長内那由多のMovie Note

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『ダンサー イン Paris』

2023-09-04 | 映画レビュー(た)

 セドリック・クラピッシュ61歳、なんと若々しい新作か!パリ・オペラ座バレエ団で将来を嘱望されるダンサー、エリーズは公演中のアクシデントにより足を痛め、キャリアの中断を余儀なくされてしまう。これまで何度も故障してきた足が完治するまではリハビリと手術を重ね、2年がかかるかも知れない。伸び盛りの20代にとってこの歳月はあまりにも重い。新たな人生の模索に直面したエリーズは、やはりかつてバレエダンサーを志し、現在は女優に転向した友人の誘いでブルターニュでの調理補助の職に就くことになる。

 挫折から始まるエリーズの物語には愛すべき人々が集い、映画には心地よい風が吹き抜けていく。20代をとうに過ぎてしまった筆者も、人生におけるこの季節がいかに出会いとチャンスに満ち、あらゆる苦難も新たな始まりであったことを思い出した。エリーズがブルターニュで訪れたのはパトロンが運営する私設のアトリエ。ここに実在の振付家ホフェッシュ・シェクター率いるコンテンポラリーダンスのカンパニーがやって来る。逆境に直面しているエリーズだが、決して頑なではない。彼女は誘われるがまま少しずつ身体を解放させ、やがてバレエからコンテンポラリーへと転向していく。「コンテンポラリーは重力を感じて、より地面と密接な感じがいい」とまるでこの世の真理を見出したかのように語るエリーズ。あらゆることにオープンでいられるのもこの季節を生きる者の特権だ。

 エリーズを演じるのはパリ・オペラ座バレエ団の気鋭ダンサー、マリオン・バルボー。クラピッシュは2010年にドキュメンタリー『オーレリ・デュポン 輝ける一瞬に』でやはりパリ・オペラ座バレエ団のエトワール、オーレリ・デュポンを追い、ダンスへと深く傾倒していった。オーレリ・デュポンの類まれなカリスマ性と、己の身体に向き合うストイックさ、そしてひたすら反復と探究を繰り返すコンテンポラリーの創作現場をつぶさに見続けた彼が、“踊れる役者よりも、芝居の出来る踊り手がいい”とマリオン・バルボーを起用したのは理に適っている。

 クラピッシュは都市の作家でもある。『スパニッシュ・アパートメント』から始まる“青春3部作”は作品ごとに世界の大都市を舞台にし、観光名所から裏道までくまなく歩いて、フランスの俳優たちを映えさせた。クラピッシュはマリオン・バルボーの身体性はもとより、生来のチャーム(ちょっとハンター・シェーファー似)も撮らえて、パリの美しい景観に映えるエリーズはクラピッシュ映画のヒロインの系譜に連なる。彼女を囲む助演陣では医学療法士ヤンを演じたフランソワ・シヴィルに笑わせられた。“青春3部作”はロマン・デュリス演じる恋多きパリジャン、グザヴィエが主人公だったが、常に全力投球である彼の恋愛体質はどうやら本作のヤンに引き継がれたようだ。

 クラピッシュは20代の等身大を瑞々しく活写するが、それは決して若作りではない。人生のある季節を生きる若者たちを賛歌しながら、61歳の現在へと視点が転換するクライマックスの鮮やかさに思わず落涙させられてしまった。クラピッシュの映画はエンドロールが流れ始めてからも、登場人物の物語はなおも続く。この季節を既に終えている筆者も足取り軽く、一夜の成功と新たな旅立ちを迎えたエリーズに「夢を見続けてくれ」と願わずにはいられなかった。


『ダンサーインParis』22・仏、ベルギー
監督 セドリック・クラピッシュ
出演 マリオン・バルボー、ホフェッシュ・シェクター、ドゥニ・ボダリデス、ミュリエル・ロバン、ビオ・マルマイ、フランソワ・シヴィル、メディ・バキ
2023年9月15日より全国順次劇場公開
 

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