雑文の旅

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猫爺の短編小説「母をさがして」第三部 拐かし  (原稿用紙10枚)

2016-01-27 | 短編小説
 その日も暮れかかったので、兄弟は街道を逸れて一夜の塒を探した。運が良いことに、今度は小さなお社が見つかった。神主様にお願いをして、床下をお借りしようと中に入ったが、誰も居なかった。
   「おかしいなぁ、人が居た気配はあるのに」
   「どこかに、ご用で出かけているのかも」
 日が暮れても、神主は戻ってこなかった。兄弟は勝手に床下に潜り込み、横になっていると、「ドタドタッ」と、床上で音がした。
   「その柱に縛り付けておけ」
 誰かが捕えられてきたらしい。駿平が耳を澄ましてみると、縛られたのは女の子のようだ。猿轡をされて喋れないが、「ううう」と、泣いている様子である。
 大人の男は、三人いるらしい。
   「よく見張っておけよ、そこで泣いているのは子供ではなく、百両だと思え」
 一人の男に番をさせて、二人は出て行った。
   「拐かしだ」 
 駿平は直感した。耕太を待たせて、駿平はこっそりと外へ出て、本堂を覗き込んだ。男は、落ち着かずに歩き回っていたが、やがて女の子の傍にしゃがみ込み、嫌がる女の子に悪戯をはじめた。夢中になっている男の後ろに忍び寄り、駿平は持ってきた棍棒を男の脳天に振り下ろした。
 頭を抱えて悶える男の上に馬乗りになって男の帯を解くと、その帯で「のごみ猿」のように男の手足を縛りあげた。

   「お嬢ちゃん、おいらが助けるから静かにするのだよ」
 耕太より一つか二つ年下のような女の子だった。縄を解き、猿轡を外してやると、泣き止んで安心したように静かになった。
   「お家まで、背負ってあげるからね」
 女の子は、こっくりと頷いて駿平の背におぶさってきた。耕太を呼び寄せて事情を話して聞かせ、街道に向かって小走りで急いだ。下弦の月明かりのもと、目の良い耕太を四半町(200m)ほど先に歩かせて、男たちの姿を見かけると駿平の元に戻ってくるように指図した。耕太が戻ってくると、隠れて男たちを遣り過ごして難を逃れる算段である。
 もう少しで街道に出る辺りで、耕太が戻って来た。
   「兄ちゃん、ヤツ等が戻ってきた」
   「よし、茂みに隠れよう」
 女の子も、自分達の置かれている立場がわかっているらしく、茂みの中で大人しく息を潜めた。
 
 無事街道に出たが、女の子の家の方角がわからない。女の子に尋ねても、きょとんとしているだけである。もしかすれば、反対の方向かも知れないが、江戸の方角に向かって急いだ。例え反対であろうとも、代官屋敷か番屋に駆け込んで、女の子を保護して貰おうと考えたのだ。

   「家はお店かい?」
 江戸方向に歩き続けて、女の子に家を訪ねると、「辰巳屋」と告げた。途中の農家に立ち寄り、事情を話して辰巳屋の場所を尋ねると、次の宿場町の旅籠であることが分かった。後ろから拐かしの犯人たちが追ってこないか気にしながら、駿平はへとへとになりながら急いだ。
 突然、女の子が指をさした。
   「あの旅籠かい?」
 女の子は、嬉しそうな声で、「うん」と答えた。そこは、街道沿いの大きな旅籠であった。
   「そしたら、ここから一人でお帰り」
 女の子を肩から下ろしてやると、家に向かって駆け出していった。駿平と耕太は脇道に入り、旅籠の前を避けて進んだ。どうせ、このままお店までついて行ったら、自分たちが拐かし犯にされて、役人に引き渡されると思ったからである。

 暫く歩いて、ふたたび街道に戻ると、三人の男が追いかけてきた。
   「あっ、拐かし犯が仕返しにきたぞ、耕太、逃げよう」
 だが、振り返って男たちを見ていた耕太が、兄を止めた。
   「あいつ等と違うぞ、兄ちゃん」
 駿平も振り返ってみると、身なりの良い宿の番頭のようであった。
   「待ってください、うちのお嬢さんを助けてくれた方たちでしょう」
   「はい」
   「どうして、店に寄ってくださらぬ」
   「拐かし犯にされるのではないかと‥」
   「お嬢さんが、はっきり言っています、お兄ちゃんたちに助けて貰ったと」

 呼び寄せられて、怖気づきながら辰巳屋の番頭たちに連れられて暖簾を潜ると、女の子が「お兄ちゃん」と呼びながら飛んできた。昨夜は大騒ぎだったようで、二人の役人も来ていた。
   「娘が危ないところを、有難う御座いました」
 旅籠の主らしい男が出てきて駿平に頭を下げた。女の子の母親であろう、心配で泣き腫らした目を袖で抑えながら出てきて、深々と礼をした。ただ、二人の役人は違っていた。駿平と耕太を足元から頭のテッペンまで舐めるように疑いの目で見ていた。
   「あの社は、宮司が居ない筈だ、無断で侵入したのか?」
   「はい、縁の下をお借りして、一夜を明かそうとしていたら、男の声が聞こえて覗いてみたら女の子が柱に縛られていました」
 事の始終を訊かれて素直に答えたが、やはり子供を使った騙りではないかと疑いの目をしていた。
   「旦那様、おいら達は旅を急ぎますので、行かせて貰います」
 駿平が立ち去ろうとしたところ、女の子の母親に引き留められた。
   「いま、お食事を用意させています、お昼のご飯を食べて行ってください」
 食べ物と聞いては、断れない。遠慮せずに言葉に従った。
   「これは、お礼です」と、主は裸のままの二両を駿平に差し出した。
   「旦那様、おいら達の身形をよく見てください、この恰好で買い物をしようと小判を出したら、泥棒に違いないと番屋に連れて行かれますよ」
   「では、4貫文(一両=約30㎏)二つにしてあげよう」
   「まさか、それでは重くて持てませから、お礼は要りません」
   「では、三十二朱(2両)にしましょうか?」
   「いえ、戴けるのでしたら、百文で結構です」
   「そうか、ではせめて弁当でも作らせるので持って行ってください」
   「有難うございます」
 母親が櫛状に切った「なまこ餅」を風呂敷にどっさり包んでくれた。
   「折角で御座いますが、全部食べないうちにカビが生えてしまいます」
   「それなら、いいことがあります」
 ちょっと待っていてと言い残して、女将は厨に入っていき、暫くして竹筒と丸めた晒をもって出てきた。
   「これは焼酎です」
   「おいら達は、まだ飲めません、飲んだら目を回してしまいます」
   「飲むのではないのよ、これを少しこの晒に付けて、毎日餅の表面を拭いてごらん、長持ちするから」

 百文は、耕太の背中に縛り付け、駿平は餅の包を背中に縛り付け、腰に竹筒をぶら下げて辰巳屋を後にした。銭は駿平の懐の百文と耕太の背中の百文とで、合計二百文ある。駿平も耕太も、大金持ちになったような気分である。とは言え、旅籠に一泊すれば、もとの無一文になってしまう。今夜は餅を一つずつ齧り、やはり野宿である。

 その夜は、畑の中に積み上げられた枯草の上で眠ることにした。物音に目聡い耕太だが、疲れていたのか先に眠ってしまった。しばらく「スヤスヤ」と寝息を立てていたが、突然大きな声で寝言をいった。
   「おっかちゃん、こんなに土筆を摘んできたぞ」
 母親が喜んでいるらしく、耕太も笑っている。
   「おっかちゃんの煮浸し、旨いからなぁ」
 駿平も思い出して、つい涙を零してしまった。
   「おふくろ、どこに居るのだ、いまにきっと会いに行くから待っていろよ」
 江戸に着いても、すぐに会える筈がない。母を連れて帰るには、何十両、或いは百両を遥かに超える金が必要だろう。十年いや、耕太と二人でそれ以上の年月がかかるかも知れない。それまで、どうぞ元気でいてくれと、脳裏の母親にそっと呼びかける駿平であった。

―つづく―


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