長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ケイト』

2021-09-19 | 映画レビュー(け)

 いきなりヴァニラのトラックが現れ、中から殺し屋メアリー・エリザベス・ウィンステッドが登場する冒頭にのけぞった。海外の観客はこの奇妙なトラックがいったい何を意味するか知る由もないだろうが、東京観光をした外国人なら印象に残るものの1つかもしれない。ウィンステッドはゴールデン街風の路地街でヤクザと死闘を繰り広げ、(おそらくセット撮影なのだが)ここの看板がいちいち実在しそうな名前ばかりで可笑しい。プロダクションデザイナーが実際に見て惹かれたと思えるロケーションの数々に、これがコロナショック直前のハリウッドにおける最新東京ランドスケープかと思った。もちろん、渋谷の公道を走り抜けるカーチェイスを都知事が許すワケもなく、おもちゃみたいなフルCGになっているのはご愛嬌。話が六本木近辺に移動すると途端に『ブレードランナー』になるのも今更、怒るだけ野暮だ。

 ノア・ホーリー節が難解さを極めた『ファーゴ』シーズン3をしなやかに演じて以後、『ジェミニマン』『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』とアクションづいているウィンステッドは単独主演でいよいよその成果を見せつける。ヤクザ軍団との大立ち回りからバサリと髪を切り落とす姿はなんともマニッシュで格好良く、これで再びジョン・スタエルスキー組とくんだ時にはキアヌ・リーブスシャーリーズ・セロンにも匹敵するのではないか。

 今や国際俳優となった浅野忠信は今回、國村隼に見せ場を譲っているものの、2人とも貫禄十分。そしてヒロインのアニに扮したミク・マルティノが実にめんこく、語学で劣る日本の役者たちは指を加えて見ている場合ではない。いつもの“Netflix映画”なB級アクションではあるものの、東京在住者として楽しく見れた。


『ケイト』21・米
監督 セドリック・ニコラス=トロイヤン
出演 メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ウディ・ハレルソン、ミク・マルティノ、國村隼、浅野忠信、ミヒル・ハウスマン、MIYABI
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『ニーナのすべて』

2020-10-06 | 映画レビュー(に)

 PeakTVの功績の1つが多くの女優に上質な役柄を用意した事だろう。もともとハリウッドにおいて女優の役は圧倒的に少なく、40代以後はほとんど皆無と言っていい。そうして多くの女優がキャリアを絶たれ、“デヴラ・ウィンガー化”していったのである。『ビッグ・リトル・ライズ』でエミー賞を獲得し、キャリアを復活させたニコール・キッドマンは受賞スピーチでこう言った。「もっとテレビドラマに出たい!」

 この状況は若手女優も同様で、彼女らが当てがわれてきたのは“主人公男性の(都合の良い)相手役”ばかりだった。近年、『ウエストワールド』で再ブレイクしたエヴァン・レイチェル・ウッドも20代は低迷している。

 ウッドより3歳年下のメアリー・エリザベス・ウィンステッドもTVシリーズを経て大きく飛躍した女優の1人だ。20代の作品で記憶に残っているのは完全に“カワイコちゃん”枠だった『デス・プルーフ』くらいか。その後、密室スリラー『10クローバーフィールド・レーン』を経て、人気TVシリーズ『ファーゴ』シーズン3に到る。彼女のしなやかなさと色気はシリーズ屈指の難解作となったノア・ホーリー節を超え、主演スターの華があった。その後は『ジェミニマン』『ハーレー・クインの華麗なる覚醒』でハードなスタントを披露し、アクション女優としても開眼。ジェンダーレスなハンサムさはこれまでになかった魅力だ。

 そんな彼女の通過点としてこの主演作は貴重だろう。彼女が演じるのは赤裸々トークが売りのお笑い芸人ニーナ。舞台の上で自らの性癖を晒し、ビビっときたらすぐにセックス。酒とタバコが手放せないハードボイルドなヒロインだ。彼女はコモン扮する実業家と出会い、恋に落ちる。コモンは演技力云々ではなく、完全に彼のカリスマ性だけで役を成立させており、ウィンステッドとのケミカルも抜群。自身もこんなにスクリーンタイムの長い役柄は初めてではないだろうか。2人の本気のキスシーンは画面を熱くヒートアップさせている。

 終幕に明かされるニーナの秘密がそれまでの映画のトーンとイマイチ噛み合わず、テーマの重大さが引き立たないのは惜しまれるが、それがウィンステッドの充実を妨げる事にはならない。今後のさらなる飛躍に期待だ。


『ニーナのすべて』18・米
監督 エバ・ビベス
出演 メアリー・エリザベス・ウィンステッド、コモン、ジェイ・ムーア、ミンディ・スターリング、クレア・デュヴァル、チェイス・クロフォード、カムリン・マンハイム
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『ジェミニマン』

2020-08-20 | 映画レビュー(し)

 『ライフ・オブ・パイ』で2度目のオスカー監督賞に輝き、名実共に現役最高の名匠となったアン・リー。その後、2016年の『ビリー・リンの永遠の一日』では120FPS/4K/3Dという最新技術を導入し、最新作となる『ジェミニマン』では60FPSのハイフレームレート撮影、フルCGで若き日のウィル・スミス創造という技術革新に挑戦している。ところがこれを再現できるスペックを持った映画館というのは世界的に見ても数が限られているらしく、本作の真価を確認した人はそう多くないだろう。

 この技術がもたらす“没入感”を再現するため俳優がカメラ目線で喋るバストアップが多用され(ウェス・アンダーソンか)、自宅のTVでも違和感を覚える明る過ぎる映像処理が施されるなど、手段と目的が反転した迷走ぶりが際立つ。フルCGの若ウィル・スミスには目を見張るが、アクションに必要な“重心”までは再現されておらず、フィジカルアクション全盛時代に逆行したセンスにはかつて『グリーン・デスティニー』でワイヤーアクションブームを巻き起こした作家の姿はない。稀代のストーリーテラーであるアン・リーが映画技術ばかりに注力する様は『アバター』に10余年を費やしているジェームズ・キャメロンや、3DCGアニメ時代のロバート・ゼメキスを思わせる。頂点を極めた巨匠だけが辿る道なのか。

 もっともアン・リーにとってフルCGキャラクターというのは演出上の“見立て”でもある。『ライフ・オブ・パイ』で創造されたトラは極限状況に置かれた主人公の心理であり、本作における若ウィル・スミスは中年の危機に至った主人公の心象である。殺しの咎を背負った主人公は自身を追い詰める若ウィル・スミスをゴーストと呼ぶ。

 だが『ゲーム・オブ・スローンズ』のデビッド・ベニオフや名手ビリー・レイら4人がかりの脚本は空虚な映像技術同様の壊滅的仕上がりであり、スミスも何ら演技的挑戦をしていない。唯一の収穫はTV『ファーゴ』シーズン3でしなやかに飛躍し、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』で目の醒めるようなマニッシュさを見せたメアリー・エリザベス・ウィンステッドの過渡期を確認できた事くらいだろう。

 クローン人間である若ウィル・スミスは「なぜオレを作った?」とさして苦悶する事もなく、むしろ巨匠に対する「なぜ撮った?」というやるかたない想いだけが残るのであった。


『ジェミニマン』19・米
監督 アン・リー
出演 ウィル・スミス、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、クライヴ・オーウェン、ベネディクト・ウォン
 
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