長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ジェミニマン』

2020-08-20 | 映画レビュー(し)

 『ライフ・オブ・パイ』で2度目のオスカー監督賞に輝き、名実共に現役最高の名匠となったアン・リー。その後、2016年の『ビリー・リンの永遠の一日』では120FPS/4K/3Dという最新技術を導入し、最新作となる『ジェミニマン』では60FPSのハイフレームレート撮影、フルCGで若き日のウィル・スミス創造という技術革新に挑戦している。ところがこれを再現できるスペックを持った映画館というのは世界的に見ても数が限られているらしく、本作の真価を確認した人はそう多くないだろう。

 この技術がもたらす“没入感”を再現するため俳優がカメラ目線で喋るバストアップが多用され(ウェス・アンダーソンか)、自宅のTVでも違和感を覚える明る過ぎる映像処理が施されるなど、手段と目的が反転した迷走ぶりが際立つ。フルCGの若ウィル・スミスには目を見張るが、アクションに必要な“重心”までは再現されておらず、フィジカルアクション全盛時代に逆行したセンスにはかつて『グリーン・デスティニー』でワイヤーアクションブームを巻き起こした作家の姿はない。稀代のストーリーテラーであるアン・リーが映画技術ばかりに注力する様は『アバター』に10余年を費やしているジェームズ・キャメロンや、3DCGアニメ時代のロバート・ゼメキスを思わせる。頂点を極めた巨匠だけが辿る道なのか。

 もっともアン・リーにとってフルCGキャラクターというのは演出上の“見立て”でもある。『ライフ・オブ・パイ』で創造されたトラは極限状況に置かれた主人公の心理であり、本作における若ウィル・スミスは中年の危機に至った主人公の心象である。殺しの咎を背負った主人公は自身を追い詰める若ウィル・スミスをゴーストと呼ぶ。

 だが『ゲーム・オブ・スローンズ』のデビッド・ベニオフや名手ビリー・レイら4人がかりの脚本は空虚な映像技術同様の壊滅的仕上がりであり、スミスも何ら演技的挑戦をしていない。唯一の収穫はTV『ファーゴ』シーズン3でしなやかに飛躍し、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』で目の醒めるようなマニッシュさを見せたメアリー・エリザベス・ウィンステッドの過渡期を確認できた事くらいだろう。

 クローン人間である若ウィル・スミスは「なぜオレを作った?」とさして苦悶する事もなく、むしろ巨匠に対する「なぜ撮った?」というやるかたない想いだけが残るのであった。


『ジェミニマン』19・米
監督 アン・リー
出演 ウィル・スミス、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、クライヴ・オーウェン、ベネディクト・ウォン
 

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