「ありがとう」

僕は上着と靴下を脱いでそうそうに食卓についた。ネクタイを緩めていると

「きゃっ!」

テーブルの下で、僕の足が彼女の膝に触れたようだった。

「足、冷たいよ」

「冷え性なんだ」

「知ってる。外、寒かったもんね。もうそんな季節なんだねぇ」

彼女は笑ってそう言った。一緒に暮らして、二度目の冬が来たんだ。

「だからってわけじゃないけど、晩ご飯のシチューっていうのは嬉しいよ。なんかこう、喜んじゃう」

「既製品だけどね。バイトが終わって買い物する時間はもう暗くなってるじゃない。風も冷たいし。 そうするとなんだかシチューが恋しくなっちゃうの。お母さんは料理が得意だったから色々作ってくれたんだけど、 寒くて暗い外から帰ってきてシチューだと嬉しかったし、なんか覚えてる料理なの」

「僕のお袋は料理得意とは言えなかったけど、やっぱりシチューは作ってくれてね。美味しかったんだ。 冬って苦手でさ、そこから救ってくれるみたいで そういう付加価値もあるのかな?シチューが好きっていうの」

「アハッ、冷え性だから?」

「いや、そんなんじゃなくてさ。なんか冬って物悲しいじゃない。何も悪いことしてないのに、 辺りが暗くなってくると物凄い不安でさ」

「あー、わかるわかる」

「それに子供の頃は自分が冷え性だなんて自覚なかったもん。毎年冬になると手の甲があかぎれでひび割れてね。 それくらい冬でも外で遊んでたって事なんだけど」

「ひび割れー? 私はないなぁ。冬になると寒いからあったくしなさいって、毛糸の手袋とか帽子とか用意してくれて 内側に白いふわふわのついたフードつきのコート着せてくれてね。だから嬉しかった」

「女の子らしいね」

「みんなそうだったよ。手袋とか見せ合いっこして。 冷めないうちに食べて」

「うん。頂きます。 うん、美味いや」

「だから、 既製品を誉められると恥ずかしいよ」

「でも多分僕もその既製品で育ったからなぁ。やっぱりこの味じゃないと。冬の夜というか、 夕方日が沈んで間がない時間帯に用意されるとね、幸せ感じちゃうよ。あの頃にフラッシュバックするような」

「うちのお母さんのも既製品だと思う。今度聞いてみるけど。それでほんと、懐かしさってあるんだよね。 感覚がさ。 あ、そうだ」

「なに?」

「コレ」

「白ワイン?」

「シチューに入ってるんだよ」

「味変わるの?」

「本当はよくわかんないんだけど。 でもコレもね、定番かも」

「どうして?」

「私が酔っぱらって、初めてあなたがここに送ってくれたとき、 朝起きたらあなたとテーブルに仲良く並んでたのが白ワインだった」

「あー。あの時はまさか君が酔いつぶれるとは思わなかったんだけど、送って来て部屋に上がるなり 寝ちゃって、そのまま帰るわけにもいかないし落ち着いて寝るわけにもいかないしで、しょうがないから 外に酒買いに行って」

「年頃の女の子が寝てる横で一人お酒飲んでるなんて。それも落ち着いてワインなんて、この人遊び慣れてるって」

「おいおい。他にすることが無かったんだよ。で、表に出ても商店街は閉まってるから結局駅前のコンビニまで行ってさ、 随分歩いて ビールっていうのもしゃくでワイン買ったんだよ。さすがにいつの間にか寝ちゃったけど」

「朝起きたらテーブルに突っ伏して寝てるし。私はスーツが皺だらけになってて参ったわ」

「だって勝手に脱がすわけにもいかないだろう。でもその話とシチューがなんで結びつくの?」

「結局あなたはお昼過ぎに目を覚まして、迷惑かけたからって買い物行ってご馳走したのは ハンバーグだったけど」

「うん」

「残ってたワインを一緒に飲んだでしょ? 初めて料理を作った時のお酒ってことで、 なにか昔を思い出して料理を作るときは白ワインも一緒なの」

「歴史は新しいんだね」

「そうね」

「そういえばこの間僕がカルボナーラ作った時、買ってきてくれたよね?」

「あの時のはキミが最初に買ったワインより高かったんだぞ、多分」

ちょっと拗ねたような口調でそう言う彼女に微笑みながら、これからワインが食卓に上がるときは どんなサインが隠されているのか注意しようと僕は思った。女の子は男の知らない間に記念日を作っちゃうものらしいけど、 それを大切にしていくのは男の役割だと思うから。

取りあえず、ご令嬢を見送って良かったみたいだ。
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